「ん……んん……――っ!?」  
キス自体は今までにも経験があった。  
だけど今回はそれに関しても一歩前に進もうとしている。  
合わせた唇。  
智樹のそれが少し開いて、そこから舌が顔をのぞかせたのだ。  
ドアをノックするみたいに、恐る恐るといった感じでこちらの唇を突いてくる。  
ある程度は予想していたことでもあって、驚きはそんなに大きくなかった。  
だから、こちらも隙間を開けて智樹の一部を私の中に受け入れる。  
最初は舌の先端同士が触れ合った瞬間、驚いてお互いに思わず引いてしまうようなたどたどしいディープキス。  
それでも何度か接触を繰り返す内に、徐々に舌の動きが大胆になってくる。  
私の口の中で、2つの軟体が絡み合う。  
「ん、はぁ……ぁ……」  
その動きに比例して荒くなっていくお互いの息遣い。  
狭い口内に響き渡るぴちゃぴちゃという水音が、なんだか頭の芯のあたりを痺れさせていくような気がした。  
だけどその時間は、ある時唐突に終わりを告げる。  
「――っ!?」  
不意に胸にあてられた手。  
私はそれに驚いて、思わず口を閉じてしまったのだ。  
当然、智樹の舌はまだその大部分が私の中にあった。  
その状態で口を閉じたりすると――。  
「ってぇーーーー!?」  
智樹が悲鳴をあげてうずくまる。  
まあ、それも無理はないのかもしれない。  
舌を思い切り噛まれたら、そりゃあ大の男だって悶絶するというものだ。  
「こ、ころすきか、おまえ……」  
よほど痛かったのか、どこか発音が覚束ない智樹。  
それは悪かったとは思うけど、こっちにだって言い分はあった。  
「だ、だって、あんたがいきなり触るから……」  
舌が入ってくることまでは予想していたから受け入れることができた。  
でも、まさかその最中に胸まで触ってくるなんて、予想していなかったのだ。  
完全にキスの方に意識が集中していただけに、それは完全な不意打ちだった。  
結局、初めてのディープキスはなんだか締まらない結果に終わってしまったのだった。  
 
「そ、それじゃ、改めて……」  
智樹の手が、再び私の胸に近づいてくる。  
不意打ちもやめてほしかったけど、こうやって来るとわかっていて待つ時間も実は結構緊張するものだった。  
逃げようと思っても背中に感じるのは冷たい壁のタイルの感触で、これ以上はどうやったって後ろに下がることはできない。  
驚くほど大きな、ゴクン、という喉を鳴らした音。  
それは果たして、私のものだったのか智樹のものだったのか。  
たった数センチの距離が、私には随分長く感じられた。  
それでも、確実に近づいてきている以上は永遠じゃない。  
「……ん」  
手のひらが触れる。  
自分のものとは違う、表面が硬く強張っているその感触に、今更ながら智樹も男の子なんだななんて思ってしまった。  
「い、痛かったら、ちゃんと言えよ」  
そう前置きしてから、智樹は手のひらに力を込めてくる。  
加減がわからないんだろう、その力は臆病すぎるほどに臆病で、まさに壊れ物を扱うようにという表現がぴったりと当てはまる程度。  
それでもそのわずかな力だけでも、私の胸はぐにゃりと形を変えていく。  
その光景だけで、なんだか頭がくらくらとしてしまう。  
「ん、もうちょっと強くしても、大丈夫」  
「そ、そうか……じゃあ」  
私の言葉に、少しだけ手の動きが激しくなった。  
それと同時に掬い上げるようにしてみたり、指をそれぞれバラバラに動かしてみたりと、智樹なりに色々と試行錯誤しているのが視覚と触覚の両方で感じ取れる。  
「い、痛かったら、ちゃんと言えよ」  
よほど心配なのか、全く同じ台詞を繰り返す智樹に、不意におかしさが込み上げてくる。  
さすがに智樹に悪いから、噴き出すのだけは堪えたけれど。  
そして、安心させるように――。  
「だから、だいじょ――つっ!?」  
不意に胸の中心で感じたピリッとした痛み。  
そのせいで、言いかけた言葉が途中で止まって、かえって逆効果になってしまった。  
と言っても、それは別にそこまで強い痛みだったわけじゃない。  
ただ、ちょっと驚いただけ。  
「わ、悪いっ!」  
なのに、ばね仕掛けのような勢いで智樹の手のひらがどかされる。  
「……だ、大丈夫か?」  
そのあまりに過敏な反応に、私はまたしてもおかしさを感じてしまう。  
だけど、そのおかしさはすぐに別の感情に押し退けられて、どこか遠くにいくことになった。  
あてがわれていた手がどいたことで、痛みの原因がわかったのだ。  
乳首が、いつもより明らかに大きくなっている。  
それが意味するところは、それまでの行為で私がちゃんと感じていたということで。  
その存在を主張するように立ち上がったそれはいつもの何倍も敏感になっていて、そこを智樹の手のひらに擦られたことで痛みを感じてしまったんだろう。  
「……ぁ」  
どうやら智樹にも気づかれてしまったらしい。  
そのことに、恥ずかしさが倍増した。  
 
「そ、そうだ、せっかくだから、ローション使ってみないか?」  
野球をやっているせいだろう、さっきも感じたことだけど、智樹の手のひらは結構硬い。  
さすがにやすりとまでは言わないけれど、それでも敏感になっているそこに対して少し刺激が強すぎるのも事実だった。  
その打開策として智樹が持ち出してきたのは、洗浄器と共におばさんから渡されたもう一つのもの。  
十分なぬめりを持ったそれを使えば、確かに直接的な刺激は抑えられるかもしれない。  
だけど、とちょっと考える。  
ローションをまとってぬるぬるした手に、胸を揉まれるところを想像する。  
それは、なんだか、ちょっと……。  
ぞくぞくっとした震えが背筋を駆け上ってくる。  
「ほ、ほら、尻で使う時の練習にもなるだろ?」  
私がすぐに返事をしなかったから、使用をためらっていると勘違いしたんだろう。  
智樹が微妙に早口になってフォローしてくる。  
いや、まあ、ためらっているのは確かなんだけど……。  
とはいえ、予行演習と言われてしまえば断ることは難しかった。  
いきなりあれをお尻の穴に塗りたくられるのも、結構かなり抵抗あるのも事実だったし。  
「ま、まあ、そういうことならいいけどさ……」  
いかにも不承不承と言った感じで了承する。  
どちらかというと不安より期待の方が大きかったりするのは、絶対こいつには秘密だった。  
「そっか、じゃあ……」  
私がうなずくと、智樹は善は急げとばかりにローションを搾り出し、両の手のひらに馴染ませ始める。  
てらてらと照明を反射し始める智樹の両手。  
もう一度、私の背筋を震えが駆け抜けていく。  
だけど、この時点で私はまだこのローションというものを過小評価していたらしい。  
そのことを、ほんの数十秒後に心の底から思い知らされることになった。  
 
「ひぅぁ……」  
軽く手に力を込められただけで、開いた指の隙間から肉がにゅるんと滑り出していくような感覚。  
さっきは刺激が強すぎて痛みを感じた乳首からも、今度は痺れるような紛れもない快感が生まれる。  
「ふぁ、……ぁん……」  
やばい。  
めちゃくちゃ恥ずかしいのに、全然声が抑えきれない。  
これじゃ、私が感じているのが明白すぎるほどに明白で、手のひらの動きはますます大胆になっていく。  
とめどなく湧き上がる快感に翻弄されるように、乳房が上へ下へ、右へ左へと逃げ惑う。  
それでも決して智樹の手の中からは逃げられない。  
「ちょ、ちょっと……まって……」  
このままだと自分が自分でなくなってしまう。  
見せてはいけない姿を見せてしまうという本能的な恐怖が、私に弱弱しい制止の言葉を吐かせていた。  
だけどその言葉は――。  
「って、ちょ、ともき……っ!?」  
さっきまでの智樹なら、こっちが止めればその場でちゃんと聞いてくれていただろう。  
なんだかんだ言っても、こっちを気遣う余裕があったのだ。  
だけど今は、向こうもこっち以上に興奮している。  
その原因は、間違いなくこれまでに私が見せてしまった反応のせいだ。  
いつもなら、ちょっとくらい智樹が暴走しても多少乱暴な手段を使えば止めることができた。  
でも、さすがにこの状況からそれをするのはかなり無理、というか絶対無理。  
足はもうがくがく震えていて立っているのがやっとだし、手だってもう似たようなもの。  
後ろの壁に全身を押し付けることで、なんとか崩れ落ちるのを防いでいる状態なんだから。  
と、その時、それまで一心不乱にうごめき続けていた2枚の手のひらが、唐突に私の胸から離れてくれた。  
その事に、ほんの一瞬だけ助かったと思ったんだけど――。  
「これだけあれば、しばらくは大丈夫だろ」  
どうやらそれは乾き始めていたローションを補充するためだったらしい。  
零れるくらいに追加のローションを手に取った智樹が、再び私にその手を近づけてくる。  
そこが、限界だった。  
腰が砕けて、視界が縦にスライドする。  
踏ん張ることなんてできるはずがなかった。  
お尻をしたたかに打ちつけた痛みに、一瞬目の前に火花が散る。  
だけど、そんなものは、その後のことに比べたら大した問題じゃなった。  
「――ぬぉ!?」  
圧し掛かってくる重み。  
密着する肌と肌の感触。  
決してマッチョというわけではないけれど、スポーツのおかげで引き締まっている智樹の体。  
それでも、それだけならまだ辛うじてだけど耐えられたのかもしれなかった。  
だけど――、  
「ひ……っ!」  
下腹部に――熱くて硬いものが当たってる――。  
智樹がお風呂場に入ってきた直後に一度見てしまって、それからは何とか意識しないように必死に心がけていたそれが、今タオル一枚を隔てて押し付けられている。  
それを認識した瞬間、私の脳を思考を放棄してしまった。  
 
「だ、だから、あれは神に誓ってわざとじゃなくてだな……」  
智樹が必死に弁解している。  
その体には至るところに青あざができていたりもするけれど、とりあえず今は気にしないことにしておこう。  
場所が変わって、ここは再び智樹の部屋だ。  
お風呂場での結末は、そりゃあ悲惨なものだった……らしい。  
それまでの胸への愛撫による興奮の残滓に加えて、圧し掛かってくる智樹の体重と、押し付けられたあれの感触。  
それらは私から理性を奪い取るには十分すぎるほどに十分すぎたということ。  
完全にパニックに陥った私を、それでも智樹は必死になって止めようとしてくれたらしい。  
だけど、あの場における智樹の手はこれ以上ないくらいにぬるぬるで、床にもかなりの量のローションが飛び散っていた。  
この状況では、いくら体格差の有利があっても、暴れる相手を押さえつけるのが極めて困難だったことは容易に想像がつくというもの。  
加えて、押さえ込もうとすればするほど、私の抵抗は火がついたように激しくなったんだとか。  
智樹の言い分によれば、実際のところは腰が砕けて尻餅をついた私の足が、ちょうど智樹のそれを払う形になって彼の方も倒れこんできたらしい。  
だけど、あの時の混乱しきった私の中では、我を忘れた智樹に押し倒されたくらいに事実が捻じ曲げられていたのかもしれない。  
それぐらい、あれの感触は生々しすぎたということなんだろう。  
「だけどさ、その直前で、私確かにちょっと待ってって言ったよね?」  
あそこで智樹が止まってくれてれば。  
責任転嫁だとはわかっているけど、そこだけはかなり納得がいっていない。  
「そ、それは、悪かったって。  
 けどあの状況でだな……」  
「言い訳するんだ?」  
智樹がぐっと息を詰まらせる。  
「思ったんだけどさ……私達、こういうの向いてないんじゃない?」  
キスの時といい今回のことといい、まるで呪われているみたいに無残な結果に終わっているのは気のせいじゃないだろう。  
「ちょ、ま、待て! 早まるな!」  
思わず口を突いて出た私の言葉に、智樹の悲鳴じみた叫びが響いたのだった。  
 

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