蛇口を捻ると、熱い水滴がざぁっと降り注いでくる。  
 一日の汗をシャワーで洗い流しながら、私は岬様と出会った頃を思い出していた。  
 
 
 ……彼女が13歳になってから2ヵ月後、季節は秋だった。  
 私と初めて出会ったとき、既に彼女は処女ではなかった。  
 それ自体にさほどの驚きはない。私とて初体験は14歳、わずか1年の違いしかない。  
お互いかなり進んでいたほうだとは思うし、驚きはしたが「信じられない」というほどの  
思いはなかった。  
 正直なことを言えば、お嬢様の容姿であれば――男が寄ってくるのはむしろ当然だろう。  
 まだ「年端も行かぬ」などと形容される年齢でありながら、13歳とは思えない容姿の  
成熟が感じられ、何歳か年上に見える。恐らくその雰囲気だけで心を高鳴らせる者も少な  
くあるまい。  
 幼さから着実に脱却しつつある顔は美しさを日に日に増していく。澄んだ瞳に涼しげな  
目元は、すぐに程よい切れ長の釣り目となって異性を魅了するだろう。  
 しっとりと艶やかな髪は、溜め息が出そうな烏の濡れ羽色。ウェーブをかけた私とは対  
照的に、癖のない真っ直ぐなストレートが背の中ほどまで伸びている。  
 見た目にも柔らかそうで、肌理の細かい滑らかな、そして透き通るように白い肌もまた、  
「良家のお嬢様」には似つかわしかった。  
 しかし、それでいて――清楚だとか可憐だとか、そんな陳腐な白い魅力は表層に過ぎな  
いのだ。まるで欲望を掻き立て、本能的に異性を惹き付けてしまうような暗い色。それが  
稲葉 岬の持つ本当の魅力なのだ。  
 その視点で見れば彼女は突出している。透き通る美声ではなく、ねっとりと湿りを含み、  
心の奥底に沈殿して残るような声。常に薄く涙を浮かべたかのように潤んだ双眸は、見つ  
められるだけで惑乱する男もいるだろう。  
 鮮血のように赤い唇にも強烈な誘引力がある。意図したわけでもないのに、常に自信と  
余裕の微笑を浮かべているように映り、見る者に底知れなさを感じ取らせてしまう。  
 年齢の割には身体の発達も早い。成長期に差し掛かり、同年代の女子はようやく胸が膨  
らみ始め、やっとブラジャーを着け始めた頃であろうに――岬様の伸びやかな肢体では、  
乳房の成長もそのずっと前から進んでいた。  
 その頃、既にEカップ……学年で一番の巨乳と言われていたという。  
 これでは男を惹きつけないほうがおかしいのだ。既に処女でなかったとして、それほど  
驚くこともあるまい。深窓のご令嬢が余りに刺激的な魅力を持っていることは、驚きに値  
するとは思うけれど。  
 
 
 改めて言うが彼女は13歳でそうだったのだ。18歳を迎える今、更にあの方は着実に  
進歩している。変わらないのは髪形くらいのもので、心身ともにずっと大人になった。  
 男を魅了するために生まれたのか――彼女に接しながらそう思ったことも、もう一度や  
二度ではない。それでいて稲葉家の跡継ぎになるのがもう決まっている。  
 どこからどう見ても、完璧としか言いようのない女が、私のすぐそばにいる。  
 そうなると、こんな言葉が自然と口を突いて出てしまう。  
「生まれついての女王、か……」  
 熱い湯に打たれながら、これまでも幾度となく口にしたその言葉。心にちくりと突き刺  
さり、決して抜けないそれは私の小さな嫉妬心。嫉妬だと自覚すればするほど、私は心の  
痛みを煽り立てられてしまう。  
 シャワールームの壁を拳で叩く。行き場のない感情を鬱積させながら、私は呻くことし  
かできない。  
「お嬢様を育てたのは私なのに……!」  
 
 稲葉家で働くようになったのは、私が22歳のとき。  
 それから5年にわたり、私はお嬢様に仕えている。彼女の身の回りの世話をし、時には  
教育もする――というのが私の仕事だ。一番の側近であることには違いない。  
 しかし、身の回りの世話はともかく、実態を知る者が「教育」などと聞けば失笑するか、  
顔をしかめるかのどちらかだろう。  
 稲葉家を継ぐ帝王学や礼儀作法は別に教える人がいる。勉強ならばお嬢様は創星大付属  
に通っているし、いずれは大学に進むだろう。何の問題もない。  
 では、私は何を教育しているのか。  
 結論から答えてしまえば、それは「セックスのやり方」だった。  
 
 
 ……勿論、「性教育」という意味ではない。  
 私が教えているのは、もっと具体的な――セックスで気持ちよくなるためのテクニック  
である。快楽の追求のために、実際にどのようなことをすればいいのか。私はセックスに  
関連する知識や、実践的な性戯をお嬢様に教えていった。  
 セックスのみならず、性にまつわる知識は様々に教えた。私自身の経験なども含め、恋  
愛や性に関わることは私が教育していった。それには美容の知識も含まれたし、若さと美  
しさを保つための手段、栄養や睡眠の必要性、あるいは男とはどういうものか、どうすれ  
ば上手く扱えるのか――といったことまでも。  
 お嬢様は私によく懐いてくれた。だから素直に私の言うことは聞いてくれたし、経験済  
みなのもこの教育にはむしろ好都合だった。下手な耳年増にならずに済むし、セックスを  
経験する中で私の教えを実感として受け入れることができたからだ。  
 そうして私は全幅の信頼を寄せられ――ただならぬ関係を築くに至った。そうなるのに  
それほど時間はかからなかった。  
 稲葉で働くようになってわずか数ヶ月。寒い冬のある日、私とお嬢様は同じ寝床に身を  
委ねた。お嬢様は私にされるがまま、特に抵抗もなく私の愛撫を受け入れた。  
 岬お嬢様が「女の悦び」を知ったのは、その夜のことだ。彼女のエクスタシーを花開か  
せたのは私だった。  
 男とのそれまでの経験では、「イクって感覚がどういうものか分からない。だから、あ  
れがイッたってことなのかな?」などと思っていたという。そんな疑問を持つこと自体が  
既に「イッたことのない証拠」なのだが、岬様は初心にも知らなかったのだ。  
 そんな話も聞いていたからこそ、私は夜を迎えるのが楽しみで仕方がなかった。  
 私の指先の動き1つで幾度も体をくねらせ、舌先の愛撫に堪らず喘ぎ声を上げ、快感に  
身を浸らせる岬様の姿は官能的で美しかった。彼女が私の手で「初めての頂点」に導かれ  
た瞬間は、お互いにとって忘れられない一瞬である。  
 私たちは何度も体を重ねた。岬お嬢様も一番多く肌を合わせた相手は私だろう。性に奔  
放な彼女であっても、同じ家に住んでいる私との関係はどうしても増える。  
 私が彼女にオルガスムスを約束できるテクの持ち主ということも影響していただろう。  
 私の指や舌の戯れにどれほど抗おうと、お嬢様は結局、絶頂に至らしめられていたのだ。  
今夜のように甘えられれば、私はそれに応えて岬様を抱いたものだった。  
 
 
 だが彼女は飲み込みが早かった――早すぎるのだ。  
 1を教えれば10を知る。まさにそんなことわざのように、私の想像を超える勢いで  
様々なテクをマスターしていった。  
 私自身、相手を満足させるのに苦労したことはほとんどない。自分の技巧にそれくらい  
の自信は持っている。  
 しかしお嬢様は……そこに至る段階が実に早かった。15歳になる頃にはもう、その領  
域に達していたのだ。私がまだ教えていないことも男とのセックスで実践し、射精に至ら  
しめ、自分のものにしていっている。性への好奇心も貪欲だったのだ。  
 そうしてお嬢様は赤裸々に、卓越した性の技で思い通りに男をイカせた体験を私に語る。  
 彼女の瞳に冷たく淫蕩なサディズムが満ち始めたのは、ちょうどその頃だった。  
 より深い快感のためのSM――という話もしていたが、その頃にはもう、私の教えるこ  
となどなくなっていたかもしれない。  
 岬様はもう、私の教えよりも、実体験から理解していた。  
 男のM性を刺激して、より倒錯的な快感を男に与えられるということを。  
 お嬢様のお気に入りは、強制的な射精と早漏に対する言葉攻め。「女より劣っているこ  
とに対する羞恥」を相手の男に呼び起こさせ、背徳的な快感をもたらし、自分も楽しむ方  
法を覚えていたのだ。  
 ……そう、それは女王が目覚めた瞬間であったかもしれない。  
 
 今日も今日とて、恐らくお嬢様はその巧みなテクで男を翻弄したのだろう。いつものよ  
うに罵倒に等しい言葉攻めで、容赦なく男の早漏ぶりを嘲笑い、彼らも気づかぬM性を引  
きずり出そうとしたに違いない。  
 お嬢様の技巧であっさり男が果てさせられたとしても、私は決して恥ではないと思う。  
 岬お嬢様を幾度となく抱いた最中、膣に指を入れて愛撫したが――あの反応は尋常なも  
のではない。  
 指全体に絡み付いてくるような膣襞の蠢動と、まるで挿入物を奥に引き込むかのような  
うねり、本人が悦を感じるほどにきゅうっと強く締め付ける内部の肉……今まで私が抱い  
てきた女にはなかった反応だった。  
 恐らく名器と呼ばれる膣の持ち主なのだ、お嬢様は。彼女から聞く男たちの反応も、知  
れば知るほどその確信に近くなる。  
 それに私が教えたテクが複合されれば――男は我慢できなくて当然である。  
 岬様の中も、私が授けた性戯も、そんな生易しいものではないからだ。  
 
 
 だからこそ――  
(悔しい……!)  
 どん、と私は再びシャワールームの壁を叩く。  
 私は2種類の嫉妬を抱えていた。  
 1つは――お嬢様の師は私なのに、弟子のあの方が私を超えるのが悔しくて堪らない。  
(ずるいよ、岬お嬢様……!)  
 あの方を育てたのは私なのに、私のコピーであるはずなのに、なのにどうして私の先を  
行くのだろう? コピーがオリジナルを超えるなんてあり得ないのに!  
 18歳を迎えたあの方は、すべてにおいて私を上回っている。モデル並みと褒められる  
背の高さはもう私に匹敵するし、その顔も確実に美女の歩みを進めている。豊満なバスト  
はもう私よりも大きく実り、乳房の完璧な造形美には思わず見惚れてしまうほど。ほっそ  
りとしたウエストは、私以上のくびれをはっきりと体の線に描いている。上向きで形の良  
いヒップからとんでもなく長い美脚へと繋がる曲線のラインは、誰が見ても魅了されるほ  
ど官能に満ちた色彩を帯びている。  
 私とて他人が羨むだけの肉体の持ち主と自負しているが、お嬢様にはかなわない。  
 私がそうなるようにあの方を育てたのだし、お嬢様が完璧な美女になっていくのは喜ぶ  
べきはずなのに……師が己を超えていく弟子に嫉妬しているのだ。  
 勿論、あの方が称えられるのは私の誇りでもある。あの方への賛美は育てた私への賛美  
でもある。私の教育の正しさを証明することにもなるからだ。  
 だが、それでも――いや、だからこそ、私は嫉妬するのだ。コピーが何故オリジナルを  
超えるのだ、と。  
 
 
 そして2つ目は――歪んだ懊悩としか言いようがない。  
(岬様を育てたのは私なのに……私なのに、私だけがお嬢様の膣を味わえない……!)  
 悔しくて仕方がなかった。私が男であれば、あるいは私に男根があれば――などと願っ  
てしまう薄暗さを消せないでいる。  
 男たちがあの名器でどれだけの快感を得ているのか、私は知りたい。どれだけ気持ちい  
いのか味わってみたい……。  
 男の快感など女の悦びに比べたら大したことがないという話は知っている。女の私には  
永遠に分からないことだが、きっとそれは真実だと思う。  
 それでも「自分が男であれば」との願いが、心にこびりついている。  
 私が知らないのはもうお嬢様の中だけなのだ。閨での指や舌、喘ぎ声、仕草……それら  
はもう知り尽くしている。  
 なのに――男ならばすぐにでも味わうことができ、最高の夜を約束するお嬢様の膣の快  
感を、女だからってだけで永劫に実感できないなんて――あんまりじゃないか。  
 あれだけの女に育ててあげたのに、私が女だからご褒美がないなんて……悔しい!  
 
 私は今一度、シャワールームの壁を叩く。  
 どん――という衝撃と共に、今度はずきんとした痛みが両手の拳と、心に走る。  
 お嬢様が私を超えていくこと。そしてこの私を差し置いて、男だけがお嬢様のすべてを  
知り尽くす権利を持つこと。この2つが私の嫉妬の源泉だった。  
(嫌な女だ、私は……)  
 壁に肩を預け、私は物憂い溜め息を漏らす。  
 シャワーからは絶え間なく熱い湯が噴き出し続け、私の体を洗い流している。  
 どうせなら、こんな私の性根も一緒に流し去ってくれればいいのに……。  
 先ほどとは別の意味を込め――私はもう一度、壁を叩くのだった。  
 
 
 長いバスタイムを終え、私は浴室から脱衣所に出た。岬様も今頃はシャワーを浴びてい  
る頃だろう。ふう、と息を吐き、濡れた体をバスタオルで拭き取った。  
 何も身につけぬまま、そばの三面鏡を覗き込む。そこに映るのは無論、全裸の私だ。  
(誰にも負けてない……よね)  
 改めて確認するかのように、私は心でつぶやいた。  
 比較対象がお嬢様だからいけないのかもしれない。その辺にいる木っ端な女ごときには、  
決して真似できぬスタイルの女が、鏡の中にいる。  
 お嬢様には美容の知識も教えている。私が模範を示さねば説得力がない。私が岬様を教  
育することで、同時に私自身も磨かれているという側面は確かにあった。  
 20代後半を迎えた今も10代の頃とまったく変わらないサイズを維持しているし、む  
しろ実年齢より若く見られることが多い。私の服を内側から持ち上げているFカップの膨  
らみに視線を釘付けにしてしまう男は後を断たないし、性の手練手管だってそんな彼らを  
造作もなく掌で転がせる。経験を積むにつれて上達している実感もあるくらいだ。10代  
というだけで持て囃されているような、有象無象の小娘には絶対に醸し出せない色香を漂  
わせている自信もある。  
 誰にも負けているはずがないのに――あの生まれついての女王を前にすると、私はどう  
しても敗北感を募らせてしまうのだった。  
 
 
 ドライヤーで髪を乾かし、丁寧にブローして緩いウェーブを整えていく。熱いシャワー  
の火照りが冷めたところで、私は夜伽へと向かう準備を始めた。  
 下着はブラジャー、ショーツとも上品なレースの黒に揃え、ガーターベルト用のストッ  
キングに脚を包んだ。乳房を際立たせるために膨らみを内側に寄せ、深く切れ込んだ谷間  
を強調するようにブラを着ける。  
 ショーツを脚に通して引き上げ、鏡でランジェリー姿をチェックする――うん、これな  
らとてもセクシーだ。ほっとした笑みが自然と浮かんだ。  
 時計は夜の11時を指している。私は下着の上にバスローブだけを羽織って部屋を出た。  
 廊下を照らすのは明るさを抑えた薄暗い電灯のみ。私は足音を殺して岬お嬢様の寝室へ  
向かい――コンコンと2回、ドアをノックする。  
「はい、どなたですか?」  
「私です、由貴です。お嬢様、今夜の夜伽に参りました」  
「待ってましたよ、由貴さん。開いてるから入ってきて……」  
 
 
 

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