カテイの話をしよう。  
 私の家庭は雪の降る山村にあり、私は七番目の妹であり、私は父の二番目の妻の唯一の  
子供。  
 小さかった私は、兄弟たちに虐められ、嬲られていた。  
 それは母よりも順列の低い、父の妻たちが子供たちに言い、させていたことだとは知っていた。  
 母は病弱で、子供は一人きり。  
 母が死ねば、順列が一つ繰り上がる。ソレを狙っているのは見え見えだった。  
 それに他の妻たちが、私を狙うのには理由があった。  
 私は父から、成長したら妻になれと言われていた。  
 あの頃は、その言葉の意味を理解できなかったが、嬉しかった。  
 もう面影しか思い出せない母も、喜んでいたような気がする。  
 私は父と母の愛を享け。  
 私は五人の妻と二十四人の兄弟からの憎悪を受けて育った。  
 
 カテイの話をしよう。  
 私が木崎家で働くようになった過程、それは父が過去に犯した犯罪が起因となった。  
 父は余人が介在できない、自らが住むためだけの国を造るために、個人としては扱いきれない額の脱税をし。  
 そこで暮す上で、自らの面倒を見させる女を七人誘拐した――それが妻たち、だ。  
 父は王国を造った、他人に侵されぬ自分のためだけの。  
 それが露見したのは、私が十歳の頃。  
 父の王国に、ニホンケイサツと名乗る組織が侵略してきて、父を逮捕していった。  
 母はその時既に死んでいて、私は兄弟の手により納屋に閉じ込められていた。  
 順列の低い妻たちと、その子供たちは、直ぐに保護され。どこかへ運ばれた。  
 彼らの、その後のことを聞かないが――そもそもの興味がないので、どうでもいい話だ。  
 私はニホンケイサツたちが、何かを探し廻っている音を聴きながら、父が来てくれるのを待った。  
 父が捕まったことすら知らずに。  
 そうして、何時間経過したのだろうか?  
 時間はわからないが。それでも、一つだけ覚えている。  
 彼は満月を背にして、私の前に現れた。  
『……こんなことに付き合わせやがって、鈴村のヤツめ――ン?』  
 眼が合った、合ってしまった。  
『まだこんな所に居たのか。安心していいよ、僕らは君たちへ危害を加えるつもりはないからさ。ほら、おいでっても、来ないよな』  
 そう言って、彼は私の方へと歩いてくる。  
 土くれでできた床を踏みしめながら、一歩ずつ。  
 私は逃げることも抵抗することもできず、ただ震えるばかり。  
 彼は至近にくると、  
『おや』  
 と嬉しそうな声を出した。  
『君は男の子か』  
 あの時の私は兄弟たちに髪を切られ、まるで少年のようだった。  
 だから勘違いしたのかも知れない。  
『駄目だろ、男の子が震えてたら。ほら、勇気を出して』  
 
 そういって、私の唇に唇を重ねた。  
 触れるだけだった――それでも、私は驚いた。なにをされたのか理解できなかった。  
『ついてるんだろう?』  
 彼はそう言いながら、パジャマのズボンに手を差し入れ、下腹部に手を這わせ。股間を弄った。  
 くつくつと笑いながら。  
 しかし  
『……ない』  
 私は男の子のようではあったが、れっきとした女であり。彼が望んでいるようなものはなかった。  
 彼は私のズボンを脱がすと、呻いた。  
『なんだ、女か』  
 ――と。  
 
 その翌日、引き取り先のない私のことを彼が、あの方が引き取るといい。  
 それから、私は木崎家で働くこととなった。小さな少女の遊び相手として。  
 
 
***  
 
 
 木崎家が横浜にあるのは、幾つかの理由が存在するが。その中でもっとも重大で、重要なのは木崎家の現当主である木崎史樹が、この街が好きだからだったりする。  
 史樹が生まれ育った街に比べ、この街は暖かく、雪も積もらず、いつでも海が見られる。  
 子供みたいな理由だが、史樹にとっては重要な仕事への活力だ。  
 ならば、他の理由はというと。  
 ――妻の生まれ故郷だから。  
 という恐妻家の一面だったり。  
 ――東京には息子が住んでいるから、同じ東京の土は踏みたくないから。  
 という、息子を毛嫌いしている一面もある。  
 そう、史樹は息子である木崎春樹のことが嫌いだ。大嫌いだ。できれば半径一万二千kmには居て欲しくはないのだが。  
 残念なことに春樹は有能で、認めたくないがその実績は史樹を勝っている。  
 細々とした会社を、一流の企業にまで引き上げたのは、一重に春樹の能力、その成果だ。  
 今も、息子が支社長を務める東京支社がメインで会社を育てているのに対し。  
 本社であるはずの横浜では、大したことはしていない。現状維持で精一杯なのが実状だ。  
 そのことについて、春樹は  
『物は造るより、保つ方が難しい。父さんが背を護っていて下さるから、僕たちが無茶できるというものなんですよ』  
 と、言っている。おそらく本心だろう。  
 あの告白以来、春樹は史樹へ嘘をついたことはなく、史樹が問いさえすれば。どのような機密でさえ、詳らかに明らかにする。  
 春樹の周りで、史樹を廃して、春樹を社長に就任させるという動きがある――と。  
 正直に告白された時には笑うしかなかった。  
 仕事の場において、史樹は春樹を誰よりも信頼している。  
 だが  
 プライベートの場においては、史樹は息子である春樹の傍に居たくなかった。  
 
 春樹は有能であり、性格も悪くはない。  
 だが、どんな優秀なものにでも弱点は在る。  
 そう、木崎春樹には重大な弱点が存在した。  
 それは――性癖  
 
***  
 
 木崎夏樹の休日の朝は遅い。  
 平日は学校のせいで早起きしなければならないのだから、たまの休日くらい、眠っていても良いじゃない――というのが彼女の言い分。  
 両親は良い意味でも悪い意味でも、放任主義な所がある。  
 それは一人娘が可愛くて、ついつい言いなりになってしまう結果であり。一人娘に独自的な判断力を養わせるためでも在る。  
 故に、休日は遅くまで寝て、身体を休めるのが娘の判断ならば。それを身勝手に、ああだこうだとは言ってこない。  
 それは、夏樹へそういうことを言う相手がほかにいるからかもしれない。  
 夏樹には六歳の頃から、面倒を見てくれているメイドがいる。  
 睦月桜。  
 夏樹より五歳年上の年若いメイドは、夏樹の姉のように、夏樹の面倒を見てくれるし。一々小言もいってくれる。  
 彼女がいるから、両親は夏樹へ細々としたことを言わずとも良かった。  
 夏樹も桜にはよく懐いて、実の姉のように慕っている。  
 だが、休日の朝においては、桜は夏樹の敵である。  
『いいですか。そんなに寝ていたいなら、夜早くに寝ればいいんです。そうすればゆっくり寝られますし、なにより身体も健やかなに育ちます。  
遅くまで寝るなとはいいません、ですが早く寝る習慣をつけてください』  
 朝っぱらから、こんなことを言われるのである。たまったものではない。  
 だから、休日とはいえ、いつもより長く寝られると言うことは余りない。  
 大体、いつもより一時間程度睡眠時間が増えるくらいだ。  
 だから、この日も口煩い桜に起こされるのだとばかり思っていたのだが……  
   
「……んぅ?」  
 目蓋に光を感じ、夏樹は薄ぼんやりと目蓋を重々しく開いたが。それは、呻き声と共に、再び閉じられた。  
 ベッドに仰向けになり寝そべる彼女に、朝のゆるい陽光が注がれている。  
 室内を覗けるような位置に、高層マンションの類がないため、カーテンは閉めていない。  
 バルコニーへと直結している、大きな窓はまるで硝子などないかのように透明だ。  
 薄く眼を開き、空を見る。  
 快晴。  
 雲ひとつない青空。  
 まるで空に青い蓋がされているような、圧迫感を感じさせるほどの、蒼。  
(今、何時だろう?)  
 目覚まし時計は鳴っていないし、桜も来てない所をみると、どうやら早く起きすぎてしまったようだ。  
 枕元に置いてある携帯電話を取り、開く。  
 ピンク色の携帯はぽろんと効果音を鳴らした。  
 
 現在の時刻は、朝七時三十七分。  
 平日なら既に朝食を食べている時間だ。だが今日は休日であり、いつもより何もかも一時間後ろ倒し。  
 それでも  
「……ふぇ?」  
 夏樹は変な声を出して、変だなぁと思った。  
 夏樹は平日ならば六時半、休日ならば七時半に起こされる。本当なら、もう起こされてていい時間のはずだ。  
 桜が時間を忘れているのだろうか?  
 ――いや、それはない。桜が時間を間違えるようなことはしない。  
 桜が優しさを出して、まだ起こさないようにしたのだろうか?  
 ――いや、考えられない。そんな優しさもどきの甘やかしなんて、してくれるわけがない。  
 ならば――なんだろうか?  
 そうこう考えている内に、時刻は既に七時四十分。もうそろそろ来ていいはずだ。  
「……来ない。どうしたんだろう」  
 呟いてみて、夏樹はハッとあることを思い出した。  
「まさか」  
 最近、夏樹は桜の胸を揉むようになった。桜の胸を大きくするためにだ。  
 桜からは「しないでください」「もういいですから」と、拒否されているが、それはそれ。  
 結果として胸が大きくなれば、桜だって赦してくれるはずだ。  
 それに、これは桜のことを思ってしていることであり。  
 なんら、不純な動機などこれっぽちもないからいいのだ。  
 ……だが、まあ、確かに。  
 桜の悲鳴だとか、恥らう顔だとか、抵抗しようにも手をあげるわけにはいかないジレンマから無抵抗な桜とか。  
 そういうのも見たいからやっていることではあるのだが。まあ副次的な物であり、決してこちらがメインではない。  
 ただ最近、桜があまりに枕元でガミガミ言うものだから。  
 
『いいですかっ。そもそも、起きられないと言うのは、起きる気がないということ。  
確かに充分な睡眠は必要です。しかし、きっちりとした気持ちの切り替えや、スケジュールの管理はそれ以上に重要なのです。  
それは、貴女が木崎家のお嬢様だからということではなく。一個人として、必要なスキルなんです。  
分かりますか』  
『わかったから、もうあっちいってぇ……』  
『いいえ、分かっていません。いえ、分かろうはずがありません』  
 断固として言い切る桜に、なら訊かないでよ、と夏樹は思ったが。言えば言ったで、百倍になって返ってくるのが解っていたので、沈黙。  
 お布団を被って、現実逃避しようとすると。  
『まだ寝る気ですか』  
 またガミガミ。  
 いい加減やになった夏樹は、しかしある作戦を思いついた。  
 それは  
 
『ごほんっ、げほんっ、ぐふぅっ』  
『解らないでしょ――お嬢様?』  
『頭が、ガンガンして。げほっげほっ。身体が熱いよう』  
 どう考えても、仮病にしか見えないその演技を。しかし、桜は信用した。  
『え、風邪ですか? それならそれで、何故もっと早くいってくださらないのです』  
 そう言いながら、熱を診るためか、額に手を伸ばしてくる――その手を掴んだ。  
『――え?』  
 驚く桜。その隙を狙い、引き寄せ、ベッドの上に倒れさせる。  
 しかし上手くいかず、桜は床に倒れた。  
 夏樹は桜が体勢を整える前にと、掛け布団を被せた。  
『な、なにを――!!』  
 悲鳴を上げる桜。  
 夏樹は自らも掛け布団の中に潜り込むと、桜に抱きつき、細身の体を弄った。  
『なさるんですかっ!?』  
『煩いから、仕返し』  
 そうとだけ言うと、夏樹は馴れた手つきで桜のメイド服を剥ぎ取っていき。朝っぱらから、桜の胸の成長促進を手伝った。  
『や、やめてください』  
 掛け布団が跳ね飛ばされ、もつれ合った二人の肢体が、陽光の下、露になる。  
 どうやったものか、桜は既に下着姿で夏樹に組み伏されていた。  
 夏樹は桜のパンツに手をかけ、耳元で囁く。悪魔の嘲弄。  
『これから休日は、寝る時間二時間アップね』  
『ちょ、朝食を食べないつもりですか』  
 こんな時にでも、桜は夏樹の身体を心配していた。  
 そんな桜が嬉しくて、ついつい虐める手が弱まりそうだったが、夏樹は気を入れなおし、繰り返した。  
『いいじゃない、桜さんだって休んでられる時間増えるんだし』  
『ですが――や、やめてっ』  
 夏樹の手が、パンツをずりさげようとすると、桜は悲鳴をあげた。  
 くす、くす、笑いながら、夏樹は桜の耳にキスをし、呟いた。  
『いいんだよ、拒否しても。わたし、桜さんの綺麗なところ、ぜんぶ見たいもん』  
 甘い香りがした。  
 桜は香水をつけないから、おそらく桜の体臭だろう。  
 鼻腔をくすぐるその匂いに、背筋がぞわぞわする。  
 興奮し、上気していく夏樹。それに対して、桜は、ふうと一つ息を吐くと。  
『……お嬢様』  
 冷えた声でいった。  
『脱がしたければ、どうぞ脱がしてください。ですが、その場合、私はこの家から出て行きますがよろしいですね』  
『え、ええっ、なんで』  
 慌てたのが失敗だった。  
 その夏樹の声を聞いて、桜は直ぐにいつもの桜に戻っていた。  
『決まっています。私はお嬢様を、人様を脅迫するような娘に育てた覚えはない、なのにそう育ってしまっているお嬢様への責任が在ります。  
お嬢様を卑怯者に育ててしまった責任が』  
『そんなの』  
 
『嗚呼』  
 桜はわざとらしく目元を拭うと。  
『身よりも学歴もない私は、身体を売って生きるしかないでしょう。ですが、お嬢様はそんなことはお気になさらないでください。  
私が汚い男たちに、一万や二万で買われ、慰みものにされたとしても。それはお嬢様のせいではなく。  
お嬢様を良い子に育てられなかった、私の責任なのですから』  
『……むぅ』  
 卑怯なのはどっちだ、と思いながらも、夏樹は降参した。  
   
 といったことをしてしまったことがあった。  
 それ以来、起こす時には、桜は異常な警戒で夏樹を起こすようになった。  
 もしかすれば、今日も覚えていないだけで。寝ぼけ眼で似たようなことをしてしまったのかもしれない。  
「……どうしよう」  
 そうだとしたらマズイ。  
 昨日の晩も、何か忙しく走り回って、部屋へ来てくれなかった桜を廊下で捕まえ。  
 嫌がる桜の胸を揉んだりもしていた。  
 夏樹としては、純粋な好意の表現なのだが、桜にはいまいち通じない。  
 桜はお硬過ぎるのだ。  
 そうだと思いながらも、自分の非が分からない夏樹ではない。  
 嫌がるのを無理矢理するのはいけないし。  
 まだ女同士だからいいものの、夏樹が男であったならば、ただの権力をかざしたセクハラだ。  
 桜から向けられる好意に、最低の行為で返している。  
 それは分かっている、理解している――でも。  
 どんな手段でもいいから、桜の気が惹きたい。  
 怒った顔でもいいから、桜に自分だけを見ていて欲しい。  
 だから、駄目だとわかりながらも、してはいけないことだと理解しながらも、その境界をあっさり乗り越えてしまう。  
 この気持ちはなんなのだろう?  
 そう悩めるほど桜は少女ではなく。その気持ちを切捨てられるほど、桜は大人ではなかった。  
 ――この気持ちは、  
「あは……はははは」  
 夏樹は、気づくと自嘲していた。  
 自分はなんて身勝手なんだろうか。  
 こんな気持ちに浸っている時間があるなら、桜に謝ったほうがマシだ。  
「よし」  
 勢いよく身体を起こし、そのままベッドから降りる。  
 桜を探して、昨日のことを謝ろう。  
 きっちりとした気持ちの切り替えは重要――そう桜も言っていた。  
 パジャマの上から、ピンク色のカーディガンを羽織ると。足取りも力強く部屋から出ようと扉に手をかけ、開く。  
「――え?」  
 
***  
 
 時間は、遡ること十五分前。  
 夏樹を起こしにきた桜は、そこで予想外の人物に遭遇した。  
「……若旦那様」  
「やあ」  
 木崎春樹   
 木崎家の長男であり、木崎電気の東京支社長――そして、夏樹をこの家に連れてきた者。  
 あの当時、桜は十歳、春樹は二十二歳。八年強の付き合いであり。  
 ――現在継続中な、桜の初恋の相手。  
 春樹は廊下の壁に背を預け、影のように立っていた。  
 背広を脱ぐと、桜に投げた。  
「アイロンかけといてくれ」  
「あ、はい」  
 こともなげに受け取る桜に、春樹は僅かに唇を尖らせたが、直ぐに微笑むと。  
「半年ぶりか、久しぶりだな」  
「……七ヶ月と、十三日ぶりです」  
 桜は呟いた。  
「ム? そんなにか」  
「はい」  
「そうか……おいで」  
「……はい」  
 招かれるがままに、桜は春樹の前に立つ。  
 直視してはならないというように、桜は俯くが。春樹の堅い指先が、桜の顎を持ち上げる。  
 伏せていた目が、春樹と交差する。  
「嫌うなよ」  
「……嫌ってません」  
「そうか」  
 くいっと顎を引き寄せられ、そのまま、キスしていた。  
 突然のことに――いや、その行いに抵抗する意思などないかのように、春樹の舌先が口唇を割り、侵入する。  
 桜は目蓋を閉じた。  
 歯列をノックすると直ぐに、開かれ。舌と舌とが触れ合い、絡めとられる。  
 情熱的なものではない、親が娘の頭を撫でる時のような愛撫。  
 気づいた時には終わっているほどの、短い触れ合い。  
 それでも桜は嬉しかった。  
 まだこれくらいはしてもらえる程度に、春樹に嫌われていないことが。  
 春樹の恋愛対象に自分は入っていない、これからもそれはないだろう。それでも春樹のことが好きだ。  
 それは、父と母以外に初めて自分に優しくしてくれた相手だから、ということもあるし。  
 なにより、外の世界に連れだしてくれた人だから。  
 桜は春樹のことを、敬愛している。誰よりも、深く、深く、自分よりも。  
「飴でも舐めてたのか」  
「――え?」  
「口の中が甘かった」  
 
「そうですか?」  
「ああ、あんまり甘い物ばっかり食ってると太るぜ」  
 そういえば、今朝飲んだ珈琲に砂糖を入れすぎたかもしれない。  
 気をつけないと。  
「ああ、そういえば、俺が舐めてるんだった」  
 といって、舌先に赤い飴を乗せ、ちらっと見せる。  
 その段階で、ようやくからかわれたことに気づいた。  
 春樹は口の中で飴を転がしながら、桜の頭を撫でた。  
「元気にしてたか?」  
「はい」  
「ならいいが、あんまり無理するなよ。休みもらってるか」  
「はい、私は大丈夫です。それよりも、若旦那様の方が……」  
 桜の知る限り、春樹はニホン各地の支社・工場を廻り、世界で市場の拡大を図り。まるで睡眠が取れていないはずなのだ。  
 だが  
「やりたくてやってることだから、心配するな」  
 と笑うのみ。  
 そんな春樹のことが好きだし、春樹の笑顔をなによりも愛しているが。  
 その笑みは、桜が作り出したものではない。  
 春樹の笑みが真実、向けられている先は常に、別。  
「それにしても、なんでそんな格好してるんだ」  
「――へ? ああ、これは」  
 春樹は桜のスカートを掴み、引き上げる。  
 ストッキングを履いた脚が露になり、更に太ももまで露になりそうになって、スカートを押さえた。  
「な、なにを――!?」  
 有り得ないと知りながらも、まさかと、桜の脳裏にほんの少し期待が過ぎり。  
 ――否定される。  
「こんなもの履かなくとも、僕が渡したのがあるだろう? まさか、捨てたのか?」  
 以前に、桜は春樹から燕尾服を渡されていた。  
 メイド服よりもこっちのほうが似合うから、と。  
「いえ、旦那様が、こちらを着なさいと言われましたので」  
 実直な言葉。  
 今、桜が従うべきは、家を出ている春樹ではなく、この家の主である史樹だ。  
 しかし、桜を拾った身としては、それが面白くないのか。嫌なふうに唇を尖らせて、意地悪なことをいってしまう。。  
「へえ、僕より父さんを選ぶわけか」  
「――そんなことは在り得ません」  
 断言する桜。  
 春樹は視線を斜め上に向け、聞き流す。  
「どうだかなあ。君も美人になってきたからなぁ、父さんだって放って置かない」  
「そうだとしても、」  
「そうなのか、そうか、残念だ。桜を拾ってきたのは、父の手篭めにさせるつもりではなかったんだけどな」  
 その言葉に、桜は一瞬、我を忘れた。  
「起こり得ませんっ!」  
 
 常に冷静を保ち、大声など出さない桜の叫び。  
 だが、春樹は口端を歪め。  
「へえ、なんでそう言い切れるのかな」  
「それは、」  
 桜は顔が熱くなるのを感じながらも。  
「若旦那様の、貴方を愛しているからです」  
 言った。  
 力み過ぎているからか、うっすらと涙が浮かんだ眼で、桜は春樹を見上げる。  
 春樹は苦笑していた。  
「まったく。頑固だね、君も」  
「……申し訳ありません」  
「いや、謝らなくてもいい――というか、謝るべきは僕だな。君の気持ちに気づいておきながら、放置している。  
せめて嫌われる努力をすべき、かな?」  
「構いません」  
 桜は、微笑んで見せた。  
「それよりも、やはり、あちらの服を着たほうがよろしいでしょうか?」  
「いや――その判断は君に任せる。……というのも、なんだか媚びてるな」  
 桜は首を左右に振った。  
「いえ、まだ可能性があるのだと、救われた気持ちになります」  
「そうかい。なら、媚ついでに」  
 呟くように言うと、春樹は桜を抱きしめた。  
「女の子の中では、君が一番好きなのは事実だ。だからこそ、こうすることもできる」  
「――え?」  
 突然、春樹の手に別な意思が宿る。  
 メイド服の上から、平らな胸が弄られ、スカートの中に手を差し込まれ太ももを掴まれる。  
 再びのキス、先程より強引で。その分熱意の篭った、愛撫。  
 位置が入れ替わり、壁に押し付けられる。  
「触ってごらん」  
 キスの合間に、春樹は呟いた。  
 意味が理解できなかったが、それを春樹は見て取り、桜の手を掴むと、自身の股間に桜の手を押し付けた。  
 その感触にハッとし、顔を赤らめたものの。  
「……駄目、なんですね。私じゃ」  
 布地越しのそれは柔らかいまま。  
「君だから、というわけでもないのは知ってるだろう? だから落ち込むな」  
 そう言って、涙を流す桜を慰めるように口付けした。  
 その瞬間、扉が開かれた。  
 桜は気づかず、春樹のみが振り返る。  
 そこに立っていたのは  
「お兄様?」  
「……夏樹、か」  
 高校生の妹、まだまだあどけなく、子供っぽい顔つきの。それでいて、身体付きは母にけして劣らぬ見事さの。  
 春樹は、桜の胸に触れたまま、微笑むと。  
 
「久しぶりだな、元気だったか?」  
 何事もないといった様子でそういった。  
 しかし  
「――――――っ」  
 夏樹の表情が見る見る内に変化していく。  
 顔が、紅く染まっていく。それは、怒り。  
「な、な、何をしているんですか」  
「何って、なあ?」  
 春樹は桜に振ると、桜は、こくり、小さく頷いた。  
 それが答だった。  
 夏樹の顔が、歪む。  
 裏切られた気分だった。  
 何に、とはいえない。  
 兄のことも、  
 桜のことも、  
 二人の関係についても――詳しく知っていたとはいえない。  
 二人は大人で、子供な夏樹では気づけないことなど幾らでも在る。  
 桜が夏樹の胸を羨んでいたことも、大きな胸が欲しいことも知らなかった。無論、二人がこんなことをする仲だとは、思ってもみなかった。  
 ここは廊下だ、そんな場所でするなんて、まるで犬畜生と同じではないか。恥を知れ。  
 そう思いながらも、羨ましいと思ってしまう。  
 そしてそれは、重油となり、憎悪へ更なる火を注ぐ。  
 微笑む兄に近づき、歩み寄り、夏樹は  
「恥を知りなさい」  
 兄の頬を叩いた。  
 そのまま、踵を返し、部屋へ戻ってしまった。  
 廊下に、がちゃり、硬質な音が響いた。  
 
 
***  
 
 
 その夜、桜は夏樹に呼び出された。  
 夏樹は朝起きてから一食も取っておらず、いつもは良い子の見本のような夏樹だけに、使用人たちは心配したが、どうすることもできないでいた。  
 頼りの旦那様に奥様は、春樹が来るのをどこからか察知して雲隠れしていた。  
 春樹も昼前には帰ってしまい。  
 静まり返った屋敷の中、使用人たちは夏樹の室の前を通る度に声をかけたが、返事はなかった。  
 そこへ、桜独りだけを呼び出したとはいえ、堅く鎖された扉が開かれることに使用人たちは喜び。  
 寝むれずにいた料理長は大急ぎで腕を振るった。  
 丸一日断食していた胃のことを考え。おかゆとうどん、好きな方を食べられるように、両方用意した。  
 桜はお盆にそれらと、桜が好んで飲むジュースのペットボトルと食器を載せて夏樹の部屋へ向かった。  
 こんこん、桜は短くノックすると。  
「……入って」  
 
 くぐもった声が扉の向こうから聞こえてきた。  
「失礼します」  
   
 夏樹は電気も点けず、ベッドに腰掛けていた。  
 パジャマのまま、ということは朝から着替えていないと言うことだろうか。  
 しかし、夏樹は元気そうだったので、桜は僅かに安心した。  
「お嬢様、夕食は二種類用意させていただきました。おかゆとうどんのどちらをお食べになられますか」  
「いらない」  
 きっぱりと夏樹は拒否した。  
「ですが、それではお体を悪くしてしまいます」  
「いらない、まだ欲しくないの」  
 頑として聞こうとしない夏樹に、桜は困ったように息を吐き。  
「では、ここに置いておきますね」  
 机の上に盆を置いた。  
「だから、要らないって言ってるじゃない。もう――ま、いいけど。それより、わたしが呼んだ理由、分かってるよね」  
「……はい」  
 今朝のことについて、だ。  
「いつから? 桜さんてお兄様が拾ってきたんだよね、てことは最初から?」  
 桜が拾われてきたことは、夏樹も詳しい経緯こそ知らない物の、聞いていた。  
「……いえ。ああして、手をお出しになられたのは、今日が初めてです」  
「そう……」  
 夏樹は納得した様子ではなかったが、桜からはこれ以上の言葉は引き出せないと思ったのか追求せず。方向を変更した  
「ねえ、なんで抵抗しなかったの? うちのメイドで、お兄様に拾ってきてもらったからって、あんなことされて泣き寝入りしてたら駄目だよ」  
 わたしは桜さんの味方――ということを再認識させるための言葉、アピール。  
 しかし桜は、うんとも答えず、何故か頬を赤らめた。  
「いい、次あんなことされたら、ちゃんと悲鳴を上げるのよ。そうしたら、わたしが助けたげるから」  
 言いながらも、桜の様子のおかしさに夏樹は気づいた。  
 何故、桜は曖昧な返事しか返さないのだろう?  
 好きでもない男から、あんなことをされれば、誰だって嫌なんじゃないのだろうか?  
 なら、こうして助けになると言っているわたしへは、もう少し明るい表情を見せてくれていいはずなのに。  
 そこで、不意に気づく――いや、気づいていたが、見ないでいた事実が首をもたげて来る。  
「まさか、桜さんて、お兄様のこと……」  
 それ以上は発音できなかった。  
 それ以上発音して、認めることは夏樹にはできなかった。  
 ――しかし  
「……はい」  
 短く、桜は答え、頷いた。  
 それだけで充分だった。  
 夏樹の中で、幾万の言葉が囁く。なんで?  
 
 どうして? わたしじゃなくてお兄様なの?  
 それは疑問であり悲しみであり、怒りを篭めた嘆き、その困惑。  
 どうしたらいいか、どんな表情を取ればいいか分からない。  
 ――取り乱す?  
 そんなことをして、桜を困らせたくない。  
 ――怒る?  
 道理がない、桜は夏樹のものではないのだから。  
 ――お兄様の悪い所を教えて、幻滅させる?  
 そんなことをしては、こちらが幻滅されてしまう。  
 ――好きだということを伝える?  
 それは……できない、その勇気はない。断られたときのことを考えると、言えるわけもない。  
 そんなことで、今の関係を壊したくはない。  
 だから、夏樹に選べる選択肢は、一つしかなかった。  
「頑張ってね、桜さん」  
 夏樹は笑い、桜の手を取ってそういった。  
「わたし応援してるから」  
「……お嬢様」  
 桜の表情も緩やかに綻ぶ――そう、これでよかったのだ。これで……  
「桜さんが私のお姉さんになってくれるなら、こんなに嬉しいこともないもん。だから、頑張ってね、桜さん」  
 ――――反吐が出る。  
「はい、お嬢様」  
 わずかに涙ぐんで、桜は答えた。  
 その涙は、とてもとても綺麗で。そんな桜はそれ以上に綺麗だった。  
 夏樹は、そんな桜さんを見ながら、心の中で呟いていた。  
 口でいう言葉と、正反対の言葉を……  
 夏樹はそんな自分を嫌うように、表面で笑うと。  
「お腹空いちゃったな」  
「では、夕食にしましょう。おかゆとおうどんのどちらを食べます?」  
 唇に指をあて、夏樹はうーんと一つ唸ってから。  
「じゃあ、桜さん」  
   
   
Apartend→Bpart  
 
 
 それは人の聴覚では捉え切れないほどの、微細な機会音。  
 しかし、それは確かに起動し、確実に動いている。  
 それはこの部屋だけに、五つ兄弟が仕込まれ、その部屋の住人を監視している。  
 そして彼らが集積した情報は、即座に彼らの主である、一人の少女の下へと向かうようになっていた。  
 
***  
 
 虚しいことだとは理解している。  
 こんなことをしたところで、現実にはなんら影響がないことも――でも。  
<彼>の手が、ベッドの上に仰向けに寝ている桜の限りなく平面に近い乳房を舐る。  
 小さくて、どうしようもなく貧弱な胸を。  
 だが、<彼>にとって胸はさしたる価値もないものだ。  
 それでも、ここに触れると桜が恥ずかしがるのを理解しているからか、執拗なまでに触れ。  
 乳首の周囲だけぷっくらと肉のついた、僅かな乳房を摘み上げ。  
 くすくすと笑う。  
『お前の胸は好きだよ、女らしくなくて』  
 幻聴(こえ)が聞こえた。  
 現実のものではない。虚構、空想、妄想、頭の中でのみ響く声。幻聴(こえ)。  
 自らが夢想した声に、桜は顔を羞恥で染めあげた。  
 両手が開いているならば、顔を覆いたいほど恥ずかしかった。  
 しかし桜の手は、今ここにはない。  
 桜の手は――『彼の手』になっているから。  
 『彼の手』は桜の乳房を摘み、身体のラインをなぞるように這いつくまわる。  
 その指先が触れるたびに、敏感な部分に触るたび、桜は呻き声を漏らす。  
「……っぁ…――ぅんっ……んん………」  
 それが自分の手で、自分の意思の下で触れているだけのはずなのに、その動きに感じてしまう。  
 まるで、手だけが別の意思をもっているかのようで。しかし、桜の頭の中では、確かにそれは『春樹の手』なのだ。  
 桜の意思とは異なる、独自意思を持つ手。  
 桜はメイド服を脱ぎ、下着を外し、裸にされる。  
 股間をみて、『彼』が残念そうにため息をつくのがわかった。  
 桜は泣きそうになりながらも、『彼』に奉仕するため、彼から労ってもらうため、絨毯に膝をついた。  
 生身の膝に絨毯はこちょばしく、しかし直ぐに馴染んでしまう柔らかさ。  
 
 ここがせめてフローリングの床ならよかった、桜は不意にそんなことを思い。しかし、その理由が自身でもよく分からなかった。  
 膝を着くのに、どうして堅い床のほうがいいのだろう?  
 その答えは『彼』が――桜の、一歩離れた所から俯瞰している桜自身が答えた。  
 どうして堅い床がいいのか? それは、痛みがあるから。  
 そう、こうして頬を絨毯に擦り付けても痛くはない。  
 だが絨毯ならば、その分痛みがある。  
 別に痛くされるのが、好きというわけではない――はず。  
 それなのに痛みを求めてしまう、現実的な感触を求めてしまう。  
 どんなに妄想しても、これは桜の一人遊びに過ぎない。  
 どんなに空想しても、桜の手は春樹の手にはなってくれない。  
 どうにも惨めで、情けなくて。敬愛している春樹を、こんな浅ましい妄想に利用している自分に腹が立つ。  
 だから、もう二度としないように、痛くする。  
 絨毯を頬で擦り上げる。摩擦でジーンと頬が痛熱くなる。  
 桜は小振りな尻を突き上げ、脚を僅かに開く。誰にも見せられないようなポーズ、春樹に見せたいポーズ。  
 外気に余り触れることのない桜の股間は、それでも洗っているのに僅かに匂う。  
 鼻につくその臭いを、桜は恥ずかしく思い。しかし、その牝丸出しな臭いに、興奮が昂ぶりもした。  
 おそらく彼はこの臭いを嗅いだだけで萎えてしまうだろう。  
 彼が桜に男の格好をさせようとしたのも、女性的なものを嫌っているから。  
 桜が傍に居られるのは、一重に桜が女性的な特徴をあまり持たないからであり。桜を女として好いているわけではない。  
 春樹が桜にそんな感情を持ってくれることはないだろう。  
 春樹がこうしてくれるのは、あくまで暇潰し。ただの遊び。自慰するより、多少増しだから、というだけだ  
 だが、それでもいいと、桜は思った。  
 どんな形でもいい、彼に愛されるのなら、それでいい。  
「ふ……ふふふ……」  
 自分の妄想の惨めさに、泣きたくなる。  
 妄想の中でくらい、なんで幸せを願えないのだろう?  
 なんで彼と普通の男女として結ばれることを、考えられないのだろう。  
 そんな自嘲を振り切るように、桜は指をしゃぶる。彼の桜では勃ってくれない陰茎を夢想して、ペッティングする。  
 ぴちゃ、ぴちゃ、じゅりゅ、ちゅっ。  
 もう片方の手は、桜の女の部分に触れていた。  
 
 熱をもったそこは、どうしようもなく求めていた。  
 だが、桜はそこへは指をいれず。小指の爪の先端ほどの大きさのクリトリスに触れ、中指の指先で潰すようにして擦る。  
 だが、その快楽は、虚しい。  
 気持ちいい、確かに気持ちよく。背骨の周囲が泡立つような感覚を享ける。  
 ――でも、それだけ。  
 覚えた最初の内は、一晩中触れていて、翌日の仕事に影響を残すようなことをしてしまったが。  
 それは少女の内だけ。  
 いつの間にか大人になっていた身体は、そんなものでは満足できず、未知の感触。願っても得られないそれを欲してしまう。  
「春樹様の、……おちんちん」  
 一度でいい、たった一度でいいのに叶わない願い。  
 どんな状況、どんな場所、どれだけ強引でも構わなかった。  
 春樹と深く繋がりあいたい、その瞬間、他の誰よりも春樹の愛を享けられるのだから、それでいい。  
 それでいいのに――春樹は、女の、桜のそこには興味を示してくれない。  
 春樹が興味を示してくれるのは、むしろ、後ろ。  
 桜は唾液で湿った指先で、堅く鎖された肛門を開き。春樹の陰茎に比べ、遥かに貧弱な自らの指先を押し込む。 「――っぅ……う……」  
 本来入るはずのない場所に侵入してくる指に、虫歯のようなジンジンとした内側の痛みが広がる。  
 深く、深く呼吸して、リラックスしようとするも。痛みに緊張してしまい。その緊張が更なる痛みへ置換される。  
 指を縊り絞め殺すような肛門の締め付けに負けず、桜は人指し指で肛門を拓いていく。  
 第二間接ほどまで差し込むと、大分動かしにくくなり、そこで一旦侵入を止め。指を折り曲げた。  
「くぅぅ……」  
 大きく開かれるような感覚。  
 三日間溜まっていたものを排泄する時でも、こんなには拓かれないと思ってしまうくらい。  
 上下からの圧迫に、指が折れそうな錯覚すら覚える。  
 短く切られた爪が、それでも食い込み、痛みをあげる。  
 爪先で、こり、こりと擦りどこが一番いいか確かめる。  
 背側より、やはり内側の方が気持ちいい。  
「……っ……ぅぅん…ぁ……」  
 のた打ち回らせるように指を動かす、指は蛇になったように、桜の肛門内で這い回り、桜を刺激する。  
 しかし、それでは物足りない。  
 アクセントが欲しい。  
 
「――ひっ!?」  
 更に一本、指を挿入した。  
 右手の中指と人差し指は仲良く、肛門に飲み込まれ。互いに互いの落ちつく位置を探させようとしたが、上手くいかない。  
 二倍の太さ、拡がりになった肛門は、先ほど以上の痛みをあげ。菊の花が僅かに充血する。  
 指に与えられる締め付けも半端なく、痛みから逃れるために、ずらすだけで切り裂く様な痛みが走る。  
 桜は、絨毯を噛み。肛門の痛みを忘れるために、顔を強く強く絨毯に擦り付けた。  
 リップクリームは剥がれおち、唾液とともに絨毯を穢す。  
『おいおい、メイドのくせに家の物を汚すなよ』  
 声(げんちょう)が聞こえた。  
 それは、確かな質感を持って聞こえた、幻想の声。  
 桜へ強制力のある、絶対遵守の言葉。  
「はいぃ」  
 桜は呻きとも喘ぎともつかない声をあげ、舌で涎を拭こうとするが。  
 舌に触れる絨毯の感触に、唾液が分泌されてしまい、汚れは更に広がってしまう。  
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」  
 桜は必死で泣いて謝りながら、絨毯を拭く。  
 舌が痛い。  
 涙が零れていた、ぽろぽろと。  
 空想の中でリアリティを与えられた春樹は、そんなことに夢中になって、涙を流す桜に腹を立て。『早くしないか、それとももう一本入れないと、できないとでもいうのか? ん?』  
 春樹の指が、もう一本挿入しようと、菊の皺を一本一本なぞる。  
 繊細な触れ方も、充血し興奮した患部には、飽和させるのに充分な刺激。  
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう入れないでぇっ!」  
 嬉しいのに、喜ぶべきことなのに。  
 これ以上肛門に指を入れられては、肛門が裂けてしまうのではないかという恐怖が、桜を泣き叫ばせる。  
 桜の啼き声に、春樹は腹がたったのか尻を叩くと。  
『聞き分けのない、豚、だな。仕方ない、躾けてやるよ』  
 そう言って、指がもう一本――  
「いやぁっ! ――っっ!!?」  
 左手の中指が侵入してくる。  
 指と指が押し合いへしあいながら、桜の肛門を広げていく。  
 桜は絨毯を拭くこともできず、ただ歯を食いしばって堪えた、痛みを。  
 膝を立てていることすら辛い、だが強張った体は、体勢を帰ることすら出来ず。されるがまま。  
 そして、左手と右手の指が、左右に肛門を押し拡ろげ始めた。  
「――――――っ!!」  
 声すらあげられない。  
 強引に拡げられていく肛門は、包丁で切ったときのような痛みをあげ。それは、不思議と快楽に思えた。  
 
 背筋を貫くような痛み、その後に残る感触が気持ちよかった。  
 強い強い痛みは、弄るようなクリトリスの刺激より、遥かに桜の肢体を悦ばせ。桜の脳を蕩けさせた。  
 ぽたり、  
 桜の女の部分から、涎が零れ落ちた。  
 桜は痛みを与えるために、自らの肛門をかき回し、深く深く指を入れ、肛門の肉壁を、指先で刺激しては、ないた。  
 静かに空気が漏れる音がし、波が訪れた。  
 力の篭っていた下腹部、それを身体が勘違いし、その波は――  
 
***  
 
 冥い室内に、くすり、くすり、くすり、と笑い声が漏れていた。  
 電灯もつけず、その室にある光源は一つ、パソコンの画面のみ。  
 その画面には、五つのアングルから、独りの女を映した映像が流れていた。  
 笑い声は、その女へ向けてのものだった。  
「桜さん、だらしないなぁ」  
 笑い声の主――夏樹は、自分のクリトリスを弄りながら。画面に映る女――桜を嘲笑する。  
 いや、正確に言えば。  
 ある目的により、桜の部屋に監視カメラをしかけた夏樹は、桜が自慰するのをみながら、それをオカズにして自慰していた。  
 桜の姿態は、ティーンズ向けの漫画にあるような綺麗なオナニーではなく、とても汚らしく、浅ましいもの。  
 しかし、その姿こそが桜の一番美しい姿だった。  
 欲望そのままに指を動かし、欲情そのままに喘ぎ啼き、情欲そのままに自慰に耽る。  その姿は、とても昼間の桜と同一人物とは思えぬほど狂っていて可愛らしくて女の子で。  
 夏樹は、この桜が欲しいと思った。  
 目の前でオナニーさせたいと想った。  
 桜の火照った体を抱きしめ、嬲りたいと想った――しかし女同士の身では、責めることも容易ではない。  
 道具が要る。  
 なにか、なんでもいい、桜を喘がせれるなら、どんな高価な物でもいい、道具がいる。  
 桜の綺麗な淫靡の身体を、男に触れさせてはならない。  
 どんな手段を使ってでも、  
「だから、」  
 
 
 
つづく  
 

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