小さく息を吐いてノブを回す。抵抗もなく開かれたドアの奥は、電灯も消されていて薄
暗かった。部屋の奥、天蓋のついたお嬢様のベッドの脇で、赤い光のライトがほのかに輝
いている。
すぐに甘い香りが鼻をついた。南国の花を思わせる香り。フローラルだがどこか艶かし
い匂いだった。
「待ってましたよ……」
光で伸ばされた影が、私の足元で動いた。その影の主が立ち上がった。
ドアとは反対側のソファに腰を下ろし、私が来るのを待っていたのだ。
「お待たせいたしました、お嬢様」
淡くて赤い光に照らされた岬様に軽く会釈する。彼女は唇の端を持ち上げ、いつものよ
うに微笑を浮かべていた。
「イランイランよ」
ベッド脇の赤いライトを指差しながら、お嬢様が告げた。
「……そうでしたか」
それで私は悟った。部屋に香りが漂っているのはアロマテラピーのため。ということは、
ベッド脇で赤い光を放っているのはアロマライトなのだろう。今回、岬お嬢様はイランイ
ランのオイルを使ったのだ。
イランイランの香りには様々な効果がある。ホルモンバランスを整える、気分の高揚・
鎮静、乾燥肌・脂肌の改善、血圧の降下、ストレスや緊張の解放などがその例だ。
だが、この香りの持つ効果で一番有名なのは――「催淫」だろう。
東南アジアでは結婚初夜の夫婦のベッドにイランイランを撒いておく、という習慣が残
っている国もある。古くから性的な興奮を盛り上げる効果があると知られていたのだろう。
現在でも性的刺激剤として使われることもあるという。
「お嬢様、今日は随分と飢えてるんですね」
「だって由貴さん、夜まで待たせるんだもん。私、今日はすぐにしたかったのに」
「うふふふ……自分で満足させれば良かったじゃないですか?」
赤い光に照らされながら、私はお嬢様に近づいた。薄暗くてよく見えなかったが、これ
で今の姿がはっきりと私の視界に浮かび上がる。
岬様が着ていたのは――薄紫色のブラジャーとショーツだけだった。ブラのカップとシ
ョーツの局部以外は、裏の肌が透けて見えるほど薄いレースに彩られていて、高級感と悩
ましい官能を醸し出していた。
下着の上下以外には何も身につけていない。ソファの上にバスローブが無造作に脱ぎ捨
てられていた。
「アハハ……待ちくたびれて」
私の視線を辿り、お嬢様は楽しげに笑う。
「アロマで体が熱くなっちゃって……脱いだら少しは涼しくなるかなって思って」
私は微笑むとお嬢様の肩を抱き、肌を寄せ合いながらベッドに向かった。
天蓋付きのベッドは見るからに高級品だった。こんなの童話に出てくるお姫様の世界で
しか見られないものだと思っていた。
天蓋を覆い隠した布のドレープはゆったりとフレームから溢れている。そのフレームの
支柱は細かい薔薇の彫刻に彩られていて、カーテンがその支柱と支柱を結ぶようにベッド
を囲んでいる。寝床の面積も複数で寝ることを想定したような大型サイズで、枕元にはア
ロマライトが置かれていた。しかも床面はウォーターベッドなのだから恐れ入る。
ベッドのそばで止まり、お嬢様の体を正面に向けさせて下着姿の肢体をじっくり観察す
る。男好きのする体がアロマライトの淡い赤に染まり、より官能的に映る。
数歳ほど年上に見える大人っぽさも変わらぬまま、美しい容姿には更に磨きがかかった。
「絶世の美女」なる言葉をあてても、誰も違和感など覚えまい。
あどけなさが薄れた顔立ちは誰よりも美しく、危険だと分かっていても覗き込まずには
いられない妖艶さを湛えるようになっていた。切れ長の瞳は予想通りに「程よい釣り目」
へと進化し、形の良い唇が常に織り成す自信と余裕の微笑みは、その艶然さからどこか他
人を見下したような冷笑に変貌を遂げている。
豊かな乳房は今やGカップにまで成長を続け、ブラから溢れそうなほどだ。2つの膨ら
みはその境目に深い谷間を作り出し、性的な魅力をより強調させている。気がついたら
「学年で一番の巨乳」は「学校で一番の巨乳」へと変わっていたという。
今では彼女を見て、白の魅力を持ち出す者も少数派だろう。岬お嬢様は自分の肉体と容
姿が途方もない武器になることをもう熟知している。そこから生まれる自信が、あの冷た
くもあだめいた微笑を浮かべさせているのだ。やはり彼女の本質は毒持つ花の美しさ、男
を惑わす霧の魅力だろう。
「はぁ……何度見ても惚れ惚れします」
この言葉に嘘偽りは一切ない。岬様は本当に素晴らしい身体をしていると思う――そう、
この私でさえも嫉妬してしまうほどにだ。
「由貴さん……」
私の視線に戸惑うように、お嬢様は小さくつぶやいた。甘い戯れの予感に潤んだ瞳には
しかし、揺るぎない自信の色合いが潜んでいることを、私は知っている。
「どう? 私の完璧なスタイルは?」――そう、そんな尊大な自信だ。
ええ、完璧ですとも、お嬢様。そうでなければ私が指導した意味がない……!
私はお嬢様をおもむろに抱き締め、真っ赤な唇を自分のそれと重ねた。
湿りを帯びた2つの口が優しく触れ合い、甘く切ない求めの合図を送り合う。
どのくらいキスをしていたのだろうか――気がついたら私も岬様も同時に、舌先でお互
いの唇を割って入ろうとしていた。
当然、境界で私と彼女の舌は重なり合う。柔らかくてぬめりのある舌で相手のものを絡
めとり、情熱的でいやらしい欲望を混ぜ合わせる。まるで唾液を交換し合うかのような熱
き舌の抱擁は飽きることがない。
「はぅ……ん…」
「ん……あ、ん…」
私とお嬢様が切れ切れに甘い吐息を漏らした。頭がぼうっとして体温の上がる感覚が
徐々に押し寄せ、身体の深奥に火をつけて燃え上がらせようとする。
「はう……」と溜め息を漏らして、お嬢様が私から唇をもぎ離す。糸のように伸びた唾液
がアロマライトに照らされ、銀と赤にきらめく艶かしい橋を唇にかけた。
岬様は体から力が抜けたかのように私に寄りかかり、熱い息を乱れさせる。私が肩を抱
いて正対させ、人差し指で胸元をツンと押すと――彼女は抵抗もなく、糸の切れた人形の
ように後ろへと倒れこむ。
ばさ……とベッドが鳴った。無防備な下着姿で横たわり、私を見上げる一人の女がそこ
にいた。瞳だけは期待に満ちて爛々と輝いている。私を誘うように腕を無造作に投げ出し、
体を巧みに捩じらせて、魅惑的な女のボディラインを描いてみせていた。
私は彼女の期待に応えるため、そのまま岬様へ覆い被さるようにベッドへと体を沈ませ、
ぎゅっと抱き締めた。布団と人肌の柔らかな感触が伝わってくる。
そのまま二人でベッドの上を転がりながら、何度もキスを交わした。軽く唇を重ねたか
と思えば、お互いの口内深くに舌を侵入させ、柔らかな粘膜での刺激に酔う。
舌を絡め合う度にお嬢様の身体からは力が抜け、次第に私が彼女を組み敷くような姿勢
になっていく。恍惚とした表情を浮かべながら、岬様は淫らな目付きで私の愛撫を待って
いた。
「由貴さぁん……」
鼻にかかった甘えの声を出し、両腕を伸ばして私の首に絡めてくるお嬢様を抱き締めな
がら身を起こさせる。部屋に漂うイランイランの香りが情欲を増していき、頬を赤く染め
たお嬢様は、性感帯への愛撫なくして感じ始めているようだった。
「ふふふ……もう気持ち良くなってます? お嬢様…」
その言葉に岬様はピクッと震えた。私に抱きついて肩におとがいを乗せているから顔は
見えないが、私にはその表情が手に取るように分かる。
図星を指された動揺と恥じらいで、顔を紅潮させているに違いないのだ。淫乱な欲望を
見抜かれ、快感への欲求と羞恥の間で解放を求めている。
(それも……演技なんでしょう?)
恥じらう演技をしたほうが男も喜ぶから――と私が教えた。男はどう言い繕おうとも、
女の恥ずかしがる姿を見たくて仕方のない生き物なのだ。だから恥ずかしがっているよう
に振る舞いなさい、それが演技でもいいのだからと。
しかし岬様の場合、演技なのかどうかも判別し辛くなっていた。高い吸収力で私の教え
を理解した彼女は、演技すらも普段の仕草の1つであるかのように身体に染み込ませたか
らだ。今では本人も演技なのか、それとも自分の真の反応なのか分からなくなっているの
ではなかろうか。勿論、こうなっては男などに見抜けようはずもない。
私はぎゅっとお嬢様を抱き締め、すーっと指先を背中に這わせる。
「あっ、あっ……うぅん…」
背中をさすられるだけで小さく喘ぐお嬢様の吐息からは、既に身体に火がついているこ
とを読み取れた。私は指を背の肌で泳がせ、ブラジャーのホックに届いたところでその動
きをピタリと止める。
お嬢様はまた、ピクッと震わせ――身体を硬くして、次の瞬間に備える。
私は彼女を抱き締めていたもう片方の手も横に添え、無造作にホックを外した。
小さな音と共にストラップが緩む。乳房を覆う肌着もこれで用を成さない。
私は右手でブラのカップの上から乳房を包むように触れる。お嬢様が誇る豊かな胸の膨
らみは、掌に収まり切るようなものではなかった。
「ん……」
目を伏せてお嬢様は喘いだ。私はその声を聞きながら、両肩にまだ残ったままの肩紐を
左手でずらし――右手でブラの上から乳房を撫でるのを止め、手を離す。
ぱさ、とお嬢様の膝の上にブラが落ちた。もう彼女のバストを隠すものは何もない。
「……きれい」
私は溜め息をついて、そうつぶやいた。
私が思わず溜め息をついてしまうほど、お嬢様の乳房は美しい。
あれほど豊かなボリュームでありながら垂れることを知らない。薄桃色の乳首を中心に
ツンッと上向きで、膨らみが前面に突出している。にもかかわらず、下垂するような気配
はまったく感じられなかった。
敏感な突起と膨らみが左右に離れるようなこともなく、しっかりと正面を向いている。
バストの大きさに対し、乳首を囲むきれいな薄桃色の円はかなり小さくすぼまっていた。
その自己主張は控えめで、巨乳にありがちな「大きすぎる乳輪」の醜さは微塵も感じられ
ない。小さく突き出た乳首には、性を問わずに吸い付きたくなるような淫らさがあった。
鎖骨の真ん中の窪みと2つの乳首を結ぶ線がきれいな正三角形を描いている。Gカップ
という豊満さもさることながら、乳房の黄金比を満たす理想的な造形の美しさに、圧倒的
な存在感が煽られているのだ。
「あん……」
私は手を伸ばし、たわわに実った乳房に触れた。ゆっくりと優しく、円を描くように揉
むとお嬢様はすぐに喘ぎ声を上げる。
「ん…は、ぁ……」
乳房の膨らみを軽く握るように揉む。豊かなバストは私の手の中で好きに形を変え、
様々に姿を変える。柔らかさと同時に、揉みしだく者の指を押し返すような弾力に満ちて
いた。張りがあってみっしりと「詰まっている」感覚は、いつまでも揉んでいたいという
気持ちにさせられる。
……この方にブラジャーなど必要ない。胸の形を整えるのが目的ならば、岬様には無用
の長物だ。既に非の打ち所のない形の良さがあるのだから。
何故ブラを着けるかと問えば、もうそれは「将来垂れるのを抑えるため」としか答えよ
うがないのではないか。岬お嬢様がそこまで意識しているとは考えにくいが、そば仕えの
私にはそのように感じられてしまう。
「由貴さん……あぁん、んぅ、はっ……」
顔を赤く染めながら、お嬢様は私の愛撫に感じていた。甘い吐息を喘ぎ声と共に漏らし、
快感の度にピクンと震え、扇情的な反応を曝け出す。
「くす……岬様、可愛い……」
お嬢様の耳元で囁きながら、私は乳房の先端にある鋭敏な突起を指先でくにくにと撫で
る。既に硬く勃起していた乳首からの快感は、お嬢様に更なる喘ぎを生み出した。
「ああっ…! はっ、うぅ……ああん! 由貴さん…!」
「うふふふ……物足りなかったんですよね? 男と遊んでからずっと興奮しっ放しだった
んじゃないですか?」
軽い言葉攻めを混ぜながら、指先で乳首を転がす。身体をくねらせながらお嬢様は悶え、
更なる愛撫を求めていた。
私は両方の膨らみを執拗に揉みしだく。指の間に乳首を挟み、不規則なリズムで強弱を
つけながら攻め立てると、恍惚とした表情を浮かべて快感に酔い痴れ、一層激しい嬌声を
上げるのだった。
「あ、くっ、んふぅ…気持ちいいよ、由貴、さぁん……ああんっ…!」
もう聞き慣れた喘ぎ声ではある。岬様とはもう、数え切れないほど身体を重ねているの
だから。どうすれば彼女かが感じるか、一番知っているのは私なのだ……!
「んっ……んむぅっ!」
お嬢様が喘ぎを紡ぐその唇を、私の唇がふさいだ。勢い余って彼女と私はベッドの上に
体を倒して重なり合う。その間も胸への細かな愛撫は怠らず、岬様の快感を増幅させる。
唇を割って舌を岬様の口内に入り込ませ、深く濃厚に舌を絡め合わせると、たちまちのう
ちに彼女の体温が上がっていくのを感じ取れた。
「はあっ、はぁっ……」
唇をそっと離すと、唾液がまた淫蕩に糸を引いた。息を荒げて呼吸を乱れさせる岬お嬢
様を見下ろしながら、私はバスローブの合わせ目を開き、腕を袖から抜いて脱ぎ捨てる。
その内側から現れるのは、黒いレースの下着と、同じ色のガーター・ストッキングのみ
に包まれた私の肢体だ。
お嬢様は私の下着姿を見上げると、瞳をまた虚ろに潤ませた。甘えるような、媚びるよ
うな、焦点の合っていないとろんとした淫蕩な瞳だ。
「由貴さん……いつ見ても素敵ね…」
きっとお嬢様は心の底からそう思ってくれているのだろう。彼女は私の体に惚れ込んで
いるし、誰が見ても情欲をそそるスタイルだという自信は私にもある。
以前はそうお嬢様に賞賛されるのは嬉しかったし、稲葉家のご令嬢が「私は由貴さんに
なりたい」などと、私を目標にしてくれるのも誇らしかった。
だが、お嬢様が私に比肩するようになってから、そして私を超えてからは――暗く醜い
嫉妬の感情が、私の心で支配的になりつつあった。
(ええ、お嬢様。あなたほどではありませんけどね……!)
決して態度には出さないし、岬お嬢様がそんな私の胸の内を知るはずもない。知られた
としたら、もうお嬢様に仕えることはできないだろう。私がきっと耐えられない。
今まで私はお嬢様以外の女とも関係を持ってきた。だが彼女らとの性行為で「男であれ
ば良かった」とか「中に挿入してみたい」とか……そこまで倒錯した欲望を抱いたことは
ない。つまり岬お嬢様だからこそ、私は思い悩んでいることになる。
その事実もまた、私の薄暗さを強烈にかきむしるのだ。
(私に嫉妬させ、そんなあり得ない願望まで抱かせてしまうほど、あなたの身体のほうが
素敵なんですよ……!)
敗北感と悔しさに奥歯をぎっと噛み締めそうになるのを抑え込み、私は努めていつもの
表情を浮かべる。例え嫉妬や倒錯した願いがあろうと、お嬢様と寝るのは私にとっても大
きな楽しみなのだから。
私は岬様を抱き締め、頬にキスをする。そこを始点として舌を顔の輪郭に這わせつつ、
次第に下へと伝っていく。
首筋に舌を触れさせ細かく舐めながら、胸もやわやわと揉み続ける。
「はぁん…ふう……あん…気持ちいいよぅ、感じるぅっ……」
お嬢様が喘ぐに任せ、私は首筋から下方へと舌を這わせていく。あごから鎖骨へ下り、
胸元をゆっくりと通り過ぎ、胸の膨らみを上り……その頂点にある敏感な乳首に触れた途
端、岬様の甘ったるい声が跳ね上がる。
「ああああっ! はあぁ、んんん…あぁんっ!」
舌先が這い回っているうちから、最終的な目標は乳首だとお嬢様も分かっていただろう。
分かっているが故に、快感の意識と期待が胸の先に集中する。ましてやお嬢様は日中に弄
んだ男がどうしようもない早漏だったから、欲求不満を募らせていたのだ。身体のほうが
電流のような快楽を待ち望んでいたのだから、この反応は当然かもしれない。
私は乳首を口に含んだまま、舌先で激しく転がした。同時にもう片方の手で反対側の突
起を摘み、指先でねぶるようにしつこく攻め立てる……。
「あぁぁああんっ……! そ、それいいっ!」
ぎゅっと目を閉じ、顔を仰け反らせて岬様は激しく喘いだ。悦楽を身体で受け止めなが
ら、更なる快感を求めている。その顔は例えようもなく淫靡で美しく、人の欲望を奮い立
たせる。瞬きの時すらも惜しいと思えるほど、あなたの悶えを一瞬たりとも見逃したくな
いという気持ちにさせる。
ああ、岬お嬢様……なんて淫乱で素敵な女なんですか、あなたは!
バストへの愛撫を止めず、お嬢様が喘ぐ姿を楽しみながら――それは私の「作品」をテ
ストすることでもある――私は下半身へと手を伸ばしていった。すぐショーツの端に手が
かかる。
お嬢様は一瞬だけ身体を強張らせたが、彼女ももうすっかり手馴れたもので、私の意図
をすぐに悟る。物欲しそうないやらしい笑みを浮かべながら、岬様は全裸にしようとする
私に協力するために腰を浮かせ、ショーツを脱がしやすくしてくれた。
長い脚を通して、肌を隠す面積の少ない薄紫の下着をベッドの端に放る。これで岬様の
身体は衣服という拘束から解放されたことになる。
再び互いの唇を重ね、私たちは淫らに舌を絡ませ合う。
イランイランの甘い香りが、私たちを更に酔わせ、求め合わせているのだった。