父が海外へ出かけている間は、芳香にとっては僅かに気が休まる。  
 父が嫌いなわけではない。  
 ただ、父の前に立つとどうしようもなく緊張してしまうし、父の目があると思  
うと息が詰まりそうになる。  
 だから父が海外へ行く度、少しばかり喜んでしまう。  
 ただ、喜びの理由はそれだけではない。  
 
 父がいる間は、あまり屋敷内で一緒にいられないユウと、一緒にいられる。そ  
れが喜びの真の理由だったりする。  
 父がいない間は使用人たちと食事を共にし、花嫁修業と皿洗いを手伝わせても  
らうし、洗濯だって自分の手だ。  
 こういった、普通の女の子がしているようなことですら、父は芳香にはさせて  
くれないし。  
 こうして、ユウと一緒にお風呂に入ることすら、許されない。  
 だから、芳香はもとよりユウもはしゃいでいた。  
 
 屋敷の大きさに比べ質素な浴室は、それでも八畳ほどもあり、壁も床も檜で出  
来ていた。  
 壁の一面は硝子張りになっており、足下に広がる街が見渡せた。夜になると夜  
景が綺麗だと、芳香は気に入っている。  
 大人が五人入ってもまだまだ余裕な浴槽に、二つの人影が沈んでいた。  
 かれこれ十五秒。  
 ぷくぷく浮き上がってくる水泡が、一定さを失い、乱れてくる。  
 単純な勝負だった。  
 負けた方が勝った方の背中を流す。  
 ただそれだけの勝負だが。  
 理由も方法も簡単なため、あっさりと勝負は白熱していた。  
 お湯の中で相手が先にギブアップするよう、つついたり、つねったりして二十  
秒経過。  
 ユウの右手が、芳香の頬をつつく。  
 芳香は両手でユウの頬を引っ張ったりつねったり。  
 ぶは。  
 大きな水泡がユウの口からあふれる。  
 ――負ける。  
 とっさに思ったユウは、それまで隠していた左手で、水の中で揺らめく芳香の  
乳房を掴んだ。  
 突然のことに芳香は驚き、息を全て吐いてしまう。  
 こうして、勝負はあっさりと決まった。  
 
 
「おっぱいに触ってはダメと、最初の時に言ったでしょ」  
「えー? そうだったっけ?」  
 そしらぬ顔でとぼけるユウに、芳香はじとっとした目を向けた。  
 ――本当はおぼえていた。  
 最初の勝負の時、悔し紛れに思い切り掴んで以来、そこが芳香の弱点だと知っ  
ていたが。勝負にまけたくないあまり、掴んでしまった。  
 しかし、ユウは勝負は終わったとばかりに浴槽からでると。鏡の前に座椅子を  
置いて座った。  
 
 芳香はまだ怒ったフリをしながらも、内心ではまだまだ子供なユウが微笑まし  
く、愛おしかった。  
 濡れた髪をタオルでまとめ。  
 芳香はユウの後ろに座った。  
 手桶で浴槽の湯を汲み、洗面器の中に入れる。  
 シャワー嫌いの父は、浴室にシャワーを造るなんて考えないため、こうした手  
間がかかる。  
 体洗い用スポンジを湯で湿らせ、軽く絞り、ボディソープをかけて泡立たせる。  
「じゃあ、背中丸めて、ユウ」  
 そういうと、小さな背中は言われた通りにする。  
 芳香は、幼い背中が傷つかないよう、慎重に手を動かした。  
 上の方から順に手を動かし、泡だらけにして擦っていく。  
 腕を伸ばさせ、腕まで洗うと、手桶で湯を汲み泡を流してやった。  
「よし、いいわよ」  
 綺麗になった小さな背中を、ぺちんと叩いて紅葉をつくってやると。  
「あいたっ!? ――なっ、なにするのっ」  
 芳香はくすくす笑いながら、驚くユウの手にスポンジを渡し、ユウに背を向け  
た。  
「まったく、笑いごとじゃないよ……」  
 ぶつぶつと呟くユウには悪いが、芳香は楽しくて仕方なかった。  
 家柄のせいで、取り巻きはできても友達はできない芳香にとって。  
 この小さな友人との一時は、いつも楽しくて仕方なかった。  
 
 まだぶつぶつ文句を言っていながらも、ユウは未発達な弱い力を精一杯に使っ  
て、一生懸命に大好きな芳香さまの背中をこすり始めた。  
 芳香の背中は、七歳年下のユウにはまだまだ広い、上から下までスポンジを滑  
らせるだけでも大変だ。  
「上手ね、ユウは」  
 そう芳香さまが言ってくれると、ユウはとてもうれしくなるが。  
 先ほどされたことを思い出して、ちょっとしたイタズラ心が働く。  
 自然に手を動かしていき――  
「え――きゃっ!?」  
 泡だらけの手で、芳香の乳房を掴んだ。  
 深い考えではなかった。  
 叩かれた仕返しに、芳香の弱点と思わしき乳房を掴んだ。  
 ただそれだけだったのだが。  
「ん――?」  
 こうして掴んでみると、なかなかどうして柔らかくて弾力があって、まるで大  
きなマシュマロに触ってるみたいだとユウは思い。三分の一も包み込めてない小  
さな手で、ふにふにと芳香の乳房をもむ。  
「やわらかーい、なんでー」  
「こ、こら。やめなさい」  
「えーっ」  
 ユウが嫌そうな声をあげると、芳香はくねくねと体を悶えさせながらも。  
「い、言うことをきいて、おねがいだから」  
 
 悲痛な声をあげた。  
「あとちょっとだけ、さわらせてー」  
 ユウは無邪気にいいながら。湯に浸かっていたため火照った肉球を、くにくに、  
ふにふにともみ続ける。  
 そうしていると、ユウはふと思い出した。  
 確かここからは赤ちゃんが飲むおっぱいがでるのだ。  
 芳香さまはまだお母さんではないが、だけどこんなにおっきいのだから、もし  
かしたら出るのかもしれない。  
 よし、飲み口を探そう。確か真ん中辺りにあるはず。  
 ユウの手が意志をもって動き始める。  
 
 
 芳香は、ユウが胸を揉み始めたことに。なにより、ユウのイタズラに抵抗でき  
ないでいる自分に戸惑った。  
 体格差や腕力差を考えれば、芳香がユウに抵抗できないわけはない。  
 しかし、芳香は口ではやめなさいと言いながら、身体は抵抗できない。  
 ――なぜだろう?  
 答えは簡単なことだ。  
 七歳も下の、弟のような少年に、良いように乳房を、身体を弄ばれることに自  
分が悦んでいると気がついてしまった。  
 ――まさか。  
 芳香は首を振って否定する、長い髪がタオルの中で揺れる。  
 
 ……その瞬間。  
 
 ユウの手が、遂に“飲み口”の所在を突き止めた。  
 親指と人差し指で押し潰してしまった。  
「ユッ――!!!?」  
 強烈な刺激が迸り、芳香の背を大きく反り返らせた。  
 その反応に、ユウは驚き、座っていた座椅子から滑り落ちる。  
 荒く息する芳香をみて、ユウは何かまずいけとをしてしまったのではと、何時  
でも逃げ出せるように腰を浮かせた。  
 立ち上がり、そろそろと芳香の前に回る。  
 反り返ったかと思ったら、俯いたままになっている芳香の顔をのぞき込むと―  
―がばっと抱き絞められた。  
「う、うわぁっ」  
 いつにない強烈な締め付けは、火照った身体から発する熱さで、いつも以上に  
息苦しい。さっきは柔らかくて気持ちよかった乳房も、今ではいつもと同じよう  
に、絞殺兵器の一部だ。まともに息ができない。  
「……ぐ、ぐぅじいよ………ほかさま…」  
「触ったらダメだって、教えたよね? ユウ」  
「……そうだっけ? ――うああっ」  
「教えたよね? ユウ」  
「……………………あい」  
 ようやく解放されたユウは、くたっと芳香に身を預けた。  
 その様子を見ながら、芳香は先ほど頭によぎった考えを忘れることにした。  
 ユウはまだこんなにも小さいのだから、と。  
 
 
〜END  
 

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