「さっさと歩きなさいよ!!」  
 
亜沙美とマユに両脇を抱えられ、泣きそうな表情で『横穴公園』に連行されてきた少女は、ちょうど大西慎也と同じ三年生位の、セミロングにリボンが似合うおとなしそうな少女だった。  
 
「慎也、外で見張ってるのよ。」  
 
四年生の亜沙美は慎也に命じながら、意気揚々と、この公園付近で捕らえた『スパイ』を『横穴』に引きずり込む。  
てっぺんで纏めた癖のある髪。気の強そうなその顔立ちは、かつてこの公園の主であり、いまも亜沙美たちが崇拝する慎也の姉、『鬼マリ』を彷彿とさせた。  
 
東西小学校の国境地帯付近にあるこの『横穴公園』には、名称の由来である大きな円筒の遊具、通称『横穴』が横たわっている。  
その内部は雨風を凌げる上に、潜り込んでたむろするには絶好の広さである為、昔から西小中学年児童の格好の溜まり場になっていた。  
しかし、激化する東小とのコンビニ争奪決戦がクライマックスを迎えるこの日、この小さな『横穴公園』には、三年生の慎也とマユ、そしてリーダー格である四年生の亜沙美の三人だけしか残っていなかった。  
 
『…バンの奴、千晶ちゃんの前でいいとこ見せようと思って…』  
 
現在、この公園の西小児童を統率している五年生の『バン』こと坂東宗介は、この三人を残した全戦力を連れて高台付近の戦闘に参加しており、留守を命じられた亜沙美は、この大切な『横穴公園』を軽視する高学年の男子達を恨んでいた。  
 
『…バンの奴、マリちゃんが来たら、言い付けてやるんだから…』  
 
心の中で呟いて、亜沙美は薄暗い『横穴』のなか、捕らえた少女への尋問を開始した。  
 
「あんた、東小よね!? 偵察に来たんでしょ?」  
 
「…違うよぅ…」  
 
「嘘。覗き込んでたじゃない!!」  
 
少女を後ろ手に押さえつけていたマユが、にやにやしながら亜沙美に言う。  
 
「アサミちゃん、こんな時、映画だったら裸にして、鞭でピシッとか叩くんだよね!?」  
 
横穴から響く物騒な声に、慎也はぎょっとして中を覗き込んだ。  
密着した三人の様子はよく見えないが、亜沙美の低い囁きと、少女のすすり泣く声が聞こえてくる。  
 
「…痛いでしょう?  
白状しないと、もっと痛いことするよ?」  
 
柔らかい内股をぎゅうぎゅうと抓られ、声を殺して泣きながらも、なかなか口を割ろうとしない東小の少女に業を煮やした亜沙美は、横穴の入り口で立ちすくむ慎也を大声で呼びつけた。  
 
「…慎也!! 押さえるの手伝って。 マユ、この子のおっぱい出して。」  
 
「出たぁ!! 亜沙美ちゃんの必殺技!!」  
 
無邪気に騒ぎながら、マユは少女の片腕を背中に捻り上げ、彼女の白いTシャツを首まで捲り上げる。  
 
「…止め、て…」  
 
涙を湛えてもがく少女の胸が慎也の目に入った。すでにしっかりと膨らんだ真っ白な乳房が、もがく度にふるふると、プリンのように揺れていた。その先端は未だ形を成さず、ただうっすらと淡い桃色に染まっている。  
 
「…何見てんのスケベ。早く腕押さえて。」  
 
良心の呵責に苛まれながらも、慎也は少女の背後に回り、恐怖に強張った二の腕を遠慮がちに掴んだ。  
 
「…いや… 許して…」  
 
剥き出しの胸に亜沙美の非情な指が迫り、程なく悲鳴と共に少女の体がビクン、と反り返る。  
 
「ひぃ!!… 痛い…よぅ…」  
 
慎也が恐る恐る肩越しに覗き込むと亜沙美の指先は、少女の小さく可憐な乳首をキリキリと捻り上げている。  
激しく身悶える少女を哀れに思いながらも、慎也は反射的に彼女を捕らえる腕に力を込めている自分に気付いてうろたえた。  
 
「い…痛ぁい!!」  
 
悲痛な叫び声と共に、ガクリと少女が首を慎也の肩に預ける。拷問の小休止だ。  
 
ぐったりと弛緩した柔らかい体が慎也に凭れかかり、荒い吐息をつきながらぶるぶると震える。  
慎也もまた、罪悪感と不思議な恍惚の間で少し身震いを覚えた。  
 
「…はぁい。休憩終わり。」  
 
亜沙美の無情な宣告。  
再び訪れる苦痛への恐怖で、少女の体が硬直しつつガクガクとまた震える。  
そして、慎也が彼女を救う術を模索する間もなく、拷問は淡々と再開された。  
 
「…どうなの!! あんたスパイなんでしょ!?」  
 
無垢な乳房を容赦なく責め苛む亜沙美もまた必死だった。  
『横穴公園』は頻繁に東小の侵略を受けている場所であり、六年生ほど小遣いを貰っていない彼女達にとって、近くに駄菓子屋があり、清潔なトイレもあるこの公園は、新装開店のコンビニなどよりも遥かに重要なのだから。  
早くこの捕虜の口を割らせ、増援を呼ばなくてはならない。  
 
「痛い… 痛いよぉ…」  
 
激痛にポタポタと涙を流す少女の横顔を見て、慎也は、このままでは濡れ衣であっても、苦しまぎれに自白してしまうのではないかと心配になってきた。  
彼が勇気を振り絞って、「…可哀想だよ。止めようよ…」と、蚊の鳴くような声を発したと同時に、亜沙美の大声がそれをかき消して横穴に響いた。  
 
「…強情な子ね。マユ、パンツ脱がしなさい。」  
 
すこしの沈黙のあと、少女はわあっ、大きく嗚咽し、さすがにマユと慎也が互いの顔を見合わせたとき、突然外から大勢の足音と怒号が響き、『横穴』の四人は反射的に首をすくめた。  
 
「逃がすなァ!!」  
 
争う物音。そして聞き慣れたバンの怒声。どうやら東小の襲撃ではなく、高台からの戦線がこちらに移動してきたらしい。  
 
「…ゴトーだあああッ!! 気を付けろォ!!」「撤収!! 撤収だぁ!!」  
 
高台での決戦に勝利した西小横穴部隊による残敵の掃討、と亜沙美は瞬時に判断し、ニヤリと笑い『横穴』を飛び出す。  
 
「慎也!! その子見張っといて!! マユ、来なさい!!  
 
ゴオォォン!!  
 
取り残された二人は、しばらく茫然と見つめあっていたが、誰かが『横穴』に飛び乗った轟音に驚いた少女は、思わず胸をはだけたままで慎也に飛びつき、慎也も彼女をしっかりと受け止めた。  
ふに、と密着したすべすべの乳房と、気が遠くなりそうな女の子の匂い。  
生まれて初めての胸の高鳴りに慎也は一瞬、外界の喧騒を忘れそうになったが、やがて彼はきっぱりと命令違反を決意し、少女の手を握って言った。  
 
「…行こう。」  
 
少女は無言で頷き、慎也の手を握り返す。どこへ行くかは慎也には分からない。ただ、この少女を安全な場所へ、それだけを考えながら、彼は握った手に力を込めて『横穴』を飛び出した。  
 
「ここから先は追うな!! 岸くんの指示だぞぉ!!」  
 
乱戦が続く背後にそんな叫び声を聞きながら、散り散りに敗走する東小の軍勢を避けつつ、二人は夢中で走り続けた。  
 
…どれくらい走っただろう、急に曇りだした空の下、慎也と少女は東小の勢力下である、静かな商店街の手前で立ち止まった。  
そして、ゆっくりと繋いだ手を離し、息を整えて向かい合う。  
ただ黙って立ち尽くす慎也に、初めて小さな微笑みを見せて、少女は小さく呟いた。  
 
「…ありがと…」  
 
慎也がぎこちない笑顔でもどかしげに頷くと、彼女はスカートを翻してくるりと彼に背を向け、一度だけ振り返ってから、商店街の中へ走り去って行った。  
その姿をじっと見送る慎也の額にポツリ、と一滴の雨の雫が滴り落ちた。  
次の瞬間にはもう、名前も聞けなかった少女の後ろ姿は、激しく降り始めた夕立にかき消されて、ずぶ濡れの慎也には見えなくなっていた。  
 
 
END  
 

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