夜である。  
 木崎夏樹の室に、密やかに声が透る。  
「……こう、ですか?」  
 戸惑いと迷い、恥じらいのような感情を潜めず、メイド服の女――睦月桜が顔を赤らめ、主たる少女へ問う。  
 身体と身体を密着させ、絡ませ、その手を這わせて、五歳年下の少女へ問う。  
 少女/この室の主/桜の主――木崎夏樹は、桜の手に、自らの手を重ねた。  
 二人の手は、夏樹の胸の上。  
 重ねられたことにより、桜の手は夏樹の豊かな乳房に押し付けられる。  
「そうじゃなくて……」  
 言いながら、少女は女へレクチャーする。――胸の揉みかたを。  
 たっぷりとした柔肉を、下から持ち上げるようにして、揉む。  
「こうよ」  
 手と手、指と指を絡ませ、触らせ方を指導するが。  
「こ、こうですか?」  
 桜の指はギコチなく、まるでブリキの玩具のよう。  
 触り方も、夏樹の望むような激しさはなく、恐る恐る。  
「――――――っ」  
 腹は立つが、罷り間違っても  
『もっと激しくなさいっ!』  
 などと怒れるような度胸はなく。言えない程度の羞恥心は在る。  
 それに、桜が遠慮しているのは。最初の夜に、激しくし過ぎた反動だろう。  
 しかし夏樹が望んでいるのは、あの夜のような激しさだった。  
   
 
***  
 
   
 問題が発生したのは、一週間後の夜のこと。  
 朝起き、着替えている最中のことだ。  
「……え?」  
 夏樹は少女である、十四歳の。だから、というわけではないが、無論下着は着ける。  
 当然だ、着けなければ、年齢に見合わぬその豊かな乳房が服の中で勝手気ままに暴れてしまう。  
 擦れて痛いという理由もあるが。なにより、まだ十四歳の少女にとって、性的な意味で人の視線を惹きつけてしまうのは、喜ばしくないことだった。  
 だから、拘束具としてブラジャーは着ける。  
 その朝も、いつものように着けようとしていたのだ――が。  
「き、きつい……」  
 そのブラジャーは、つい最近買ったばかりの物。――なのに、サイズが合わなくなってきている?  
 はらり  
 ブラジャーが落ちた。  
「……うそでしょ」  
 
 
「へーソレハタイヘンデスネー」  
「な、なによ、人が真剣に相談してるのに!」  
「でも、ねぇ……」  
 クラスメイトにして、無二の親友である、火浦雪は夏樹の胸を見――自分の胸を見て。  
 はぁと、溜息をついた。  
「わたしには自慢にしか聞こえないんだけど」  
「別に自慢じゃあ」  
 夏樹は雪の胸を見て。  
「ごめん、気に触ったなら謝る」  
 かちん――そんな擬音が聞こえてくるようだった。  
 雪は満面の――眼だけ笑っていない笑みで夏樹を見やると。  
「うわあ、すっごいむかつくんですけどぉ」  
 といって、夏樹の胸を鷲づかみにした。  
「――いたっ!!」  
「なにさなにさなにさ」  
 言いながら、唸りながら、あるいはお経のように唱えながら。雪はぐにぐにと夏樹の胸を揉み潰す。  
「いたたたたたたたたたた、止めて、やめて、ヤメテーっ」  
 未だに成長期の乳房は、それだけ痛みに敏感で、もげそうだ。  
 悲鳴をあげる夏樹に、雪は不意に手を止めた。  
 痛いのから解放されて喜ぶべきかもしれないが、あまりに突然のため、本気で怒らせてしまったのかと、夏樹は心配した。  
 だが、そうでなかったようで、雪はこんなことを言った。  
「揉んだら、またおっきくなるもんね」  
「――え、そうなの?」  
   
 
***  
   
 ――そうらしい。  
 ほかのクラスメイトたちにも訊いた結果。  
 揉めば大きくなるらしく、それ以上でかくしてどうするんだ、という言葉を全員から貰った。  
 夏樹はそのことを深刻に考え。  
「というわけで、今日から胸のマッサージやめます」  
 部屋に来た桜へそういうと。  
「そうですか……」  
 桜はほっとしたように息を吐いた。  
「だから、来てもらって悪いけど。今日は、もうあがっていいから、お休み」  
「はい、失礼します。お嬢様」  
 そう言って退室していく年上メイドの後姿を、見送らず、夏樹は机に向かった。  
 今日英語教師から与えられた課題は、今日中に終わるか、微妙な量だった。  
 だから――桜の髪から、桜の花弁があしらわれた髪留めが落ちたのに気づくのに、半時刻も掛かった。  
 三分の一も課題は終わっていなかったが、一休みしようと。気分転換がてら、髪留めを返しに、桜の室に向かったのだが。  
 
「……ん……これだけすれば……大きくなるかな」  
 微かに開いていた扉の隙間からそんな声が聞こえ。  
 夏樹はなんだろうと、隙間から桜の室を覗き込んだ。  
 すると――  
「お風呂あがりのほうが、効果あるかしら」  
 ベッドに腰掛けて、桜が自分の胸を揉んでいた。  
(な、ななな、なにしてるのーーっ!?)  
 いつも冷静な桜にあるまじき、奇妙な行動であった。  
 少なくとも、夏樹の識る桜がしそうにない奇行だ。  
 独り言をブツブツいいながら、自分の胸を揉むなどと。  
「ふふ…ふ………ふふふふ、おおきくなあれぇ」  
 しかも、胸に向かって話しかけている!  
 なんだろう、どうしたというのだろう。  
 まさか、今日胸を揉ませてあげなかったから? ……ええー、そんなことはない。……ない、はず。  
 そうだったとしても、今ココで  
『そんなに胸が揉みたいなら、私の胸を揉んで!』  
 などと言いながら入っていったら、おそらく二歩も三歩も、路を踏み外してしまうような気がする――いやさ、絶対。  
 だが、見なかったことにするのも出来そうにない。出来るわけがない。  
 しかし、入っていくのも――  
 どうしたらいいのだろうか?  
 と、そんなことを夏樹が悩んでいると――夏樹の顔に影が落ちた。  
「なっ。お嬢、様」  
「……あ」  
 部屋から出て行こうとした、桜が、そこに立っていた。  
   
***  
   
 覗き見ていたことを、正直に伝えると、桜は顔を真っ赤にして。  
「誰にも言わないでくださいね」  
 そう言った。  
「あ、うん、それはまあ……でもさ、なんで胸揉んでたの?」  
 と、訊いてから、夏樹はしまったと思った。  
 ただ単に、自慰行為をしていた」だけだとしたら――  
「あ、いや、答えたくないならいいけど」  
 だが、その予想は違っていた。  
「それは、ですね。聞いてくださいますか」  
 桜は夏樹の手に、自らの手を重ね、詰め寄る。  
「あ、うん」  
 勢いに呑まれて頷く夏樹。  
「ありがとうございます」  
 桜は一度頭を下げると、濡れた声で話し始めた。  
「私の胸は、お嬢様と比べるまでも無く、小さい……というよりも、ないに、等しいんですよ……  
ですから、その、お嬢様と同じくらい――とまではいかなくとも、人並みの胸が欲しいと、常常考えていたんです」  
 
 桜の告白は、とても切実なものだった。  
「でも、ないもの強請りはよくなくて……でも、お嬢様のお胸を揉ませていただいていた間――こういうと、おかしく感じられるかもしれませんが。  
 大きな胸への憧れが、強くなっていたんです。  
 お嬢様みたいな胸があったら、どれだけ幸せだろうか、と。  
 そりゃあ、胸が大きいだけで、幸せになれるとは思っていません。でも、胸の大きさで、それだけ人生の選択肢は変化していたと思うんです。  
 別に、今の生活が嫌だっていうわけじゃないんです。  
 でも、素敵な男性と知り合っても、こんな胸の小さい、地味な女に惹かれるか? ――と、訊かれれば、みんなノウと答えると思うんです。  
 だって、男性って、みんな、お嬢様みたいなお胸の方が好みに決まっています。  
 だから――というわけじゃないですが。  
 大きな胸が欲しくて、少しでも大きくしたくて、大きくなるように揉んでいたんです」  
 桜の告白に、夏樹は言葉もなかった。  
 確かに、胸だけで選ぶような男は少ないとか、むしろ胸の小さいほうが好みな者もいるとか。  
 大体、胸だけが人生じゃないとか。  
 幾つか言いたいこともあったが――だが、桜の人生観に干渉できるほど、夏樹は大層な人間ではない。  
 だが、夏樹が六歳の頃から、この家に仕えていてくれた桜へ、なにかしてやりいたいのも事実。  
 夏樹にできること、  
「分かったわ」  
 それは  
「任せておきなさい」  
「――え?」  
「揉んであげる」  
 それは主からの施しであり、情であり――なにより、女同士の友情だった。  
 しかし、友情とは時に誤解される物。  
「い、いや、いいですよ」  
 顔を引きつらせて断る桜。  
 夏樹は目元を濡らす光るものを拭いながら、  
「遠慮しなくていいのよ、さあっ!」  
「ひっ――」  
 逃げようとする桜を、夏樹は羽交い絞め。メイド服の丈夫な拵えの生地越しに  
「や、やめて――」  
 桜の胸を掴んだ――のだが  
「え?」  
 桜の乳房――というより、胸板は。桜の慣れしたんだ、自らの乳房と違い、本当に全くなかった。  
「だからやめてっていったのに」  
 半泣きになりながらいう桜。  
 夏樹は不思議そうに桜の胸を撫で回し、撫で回し――沈黙した。  
 胸が、ない。  
 これは、一体…………  
 まさか!  
 
「アナタ、男! ……な、わけないわよねぇ」  
「わあ、死にさらせぇ」  
「――ン? 何か言いました?」  
「いいえぇ、なにもぉ」  
「……それなら良いけど」  
 しかし、実際問題。  
「なんで、胸ないの?」  
「私に訊かれても」  
「そりゃそっか……」  
 夏樹は桜の胸を撫で撫でしながら、あることを思いついた。  
「ねえ、服を脱がしていい?」  
「――え゛」  
「上だけでいいの」  
「嫌ですよ」  
「いいからいいから」  
 言いながら、夏樹は桜の着けているエプロンを外した。  
「や、止めてください。人を呼びますよ」  
 その言葉に、夏樹はとっても素敵な微笑で。  
「呼べる物なら呼んでください…………その後、どうなってもしりませんけど」  
 と、主従関係の悪用或いは濫用とも言うべき、殺し文句を呟いた。  
 嗚呼、この娘が私の主でなければっ!  
 桜は呻き声をあげながら、されるがままに服を剥かれた。  
 
 
 実際、桜の胸はあった。  
 それは胸というより、突起ともいうべき小ささと尖り方だった。  
「もう、いいですか」  
 呟くような声で、桜は言うが。  
「もう少し」  
 夏樹は顔を近づけて、桜の胸を見た。  
 乳首があるのは変わらない、つっつくと柔らかい、でも  
「ブラジャーする意味あるの?」  
 と、訊きたくなるような小ささだ。  
 夏樹はマジマジと、桜の胸と睨めっこした後。  
「よし」  
 というと、再び桜の胸に触れた。  
「まだ触る気ですか」  
 桜の悲鳴に、夏樹は友情を嵩にきた笑みで答えた。  
「私だって貴女のこと、考えてやっているのよ」  
 それなら、放っておいてくれ。――思ったが、いえないのが、主従関係の苦しい所だ。  
「それに、私、貴女の胸、可愛くて好きかも」  
「――へ?」  
 桜の胸を撫で回しながら、夏樹は言った。  
「こう慎ましやかで、抑え目なところなんか、桜さんそのままよね。」  
「は、はぁ、そうですか」  
 
「私、桜さんみたいになりたいって思ってるんだ。優しくて、冷静で、ヤマトナデシコって感じで。だから、この綺麗な胸も大好き」  
 その言葉に、桜はしばし呆然とした。  
 私の胸が、綺麗……?  
 始めて言われた言葉だった。  
 これまで付き合ってきた男には、チッと舌打ちされるような胸を、この少女は、私の主は、綺麗、と……。  
 呆然とする桜へ、再びの衝撃。  
 突然、夏樹が  
「だからさ、私のファーストキスあげるから。桜さんも、そんなに卑屈にならないでよ」  
 桜の胸にキスをした。  
 それは、ほんの五秒にも満たない時間。でも、永遠にも感じられた。  
 お嬢様の唇が、私の胸に?  
 呆然とするしかなかった、なにが起きているのか理解できなかった。  
「じゃあ、揉むね」  
 そういってお嬢様が、桜の微乳――もとい、美乳を撫で回すように、優しくマッサージする。  
「おおきくなあれ、おおきくなあれ」  
 なんて謡いながら。  
 それはなんのいやらしさも、卑猥さもない、スキンシップ。……でも、何故か、桜の胸は高ぶった。  
 どうしようもなく、鼓動した。どくんどくん。  
「桜さん、緊張してるのかな? すっごい、心臓、バクバクしてるよ」  
 そんなことを言われては、もう――。  
 俯いて――それでも足りない――両手で顔を隠して、この名状し難い感情の坩堝から視線を逸らす。  
 駄目だ、ダメだ、だめだ。こんなことを思っては駄目だ。  
 私と、お嬢様は主従関係で、五歳も歳が離れてて、女同士で――とにかく、こんなことを思ったら駄目だ、駄目なんだ。  
 
 ――――――――――――――――でも。  
 
 想いは停まらない、留められない、止める気などないかのように暴走する。  
 それでも、一線を、お嬢様を押し倒さずにいられるのは理性かプロ根性か、或いは――本当に好きだから……?  
 本当に好きだから、お嬢様の傷つく顔が見たくない。  
 お嬢様からの信頼を裏切りたくない。  
 お嬢様の傍に長くい続けるためには、一線を踏み越えるより、今の関係のほうがいい、そんな打算?  
 いや、もしやお嬢様と汚らしい仕女と言う関係性を崩したくないから?  
 ――分からない。  
 でも、でも、でも。  
「ありがとうございます」  
 胸を揉まれながら、微笑んで桜は言った。  
 感情は――押さえ込んで、桜は言う。  
「ですが、今日はもう遅いので、もうお部屋に戻ってください」  
 
 汚らしい自分が、欲望のままの自分が、お嬢様のさせたいようにさせろと言う――無視する。  
「あ、そう? そうね」  
 お嬢様はそういうと、あっさり手を引っ込めた。  
 それが残念で、少しだけ安心した。  
 それでようやく理解する、自分にはまだ、一線を踏み越える度胸なんかないのだと  
「それじゃあ、また明日。貴女も早く寝るのよ」  
「はい、お嬢様」  
 
 ――寝れるだろうか?  
 桜は自嘲気味にそう想った。  
 
 
 お し ま い  
   
   
 

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