十代前まで遡れば、さる名門家の血筋だと分かる豊日家の、次女芳香は今年で
花も恥じらう17歳。
本来ならば、色恋に身も心も燃え上がっていてもおかしくはない年頃だ。
だがしかし、彼女には重責がある。
次女とはいえ名家の女。
易くその花を散らすことも、咲かすことすら赦されない。
彼女の恋はただ一度、父が連れてきた男に向けなければならない。
それが、名家の女というものだ。
――だが、そんな言葉で諭されても、彼女の若い肉体は情欲を持て余す。
今日も彼女は一人自分を慰めていた。
「う…っ……ぁ…………は……あん………ぁあっ……」
風呂上がりの火照った身体を火種に、彼女は自分という炎を燃やす。
栗色の薄毛に覆われた秘所に、細長い指が食い込み、淫猥なダンスを踊る。
溢れてくる欲をそのまま、彼女は身を狂わせる。
長い黒髪が、ほんのりと赤くなった肢体に絡みつく。
ベッドで乱れる彼女は卑猥だが、それ以上に――美しい。
新雪のような滑らかな肌は敏感で、直ぐに色を写してしまう。
無駄な肉のついていない肢体は、無二のバランスだ。
指先までしなやかな長い四肢。
安産型の尻。
くびれた腰。
なにより対の乳房はボリュームがある。片方だけでも、小さな子供の頭ほどの
大きさもある。二つ合わせれば、大の男の頭すらその合間に挟みこめるだろう。
ただ大きいだけではない、自重にも負けない程の張りがあり、その弾力はまる
でマシュマロのようである。
ツンとした乳首は大きすぎず、使われていないためか、まだウブな色をしてい
る。
男ならば一度は抱いてみたいと思わせる、その存在は。彼女の身のうねりにあ
わせ、たゆったゆっと震える。
――しかし。
そんなことは彼女という存在にとって、些細な添え物でしかない。
芳香という女を見た者は、その顔に心を奪われる。
大人の女として十分な魅力を備えていながら、少女の色を失っていない、狭間
の顔つき。
少女が女へと育っていくその狭間。
女になり少女を失っていくその狭間。
その僅かな狭間は、少年に大人の女への憧れを、男が少女に抱く夢を、まった
く同じように抱かせる。
もう十七、結婚できる年齢だというのに、父が彼女に見合いを持ってこない理
由とも勘ぐれるほど。
熱を帯びた視線は室内を彷徨う。
鳥を飼い殺すための鳥かご、そんな言葉を思い浮かばせる室内だ。
父が買い与えた物以外なにもない部屋。
テレビも電話もオーディオも、ラジオすらなく、与えられているのは古びた本
ばかり。
その本も、秘め事など連想させない、幼い内容ばかり。
彼女が乱れぬよう、世にいる女どものようにならないよう、父は彼女にソレが
知られぬよう努力した。――だが、子供は時として大人の考えを凌駕する。
初めは偶然だった。
飼っていた犬が、そこへ鼻を押しつけてじゃれてきたことだった。
自分でも触ってみた、それがいつの間にか習慣になっていた、
学校。お稽古事。父の随伴。それ以外の時間を、彼女はその行為にやつした。
その行為をしている時だけが、心が安まる。
だから、――油断していた。
言い訳のしようもなかった。
まさか、鍵をかけわすれるなど……
「…………え」
視線を彷徨させた先に人がいた。目があった。それでもその人は、動かず彼女
を見続けていた。
彼女の方が早く、事態に対応できた。
「……ノックしなさいと、言わなかった?」
彼女は身を起こすと、バスタオルを掴んで身体を隠した。
侵入者はようやく、はっとして、逃げようとした。その背中へ声をかけた。
「ユウ、こちらへ来なさい、話があります」
その言葉にユウと呼ばれた小さな背が動きを止める。
「来ないと、おしおきしますよ」
「……はい」
侵入者は招かれ、部屋に入る。
ユウ、彼女の世話係の息子である十歳の少年は、主である芳香の言葉に従う。
芳香はユウに鍵を締めさせ、ベッドの横、自分の前に立たせた。
芳香はバスタオルで身体の前を隠したまま、ユウに向き合った。
「ユウ、貴方はしてはならないことをしたの、分かっている?」
ユウは怒られているからか顔を赤くしていた、震える唇で答えた。
「……ノックをしないで、芳香さまのお部屋の扉を開けてしまいました」
芳香は頷くと、バスタオルを片手で支え、もう片方の手をユウの頭においた。
ユウが叩かれると思って、身体を竦ませた。芳香はくすりと微笑む。
「そうね。貴方には、姉弟のように接してかまわないと言ったけど。女性の部屋
に入るときは、ちゃんとノックをすること、できる?」
最後は砕けた口調で言うと、ユウは元気よく。
「はいっ」と答えた。
芳香は思わず苦笑し。
「もう、調子がいいのね」
そう言うと、七歳年の離れた少年の手を引き、無造作に抱きしめてやった。
ユウは楽しそうに笑った。
芳香の世話係を勤める片岡夫妻の一人息子であるユウは、将来的には豊日家の
使用人になるが。それ以前に、芳香にとっては赤ん坊の頃から見てきた、本当の
弟のような存在だ。
歳の離れた姉と遊ぶ機会のなかった芳香は、その分七歳下のユウを可愛がり、
暇をみつければ遊んでやるし、勉強もみる。
芳香にとっては実の姉や学校の友だちよりも大切な存在だ。
芳香はユウを膝の上に乗せて、だっこしてやりながら、くすぐったそうにする
ユウに訊いた。
「そう言えば、何か用事があったんじゃないの?」
優しく訊いてやると、ユウはズボンのポケットから、何かを取り出し、芳香に
握らせた。
なんだろう? 芳香は見ると、それは紙切れ――いや、安っぽく上手いとはい
えないが、一生懸命さが伝わってくる栞だ。
青い地紙に、切り絵で金色の流れ星が描かれた栞。
「学校で作ったんだ」
ユウが自信満々に言う、その態度が愛おしかった。
「へー、上手」
「…………あげる」
「え?」
ユウは繰り返した。
「これ、芳香さまにあげる」
その言葉に、芳香は目を丸くした。
「……私に?」
腕の中の少年は、芳香に身体を寄せてきて同じことを言った。
「芳香さまのために作ったんだ」
「いいの?」
「うんっ」
ユウは力強く頷いた。
芳香は顔中が笑みが拡がっていくのを止められなかった。
「うーーっ」
「――だから」
何か言おうとしたユウに喋らせず、そのままベッドに倒れ、強く強く抱きしめ
た。
「うっ、くるしいよ、はなしてよ芳香さま」
「芳香『おねーちゃん』と呼びなさい、ユウッ」
ユウを抱きしめたままベッドの上をごろごろ転がり――落ちる。
「いたっ」
「きゃっ」
それでようやく芳香の上になった少年は、芳香を踏まないようにしてベッドに
逃げ。
「芳香さまのだきつき魔っ」
「だから『おねーちゃん』て呼んでよ、ユウ」
芳香が身体を起こすと、バスタオルが落ち、二つのおおきな果実がぷるっと震
えた。弟のようなユウの前だからか、芳香は隠そうともしない。
ユウは真っ赤になった顔で。
「だって、お父さんが『さま』って呼ばなかったら、芳香さまと会わせないって
言うんだもん」
なるほどと芳香は思った。
ユウの父も、ユウと同じように生まれてこの方、豊日家に仕えてきた忠臣だ。
芳香に対し、芳香が強いたとしても、上も下もない言葉を使うのは忠臣としての
理性が許せないのであろう。
しかし、ユウにはそんなことは関係ないと、芳香は思う。
「なら、みんなの前では芳香さまって呼んで。二人きりの時は芳香おねーちゃん
て呼びなさい」
「……なんで、そんなことにこだわるのかな」
「いいから、いいから」
ユウは芳香が言うから仕方なくといった様子で、ぼそっとつぶやいた。
「…………芳香おねーちゃん」
芳香の顔は父がみたら叱られるほどに緩み、再びユウに抱きつこうとした――
その機先をユウが制した。
「そういえば、芳香さまは――」
「だからおねーちゃんて」
「さっきなにをやってたの?」
抱きつこうとした芳香は、そのままの形で固まった。
ぱさっとバスタオルが絨毯の上に落ちた。
※※※
「――いい」
芳香はユウをベッドの上に正座をさせて、自分もユウに向き合って正座した。
「このことは他言無用よ」
「……たごんむよー?」
「誰にもいっちゃだめってこと」
「うん」
「絶対よ」
「うん」
「言ったら怒るからね」
「うん、わかったよ」
芳香はこほんと咳をすると。
「あれはね、体操なの」
「……たいそう?」
「そう、体操。ダイエット体操なの、健康にいいの、嘘じゃないわ」
ユウは基本的に芳香の言葉を疑ったりはしないが、今日に限っては、妙に疑り
深かった。
「でも、苦しそうだったよ。うんうん唸ってなかった?」
芳香は、
「辛くないと体操じゃないの、楽な体操なんて意味ないわ。そう思うよね、ユウも」
「え、でも――」
「思うよね」
ユウは年齢のわりに、賢かった。
ここで思わないなどと言えば、一生トラウマになりそうなことをされると、肩
を掴む芳香の握力から理解した。
「うん」ユウは頷いた。
芳香はふぅといきを吐くとベッドに倒れ込んだ。
やれやれ、これでなんとか誤魔化せたと思っていると――
「あれ? 芳香さま、おまんこ濡れてるよ、おもらししたの?」
――さて、どう誤魔化そう?