夜。
月も出ず、星も光らぬ曇り空。
小学生の頃に、父に買ってもらった机とセットの椅子に座り、空を眺めながら。一人、少女はため息をついた。肩を掴み、腕を回しながら。
その動きだけをみると、まるで三十を越した生活疲れした女かのような動きだが。
少女は今年でようやく十四。そうした動作はまだまだ似合わない年頃。
極め細やかな肌は、まるでシルクのような手触りで。艶やかな、と表現するには、些か色気は足りないものの。その肌の美しさは、まるで作り物のようだ。
その肌は、今は微かに上気し、ほんのり桜色に染まっている。風呂上り。
それも、最近クラスメイトから手軽にダイエットするなら、食事制限よりも半身浴の方が良いと聞き。
実行に移しているため、この一時間半程、浴槽に浸かりっ放しだったのだ。
窓辺にいるのは、多少のぼせたので、身体を冷やすためである。
長い黒髪も、暑苦しいという理由で、大きく一房にまとめられ、馬の尾のように垂れ下げている。
明日の予習をしようかと、取り出した教科書は団扇代わりに。
寝巻き代わりに着ている空色のスパッツと。ツーサイズ大きい、白地に英字で取り立て意味のない英語のプリントされたTシャツ。
だぶだぶのTシャツの胸元をずりさげ、はためかせる。
その光景は、この部屋に他に誰もいないからできる動きだ。
そうでなければ――他に人がいれば、こんなことはできないだろう。
何故なら、はためかす度に、年齢の割りに育ち過ぎた乳房が大きく露出し。
視るものがいれば、こぼれてしまうのではと、余計な心配をしてしまうほどその動きは大げさだ。
それだけ暑いということであるが、流石に自室とはいえ全裸で過ごすような度胸は彼女にはない。
……いや、一度したことはあった。
しかし運悪く、父親に見つかってしまい。半時間の説教と。一週間のあいだ父娘間に、奇妙な緊張感が生じた。
後に、父は娘に
「しかし、大きくなったなぁ」
と、感心した旨を伝えてしまい。
一ヶ月の冷戦状態へと移行してしまった。
けれど、実際、少女の胸は、少女と言うには憚られるような豊かさだった。
小学生の頃にはそんなに大きいとは、自身感じていなかった。
変化は中学生になってから訪れた。
ただ走るだけでも、揺れに対応できず胸の付け根に痛みが走り。
一ヶ月前の下着が着けられなくなり。
身体測定の度にクラスメイトたちがどよめき、いつのまにかどれだけ成長するか、賭ける者まで現れる始末。
両親に連れられて、パーティーに出ると、大人たちの視線が少女の豊かだが発展途上の乳房に遠慮なく向けられる。
それを理解しているのか、いないのか――おそらく前者であろう――母は、胸元が大きく開いたドレスを少女のためにオーダーメイドした。
少女の体格で着られるようなドレスには、そうした淫靡なものがなかったためである。
殆ど乳頭に引っ掛かっているだけ、といったドレスは、黒いシースルー地に蔦が這い回るようなデザイン。
その下に、超ミニの肌と同じ色のドレスを着ているのだが。
傍目にはどうみたってそれは、シースルードレスだけを着せられているだけのように見えて。
鏡で自分の姿を見た少女は、卒倒しかけた。
蔦模様で乳輪や乳首が隠れるようなデザインのせいか、それ以外の部分は、黒い網目模様越しに丸見えにしか見えない。
少女は、泣いて懇願しようと想ったが。
他ならぬ母――おそらく、永劫無限、肉体言語による語り合いをもってしても妥協してもらえぬであろう相手。
少女は仕方なく、そのドレスを受け入れ、三時間もの間羞恥の際に立たされ続けた。
しかし、そのおかげで――というのもアレであるが――父の会社は以前より大きくなってきている……らしい。
らしいというのは、少女は話に聞くだけで、実際の経営状況などさっぱり分からないからだが。
真実。少女の父の会社は伸びていた、それこそ少女の胸の成長に比例するが如く。
魅力的であり、そうした面で役にたつ胸ではあったが。
持ち主である少女にとっては、悩みのタネである。
魅力的――ということは、それだけ他人の視線や好奇をひきつけるということであり。
なにより、その肉体的負担は判り易い形で少女を悩ませている。
肩こりである。
中学にはいってからずっととはいえ、その豊かな胸が在る事に慣れる事などあるわけもなく。
この二年というもの、少女は肩こりで悩まされ続けていた。
しかし、それも、耐えられる程度ではあった。
だが、ここ二週間ほど、テスト勉強で机に向かいっぱなしだったためか。その痛みが、最大級の波に乗ってきていた。
少女は自分で自分の肩を叩いたり、揉んだりしながら、やりすごそうとしたが――うまくいかない。
半身浴している間も、胸を着けている方が楽なのだが、それでは半身浴にならないため我慢して、そのウエイトに耐えていた。
少女は重たい胸を、とりあえず机の上に乗せ――息を吐いた、が。ずっとこうしているわけにもいかない。
どうしたものかと唸っていると。
「失礼します。お夜食を御持ちしました」
部屋の外から声が聞こえた。
そういえば、と少女は思い出した。お腹が減ったから、夜食に何か軽いものを頼んでいたことを。
最近、お腹が少しばかり、ぷにっとしているが。
それとこれとは、無関係だ。食べることを我慢するストレスで、太るくらいなら、食べて太った方がましだ。
妙なところで男気溢れる少女である。
しかし、つい数分前のことを忘れていたとなると、その痛みは深刻だ。
時間、約束をついつい失念してしまうほど、痛みに意識がいってしまっている。
勉強に集中できないのも、痛みのせいだと想われる。
部屋に入ってきた、古式ゆかしいメイド服の女は一礼した後。
「なにをしているんですか」
少し、気安い口調で声をかけてきた。
少女の姉のような年齢のメイドには、少女も気を許し。多少の越権くらいは目を瞑るようになっていた。
その証明として、メイドが運んできたトレイの上には二人分の夜食が乗っていた。
トレイを机の上に置くと、気まずそうに笑う少女へ、メイドは言った。
「折角いい形してるんですから。そんなポーズしていると、潰れてしまいますよ」
言われて
「うん、それは、そうなんだけどさ」
何時の間にやらつっぷしていた頭を上げ、肩を竦めた。ズキンと肩が痛んだ。
「重たくて。桜さんに分けてあげたいよ、ほんと」
桜/メイドは目を細めると。
「自慢ですか」
にっこり笑った。
少女はにっこり微笑み返すと。
「うん、自慢」
二人の間に、僅かに嫌な笑いが流れたのも束の間。少女は、はぁとため息をついた。
「ってのは冗談だけどさ。ほんと、重くて嫌になる、肩こってすっごい痛いし」
メイドはできるだけ自分の胸を視界にいれないようにしながら、(この際、彼女の胸が視界にはいるような立派なものでないのは、敢えて説明は省く)言った。
「しっぷ貰ってきましょうか? 一時しのぎですが、楽になりますよ」
「うー、でもさ、あの臭い嫌いなんだよね。なんか年寄り臭くて」
「そんなこといってるくらいの余裕があるなら、大丈夫ですね」
とは言いながらも、メイドは妹のような少女/仕える家人/夏樹の背後に廻ると。
言われるまでもなく、肩を揉んでやった。
夏樹の肩は、まるで岩のように硬くなっていた。
「う〜〜、きもちぃぃ」
蕩けた声を出しながら、夏樹は桜が持って来た夜食に手を付けた。
今日は肉まんだ。
「あ、こら、一人で食べない」
「はいはい、ちゃんと桜さんにもあげますよーだ」
そう言って夏樹は、もう一つの肉まんを掴むと、頭上に振り上げ。大体の位置に固定した。
「はい、あーん」
そう言われ
「まったくもう」
と言いながらも、桜は夏樹の手に握られた肉まんにかぶりついた。
***
肉まんを載せてきたトレイと食器を片付けると、メイドは湿布を持って帰ってきた。
「えー、要らないって」
「だーめ、これ以上痛い思いしたくないでしょう?」
「それは、……そうだけど」
「なら、抵抗するな――ってね」
しかし、夏樹は心底嫌そうな顔をして、桜を見上げる。
確かに、この年頃の少女ならば、こうした臭いが身体につくのを嫌がるのは理解できるが。
それで、身体を壊されては、元も子もない。
だから、心を鬼にして、貼ろうと決めた、が。
「そうだっ」
突然、少女は声を上げた。
「どうしたの?」
「この痛みはさ、胸からきてるんだから、胸を揉めばいいんだよ」
夏樹は自信満々にそう叫んだ。
……
…………
通夜のような沈痛な面持ちで妹のような主を見つめて、桜は言った。
「前々から胸に栄養取られてるとは思ってたけど……まさかここまでとは……」
「えー、駄目かな?」
桜はこめかみを人差し指で押さえながら、できるだけ言葉を噛み砕いて言った。
「だって、肩こりはその胸の重さからきてるんでしょう? なら、揉んだ所で、どうしようもないじゃない」
「……そうかな」
一瞬自信を失いかけるが、流石そこは○○、直ぐに立ち直ると。
「試してみないと分からないよ」
そう言って、桜へ胸を突き出した。
桜は半笑いの顔で、硬直した。
「……私が揉むの?」
「うん」
「うんじゃなくて、なんで……」
言おうと思った言葉は、しかし、満面の笑みの前に敗北する。○○には勝てない、といったところだ。
桜は、はぁとため息をはくと。
「じゃあ少しだけね」
といって、椅子に座る夏樹へ手を伸ばした。
「お願いね」
そうはいっても、胸を揉んだ経験などなく――というか、あるわけもなく。
どうやって揉んだものかと、悩んだ末。
正面から、掴んだ。
「うわ」
思わず、声を上げてしまった。
「どうしたの?」
「……い、いえ。なんでもないわ」
桜は誤魔化した。
まさか、胸が思った以上の弾力で驚いたなどと言えるわけもなく。
できるだけ、平静を装って、胸を揉む――というより、掴む。
胸が大きすぎて、正面からでは掴むことはできても、胸を手の中へ収めることなど出来なかった。
だから、前半分だけ、もにゅもにゅと揉んでいると、突然夏樹が笑い出した。
「そ、それじゃ、くすぐったいよ」
「そうなの?」
よく分からない。
ならどうしたらいいのだろうか?
桜が困っていると、夏樹は言った。
「後ろからの方が揉みやすくない、かな?」
「あ、ああ、そうね。そうしましょう」
桜は手を離すと、足早に夏樹の後方へと廻った。
見下ろして、改めてあることに気づく。
だぶだぶのTシャツから覗く、乳白色の盛り上がりと深い谷間。
桜は、何故かごくりと喉を鳴らしてしまった。
それに気づかれないように、手を伸ばし、下から押さえるように掴む。
再び、声を上げそうになる――が、堪える。
今度の驚きは、その重さだ。
重たいというだけでなく、その感触はずっしりとしていて、手に馴染み、ダイレクトに重さと詰っている感触を教えてくる。
揉むどころではない、支えるのだけでも、大変な重さだ。
しかし、手の動きを止めていては、またどんな注文をつけられるか分からないので、手を動かす。
ゆっくりと、わざとではなく。重さにはまだ馴染めぬ手には、そうとしか動かしようがなかった。
手を動かすたび、胸は形状を適合させ、形を変える。
それが、少し愉しくて――しかし、直ぐに思い直す。自分はなにをしているのだろう、と。
そう、自らを戒めなければならぬほど、お嬢様の胸弄りは愉しかった。
もともと、胸が大きい子に憧れていた。
胸を大きくしたくて、そうした器具も買ったし、インチキ体操もやった。牛乳だって毎日飲んでいる。
しかし、それでもぺったんこなままの自らの胸に深い絶望と。まだ十四なのに、随分豊かな夏樹へ、どうしようもないほどの羨望。
もう望みはない――そう知りながらも、憧れてしまう胸に触れているからかも知れない。桜の理想系に触れているからかもしれない。
なにより、妹のような主の胸を揉んでいるという、異常で或いは冗句なシチュエーションに興奮しているのかもしれない。
とにかく、桜の手は次第にエスカレートしていった。
夏樹の豊か過ぎる胸は、Tシャツの襟からこぼれ落とされそうなほど、揉まれる。
桜はそれでも平静を装うが、手の動きはどこまでも正直だ。貪欲なまでに、夏樹の胸を揉み潰す。
揉み、二つの胸を擦り合わせるようにしたり、思い切り引っ張ったり。
明らかに当初の目的を忘れていたが、夏樹は悲鳴も上げず、健気にも耐えた。
「ほんと、おおきいぃなあ」
ぶつぶつと、桜は呟く。心の声が、自然と唇からこぼれてしまっていた。
「なんでこんなに大きいんだろう」
ぶつぶつに合わせて、手の動きは次第にエスカレート。
もはや、マッサージなどではなく、性交の際でもこんな激しくは揉まないだろうとばかりに桜は揉む。
「いいなあ、おおきいなあ」
先ほど、健気に、といったが。それは、訂正しよう。
夏樹は大人しく耐えている。
以前から、気づいてはいたことだった。桜が胸にコンプレックスを抱いていることは。
最初に気づいたのは、夏樹が洗濯に出したブラを、こっそりと桜が服の上からあてがっているのを視たことだ。
それも一度ではない、何度も。
その度に、桜は重いため息をついたり、舌打ちしたり。
それに、夏樹が着替えるときに居合わせると、まるで呪い殺さんばかりに睨んでくるのに気づいたからである。
だからといって、桜は仕事には手を抜かず。しっかりとメイドとして、働いてくれている。
だから、忘れていた。
桜が夏樹の胸を羨望し、自らの胸も大きくならないかと渇望し、しかしそうはならない事実と現実に絶望しているということを。
だから、こうしてまるで、憎しみを叩きつけるように揉まれるのは、自業自得だ。自分の責任だ。気の済むまでもませてやろう。
――しかし。
夏樹は、自らの体内に、脳内に、胎内に、不思議な昂ぶりを感じた。
それが、なにかは、夏樹にはよく解らなかったが――それでも、それが『とてもいいこと』なのは理解できた。
何故なら、風呂からあがってから大分経っているのに、身体が焼ける様に熱いから。
何故なら、耳に聞こえるのが、桜のぶつぶつと吐息、そして自らの吐息のみという透き通った感覚の中。
それだけが、とても激しい。
胸を揉まれているだけ――それだけなのに、気持ちよかった。
これまで、夏樹は胸を揉むという行為は、揉む側が一方的に気持ちいいのだと考えていた。
そうではなかった。
揉まれる側、も、気持ちいいのだ。
よくも悪くも、肉体的に乱暴されたことなどなく、父親にぶたれたことだってない夏樹にとって、ここまで乱暴されるのは初めてで。
それも、言えば下着の着替えだってしてくれる、あの優しい桜が、である。
夏樹は、桜のしたいように、させた。それはもう、マッサージなんかではなかった。
しかし、愉しい時間とは、唐突に終わる。
桜は興奮し常軌を逸した頭で、手をTシャツの中へ入れ、直に胸を掴んだ。
熱を帯びた乳房は、汗をかき、しっとり湿り気をまとう。
吸い付くような肌の感触、暖かな乳房。衣服という枷が解かれ、その手の動きは更に激しくなり。
夏樹は思わず
「は……ンン……ふぁ、あああっ」
声を上げた。
――と、突然、手の動きが静止した、硬直した。
むにっと弾力のある柔らかい肉を掴んだまま、手が動きを止めた。
しばらくして
「えー、と」
桜が呻き、手が離れ、身体が離れ。
夏樹の正面へ廻った桜は、床に膝を付き、頭を付け、土下座すると。
「す、すみませんっ。調子に乗りましたっ」
謝った。
服もよれよれの夏樹は、どう答えたものか、考えに考え。
「な、なんのことかしら」
白々しくもいった。
「マッサージしてくれただけじゃない、気にしないで」
だから、と。
「明日もお願いね」
顔をゆでだこみたいにしてそういうご主人様に、桜は
「はい」
と答えた。
「明日からは、生で揉んでいいですか?」
「……少し、なら、ね」
おしまい