「てああぁっ!」  
「げはっ!?」  
 裂帛の気合とともに、少女の拳がその顔面へめり込んだ。撃たれた少年は派手に吹き飛んで数歩よろめき、そのまま声もなく崩れ落ちる。  
 癖のないショートカットの黒髪と、ゆったりしたパーカーで襟元の紐がリズミカルに揺れる。  
 ボーイッシュな少女は汗ばんだ頬を上気させながら、一撃のもとに倒した敵から素早く軽快に間合いを切った。興奮に瞳を輝かせながら叫ぶ。  
「さっ、次にボクと相手してくれるのは誰? とにかく来い来い、どんどん来ーい!」  
 少女は大乱闘のさなかにいた。周囲の公園では二つの陣営に分かれた数十人の小学生たちがいっぱいに散らばって、史劇映画の合戦場面さながらの大戦闘が繰り広げられていた。  
 その真っ直中で次々に迫り来る敵の新手へ向き直り、彼女はリズム良く構えを直しながら不敵な笑みを浮かべてみせる。  
「くっ、くっそー! 千晶(ちあき)め、女のくせによくもっ……!」  
「馬鹿、無理して一人で行こうとすんな! 囲め囲めっ、一斉に行ってやっつけろ!」  
 少女手強しと見たか、周囲の男子小学生たちは一斉に間合いを取って彼女を囲んだ。  
「――!」  
「へへっ」  
「覚悟しやがれ!」  
 四人がかりで囲い込まれ、さすがに慎重を期して少女が身構える。数の優位を確立した男子たちは、ようやく余裕をみせて彼女へ襲いかかろうとした。  
「あっ!」  
 だが一瞬蔭った少女の表情は、すぐに明るく翻る。  
「おらおらおらおらっ! どいてろバカどもっ!」  
「えっ、――うわ!?」  
「あだっ!!」  
 包囲網の背後から猛スピードで走り込んできた少年が、あっという間に片側の二人を倒して突入、その内側の少女と合流した。  
「あっ、明(あきら)! てめェ卑怯だぞ、後ろからなんてっ!」  
「へっ! 卑怯なのはどっちなんだよ。お前らなんか、四対一で千晶をやろうとしてたじゃねーかっ」  
 悔しげに叫ぶ包囲網の連中へ、突入してきた少年、八坂明はべっと舌を出して挑発してみせる。その頼もしい親友の背中に自分の背中を打ちつけながら、少女は輝くような笑顔を見せた。  
「あはっ。よーし明、一気に行こっ!」  
「くっ、クソッ! 誰が行かせるかよ!!」  
 数十人もの小学生たちが至るところで大乱闘を繰り広げる、その戦場の直中を二人は疾駆する。  
 よく晴れた平日の午後。住宅地が広がる高台の公園は、今や縄張りの覇権を巡る小学生たちの決戦場だった。  
 西小と東小、同じ市内で隣り合う二つの小学校。この両校に属する児童たちのうち、特に元気の余った高学年の男子たちが、この戦場の主役である。  
 その西小側の主力をなす二人組、谷川千晶と八坂明の前には、倍の人数も抗し得なかった。二人からの猛反撃に、たちまち東小男子たちの包囲陣が蹴散らされていく。  
 数の劣位をものともしない猛攻に、東小側のリーダー格がたまらず叫んだ。  
「くっ、くそっ……いったん下がるぞ!」  
「畜生、覚えてろよなっ!!」  
 奇襲を食らわされて半べそをかく仲間の襟を引っ張り、東小の四人は脱兎のごとくに後退していく。  
「あっ! こら待てー!」  
「おいおい、お前こそ待てよ千晶」  
「えっ?」  
 少女――谷川千晶は追撃しようとしたが、幼馴染みの親友、八坂明に止められて目を瞬かせた。  
「高台に置いといた、二年の見張りから報告だ。なんだかやたらデッカイ奴が、血相変えながら自転車カッ飛ばしてこの公園に向かってきてるらしい。そろそろ着くはずだ」  
「東小の援軍ってこと? じゃあ、そいつをボクらがやっつければ」  
「俺ら西小の完全勝利ってわけだ! 千晶、雑魚に構ってる時間はないぜ!」  
「うんっ、行こう!」  
 自転車で来るとすれば、車道のついた入り口のほうだ。そう思った二人は迎撃に向かうべく走り出す。  
「なっ、……なんだありゃあああ!!」  
「!?」  
 だが彼らが到着するよりも早く、同じ西小学校の味方が悲鳴を上げた。同時にダミ声が耳を張る。  
「おうおうおう、西小のクソガキどもォ! ウチの弟がずいぶん世話になったらしいなぁ!」  
 公園の入り口には通学用自転車で乗りつけた、学ラン姿の丸坊主が荒れ狂っていた。  
 小学生のレベルから懸絶したその巨体が周囲を圧して、今まで有利に戦いを進めていた西小勢はいとも簡単に追い散らされようとしていた。  
 
「あっ……あいつ、東小のシバケンの兄貴だぞっ!」  
「新聞の地域欄にも出てた、柔道部の看板選手じゃねーか! 東小の奴ら、なんであんなの連れてくんだよっ!?」  
 怯え混じりの悔しげな叫びがあちこちで上がる。勝負にならない。  
 圧倒的な強敵の出現に、西小勢はあっさりと総崩れを起こそうとしていた。  
「オラオラオラァ! 反省せんかいガキどもっ!!」  
「うげっ!」  
「ひっ、ひいいぃっ――ぎゃん!!」  
 不幸にも追いつかれた何人かが、その剛腕が繰り出すたった一撃で戦意喪失に追いこまれていく。  
「千晶」  
「うん!」  
 その光景を見て、二人は互いに肯きあう。桁違いの強敵を前にして、不敵に微笑んだ。  
 逃げまどう味方の流れに逆らってまっしぐらに駆け込み、そして明が中学生の真正面へ飛び出した。  
「おおおっ!? おいコラてめェ、何の用じゃあ!」  
「決まってんだろ? アンタをボコりに来てやったんだよ」  
 頭二つぶん近く高い巨体を前に、軽く構えてみせながら、明は堂々と言い放つ。  
「ホォ。元気の良いのは感心だがなァ……。坊主、勝てる喧嘩と勝てない喧嘩、しっかり区別はつけんといかんぜぇ?」  
「そんなの分かってるよ」  
 バスケットシューズでジャリ、と足元の地面を均しながら、明は挑発的な視線で巨体を見上げた。  
「確かに、一人なら無理かもな。でも――」  
 薄い笑みを、口許に浮かべる。  
「……二人がかりなら、どうだい?」  
「グッ!?」  
 衝撃が巨体を撃つ。  
 背後から音もなく疾走し、必殺の飛び蹴りを仕掛けた千晶の靴底が、巨体の背中へ突き刺さった。踏ん張りきれずに巨体が吹っ飛び、派手な音を立ててまともに転倒する。  
 あまりに凶悪な破壊力ゆえ、長らく封印されていた谷川千晶の必殺技。『千晶人間酸素魚雷』、その炸裂の光景だった。  
「あ、あれが伝説の……『千晶人間酸素魚雷』!!」  
「敵にまったく接近を気づかせることなく、突如として襲いかかる西小の青白い殺人者……谷川千晶、未だ健在かッ!!」  
 くるりと宙で一回転して、鮮やかに着地してみせる千晶。だが超必殺技の炸裂に沸く周囲をよそに、仰向けに突っ伏した強敵へ向けられる二人の視線は厳しい。  
 大の字に広がった手足の先で、太い指がぴくりと動く。  
「ぬっ、……ぬおおおおお!!」  
「わっ、わあああああ!!」  
 がばりと起き上がるその巨体に、周囲の小学生たちは敵味方関係なく慌てふためいて逃げ惑う。だが、当の千晶は冷静に判断していた。  
「やっぱり、見た目ほど効いてない。受け身が上手かったもんね」  
「なら、このまま一気に畳み掛けるまでよ!」  
 千晶人間酸素魚雷のダメージが消える前に、倒し切らなければならない。二人は互いに間隔を開いて、しかし同時に飛び出した。  
 頭を押さえてふらつく中学生に、明が正面から蹴りを仕掛ける。  
「せいッ!」  
「くっ、何のッ! ――ブッ!?」  
 それは剛腕であっけなくガードされるが、その真後ろから千晶の回し蹴りが決まっていた。  
「お、おんどれらぁあああ!!」  
 蹴り足を引いて素早く下がる千晶を追撃しようとしたところへ、今度は明のボディブローが脇からレバーを打ちのめす。  
 鍛えられた腹筋越しに与えられるダメージは僅かだったが、それでも確実に彼の勢いは削がれていった。  
「スゲェ……!」  
 他の誰もが手出しできないまま、ただ息を呑んで二人の連携攻撃を見守っている。  
 巧みに前後から同時に攻撃を仕掛け、圧倒的な腕力に掴まれないよう間合いを切りながら、絶妙の相互支援で敵を崩しつづけることで、決して反撃を許さない。  
 保育園以前からの幼馴染み。喧嘩友達としての十年間が培ってきた二人の連携は、もはや芸術の域に達していた。  
「ぐうっ、……くそおおおおおっっ!!」  
 死角からの絶えることない連打の嵐を浴びて、中学生もさすがに限界に達しつつあった。息は上がり、痛みとダメージばかりが蓄積していくなか、主導権は完全に奪われている。  
 
 だが、彼も中学柔道部で嘱望されるエースだった。このまま小学生二人相手に一方的に撃破されるなど、決してあってはならない結末だった。  
 だから彼は、最初にこの流れを作った敵――背中から痛烈な飛び蹴りを仕掛けてきた小学生へ、すべての反撃を集中した。  
「うおおおおおおっ!!」  
「!」  
 全てをなげうつ、捨て身の突進。  
 狙われた千晶は身を翻して逃げに徹し、明がその背中を容赦なく追撃したが、ついに敵は千晶の腕を掴んだ。初夏だというのに春先からずっと着続けている、そのパーカーの長袖を。  
「あっ!」  
「千晶っ!!」  
「往生せいやあっ!!」  
 袖を掴まれて、ぐるんと千晶の身体が振り回される。彼はそのまま投げ技で仕留めようと、少女の襟元を掴もうとした。  
「――えっ?」  
 だが、出来なかった。  
 長袖を引いた勢いで、跳ね返って来た少女の身体。その胸元で襟を掴もうとした彼の技は、なぜか完全な不発に終わった。  
 一瞬の間だけに生じた、わずかな――しかし、決定的な隙。  
 そこへ跳びこんだ明の回し蹴りが、横からまともに頭を撃ち抜く。  
「寝てなっ!!」  
「グッ!!」  
 受け身すら出来ずに棒立ちで受けた、強烈な痛打。  
 この一撃が結局、彼への止めとなった。  
 木偶のように力が抜けて、巨体がぐらりと大きく揺れる。千晶の胸元に掛けられた手が外れて、そのまま、どどう、と地面へ崩れ落ちた。  
 それきり動かない。  
 何もかもが終わった戦のあとに、二人の少年少女だけが立っていた。  
「すっ……」  
「すっげええええええええ!!」  
「勝った! 勝ったぞ俺たち!!」  
「ザマ見ろ東小ーっ! これが俺ら西小の実力じゃあーっ!!」  
「うっ、うわあああああ!!」  
「だ、大丈夫ですか正智さーん!!」  
「ち、ちくしょー! これで勝ったと思うなよーーーっ!!」  
 事実上の大将戦が、決戦の帰趨を決定した。  
 西小勢が勝ち鬨を上げ、東小勢は三人がかりで中学生を抱き起こして、捨てゼリフを残しながら敗走していく。  
「西小……大、勝利ッ!!」  
「さすがだぜ明、谷川! おまえら二人の存在抜きで、今日の勝利はありえなかったッ!!」  
「お前らは西小の救い神だああああ!!」  
「へへっ、まあ任せとけって。――千晶、大丈夫か?」  
「…………」  
 今日の英雄を褒め称える周囲への相手もそこそこに、明は無二の相棒へ歩み寄った。  
 気持ちいい大勝利のあとだというのに、心なしか顔色が悪い。千晶はぎゅっと小さな胸を抱くようにしてパーカーの紐を握りしめ、堅い表情で俯いている。  
 大したダメージは受けていなかったように見えたが、何かあったのだろうか。  
 浮かれかけた気持ちを抑えて、明は千晶に再び尋ねた。  
「どうかしたのか? どっか具合悪いところがあるなら言えよ」  
「え……? あ、うん……な、なんでも……ない。何でもないよ、明。ボクは平気だよ」  
「千晶……?」  
 答えてみせる相棒の笑顔も、どこか空っぽの作り笑いに見えて、明は思わず立ち止まる。だが次の瞬間には千晶もいつもの笑顔に戻って、皆の歓喜の輪に加わっていた。  
「よぉーし! じゃあこのまま、下のコンビニで祝杯といこうぜっ!!」  
「俺らの大勝利だもんな! もうあの店で東小に気兼ねすることなんざ一切ないぜーっ!」  
 西小と東小、両校の校区境界近くに新装開店したコンビニ。ここの支配権――というか利用権を巡る縄張り争いが、今日の決戦の焦点だった。  
 その決戦を制した今、あのコンビニは西小のものだ。さっそく買い食いに励み、戦士の疲れを労うとしよう。  
 しかし、めいめいが自転車に乗って坂道を下ろうとする頃、急に雲行きが怪しくなりはじめた。  
 
 ヤバいと思う間もなく、空の底が一気に抜けた。無数の線が視界に生じたと思った次の瞬間には、大粒の雨が皆の全身を叩いていた。  
「ぷあっ……なんだコレ! 天気予報、今日は晴れって言ってたじゃねえかっ!?」  
「傘なんか持ってきてねぇぞおおお!!」  
 雨具の持ち合わせなど誰にもない。さらに悪いことには、この公園の近所にはメンバーの誰の家もなく、またこの人数で雨宿りできるような店舗や公共施設もないのだった。  
「しょ、しょうがねえ……祝勝会はまたの機会ってことで! 今日はもう解散! かいさーん!!」  
 土砂降りの中で、明が声を張り上げる。だがそのときにはもう、皆が蜘蛛の子を散らすようになっていた。  
「千晶っ。行くぞ!」  
「うん!」  
 最後に残ったのは、お互い家が近所の千晶と明の二人だけ。二人は大雨を浴びながら必死で自転車を立ち漕ぎ、住宅街を全力で走り抜けた。  
「じゃあな! 千晶、風邪引くなよ!」  
「明こそ、ちゃんと着替えないとダメだよっ!」  
 数十メートル離れただけの谷川家へ走り去る千晶を玄関先で見送って、明はずぶ濡れのまま自宅の鍵を開けた。  
 夕方が近づく平日の午後に、八坂家は無人だった。  
「今日はオヤジもかーちゃんも、ちょっと遅くなるって言ってたなあ……」  
 風呂場に掛けっぱなしのバスタオルを引っ張り出して、ゴシゴシと全身を乱暴に拭く。手早く着替えを済ませて、カゴへ洗濯物を放り込んだ。  
 滴り落ちた水の跡へ軽くモップを掛け終えてから、二階の子ども部屋へ上がろうとしたとき、明は書斎から漏れる明かりに気がついた。  
「ん? オヤジ……?」  
 普段はそうそう入りこめない父の居室に、ひょい、と首を突っ込んでみる。  
 人の気配はない。だが部屋の明かりは付けっぱなしで、PCも電源が落とされておらず、液晶画面にはスクリーンセイバーの熱帯魚たちが躍っていた。  
「電気消し忘れてったのかよ。ったく、人にはいつも節電しろ節電しろってあんだけうるさいくせして――」  
 愚痴りながらも、あまり触ったことのない父のPCに興味を引かれて、マウスを少し動かしてみた。  
 だがスクリーンセイバーの解けた画面はパスワードとIDを要求してきて、明はそれ以上の行動を断念せざるを得なかった。  
「ちぇっ。何か面白いのが見れるかと思ったのに……」  
 愚痴りながら、何気なく視線を机へ移して、そこで明はそれを見つけた。  
 男性向けの写真週刊誌だった。  
 きわどい水着姿の美女が表紙で、はちきれそうに豊かな乳房をふたつ突き出しながら、扇情的に横たわっている。  
「…………」  
 唾を呑んだ。  
 まず、明は周囲を再び確認した。それから油断なくドアを締め、改めて人の気配を確かめてから、雑誌を取り、書斎の絨毯に寝転がる。  
 しだいに脈が高鳴り、吐息が荒くなっていく。グラビアページを素早くめくった。  
 南洋の熱い光の下で無防備にさらけ出されて、薄い水着だけに守られた豊かな乳房。芸術的な丸みを帯びた、柔らかそうな禁断の果実。  
 さらにページを進めると、その水着すらも失われた。日焼けした肌の中で、水着に守られていた乳房だけが水を弾いて真っ白に眩しく輝き、その頂では尖った赤い乳首がツンと突き出されていた。  
「うあああああ……。でっ、けええええ……」  
 思わず、感嘆の声が漏れる。  
 クラスメイトの女子生徒たちなど問題にならない。グラビアページの中で美女たちの巨乳は、圧倒的な存在感を放っていた。  
 たまらず股間で熱いものがたぎり、代えたばかりのトランクスを大きく押し上げていく。  
 心臓が早鐘を撃ち、明にはまだその正体がよく分からないねっとりとした快感が、はけ口を求めながらじわりじわりと高まっていく。  
 片手でページを繰りながら、もう片手は自然と股間の怒張へ向かった。通常の数倍にも堅くいきり立った己が男根を握り、明はゆっくりとしごき始める。  
 そのとき突然、玄関のチャイムが鳴った。  
「!?」  
 心臓が飛び出しそうになる。次の行動が決められず、明が慌てて周囲へ視線を右往左往させるうちにも、チャイムは執拗に鳴り続けた。  
 居留守を使ってやり過ごすか? そんな邪念が脳裏をよぎる。  
 
「は、はーい……」  
 しかしとうとう最後には義務感に負けて、明はしぶしぶ行為を断念して雑誌を隠した。答えながら玄関へ向かい、覗き穴からドアの向こうを確認する。  
 そこにいたのは、さっきと変わらず濡れ鼠のままの千晶だった。傘も差さずに全身から雨垂れを滴り落としながら、ただ軒先で突っ立っている。  
「ちょっ……!? おっ、お前、どうしたんだよっ!?」  
「あ、明……」  
 一も二もなくドアを開け、彼女を中へ招き入れる。  
「お、お邪魔します……。明、おじさんとおばさんは?」  
「今日は二人とも仕事で遅くなるって! それよりお前、一体どうしたってんだよ!?」  
 千晶が着ている長袖のパーカーとハーフパンツは、完全に水浸しだった。今も濡れ雑巾のように雨水をボタボタと床へ落とし続けている。  
「さっき帰ったら、うちの家族も留守だったの。でも、鍵が見つけられなくて……公衆電話から、携帯に電話しても繋がらなくって。だから……ごめんね、明」  
「いいよそんなの! 床なんか後で拭くから、とにかく早く上がれって!」  
「お、お邪魔しまーす……」  
 ひどく申し訳なさそうに、千晶はすっかり見慣れた八坂家へ上がり込む。そのとき取った千晶の手がひどく冷えていて、明を焦らせた。  
「おいおい、大丈夫かよ千晶……! そ、そうだ。お湯沸いてるから、うちのシャワー使ってけよ! 着替えは――しょうがねえ、有り物で適当になんとかすっから!」  
「い、いいよそんなの。ボクはタオルで体だけ拭かせてもらえば、あとは雨宿りさせてもらうだけで……」  
「はぁ? それじゃ風邪引いちまうだろがバーカ! いいから行けっての!」  
「あっ!」  
 明は強引に千晶の手を引いて、無理矢理に浴室へ放り込んだ。給湯器の稼働を確認しながら呟く。  
「まったく……。今さら何ヘンな意地張って遠慮してんだよアイツは。風邪引いちまったら明日、せっかくの大勝利を他の連中に自慢できなくなっちまうじゃねーか……」  
 ブツブツと呟きながら、明は千晶の着替えを用意しはじめた。  
 二人は十年来の幼馴染みで、両家には長年にわたる家族ぐるみで付き合いがある。千晶のためにこの程度のことをしてやっても、両親は何も言わないに決まっているのだ。  
 だからこそ明には、千晶が今さらなぜ遠慮するのかが分からなかった。  
 幸いなことに、二人の背丈はそんなに変わらない。上着やズボンは自分のものをそのまま貸してやれるだろう。  
 問題は下着だが……どのみち千晶がそれを着るのも、長くとも家族が戻る今夜までだから、せいぜい半日足らずの話だ。千晶には悪いが、これも自分のランニングシャツとトランクスで我慢してもらおう。  
「ぺったんこの千晶にゃ、ブラジャーなんてまだまだ早いしな〜。別に女物なんていらないだろ」  
 女らしさなど無いに等しい、ボーイッシュという言葉が似合いすぎる相棒のことを思いながら、自分のタンスを漁りつつ何気なく呟いた言葉。  
 それが先ほどまでのグラビアの、一枚の写真を思いださせた。  
 純白のシーツに横たわる美女。溢れる乳房を腕で隠しながら、その傍らに転がるブラジャー。  
 カップ、椀と呼ぶに相応しい、丸みを帯びた底の深さ。あのきめ細かなカップの裏地が、柔らかくて大きな乳房を優しく包み、形を整え、揺れる動きを押さえるのだ。  
「…………」  
 ちら、と時計を見た。千晶を風呂場へ放り込んでから、まだ三分も経っていない。まだしばらくは出てこないだろう。いつ親が帰ってくるか分からない今、これは千載一遇のチャンスなのだ。  
 それを思い出すと、居ても立ってもいられなくなり、足は自然と書斎に向いた。明は再び雑誌を取り出して寝転がり、夢中でグラビアの続きを堪能する。  
 グラビア面の後ろには、女優たちのインタビュー記事が続いていた。インタビュアーの質問は彼女たちの巨乳に関することに集中し、彼女たちは紙面で巨乳の発育や、ふだんの生活での悩みについて語っていた。  
「へ、へー……そうなんだ。何ていうか……こういう話も、なんかエロいよなぁ……」  
 再び下半身に集まる血液を意識しながら、明は荒い息づかいでページを次々めくっていく。  
 だがその途中、鼻から急にむず痒さが走り抜けた。  
「――くしゅんっ!」  
 盛大なくしゃみが、紙面にいくつか唾を飛ばす。同時に、背筋に妙な悪寒を感じた。身に覚えがある。  
 
 これは、もしかして……風邪の引きはじめ?  
 明はさっと青くなった。確かにさっき体は一通り拭いたが、別に暖めたりはしていない。  
 思ったより、身体が冷えてしまっていたのだとしたら、このまま風邪を引いてしまうかもしれない。少なくとも今、五感はそう警報を発している。  
 そうなってしまったら後の祭りだ。さっき千晶に怒鳴りつけたことが、今度は自分の身に起こることになるのだ。  
「や、やべえ……やべえ。それだけは、ダメだっ……!」  
 思い立つや、明は足早に風呂場へ向かった。  
 そこには千晶という先客がいるが、別に構いはしないだろう。普段の体育の授業での着替えだって、明たちのクラスは男女混合でやっているのだ。  
 それに何と言っても、千晶は幼馴染みの喧嘩友達で、二人はいつだってお互い好き勝手なことを言い合ってきた。  
 男女とか関係なく何だって言い合える、本当の友達だと思っている。つい一昨年に一緒に旅行に行ったときだって、一緒に風呂に入ったものだ。  
 別に気にすることなんか何もない。そもそもここは、俺ん家の風呂なんだし――。  
 そんなことを思いながら、乱暴に着替えと風呂道具をまとめ、明は風呂場の戸を開けて浴室の前へ入った。  
 水音が聞こえる。磨硝子の向こうに、シャワーを浴びている千晶の肌色の影が見えた。  
「あっ、明!? な、なに、どうしたの!?」  
「悪い千晶! やっぱり俺も変な寒気がしちゃってさ、このままじゃ風邪引きそうだから一緒に入るわ。いいだろ?」  
 手早く衣服を脱衣かごへ脱ぎ散らかして、浴室に反響する千晶の動揺しきった声を聞き流しながら、明は磨硝子の戸に手を掛けた。  
「い、いっしょに、って――や、やだっ! やめて、やめて明!!」  
「なんだよ、別にいいだろ? そんなの気にすんな――よ、……」  
 なぜか必死に反対する千晶を押し切りながら、磨硝子の戸を一気に開く。熱い湯気が浴室から沸き出してきた。  
「え……?」  
 そして、明は一切の言葉を失う。  
 千晶もまた表情を凍りつかせ、ほとばしる湯の熱に満ちた浴室で、寒さに震えるように唇をわななかせる。  
 幼馴染みである二人の小学六年生は、ただ黙りこくったまま、浴室に全裸で向き合った。  
 片手にシャワーの端末を握り、もう片腕をその胸にやって――谷川千晶は、そこでグレープフルーツ大に膨らんだ二つの白い何かを、必死に押さえて隠そうとしていたのだった。  
 浴室を、沈黙が支配した。  
「え、……いや、……あの、…………その……」  
 二人は何も言えず、何も動けず、どうすることもできないまま、ただ明の視線だけが、見慣れていたはずの千晶の裸身を上下に何度も往復した。  
 そして緊張が極限に達したとき、前触れもなく亀裂が走った。  
「悪い! 邪魔したッ!!」  
 間髪入れずにその場で旋回し、明は浴室から全速力で脱出しようとした。持てるすべての能力をただその運動のためだけにつぎ込んだ、極限まで無駄を省略した滑らかで美しい動きだった。  
 明から、すべての思考は蒸発していた。  
 とにかく、逃げなければならない。この場を離れなければならない。  
 そんな思考とも呼べない衝動だけが、しかしそれゆえ強烈に明の五体を突き動かした。  
 だが同時に、ほとんど同等の衝撃を受けていた彼の幼馴染みもまた、同等の行動力を逆方向に発動していた。  
 即ち――幼馴染みの少年の浴室からの逃走、それに対する全力での阻止行動に。  
「待ってッ!!」  
「うあぷッ!?」  
 思いきり強い力で肩を掴まれ、さらに円を描くように鮮やかな動きで体を回されて、明は浴室の壁に背中をぶつけた。  
 肺の中の空気を叩き出されて動きが止まり、その間に距離を一気に詰められる。  
 明は浴室の壁際で、全身の動きを千晶に完全に殺されていた。  
「…………」  
 至近距離に、毅然とした意志をたたえた瞳で――いつも二人で強敵に挑むときと同じ瞳で、谷川千晶がじっと自分の奧を覗き込んでいた。  
 明は言葉を失ったまま、ただ呆然と彼女を観ている。  
「……、み……」  
 明らかに湯のためばかりでない理由で、頬をひどく真っ赤に上気させながら、千晶はわずかに一瞬視線を揺らして、明に小さく語りかけた。  
「み、見た……、よね……? 明。その、……ボクの、……は、……はだ、か……」  
「……あ、う、……うん。そ、その……」  
 なす術もなく、しどろもどろに呟いてうなずくだけの明を前に、千晶はきゅっと唇を結んでうつむいた。  
 その目尻に、湯や汗ではない別の水滴がにじむのを見たような気がして、明はわけのわからぬまま、思いをそのまま口に出した。  
 
「で、でも……その。なんだ。どうして、その……ああ、アレだ。千晶、お前、今までは、ムネ……そんな、……そんな……」  
 そんなに、なかったよな?  
 そこから先を続けられずに停止した明から、千晶はようやく片手を離して、開きっぱなしの磨硝子戸の向こうを指した。  
「今までは、……それ、使ってたから……」  
「それ、って……」  
 千晶の視線を追えば、その先の脱衣カゴに、白くて長い丈夫そうなタオルがあった。  
「ボクはあれで毎朝、ぎゅっ、て服の下から、直接縛り付けて……分からないようにしてたの。手間が掛かるし、締め付けられて苦しかったり、痛かったりしたけど……」  
「ど、どうして、そんなこと――」  
 言いかけた明の脳裏に、さっき読んでいたグラビア女優の記事が閃いた。  
「だ、だって。これってこんなに……おっきくって、重たいんだよ。何にもしなかったら、普通に動いてるだけですごく弾んで揺れちゃうし、なんだか服に擦れて痛いし、それに、……恥ずかしいし、何より……こわかった、よ……」  
「千晶……」  
「……去年の、秋ごろからかな。急に、コレ……大きくなってきちゃったの。最初はちょっと邪魔かな、ぐらいにしか思ってなかったんだけど、すぐに、手のひらじゃ包みきれないぐらいになっちゃって。でもボク、どうすればいいのか、分からなくって……」  
 谷川千晶には、近しい女性が――母親や姉妹がいない。そして明という親友と毎日遊び、男の子の文化と社会にどっぷり暮らしていた彼女には、そんな問題を相談できるほど仲のいい女友だちもいなかった。  
 からだの急激な変化にひとり戸惑い、おびえる少女の思いをあざ笑うように、ふたつの乳房は膨らみつづけた。  
「で、でも。もうすぐ、夏、だから……。夏に、なっちゃう、から……」  
 いつも自信に満ち溢れていた千晶の瞳が、色濃い不安に震えていた。  
「これからどんどん暑くなるし、体育で水泳の授業だってある。薄着になったり、まして学校の水着なんか着ちゃったら……どんなにぎゅっと押し潰しても、もう、こんなの隠しきれないよ……!」  
「そうか……」  
 今までの季節は、厚着でいられたからよかったのだ。  
 そういえばこの一年、千晶はいつも妙に厚ぼったい、身体の線が見えにくくなるような服ばかりを好んで着ていたことを思い出す。  
 あれもすべては、布でぎゅっと押し潰しても隠しきれない、発育過剰な身体の線を誤魔化すための苦肉の策だったのだ。  
 谷川千晶がいま直面している危機は、ただ性的に成熟した裸身を見られたというだけの状況ではない。  
 それは自分が直面した、不本意で急激な肉体の変化――それに対する、重大な変化を伴う決断に迫られているということだった。  
 今の状況は、それがこの浴室で、前倒しされて出現したに過ぎないのだ。  
 この困難を前にして、谷川千晶には、助けが必要だった。力強い、絶対に信じられる誰かからの、助けが。  
 それを差し伸べられるのは、自分をおいて他にはいない。  
 そうでありながら、この状況でそこまで理解できていながら、明は千晶から離れることができなかった。まったく身動きが取れなかった。  
 当たっているのだ――尖端と、尖端が。  
 千晶と明の身長はほとんど大差ない。その二人がいま一糸まとわずに浴室で、互いの四肢を封じる至近距離で向き合っている。  
 身長が同じということは当然、胸の高さもほぼ同じだ。完全な密着にならないよう、千晶は可能な限りにその身を引いていたが、それだけでは十分な距離を取ることは出来ていなかった。  
 触れているのだ、明のそれに――千晶の胸から大きく隆起した乳房によって押し上げられた、少女の乳首が、かすかに。  
 ほんの少しばかり近づくだけで、そのうっすらと赤く色づいた桃色の尖端は、一気に明の胸へ押し付けられる。  
 そうなれば、その尖端を押し出す土台である、たわわに実った白くて柔らかい乳房が、明の胸に押し付けられて潰れることになってしまう。  
 そうなってしまったら、もう何がどうなるか分からない。想像できない。  
 すでに少年の股間からは、凄まじいほどの堅さと大きさを伴って、その幼い男性が直立してしまっていた。  
 先ほどグラビア記事を見ていたときなどの比ではない。圧倒的な血量が流れ込んで充血しきったそれは、千晶の乳房ほどではないにせよ、すでに小学生の域を大きく超える代物となり果ててしまっていた。  
 彼女の乳房の成長がそうであったように、本人の意思とはまったく何の関係もないままに。  
(お、落ち着け……落ち着けよ、俺。なんで……なんで、こんなことになっちまってるんだよ……!?)  
 激しい混乱の中で、明は必死に自問自答していた。  
 
(スッゲェ……オッパイだよな……)  
(まさか千晶が、こんな極上のを持ってたなんて……)  
(あんなに大きいのに、ツンと上を向いてて、先っぽなんか、きれいなピンク色で……)  
(い、今また先っちょ同士がちょっと触った――)  
(で、でも……、待てよ)  
(ち、……千晶は友達だ。いつだって信じあって、背中を預けて一緒に戦ってきた相棒だぞ!)  
(ちょっと胸がでかくなったからって、そんないやらしい目で見たりしていいわけないだろ!!)  
(だ、だけど……ち、チンポ、デカくなり過ぎちまって痛いよ……。こんなに大きくなっちまったことなんか、今まで一回だってなかったのに……)  
 青い性衝動と友情や仁義と理性の板挟みにされて、混沌の海に突き落とされてしまった明。  
 皮肉にも、今の彼にとって唯一の救いとなっていたは、この事態の根源である千晶の乳房の大きさだった。  
 千晶の胸から信じ難いほどにみっちりと盛り上がった二つの肉塊は、彼女の目線のすぐ下を死角にしてしまっていた。  
 堅く真上に反り返った明の男根は、千晶の目からは彼女の巨乳に隠れて見えなくなっているのだ。  
 そして千晶も腰は少し引いているから、堅く反り返った明の男根に体のどこかで触れてしまう気配はない。  
 だから今、この場で最も致命的な事実――八坂明が谷川千晶の裸身に、これ以上はないほどに勃起してしまったという、二人の関係を激変させてしまう事実は、まだ彼女には知られずに終わらせられる可能性がある。  
 その可能性が、明の意識をすっと冷やした。  
 ――千晶は、俺を信じてる。  
 今は俺しか千晶の味方になってやれない。  
 だったら――だったら俺も、千晶を裏切れない。  
 それが……それだけが、今まで信じ続けてきた、相棒に報いる唯一の方法なんだ。  
「べ、別に……」  
「え?」  
 跳ね回る心臓を無理矢理押さえて、明はそれを口にした。  
「別に……そんなの全然、変じゃねえよ。千晶は、やっぱり……女、なんだからさ。そうやって胸が大きくなるのは、ぜんぜん自然で、普通なことなんだよ」  
「え……?」  
「だ、だから。だから、……さ……」  
 一瞬、明は視線を天井へ逃がす。だが次の瞬間には強い決意を秘めて、続きの言葉を叩きつけた。  
「明日からはもう、それを変に隠したりすることないぜ。クラスのぺたんこな女子どもなんかより、お前のほうが百倍カッコいいぜ。そう思う。俺が――」  
 ええい、ままよ。  
「俺が……ついててやるから、さ。今まで通り。今までと一緒で、俺たち二人で……変なこと言ってくる奴らがいたら全員、一人残らずやっつけていこうぜ!!」  
 一気に全部まくし立てて、明はぎゅっと両目を瞑った。恥ずかしさと怖さで、十年付き合った相棒の顔がまともに見れない。  
「……明」  
 名前を呼ばれても、明は瞑ったその目を開けなかった。堅く閉ざしたまま、この世の終わりでも待ち続けるように、そのまま黙りこみ続ける。  
「……ありがと」  
 震えた言葉とともに、明の右手が千晶に取られた。  
 千晶に取られた右手が宙を泳いで、次の瞬間――手のひら一杯に、何か暖かくて柔らかいものが、ぎゅっと押し付けられていた。  
 まさか。  
「分かる……? 明。ボク、ドキドキしてるでしょ?」  
 心音を感じる。  
 分厚くて大きな、押し潰されたやわらかい脂肪の塊を通して、確かに、千晶の命の証が手のひらに伝わってきている。  
「ボク、馬鹿みたいだった。ボクには明がいたのに、ずっと一緒にいてくれてたのに。それなのに、ずっと一人でうじうじ悩んで、ずっと隠しごとしたりして」  
 人差し指と中指の付け根あたりに、指先ほどの少し堅いものが当たっている。  
「えへへへへ……。……そういえば明と一緒にお風呂入るの、ずいぶん久しぶりだね」  
「あ、お、……おう。に……二年ぶり、ぐらいだったっけか!?」  
 言葉がぐらつく。意志の力で見まいとしても、どうしても周縁視界にそれが入ってしまう。  
 千晶の左乳房にずっぷりと五指を埋めた、自分の右手を。  
 その右手ではとても包みきれないほど大きなその乳房にみっちりと詰まった柔らかい乳肉が、明の五指にねっとりと吸いついてくるようにしながら、同時に押し退けようともしてせめぎあっている、その光景を。  
 その上向きの尖端を取り巻く桜色が、人差し指と中指の間からかすかに覗いている光景を。  
 
「ボク、何考えてたんだろ。明に隠しごとなんかしたって、しょうがないのにね」  
 かつての恐慌はもはや完全に抑え込んで、千晶はにっこりと優しく微笑んだ。  
「明。……ありがとう。明と一緒なら、ボク、なんにも怖いものなんかない」  
「千晶……」  
 呟く明の手のひらの中で、ひどく激しく拍動していた千晶の心音は、ゆっくりと落ち着いていく。  
 そうしてやがて、とくん、とくん……と、平常近くの心拍数にまで落ちていった。  
 しかし、明を信じて心を落ち着かせた千晶とは正反対に、明の心臓は天井知らずで上がりっぱなしのままだった。  
 ただどぎまぎと次の反応を必死に考える明の前で、千晶は無邪気に次の爆弾へ火を点けた。  
「さわっていいよ」  
「え?」  
 な、なにを??  
 その一言で、天井を突き破るほど跳ね上がった明の心臓をよそに、千晶は暖かな笑顔のままで続けた。  
「明の好きなように、さわっていいよ。今までボクが、こんなにおっきくて邪魔なのが二つもあるのに頑張ってたってこと。明には全部、ちゃんと知ってほしいから」  
「え、……えええええ……!? でっ、でも……お、お前、そんなっ……」  
「あはははははは。いいから、ほらっ!」  
 言葉尻を泳がす明の前で、千晶はくるりと回ってみせた。明に日焼けのない白い背中を見せながら、その両手を取って、それぞれを自分の乳房に導いた。  
 明の手のひらの上に自分の手のひらを重ねて、ぎゅっ、と握りしめる。  
 千晶の指に押し込まれて、明の十本の指が、ふたつの乳房に沈み込んだ。  
「…………!!」  
 柔らかさ。量感。ぬくもり。弾力。質感。みずみずしさ。  
 無数の情報が、人体でもっとも敏感な箇所のひとつである指先から脳へ殺到する。谷川千晶の乳房に関する触感が、瞬時に思考をパンクさせた。  
「どう? 重たいでしょ?」  
 両の乳房に十指が食い込み、その重量すべてを明の両手が支えたのを感じ取ると、千晶は添えた両手を離してみせた。  
「タオルでぎゅーっと押しつぶして揺れないようにしてたけど、ボクはこんなの二つも付けた状態で今日も戦ってたんだからね! どう、見直した?」  
「あ、……あ、ああ……」  
 得意げに明るく話す口調からはすっかり不安の影が取り除かれて、いつもの千晶らしさが戻ってきているのが感じられた。  
 だが明は、もうそれどころではなくなっていた。  
 千晶が前を向いてくれたことで、苦労して巨乳の影に牙を剥いた男根を隠し続ける必要はなくなった。  
 二人の視線が外れたことで、明の理性を縛る友情のくびきも少し、緩んだ。  
 そして完全なる臨戦状態で屹立したその陽物の切っ先には今、千晶の形のよい尻が位置していた。  
 ……前に一回だけ、アダルトビデオを悪友に見せて貰ったことがあるから、知ってる。  
 この尻に……この腰の前に、女のちんちんがあるところに、このガチガチに堅くなってるチンコを差し込む。  
 それで激しく叩きつけるように何度も出し入れして、最後に白くて粘っこい精液がいっぱい出たら、……千晶のおなかに、おれの赤ちゃんが出来るんだ。  
 赤ちゃん。そもそもこの千晶のでかいオッパイだって、赤ちゃんに吸わせてやるのが本当の使い道のはずだ。  
 おれたち、まだ子どもだけど。小学生だけど。  
 でも、こんなに大きくてきれいな千晶のオッパイなら、ひょっとして……  
「あッ……!」  
 ぴくっ、と千晶の肩が震えた。二つの乳房の重さを支えていた明の両手が少しずつ握力を強めて、その内側へと侵攻を開始したのだ。  
 ……女の人のオッパイって、どんなふうに出るんだろう。この乳首の真ん中から、搾ればぴゅーって出るのかな……。  
「んっ、……あ、明……? ふぅ、やだあ……くすぐったいよう……!」  
 手のひらの中で、指にねっとりと吸いつく乳房が少しずつ変形していく。  
 明の指にぐにゃりと潰されていくその様は、尖端に赤い岩山を頂いた白くなだらかな巨峰が、地殻変動でゆっくりと沈没していくよう。  
 真っ白な乳肉が、指の隙間からあふれていく。人差し指と中指の間に、乳首と、そのすぐ根本の肉が挟まれた。  
 明は中指をそっと持ち上げて、少しだけ伸びた爪で軽く触れるように、千晶の両乳首を引っ掻いた。  
「ひゃうぅっ!?」  
 今までとは明らかに違う声を上げて、千晶の背中がびくんと跳ねた。  
 
 明は腰を引いて、それでも男根の切っ先だけは千晶の肌へ触れさせないようにしながら、しだいに前かがみになっていく千晶の肩に顎を載せた。  
 真剣な目で、千晶の乳房を観察する。  
 薄赤色の先っぽには、よく見ると割れ目みたいなのが入っている。あそこから出てくるんだろうか?  
 同時に、揉み方を少し変える。それまでのただ闇雲に全体を揉み潰すような力の入れ方から、いっぱいに張りつめた乳肉を、乳首へ向けて絞り出していくようにした。  
「や、やああ。あ、明、へ、へん。へんだよう。くすぐったい……くすぐったくって、からだが熱くて、へん……なんで……? ボク、なんだか変になっちゃってきてるよう……」  
 甘くすすり上げるような千晶の悲鳴にも、明は耳を貸さない。そのまま無慈悲に、二つの巨乳を搾りつづける。  
 明は夢中で千晶の乳房に没頭していた。千晶に公認されたまま、その肉塊を自在に揉みしだき、捏ねまわす。  
 しかし、どれほど丹念に搾りつづけても、千晶の乳首から白いミルクがほとばしることはなかった。  
 ただ指で揉んでるだけじゃダメで、直接口に含んで、ちゅうちゅうと吸ってあげないとダメなのかも。  
 でも、それはダメだ。千晶が許してくれたのは、ただ彼女の苦労を知るために、この重くて大きなオッパイを触ることだけ。  
 先っぽを口に含んで吸ったり、舐めたり、軽く噛んだりすることは、ダメ。やっては、いけない。絶対にいけない、けれど――  
 我を忘れて千晶の乳房に溺れるうち、明は思わず腰を弛めてしまっていた。  
 もうずっとガチガチに堅く屹立したままの、これが自分のものとは信じられないほどの剛棒に化けたグロテスクなそれが、千晶の尻に一瞬だけ、触れた。  
「あッ――!」  
 瞬間、ギリギリのところで抑えていた快感が、一気に堰を破ってほとばしった。  
 快楽の濁流が脳から脊椎を経て股間へ駆け下り、そして、その切っ先から白濁液となって発射される。  
 休みもなく延々と、数秒にわたって途切れずに飛びつづけた精液は、千晶の細くなだらかな腰を広々と、背後から汚し尽くしてしまっていた。  
「あ、あああああ、ああ、……ひゃっ、ひゃうっ!? あ、明――明、ボクに何したのっ!?」  
「な、何、って――」  
 そして同時に、魔法のように明は我に返った。  
 咄嗟にタイル床へ転がっていた、シャワーの端末を拾い上げる。水量を最強にして、千晶が事態を確かめるより前に、精液全てを彼女の背中から拭い落とした。  
 その場の思いつきだけで弁明する。  
「わ……わっ、悪い! トイレ入ってなかったから、ションベンちょっと出ちゃった。ホントごめん! いま全部シャワーで洗い流したからっ」  
「さっ……!」  
 乳房へ対する執拗な揉みしだきから、名状しがたい感覚と熱に全身を囚われてただあえいでいた千晶の瞳に、今までとは異なる種類の涙がにじんだ。  
 さすがに明が怯んで下がる。  
「あっ、いや、そのっ……」  
「最低だーーーっ!!」  
「ゴフッ!?」  
 至近距離からの肘打ちが、明の身体を思いきり強く吹っ飛ばす。  
「明のバカ! 死んじゃえっ!!」  
 脱衣カゴの上に倒れこんで、二人の衣服をまき散らしながらも、肘打ちの反動でたゆんと揺れる白い乳房と、その頂で曳かれた赤い軌跡を見届けて、少年は素晴らしく満足げな笑みを浮かべていた。  
 
 

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