街外れの廃ビル。
埃っぽい一室で、沙耶はぐったりと桐也を待っていた。
涙に濡れた頬は青ざめ、口の中は血の味がする。
僅かに身じろぎした沙耶を再び藤田は足蹴にした。
「動くなって言ってんだろーが!!」
彼女を拉致し、酷い暴行を加えている二人は、沙耶と同じ附属小学校に通う同級生の藤田と矢口。
二人とも今日まで話したことも無かった。
「…さっさと録っちまおうぜ、いつも通りによ!!」
沙耶を拉致した手際の良さにも関わらず、二人は緊張し、焦燥している。こんな無茶をする以上当たり前なのだろうが、黙々と沙耶の衣服を引き剥がす彼らの顔もまた蒼白だ。
「いやあっ!! 桐也!! 桐也!!」
「うるせーよ!! 桐也ならすぐ現れるからよ!!」
ブレザーが引き剥がされ、ブラウスのボタンが弾け飛ぶ。
黙々とビデオカメラを廻す矢口の前に、沙耶の小柄だが女らしく成長しつつある肉体が露わになってゆく。
朦朧とする意識のなかで、沙耶は彼らの意図をぼんやりと考えた。こんな事をして、彼らがただで済むわけがない。
たとえどんな姿を録画されても、沙耶は彼らを告発し、裁きを受けさせる決意を固めていた。
しかし、はたして何故、桐也がここに来るのだろう?
「いや… いや…」
弱々しく抗う沙耶のブラジャーが毟り取られ、汗ばんだ乳房が露わになった。
藤田は無言で沙耶の背後に回り、両手で激しく沙耶の豊かな双球を揉みしだく。
桐也の甘美な技巧とは程遠い、乱暴で粗野な責めに沙耶の顔は苦痛に歪んだ。
「や、めて…」
千切れんばかりに変形する幼い乳房。
明らかな悪意を込めて、藤田の指先が小さな沙耶の乳首をぎゅっと抓った。
「痛いっ!! やめて、やめてぇ…」
カメラは舐めるように悶える彼女の姿態を収めてゆき、二人の少年は息を荒げて沙耶にさらなる屈辱を強いた。
「…脚、押さえろ。」
華奢なふとももは屈強な腕により容易に固定され、ひくひくと剥き出しになった部分にレンズが迫る。
「いやあぁぁ!!」
「たまんね。ぶち込んで撮るか!?」
「その前に咥えてる顔だろ。」
幼く敏感なあらゆる急所を容赦なく蹂躙され、か細い泣き声を上げる続ける彼女の唇に、凶悪な猛りが迫ったとき、ギィ、と壊れたドアが開き、藤田と矢口がビクリと動きを止めた。
「…来たな。」
「桐也!! 助けて!! 助けて…」
部屋に足を踏み入れた桐也は、沙耶の無残な姿にもあまり驚くことなく、低い声で二人の同級生を見据えて言う。
「…お前ら、どういうつもりだ?」
体格も優れ、附属小の六年生の中でも幅を利かせている二人が、転校してきてまだ日も浅い桐也に対し、怯えたように目を伏せて応えた。
「…見ての通りだ。いつもの、お前のやり方だよ。」
「沙耶、大丈夫か? すぐにケリ付けるからな。」
経緯が飲み込めない不安げな沙耶をちらりと眺めて優しく桐也は言うと、じりじりと退いてゆく藤田と矢口を嘲笑った。
「これが俺のやり方!? じゃ、ここからどうするつもりだ?」
言葉に詰まる二人に桐也は続ける。
「お前らじゃ無理だよ。ここからが一番、難しい。」
「…だから、こんなことしてまで引き止めてんだよ!! …リーダー。」
話の見えない沙耶は困惑して桐也を見つめる。やり方…リーダー…
彼らは一体何の話をしているのだろう?
藤田は思う。この類の乱暴や、盗撮は誰でも出来る。補導され、人生を棒にふる覚悟があれば。
しかし、窮地に立って半狂乱の少女達を宥め、脅し、ついには屈服させて意のままに操り、更なる犠牲者を引きずり込ませる桐也の巧妙な手腕があれば、絶対の安全圏から思うままの退屈しのぎが出来るのだ。
「…『沙耶の裸をばらまかれたくなければ…』か? だからお前らはその程度なんだよ。『リスク』を解っていない。」
藤田と矢口は顔を見合わせ、言葉を詰まらせる。『課外授業』の頭脳たる桐也を再び仲間に引き戻す為、二人が考えていたことは、まさにその程度だったからだ。
桐也はゆっくり沙耶の傍らにしゃがみ込むと、丁寧に乱れた着衣を直してやる。
「…桐也、一体…」
「大丈夫。大丈夫だから。」
落ち付いた声はいつもの桐也と変わらない。土曜日の少し淫靡な駆け引き、日曜日のお出かけ。
当たり前の日常が沙耶にはひどく遠く思えた。
「…『女に腑抜けた』って訳か!? オメー程の奴がよ!!」
藤田の言葉に、矢口が意地悪く付け足す。
「…盗撮して、女脅して、その女に別の女撮らせる。天才だぜ。桐也はよ。」
「…嘘。桐也… 嘘でしょ…」
桐也は沙耶に応えず、立ち上がって二人に向き合った。
「…『ゲーム』はそんな単純なもんじゃねえ。知ってるだろ?」
彼らは再び顔を見合わせる。
桐也の狡猾さは完全な『安全装置』にあった。
彼らが盗撮した少女達の卑猥な映像は、全て一つのファイルに収まって、あるパソコンに疎い初老の男性教師のハードディスクの奥に眠らせてある。
更衣室やトイレに彼らが設置した隠しカメラが万一発見されれば、少女の筆跡で用意された手紙が男性教師の淫行を当局に告発し、さまざまな証拠がごく自然に浮上する、という手筈だった。
桐也が周到に準備しているそれら無数の『安全装置』があってこそ、何不自由ない富裕な家庭を持つ佐野や小沢は安全な退屈しのぎを満喫してこれたのだ。
「…あの老いぼれは毎日自分が爆弾の前に座ってることを知らねえ。 それから、お前らも、な。」
桐也の言葉に、藤田と矢口はごくり、と喉を鳴らした。
ハッタリは桐也の十八番だ。
しかし、彼らの人生を破滅させる装置を、眉一つ動かさず仕掛けられるのも、間違いなく桐也なのだ。
桐也は沙耶を守るように彼女の前に立ち、沈黙した二人に冷たい声で告げた。
「俺は俺の勝手で抜ける。気に食わねえなら遊んやるぞ!? 始めるか? 俺との『リスキー・ゲーム』を!?』
沙耶が見上げる桐也の表情は、沙耶が心を奪われた魅力的な微笑をたたえたままだ。
壊れそうな心で、沙耶は彼から目を反らせた。
ゴン!!
矢口が、汚い床にビデオカメラを投げ捨てる音。
「…言うとおりにするよ…また、面白いことやるとき、声掛けてくれよな…」
藤田が悄然と呟いて、二人は桐也に背中を向けた。
沙耶を立たせながら桐也が去り行く二人を見ずに言う。
「…片岡大基はもう使えない。東小攻めは当分休め。」
「…わかったよ。桐也。」
そう答えて二人が去った後、無表情に佇む沙耶に、桐也は落ち着いた声で語りかける。沙耶には見慣れた横顔。
しかし別人の横顔。
「…そういう事だ。憎んでくれていい。でも…
お前と一緒だと、本当に…本当に楽しかった。」
もう、桐也を信じる拠り所は沙耶にはない。たった今の一幕ですら、彼の『リスキー・ゲーム』ではないという保証がどこにあるのだろうか。
だが、血の気の失せた表情で、沙耶は黒く渦巻く罪の中心に佇んだ加賀桐也の姿をじっと見つめた。
そして自らの魂が、すでにその渦の中で溺れているのを沙耶は静かに認め、ズタズタに傷ついた心と身体で、崩れるように桐也の胸に飛び込んだ。
「…桐也の…バカ。」
END