<弥生>  
最近の私にとって、一週間で一番楽しみな日は、土曜日だ。  
 
私の両親は共稼ぎの自営業者で、市内のオフィス街に事務所を構え、自宅から通勤している。  
事務所のスタッフは週休二日制だが、経営者の両親は土曜も一週間の総仕上げとして、夕方まで働く。  
そして「一週間のお疲れ」と二人で上等な外食に繰り出すのが、私が中学に上がって手が掛からなくなっ  
て以来の、夫婦の習慣だ。  
帰りは早くても午後8時。この日ばかりは娘抜きの水入らず、かくして私は放置プレイとなる。  
「女の子なら、自分の食事ぐらいどうにかなさい」と母親。  
「土曜ぐらいおまえも働け。どうせヒマだろう?」と父親。  
はいはい、わかりましたよ……じゃ、好きなようにやらせてもらいますよ。  
 
土曜の私は、両親がとうに出勤した8時過ぎにのこのこ起き出し、シャワーを浴びてからTシャツとジー  
ンズに着替える。眼鏡は掛けるが、お下げは編まずにヘアバンドでまとめるだけ。面倒だ。  
起き抜けは何も食べず、カフェオレ1杯で済ませる習慣。  
それから安物のポータブルラジオをお供に、家族三人分の一週間たまった洗濯物を片付けて行くのだ。  
 
あっそうだ、姿勢を正して、腰に力を入れる。注意注意。  
 
『喫茶・”謎”……』  
『梅雨も明けんと毎日蒸し暑いわな。  
実はわし、今度な、ジューベル市の夏祭りの出店で"流しそうめんカフェ"やろか、と思とるんや……』  
『流しそうめんで、カフェ(がくっ)』  
『オープンカフェや。いずれは旧ベルゼフ町地区の名物に』『……マスター、ワシ帰らせて貰いますわ』  
天下の国営もどき放送局が、こんなわけのわからない番組を毎週全国放送しているのは、どうにも解けな  
い謎だ。もし放送終了したら抗議文送ってやるつもりだけど。  
「昼まではお天気、何とかなるかな?」と考えつつ、ベランダの物干しに干せる限り洗濯物を吊る。下手  
に乾燥機を使ったら、電気代が馬鹿にならない。  
微風が時折通るばかりで蒸し暑いが、梅雨の晴れ間の薄日でも、3時間でおおかたの洗濯物は乾くだろう。  
家族三人で1週間貯めて馬鹿にならない量の洗濯物も、大型洗濯機の威力で10時過ぎには一段落だ。  
そうそう、背中まっすぐ、腰に力を入れる。モデルみたいに、しっかりと……  
 
『グモーン……かめぇ〜まつぅ〜どぉ〜……ガラガラ……』  
『どもぉー』『おー、よう来よったな。しかし、キミはいつもウチにばかり来よって、ヒマそうやなあ』  
『ヒマそうって……出会い頭にたいがいですわ』  
ダイニングでラジオを傍らに、麦茶で喉を潤しつつ新聞に目を通すうち、変な番組が終わる。  
ラジオのスイッチを切れば11時。早いけど、朝昼兼用の食事にでもしようか。  
料理は嫌いではないが、今日は手抜き。  
パスタストッカーからバリッラの太麺を目分量で80gほど抜き、海水並みの塩水たっぷりで茹でる。  
隣のフライパンでは、あり合わせの夏野菜をエクストラバージンのオリーブオイルでざっと炒める。  
順調だ。思わず『キューピー3分クッキング』のめまぐるしいジングルを口笛で吹き出す。  
ご機嫌な時の、私の隠し芸の一つだ。拓が聞いたらどんな顔をするだろう?  
いつか、毎日聞かせるようになれたらいいな――  
おっと、のんびりしてちゃダメ。背筋を伸ばして、腰に力を入れる!  
 
心持ち早めに引き揚げて湯切りしたパスタに、炒めた野菜を絡め、刻んだ水菜を散らして、出来上がり。  
四人がけのテーブルに一人で向かい、お茶を傍らにパスタのお皿に向かう。  
そういえば「水菜」と京野菜の「壬生菜」って、どこが違うのかなあ、スーパーで見比べても違いがわか  
らない、とかつまらぬことを考えながら、パスタを無精にお箸で食べた。うむ、悪くないアルデンテ。  
食べ終えてからさっさと洗い物を済ませ、ベランダへ上がる。  
まだ陽射しが強く、外はむっと暑い。もう無風だが洗濯物の大方は気持ちよく乾いている。よしよし。  
生乾きの厚物だけ軒下に残して、両親それぞれと自分の服を別々に取り込む。  
さて、と涼しい室内に戻って壁の時計を見れば、もうお昼近い11時45分。  
 
昼を過ぎれば、拓が来る。彼に逢える。それこそが土曜の楽しみだ。  
拓と付き合い始めて以来、私は土曜日の両親の習慣に心底感謝している。  
 
予定まで1時間半ばかりある。歯を磨いてから、軽くメイクしよう。彼のために。  
そしてクローゼットから、南京錠の掛かった秘密の道具箱を引っ張り出さなければならない。  
何しろ今日は、特別中の特別だ。むふふふふ……  
っと、背筋伸ばす、腰に力を……  
 
<拓>  
弥生は相当な資金源に恵まれている。  
両親が自営業者、とは聞かされていたが、よくよく聞けばただの自営ではなかった。  
夫婦揃って税理士で、事務所を開いて手広くビジネスをやっているのだった。クライアントも多いようだ。  
道理で彼女の自宅は造りがいいわけだ。俺の実家より3ランクは上だ。  
 
その両親のビジネス関連ルートからの『お年玉』がすごい。  
税金の申告は年度末の2月3月だが、申告時期を目前にした毎年正月の三が日明けになると、長年のクラ  
イアントである中小企業の経営者――このご時世にしては、それなりに羽振りのいい人たちらしい――が、  
『税理士のセンセイ』である藤吉夫妻の自宅まで、相談がてら、年始の顔出しにやってくる。  
で、それらの社長さんたちを迎える客間に、弥生が茶を運んで行く。お客が弥生に目を止める。  
 
「おやお嬢さんですか……お母さん似で綺麗ですなあ……まあお正月ですから、少ないですが、どうぞ」  
 
『綺麗ですなあ』が本当かは知らないが、そんな具合で気前よく「万単位」のお年玉をくれるのだという。  
そういう客が五人や十人では済まないくらいにいるのだというから、大した話だ。  
節税対策が大いに気になるであろう中小企業経営者の財布のヒモを、プライベートでそれだけ緩めさせる  
というのは、並大抵の事じゃない。相当に顔が広く、手腕もある両親なのだろう。  
 
おかげで腐女子の娘は、多額の貯金をしてなお、やおい本購入資金に事欠かない。  
それどころか、両親が知ったら卒倒するような物まで買い込んでいるのだ――  
セックス用ローション、手錠、ボールギャグ、それにスタンガン。  
あいつの両親は、一度、娘の部屋の天井裏に至るまでガサ入れした方がいいんじゃないか?  
そもそも、目の届かないところで放任し過ぎな気がするんだが――  
 
蒸し暑い中、道々そんなことを考えながら自転車のペダルをこいで(こうクソ暑いと、「何が『三段変速  
の軽快車』だ!」とぼやきたくもなる――重い。どうせ9800円の安物だが)、弥生の家へと向かった。  
ホームセンターで中国製のこんなポンコツを買うのがやっとなんだから貧乏くさい話だ。  
親が一介の公務員である俺は、小遣いも安い。バイトはせず、メインの資金源はジャンクパーツに目が利  
くことを活かしたオークション転売、それが細々とした小遣い稼ぎだ。  
「申告したら? 還付があるかも」と弥生に言われたが、所得税基礎控除は年38万効くはずだ。そこま  
で儲けてないし、そもそもネット転売じゃ営業だから税金は源泉徴収されてないだろう。所得額は控除で  
ゼロになり非課税だが、還付金の出ようもない。  
だいたいあいつは税理士の娘のくせに、計算の絡むことにはうとい。数字は嫌いだそうな。  
 
目の前を横切るクルマもないのに信号待ちをするのはうんざりするが、こんな時に警官に呼び止められて  
リュックの中身を公開させられたくはない。  
リュックには例の転売稼業のカネで取り寄せた道具が幾つか入っている。高校生が持っているとバレたら、  
 
いろいろややこしくなる代物ばかりだ。用心に越したことはない。  
全ては弥生のためだ。  
とにかく早く弥生に会いたい。あいつのそばかす顔を見たい。  
だが今日はそれだけじゃ済まない。常軌を逸した作業に取り組まねばならないのだ。  
さて、彼女はどんな顔をするだろう?  
俺は額に流れる汗を首にかけたタオルで拭いながら、思わずにやりと微笑んだ。  
 
<弥生>  
汗だくで玄関に立った拓に「とりあえずシャワーでも、どう?」と訊ねた。  
「ああ、借りるよ」  
拓はあっさりと応じ、上がり込むとバスルームへ歩いていく。  
既に彼とは、いきなりシャワーを浴びてもらうような関係だ。勝手知ったる彼女の家。  
汗を流すだけならすぐ出てくるだろう、と、冷たい物を用意しておいた。  
そうそう、例の物も……おっとっと、姿勢を良くして……  
 
拓が戻ってきた時には、私は既に準備万端だった。  
部屋のカーテンは、明かり取りができる程度の細めに開けてあるだけで、外から覗かれる気遣いはない。  
冷房を程々に効かせ、麦茶と水ようかんを二人で頂きながら、今日の手順を話し合う。  
「昨夜は、どうした?」  
「お風呂に入った時にお尻をマッサージした。寝る前にプラグ入れて、朝起きるまでそのまま」  
自分でも驚くほど平然と答えた。  
けれど寝付くまで、拓のことを考えつつクリトリスと乳首をいじって慰めていたことは、黙っておいた。  
恥ずかしい行為にも、敢えて言えることと、どうしても言えないことがある。  
「ゆうべ、お風呂で試してみたんだけど、指2本ぐらい行けるようになったよ」  
「進歩したな。で、トイレは行ってある?」  
「今朝のシャワー前に、もう済ませたよ。できる限りきれいにはしといた」  
「じゃ、さっそく試すか。道具は持ってきてあるぞ」  
拓はトートバッグから、アナル用ローションのボトルを取り出した。  
続いて出てきたプラスチックの長いケースを見て、私は「うーん」とつぶやく。  
商品名シールが、丸ゴシックのロゴでケースに貼ってあった。  
『アナル8兄弟』  
……4回転ぐらい周回遅れなネーミングだ。いったいいつからの在庫だろう?  
拓も「何を今更、な」と箱のタイトルを見ながらつぶやく。  
「まー、電池は新品のアルカリを詰めた」  
道具自体は珍しい物ではない。この種のバイブでもポピュラーな、直列連続型の電動アナルパールだ。名  
前なんかどうでもいい。  
太さは最大でも、3センチぐらいだろうか。  
拓がその長く小さな「団子」の串にコンドームを被せる作業をしているのを、横から見ていた。  
長すぎて、コンドームの全長一杯を使い切るほどだった。  
拓はビニール袋の中にアナル用ローションを垂らし、ゴム付きアナルバイブを袋に突っ込んで、ゴム表面  
にローションを塗り広げる。小細工の上手い拓らしく、要領のいいアイデアだ。ローションをこぼさずに  
うまく塗れる。  
 
「弥生、脱いでくれ」  
うなずいた私は立ち上がって、ジーンズを脱いだ。  
拓がにやつきながらこちらを見ている。露わになった私の脚を、スケベだがいい目付きで見てくれている。  
何だか恥ずかしいのに、嬉しい。  
私は机に肘を折って突っ伏し、両脚を軽く開いて、お尻を突き上げる格好をとる。  
「いいよ」  
合図の声をかけたら、パンツのウエストに彼の指が掛かった。すっと引き下ろされた。  
一番恥ずかしいところが、拓の目の前で前も後ろも丸見えになっている。  
私は、自分がじんわりと濡れてくるのを感じた。  
左手が尻たぶを押さえてきた。股間がよく見るためだろう。  
続いて、恥ずかしい場所から冷たい感触が伝わってくる。  
拓が私の肛門に、指でアナルローションを塗り込んでいるのだ。  
丁寧に、丁寧に、マッサージも兼ねた潤滑剤の塗布が行われた。  
私の女の方は、その感覚に刺激されて、より一層潤んできているようだった。  
 
プラグを入れていたのは今朝の起き抜けまでだ。それから数時間プラグを抜いてあった。  
その間しばしば忘れそうになりながらも、背を伸ばして姿勢を良く保ち、腰に力を入れて、括約筋をぐっ  
と締めていたのだ。  
 
就寝中のプラグ挿入と、入浴中の指によるマッサージで拡張を図りつつ、それ以外の通常時は姿勢を良く  
して括約筋に力を付け、拡張に耐える柔軟性と、筋肉が緩み過ぎることのない緊張を両立させるのが、私  
と拓の作戦だった。  
目標は肛門に裂傷を負わせずに、拓のペニスを受け入れられるだけの柔軟さと筋力を得ること。  
数日来、家でも妙に姿勢がいいので、両親から不審がられている。  
「モデルみたいなポーズして、どうした?」  
「ま、あんたは細くて背が高いから、モデル立ちは結構似合うと思うけどね」  
お父様、ノーコメントです。お母様、サンキューです。  
 
ともかくそうしてこの3日、懸命に鍛えているのだ、お尻を。  
今は緊張の時間から、弛緩の時間に移っている。拓はそのためにマッサージをしてくれているのだ。  
脊髄を通じて、肛門の周囲を小刻みにマッサージし、ほぐしていく感覚が伝わってくる。  
とても気持ちがいい。なぜここまで気持ちいいのに、直腸は女性器のように濡れてくれないのだろう?  
「おーい弥生、あそこの方が濡れ濡れだぞ」  
拓が笑いながら声を掛けてくる。指の動きは続いている。  
「太田先生がお上手だから……よろしかったらジュース、舐めて下さっても結構ですわよ」  
照れ隠しにふざけて答えた。  
指が止まった。  
「じゃ、貰うわ。弥生はそのままで」  
拓が背を曲げる気配がして、私の裂け目に熱と僅かなざらつきのある物体が触れた。  
拓の舌だった……本当に舐める気だ。  
谷間を舌先がえぐる感触と共に、ぴちゃぴちゃと音がした。私の蜜が舐め取られている。  
彼以外に聞いている者はいないのに、ついついあえぎを押し殺してしまおうとする。  
「ヨーグルト系で美味いな……おい、止まらないぞ。どんどん出てくる」  
そう言われても、身体が反応してしまうのだから、こればかりはどうにもならない。  
そんなに美味しいなら幾らでも飲ませてあげていいけど……私のジュースを添えたら美味しくなるような、  
何か適当な洋菓子ってあったかなあ? ラブジュースかけチーズケーキとか……馬鹿だ、私。  
その時、ちょっと面白いことを思いついた。  
私は机に突っ伏したままで、哺乳類のくせに花に群がる昆虫の如く蜜を吸っていたオスに声を掛けた。  
「ねえ拓、机の上から2段目の引き出し、見てよ」  
「? いいけど」  
拓は私の脇に立ち、机の袖にある2段目の引き出しを引いた。小さな紙箱が入っているはずだ。  
その箱の中には、1センチ強程度の太さがある、細長いスティック状の個包装が何個も入っている。  
拓は箱を開けて個包装の一つをつまみ上げ、つぶやいた。  
「……タンポンじゃないか?」  
私はあっけにとられた様子の拓に、顔を向けて言った。  
「それで、私のお漏らししているところに、栓をして」  
 
<拓>  
さすがに面食らった。  
お漏らしと言っても、その場所はつまり彼女の膣だ。  
「……えーと……つまり、その、タンポン入れてくれ、ってか?」  
「方法は教える。アプリケーター付きだから簡単だよ。中身出してみて」  
 
タンポンにせよナプキンにせよ、男が女性の生理用品をいじり回す機会なんて、そうそうあるものではな  
い。第一用事がない。  
下半身が元気過ぎて寝る前にオナニーしてもまだ夢精してしまうため、就寝中に女性用ナプキンを使って  
いる奴の話は聞いたことがあるが、そんなのは例外で、まず普通の男には縁のない衛生用品だろう。  
だからパステルグリーンのストライプが入った、菓子を思わせる個包装の封を切って、中からプラスチッ  
ク製の奇妙なケースを取り出してみても、戸惑うばかりだ。  
この二段伸縮構造、直径15ミリ足らずの長いプラケースが、弥生の言う「アプリケーター」らしい。  
太い段の丸い尖端は*状に切れ目が出来ていて、中にタンポン本体らしき綿が詰まっているのが見える。  
細い方の端からは、ちょっと長く白い糸が垂れ下がっている。膣内から引き出すための糸か。  
ちょっと考えて、構造の理屈は理解できた。  
アプリケーターごと膣内に挿入し、細い部分を押して*状の切れ目から膣内にタンポンを押し出したうえ  
で、アプリケーターだけを抜き出してしまうのだ。  
そしてタンポンにおりものや経血を吸収させ、吸収力が限界に達したら、膣外に出た糸を引いてタンポン  
を抜き取る……  
これなら膣内に直接指を突っ込む必要が無く、衛生的だ。考えた奴は頭がいいぞ。  
「これ、上手くできてるんだなあ」  
巧みな構造に、自分が何をやっているかも忘れて、変に感心してしまう。  
「拓、早くしてよ」  
おっとっと、悪かった。  
「じゃ、入れてみる。指導頼む」  
しかし、いくら付き合っている相手とはいえ、男に自分へのタンポン挿入作業をやらせるこの女の思考回  
路は、どうなっているんだろう……ともかくこんなことする機会なかなかないから、やってみようか。  
 
弥生はさっきのまま机に向かっていて、俺に向け尻を突き出している。  
左指で両の陰唇を広げる。綺麗なピンク色の粘膜が露出する。  
アプリケーターを右手に持ち、自分のものなら幾度も挿入したことのある膣口に、尖端をあてがう。  
「先っちょ、ジュースでちょっと濡らして。ちょっとだけね。  
それから、自分がおちんちん入れるときのこと思い出して、角度を調整しながら押し込んで」  
小さな笑いの混じった弥生の変な指示を受けながら、尖端をゆっくり差し入れて行く。弥生が息を吐くの  
が聞こえる。粘膜をかき分けていく手応え。  
「ストップ! 少し後ろを持ち上げて、そうそのまま進めて、」  
飛んできた指令に応じて、角度を変えながらアプリケーターを挿入した。「ジュース」で濡れているせい  
か、角度が適切だとスムーズに入る。弥生はまた息を吐いている。  
白いアプリケーターが、蜜穴に潜り込んでいく様が、なかなかエロティックだ。  
「う、うん。はい、そこでいい。後ろの細いところ押して」  
そのとおりにした。  
「はぁっ」という弥生の声と共に、アプリケーターがいきなり膣口をすかっと抜け出て、手元に残った。  
膣口を見る。タンポンの糸が垂れている。  
弥生のコメントがないところを見ると、装着は成功したらしい。  
 
「どうだった? ドキドキした?」  
弥生が背を起こし、肩越しに振り返って訊ねてきた。眼鏡の下の瞳が好奇心に溢れている。  
「凄いね」  
「でしょ?」  
「うん、とても衛生的で、機能的だ。工業デザインの模範みたいな仕掛けだな。発明した奴は偉いよ」  
「……? 何の話?」  
「タンポンのアプリケーターの話だが」  
そしておまえの話ではない。  
弥生は俺の反応が予想外だったために、あっけにとられているようだ。  
自分の愛液分泌が多すぎるのでタンポン挿入を思いついたが、ついでにその、普通は男がタッチするはず  
もない膣内挿入作業を俺にやらせて、俺の劣情を刺激してみよう、と考えたんだろう。  
あいにく俺は、タンポン用アプリケーターの秀逸な設計に知的好奇心を刺激されたのだが……生理への対  
処を強いられる女性にとっての使い勝手をよく考えてある。帰ったら誰が考案したのか調べてみよう。  
「まあ、確かに面白い作業だったけど。自分のを入れる方がいいな」  
「あ……ま、おっしゃるとおり」  
俺のリアクションが今ひとつだったので、弥生は苦笑して、また突っ伏した。  
 
にやりとした俺は、手にしていた空っぽのアプリケーターの尖端を口に含む。  
膣内に一度潜り込んだそのプラスチックの管は、乳酸系の味を帯びていた。  
ちゅぱちゅぱと音がしたのに気付いた弥生は再び振り返り、俺がアプリケーターをしゃぶっているのを見  
て「何やってんのよ?」とあきれ顔になった。  
俺はわざわざ「ちゅぽん」と音を立てて自分の口からアプリケーターを引き出した。  
「フェラ、かな? うん、間違いなく弥生味だな」  
「……た、た、拓……きみ、変態だよ」  
「男にこういう事やらせる時点で、おまえも同じだ」  
笑って言い返してから、ゴミ箱にアプリケーターを放り込む。しかし、つくづくよくできた発明だ。  
 
俺は改めて弥生の尻に指を伸ばす。栓をしたのでおもらしはしばらく止められる。  
俺が小刻みに指を動かす毎に、弥生の密やかな喘ぎ声が耳に届いてくる。  
 
<弥生>  
生理用品をいじらせたら男はどんな反応をするのかなあ、と考えて、「挿れて」もらったのだが、かえっ  
てからかわれてしまった。  
しかし、あんな風に拓が物をしゃぶっているのって、いいなあ。ああ私は腐女子。  
ともあれ、このレギュラータンポンで「おもらし」はしのげる。  
マッサージでお尻も楽になってきた。  
 
「じゃ、バイブ入れるよ」  
拓の問いかけに「いつでもどうぞ」と答える。さすがに心臓の鼓動が速い。  
ものはプラグよりちょっと太いが、大丈夫だろうとは思う。  
拓が肛門を左指で割り広げながら、コンドーム付きのアナルバイブをあてがうのがわかる。スイッチは入  
っていない。  
「よーし、息を吐いて〜」  
私が息を吐くと共に緊張が緩み、ずずっ、と凸凹のある物体が侵入してくる。  
「うぅん!」と小さな声が出てしまった。  
ボリュームとストロークがある。お尻の入口に留まるプラグとは、明らかに違う。深い。  
ローションの助けもあり、一息でほぼ根元まで潜り込んだようだ。  
左手が尻から離れ、私は自分の括約筋で、アナルバイブをくわえ込むかたちになった。  
「大丈夫か? スイッチ入れるぞ」  
そして「ブゥーン……」という唸りと共に、経験したことのない振動が下半身に伝わってきた。  
 
「ああ……うぅぅぅぅ……」  
声が出てしまった。気持ちいい。  
「動かすぞ。できるだけゆっくり、深呼吸を繰り返せ」  
私は詰めていた息をお腹の底から長く吐き出すことで、拓への答えの代わりにした。  
息を吐くのに合わせ、震えるバイブが引き出される。  
身体に打ち込まれた快感の杭が抜けて行く感覚。  
それが先端を残して止まる。私は大きく息を吸う。  
次の吐息と共に、ずぬっ、ずぬっ、とバイブが侵入してくる。  
膨らんだ部分が肛門を通過する瞬間ごとに、とても「来る」ものがあった。  
吐息に合わせ、微振動を続ける器具は、繰り返し幾度も往復する。  
ああ、いい感じ。  
静かで清潔なトイレで、リラックスした状態になって大便を排泄するのと共通した快感。  
しかも排泄物は、長時間出入りしたり振動したりはしない。  
とても気持ちいい。タンポンを入れていなければ、始末に困ったはずだ。  
 
「拓……私のお尻、どうなってる?」  
拓はバイブをゆっくり往来させながら、「順調だ」と答えた。  
「入れるときには素直に受け入れて、出すときにはしわを伸ばしきって引っかかりなく出てくる。だいぶ  
慣れてきてるよ。それに、とっても、エロい」  
押し殺した声だったが、興奮を押さえきれないようだった。  
私は笑い混じりの長い吐息で、更なる抽送をうながす。  
拓は私の左側に回り、伸ばした右腕でバイブを操りながら左ひじを折って、私と並んで机に突っ伏した。  
私は横を見た。  
顔を紅潮させながら微笑む拓がいる。私も息を吐きながら微笑み返す。  
「イイか?」  
「うん、とっても」  
こんな馬鹿馬鹿しい願いを聞いてくれるパートナーで、よかった。  
しかし、こんな格好ではさすがにお互い疲れる。  
「ねえ拓、続き、ベッドでしようよ。逆になって、私が上で」  
「俺もそうしようと思ったところだ」  
拓は再び身体を起こした。バイブをゆっくりと引き抜かれる排泄感があった。モーター音が途絶えた。  
私も身体を起こす。足の緊張が続いて、ちょっと疲れた。  
拓は、ローションを垂らしたビニール袋にまたバイブを突っ込んだ。それを袋ごとベッドサイドに置き、  
服を脱ぎ始めた。  
上半身が裸になり、色は白いがやや肩幅のある身体が晒される。  
彼はベルトのバックルに手を掛けた。その真下が、大きく膨らんでいる。ジーンズを降ろすと、グレー系  
のトランクスの前に「テント」が張られていた。  
私もおろしかけのパンツを脱ぎ、Tシャツとスポーツブラを脱ぎ捨てて、全裸になる。  
パンツ1枚になった拓が、私をまじまじと見ている。いまの私が身に付けているのは、眼鏡だけだ。  
「いつも思うんだけど、弥生は細くてきれいだな」  
私のコンプレックスである胸の薄さを、拓はまったく意に介さない。それが嬉しい。  
「な、モデル立ちしてくれる?」  
おやすいご用。背筋を伸ばし、お尻に力を入れ……  
「どう?」とポーズを取る。  
拓が溜め息をついた。  
「激しくエロ格好いいぞ」  
彼はそういいながらトランクスを下ろした。繁みの根元から、幾度か見慣れた物が張り切って反り返る。  
「ごめんね、我慢させちゃって」  
「これから可愛がってくれ。ベッド、寝ていいか?」  
私はうなずき、拓は夏掛け布団と枕を部屋の隅に片付けてから、ベッドに上がった。  
「あ、逆に寝てもらっていいかな?」  
拓は妙な表情をしたが、バイブ入りのビニール袋を手に取り、ヘッドボードとは逆の方向に頭を向けて横  
たわった。逆になる私の身体のスペースを考えて、膝を曲げて立ててくれた。  
「さあ、乗ってくれ」  
私はベッドに上がり、拓の両脇に膝を突いて四つんばいになってから、彼の身体に体重を掛ける。  
 
肌を触れあわせている時の相手の体温は、心身をリラックスさせてくれる。  
目の前の両太腿の間には、黒い陰毛の下草を伴った、茎の長い毒キノコが突っ立っている。危険で、愛ら  
しいものだ。  
私たちはこのスタイルが大好きだ。私は危険なキノコを明るい下で、傘から茎、袋に至るまで愛撫でき、  
拓は私の両太腿の谷間で、縦に並んだ私の恥ずかしい場所……紅色の貝のむき身と、菊の窄まりに直面す  
ることになる。  
拓は69で下になるとき「生まれたときに戻ったような気になって、とても落ち着くんだ」と言う。  
彼は普段この体位で、クリトリスを舌で愛撫してくれる。  
私は足を広げて曲げ、股間が広がるような態勢をとった。  
拓ががさがさやっているのがわかった。ビニール袋から例のアナルバイブを取り出しているのだ。  
「行くぞ」  
私は息を吐く。バイブの凹凸が肛門にぬるぬると潜り込んでくる快感で、身体が震える。  
スイッチが入り、振動の刺激で「うぁ……あああん……」と声が出てしまう。  
声に反応したか、心臓の脈拍に合わせて小さく脈打っていた拓のペニスは、強く起きあがった。  
私は即座に、その先端を口に迎え入れた。  
 
陰嚢を左手で包み、茎の根元を右手で支えながら、熱く力強いこわばりを舐め、頬張り、吸う。  
バイブの音に混じって、拓のうめき声が聞こえる。  
肛門の粘膜をこするバイブの起伏と震え。入っては出て行く。  
絶え間ない穏やかでしかも異様な快感の中、左手を伸ばした私は、ベッドのマットレスの隙間からビニー  
ル袋を引き出した。  
中からは前後非対称の奇妙な形状をした、白く硬いプラスチック製品。  
太い部分にコンドームを被せられている。表面にはローション塗布済みだ。  
微かにカサカサとビニール袋の音がするのは仕方ない。  
「何してるんだ?」  
私のお尻と太腿に視界を遮られ、拓はこちらの様子が見えないのだ。  
「ううん……拓ぅ……もっとゆっくりいじって」  
言うなり、再び亀頭を口に含む。  
「……了解」  
お尻へのアナルバイブのストロークは、ゆっくり、しかし大きなものになった。  
私は肛門を通り抜けるバイブの振動を楽しみながら、一旦拓のものから口を離すと唾液で左指先を濡らし、  
 
フェラチオを続けた。  
左指は拓のお尻に触れる。  
そこを撫でた私は、コンドームを被せた器具を右手に持って尖端をあてがい、左手指で尻を割り広げて、  
ぐいっと押し込んだ。  
 
「おわっ!?」  
不意を突かれた拓の声と共に、器具は瞬時に拓の肛門に潜り込んでしまった。  
メインの刺激部が太く、基部が細くなった構造だから、太い部分が肛門を通り抜けるのは一瞬でしかない。  
排便と同じで、肛門が大きく広がるのはごく短い時間だ。だから挿入時にもローションでするりと入って  
しまったのだ。痛みもほとんど感じなかっただろう。  
「何を入れたんだ!?」  
「エネマグラ・ドルフィンタイプ」  
「なっ……あれかーっ!!」  
男殺しの必殺兵器! 密かなファンの多い前立腺強力開発アイテムだ。  
私は拓の抗議に構わず、つる状になった尾てい骨側の外部露出部分に指をかけて、揺らしてみた。  
「ああっ! おっ!」  
拓が小さな叫びを上げ、ペニスがびくんと跳ね上がった。前立腺を強く責められたのだ、無理もない。  
「感じる? 痛くない?」  
「痛くはないが……なぜ俺まで!」  
「だって、どうせなら拓と一緒にお尻を鍛えてみたいなって」  
「この腐女子〜!!」  
私は自分の股間から聞こえる抗議を無視して、エネマグラの基部を深く押し込みながら、「バキュームフ  
ェラ」攻撃をかけた。  
「あっ! ひっああああああ!?」  
拓の身体がびくびくっと動く。  
私の口の中へ、青臭い熱濁液の噴流がほとばしった。  
粘液をためらうことなく飲み込みながら、私は微かな勝利感を味わっていた。  
エネマグラの前立腺直撃でイってしまったんだ――  
 
精液を最後の一滴までもごくりと飲み干した私は、萎え始めたペニスを手に大笑いした。  
「あっははははははは……あっ……ああんっ!!」  
「笑うな!」  
ちょっと悔しげな拓は、私のお尻にバイブを激しく往来させながら、クリトリスを吸い立てた。  
私はなおも笑いつつ、絶頂に達した。  
こんなに「愉快な」オーガズム、初めてだ。  
 
<拓>  
エネマグラを入れられた時の異様な感覚を思い出し、複雑な気分を抱きながら、俺は弥生宅の広いバスル  
ームでシャワーを浴びていた。石目ガラスの大きな二重窓も明るい、気持ちいい風呂場だ。  
しかし俺は、ケツでイけてしまうのか?  
自分に頭痛がしてくる。  
そこへ弥生がいきなり飛び込んできた。  
「おい入浴中だ!」  
「それどころじゃない! 親が帰ってくる!」  
まだ5時を回ったばかりだ。弥生の両親の帰宅は遅いと聞いているが……  
「いま電話が入ったの! 仕事が早く終わったから、外食はやめといて家で焼肉でも食べよう、って」  
こりゃまずい。  
急いで身体を拭き、服を着て2階へ上がるとバッグを回収した。  
弥生への「じゃ、また!」の一言もそこそこに、荷物を肩に掛け玄関を飛び出す。  
 
自転車での離脱にはまず、二重にかけたロックを外さねばならない。  
一つ目を外して前カゴに片付け、二つ目に掛かった時、真横の駐車スペースにシルバーの大型乗用車がす  
るすると滑り込んできた。  
俺は動きを止めた。遅かったらしい。  
エンジンが止まって両ドアが開き、グレーの夏物スーツを着た眼鏡の中年男性と、ブラウスにフロアパン  
ツ姿で眼鏡を掛けた中年女性が、降りてきた。  
二人は自転車に取り付いている俺に近寄ってきた。  
「あーらあなた、こちらが弥生の彼氏さんみたいよ」  
「きみ、弥生の友達かな?」  
万事休す。はあ、そちら、弥生さんのご両親さまでございますか。  
俺は「はい、同じクラスの太田と言います」とどもりがちに答え、不器用に頭を下げた。  
ばたばたと玄関から駆け出してきた弥生が、その現場にぶち当たり、半ばあきらめ顔で両親に説明した。  
「パパ、ママ、お帰りなさい。彼が同級生の太田拓くん。太田くん、うちの両親です」  
弥生もさすがに親の前では猫を被っているようだ。  
 
俺は強引に引き留められ、「ぜひ夕食を食べていけ」と藤吉家に招き入れられた。  
弥生の両親は、焼肉の材料を買い込んでから弥生に電話してきたらしい。それで帰りが早かったのだ。  
弥生は母親と共に、キッチンで材料を用意している。  
そして俺はといえば、藤吉家の広い洋式の客間で、弥生の父親……税理士の藤吉朗(ふじよし あきら)  
氏とサシで対峙していた。  
藤吉氏は40代後半、役所広司をもう少し地味にしたような痩せぎすの渋い男性だった。  
この顔と、さっき見た藤吉夫人の歳の割には整った顔とを脳内モンタージュして若くして、仕上げにそば  
かすを散らすと、なるほど弥生の顔になる。親子だな。  
 
藤吉家の客間に通されたのは初めてだったが、調度類は北欧風の家具をメインに落ち着いたベージュ系統  
の色合いでコーディネイトされており、見た目は地味だがどれも高級品のようだった。ソファー表皮のベ  
ロア生地の風合いも上等なものだ。  
緊張気味な中で麦茶を出され、思わず一気に飲み干してしまったが、ふと見ればグラスの底に、バカラの  
マークが付いていた……  
恐れ入った。輸入物の高級クリスタルで麦茶、というさりげなさが怖い。  
そう言えば、二人が乗ってきた車は銀色のクラウン・マジェスタだった。自営業者や中小企業オーナー好  
みの、無難な国産高級車だ。  
仰々しい場にも堂々と乗り付けられる車格があるが、露骨に高価な外車ではなく、あくまで国産車なので、  
 
取引先の勘ぐりややっかみを回避でき、税務署にも目を付けられにくい。なかなかうまい選択だ。  
それにここの夫婦は外食によく行っているというが、自営の税理士となると、高級料亭やレストランでの  
食事費用も、いろいろ名目を付けて業務上の交際費に回せるんじゃないか?  
夫妻は金持ちのうえ、カネの使い方も上手そうだ。  
 
「いやあ、ホモ小説なんぞに熱中している大馬鹿娘では、嫁のもらい手もない、と困っていたんだが、と  
うとうあいつにも彼氏ができたか。まずはめでたい」  
上着とネクタイを取ってソファーにどっかとくつろぎ、麦茶のグラスを手にした藤吉氏は上機嫌だ。  
反対に俺は浅く腰掛け、かしこまらざるを得ない。  
「いえその、彼氏なんてものでは……一介の同級生で、弥生さんに勉強を教えて貰ってるような立場です」  
「そう隠しなさんな、心配しなくていい。大体事情はわかっている」  
わかっている!? おいおい、絶体絶命だ。  
「最近、弥生が妙に明るくなったんで、不思議に思ってたんだが。  
先だってご近所さんから『毎週土曜の午後に若い男の子がお宅を訪ねている』と知らされてね」  
ここの町内会の相互監視網はまだ強力なようだ。うかつだった。  
「それであの馬鹿娘を問いつめてみた。  
青くなったり赤くなったりしてたが、『数学を教えて貰ってる』と言ってきみのことを話してくれたよ。  
確かに、テストの点は前より良くなってるようだな。  
あの様子だと、おそらく今日も来るんだろう、と思って、夫婦で弥生に不意打ちを食らわせたんだ。  
いやはや、どんな奴かと思ったら、きみのような真面目そうな若者でよかった。  
今日はたっぷり肉を買ってきたから、お腹一杯食べていくといい。娘の成績アップのお礼代わりだよ」  
そりゃどうもゴチです……っておい、親バレしてたのかよ! それならそれとさっさと報告しろよ弥生!  
困惑を隠しきれない俺を見ながら、藤吉氏は話を続けた。  
「きみも、娘が変なホモ小説好きなのは知っているだろう?」  
藤吉氏は『腐女子』や『やおい』、『ボーイズラブ』といったフレーズは知らないようだ。  
『ホモ小説』呼ばわりでは、『さぶ』『薔薇族』系のガチホモと区別が付かないじゃないか。困るぞ。  
「あれは母親の悪い教育のせいなんだ」  
「……とおっしゃいますと」  
「身内の恥を話すがね。  
女房とは、私が若い頃に勤めていた税理士事務所の同僚で、お互いに知り合ったんだ。  
交際を始めてから知ったんだが……太田くんは『サムライトルーパー』って知ってるか?」  
「題名だけ聞いたことがあります。昔のアニメですね」  
……正確には昭和末年頃の作品。「キャプテン翼」「聖闘士星矢」と並び、美形少年だらけの設定から往  
年の腐女子たちによる二次創作原作の題材となり、先ごろ臣籍降嫁された某内親王殿下も、うら若き年頃  
に「若気の至り」で同人誌作りに熱中された、との噂があるほどの、今なおクラシックとして語り伝えら  
れる怪作だ。  
 
俺もヲタだ、その伝説的タイトルや内容はちゃんと知っているが、そこまではこっちからは言えない。  
「あれをネタにホモの話にした漫画や小説の同人誌を読むのが、女房の趣味だったんだよ。  
私もさすがに引いたが、しかしお互い惚れ合ってしまっていてね……結局、結婚した。  
生まれたのが弥生だ。母親があれだから、子宮にいた時から毒気を吸って育ってしまったらしい……  
しかも弥生が小さい頃から、目の届くところにそういう本が置いてあったんだ……」  
何と、DNAとヘソの緒とでやおいを刷り込まれていたのか!  
弥生、何と恐ろしい子――  
だが俺は何も答えることができなかった。  
音もなくドアが開き、約20年前の腐女子、のなれの果て――  
カットソーにエプロン姿の藤吉夫人が、哀れな夫の後ろにすうっと忍び寄っていたからだ。  
 
眼鏡の中年女性は目を吊り上げ、「何が毒気ですか!」と夫に一喝した。  
藤吉氏、驚愕する。  
「ゲッ! い、いや、その、あれだ……ははははは」  
「娘の大切な彼氏に、おかしな事を吹き込むんじゃありません!」  
冷や汗をかいてうろたえる夫を更に怖い顔で叱りつけた藤吉夫人は、俺の方を向いた。瞬時に柔和な顔に  
なり、中年の実力派美人女優のような微笑みを浮かべて、にこやかにのたまう。  
「太田くん、この馬鹿亭主が変な話をしたようだけど、本気にしないでね」  
「は、はあ……」  
俺は曖昧な返答をするしかなかった。弥生によく似たこの女性に逆らったら、たぶん命はない。  
藤吉氏の話はおそらく真実を突いている。この母にしてあの娘あり、だったか。頭痛がしてきた。  
それにしても完全に妻の尻に敷かれているな、ご主人。かなり顔色が悪いぞ。  
「みんなー、準備できたよー」  
キッチンから弥生の(気のない)声が届いた。  
 
楽しいような怖いような焼肉パーティだった。  
ホットプレートが盛んにじゅうじゅうと音を立て、換気扇がうなりを上げている。  
食材は国産の高級な牛肉・豚肉と旬の夏野菜。ビールを飲むわけにはいかないが、炊きたてのご飯がある  
というのは有り難い。  
有り難い、のだが……問題は、ダイニングテーブルの向かいに藤吉夫妻がいることだ。  
上等な牛肉の味も、これでは素直に楽しめない。隣の弥生も気持ちは同じだろう。  
余りにも気まずすぎる。  
「で、あなたたち、どこまで進んでるのかしら?」  
藤吉夫人がキリンのクラシックラガー缶を空けながら、楽しげな表情で俺に尋ねてきた。  
ほら、これだ。俺も弥生もその意味するところを察し、答えに窮する。  
やはりビールを飲んでいる藤吉氏が、渋い顔をした。  
「おまえ、野暮なことを聞くんじゃない」  
税理士の先生は、ビールの缶を卓上に置くとこうのたもうた。  
「太田くんはだ、このとおり健全な若者なのにだぞ。よりによって、うちの不健全な札付きオタク娘と交  
際しているんだぞ! 何とも命知らずのチャレンジャーじゃないか! 勇気があるぞ!」  
だいぶ酔ってるな、おっさん。  
だいたい俺は札付きのヲタ野郎であって健全な若者ではないのだが、酔っぱらいは真実を知らない。  
「不健全な札付きオタク娘って、どういう意味よパパ!」  
弥生が抗議したが父親は無視した。  
「その果敢さが気に入った。こういう頼もしい男になら、こんな娘の処女膜、一枚や二枚進呈しても、」  
全部言い切らないうちに、妻の裏拳を勢いよく顔面に叩き込まれた夫は、椅子ごと後方へひっくり返って  
気絶した。  
「まったく、このおっちょこちょい亭主は……大事な娘のバージンを何だと思ってるのよ、馬鹿が」  
自分から話を振っておきながら、さも呆れたと言わんばかりの顔で、藤吉夫人はつぶやく。  
けれどその声音の中に、苦笑が混じっている。  
「ま、二人とも」  
そう言ってビールを少し飲んだ弥生の母だったが、そのとたん、  
「忘れてないわよね、避妊!?」  
「「はっ、はい!!」」  
唐突な大声の詰問口調に、弥生と俺は思わず肯定の答えを返してしまった。  
直後、藤吉夫人は笑い出した。  
 
俺たち二人は、「はい」という答えが『既に身体の関係があることを白状したに等しい』と気付いて、青  
ざめた。何と巧みな誘導尋問。  
俺も弥生もガックリする。この母親には勝てない。  
「いいからいいから。避妊してるなら、いまさら怒りはしないわよ。  
私たちはいいけれど、学校にばれないよう、節度を持って行動しなさい。  
太田くん、こんな娘だけど、よろしく頼むわね」  
俺はもうどうしようもなく、かしこまって「こちらこそ、よろしくお願いします」と頭を下げた。  
「しかし、わが娘が本当に女になった、と知るのは、感慨深いものがあるわねえ」  
弥生は「もう……ママったら」と赤くなってうつむいてしまう。  
 
すいませんお母さん、あなたの寛容さに感謝します。あなたは元・腐女子ながら、善き母親のようです。  
娘さんは命がけで大事にします。とても優秀なのにかなりお馬鹿さんですが、それでも愛しています。  
ところで俺はこれから、娘さんのお尻のバージンもいただく予定なのですが――  
 
とまではさすがに言えなかった。タフな夫人はともかく、夫の藤吉氏がショック死しかねん。  
その藤吉氏は相変わらず気絶していたが、夫人は別に介抱する気もなさそうだった。  
 
<弥生>  
母親得意の拳で倒れた父親が息を吹き返した頃には、大方の肉と野菜が他の3人の腹に収まっていた。  
家族3人で拓を送り出す。  
「太田くん、これからも弥生をよろしく頼むよ」  
「また今度、ご飯を食べていきなさい」  
鼻血をティッシュで止めた父親と、エプロン姿の母親は、共に上機嫌だ。  
「はい、ごちそうさまでした。それでは、おやすみなさい」  
拓は恥ずかしげにあいさつし、玄関を去った。  
私は手を振って答えるしかなかった。  
 
そういえば、両親に拓のことを白状させられた件を、まだ拓本人に話していなかった。  
思わぬハプニングで、拓を両親に紹介する手間は省けたが、彼には悪いことをしてしまった。  
どうしようかな……  
そう思いながら、私は汚れたホットプレートにお湯を張り、ゴミを片付けていく。  
酔っていても両親、後片付けはちゃんとやる。  
「かかあ天下」の我が家では、父親の地位は相対的に低い。  
 
そもそも我が両親は職場で知り合ったのだが、交際を始めてから母を腐女子と知った父はショックを受け  
て「好きなのに一線を踏み切れないで」いた。業を煮やした母親は、二人きりになったところで父親を押  
し倒して「無理矢理に、犯し」、父に結婚の覚悟を決めさせたのだ。ああ、あの母にして私あり。  
爾来、我が家は母親上位がずっと続いている。職場だった税理士事務所から夫婦で独立開業したのも、母  
親主導だった。私が物心付いた頃から、夫婦は実によく働いていた。  
そのために私の次の子を作る暇がなくなり、私は一人っ子になってしまった。母は40代そこそこでまだ  
産めないこともないが、さすがにもう無理だろう。  
 
カウンターの向こうのシステムキッチンで、夫婦並んで洗い物をしている後姿は、何となく微笑ましい。  
宴が終わった後の父親は、何だかしょんぼりしている。母親は反対に意気軒昂だ。  
「なかなか見所のありそうな男の子じゃないの。弥生はいい男捕まえたわよ」  
正確にはスタンガンで抵抗力を奪ってから拘束したのだが。結果が同じだったからよしとする。  
「ああ……俺もそう思うよ。  
でも考えたらいつかは俺たち、あいつの所に娘をやらなくちゃならないんだなあ……グスン」  
「まだ彼と決まった訳じゃないわよ。ともかく今はしっかり見守ってあげましょ。  
花嫁の父、人生の名誉じゃないの……ねっ、弥生?」  
私は、あはは、と力無く笑って答えるしかなかった。  
 
ごめんなさいパパ、ママ。お二人の寛容さに感謝します。あなたたちはお間抜けな夫婦ながら、本当に善  
き父・善き母です。  
もう、拓以外の男性のことは考えられません。かなりのむっつりスケベですが、それでも心底愛してます。  
ところで私はこれから、彼にお尻のバージンまでも捧げる予定なのですが――  
 
とまではさすがに言えなかった。何事にもタフな母親はともかく、父親が発狂しかねない。  
ところで拓はどうしただろう?  
 
<拓>  
「お友達の家でご飯いただいちゃったんだって? ちゃんと自分で連絡しなくちゃ失礼だよ」  
弥生の家から見直すと4ランクは落ちる安普請の一戸建てに帰り着くと、専業主婦の母親に叱られた。  
細身の藤吉夫人と違って、割烹着の我が母は肝っ玉母さん体型だ。ああ、日本の母。  
「電話かかってきたの?」  
「藤吉さんってお宅の奥さんからお電話貰ったわよ。遅くなるけど心配しないでって」  
それは、行き届いたことで……俺んちの番号は弥生から無理矢理聞き出したんだろうな。  
「あと、お父さん呼んでるわよ」  
父さんが? 何の用があるんだ?  
 
市役所の課長である父親は、週休2日なので今日は休みだった。早起きして部下とゴルフに出かけたとこ  
ろ、雨に降られて昼過ぎで帰ってきたそうな。  
その父は畳の茶の間で甚平姿になり、ビール……じゃなくてリキュール扱いのビールもどきを飲みながら、  
 
扇風機の傍らで巨人−阪神戦の中継を見ていた。  
「おお帰ったか。ちょっとこっちへ来い。座れ」  
あー、俺疲れてるんだけど……父親の様子を見ると、怒られるわけでもなさそうだから、座っておく。  
初老の父親は、平生から苦労のし過ぎで気難しそうな顔だが、酒を飲んでいる時には機嫌がいい。  
「何さ父さん?」  
「おまえ、税理士の藤吉さんちの娘さんと付き合ってるようだな」  
俺はその場に激しくひっくり返った。  
 
「何で知ってるんだよ! 母さん何も言ってなかったぞ!」  
ようやく起き直って問いつめる。  
「いや電話の件を聞いてな。  
藤吉なんてのは、あんまり世間に多い苗字じゃない。それで電話のナンバーディスプレイの記録を見てか  
ら、藤吉さんの名刺を見たら、案の定だ」  
なんたる着目点。少なくとも我が父の洞察力は、藤吉夫人の誘導尋問能力と互角のようだ。  
「名刺って……父さん、知り合いだったのか?」  
「ご夫婦とも知っているぞ。税理士会の中でも中堅クラスだ。この先、長老格がリタイアしたら、地区の  
税理士会を取り仕切る立場になるだろう」  
「税理士会?」とつぶやいた俺は、そこでようやく思い出した。  
 
父親は市の「住民税課長」だ。仕事柄、地域の税理士の業界団体と付き合いがあっても不思議じゃない。  
そして几帳面な父親は、重要な相手の名刺は小型のファイリングケースに収め、それを仕事用の鞄に入れ  
ておいて、住所録代わりにしているのだ。当然、今それは自宅にあるだろう。  
何てこった。恐ろしい偶然だ。  
「以前、自治体税務の懇親会でご一緒した時に『うちは娘一人で……』と言ってたのを思い出したんだ。  
娘さん、おまえの同級生か?」  
父親は楽しげに訊ねてくるので、「……ああ」とうなずくしかない。父親は記憶力もなかなかなのだ。  
「よしよし。手の早い兄貴と違ってできの悪いオタクのおまえじゃ、彼女もできないのかなと思っていた  
が……素性のしっかりした娘さんとお付き合いできるようになったとは、成長したな。見直したぞ」  
ニコニコ顔で言うなり、俺の頭を撫でる。父親に頭を撫でられるなんて何年ぶりだろう。  
 
俺のきょうだいは、既に独立した8つ上の兄が一人いるだけだ。  
遊び好きで高校時代からモテ男、大学を卒業すると一部上場企業に就職&長年の彼女と結婚、今年中には  
第一子も生まれる兄貴と、根暗なヲタの俺とは、やたら比較されてきた。  
兄と比べられて褒められたことはあんまりない。  
だから嬉しくなくもなかったが、弥生は身元こそともかく、本性は産まれながらの腐女子だぞ。  
「読書の好きな、いい娘さんらしいじゃないか……男女交際も結構だが、人様の娘さんだ。健全にな」  
もう遅いです。不健全を通り越して、いよいよ倒錯の領域に踏み込んでます。  
「それと、本当に好きなら安易に別れるなよ。幸せにしてやれ。決して泣かせるな。  
万一別れたりしたら、俺も藤吉さんに謝らなきゃならなくなる。いずれお互い知れることだ」  
うへえ、とうとう俺んちも親バレしちまった。しかも仕事絡みでかよぉ――  
それに弥生の「読書」の対象は「不健全なBL本」なんだよぉ――  
 
けど、言われなくても別れる気はない。  
もう別れられない。  
俺は、あいつのとりこなんだ。  
 
悪いことを言われたわけでもないのに、なぜか凹みながら、2階の自分の6畳間に引っ込んで、ジャンク  
パーツと衣類の山を乗り越えてベッド上にたどり着いた。  
そこでバッグから荷物を取り出し始めたら、覚えのない茶色の書類封筒が出てきた。中身がずしりと重い。  
 
何だこれは?  
表にメモ済みのポストイットが貼ってあった。  
『プレゼント。拓もこれで練習してね 弥生』  
不安になって封を開けた。  
図星だ。ケースに戻されたエネマグラと、派手な表紙の本1冊が入っていた。  
書名は『エネマグラ求道録 シーロン白田・著』。  
これが一日のオチだということに、俺は頭を抱えた。  
 
月曜、学校で弥生に逢った時、親バレの件を叱ってから、「変な物入れるんじゃない!」と抗議した。  
「じゃ、返してくれる?」  
「あのなあ、あんなもん学校に持ってこられないだろうが。次の土曜に返すぞ」  
弥生はニヤニヤと笑っていた。  
 
ああ、何とロクでもない女に惚れてしまったんだろう……  
 

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