そわそわと落ち着かない仕草で、八坂明は谷川家の門前にいた。  
 腕時計を見れば、時間はすでに七時半。二人のいつもの登校時間だ。  
 いま少年の思考を占めているのは、この近所の家に住む少女のことだった。  
 二人はともに育ち、ともに過ごし、ともに戦って大いに暴れてきた。十年来の幼馴染みだった二人は、互いに無二の相棒といえる強い信頼と友情の絆で結ばれていたのだ。  
 しかし昨日、その関係に永遠の変化をもたらしかねない事実が――谷川千晶が八坂明を含めて周囲に対して隠し続けていた秘密がひとつ、思わぬかたちで明らかになったのだ。  
 そして二人は戸惑い、混乱し、互いに思いをぶつけ合って、そして最後に――ほんの少しだけ新しく、その関係を結び直した。  
「千晶……」  
 今も両の手のひらに残る昨日の感触を思い起こして、少年はもやもやとした罪悪感と熱っぽさを覚えながら、その手を見つめて呟いた。  
 一晩経ったいまでは、夢だったようにも思える。果たしてあれは、本当の出来事だったのだろうか?  
 だって。あの千晶がいつの間にか、あんなにも大きくて、重たくて、きれいで、エロい……  
 明の背後で、不意に玄関の扉が開いた。誰かが軽快に駆け出してくる。  
「あっ。明、おはよう!」  
「よ、よう。おはよう、千晶――」  
 挨拶に応じて振り向きながら、明は思わず絶句した。  
 そこにいたのは他ならぬ彼の、十年来の幼馴染みだ。  
 まっすぐな癖のないショートカットの黒髪が、いつものように朝の光を宿して輝いている。  
 その活発な気性を表すように、見慣れたハーフパンツからはすらりとした健康的な脚が伸びて、昨日は必殺の跳び蹴りを繰り出したバスケットシューズの爪先が、トントンとコンクリートを叩く。  
少女のそれよりも少年らしい稚気を宿した大粒の瞳は、今日もみずみずしい精気に溢れている。  
 そこにいたのは、いつもどおりの谷川千晶だった。  
 ――ただ一点、その上半身だけを除いて。  
「よ、よう……千晶。その……」  
「なに? 明」  
 ん? と小首を傾げてみせた千晶を前に、下腹にむずがゆいような熱を感じて、明は正対すまいと斜に構えた。  
 今朝の谷川千晶が、今までと決定的に異なる点。  
 いつも活動的でユニセックスな衣服を好む彼女にしては珍しく、女性的な上着、ゆったりとした白いブラウスの胸を、巨大な隆起が押し上げている。  
『六年三組 谷川千晶』の名札は胸板から十センチ以上は前へと大きく押し出されて、さらに背負ったランドセルがブラウスへ掛けるテンションが、千晶の胸にその豪奢な曲線を際だたせていた。  
 射し込む初夏の朝の光の下で、明が目を凝らせば、白いブラウスの下にはブラジャーのカップや肩紐の影がうっすらと浮かんでいるのが見えそうだった。  
「ん? 明……どうしたの?」  
「え……? あ、ああ! いや……、な、なんでもねえよっ!!」  
「?」  
 不思議そうに目を瞬かせる千晶から視線を引き剥がし、明は半ば強引に歩きはじめた。  
 すぐに千晶が追いつき、二人は並んで通学路を歩いていく。  
 ――夢じゃ、なかった。  
 弾む心臓を意識しながら、明はちらりと横目を送る。グレープフルーツでも二つ詰め込んだような見事な隆起が、歩く度に少しずつ、やわらかそうに上下へ揺れている。  
 昨日までペチャパイの子どもと信じ込んでいた幼馴染みの胸は、今ふたたび確かな現実として、彼の眼前に存在していた。  
 唾を呑む。  
 明本人としてはさりげなく送っていたつもりの、その熱心な視線に気づいてか気づかずか、明るい調子で千晶が話しはじめた。  
 
「あのね。昨日あれから、お父さんと話したの。ボクの胸のこと」  
「おじさんに……どうだった?」  
「『なんで今まで言わなかったんだ!』ってちょっと怒られたけど、最後には百貨店に連れてってくれた。そこで初めて、コレ買ったんだよっ」  
 何を? と思ってちらと横目をやった明は、思わず噴き出しそうになった。  
 千晶はブラウスの襟元を大きくはだけて、レースが刺繍された白いブラジャーのカップと紐を、惜しげもなく明の眼前へ曝していたのだ。  
「ちょっ!? おっ、おま……バカ、こんなところでやめろ、やめろって!!」  
 言いながら、明は慌てふためいて周囲を見渡す。幸い近くには誰もおらず、今のきわどい光景を見られはしなかったようだ。  
 それでも明は顔をしかめて、千晶に苦言を呈した。  
「お前なあ、こんなところでなに考えてんだよ!? もう少し、よく考えて……」  
「考えてるよ」  
 しかし千晶は落ち着いたまま、明へ向かって優しく微笑む。  
「もう、タオルで無理矢理押し潰してまで隠したりなんかはしない。これからボクは自然体で行くんだ。だけど、明以外の男子や他の人には、ボクの胸は見せたり触らせたりなんかしないよ。昨日決めたの」  
 ……俺は、いいのか。  
 その言葉で、またも頭と下腹に血が溜まる。頭を振って、どうにか片一方は追い払った。  
 落ち着け。落ち着け、俺。  
 千晶がそんな風に言っているのは、自分が彼女の一番の喧嘩友達であり、相棒だからで、その自分が千晶の乳房の状態を知っておくことが、これからも続く二人での闘いの日々に必須だからだ。  
 千晶は決して、これを男女の仲というような文脈の上で言っているわけではないのだ。  
「そ、……そう、か」  
 しかしそうは分かっていても、なお妙に照れくさく、嬉しいような恥ずかしいような気分に捕らわれながら、明は話を先へ進めた。  
「で? どうなんだよ。それを着けてみた感想は」  
「ん……」  
 明の質問に、千晶ははじめて少し眉を寄せた。  
「……本当はね、店員さんと話してみて分かったんだけど、ボクはスポーツブラジャーっていうのが欲しかったの。それは全体が伸び縮みする素材で出来てて、胸全体をぎゅうってしっかり捕まえて、運動しても揺れないようにしてくれるんだって」  
「へえ。そりゃいいな」  
 しかし今、千晶が見せてくれたのはごく普通の、白いフルカップのオーソドックスなブラジャーだった。  
「でもそのときお店に、ちゃんとボクの胸に合うサイズがなかったの。だから取り寄せになります、って言われてお願いしてきたけど、届くまではしばらくかかるから……。それまでは、これで我慢するんだ」  
「サイズがない、か……」  
 何気ないことのように呟きながら、明の中に好奇心が渦を巻いた。  
 昨日のグラビア面をはじめとして、彼が好むあらゆるエロメディアに溢れていた、乳房のサイズを表す記号。  
 昨日までの明にとって概念上の存在に過ぎなかったはずのそれは今、親友の身体の問題として現実に出現した。  
 昨日の浴室で彼の手のひらに弄ばれたあの乳房は、どの位置にあるのだろう?  
「千晶のそれ、サイズはいくつだったんだ?」  
 だから何気ない風を装って、明は千晶に訊いてみた。  
「んーと、……これは……ね……」  
 千晶はどこか、遠い空へ向かって視線をさまよわせる。何かを思い出すときの彼女の癖だった。  
「あ、そうそう。じー。店員さん、ボクのはじーかっぷ、って言ってた」  
「じっ……Gカップ!?」  
「うん、Gカップ。よく分からないけど……おっきい、のかな?」  
 ランドセルの左右の負い革に引き絞られたブラウスの上から、その強調された膨らみの下へ千晶が両手を添えて支えてみせる。  
 重量の負担が肩紐から両手へ移って、白いブラウスとブラジャーのGカップ、二枚の布地が包むたっぷりとしたその中身が、千晶の十指へ少し沈んだ。  
「でもやっぱり、これじゃ間に合わせだね。何にも着けてないよりはいいけど、どうしてもけっこう揺れちゃうし、下手したら胸からカップがぜんぶ外れちゃうよ。……昨日の人間酸素魚雷みたいなのは、撃てそうにないね」  
「そうか……大きな喧嘩は、そのスポーツブラジャーってのが届くまでお預けかな」  
 
「別に気にしなくていいよ。本当にどうしても必要なときは、そのときだけ今までみたいにタオルで縛って潰すから」  
「――それはダメだ!」  
「え?」  
 明の強い即答に、千晶が目を丸くする。  
 明の脳裏では昨日の浴室で、彼の掌中で自在に変形させた、あの白い大きな肉塊の像や感触が甦っていた。  
 千晶の乳房は、至高の芸術品だ。  
 あんなに柔らかくて美しいものは、あくまで優しく丁寧に守られ続けるべきなのだ。乱暴に押しつぶしてしまうなんてとんでもない。  
 形を整えるブラジャーのカップの中へ丁寧に包みこんで、千晶の乳房がこれからも美しく健やかに育っていけられるよう、最高の守りを与え続けなければならないのだ。  
「あれは痛くて苦しいんだろ? それに、ありのままで行く、って昨日決めたんだからさ。スポーツブラジャーが届くまでは、俺が全力でフォローしてやる。だからもう、あんなことはしなくていいんだ」  
「…………。うん。わかった」  
 千晶もそれで得心したように、こくりと頷いてみせる。  
「じゃあ後で、このブラジャーでもどれぐらい動けるか、二人で実験しないとダメだね」  
「そうだな。放課後ぐらいに、人の来ないところで試してみるか。――それより」  
「うん……」  
 放課後の話題が出たことで、二人の思考は同じ場所へ向かった。千晶の表情が暗くなる。  
 今まで必死に押し隠していたそのバストの秘密を、昨日見られてしまったのをきっかけに、目撃者の明へ、そして父へと明かした千晶。  
 だが彼女はこれから、それをクラスメイトの皆や教師へも明かさなければならないのだ。  
 平均的な胸だと思われていた女子小学生が、一夜にして驚異のGカップ巨乳少女と化した。傍目には、常軌を逸した不自然な激変にしか見えないはずだ。どう説明すればいいのだろう。  
 不躾な視線を注いでくるものも、冷やかしをかけてくるものもいるだろう。嫌がらせを受けるかもしれない。  
「千晶」  
 暗い思考の途中で名前を呼ばれて、びくりと千晶は震える。  
 顔を上げれば、そこに幼馴染みの相棒が微笑んでいた。何があっても信じられる、最高の友情で結ばれた親友が。  
「大丈夫、気にすんな。お前には、俺がいるだろ?」  
 昨日の浴室で、力強く誓ってくれた約束を思い出す。何があっても、必ず一緒にいるから――。  
「明……」  
「それに何たって、味方は俺だけとは限らねえぞ」  
「え?」  
 目を丸くした千晶に、明は不敵に笑って告げた。  
「ほら、学級委員長の国東真琴(くにさきまこと)。普段は融通利かない堅物だけど、こういうときは頼れそうだろ?」  
「あ……!」  
 失念していた、とばかりに千晶が声を上げる。  
 明と千晶の二人が属する六年三組。その学級委員長を務める少女が、国東真琴だった。  
 親が警察官だという真琴は熱心に柔道場へ通う強者であり、また同時に品行方正で真面目な優等生で、教師たちからの信頼も厚い。  
 彼女はその立場と性格ゆえに、西小学校の悪童たちの中核であり、あちこちで喧嘩やいたずらで騒ぎを起こしてばかりの千晶や明と、今まで頻繁に衝突してきた。  
 これまで数度の激突で、二人ともその実力は承知していた。国東真琴は決して侮れない、最高クラスの強敵である。  
 感慨深そうに千晶は呟く。  
「そっか……。委員長の、国東さんかあ……」  
 しかし同時に、厳格に正義と公平を旨とする彼女は、千晶の胸のことが周囲へ自然に受け入れられていくまでの間、周囲へきつい睨みを利かせる強い味方にもなってくれるだろうと期待できた。  
 それに、もうひとつ期待できることもある。  
「千晶ほどじゃあないにしろ、あいつもけっこう胸でかいからな。ちゃんと話せば、いろいろ相談に乗ってくれるんじゃないか?」  
 
 職員室から六年三組の教室へ向かう廊下を、プリントの山を抱えながら一人の少女が歩いていた。  
 解けば肩より長くなる黒髪は、今は後頭部にきつく結い上げられている。丸メガネの奧には強い意志をたたえた光が宿り、背筋をしゃんと伸ばして力強く、威風堂々と歩いていく。  
 身長は160センチに達し、小学六年生としてはかなり長身の部類である。四肢はしなやかで動作は力強く、その全身には凛とした戦う美少女の趣がある。  
 そして、その外見を大人びたものにする一助をなしている、ブラウスの上に重ねたベストとタイトスカート。  
 さらにそのベストに包まれた胸は、はっきりそれと分かるだけの女性らしい膨らみを示していた。  
 今日、六年三組担任の教師は出張のために不在だった。隣の六年二組の担任が適宜に顔を見せてはくれるようだが、基本的には丸一日の自習となる。  
「――でも、国東さんがいてくれれば心配ないわね」  
 そう言いながら、自習教材のプリントを渡してくれた女教師のことを思い出す。  
 そうなのだ。自分、国東真琴は六年三組の秩序の守護者だ。  
 丸一日の自習と聞けば必ず、クラスの悪童どもが課題もやらずに好き勝手に暴れだすだろう。先生の居ない間、自分が教室を守るしかない。  
 中でも最大の強敵は、八坂明と谷川千晶だ。二人とも元気の有り余った悪童で、喧嘩ではこの小学校でも最強と言われている。  
 数度の手合わせで、真琴もその手強さは認識していた。まだ一対一なら勝機があるが、二人いっぺんに来られたらまず勝ち目はないだろう。  
 とはいえこれまで、真琴がこの二人と同時に戦ったことはない。悪童たちの武勇伝の中では無類の破壊力を誇るという明・千晶の連携攻撃は、単身で挑む真琴相手には一度も使われたことがないのだった。  
 おそらく、それには彼らなりの美学が関係しているのだろう、と真琴は思っている。  
 例えば、それを使うのは圧倒的な多数や強敵が相手の時だけで、同格の相手にはたとえ苦戦を強いられても。決して使わない、とか……  
「――それでよぉ、とにかく滅茶苦茶スゲかったんだよ! ったく、お前らなんで来なかったわけ? 昨日の戦争、あれは一生の伝説モンだったってのによ!!」  
 気がつけば真琴の耳に、聞き慣れたクラスメイトの男子の得意げな大声が入っていた。  
 彼女はもう、六年三組の教室の入り口にさしかかっていた。教室の入り口近くで机に座り、唾を飛ばして喚いている男子に厳しい視線を据える。  
「東小の奴らと俺たち西小軍団で、合わせて百人近くはいたんだぜ! ほれ新しいコンビニ、新しいコンビニ出来たろ! あそこの縄張り巡ってよぉ、上の中央公園でドデカい戦争やってきたのよ!」  
「高橋くん」  
「それで最後の最後になってな、東小の奴ら、シバケンの兄貴担ぎだしてきやがんの! ほれ、あの新聞の地域欄に載ってた、中学柔道部の看板選手!」  
「高橋くん」  
「あっという間に、みぃんなそいつにやられちまってよー。もうダメか、って思ってたときに、あいつらが来てくれたんだ。――そう、西小の救世主、明と谷川の二人だよ!」  
「高橋くん」  
 三度呼びかけても反応がない。真琴は表情をさらに厳しく引き締めた。  
 しかも話の内容を聞いてみれば、その登場人物は市の柔道教室での先輩と、今まさに危惧していた二人組である。  
 真琴は思いきり強く、その男子の肩を引っ張った。  
「おあっ!?」  
 柔道を通じて身体の操り方を学び、よく鍛えられてもいる真琴の腕は、いとも簡単にその男子を回転させながら引きずり下ろした。  
「うっ、あ……い、委員長……っ」  
「机の上に座らない。行儀が悪いでしょう」  
 大人びた長身の美少女からきつい視線で見下ろされて、思わず男子は怯んで下がる。  
「しかも、また大きな喧嘩なんかをやってきたの? 馬鹿みたい。もう来年は中学生だっていうのに、いつまで子どもみたいなことをやっているつもり? 現実を見なさい」  
「ああ!? んだよ、うっせぇな! どけよっ!!」  
 真琴の毅然とした態度に怯みながらも、それでも意地になってその男子は抵抗した。  
 しかし掴み掛かろうと出したその手を、真琴はいとも簡単に捉えてねじり上げてしまう。  
 
「あっ。あっ、あああっ、痛、痛え、痛ええええええ!!」  
「痛いの? でも昨日あなたに公園で殴られた子は、もっと痛かったでしょうね。――暴れてばかりいないで、その元気をもっと生産的な方向へ使いなさい!」  
「わっ、分かった! ギブ……分かったから委員長ギブ、ギブギブギブ! 離して、離してってばあ!!」  
 先ほどまでの強気もどこへやら、泣き言をわめいて暴れる男子を、真琴は数秒ののちに解放した。  
「だ、大丈夫か!?」  
「ち、ちっくしょー、国東の奴……!」  
 腕を押さえながら、数人の仲間とともに悪態をついて自分の席へ逃れていく彼を見送りながら、真琴は近くの席に置いたプリントを抱え直して教壇に向かった。  
 そのとき廊下側のガラスの向こうに、いつものように二人連れだって登校してきた千晶と明の顔が見えた。  
「噂をすれば影、か」  
 冷たく呟いて、真琴は次なる敵へ向き直る。静かに気合いを入れ直した。  
 決断した。八坂明と谷川千晶へ昨日の大喧嘩とやらを咎めて、出会い頭に勝負を仕掛ける。先生不在の今日一日じゅう、浮ついた教室の平和と秩序を守るにはそれしかない。クラス全員へ、自分の意志を見せつけてやる。  
 しかし、もしここで自分が敗れるようなことがあれば、六年三組の秩序は失われてしまう。失敗は許されなかった。  
 呼吸を整えて気を高めつつ、国東真琴は強敵の襲来を待ち受けた。  
 だが、彼らの到着に気づいた別の男子が、昨日の英雄たちの到着に気づいていた。彼は喜色を浮かべ、先んじてその入り口へ駆け寄っていく。  
 戸が開いた。  
「おー! 明、谷川! 昨日はホンット、お疲れさ……ん……な……?」  
 一番の出迎えに立ったその男子は、目を丸くして立ち止まる。  
「えっ……?」  
 彼だけではなかった。男子も女子も、その教室にいた全員が例外なく、その一カ所を凝視した。  
 昨日までの二人と、明らかに異なる箇所。――すなわち、谷川千晶の胸を丸く大きく押し上げている、あまりに豊かすぎる膨らみに。  
 八坂明にエスコートされるようにして、おずおずと教室へ入ってきた谷川千晶は、ほのかに恥じらいの表情を浮かべながら、その全身を衆目に晒した。  
「な……」  
「なに、あれ……」  
 度肝を抜かれた児童たちのうち、最初に立ち直れた者から順に、目の前の異常事態に対する判断基準を求めて互いの顔を見渡す。  
 ここで同級生たちの反応は、はっきり二つに分かれていた。  
 ひとつは、これをいつもの二人のいたずらだと判断した一派。  
 八坂明と谷川千晶は喧嘩の強さで有名だが、それ以外でも面白そうなイタズラにはなんでも一通り手を出している。  
 これまでも、思いもつかないイタズラで周囲を混乱させたり、受けを取ることがしばしばあった。  
 だから、きっと今回もそれだろう。  
 ボーイッシュで腕っ節も強い谷川千晶は、よく男女とからかわれている。本人は大してそれを気にする風でもなかったが、今回はそれを逆手に取って、彼女に女らしすぎる巨乳の変装をさせることで受けを取ろうとしているのだ、というのが彼らの解釈だった。  
 残る一派は目の前の情景から、そうした作意を感じ取らなかった。いや――感じ取ることが出来なかった。  
 かすかな恥じらいを帯びた表情で、心なしか胸の膨らみをかばうように腕を構えながら、周囲の様子を不安げに窺う、まるで小動物のような少女。  
 その行動は、同級生たちがよく知る普段の彼女とは、一八〇度反対の姿だった。  
 それは今まで誰も見たことのない、まったく新しい谷川千晶だった。  
 かわいい――心の底では前からそう思っていたのに、いつもの力強くてボーイッシュな態度に押されて下しきれなかった谷川千晶へのその評価が、ここで一気に表面化した。  
 そのかわいい女の子の胸に、巨乳としか言いようのない豊かな膨らみがたわわに実っている。白いブラウスの下で大人びたブラジャーに包まれながら、柔らかそうに揺れているのだ。  
 十分すぎた。小学六年生の男子たちと、それに少なからぬ数の女子の心を奪ってしまうには、そのインパクトは十分すぎたのだ。  
 
 千晶が昨日までは胸など無いに等しいぺたんこ少女と認識されていたことなど、彼らの頭からは綺麗さっぱり吹き飛んでいた。  
 これら両者のうち、男子全員と女子の過半数が、完全に千晶に魅了されてしまった後者に属した。  
 二人のいたずらであるという可能性を考えた前者は、女子の一部に過ぎなかった。  
 そして、この段階で生じた最大の問題は、その数少ない前者の中に、他ならぬ学級委員長、国東真琴が含まれていたことだった。  
 千晶にすっかり魅了されてしまった大多数の生徒が頬を染め、あるいは自分の股間を気にしてうつむき、呼吸や拍動を早めて得体の知れない情動に苦しんでいる間、国東千晶はますます厳しい視線を彼女の胸へ向けていた。  
 ――馬鹿げている。小学六年生にもなった女の子が、こんな形で笑いを取ろうとするなんて!  
 小学六年生としてはかなり発育の良い、Cカップの大人用ブラジャーを着用している自分の胸の、さらにその倍ほどもある盛り上がり。  
 その激しすぎる自己主張は、千晶自身の容姿や今の可憐なしぐさと絶妙にマッチしていて、結果、あまりに性的でありすぎていた。  
 性に目覚めつつある同級生の男子たちにとって、目の毒以外の何物でもなかった。男性教師たちさえ反応してしまうかもしれない。  
 ――谷川さんと八坂くんは、やっぱり何も分かっていなかった。罰ゲームだかいたずらだか分からないけど、谷川さんにあんな非常識な格好をさせるなんて!  
 自分たちが何をしているか、それが周りにどんな影響を与えるか、ぜんぜん分かっていないんだ。  
 見損なった。なんていう馬鹿な子たち!  
 今すぐ指導し、矯正しなければならない。まずはただちに実力をもって、あのふざけたイタズラ仮装を止めさせなければならない!  
 決断した学級委員長、国東真琴は即座に行動を開始した。狙いを定めた目標へ向けて、敢然と立ち向かっていく。  
 いつものように眉を吊り上げ、学級における正義の守護者としての毅然とした態度で、脇目もふらずまっしぐらに、上履きの音を響かせながら、威風堂々と進撃する。  
「谷川さん! 悪ふざけもいい加減にして!!」  
「えっ? 悪ふざけ、って――?」  
 突然張り上げられた学級委員長からの叱責に、席へランドセルを置いていた千晶の大粒の瞳が瞬く。  
 何のことだか分からない。まったく何も身に覚えなどありません、というその仕草が、かえって真琴の癇に障った。  
 ――馬鹿にしているんだ。私なんか、何にも出来ないと思って!  
 いいわ。今日という今日こそ、思い知らせてあげる――あなたたちみたいな無思慮な暴れん坊のふざけたイタズラが、いつでも通るわけじゃないってことを!  
 最初の虚脱から回復した真琴の動作は俊敏で、そして同時に、明や千晶の予想を超えてもいた。  
 だから二人の対処は遅れたし、熱心で優秀な柔道少女である真琴がすっと千晶へ手を伸ばしてきたときも、千晶は最後までその狙いがなにか分からなかった。  
「なっ、なっ、なに!? どうしたの委員長!?」  
「見損なったよ谷川さん。よりにもよって、こんないやらしい悪ふざけをするなんて!!」  
「だ、だから、なにが!? や……や、やだっ、やめて、やめてよ委員長っ!!」  
 ようやく本格的な危機を感じて千晶が身構え、明が彼女を援護するために動こうとしたそのときには、もう真琴はその手を伸ばしていた。  
 組み手で相手の襟を掴み取る、その柔道場で鍛え上げられた巧みな手さばきは、咄嗟の迎撃を試みた千晶の左手をあっさりと突破していた。  
 その目指す先は、――千晶のブラウスを大きく押し上げている、胸の膨らみ。  
 やめさせてやる。あの中にどんな果物やボールを入れているのか知らないけれど、小学六年生にもなった女の子として、男の人たちの欲望を無闇に挑発するような、あまりにも無思慮なその行動をやめさせてやる!  
 それがこの瞬間の学級委員長、国東真琴の思考を占めていた目的だった。  
 だがこの時、彼女は気づいているべきだったのだ。  
 確かに谷川千晶は幼なじみの八坂明とつるんで、今までもさんざ様々な悪戯や喧嘩騒ぎに精を出してきた悪童ではある。  
 しかし彼女はこれまで一度もこうした、少しでも性にかかわるような悪戯に手を染めたことなどなかった、という事実に、気づいているべきだった。  
 だが彼女は、決然たる意志とともに動いていた。慌てふためく千晶が阻止しようとしてきた動きを、巧みにかいくぐって右手を繰り出していた。  
 そして千晶の防御を突破し、明の邪魔が入るより早く、彼女は、目標を完全に捕捉する。  
 
 グレープフルーツだか、ハンドボールだか知らないけれど――!  
 その右の掌いっぱいに、ブラウスを大きく押し上げる隆起の片割れを、握りつぶすように強く、ぎゅぅっと握りしめた。  
「あァぁッ……!」  
「あれ?」  
 千晶の鋭い悲鳴と、学級委員長の間抜けな声が、まったく同時に重なった。  
 委員長の掌中に、彼女がそれまで想像していた人工物の堅い感触はなかった。  
 ブラウスと下着の布地が包む中身は、その柔らかさと弾力、それに人肌の温もりをもって、彼女の手指を受け入れた。  
 その内側へ指を深く一気に食い込ませながらも、張り詰めた乳肉のみずみずしい弾力が真琴の凶悪な握力を跳ね返そうと、けなげに抵抗してはいたが、全体は絞り出されるように変形していた。  
 教室が凍結した。  
「あッ……ああぁっ、や、やあぁ……っ」  
「え? え? え……えええ……?」  
 いきなり乳房を鷲掴みにされ、為す術もなくあえぐ千晶の頬には哀れなほどに血が昇り、瞳がゆっくりと潤んでいく。  
 そして真琴は紙のように真っ白になった顔色のまま、どうすることもできずに同じ姿勢で固まっていたが、やがて油の切れた機械のようなぎこちなさで、言った。  
「た、……谷川さん、……その……」  
 言葉の途中で、また切れ切れの空白が生じる。千晶の胸と顔との間でさんざ何度も視線を往復させた末、ようやく彼女は続きを問うた。  
「もしかして、……これ……」  
 見つめあう二人の少女の、互いの瞳が濡れて震える。  
「ほんもの、なの……?」  
 千晶は、それに言葉で答えなかった。  
 代わりに一粒、たちまち潤んだ瞳から水滴が玉を作り上げる中、ゆっくりと頷いた。  
「うっ、……嘘ぉぉおおおっっ!?」  
 学級委員長、国東真琴は、いつも厳しく自分を律する少女だった。そして優秀で強い信念を持ち、常に自ら信じる正義の元に行動していた。  
 そんな彼女が、ミスを――それも、ひどく性的なミスを犯してしまったという事実は、彼女の意識を瞬間的に沸騰させ、さらに事態を悪化させた。  
 彼女は千晶の胸を鷲掴みにしたまま、その手を慌てふためいて引き離そうとしたのだ。  
 乳房へ食い込んだその手指が、千晶のブラウスの胸ポケットに掛かってしまっていることにも気づかずに。  
「「あっ、――」」  
 ぶちぶちぶちんっ、と無情に、糸のちぎれる音が連続した。  
 ブラウスやブラジャーのカップごと、深々と千晶の乳房へ食い込んでいた真琴の五指は胸ポケットを引っ張って、彼女のブラウスからボタンを飛ばしていた。そのままブラウスの前が一気に開く。  
 そして同時に、Gカップの縁にも掛かっていた指先は、手を引き戻すときにぐにゃりと巨乳を歪めたまま、フロントホックをも弾いてしまっていた。  
「お、――おおおぉおぉぉぉッ!?」  
 結果、千晶の前方にいた数人のクラスメイトが、その瞬間を目撃した。  
 宙へ弾け飛んだ数個のボタンと、大きく開いてめくれ上がったブラウス。  
 それらの下で、ハンドボールほどにも見えるふたつの巨乳を包んだ白いブラジャーが、教室を満たす朝の光の中へ剥き出しにされて、中身の動きでぶるんと大きく揺れるのを。  
 あまつさえ、そのふたつのカップを繋ぐフロントホックまでもが外されて、白い乳房のふもとさえもがあらわになってしまっていた。  
 その乳房の峰の頂までもが無防備に外気へ曝されずに済んだのは、Gカップの器が底の深さゆえに、しっかりとその守るべき中身に引っかかってくれたからに過ぎない。  
「――ブッ……!!」  
 教室に、赤い花が咲いた。  
 その光景を目撃した二人の男子が、声もなく鼻血を噴き出して膝を折ったのだ。  
 別の一人は突然腰を折って股間を押さえ、そこに正体の分からない濡れを見つけて、泣きそうな顔でトイレへ走った。  
 目撃した男子の残り二人は揃って前かがみになりながら、熱に憑かれたような目でその少女を凝視し続けている。  
 
「…………ッ!!」  
「ちっ、千晶っ!!」  
 そして谷川千晶は、がばっと胸を隠すように両腕で抱いて座り込み、今にも泣き出しそうな顔でその場にうずくまった。  
「た、……谷川さ……」  
「バカッ、どけよ!」  
 真っ青な顔で呆然と立ち尽くす真琴を押しやり、八坂明が駆け寄った。  
 周囲を見渡す。  
 諸悪の根源たる学級委員長はすっかり茫然自失して、完全な役立たずに成り下がってしまっている。  
 男子たちは決定的瞬間の目撃者もそれ以外も、例外なく股間を押さえて身動き取れず、女子たちもあまりの現実に言葉を失ってしまっている。  
 ――役立たずどもめ!  
「千晶。これ!」  
「あ、明……」  
 心の奥でクラスメイトたちを罵りながら、明は上着を脱いで千晶へ渡した。  
 二人の基本的な体格はほぼ同じで、胸回りが圧倒的に大きい千晶が明の服をそのまま着ることは無理だったが、彼女はそれで自分の胸を隠した。  
 ボタンが飛んだままのブラウスの上から、それを隠すように明の上着を抱きしめる。  
 その間に明は床へ這いつくばって、千晶のブラウスのボタンを探した。  
「おいっ! どけよ、ボーっとしてないでさ!!」  
「あ、……ご、ごめん……」  
 千晶が必死に隠そうとする腕の向こうへ視線を釘付けにされたまま、ただ呆然と立ち尽くすだけの同級生たちを明は叱責した。  
 ちぎれたボタンを集め終わると、明は憤然と自分のロッカーから家庭科用の裁縫道具を取り出した。そのまま強引に千晶の手を取り、教室の外へ走り出ようとする。  
 だがそのとき、泣き出しそうだった千晶が強い調子で声を発した。  
「明! やめてっ!!」  
「――千晶?」  
「ぼ、ボクは……ボクは、平気だから。――みんな! みんな、お願い。ボクの話を少し、聞いて……」  
 相棒に制されて、明が千晶の後ろに下がる。  
 千晶は胸の膨らみに押し上げられ、何もしなければそれだけで左右へ分かれてしまいそうなブラウスの前を、必死に両腕で胸を抱くようにして閉じさせながら、立ち上がっていた。  
「あ、あのね……みんな本当に、ビックリさせちゃって、ごめん……。……でも、驚かせるつもりはなかったの。驚かせるつもりはなかったんだけど、今までボクも混乱してて、どうすればいいのか分からなくて……。だから、ずうっとこれを隠してたの。ごめんなさい」  
 ぺこりと一礼し、それから深々とお辞儀した頭をほんの少しだけ上げた姿勢で、千晶は話しはじめた。  
「はじまりは、去年の秋ごろ。そのから、ボクの胸は急に大きくなってきたの。でも、ボクはどうすればいいのか分からなくて、みんなに何て言えばいいのか、  
どんなふうに見られるのか分からなくて、不安でたまらなかったから、ずっとタオルで巻いて押しつぶして、身体の線が出にくくなるような服を着て、ずっと隠してたの」  
 千晶の傍で、明がクラス全体へ視線を配る。脇目もふらず、言葉もなく、皆がただ一心に千晶を見ていた。  
「だけど……もう、夏だから。これからどんどん暑くなってくるし、体育の授業で水泳もあるし、もう隠しきれない、って分かったから。だから昨日、ボクは決めたの。もう明日から隠さない。ありのままのボクを、みんなに見てもらうんだ、って……」  
 そこまで一気に言い終えてから、一瞬のためらいのあと、千晶は顔を上げながら、明るく語調を変えて言い切った。  
「で、でも……ボクは、ボクだから。胸はちょっと大きくなっちゃったみたいに見えるけど、これからもみんな今まで通りに、一緒に遊んでくれると嬉しいな!」  
 精一杯の笑顔を浮かべて、教室の皆を見渡す千晶。  
 しかし、彼女の笑顔はあっという間に凍りついた。  
 皆の見る目が――彼女が昨日までいつも一緒に遊んでいた、仲間だと思っていた男子たちの視線が、まるで一変していたのだ。  
 誰もが机の下で、ズボンを突き破らんばかりに幼い逸物を勃起させ、息を荒げながら熱と情欲にまみれた視線で、千晶とその胸を凝視していた。  
 妄想の中で千晶をむりやり裸身に剥いて、あまつさえ凌辱に及んでいた者さえいた。  
 
 谷川千晶は、そのとき真剣な恐怖を感じた。  
 彼女が目覚めさせてしまった。今の千晶が曝された半裸が、彼らの中の雄を目覚めさせてしまった。  
 彼らは既に、彼女を「仲間」ではなく「女」として――それも、とびきり魅力的な極上の巨乳美少女として、認識してしまっていたのだった。  
(たまらねえ……なんだよあれ、あの巨乳は反則だろ……)  
(委員長のでも十分デカいと思ってたけど、ありゃ明らかにそれ以上だ。倍はあるよな……)  
(どうすれば、あんなに大きくなるんだろう? やっぱり毎日、誰かに揉んでもらってたのかな?)  
(あの谷間にチンポ挟んだら、やわらかいオッパイにぜんぶ埋まって見えなくなっちゃうんだろうなあ……ああ、あの谷川のカワイイ困り顔に、思いっきり熱くて濃いのを顔射できたら最高だろうなぁ……)  
「う、……あ……」  
 自分の胸へ全方位から突き刺さってくるその視線に当てられて、千晶は思わず苦悶した。いっそう強く押し潰すように胸を抱いて、その場でわずかに後ずさる。  
 発情した雄どもの群れに放り込まれた、たった一匹の美しくも哀れな雌。  
 それが谷川千晶の、六年三組での今の主観的な立場だった。  
(み、みんな……みんな、ボクのほうを見て、すごく興奮してる……あんなに怖い顔で、ボクの胸ばっかり、じいっと見てる……)  
(な、仲間じゃ……ボクは、みんなの仲間じゃなかったの……? ひどいよ……どうしてみんな、そんなひどい目でボクを見るの……? ボクに……ボクのからだに、いったい何をするつもりなの……?)  
(……こわい……こわい……こわい、よ……怖いよ……明……)  
「明……明っ……!」  
 ぎゅううっ、と握力の限りにきつく手を握られて、明は千晶の前へ立ち塞がった。  
 もう耐えられない、という無言のサインを受け取って、明はキッと真琴を睨みつけた。  
「委員長!」  
「や、八坂くん……?」  
 虚脱しきったまま、どこか怯えるような視線を返してきた真琴に、明は千晶の傍から強く吐き捨てた。  
「俺、千晶といっしょにブラウスのちぎれたボタンを直してくる。朝のホームルームにはちょっと遅れるけど、別にいいよな?」  
「え、……あ……」  
 最後の言葉は頼みではなく、一方的な命令のそれに近かった。  
「行くぞ、千晶!」  
「明……」  
 うろたえた真琴が何か反応するよりも先に、明は千晶の手を引いて教室を出ていた。  
 廊下を小走りに駆けていく上履きの足音が、教室に残された児童たちの耳に反響し続けた。  
「や、八坂くん……谷川さん……」  
 去っていった二人の名を呼びながら、ただ呆然と立っているだけの学級委員長、国東真琴。  
 そんな彼女を、数人の男子児童が取り囲んだ。  
 彼らは昨日の公園戦争にも参加した、二人の仲間の悪童たちで、いつも真琴にやられて恨みを抱いている連中だった。  
「おい……国東。どうしてくれんだよ!」  
「お前のせいで谷川傷ついて、半泣きになっちまってたじゃねえか」  
「ちっ、ちがっ……」  
「違わねえだろ!」  
 強い叱咤の声に、真琴の長身がびくりと跳ねる。いつも上の目線から気の強い眼光を放っていた眼鏡の奧に、今は弱々しい光ばかりが揺れていた。  
(今なら、委員長を……国東を、やれる……)  
 その瞳に、少年たちの嗜虐心が刺激される。それが彼らを大胆にさせた。  
「ここじゃ埒があかねえしなあ……へっ。おら、来いよ!」  
「あ、――」  
 今朝、最初に真琴に注意されていた男子が、彼女の手首を掴んで乱暴に引く。いつもの彼女なら籠手返しか何かの関節技で応戦し、あっさり圧倒してしまっていたはずだが、それもなかった。  
 いつもと全く違う、国東真琴。  
 それは幼い彼らの、女に対する征服欲を強く刺激してしまっていた。  
「委員長とはこの件のこと、納得行くまでじっくり話し合わねえとなあ」  
「いつも俺たちのことを目の敵にしてくれてたんだ。自分だけあんなにひどいことをしといてお咎めなしなんて、そんな甘いことは言わねえよなあ? 学級委員長」  
「…………」  
 六人の男子に囲まれながら、真琴はきゅっと俯いて唇を結び、連れ去られるようにして教室から姿を消した。  
 しかし朝からの一連の事件で度肝を抜かれた同級生たちに、それ以上彼らを追おうという者は現れなかった。  
 
 
「なあ……どうするー?」  
 埃っぽい、よどんだ薄暗い空気の中、目に目に嗜虐的な光をちらつかせた六人の男子たちが、真琴の全身を舐め回すように凝視していた。  
 彼らが人目を避けながら真琴を連れ込んだのは、体育館の体育倉庫だった。この時間はどこのクラスもここを利用しないことは確認済みだ。頑丈な扉は閉ざされ、人の気配は近くにない。  
 もはや彼らにとって、国東真琴は恐ろしい文武両道の学級委員長ではなくなっていた。心の折れかけた今の彼女は、もはやおぞましい蜘蛛の巣にかかった、か弱い無力な蝶に過ぎないのだ。  
 その巨大な落差が、少年たちの嗜虐心と征服欲をそそっていた。  
 身長160センチという恵まれた体格と、熱心な道場通いで身につけた高度な柔道技。圧倒的な実力と、歯に衣着せぬ理路整然とした正論で、今まで何度となく煮え湯を飲まされてきた、無敵の学級委員長。  
 その少女への、千載一遇の復讐のチャンスがいま訪れたのだ。  
 今までさんざ恨み重なるこの美少女、果たしてどうしてくれようか。  
「そうだなあ。あー……そうだ。まずは委員長……服、脱いでもらおうか……?」  
「えっ……!?」  
 真琴の瞳に、さっと怯えの色が走る。しかし勢いに乗る男子たちは、あくまで強気で責め立てた。  
「いや、嫌なら別にいいんだぜ? ただなあ、委員長。お前、谷川の服をひん剥いちまっただろ?」  
「谷川、かわいそうだったなあ。傷ついただろうな、あれは」  
「あんなに嫌がってたのに無理矢理谷川の服をみんなの前で脱がせといて、自分だけは脱ぎたくありませんって、それはどうなのって話だよな。そういう身勝手な話、通らなくね?」  
「通りませーん!」  
 ホームルームのノリで、ケラケラと笑う男子たち。戦意喪失したまま囲まれている真琴の顔は、ただ青くなるばかりだった。  
「だからさぁ……委員長。けじめ。けじめだよ? 脱ごうよ。脱いじゃおうよ……」  
「で、……で、でも……でも……!」  
「でも、でも、でも。でも、何? 結局現実として、谷川は委員長にみんなの目の前で脱がされた挙げ句、そのうえボタンまでちぎられちゃったわけじゃん。かわいそー」  
「そうそう。あんな可哀想なイジメ、俺見たことない」  
「い、イジメ……ち、違う! 違うの、あれは……いじめようとしたわけじゃなくて、いたずらだと思って……谷川さんのいたずらだと思って、やめさせようとしただけなの!」  
「いたずら? なんで? なんで委員長は、アレが谷川のイタズラだと思ったわけ?」  
「そう、それ不思議。ねえ、ねえなんで? なんで委員長、そんな不思議なこと思っちゃったわけ?」  
「そ、それは……! 昨日まで……昨日まで、谷川さんが胸を押しつぶして、分からないようにしていたから。それが今日になって急に、普通の下着で登校してきたから、私、そんなの信じられなくて……っ!」  
 真琴の必死の反論にも、男子たちは意地悪そうに首を傾げた。  
「えー。なんかさ……それだけじゃ弱くね?」  
「それだけでいきなりあの暴挙はないわ。まずは谷川の話を聞いてみようとか思わなかったわけ?」  
「うん、他にもなんかある。絶対なんか隠してるよねー。そうでしょ、委員長。まさか……」  
「え……?」  
 その男子に瞳を覗き込まれて、真琴は無意識に半歩退いた。  
「谷川に胸の大きさで負けたから、腹いせにやっつけてやりたくなっちゃった、とか?」  
「うわあ……それは……」  
「ありそーっ!!」  
 下世話な話に大受けした男子たちが、仰け反って笑い転げる。  
 六年三組で今まで、最も早熟なバストを誇っていた国東真琴。その彼女に倍近い大差をつけて登場した超新星、谷川千晶の出現が、彼女をクラス一位の座からあっさり蹴落としてしまったのだ。これは客観的な事実だった。  
 そして目の前で笑い転げる男子たちをよそに、真琴の顔はこれ以上はないというほどに、紙のように白くなってしまっていた。  
 見透かされた――見破られてしまったのだ。  
 今まで自分自身さえもを騙し続けて、理性の下へ隠し続けていた密かな誇りと、そこから生じた、醜い嫉妬を。  
 今までの真琴なら、人から言われたとしても絶対に認めないことだっただろう。しかし、今の弱りきった彼女は、その下世話な当て推量が真実を言い当ててしまったという事実に、ただ身をすくませられてしまっていた。  
 あのとき――真琴が千晶の胸の膨らみをタチの悪いいたずらと断じ、強引にその正体を暴こうとしたとき、彼女を衝き動かした他の要因があったのだ。  
 
 嫉妬。  
 これまで同級生たちの中で、もっとも大きく美しい、大人びた乳房だと思っていた自分の胸。  
 それを軽々と、倍近い圧倒的な大差をつけて凌駕してしまった千晶の胸に、彼女は一目見ただけで、嫉妬してしまっていたのだ。  
 尊敬する母から、はじめてAカップのブラジャーを買ってもらった二年前、小学四年生の夏。  
 先端がシャツに擦れて痛くなり、男子や大人の男の人たちからの不気味な視線にも晒されることにもなるその胸の膨らみを、真琴は恨んでいた。  
 だが、母が優しく諭してくれたのだ。  
 女性の乳房は、大切なひとを優しく包み、新しい命を育んであげられる母性の象徴。大きく目立つからといって、何も恥じることなどない。  
 いつかあなたに大切なひとが出来たときのために、それを大事に包みこみ、守ってあげなさい、と。  
 それ以降、ブラジャーの中の真琴の乳房は、彼女の密かな誇りとなった。  
 夏や体育の時間など、体の線が出やすくなるときには、自分の胸に目を釘付けにされている男子たちを理性では蔑みながら、しかし意識の深い部分では、彼らを圧倒し、征服している自分の魅力を確認して、優越感を抱いていたのだ。  
 だから谷川千晶の乳房は、そんな彼女の密かな自尊心を粉々に打ち砕いた。  
 彼女の圧倒的な魅力は、たった一瞬でクラスの男子全員を征服したのだから。  
 あんな子に、負けた。  
 谷川千晶は運動神経こそ抜群だけど、勉強だってそんなに出来るわけじゃない。女の子らしさなんて欠片もない。いつも馬鹿な男子に混じって、一緒に馬鹿ないたずらや喧嘩に熱中して、いつも先生たちに怒られていた。駄目な子のはずだった。それなのに。  
 悔しかった。学級委員長として、絶対の正義を背負いながらやっつけなければいけないはずだった、あんな子に――今まで見下していたあんな子なんかに、自分の誇りが打ち砕かれてしまうなんて。  
 女性としての敗北という本質的な実感が、彼女の分厚い理性の層のずっと下から、不気味に首をもたげていた。  
 だからあの瞬間、学級委員長としての理性も確かに命じたけれど、それ以上のもっとずっと強い根源的な何かが、真琴に千晶の胸を鷲掴みにさせたのだ。  
 そして真琴は、千晶の胸を、圧倒的に大きな二つの巨乳を、フロントホックの白いフルカップブラジャー越しとはいえ、あられもなく無防備に朝の教室へ晒してしまったのだ。  
 身勝手で理不尽な嫉妬で、無関係な女の子を、深く傷つけてしまったのだ。  
 ――私は、最低だ。  
 自分の密かな嫉妬を、内心の醜さを自覚してしまった真琴の瞳に、眼鏡の奧で、うっすらと涙が滲んだ。  
 周りを見る。熱っぽく、何かに浮かされたような男子たちからの熱い視線が、真琴のすらりとした長身と、大人びた胸へ集中している。  
 言葉を失ったままの真琴に対して、誰からともなく、歌うように言いはじめた。  
「……脱ーげ」  
「脱ーげ、脱ーげ」  
「脱ーげ、脱ーげ、脱ーげ、脱ーげ……」  
 一人が言い出した言葉に、二人が重なり三人が重なり、やがて全員が参加して、体育倉庫のよどんだ空気の中に、暗い輪唱となって反響していく。  
 そのベストとブラウス、そしてCカップのブラジャーで堅く守られた禁断の果実が、目の前であらわになる瞬間を、息を荒くして待ち望んでいる。  
 ――この男子たちは今、私を見てるんだ。谷川さんじゃなくて、私のことを。少なくとも今この瞬間は、私だけを見ているんだ。  
(こんなふうに、見られて……人格も何も関係ない、単なる性の対象としてだけ私を見られて、それで私は満足している……満たされている……)  
 おぞましい、しかし否定することのできないその思いに、真琴の拳が小さく震えた。  
(わたしは……最低だ。谷川さんに胸のことなんかで嫉妬しちゃったいやらしい子で、それで慌てて谷川さんの大事な胸を男の子たちに見せちゃった駄目な子で……  
そして今は、男の子たちに自分を性の対象として見られて、喜んでいる。どこまでも自分を律することも出来ない、本当に、この世で一番駄目な子なんだ……!)  
 こんな弱くて醜い自分を知られたら、きっと両親は悲しむだろう。先生は失望するだろう。同級生たちはあざ笑うだろう。  
 今までずっと一生懸命頑張って、皆の心につくり上げてきた『国東真琴』が崩れていく。それが彼女には、ひどく悲しく、虚しかった。  
 
(そういえば……前にちょっとだけ見たエッチな漫画に、こういう場面があったな……)  
 真琴は以前、クラスの男子がこっそり回し読みしていた成人向け漫画を取り上げたことがある。  
 どこかの橋の下で拾ってきたらしい。半裸の扇情的な巨乳美女が妖艶に微笑む表紙は、彼女の本質的な嫌悪感を大いに刺激したが、それだけに留まらなかった。  
 ひとつだけ読んでみた作品の一つは、本当に酷い内容だった。  
 勇敢で美しい女性捜査官が悪の組織に囚われ、拷問と称した性的暴行を受ける。スマートなスーツは破き捨てられ、乳房を包んでいたブラジャーはカップをたくし上げられたまま、彼女は何人もの男たちに犯されていく。  
 乱暴に揉みしだかれて変形した乳房を吸われ、口にも陰茎を含ませられ、そして秘所へと何人もの男たちにむりやり精液を注がれ続けた。  
 そして最後のコマでは、囚われたまま目に光を失った彼女が、無残にお腹を大きくされてしまっていた。彼女は女性も母性も踏みにじられて、決して望まぬ、誰が父親かも分からないおぞましい命を胎に宿されてしまったのだ。  
 今度は自分が、あの漫画の女捜査官と同じ運命を辿るのかもしれない。  
 でも、もう、それで構わない。  
(私なんか……私みたいな駄目な子なんか、クラスの馬鹿な男子たちに見られて、触られて、もっとひどいことまでされて……もう、無茶苦茶に壊されちゃえばいいんだ……)  
 自分はもう、汚れてしまった。こんな汚い女なんか、落ちるところまで落ちていけばいい。  
 弱りきった心がそこまで達したとき、真琴はベストの裾に手を掛けていた。  
「脱ーげ、脱ーげ……えっ……」  
「えっ? ま、マジで……? おっ、おおっ……、おおおおおっ……!!」  
(いいよ。みんな……)  
 あっさりと、真琴はベストを脱ぎ捨てる。ベストが胸を通り抜ける際、ブラウスとブラジャー越しにCカップの乳房をぷるんと揺らした。  
 続けて、ブラウスのボタンを上から順に外していく。ボタンがひとつ外れるたびに少年たちの興奮は高まり、股間の何かを隠そうとするかのように、前屈みになっていった。  
「わたしを……罰して……」  
 小声で囁きながら、ブラウスのすべてのボタンを解き終えて、真琴は襟元に手を掛けた。  
 六人の悪童たちはいっそう大きく身を乗り出し、息を荒くして凝視している。  
 彼らは今朝の事件を目撃して以来、その性欲をずっと持て余し続けている。何か凶暴なものが彼らの中で目を覚ましてしまっていたのだ。  
 集団心理も手伝って、六人の男児が六匹の飢えた狼と化すのは、まさに時間の問題だった。  
(六人……か……。いっぺんに無理矢理襲ってこられたら、きっと抵抗できずに押さえつけられちゃうな……。こんなところで悲鳴を上げても、きっと誰にも聞こえない。  
 ……いや。そもそもこんな私を助けてくれる人なんか、最初から誰もいなかったんだ……)  
 折り畳まれた体育マットの上に座り込み、荒い息づかいと熱い視線、完全に臨戦状態を整えた肉棒の群れに囲まれながら、真琴はブラウスの前をゆっくりと開きはじめた。  
(ごめんなさい、……お父さん、お母さん……私……私は……)  
 そのとき唐突に、体育倉庫の扉が開いた。  
「!?」  
 内部の全員が身を堅くする。まさか、先生!?  
 しかしその場に現れたのは、教師でも第三者でもなく――最もこの状況の当事者に近い二人だった。  
「明……谷川っ!?」  
「お、お前ら、どうして……」  
「委員長を探しにきたんだよ。たまたま教室へ戻る途中、遠くにお前らの影が見えたからな――」  
 言いながら、明は体育倉庫の中へ視線を巡らせる。  
 薄暗い体育倉庫の中で、委員長を囲むように立つ六人の男子。  
 その中心の委員長はベストを脱ぎ捨て、汗に濡れたブラウスのボタンもすべて外してしまっている。その両手は胸元の合わせ目にあって、今にもブラウスを脱ぎ捨てようとしていた。  
 そしてそのブラウスの下に彼女がまとうものは、白い清楚なブラジャーの他にはもう何もないのだ。  
 この体育倉庫で何が行われていたのか、何が行われようとしていたのか、明は男としての欲望と、漫画やエロ本で得た知識をもとに推測した。  
 
 それは事実をみごとに的中させていたが、あまりに現実離れしたその想像に、明は鼻白む思いと性的興奮を同時に抱かざるを得なかった。  
(ちっ、ちっくしょおおお……お前ら、何てうらやまし……じゃない! けしからんことを企てやがってえええ……!!)  
 しかし今、彼の傍には千晶がいた。彼女がいる以上、取るべき行動は迷いもなく決まりきっていた。  
「――お前ら。委員長にここで、何してた」  
「お……オトシマエを付けさせようとしてたんだよ、委員長にっ」  
「こ、こいつはみんなの前で、谷川の服をひん剥いたんだぞ。いつも喧嘩するな、イタズラするな、授業中騒ぐな、ってうるさいくせして」  
「卑怯だよな。自分は先生が味方についてるからって、なんでも出来ると思って。――だから俺たちが、代わりにこいつを」  
「それは関係ないだろ」  
 続く口上を、明の言葉が断ち切った。  
「千晶はもう、さっきのことはいい、委員長は事情を知らなかったんだからしょうがない、許すって言ってるんだ。お前らがどうこうすることじゃない。そうだな、千晶?」  
「……うん。さっきのはしょうがなかった。委員長だって人間だもん、間違うことだってある。ボクは委員長を許してあげる――だからみんな、委員長を帰してあげて」  
「ぐっ……!」  
 大義名分の根本部分を叩かれて、六人は激しく動揺した。  
 あと一歩だった。あと一歩で、いつも生意気な国東真琴の心を完膚なきまでに屈服させ、その早熟な乳房をじっくりと観察し、もしかしたら、もしかしたら、それ以上の『何か』だって出来たかもしれないのに!  
 限界まで欲望を高ぶらされたまま『おあずけ』を喰わされそうになった少年たちは、難癖をつけて二人に食ってかかった。  
「明、谷川、お前らだって普段さんざんこいつにゃ痛い目合わされてるだろ!? いい機会だから、俺らが皆の代わりにやっつけてやるってんだよ!」  
「そうだそうだっ。文句あるのかよ?」  
 谷川千晶の仕返しという大義名分を失って、口々に、苦し紛れの言い訳が飛び出していく。  
 その間も、当の真琴は動かない。胸元にきつくぎゅっと両拳を握りしめたまま、唇を堅く結んで震えている。  
「委員長……」  
 千晶も下唇を噛んで、辛そうにその姿を見ている。  
 いま目の前にいる真琴の立場は、つい先ほどまでの自分とまったく同じだった。  
 たった一人で男子たちからの無遠慮な好奇と欲望の視線に晒され、こちらからは何の反撃も出来ず、ただ一方的に視線の暴力に嬲られていくという、その恐怖と絶望を彼女は思った。  
「明」  
 だから彼女は、強く相棒の名前を呼ぶ。その手を握る。  
 たった一人の、何があっても信じられる相棒のことを頼る。  
 助けてあげたい。守ってあげたい――千晶は強くそう思った。  
 それは決して国東真琴のためだけではなく、谷川千晶が、この先に立ちふさがる現実の壁と戦っていくために、必要なことだから。  
 明もまた、真琴のその痛々しい姿を見て、言葉はなくとも通じる千晶の思いを受けて、そして最後の決断を下した。  
「千晶。予定変更だ」  
「な、なんだよ……やんのか! やんのか!?」  
 臨戦態勢へ突入した六人を見渡しながら、好戦的に明が笑う。  
「放課後にやる予定だった、今日のお前の実戦テスト――今からここで始めるぜ!」  
「うんっ!!」  
 心の底から嬉しそうに力強く、そして元気良く頷く千晶。  
「な……っ」  
「うっ、ううう……っ!」  
 昨日の公園戦争といい、彼ら二人の実力は嫌と言うほど知っている六人。しかし性衝動にここまで衝き動かされた彼らは、もう引っ込みがつかなくなってしまっていた。  
 
「ふ、ふざけんな! いい気になんなよ明に谷川!」  
「委員長に味方すんのかよ、裏切り者めえええぇっ!!」  
「ヘッ。弱いものイジメより百倍マシだっ!!」  
「手加減なしで行くからねっ!!」  
 互いの口上が火蓋を切った。  
 ドッ、と両者は一気に肉薄する。だが悪童たちは、心のどこかで余裕を持っていた。  
 二対六。それも二人の片翼である谷川は、あの見事な巨乳を持て余しているし、精神的にも低調のはずだ。  
 実質的には一対六だ。明さえ――明さえ仕留めれば勝てる。それにうまくすれば、闘いの最中のどさくさに紛れて、谷川のオッパイに触れるかも!  
 スケベ心にも背中を押されて、猛然と襲いかかっていく六人。  
 だが彼らの甘い目論見は、最初の瞬間から打ち砕かれた。  
「明っ」  
「おう、行けッ!!」  
 突進の勢いを助走に変えて、とん、と軽やかに千晶が跳んだ。両足を揃えて体ごと、前へ。  
「なっ!?」  
 その軌道は低く鋭く、避ける間もなく中央の一人の腹を貫いた。突き刺さる千晶の勢いはそれで止まらず、さらに後ろの一人を巻き添えに倒して、体育マットの上へ思いっきり強く叩きつけた。  
「げっ、げはあぁぁっ!!」  
「に、人間酸素魚雷! いきなり!?」  
 昨日の戦争で奇襲とはいえ、体重80キロ近い中学生を一撃で倒した、あの超必殺技だ。  
 その緒戦からの炸裂に、悪童たちは瞬時に二人を失って泡を吹く。  
 しかしその弾頭となった谷川千晶は、背中から床へ倒れ込んだ。ブラウスの下でGカップのブラジャーが、中身の反動を抑えきれずに激しく弾んだ。  
「いっ、今だぁ! た、谷川をやれぇっ!!」  
「させねえっ!!」  
 リーダー格が叫ぶまでもなく、その胸の揺れ方に目を釘付けにされた男子たちが襲いかかる。  
 その千晶の上を一気にまたいで、明が敢然と迎撃した。カウンターを決めて最初の一人の顎を吹っ飛ばし、そのまま体を沈めて別のボディへ肘を叩き込む。  
 さらに残りの二人が強引に押してくるが、その間に千晶は体育倉庫の床を転がり、一気に跳ね上がって戦線へ復帰していた。  
「明っ」  
「千晶!」  
 明が一気に跳び下がり、前へ飛び込む千晶と左右へ同時に肩を並べる。二人で一丸となって密着していた。  
 物が多くて狭い体育倉庫の特性を、二人はフルに活用していた。自分たち二人の身体とその拳や蹴りが織りなす制空圏を使って巧みに敵の行動を制約しながら、敵に遊兵を作って一人ずつ集中して、確実に撃破していく。  
 素晴らしい回転速度で上半身を回しながら、二人の拳が敵と絡み合う。  
 スポーツ用でないブラジャーは戦う千晶の巨乳を押さえきれずに激しく揺れ動いたが、戦いの中で明とともに息を切らせる千晶の表情は、明るい興奮に輝いていた。  
「ぎゃっ」  
「ひぐっ!」  
 一人、また一人と確実に倒し、最初の人間酸素魚雷で倒した相手にも足できっちり止めを刺して回りながら、最後の一人を追い詰めた。  
「ちっ……ちぃっくしょぉぉおおぉぉっ!!」  
 やけくそになった大振りの拳を軽いフットワークで明がかわし、強烈な一撃をボディへ打ち込む。  
 その頬へは同時に、千晶から渾身の右ストレートが突き刺さっていた。  
 最後の一人は、声も出さずに床へ潰れた。  
「……明」  
「千晶」  
 浮かんだ汗に頬を上気させながら、背中合わせにそっと後ろ手を握りあい、無言でじっとたたずむ二人。  
 開けっ放しの扉から体育倉庫へ射し込む光の中で、間近に佇むそんな二人をただ呆然と見つめながら、国東真琴は、何の言葉も発することが出来なかった。  
 
 やがて明は千晶と握った手を離し、倒した連中を見渡した。  
「よーし……。おい、お前ら」  
 精いっぱいドスを利かせた明の声に、そこいらじゅうで倒れてうめく少年たちがビクつく。  
「お前ら、今回だけは許してやるけど、次にこんな人の不幸と失敗につけ込むような卑怯な真似しやがったら、本当に冗談抜きで絶交だかんな! このことは誰にも言わないでおいてやるから、二度とやるなよっ!! 返事は!?」  
「へっ、へーい……」  
「よし……それならいい。じゃあお前らは、さっさと教室戻りやがれ! 騒いだりすんなよ、漢字の書き取りでもしておとなしく待ってろ!」  
「あははははは。出てけ、出てけーっ!」  
「い、いてててて……わっ、わわわわっ……!」  
「お、押すなよ! わかった、分かったから押すなって!!」  
 明と千晶は、六人全員を体育倉庫から乱暴に叩き出すと、立ち尽くしている真琴に歩み寄ってきた。  
「やれやれ。思わず余計な汗かいちまったけど……委員長、大丈夫か?」  
「あ……」  
 外からの光を背負った少年に差し伸べられたその手に、とくん、となぜかひときわ強く、真琴の心臓が大きな鼓動を打った。  
「え、え……ええ」  
「そうか。よかった」  
 にっこりと、優しく微笑みかけてくる明。  
「――あのさ、委員長。俺が言えた義理でもねえけど、人間、誰だってミスを犯すものなんだからさ。さっきのことも、千晶ももう気にしてないって。な?」  
「うん」  
 あどけない笑顔を浮かべて、明の傍で千晶が頷く。  
「あのね、委員長……。ボク、昨日はじめてブラジャー着けたばっかりなの。それまでずっと、タオルで押しつぶしてるだけだったから、胸の扱い方なんか何にも分からなくって……。だから委員長、これからボクに胸のこととか、いろいろ教えてくれると嬉しいな」  
「た……谷川さん……ごめん。ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」  
 さっきは言うことの出来なかった謝罪の言葉が、千晶と見つめあったとたん、今度は唇から溢れるように湧きだした。  
「ごめんなさい。ごめんなさい……わたし、わたし……私は本当にどうしようもない駄目な子で、……本当にごめんなさい……うっ、うう……ごめんなさ……」  
「――委員長」  
 しかし、いつまでも続く一辺倒の謝罪を、千晶はそっと身体を寄せながら、自らの言葉で遮った。  
「ボクもいろんなことをよく間違うし、先生や委員長にはいつも怒られてるけど……。今まで何度も喧嘩してきたけど、委員長の真面目で真っ直ぐで自分に厳しいところ、いつもすごいな、かっこいいな、って尊敬してたんだ。  
だから、……これからはボク、委員長とも、友達になりたい。いいかな……?」  
「で、でも。でも……私……私なんか……っ!」  
 体育倉庫で後退って、負い目のある千晶から逃れようとする真琴。そんな彼女を前に、明はしばらく何か考えていたが、何か思いついたことがあったのか、口を開いた。  
「――よし。じゃあ今回は、委員長の流儀にならおう。先生がいつも言ってるやり方で幕にしようぜ」  
「え――?」  
「はい」  
「あ……そうかぁ!」  
 胸の前で組んでいた真琴の手を明が、続いて彼の意を汲んだ千晶が取った。汗ばんだ手と手が合わさって、作りあげられたのは優しい握手だった。  
「仲直りのしるし、な。――これで俺たち、恨みっこなしだ。いいだろ、委員長?」  
「八坂、……くん……」  
 間近から、そんな人好きのする笑顔で微笑みかけられて、握った手のひらに汗ばんだぬくもりを感じながら、真琴はそこでようやく、彼女が感じていた思いの正体に気づいていた。  
(ほんとに、いるんだ……白馬に乗った王子様、って……)  
 こんなに駄目な子の私のことを、助けに来てくれた。守ってくれて、認めてくれて、仲直りしてくれた。  
 私のことを、迎えにきてくれた。  
(八坂くんが……私の、王子様だったんだ……)  
 いつも自分の力のみを頼みにして、実力を磨き続けることに余念がなかった少女はいま初めて、ひどく女の子らしい思いに胸をときめかせていた。  
 
「……あれ?」  
 だがそのとき、視線を下げた真琴は、唐突にそれに気づいた。そしてあまりのことに、思わず一も二もなく、それを口に出してしまった。  
「た、谷川さん……っ、む、胸。胸……ブラ外れてるっ!」  
「え? ……あ、あああっ! ほんとだっ!!」  
 目を瞬かせて叫んだ千晶の眼下には、喧嘩の汗に濡れたブラウスが、くっきりと胸へ張りついている。  
 そして美しい桜色の愛らしい乳首がふたつ、ブラジャーの庇護を失ってもなお上向きの張りを失わないたっぷりとした乳房に押し出されて、そこへ浮き彫りにされてしまっていた。  
「うあっ……かっ、カップ外れちまったのかよ千晶!?」  
「う、うん。ど、どうしよう……こ、これじゃ外に出られないよ……どうしよう、つ、付け直すのは、えーと、えーと……」  
「お、落ち着け千晶。まずは落ち着いて、前を外してだなっ!」  
「え?」  
 目を点にして事態を見守るしかない真琴の前で、明らかに自分がいちばん落ち着いていない明が、慌てて千晶のブラウスのボタンを外していく。負けず劣らず慌てている千晶も、明になされるがままだった。  
 あっさりと千晶のブラウスの前が開かれ、幻のように白く、気高い美しさを備えた巨乳が露わになった。  
 ブラジャーの内側で汗にまみれた巨乳は濡れ光り、頂の乳首は宝石のように輝きを放っていた。その下に空っぽのGカップがふたつ、半ば潰れた状態でうらめしそうに貼り付いていた。  
 ――勝てるわけ、ない……。  
 生で現物を見せつけられて、真琴はその現実を何より強く認識した。  
 何、あれ……。  
 あんなにも……大人の男の人の手のひらでも、とても包みきれないぐらい大きいのに、柔らかそうにぷるぷる揺れてるのに、白くて張りと弾力に満ち溢れて、ツンと崩れずに上を向いてて……。  
 その白さとコントラストを成す薄桃色の乳首と、その周りに広がる大きすぎず小さすぎずの乳輪の上品さ。  
 勝てるわけ、ない。  
 それを見せつけられてしまった今では、Cカップをいっぱいに満たす自分の乳房がひどく貧弱なものに思えて、真琴は情けなくなった。  
 しかし鮮烈な羨望と屈辱は、そのあとに続く二人のやりとりに押し流されていった。  
「え、えーと、えーと、えーと。こ、このカップとカップに、オッパイ全体を包みこんで……」  
「馬鹿、まずその前に屈め千晶! 上体倒せっ。ええと、肩紐の位置はこっちがこうで……んで、こっちが……よし、いいぞ。ホック、ホック留めろ千晶っ」  
 剥き出しになった千晶の肌に触れながら、後ろに回った明の手がその肩紐を直していく。芸術作品のような乳房をてらいもなく、優しく愛でている。  
「ん、……よし。留まった!」  
 白い豪奢なGカップの滑らかな裏地を二つの乳房で再びいっぱいに満たし、フロントホックを留めて、千晶はゆっくり上体を上げた。  
「大丈夫か? ズレたりしないか?」  
「うん……大丈夫みたい。……でも、うーん……やっぱり、このブラジャーで思いっきり暴れるのは無理みたいだね」  
「そうだな……。早いところ、スポーツブラジャーが届くといい、な……」  
 そこまで言いかけたとき、明の視界にそれが入った。同時に千晶も、ブラウスの前ボタンを留める格好のままで停止する。  
「「あ」」  
 突発的な状況に、思わず存在そのものを忘れ去ってしまっていた第三者が、そこにいた。  
「ふ……ふ、ふ、ふ、ふ……」  
 明に感じた乙女のときめき、千晶の乳房の圧倒的な存在、そして明と千晶の近すぎる距離。  
 濁流のように集中的なそれらの体験で、少女の心は一気に押し流され、針は逆方向へと振れていた。  
 拳を震わせ、瞳いっぱいに涙を溜めた国東真琴が、その感情を解放する。手近なボール籠へ両手を突っ込んだ。  
「不潔……不潔! 不潔よ、不潔よ二人ともおぉーーーっ!!」  
「わ、わーーーっ!!!」  
「お、落ち着け! 落ち着け委員長、話せば分か、ぐはああーーっ!!」  
「あ、明ぁーーーっ!!」  
 渾身の力で投げまくられたドッジボールが、明の顔面をぶちのめした。  
 
 

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