3.奥底に膨らむ
排泄を映された屈辱の後、安希は便座に腰かけ息を整えていた。
泣きはらした美貌もまだ赤らんだままだ。
カメラを意識しながらの中腰では薬液がすべて出きらない。
次の撮影で恥をかかぬよう、休憩の間に処理しておかなければならなかった。
「…っ、く…っぅ……」
いきみながら、安希は思い出す。
先ほど腸内で膨らみ続けたバルーンの、溜まりに溜まった放屁直前の感覚。
鳴動し、出口を塞がれた薬液の奔流が腸壁を撫でる極感。
泣いても叫んでもただ注がれる好色の視線。
どれだけ力もうともそれらから逃れられないもどかしさ。
あれは何だったのか。
腸の奥をこれでもかと引き拡げられる苦痛には、脳がしきりに危険信号を発していた。
注射をされる時、気分が高揚しているあの状態に近い。
しかし…
ある瞬間ふと、尻からストローで空気を入れられ、はちきれそうに膨れた蛙が頭に浮かんだ。
子供たちの玩具にされ、じたばたともがく蛙が。
その時、安希の奥底で何かが笑った。
括約筋が限界を迎え、脚が言うことを利かず、頭が真っ白になりゆく中、
彼女の自尊心ががくがくと笑っていた。
感覚が大味すぎ、気持ち良いのかはわからない。
ただ、「心地」良かった。
撮影前に監督と交わした会話が甦る。
『今日も"感じてるフリ”してればいいんでしょ?大丈夫、露骨には痛がらないって』
そう語る安希に、彼ははっきりと言った。
お前に演技はいらないだろう、と。
安希はおもむろに髪を撫で、その一房に小鼻をすり寄せる。
だが、彼女の汗ばんだ顔は余裕を取り戻せてはいなかった。
木村安希の排泄姿は、やはり多くの人間にとって衝撃をもたらしたようだった。
カメラを構える中にも彼女に特別な気持ちを持つ者が何人もいたらしい。
『お嬢』が去った後、しばし場は騒然としていた。
その様をもっとも近くで見た弘治とて、胸がざわめいて仕方なかった。
片付けられるたらいが立てた、とぷん、という音に。
そしてその中に何があったかと。
女性がもっとも人に晒すことに抵抗のある生々しさ。
彫刻のような顔の造り・絹のような肌をもつ『木村安希』のものであればこそ
特別な意味を持つ穢れ。
彼は熱に浮かされたまま階段を上がり、ダブルベッドの据えられた一室へと向かった。
蜜のように艶やかな照明が弘治の官能を撫であげる。
『素人は二錠ほど飲んでおけ』
そう言い含めて渡された錠剤が、ようやく刻一刻と効き始めていた。
気道に重苦しい穢れが渦を巻き、顎の汗が止まらない。
彼は荒い息で安希を待つ。
すでに華奢な身体がバスタオルひとつを纏い、階段を上がってくるのが見えていた。
形よく肉感的な腿がタオルから覗き、滑らかな筋肉の動きをみせて段を踏みしめる。
弘治は白い太腿に瞬きもせず見入った。
胸や腰に迫力がありながらも縦に引き締まった、若さをもてあます肉肢。
それが自分の元へと静かに近づいてくるのだ。
恋人とホテルで待ち合わせる、そんな経験すらない弘治は猛った。
「…………っ…!?」
部屋へ踏み入ったばかりの彼女を、思わず抱きしめる。
痴漢だの変質者だのと騒がれる事なく、金勘定もなしに瑞々しい美少女を抱く機会は、
もう何度もあると思えない。
胸板に水風船のような柔らかさが弾む。
髪からは胸がすくような柑橘系の香、そして僅かに湿った体臭が鼻腔に立ちこめる。
安希の顔を窺うと、ほぼ同じ位置の視線は黙って外されるばかりか、
男の肩にしめやかな腕が回される。
擬似とはいえ、今この時は間違いなく弘治の女なのだ。
左手で安希の腰を抱えかえし、弘治の指は安希の腿を滑った。
尻肉を割り、急くように後ろの急所を狙う。
すぐにざらりと皺の並ぶそこにたどり着く。
事前から、必ず言おうと決めていた言葉があった。
ビデオを何十度と繰り返し鑑賞し、その中の彼女に訴えたことだ。
「お、俺なんかにお尻を弄られる気分はどうですか?」
なるべく脅しを意識して搾り出した低音。
発した弘治の方が震えていた。
安希は一瞬怪訝な顔をした後、澄んだ黒曜石のような瞳で睨み上げつつ、
弘治の昂ぶりにやわらかく腰を押し付けてみせる。
そこにはやはり憎々しいほどの余裕があった。
「…私はね、業界でも指折りっていう男優さん達に何度も可愛がられてるの。
子宮を突かれて、潮を噴かされて、意識を飛ばされて。あなたも知ってるでしょ?」
薄い朱色の唇が開き、やけに色めいた声を出す。
弘治はぞくっとした。
「あなたは?何人の娘をイかせたの?そんなにSEXに慣れてるの?
あなたなんかが、私をどうにかできるの?」
安希は一気にまくし立て、弘治の首後ろに組んだ腕をするりと外した。
新世代のカリスマ女王と囁かれるAV女優から性を試される。
弘治は恐ろしがったに違いない。
それが素面なら。
「まぁ、せいぜいアガった顔をむやみに映さないように……」
安希がベットへ腰掛けようとする、そこへ弘治は覆い被さった。
暖かい肉の感触が弘治の前身に張り付く。
「な、ちょ、ちょっと!」
非難の声を上げる安希は、耳元の異常なほど不規則な息に気づいた。
弘治は息を吸うのも忘れて安希を組み敷く事に執心している。
耳の付け根の血管がびくんびくんと蠢き、脇腹が痛んでいた。
恐らくは目の充血にも気づいていないのだろう。
薬剤の高揚感が、倒錯しきった気分で一気に臨界点を迎えている。
「僕ね、ずっとあなたに憧れて、た、んですよ!」
安希を仰向けに押さえつけ、弘治は息も切れ切れに喚いた。
安希は眉根を寄せ、必死に弘治を睨みつけて何か罵っている。
部屋のスタッフにも動揺が走り、止めに入るかの判断に迷っていた。
「このままじゃ収まりがつかないんです。あなたを犯さないと。
あなたみたいに綺麗な人のハラワタをね」
安希はその下卑た言葉にこめかみを動かした。
「ただそれだけなんです。僕の色んな欲求を満足させたいだけ。
今日はそのために開発するんで、安希さんは感じなくていいんです。
あ、そうだ。うん、お尻なんかで感じないでくださいよ。僕ら、失望しちゃいますよ」
弘治は取り付かれたかのように饒舌に語り続け、その目は爛々と輝く。
酒をどれだけ喰らっても、その浮遊感に達したことはない。
スタッフ達が息を飲む音が、弘治にも、安希にも聞こえていた。
彼らはとても遠くに思えた。
「…い、言われなくても、そんな所に物が入っただけで感じるわけないでしょ?
そんななら、はは、だって、トイレいくだけで大変じゃない。
でも、い、痛くしたらマジただじゃおかないわよ!」
安希は余裕をみせたつもりで、しかしその凛としていた声は掠れ、
線の細い身体はまるで意地を張る幼子のようだった。