鮮やかに黄色くなった銀杏の葉がひらひらと舞い降り、穏やかに陽のあたる東小は眩い黄金色に染まってゆく。  
そんな素晴らしい秋の景色に似合わぬ緊張した空気のなか、私は拳を固く握って佇んでいた。  
 
「…白瀬さんさぁ、昨日、西小の眼鏡かけた、背の高い女の子と一緒にいたよね!?」  
 
渡り廊下で私の前に立ち塞がった三人組は三組の女子だ。威圧的な口調で私に尋問を続けている。  
 
「…仲良さそうだったよねぇ。 ちゃんと見てたんだから。」  
 
国東さんのことだった。昨日靴屋で偶然出会って、一緒に商店街のお店を何軒か回った。言いがかりをつけられる覚えがなかった私は、少し憮然として彼女たちに答える。  
 
「…だったら、何か?」  
 
「…やっぱりね。一組って、ほんと裏切者の集まりね。」  
 
リーダー格らしいロングヘアの子の言葉に、左右に控えた二人が頷く。向きを変えて教室に戻ろうとしたが、乱暴に手首を掴まれた。  
 
「…逃げるの!? 一組は負け犬ばっかよね。みんなで西小に尻尾振ってさぁ!!」  
 
失礼な言い草に腹を立てて、掴まれた腕をブン、と振りほどいてから、苦手だった演技を思い出し、精一杯虚勢を張って睨み返した。  
よくカメラマンに求められた、冷たく無表情な凝視。まあどちらかといえば楽な芝居だ。  
三人は少し怯んだ様子だったが、リーダー格は負けじと居丈高に続けた。  
 
「…あんたが取り入るまでは、シバケンもちょっとは使える奴だったけど、今じゃ負けっぱなしの逃げっぱなし… どうせそのおっきな胸で、シバケン腑抜けにしたんでしょ?」  
 
甲高い嘲笑。もう我慢出来なかった。渾身の力でリーダー格を突き飛ばす。生まれてはじめての喧嘩だった。  
 
「…いい加減になさい!!」  
 
彼女たちは顔色をなくして後退りしたが、残念ながらスクリーンで屈強な戦士を殺戮するオロチヒメはCG合成の産物であり、現実の私はからきし腕力に自信がない。  
そのうえ三対一では勝負になる筈もなく、とりあえず腰を低く落として上目遣いで拳を構え、眉間に皺をよせてみた。ああ…早く授業のベルが鳴ってくれれば…  
 
「きゃあっ!!」  
 
三人組の一人が、だしぬけに悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。足元にバサリと地図帳が落ちた。  
 
「あんたたち、何やってんのよ!!」  
 
ユマ達だった。  
硬い地図帳の直撃を受けた子が泣きだし、彼女達三人は銀杏並木の下をあたふたと逃げ去ってゆく。やっぱりクラスメートは有り難い。  
 
「三組のミズキ達ね…  
サエは怪我してない?」  
 
「…ありがと。ひどい目にあったよ…」  
 
戦闘ポーズで固まったまま経緯を説明する私に、ユマは愛用武器の地図帳を拾い上げながら、深刻な表情で言った。  
 
「…あんただけじゃないの。『六年一組非常事態宣言』よ。」  
 
 
ユマの言葉は、決して大袈裟ではなかった。  
教室に戻った私は、すぐ桜井がいないことに気付いた。さっきまでゴトーとマンガ談義に花を咲かせていたが…  
 
「桜井もあんたと同じ。今、職員室で絞られてる。」  
 
「『同じ』って?」  
 
「…栞ちゃんのこと。」  
 
桜井の妹、四年生の栞ちゃんが、密かに西小の男子児童と付き合っているのは六年一組公然の秘密だった。私も一度、桜井に頼まれて栞ちゃんを密会場所であるハンバーガーショップまで送ったことがある。  
少しやりすぎの変装まで微笑ましく、私たちはこの小さなロミオとジュリエットのスリリングな『密入国』に協力するのを楽しみにしていた。  
 
「桜井もかなりバカなんだけどね… 栞ちゃん、交際がバレてクラス中で吊し上げられた、って聞いて、さっき四年の教室へ暴れこんだのよ。」  
 
今や桜井兄妹は四年生の間では『西小の回し者』呼ばわりらしい。浮かぬ顔でゴトーが引き継ぐ。  
 
「…栞のクラス全員を号泣させたそうだ。アホだろ…」  
 
最近再び西小との摩擦が激しくなるなか、私は自分の軽率な行動を悔やんだ。栞ちゃんは、もっと辛い目に遭ったに違いない。  
顔の見えない東小の意志は、果たして『シバケン』と六年一組に、何を求めているのだろうか。  
 
 
「…そしてもう一人、『あの子』よ。」  
 
エリが顎で指した方向には、授業のベル直前に、慌てもせず教室に入ってきた作倉さんの姿があった。  
西小の統率者、八坂と谷川との繋がりを噂される無愛想で謎めいた彼女。  
健太がその件で作倉さんと何らかの接触を持ち、おおっぴらに彼女を茶化す者がいなくなったのもまた、一組では公然の秘密だった。  
彼女の頑なだが愛らしい瞳は、いつものように平然と、どこか遠くを見つめていた。  
 
 
「…『シバケン&巨乳スパイ団』だってよ。一組は。」  
 
ゴトーの悔しそうな呟きに、周囲の話を目を閉じて聞いていた健太は静かに答えた。  
 
「…言わせとくさ。」  
 
とりあえず国東さんとは距離を置こうと思った。きっとみんなの為、ひたすら耐えているに違いない健太のために。  
 
 
ようやく昼休みに職員室から解放された桜井を交え、憂鬱に教室にこもっていた私達の所に、給食当番だったエリが仕事を終えて戻ってきた。  
 
「ねえシバケン、五年生が相談があるって来てるよ。」  
 
桜井とゴトーがすぐ反応する。嬉しそうだった。  
 
「お!! 新しい緑化公園の件だろ!? 五年生同士、西小とだいぶ揉めてるらしいからな。 で、何人来てる!?」  
 
 
「三人よ。」  
 
エリの返事にゴトー達はガクリと頭を垂れる。以前は西小相手のトラブルが起こると、一組の教室は身動き出来ない程の人数が詰め掛けたという。私が転校してくる前の話だ。  
しかし健太は、むくりと居眠りを止めてエリに尋ねた。  
 
「…誰が来てる?」  
 
「双子コンビと、土生って子。」  
 
エリの答えに健太はニヤリと笑い、椅子から立ち上がった。  
 
「…上等だ。」  
 
『市立緑化公園』は、この秋、郊外に竣工した広大な総合運動公園だ。  
何面ものグラウンドにアスレチック、池を巡る遊歩道に遊具のある広場。時間ができたら遊びに行こうと前に健太と約束していた。二人ともこのところ多忙になり、すっかり忘れていた約束だった。  
 
「…で、西小の六年はまだ出てきてないのか?」  
 
健太の質問に、双子が少し緊張した声を揃えて答える。  
 
「うん、今は五年ばっかり。…でもあいつら凄い人数でさ、東小お断り、って感じで…な、翔平!?」  
 
双子と違い、健太の前でも堂々たる土生翔平がいつもの調子で、ゆっくりと私達に話す。  
 
「俺は平等にグラウンドやコートが使えれば…シバケンさんなら話通せないかな、って。」  
 
「…『シバケンさん』はやめろ。前から言おうと思ってた。」  
 
健太は面白そうにそう言うと私達を振り返り、悪戯っぽい笑顔を見せた。最近見せてくれない屈託のない微笑みに胸がキュンとする。  
 
「よし。久しぶりにみんなでピクニックだ。ゴトー、みんなに声掛けてくれ。久しぶりに俺の豪速球見せてやるぞ。」  
 
しかし健太の大声に、クラス中から複雑な声が上がった。  
 
「な、殴り込みかよぉ!?」「…返り討ちだぜ…」  
 
不安げなざわめき。確かに健太や桜井が六年生の支持を失いつつある今、みんなが二の足を踏むのは当然だろう。  
しかし、健太が行くと言えば、たとえ二人きりでも私はついて行く。あの谷川千晶だって、私と変わらぬ女の子なのだ。  
 
「バーカ。ピクニックってるだろ!! 弁当持ってさ。チビ共も連れて賑やかに出掛けるんだよ!!」  
 
私の決意とはうらはらな健太の陽気な声に、教室の空気が少し和む。エリが懐かしげに呟いた。  
 
「久しぶりね… ピクニックと言えば、覚えてる? 『ゴトー骨折事件』。」  
 
「ありゃケンが押したからだ!! 四年生の時だよな…」  
 
転校生の私が知らない、クラスみんなが共有する沢山の思い出。うらやましかった。しかしこうしてみんなの昔話に耳を傾けるのは、とても幸せな気分だった。  
いつか私も、この六年一組を懐かしく語る日が来るのだろうか…  
 
「じゃ、次の日曜日だ。弁当とか遊び道具とかちゃんと持ってこいよ!!」  
 
三人の五年生は、この知らせを携えて教室に戻ってゆく。気の早いマナがお弁当の段取りを始め、その日の午後は、みんな料理の話で盛り上がった。  
 
 
秋晴れの日曜日、集合場所の校庭に集まった人数は予想以上だった。  
まだ自転車での遠出が覚束ない低学年に付き添って現れた母親に、よろしくお願いします、などと言われぎこちなく頭を下げる。こんな大所帯で出かけるのは海水浴以来だ。  
西小とのトラブルは心配だったが、色とりどりの自転車と、カゴに詰め込まれたボールやラケットを眺めていると心が踊る。紅葉もきっと綺麗だろう。   
 
「…健太くん、もし西小の連中といざこざが起きたら?」  
 
派手な衝突を期待して参加している五年生のなか、土生翔平が健太に尋ねる。  
出発を待つ間も低学年にバッティングの指南を続けていた彼は、皆が安全に楽しくスポーツに打ち込める場所を切実に求めているようだった。  
 
「…なあ土生よぉ。『雨降って地固まる』っていうだろ。なんでもまずは『雨』からだ。」  
 
まるで弟を諭すように語る健太に、この芯の強い五年生はなおも食い下がる。  
 
「それが血の雨でも?」  
 
「そうだ。…ま、心配しなくても、グラマーな女ピッチャーは殴らねぇ予定だよ。」  
 
健太が意地悪な顔で笑いながら言う。どうやら『ロミオとジュリエット』は、栞ちゃんたちだけではなかったらしい。  
 
「…『東小のハブショウ』語呂もばっちりなんだけどな…」  
 
顔を赤くして去ってゆく土生の背中を見ながら健太が小さく呟く。すると素知らぬ顔でバットを振っていたゴトーが答えた。  
 
「ああ。双子より度胸もある。惜しいよな…」  
 
私は再び一年生のコーチに戻った彼を見ながら、あの快活な野球少年には、喧嘩も、ましてや物騒なあだ名も似合わないな、と思った。  
 
 
 
「…54、55、56、57人と!! 男子30人女子27人に自転車42台!! では出発ーっ!!」  
 
まるで番犬が羊を集めるように、校庭中で遊び呆ける児童を整列させたユマのかけ声が響く。  
いつも行き当たりばったりな男子の計画を完璧にサポートする彼女こそ、一組の真のリーダーではないか、と時々私は思う。  
そんなわけでとりあえず、『東小緑化公園行き御一行』は騒がしく東小の校庭を出発した。  
 
 
 
果てしなく長い行列の最後尾、久しぶりの指定席である健太の自転車の後ろに跨り、私はユマに命じられた低学年の見張りに精を出す。これを怠ると、到着時には人数が一割減っているというユマの言葉は真実だった。  
 
「…こらっ!! ドングリなら公園に着いたらいっぱいあるでしょ!!」  
 
路肩に自転車を止めてドングリを拾う者、大事なカードを落としたと、猛烈なスピードで逆走して来る者、携帯ゲームに熱中して溝に落ちる者…  
大抵は健太の一喝で慌てて列に戻るが、楽しみにしている遊歩道の散歩も水入らず、とはいかない予感は当たりそうだ。  
 
「…仕事、どうなんだ?」  
 
健太が珍しく仕事の事を尋ねた。  
 
「うん、スポーツウェアの『B−ボート』でしょ。それから、『アンノウンX』、ちょっと大胆過ぎる服多いとこ。あとは『シラセ・デザイン・スタジオ』専属。」  
 
「…よくわかんねえが、忙しいんだな。」  
 
少し寂しげに聞こえた彼の声に、慌てて付け加える。  
 
「…でも、やっぱり学業優先の健太優先だよ。」  
 
「バカ。仕事はキチンとやれ。」  
 
ぶっきらぼうな返答。「だってぇ…」と甘えかけたところで、また逆走車が突進してくる。  
 
「こらぁ!! 何処へ行くかぁ!!」  
 
乱暴な口調で叫ぶ私はすでに、『ヒステリック・グラマー』の一員だった。  
 
…こうして秋の山道を楽しむ余裕もなく、一時間少しかけて私たちは『市立緑化公園』に到着した。  
 
「…広いね…」  
 
思わず呟くほど広い公園だった。開発の進むこの市の外れの山林は、まさに絶好の遊び場に生まれ変わっていた。  
静かな池が紅葉を水面に映し、芝に覆われた小高い丘の向こうには広いグラウンドや遊具が見える。  
 
そして、ちらほらと見える他校生。おそらく西小児童であろう彼らは、大挙して現れた私たちに気付き、なすすべもなく戸惑いに満ちた視線を送っていた。  
 
「…行くぜ。」  
 
側近を従え健太は傲然と公園に足を踏み入れる。その姿はまさに『東小の魔王』。サッカーボールを追っていた西小児童が動きを止めた。  
 
「…な、なんだよ!?」  
 
目にも止まらぬ早さで桜井が戸惑う彼のボールを奪う。巧みなリフティングでボールはゴトーに渡った。  
 
「か、返せよ!! なんなんだよ、お前ら!!」  
 
「…消えろ。」  
 
健太の言葉と共に、彼らのサッカーボールははるか彼方へ蹴り飛ばされた。  
 
「…東…小?」  
 
震えた小さな声。冷たい貌で健太に寄り添う私は彼らの敵だ。内心の葛藤を見せぬよう、私は退屈そうに俯いて髪をいじり続けた。  
 
これは『侵略』だった。広い公園のあちこちで、同様の威嚇と恫喝が繰り広げられ、無防備な西小児童が次々と駆逐されてゆく。  
そのあとに歓声を上げ、グラウンドに、ジャングルジムに散ってゆく東小の小さな児童たち。  
賞賛と畏敬の眼差しはまさしくみんなが期待するリーダー、『東小のシバケン』に降り注ぐ。  
騒乱のなか上着の裾を引かれ、ふと見下ろすと、見覚えのある東小の二年生が私を掴んでいた。  
 
「…お姉ちゃん、お城造りたい。」  
 
彼の視線の先には砂場に怯えた顔で座り込み、私たちを見上げる小さな西小児童たちの姿があった。  
わかっていた筈だった。健太は、ゴトーは、ずっとこうして最前線で西小の憎悪を一身に浴びながら闘ってきたのだ。  
健太と仲間の愛情に支えられた私が、どうしてみんなの後ろに隠れ、憎しみの矢面から逃げていられるだろうか?  
 
静かに砂場に歩み寄った私のスニーカーの下で、西小の砂のお城は音もなく、ぐしゃりと潰れた。べそをかいて去ってゆく西小の児童たち。  
生まれて初めて、あまり感情を映さぬ自分の面立ちに感謝した。  
 
…ねぇ綾女、『正しいこと』ってなんだろう? 『強い』ってなんなんだろう…  
 
 
やがて双子たち五年生が西小児童の掃討完了を誇らしげに告げる。  
昼食の時間まで、私は黙々と、砂のお城を造り続けていた。  
 
 
 
「…え!? サエさん『樹海』がテレビデビューじゃなかった!?」  
 
昨夜マナの家に集まって作ったお弁当をみんなで食べながら、五年生の女子達とはじめて話す。  
まだ西小の逆襲を恐れ、そわそわと落ち着かない彼女たちに、昔の仕事の事をできるだけ面白く喋った。  
 
「…子供時代のキミエが沼に落ちて溺れてる回想カットがあってね、その小さいキミエ役が私のテレビデビュー。台詞は『助けてぇ!!」だけ。」  
 
 
熱心に聞き入る彼女たちは次第に楽しげな笑い声を立て始め、安心した私は時折チラリと健太を見たが、彼は翔平を相手のキャッチボールに夢中で、まだ湖畔の散歩はお預けのようだ。  
 
「ほぉら、いくよぉ、栞ちゃあん!!」  
 
桜井は鼻の下を伸ばしながら妹の栞ちゃんとバトミントンに興じている。お喋りに費やすにはもったいない天気に、私たちもすぐにバレーボールを始めた。五年女子対六年女子だ。体を動かしていると気分が晴れた。  
しかし、出来るだけ快活に振る舞いながらも、私達六年生の思考は今後の戦況から片時も離れなかった。  
 
不本意に撤収した西小の児童たちは、この屈辱を六年生達に訴えるだろう。八坂、岸、谷川…  
名だたる強者たちは、すぐ反撃に転じるに違いない。  
 
「…明日は明日さ。誰かお茶くれよ!!」  
 
結局、ゴトーのこの答えが、この日みんなを笑顔にした結論だった。  
 
 
 
「そろそろ帰るわよぉ!! 全員集合!!」  
 
夕方近くに伝令が走り、名残惜しげな下級生がポツポツと集合する。  
帰るのはいやだと駄々をこねる低学年に、双子率いる五年生達が叫んだ。  
 
「西小はもう追っ払ったんだ。これから毎週でも連れてきてやるさ。な!! 健太君!?」  
 
まだ黙々とピッチングを続けていた健太が無言で頷く。  
 
「…次は大基たち二組の戦力も狩り出す。本当はあいつ、今日も来たくてウズウズしてたんだぜ…」  
 
ゴトーの言葉に肩をすくめた健太の声が、秋空に高く響いた。  
 
「…よぉし!! 近いうちまた来るぞ!! 今度はもっと友達誘って来い!!」  
 
どっと沸き上がる喝采。少し肌寒い空気に頬を赤らめながら、東小の歓呼の声が続く。  
唇を固く結んだ栞ちゃんが、兄の手をぎゅっと握る。  
そして健太の相手を終えた土生翔平が静かに私の横を通り過ぎ、私は黙って目を伏せた。  
 
「…おいユマ、あとから追っかけるから、先に帰っといてくれ。」  
 
ようやく全員を公園から送り出し、自転車にまたがったユマ達に健太が言った。  
 
「…はいはい。ま、ゆっくりしてきたら?」  
 
ユマのにやにや顔で、ようやく健太が二人の時間を取ってくれた事に気付き、山々を振り返るともう陽は西の雲を茜色に染めていた。  
 
「…『決戦は緑化公園』か…じゃ、お先。」  
 
ユマを見送った私と健太は、さっきまで三年生たちが隠れんぼをしていた湖まで歩いた。  
高く茂ったススキの穂をかき分けて岸に出る。  
沈みゆく陽に低い雲はいよいよ真っ赤に燃え、高かった空も、山も湖もすべて炎の色だ。  
 
「…山火事みたい…」  
 
しばらく黙ったまま二人で夕焼けに見入った。  
 
さわさわとススキの揺れる音が聞こえ、傍らに健太がいないのに気付く。  
 
「健太?」  
 
『隠れんぼ』だ。  
私の背より高い金色の穂をかき分けて、きょろきょろと健太を探す。下草を踏む音が真後ろで止まった。  
背後の気配にわざと知らんふりをしていると、そっと伸びた二本の腕が、ぎゅっと私の腰に巻きつく。健太と、グローブの革の匂いがした。  
 
「…そろそろ、帰んなきゃ…」  
 
目を閉じて背中を預けた私を抱きしめ、健太は答える。  
 
「…そーだな。」  
 
耳元にかかる彼の吐息にびくりと震えた。照れ隠しに呟く。  
 
「…今日は楽しかったな…もし谷川千晶が来ても、やっつけてやるんだ…」  
 
「…バカ。お前はそんなこと考えるな。」  
 
低い声で叱る健太の手が、服の裾からスルリと潜り込んだ。そのまま這い上がって、荒々しく乳房を掴む。  
 
「だって、私も東小の…あ…」  
 
暖かい掌の感触に呻く。慌てて周囲を見渡すが、ススキがすっぽりと私たちを隠してくれていた。  
 
「…お前は人気商売だぞ。顔でも怪我したらどうすんだ。」  
 
「…だっ…て…」  
 
次第に腰の力が抜け、反論できなくなってゆく。ため息がせわしなく漏れた。  
 
「…馬鹿なことしないって約束するか?」  
 
健太の指先が脅すように乳首に触れた途端、背筋に熱い何かが駆け巡り、私はとうとう健太に屈服した。  
 
「…は…い。」  
 
素直な私の返事に、健太の手はまたスルリと胸から離れる。甘いお仕置きはあっけなく終わった。  
 
「…よし。いい子だ。帰るぞ。」  
 
…すこし納得いかないまま、のろのろとブラジャーを直す。  
疼く胸を抱えてふらつく私の手を引き、さっさと歩く健太が少し憎く、そしてたまらなく愛しいと思った。  
 
虫の声が響くすっかり陽の落ちた山道を、自転車は静かに走る。  
まだ火照る胸。心配や不安を詰め込んだその胸ををぎゅっと健太の背中に押し付けて、ぼんやりと見上げた空には綺麗な月が出ていた。  
 
 
続く  
 
 

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