瞼越しに差し込む光が網膜を焼き、心地良い微睡みから俺を解放しようとしている。それでも目覚めない俺への
当て付けか、追撃と言わんばかりに目覚まし時計の喧しい電子音が部屋中に響き渡った。
眼には朝陽、耳には目覚まし時計のアラーム。正に前門の狼、後門の虎状態になった俺は、取り敢えず心地の良
い微睡みに止まるべく、まずはベッド脇に置かれた机に置いてある目覚まし時計の電源を切り、それから朝陽を遮
る為に瞼を腕で覆い隠した。
鼓膜を震わす喧しいアラーム音も無くなり網膜を焼く光も遮断すれば、程なくして鳥達のさえずりを子守唄に、
俺は再び微睡みの世界へと誘われて行った。
「おにーちゃん!」
……にも関わらず、俺の安眠を妨害する気満々の馬鹿でかい声が、勢い良く開け放たれた扉の音と共に届く。だ
が、一旦二度寝へと入り込みかけた俺の睡魔を吹き飛ばすなど出来るはずもない。俺は無視を決め込んで、瞑って
いた眼を更に堅く瞑った。
「お兄ちゃん! ってばぁ!」
「おふぅっ!」
寝起きで掠れた、間の抜けた声が俺の口から漏れ出た。一瞬の出来事なので、何が起こったのかイマイチ状況が
掴めない。ハッキリとしているのは腹部に広がる鈍い痛みと、鳩尾を殴られた時のような酷い酸欠の感覚。思わず
上半身を起こして、その場でうずくまった──はずだった。
「ふぇ……お兄ちゃん……?」
「あ、え?」
俺は腹を抱えてうずくまるまでに、まさか障害物など有りはしないと考えていたのだが、それは大いに間違った
認識のようで、予想外の事態など思いの外簡単に訪れるものだ、と自身の軽率な行動を嘆く。
腹を抱える、それだけのはずだったのに、何故だか俺の腹の上には我が妹が乗っかっていて、更には俺が抱えた
のは自分の腹などではなく柔らかく小さな体躯だった。
「し、詩織、おま、なにしてんだ?」
寝起きで正常に働かない俺の脳は、舌すらも上手に動かせないらしい。上擦った声と、どもりまくりながら俺の
腕の中にいる妹に尋ねる。丁度俺の顎が詩織の肩に乗り、詩織が俺の胸に顔を埋めている状態で、つまりは囁く形
になる訳で、詩織の体がビクリと震えた。
どうしたら偶然でこのような形になれるのだろうかと、今の俺達の構図を思い描くと、そこにはやはり間抜けた
光景が広がっているのだと思った。
「だ、だって、お兄ちゃん学校でしょ?」
俺から顔は見えないが、照れ屋な所がある詩織だから、きっと真っ赤になって附いている事だろう。取り敢えず、
何やら勘違いをしている妹に今日がどんな日かを教える為に、俺は詩織の背中に回していた腕を解いて身体を離し
た。
側にあった温もりが離れるのは、何故だか口惜しい気がした。
「お前は何をしてたんだ?」
キョトン、と人差し指を顎に当てて首をかしげる詩織。黒く澄んだ瞳が丸くなり、不思議そうに俺を見つめた。
「お兄ちゃんを起こしに来たんだよ」
「そうか。じゃあ、何でお前は寝巻きのままなんだ?」
「え? だって今日は日曜日だし──あっ! そういえば今日って日曜日だったぁ!」
「そういう事。起こしに来る必要は無かっただろ。お陰で俺は貴重な二度寝の一時を失っちまった」
はあ、と嘆息すると詩織は困ったように眉を八の字に曲げて、視線を下に落とした。俺はと言うと、事態がやっと
飲み込めたので体をベッドに投げ出して天井を見上げている。未だに俺の上に乗っている妹は一体何を考えている
のだろうか。
「だって……お兄ちゃんは何時も寝坊するから、つい癖で……。嫌だった……?」
詩織はしょげた声で、チラチラと俺を盗み見ながら言葉を紡いでいた。可愛らしいその仕草に保護欲を駆り立て
られて、思わずもう一度抱き締めたい衝動に襲われるが、俺の威厳の為にグッと堪える。そして、出来るだけ平常
を装って返事をした。
「嫌って訳じゃ……むしろ嬉しいって言うか……いやいやいや何言ってんだ俺」
目に見えて挙動不審になる俺。率直に言ってしまえば、嬉しかったのかもしれない。いきなり抱き締めてしまった
のは流石に想定外だったが、あれはあれで嫌ではなかった。むしろ離れるのが名残惜しかったくらいだ。
答えを言い淀む俺を純粋で無垢な瞳で射抜いてくる詩織。焦らされているのが嫌なのか、それとも単に暇だから
なのか、細くて顕著な人差し指で俺の腹をなぞったりしている。若干の擽ったさと若干の快感が入り混じり、何と
も言えない感覚が背骨を伝って這い登って来るかのようだった。
「……嬉しかったです、はい」
「ほんとっ!? エヘヘー、嬉しいなー!」
嬉しいか、嫌だったか、なんて二者択一を託されたら俺の答えは最初から決まっていたのだ。妹を虐めて愉しむ
ような趣味は生憎俺は持ち合わせていなかったし、むしろ喜ばせる事の方が俺にとっては嬉しい事だ。だから、俺
は素直にそう言った。敬語になってしまっているのは単なる照れ隠しだ。
しかしながら、俺の腹の上に乗っかって楽しそうな微笑みを絶やさない詩織は高校一年生とは思えないほどに幼
い顔立ちをしている。良くて中学生、悪くて小学校高学年にも間違われそうだ。それに、その外見に寸分違わない
純粋無垢な性格は人望も集める。"美人"ではなく"美少女"が最適だろうか。いや、"美幼女"かもしれない。
「……で、まだ俺の上からは降りないのか。いい加減重たくなって来たんだけど」
「ダメー! 罰ゲームだよっ」
何の罰ゲームだろう。罰と称されて妹に乗っかられるような心当たりは微塵も思い当たらないのだが、折角機嫌
が良いようなのでそれに水を差すような無粋な真似はしないでおく事にした。
何より、この眺めも悪くない。
「えいっ、くすぐり攻撃ー!」
と、俺の上で何やら楽しそうにしていた妹の様子を眺めていたら、詩織は何を思ったのか俺の体幹部分に指を立
てて動かし始めた。先ほどと同じ、擽ったいようなもどかしい感覚が背筋を上がって襲い掛かって来る。
「ちょ、や、やめ、こらっ」
「攻撃攻撃攻撃ー!」
耐えきれずに抵抗を始める俺を見ても詩織は擽りの手を緩めない。寧ろ、俺の反応が余程面白かったのか、更に
指が動く速度が増した気がした。
流石の俺も、やられっぱなしは気に入らない。背筋を這って来るような感覚を気合いで跳ね飛ばして、俺は両手
を詩織に向かって伸ばした。
「ぁっ……」
取り敢えず、詩織の弱点の脇の下──を狙おうとした。
確かに狙ったのはソコだったはずなのに、男の性がそうさせたのかどうだか知らないが、とにかく迷惑な俺の手
は余り発育の進んでいない詩織の胸へと吸い込まれるように引き寄せられ、あろう事か詩織は妙に色気のある声を
形の良い唇から洩らした。
時間が止まって動かなくなった錯覚、しかし目覚まし時計の秒針は確かに時を刻んでおり、カチコチと落ち着き
のない音を規則的なリズムで鳴らしていた。
動けないのは俺と詩織だけ。それも、俺に至っては胸を触ったまま。詩織は恥ずかしいのか気持ち良いのか、顔
を真っ赤にして俺の手を見つめていた。
「あ、あのっ」
「え、あ、ああ……」
詩織がギュッと眼を瞑って声を掛けて来た。漸く我に返った俺も、手を元の位置に戻す。真っ赤になって動かな
い詩織と、頭が混乱している俺の二人の間に気まずい沈黙が流れる。何か話さないと、と思えば思うほどに有効と
思える話題は手を振って忘却の彼方へと行ってしまった。
「お、お兄ちゃんは……」
何処か躊躇いがちに、詩織が言葉を発した。
俺は受け答えだけをインプットされた機械みたいに惰性的に「何?」とただ一言聞き返す事しか出来なかった。
その所為で余計に緊張したのか──兄妹相手に可笑しな話だが──詩織は俺の上で握り拳を作って、それに力を入
れていた。
先ほどまでは重さなんてそんなに感じなかった詩織の体が、重く感じる。それは、或いはこの空気の重さを表し
ているのかもしれない。俺は黙って詩織の二の句を待った。
「その、シた事あるの……?」
その言葉の意味が分からないほど俺は子供じゃなかった。詩織だって、友達との間でそういう会話をした事も幾
度とある事だろう。こんな質問をしてもおかしい事は何もない。しかし、この容姿を持っている詩織が言うと、何
ともませた子供だと思ってしまう。これを言ったら詩織は激怒しそうだが。
そして、その質問に対する答えは俺の中で既に出ている。高校を今年で卒業する俺がソレをしていても何も不思
議じゃない。これまでの人生の中で、女と付き合った事も何度かあるし、行く所まで行った女もいる。
だが、どちらの答えがコイツにとって良い事なのだろう、と考えると、その答えはどっちもつかずと言った感じ
だった。
「まあ、な。何回かはある」
結局、俺から出た結論は"嘘は言いたくない"というものだった。俺の情事事情を教えてやる義務も無いのだが、
それでも詩織には言わないといけない気がした。
もしかしたら、俺の気持ちが傾いていたのかもしれない。その推論に足る理由は充分に思い当たった。……いけ
ない事だと思いつつも。
「じ、じゃあ……」
何を、言おうとしているのだろう。
こんな話題を振った後で思い当たる事なんて、思春期真っ盛りを迎えている俺には一つしか思い当たらない。そ
れ以外は有り得ない気さえした。
数秒であるはずの間が異常に長く感じる。鳥が窓を横切るのが、やけに遅く見えた。カチコチと音を立てている
目覚まし時計の秒針が壊れてしまったかのように止まっていた。目の前で揺れる瞳だけがこの世の時間と言う概念
の枠に収まっている気がした。
「私と、って言ったら、どうする……?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。口から飛び出そうという表現が比喩ではなく現実に起こったかと錯覚してしま
うほどだった。
俺を上目使いで見上げて来る詩織の表情は淡く紅潮して、詩織が少しでも動くと黒いセミロングの糸のような頭
髪が切なげに揺れた。
自分でも、理性の扉が本能の化物によって今にも喰い破られそうになっているのが分かる。そんな脆い扉を唯一
支えていたのは、兄妹と言う絆が作った関貫だった。それがある限り、この扉は幾ら傷付こうとも壊れない。俺の
意思が働かない限り、絶対に。
「冗談でも止めろよ。襲っちまうかもしれない」
詩織が言っている事が冗談だと思った。我ながら自分に吐く嘘が下手だな、と思いながら、冗談めいた口調で返
す。
しかし、返って来たのは真摯に俺を見つめる詩織の黒耀石のような瞳と、真剣そのものの声音で紡がれた言葉
だった。
「冗談じゃないよ。私は、お兄ちゃん――ううん、彰の事……」
俺を"お兄ちゃん"ではなく名前で呼んだ詩織の姿は何時もの危なっかしい子供のものではなく、凛とした大人を
思わせる態度だった。
今までに見た事がないその姿に俺の心の奥から叫び声が上がる。それは俺の願望を確かに口にしているような叫
び声だった。
俺は今まで、それから目を逸らし続けて来たのだ。気付いてはいけないのだと、そう思い続けて来ていた。それ
はいけない事だと、世間は裏付けていたのだから。
「し……おり……?」
情けない声だ。この時を俺は待ち望んでいたはずじゃなかったのか。詩織が次に続ける言葉が、俺がずっと待ち
望んでいた言葉ではなかったか。いざ、対面する時になって、怯えてるなんて馬鹿げてる。感情に素直になれ、と
俺は自身に言い聞かせた。
詩織は依然変わらぬ態度で俺を見据えている。真一文字に結ばれた詩織の唇が少しだけ開いて、息を吸い込んだ
のがよく分かった。ゆっくりと、覚悟を固めるかのように深呼吸する。そして、一気に溜め込んだ酸素を吐き出す
と、もう一度俺を見据えてから口を開いた。
「好きなの。おに……彰の事が。兄妹でも、大好き」
頭が揺さぶられるようだった。何かが丈夫に閉ざされた扉を抉じ開けようと暴れている。抑えきれない感情が今
にも溢れ出して、爆発しそうな気がした。それでも、俺はそれを必死の思いで堰き止めていた。吐きだしてしまえ
ば、それは行き場の無い想いになってしまう、そう感じた。
詩織が放った言の葉が俺の中で反復されている。
"好き"と言う言葉が、他の誰でもない俺に向けられている。
――俺は?
詩織の言葉に返す言葉があるとしたなら、俺はしかるべき返答を返さねばならない。曖昧に言葉を濁すのではな
く、はっきりとした俺の気持ちをこの口で。
「俺も――」
この言葉を言えば俺は何かを失い、それを代償に何かを得る事になるのだろう。それに後悔する時は来るかも知
れない。けれど、今の俺にとっては、そのどちらが自分にとって大事なのか分かっている気がする。最後に大きく
息を吸い込んで、俺は一気に言った。
「――好きかもしれない。詩織の事が」
決めたと言っても、俺自身まだはっきりとしていない所があったから。俺は"かもしれない"と言った。しかし、
これは時間が解決してくれる問題だろう。時が経てば、この気持ちも確立して行くに違いない。詩織の真っ直ぐな
視線を正面から受け止めながら、そう思った。
「ホント? ホントにそう思ってくれてる?」
「もちろん。まだはっきりとしていないけど、これだけは言える」
「えへへー、ちょっとだけ中途半端なのは許してあげる!」
「そりゃ有り難い」
詩織はもう何時もの調子に戻っていた。無邪気な性格が明るく振舞われていて、見ている俺までがそれに癒され
ている。時間が解決してくれる、などと思っていたが、それも長い時間は必要無さそうだ。一つ、笑みを零して俺
はふと気付く。
未だに腹に感じるこの重量感。朝起きて、詩織が乗って、それからずっとこのままだったのか。あんなシリアス
な雰囲気だったのに関わらず、こんな間の抜けたシチュエーションだったのかと思うと自然と笑いが込み上げて来
た。
「どうしたの? 私、何か変?」
どうやら我が妹は俺のつい漏れ出てしまった笑みを自分に対してのものだと勘違いしたらしい。丸い瞳が更に丸
くなって俺を見つめている。それを見て更なる笑いが込み上げて来るも、俺は辛うじてそれを何とか塞ぎ込んだ。
代わりにくっと喉が鳴った。
「いーや、別に。けど、そろそろ降りないか?」
俺がそう言うと、詩織は眼に見えて顔を赤くしてその場で俯いた。俺としてはその行動が意外だった為に、多分
他人から見たら間抜けな顔をしてその様子を見ていたのだと思う。詩織は暫くの間指を絡ませて黙考し、やがて赤
い顔を髪の毛で隠すような素振りを見せながら口を開いた。
「こうされるの……イヤ?」
そう言うと同時に俺を上目使いで見上げる詩織。ハッキリ言ってしまえば俺を誘っているようにしか見えない。
年もそこまで離れていなくて、更には告白と同義な事をしたのが直前の事であるから、俺にはそうとしか思えな
かった。俺だって一端の男性だし、さっきから欲情した自分を抑えようと躍起になっていたのだが、詩織の所為で
全てが水泡に消えそうだ。
心許ない理性の糸を必死に手繰り寄せて、俺は何とか返事をする事にした。どちらにしても、こんな微妙な空気
の中にいたら俺の理性はいとも簡単に吹っ飛んでしまう。
「嫌ではないけど……主に俺の理性がな、ほら、まあ、あれだ」
何となく口に出すのが恥ずかしくて、皆まで言えないが、詩織も高校生だし、これで意味も分かるというものだ。
これで退いてくれるだろう、そう安堵して俺は呑気に今は何時だろうとかどうでもいい事を考えていたのだが、詩
織の返答は俺の予想をことごとく打ち破ってしまうものだった。
「私は、もっとお兄ちゃんに触りたいんだけどな……」
前言撤回、最早詩織は言葉だけでは飽き足らず、行動まで起こして来た。腹の辺りの違和感に気付いた俺は頭を
持ち上げて詩織が何をしているのかを窺った。
「おまっ、何やって……」
詩織はその小さく顕著な手の平で俺の腹を直に摩っていた。何故だか言い様の知れない快感が襲って来て、俺の
出した言葉は最後まで紡がれない。そんな俺を見て、してやったりな笑顔を浮かべる詩織。段々と手の位置が下
がっている事に危機感を感じた俺は直ぐ様詩織の手を押さえた。
これ以上好きにされたら、間違い無く俺の理性は崩壊する。それは断じて避けたい事だ。
「……」
――しかし、手を掴んでやっと一息つけると思った矢先、詩織が突然無言になった。何事かと思って見てみれば、
眼を涙で潤ました詩織が俺の上で俺を見つめている。その顔は、詩織が度々見せる我儘な一面だった。こうなった
詩織を、俺は未だかつて止めた事が無い。
軽く絶望感に包まれる俺。それと同時に何かを期待している自分に自己嫌悪。矛盾した感情が詩織の手を握る俺
の手の行先を決めかねている。このまま詩織を制したまま、事なきを得るか、それとも俺の欲望に任せて全てを詩
織に託すか。答えを得るのに時間は余り必要無かった。
何故なら、俺はもう自分の本心を伝えたではないか。想いは通じ合っている。それなのに迷う理由なんて何処に
あるというのか。雰囲気がそう言う方向に傾いているのなら、俺はその流れに従うだけ。据え膳食わぬは男の恥、
と言う訳ではないけれど。
「……」
俺は掴んでいた詩織の手をゆっくりと離しベッドの上に投げ出した。詩織が驚いたような目で俺を見ている。俺
は眼だけで真意を伝えると、詩織は少しの間逡巡しながらもおずおずと手を伸ばす。顕著でしなやかな手は真っ直
ぐに俺の股間の方へと近付いて来た。
実の妹にこんな事をされる背徳感なのか、それとも単純な羞恥心からか、俺の頭の中は混み合っていてまともな
思考が形成されずにいた。それでも詩織がソコに寝巻き越しに触れて来た時は素直に体が反応してしまう。そこま
で敏感なはずではないのに、何か魔法にでも掛かった気分だ。
「く……ゥ……」
くぐもった呻きが出てしまった。詩織は変わらず薄い布地の上から俺の男根を摩っている。その微妙な力具合と、
触られていると言う自慰とは違うその感触に、段々と自分が興奮して行くのがもう一人の俺を見る事でよく分かった
。俺の股間部分はテントのように出っ張っていて、それはもう恥ずかしい醜態を晒していた。耐えきれず、俺は腕
で眼を覆った。
「お兄ちゃん、気持ち良い……の?」
優しく撫でるように愛撫を続けながら、詩織が俺に声を掛けた。その声音は甘い響きを含んでいて、それだけで
俺自身が昇り詰めている行くのがよく分かる。眼を開けてしまったら、俺の動きを封じる何かが壊れてしまいそう
だ。
「ああ、気持ちイイ、ぞ」
俺には詩織の声を聞く事が出来ても姿を見る事は出来ない。だが、それが逆に快感を増幅させている気がした。
ふふ、と嬉しさを伴った詩織の声が上から聞こえる。
それと同時に愛撫の手が早くなった。寝巻き越しに擦られて、下着が剛直しているだろう俺の男根の先を掠める
度に強烈な、痛みとも思えるような快感が俺を襲った
焦らされていると言うのに、それが良く思える。俺って変態か? と、そんな事を考え始めたその時、今までと
は比較にならない快感が脳髄を突き刺した。
「うわ……大きいんだね、コレって」
詩織が何をしているかなど、眼に見えなくてもはっきりと分かる。そして、俺の予測はひんやりとした指に触れ
られて、快感に悶える俺の息子が肯定している。こちらを窺って上目使いで見つめて来る詩織の姿を見てみたいと
も思ったが、辛うじて踏み止まった。
感触を確かめるように詩織は竿を握ったり離したり、上下に動かしてみたりと俺にとってはきつい事を繰り返し
ている。緩慢な動作では上り詰める俺の欲望を吐き出すには至らず、俺は情けなく声を漏らしながら詩織の焦らし
が激しい愛撫に変わる時を待ち望んだ。
「今気持ちよくしてあげるね……」
胸に体重を感じた。どうやら詩織が俺の胸に手を着いて身を乗り出しているらしい。そして、熱い吐息が鼻の先
に掛かったかと思うと、唇に柔らかく、少しだけ濡れたものが触れた。
ちゅ、と聞いている方が恥ずかしくなってしまうような音、俺はこの触れているものが詩織の唇なのだと理解す
ると彫像のようにその場で固まってしまった。
兄である俺が妹にリードされるなんて情けない話だが、何となくこういうのも良いかも、とか思っていた。
「ん……んぅ……」
俺の唇で愉しむかのように、詩織が舌で俺の唇を舐めている。その行為は酷く煽情的で酷く心地が良い。やが
て、僅かに開いた俺の唇の狭間から、詩織の舌が侵入してきてその舌が前歯に当たって行き場を無くした。暫くの
間、中に入ろうと舌が可愛らしく歯列をなぞったりしていたが、それでも隙間を空けない俺に向けて不満げな呻き
が聞こえた。
そこで漸く隙間を作る俺。間髪入れずに詩織の熱い舌が俺の中へと侵入してきて、舌同士が絡み合った。くちゅ、
と淫靡な水音が室内に木霊する。俺が舌を動かせば詩織がそれを追いかけ、詩織が舌を動かせば俺が追いかける。
そんな風に俺達は互いを求めていた。
「んは……っ」
詩織が顔を離した時、俺はどうしようもない寂寥感に包まれたが、それでも体に体に感じる詩織の温もりがそん
なものを忘却の彼方に吹き飛ばしてくれる。
最早詩織が起こす行動について俺は何も言わなかった。俺自身がその行為を情けないほどに求めていたのだから、
拒絶する事など出来るはずがなかったのだ。
「くあっ……!」
詩織の手が俺の竿に宛がわれたようだった。再び感じるひんやりと冷たい指が、丁寧に添えられている。それだ
けで俺の中のモノは暴発してしまいそうに思えたが、なけなしの俺の誇りがそんな事を許さない。尻に力を込めて、
俺は上ってきたモノを抑えた。
「お兄ちゃん、感じてる?」
甘い響きを伴った詩織の声が俺の脳髄を溶かすかのように突き刺さる。まともな思考を保てない俺の脳はその問
いに喘ぎで返す事しか出来なかった。
詩織はくすり、と妖美な笑みを零すと宛がった手を上下に動かし始めた。
「くっ……しお、り……っ」
熱い吐息が俺の口から洩れる。それすらもこの行為を煽情的に染め上げているようで、快楽が更に増した気さえ
した。詩織の手はひんやりと冷たいのに、俺のモノは熱く煮えたぎりそこに繋がる所から体中が熱くなってくる。
兄としての威厳は既に何処かに行ってしまった。
詩織は最初は緩慢な動きで竿を上下に動かしていただけだったが、次第に俺の反応を見て何処が気持ち良いのだ
とか、そう言う事を理解したらしく、強弱を付けたり、時には強く握って来たりと多種多様な攻めで俺を悶えさせ
る。その焦らしとも捉えられる行為が、俺の興奮を高めていた。
「しお……りっ、やばいって……」
段々と限界を感じて行く俺は、やっとの思いでそう言う事が出来た。限界が迎えたらどうなるか、そんな事は言
わずもがな分かる事だ。それを好意的に受け取ってくれたならそれほど嬉しい事は無いが、そうとは限らない。敢
えて注意して、逃げ場を作ろうと思った。
「いいよ……お兄ちゃんの全部受け止めるから……」
「しお……っ!? お、おい!」
突如として腰が引けたが、下がベッドなので意味が無い。
腰から下が溶けてしまうかのような凄まじい快楽の波が俺を襲っている。暖かく湿った感触、ざらりと艶めかし
い何かが触れる快感。それは根元から先端へと向かい、やがて俺の肉棒全体を包み込む。今まで体験した事のない
感覚に、頭の中は沸騰状態だった。
とうとう耐えかねて、俺は視界を遮っていた腕を退かして詩織の方を見た。何時しか詩織は体の位置を俺の腹の
上から太股の上に移っていて、そこで自身の存在を誇張している俺の息子を咥え込んでいた。醜いそれを頬張る詩
織の姿は淫屈で、けれど何処までも美しく見えた。
詩織が口を窄める度、強烈な快楽が背骨から脳髄へと突き刺さる。蕩けてしまいそうな快感が、細い理性の糸を
段々と解れさせて行く。
「ん、ふゥ……っ! んぐ……」
時には苦しそうに眉を顰め、時には快感に打ち震える俺を上目使いで見遣ったり、詩織の顔は色んな表情に彩ら
れていた。そのどれもが愛しくて、俺は無意識に詩織の頭に手を伸ばす。癖など一つも見当たらない繊細な髪の毛
を、手櫛で梳いた。
「んっ……んんっ……?」
心地よさそうに俺を見て眼を細める詩織。やはり愛おしさが込み上げて来て、俺は優しく微笑んだ。詩織も、行
為は続けながらも笑顔でそれに応じてくれた。
そして、俺から目を離したかと思うと、一気に行為の速度を上げた。上下に激しく扱き、詩織の唾液に塗れた俺
の竿が厭らしい水音を立てる。口付けの時とは違う、もっと淫乱な音だ。
「あ……ぐ……っ! 詩織っ! もう……!」
必死に尿道から込み上げて来る射精感を歯を食い縛って耐えていた所為で、言葉は最後まで紡がれなかった。そ
れでも俺の限界を感じ取ったのか、詩織はまた俺の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
そして、何かのブレーキが利かなくなったかのように行為を激しくした。籠った空気が蔓延する室内に恥ずかし
く思える音が響き渡る。高まって行く自分を感じながら、俺は母さんはどうしたのだろうか、などと今更な事を考
えていたが、すぐに詩織に視線を戻した。
「いいよ……んくっ、んんっ! 出して……私に、全部……!」
苦しそうに息を弾ませながら詩織はそう言った。寸前まで近付いていた射精感は最早亀頭にまで達していると思
えるくらいに限界に来ていた。思わず詩織の頭を抱えたい衝動に駆られるが、そんな乱暴な事はしたくないので踏
み止まり、ベッドのシーツを思い切り握り締めた。
「ぐっ、もう……駄目だっ……!」
「くふ……? ん、んんっ! んぐ――!」
俺は欲望の全てを詩織の口腔内にぶち撒けた。苦しそうな喘ぎを漏らして、詩織は眼を驚きに見開いた。それで
も止まる事の出来ない俺は、未だに続く射精の快感に悶えながら、その様子を見る。何だかもう、詩織を無茶苦茶
にしてやりたくなった。
「んっ……く……」
漸く俺の射精が終わった頃、詩織は口の中いっぱいに溜まっているだろうそれを喉を鳴らして嚥下し始めた。流
石にそれは、と思ったが敢えて何も口を出さない。自分にもこういう趣味があったのだな、とむしろ愉しんでその
詩織の様子を眺めている俺が居た。
「えへ……お兄ちゃんの、美味しいね……」
全てを飲み込んだ詩織は、とびきり煽情的な目で微笑むと、そう言った。
そして、俺は一つの問いをする事をその前に既に決めていた。
「詩織、今日、母さんは?」
「え? えーと、仕事の人と旅行だって、前に言ってたよ?」
「そうか、そりゃ良かった」
詩織はどうしてそんな事を聞くの、と言わんばかりに目を丸くしていた。
そう言えば母さんが前に言っていたな、と俺も思い出し、口元を歪めた。
確か、期間は有給を取っていたから二泊三日。
今夜からが楽しみだ。
――end.