ばさ、と身体をベッドに投げ出す。ブーツも脱がずに、乗馬服のままでだ。  
「……お嬢様、はしたないですよ」  
 キリヒト・ローレンツは軽く眼鏡を押さえながら書き物をする手を止めて言った。  
「うるさいわねキリヒト、私は大ッ嫌いなの、形式とか礼儀とか。知ってるでしょ?」  
「知っていてもそれを容認するかどうかは別です。あとそれは俺のベッドなんですけど」  
「だから何よ?ああそうですか、キリヒト様は自分のベッドに雇い主の娘が寝転ぶのも良しとしないんで」  
「わかりましたわーかーりました、俺の負けです……全く、今度は何があったんですか」  
 軽く頭を振りながら立ち上がり、傍らのポットから飲み物を注ぎながらキリヒトはお嬢様──ヨーコ・シュタインベルスを見る。  
 いかに主人の寵愛を受けているとは言え、キリヒトは使用人の一人に過ぎない。そんな彼の部屋に来てベッドに身を投げ出すなど、ヨーコもあるまじき事をするものだが──  
 それは最早この館では日常茶飯事であり、キリヒトくらいしかヨーコの手綱を握れないという事で黙認されている。同じ日本人の血を引くからか、不思議と二人は馬が合うのだ。  
「それがね、……なにコレキリヒト、シロップ?」  
「冷やしあめ、です。俺達の故郷である日本での飲み物の一つらしいですよ」  
「……キリヒトは良いな。私はニホンに行ったことも無いわ」  
 豪快に冷やしあめを飲み干し、そのコップを弄びながらヨーコは呟く。  
「それで?何があったんです?」  
「あのカールよカール、しつこいったら!!何が『僕は間違いなく君を幸せに出来る自信がある』よ、あんたに幸せにしてもらう義理も道理もこっちにゃ無いのよッ!!」  
「お嬢様お嬢様、怒鳴らないで下さいってば。それこそカール様にまで聞こえますよ」  
「様なんてつけないで良いわよッ!!大体なんなのかしらあのぼてぼての身体に趣味の悪い服、それで気取り屋!!馬にも乗れないのよアイツ!!」  
「俺も乗れませんよ、馬」  
「あんたはそもそもこっちの人間じゃないでしょう!!」  
 憤りがおさまらないのか、がぁーと叫びながら枕をぼすぼす殴りまくる。そんなヨーコを見ながらキリヒトは苦笑した。  
 
「あによ、笑ったわね」  
「いえいえすいません、唯……いつ見ても、お嬢様だなぁ、と」  
「何よそれ。どーせあたしはヤマトナデシコじゃないわ」  
「ああ、そんな生き物はとっくに伝説の中にしか存在しませんからお気になさらず」  
 棚から分厚い本を取り出しながらキリヒトは再び机に向かう。  
「む。何よキリヒト、私の相手してよ」  
「話なら聞きますよ。書き物をしながらでも構わないでしょ?」  
「誠意が無いッ!!だいたいあんたねぇ、アタシのことお嬢様お嬢様言いながらお嬢様だなんて一度も思ってないでしょっ!!」  
「そんなことはありませんよ。そんな我が儘なところなんて実にお嬢様らしい」  
「こ・の・お・と・こ・は〜!!」  
 ベッドから跳ね起きると、ヨーコはキリヒトの首に腕を巻きつけてギリギリと締め上げる。その苦しさより、後頭部に感じる柔らかさのほうがキリヒトを慌てさせる。  
「ちょ、ちょっと、くるし、苦しいですよお嬢様っ!!」  
「うるさいっ、観念して私に付き合いなさいっ!!」  
「わか、わかりましたから首、首から腕外してください!!」  
 必死で抵抗してどうにかキリヒトはヨーコを振りほどく。  
「全く、もう……どうしろって言うんです?」  
「そうね、デートしましょ?こんなに良いお天気なんですもの、お出かけしなきゃ損よ」  
「はぁ。一体どこへ」  
「それくらい貴方が考えなさいよ!!男がエスコートなさい!!」  
「わかりましたから、まさかその格好で行くわけじゃないでしょ?」  
 そう言われてヨーコは自らの服装をもう一度見直す。乗馬服をキッチリと着込んだままである。  
「……確かにそうね」  
 そう言いながら、皮の上着をばさりと脱ぐ。瞬間──抑えられていた豊満な胸がぼわん、と弾む。丸で漫画のように。  
「……お嬢様、前にも言いましたけど。若い男の前であんまり無防備なコトをしないほうがいいですよ」  
 顔を軽く赤くして、キリヒトがそっぽを向きながら言う。  
「貴方の前くらいしかリラックス出来ないのよ?いいじゃない」  
「言う事は大量にありますが、とりあえず二つ。俺自身若い男で、お嬢様はいつだってリラックスしてます」  
「何をう!?」  
 再びじゃれつこうとするヨーコをキリヒトは必死に制した。先程、皮ジャケットに包まれている状態ですらのあの感触、今の状態なら流石に理性がもたない。  
「ちょっ、お嬢様!!出かけるんでしょ!?早くしないとそれこそまたカール様がいらっしゃいますよ!?」  
 ぶーぶー言いながらもヨーコはやっと退出し、キリヒトは深く息を吐いた。  
「………俺だって、正常に男なんですよ、お嬢様……」  
 ヨーコと話しているのは楽しい。あの爛漫な性格に触れるとこちらまで明るくなる。しかし、同時にそれは煩悩と理性とのせめぎ合いでもある。  
「本当、……このままじゃいつか押し倒すな、俺」  
 そうなる前に、ここを出るか別の人間を見つけるべきなのだろう。キリヒトはそう理解はしている。だが同時にこの甘美な地獄を謳歌しているのも事実だ。  
「全く、思ったより俺も惰弱だな」  
 呟き、クローゼットの扉を開ける。この館に着て最初に贈られた皮のジャケットに袖を通しながら、早くも扉の向こうから聞こえるヨーコの声に彼は失笑した。  
 
 
「最低。アンタ本当に腐ってるわ」  
 半泣きで恨みがましくキリヒトを見ながらヨーコが言う。当のキリヒトはどこ吹く風でカプチーノを啜っていた。  
「あた、あたしがああいうのが凄く苦手だって知ってるでしょ!!」  
「あれ、そうでしたっけ」  
 すっとぼけて見せる彼の手には先日封切られたばかりの映画のパンフレットがあった。タイトルは『掴めぬ光』。タイトルではわからないが、バリバリのホラー映画である。  
「もう、どうしてくれるのよ……今夜からまた眠れないわ」  
「はは。それにしても凄かったですねえ、あのシーン」  
「もう、本当によしてってば!!」  
 街角のオープン・カフェで二人は軽くお茶を飲んでいた。涼しい顔のキリヒトとは対照的に、この世の全てを憎むような視線でヨーコはシナモンティーを飲む。  
「さて、じゃあお詫びがてらこの後は美味しいものを御馳走しますよ」  
 にこ、と笑顔でキリヒトは言う。……本当、見ていて飽きないくらいころころ表情が変わるお嬢様だ。今泣いたカラスがもう笑った、と言ったらまた怒られるのだろうが。  
「それって、あれよね?スシ、よね!?」  
「ええ。華ノ道の大将、復帰なされたそうですから。旦那様に電話して来ますね」  
 キリヒトはそう言うと軽く席を外した。携帯電話だというのに、いちいち場所を変えて電話するあたり、妙に律儀な男である。  
「おぉ!?ミス・ヨーコじゃないか!?」  
 凄まじく嫌な予感がヨーコを貫く。声のしたほうを振り返れば、そこには真っ赤なシャツを着た(!)カール・ライムタイザーがいた。  
(神様、運命の神様……本気で糞喰らえ、だわ)  
 心の中でとんでもない事を呟きながらも表情には微塵も出さずにヨーコは応対した。  
「あらミスター・ライムタイザー、奇遇ですね」  
「ヨーコ、そんな他人行儀な呼び方はよしてくれといつも言っているだろう?親しみを込めてファーストネームで」  
「ミスター・ライムタイザー、申し訳ありませんが連れがおりますので」  
「おお、何とシャイな……連れ?」  
「どうも、ライムタイザー様」  
 戻ってきたキリヒトが頭を下げる。彼を見るや、カールの表情が見る間に不機嫌になる。  
「何だ、また貴様か日本人もどき。一体どういうつもりか知らんがな、身分相応という言葉だけは忘れんようにしたほうが良いぞ」  
「御忠告、痛み入ります」  
「さあキリヒト、行くわよ。まだ買い物は済んでないわ」  
 先程までとは違い、あくまで主人と使用人としてヨーコは振舞う。そうでもしなければこの目の前の馬鹿が何を言い出すか知れたものではないからだ。  
「宜しければ御一緒させていただけませんか、ミス・ヨーコ?」  
 これが漫画ならば、笑顔の上に怒りマークが貼り付けられていたであろう。そう思うくらいヨーコは(表面上は)穏やかに取り繕った。  
「お気遣い有難う御座います、ミスター・ライムタイザー。でも私用の品ばかりですから」  
「おお、そうですか、でしたらば明日の夜にディナーなど如何です?良い鴨が手に入りましてね」  
「申し訳ありません、即答は致しかねますわ、ミスター。さ、行くわよ、キリヒト」  
「はい、お嬢様」  
 キリヒトも済ました顔でその場を後にする。後には憤怒の形相を浮かべたカールが一人残された。  
 
「何なのよ何なのよ何だってのよあの男はぁぁぁぁ!!ああもう本当、頼むから今日消えてくれないかしら、いえ今すぐ!!この世から!!」  
「はは、お嬢様は本当に嫌いですね、カール様が」  
「アレを好きになれって!?冗談、さっきの映画のほうがまだ……」  
 そこまで口にして思い出してしまったのか、急に口をつぐむ。車に乗り込むやヨーコは鬱憤を晴らすかのごとくぎゃーぎゃー騒ぎ立てていた。  
「ああもうっ、思い出しちゃった……本当に最悪よっ!!」  
「まぁまぁ。カール様だって悪気があるわけじゃないでしょう、単純にお嬢様が好きなんですよ。アプローチがスマートとは言いかねますけど」  
「私は単純にあいつが大嫌いなの!!」  
 キリヒトは苦笑する。過去にここまで報われない恋愛があっただろうか。カールに同じ男性として少しだけ同情する。  
「キリヒトは?貴方はどうなのよ」  
「私ですか?勿論、お嬢様の事は好きですよ」  
「あらそう。ありがと」  
 さらり、とかわすキリヒトの言葉にヨーコはぶぅたれる。しかし一方のキリヒトはといえば内心の動揺を悟られないようにするので必死だった。  
 
「……勿論好きですよ、か。なにが勿論なんだか」  
 久しぶりの日本食を楽しんで帰宅して机に向かいながら、キリヒトは一人ごちた。眼鏡を外して軽く眉間を摘む。  
 はっきり言おう。一目惚れだ。半年前にこの館を訪れて最初に会った日から、そして彼女と過ごす時間が長くなればなるほどどんどんと惚れていく。  
「……身分相応、ね。理解してますよ、ライムタイザー卿」  
 そう。自分はこの館においてもらっている身だ。まかり間違ってもそこの一人娘であるヨーコによこしまな感情など抱いてはならないだろう。結局──  
「ハ。馬鹿馬鹿しい」  
 ヨーコはいずれ、身分にあった恋人なりを見つけてそこへ嫁いでいくだろう。もしくは婿を取る形になるのだろうか。どちらにしても自分には関われない世界だ。  
「……ふん」  
 禁煙をしているはずだったが、どうにもやるせなくなり彼は机の引き出しから灰皿と煙草を取り出した。紫煙を胸いっぱいに吸い込み、もやもやを煙と一緒に吐き出す。  
「全く、……ああいかんいかん、いかんな。雑念を払わんと」  
 ぴしゃり、と頬を叩いたその瞬間だった。コンコン、と部屋の扉が叩かれたのは。  
 
「はい、……お嬢様」  
 わかっている。こんな時間に扉を叩く人間など他にはいないからだ。  
「入って良い?キリヒト」  
「ええ、あ、ちょ、ちょっと待ってください」  
 慌てて煙草と灰皿を机の引き出しに叩き込んで香水を振ると彼は扉を開けた。  
「ごめんねこんな遅くに」  
「いえ、どうしました?」  
「飲むわよ」  
 
 たっぷり三秒はキリヒトは固まった。  
 
「……は?」  
「飲もうって言ってるの。眠れないのよ、誰かさんのせいで」  
「……あー、はぁ……まぁ、その」  
「ニホンシュ、だっけ?あれを開けましょうよ。グラスは持って来てるわ」  
「ええ、はぁ、その……仕方ないですね、わかりました」  
 そう言いながらもキリヒトの心臓はさっきからばくばく言っている。薄い夜着の上からカーディガンを羽織っただけのヨーコの姿は、とんでもないダメージをキリヒトに与えていた。  
(……本当、俺って紳士だよな……)  
 今すぐベッドに押し倒したくなる雑念を必死で振り払うと彼は棚から瓶を取り出した。徳利が無いので、直接瓶から注ぐことになるがまあ気にもしないだろう。  
「それそれ。ライスから出来てるのよね?」  
「ええ、コレはそうです……ね。純米酒です」  
「ジュンマイシュ?」  
「麦や芋、蕎麦から作るお酒もありますし。まあソレは焼酎っていってまた別ですよ」  
 言いながらグラスをテーブルの上に並べる。  
「さて、それじゃ……乾杯、と行こうじゃないの」  
 ヨーコは微笑んで軽くグラスを上げる。……その拍子に豊かな胸元が揺れ、キリヒトは当然の如くそれを見逃していなかったがさも何も無かったかのように振舞った。  
 
「キリヒト……あんた何なのよ……」  
 一升瓶を半分開け、へべれけになったヨーコとは対照的にキリヒトはくいくいと杯を重ねていた。最初こそ負けてなるものかとついていったヨーコだったが、圧倒的なザル加減に今や完全に突っ伏している。  
「言いませんでしたっけ?俺、家系で酒には滅法強いんです。まだ半分も酔ってません」  
「うぅぅー……可愛くない……」  
「可愛さを売りにしてませんから」  
 すまして返答しているものの、実は脚を組んだ内側で彼の逸物は随分とハッスルしていた。何せ自分の惚れた女性が目の前であられもない格好で酔い潰れているのだ。先程からたわわな胸がテーブルに押し付けられるようになっており、嫌が応にも目を引く。  
(……落ち着け、落ち着け。大丈夫、バレないバレない)  
 軽く呼吸を整えるとキリヒトの息子は少し落ち着いてくれたようだった。それを確認するとすっ、とキリヒトは立ち上がる。  
「?らによぉ、トイレぇ?」  
「今夜はここまでにしましょう、お嬢様。もうお休みになられたほうが良い」  
「……ぅー……ここまで酔っちゃうなんてね……」  
 ふらふら、とヨーコが立ち上がる。と、バランスを崩し──  
「危ないッ!!」  
 咄嗟にキリヒトは飛び出したが、彼も酒が入っている上に股間の逸物を押さえたりしていたものでバランスを崩す。結果、キリヒトはヨーコを抱きしめるような形で床に転がっていた。  
 
 どっくん。  
 どっくんどっくんどっくん。  
 自分の心臓の音が物凄い。不味い、凄く不味い。必死で押し止めてきた感情が渦を巻いている。自分の腕の中の柔らかさが物凄い誘惑になる。  
 首筋に感じる吐息が悩ましい。胸元で感じる柔らかさが惑わせる。  
「ね、キリヒト」  
 囁く声が、スクブスのそれに聞こえる。  
「は……い」  
「私、酔っ払ってるよね」  
「そう、ですね」  
「だからさ、……酔った勢いで、なら、仕方無いよね」  
「……!!」  
「その、……さっきから、当たってるし」  
 ヨーコのふくらはぎには硬いモノがあたる質感。キリヒトの首筋から耳朶にかけて襲う声に混じる欲情。  
「……俺、下手っすよ」  
「ん。いいよ」  
 そう聞いた瞬間、キリヒトは己の抑えに抑えた欲望を解放した。  
 
「んッ……んん……」  
 歯茎も、歯も、その裏も、舌も、およそ舌を這わせられるところ全てをキリヒトの舌が蹂躙する。常にヨーコを立てて一歩引いてきたキリヒトとは思えぬ、粗野で攻撃的な口付け。  
「きり、ひとっ……んッ」  
 ヨーコは切なげに身をよじる。先程からキリヒトの手が胸に添えられている。しかし、──その刺激はとても弱い。触れている程度だ。  
「駄目ですよ、お嬢様。俺は随分我慢してきたんだ、せめて可愛いトコをたっぷり見せて下さい」  
 眼鏡の奥で微笑む目に、隠しようも無いサディズムを感じる。  
「が、我慢って、アンタが勝手にっ……ん、んゥっ」  
「どうしたんです?そんなに可愛らしく、切なそうな声を出して?はしたないですよ、お嬢様?」  
 キリヒトは残酷に、そして甘美にヨーコを誘う。己が欲望を、思うがままに口に出せ、と。  
「ちょ、キリ……ひと、ずるいっ……そっちだって、シたかったんでしょぉっ……」  
「ええ。そうですね、俺はこういう風にしたかったんです」  
 相変わらず微笑を湛えながら、キスのみは暴力的なまでに激しく、それ以外は何もせずにただ手を這わす。  
「どうしました?お嬢様」  
「く、くそッ、あんた本当に良い性格してるわねっ!!」  
「それほどでも」  
 暫くむー、とすねて見せるが、キリヒトの胸にぽふ、と頭を乗っけるとヨーコはついに口に出す。  
「命令です、……その、わた、私をめちゃくちゃになさいっ」  
「命令じゃ仕方ありませんね」  
 くすくす笑いながら、キリヒトはひょいとヨーコを抱えるとベッドへと運んだ。  
 
「あ、……や、そ、そンなトコ、あっ」  
 夜着の下をキリヒトの手が動く。とても豊かな双丘をもみしだき、その頂点を爪弾き、押し潰し、しごく。同時に耳元を、首筋を、そして脇の下を舌が這う。  
「汗、かいてますね、お嬢様」  
 かぁっ、と顔を真っ赤にするヨーコを相変わらずにこにこと見つめるキリヒト。唇を再び重ねると、更に強い愛撫を再開する。  
「ん、ンんっ、あ、ああッ、や、きり、ひとっ、むね、ばっかりっ……」  
「でも、気持ち良いんでしょう?」  
 乳首を触られるたびにぴくんぴくんと身体が震える。完全に上気した頬、虚ろな瞳、そして──それでも尚、求める。  
「だめ、キリヒト、お願……いッ、止めてっ……」  
「どうしてです?気持ち良いんでしょう?イッちゃいそうだからですか?」  
 そう、未だ性器には触れてもいないのに──ヨーコは既に、軽い絶頂を迎えつつある。再び顔面を真っ赤にすると、ヨーコはどうにか頷く。  
「イッちゃってイイですよ、お嬢様。何度もイッて見せて下さい。俺、お嬢様がイくとこ、何度でも見たいです」  
 耳元でそう囁きながら、夜着の前をはだけ、ぷっくりと膨らんだ乳首をついに彼は舌で嘗め回し、吸い上げる。  
「や、やぁッ、駄目、だめだよきりひとぉッ、それ、駄目……あ、あ、ああッ!!」  
 指で触られているだけでも充分過ぎるほど感じていたのに、突然冷たい空気に晒され、次の瞬間には熱くねっとりとした質感が襲う。  
 その刺激に為す術無く、ヨーコはキリヒトに抱きつくようにして達した。  
 
「はぁ、はぁっ、……き、キリヒトの馬鹿っ」  
「可愛いですよ、お嬢様。凄く可愛いです。もっともっと可愛いトコを見せて下さい」  
 キリヒトはそう囁くとついにショーツの中に手を入れた。  
「や、ん……ッ」  
 軽く身をよじるが、ソレは拒否を意味しない。あくまでも、恥じらいによるもの。  
「もう、こんなにビショビショにしてるんですか、お嬢様?ぬるぬるですね」  
「そ、そういうコトを何で言うかなぁっ!!」  
「恥ずかしそうにしてるお嬢様が大変可愛らしいもので」  
「あ、あんたって本当に最低っ!!」  
「男はベッドの上じゃ大概最悪なものです」  
 胸を吸い、指で入り口だけを掻き回す。抱きしめるようにシながら、今度は背後に回って豊かな胸を思う様揉みしだく。ヨーコは唯、痴態を晒すことしか出来ない。  
「きり、ひとッ……あんたばっかり、ずるい……」  
 痛いくらいに硬く隆起した股間を撫でさすりながら、ヨーコが囁く。  
「わた、私だってもう裸なんだし、アンタも裸になりなさいよ……」  
「俺の裸、見たいんですか?」  
 くすくすと笑いながらキリヒトは言う。またしても真っ赤になりながらも、ヨーコは頭を縦に振る。  
「わかりました。じゃあお嬢様も脱いで下さい、全部」  
 そう言うと、キリヒトはぱっぱと着ているものを脱ぎ捨て始める。  
「ぜ、全部って、私もう下着しか無いんだけど」  
「だから、下着を脱いで下さいよ。それとも俺に脱がせ」  
「脱げばいいんでしょ脱げばぁっ!!」  
 言葉の途中で傍らの枕を投げつけると、ヨーコはするするとショーツを脚から抜いた。恥ずかしそうに、ぺたん、とベッドの上で座る。  
「……な、何よ、今更じろじろと」  
「いや、本当にえろい身体してるなーと。良く俺も今まで理性が持ったもんです」  
「あーもーッ!!……あ、アンタも意外と良い身体してるのね」  
「これでも一応、カラテのブラックベルト持ちなもんで」  
 眼鏡を外し、着衣を脱ぎ捨てたキリヒトの身体は、確かに普段机に向かい本を読んでいる姿からは想像できない、引き締まった肉体だった。決してマッチョでは無いが、無駄な贅肉がついていない。  
 
「キリヒト、……ベッドの上に寝て」  
「え?あ、や、それは流石に。良いんですって、そんなコトまでしなくたって」  
「私がしたいの。良いから早く横になって」  
 流石にあれだけ苛めておいて、自分は相手の要求を聞かないわけにもいかない。キリヒトは裸のまま、ベッドの上に仰向けに寝た。  
「ふふ、ヒトのこと言える?さきっぽからちょっと出てるじゃない」  
 ゆっくりと右手でキリヒトの逸物をヨーコは撫でる。そしてそのまま、舌と唇を這わす。  
「ッ、く……」  
 先程までとは違い、キリヒトの眉が一気に寄る。  
「あは。キリヒト、責められるの弱いんだ」  
 そのまま、ぺちゃぺちゃと舌が這う。歯を食いしばり、シーツを握り締めながらキリヒトは必死でその感覚に声を漏らすまいと耐える。  
「気持ち良い?キリヒト」  
「は、い……凄く、気持ち、良い、です……お嬢様……」  
「ヒクヒクいってるよ、キリヒトの……ん、んむっ」  
 陰茎を完全に口の中に納めると、ヨーコの頭が己の股間で上下し始める。性器で感じる快感と、視覚に突き刺さる光景。  
「お嬢様、す、凄く気持ち良いです……ッ、く、ゥあ、……ッあ」  
 全身がぶるぶると震える。今すぐにも果ててしまいたいが、それだけは出来ない。流石に幾らなんでも、それは不味い。  
「キリヒト、そんなに気持ちよくなってくれてるんだ……じゃ、もっとシテあげるね」  
 舌先が、唇が、口腔内の感覚が、それこそ物凄い勢いでキリヒトを絶頂へと押しやる。どうにか今は我慢しているが、このままでは放つのも時間の問題だ。  
「お、嬢さまッ、駄目、です、俺、そろそろ出ちまうッ、も、止め……」  
「だぁめ。私のイくところ見たじゃない?私にも、キリヒトのイくところ見せて」  
 手で擦りながら舌が這う。全身の感覚がすべて股間に集まるかのような感覚。やばい、これは完全に──!!  
「お、お嬢様、駄目だ、い、くッ……!!」  
 びゅるり、と先端から吹き出した白濁はそのままびゅる、びゅるとヨーコの顔面を汚していく。荒い息をつきながらも、キリヒトはその光景に興奮していた。  
「あ──、キリヒト、イッちゃった……凄い、出てるね……」  
 汚れた顔面を拭おうともせず、ぼんやりと放心するヨーコ。そのヨーコの唇を、ベッドに押し倒しながら思い切り吸う。  
「ん、ん……ン……、わた、私の口、さっきまでしゃぶってたから……汚いよ?」  
「怒りますよ。そんなわけないでしょう」  
「ん、……ありがと……んッ……」  
 深い、そして濃厚なキス。互いの顔が汗と精液で汚れるのも構わず、動物のように貪る。互いにたちまちのうちに準備が整った。  
「お嬢様、その……、良い、ですか?」  
「馬鹿。……今更、だよ。来て、キリヒト」  
 ぎゅ、と抱きしめるようにしながら、二人はもう一度キスを交わした。  
 
「ふ、ぁあ……あああああッ……ン、ぁあッ!!」  
 ぬるり、にゅるりとキリヒトがヨーコの中に侵入する。お互いに潤みきった性器は、原始の昔から決められたようにぴったりとその形状を一致させようとする。  
「き……もち……イイっ……お嬢様、の中……凄ぇ……イイですっ……」  
「あた、しも……ッ、あ、や、ちょ、キリヒトっ……」  
 もぞもぞ、と。蠢く、と言ったほうがいい程度に、キリヒトが動き始める。だがその刺激だけでも、今の二人には充分すぎるほどの快感を連れてくる。  
「凄い……熱くて……ぬるぬるで……気持ちいいです……」  
「あ、あッ、ああッ、そこ、そこ駄目、そこ凄いっ……は、ぁ、あッ……」  
 徐々に、徐々に。キリヒトの腰が激しく動き出す。ぶるぶると震える大きな胸を鷲掴み、腰を強く、激しく突き入れる。  
「き、りひ、とぉッ、あ、ああ、ンあっ、あああ……あ!!」  
「はぁっ、はぁっ、はあッ……!!」  
 言葉が、言葉にならなくなる。獣のように、快楽を追い求めて、腰を振り、乳をこね回し、唇を貪る。ベッドの上にいるのは、最早唯の動物だ。  
「あ、ああぅ、イイ、イイよぉっ、きりひと、キリヒトぉっ、ああ、ぉあぅッ、ん、んんッ……!!き、気持ちイイ、よ、すごいッ、はげし……ふ、ふぁぁ!!」  
「お嬢様、ちょっと失礼しますよ……」  
「え、何……や、やぁ、こ、こんなの恥ずかしい……ぃぁあッ」  
 繋がったまま、キリヒトが背後に回る。そのまま、背後から覆いかぶさるようにして、両手で乳房を掴んで激しくストロークを繰り返す。  
「こ、こんなの、恥ずかしいッ、あ、ああ、きりひと、キリヒトぉっ」  
「凄く可愛いです、お嬢様、凄い……く、ゥっ……」  
 互いに、互いの限界が近いことを知り、ヨーこの求めに応じ、再び二人は抱き合う形で求め合う。  
「あ、らめ、らめっ、も、もう、もうッ……!!」  
「お、れもッ、もう、限界ですッ、だ、出しますよっ、お嬢様……!!」  
「よ、ヨーコって呼んで、きりひと……ぉ!!」  
「よ、ヨー……コっ……く、ぅあ!!」  
 どくん、どくんと激しい鼓動を性器同士で感じながら、二人は汗だくになった身体を抱きしめながらどう、とベッドに倒れた。  
 
「……すけべ。胸ばっかりいじって」  
「散々感じてたくせに、今更何を」  
 済ました顔で煙草をふかす。もう今更、何を気取る事も無い。  
「あんた、煙草なんて吸うのね」  
「時々。でも嫌なら消します」  
「良いわよ別に。……はぁーあ、シちゃったね」  
「……そーですね」  
 仮にも、である。仮にも食客の身でありながら、そこの主人の一人娘と関係を持ってしまったのだ。これはもしかしたら最悪の可能性も出てくる。  
「……秘密にしようか」  
「嫌です。俺はもう我慢したくないです」  
 ヨーコの髪の毛を撫でながら、キリヒトは真面目な声で言う。  
「……馬鹿。でも、ま、良いわ。アンタとだったら、どこへでも行ってあげる」  
 くすぐったそうにしながらも、ヨーコはキリヒトの胸に顔を埋めて囁いた。  
 
 後日、意を決した二人の告白を「何を今更」と当の主人が返答し、二人の杞憂をヨーコは暴れ回って発散させるのだが、それはまた別のお話。  
 

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