人間は決して立ち入ることが出来ない不思議な極北の次元。  
そこには宇宙の均衡を保ち、脆弱な世界を支える為、『生命』を超越したものだけが住む氷の城がある。  
 
今、彼らの基準ではまだ幼いひとりの半神が、この凍てついた城の荘厳な長い回廊を風のように駆けてゆく。  
彼女の名はハウメア。まだ自らの名前を持つ、最も年若い北の精霊の一人だ。  
 
(姉様!!)  
 
回廊に響く彼女の元気よく弾んだ思念に応えて疾風が渦巻き、ハウメアが最も慕う姉である、『北風』がその姿を現した。  
長い髪と瞳は深く清澄な湖の青。いささか冷たく落ち着いた美貌は『北風』という名にふさわしい。  
 
(姉様!! お久しゅうございます!! 末妹のハウメアがご挨拶申し上げます…)  
 
ハウメアは上位の精霊に対する礼を欠くことなく優美に姉に対し挨拶を送る。  
『氷の城』を離れていることが多いこの眉目秀麗なハウメアの姉は、人間の時間で十年位前、幼くして北の精霊のなかでも厳しい務めとされる『北風』の任に就き、古い名を捨てて久しい。  
 
(…ハウメア、元気にしていた? まだ『授業』じゃなかったの?)  
 
姉の言葉にハウメアはペロリと舌を出して笑う。  
 
(だってぇ…)  
 
つい先日の聖夜、はじめてこの広大な城を出て、極東の島国へ祖父の代理として子供達に贈り物を届けた武勇伝を早くこの姉に話したくて、今日は幾つかの修練を怠って学舎を飛び出して来たのだ。  
 
(…なんて悪い子でしょう…)  
 
『北風』は妹を優しく諫めながら抱き寄せ、彼女が伝えたくてウズウズしている冒険談に意識を傾ける。  
 
(さ…お見せなさい…)  
 
視覚、触覚、嗅覚、そして思惟や感情までも瞬時に共有出来る彼女たちにはごく当たり前の力を使って『北風』はハウメアの聖夜の記憶を生きる。もう、眼下はイルミネーション瞬く街だ…  
 
…子供達の安らかな寝顔。暖かく輝くクリスマスツリー。幸せを包んだ静かな闇。  
…小さな恋、友情、未来への憧れと…少しの哀しみ。そんな全てが詰まった遠い国の夜…  
 
『北風』がその冷たく整った顔に思わず優しい微笑みを浮かべたとき、だしぬけに、久しく味わっていない強烈な性感が彼女の全身を貫いた。  
 
「あああっ!?」  
 
端正な『北風』の眉が下がる。思わず漏らした呻きと共に、ガクガクと膝が震えた。  
ハウメアの記憶を通じ、美しい東洋の少女の濃厚な愛撫が『北風』の全身にくまなく淫靡な刺激を与えてゆく…  
 
「ハ、ハウメア!!」  
 
妹の記憶に潜んでいたこの『ビックリ箱』に、『北風』は思わず本来の短気な性格を露呈して叫んだ。  
ハウメアはあの夜、最後の訪問先で堪能した淫らな愉悦の記憶を用いて、たちの悪いいたずらを姉に仕掛けたのだ。  
 
(うふふっ。姉様へのプレゼント。気持ち…よかったでしょ?)  
 
(なんてはしたない…)  
 
ハウメアは、相変わらず冗談の通じない姉の手を逃れ、ひらりと浮遊しながら陽気な笑い声を上げる。  
この生真面目な姉は、たちまち吹雪を纏い、怒りの形相で彼女を『氷の城』中追い回す筈…だった。  
 
「…奇遇ね、ハウメア。私はこの国、この街で、真の『北風』になったの。…お祖父様のお計らいなのかしら?」  
 
一向に怒りの色を見せず、懐かしそうに自分を見上げて話す『北風』にいささか拍子抜けして、ハウメアはゆっくりと姉のもとへ舞い降りる。  
 
「えっ!? 姉様もあの街へ?」  
 
「…そう。ちょうど今のあなた位の頃だった。『六階梯』の終わり頃、私が『北風』になった街…」  
 
『北風』は水晶の床に降り立ったハウメアを再びその腕に抱き寄せ、懐かしい記憶の蓋を開く。  
 
 
…今、ハウメアと共に過去へ飛び立ったのは、青い髪を短く揃えた、冷たく勝ち気そうなかつての幼い『北風』だった…  
 
(…吼えよ我が同胞、雪の狼よ。吹雪を纏い、霜で全てを覆え…)  
 
『北風』は上機嫌で凍てつく疾風と化し、極東の島国の冬空を翔ける。  
『小六階梯』を優秀な成績でほぼ終了し、『北風』の名を最年少で勝ちとった彼女は、順調に『冬』をもたらしつつ、遥かな北の故郷から、この街にやってきたのだ。  
 
(…全て日程通り。お祖父様は、私を過小評価し過ぎておられる…)  
 
彼女の独り立ちに終始反対を続けたのは、他ならぬ北方の大神、彼女の祖父たる大サンタクロースその人だけだった。  
しかし傲慢、性急、冷徹という祖父が戒める欠点は全て、彼女には『北風』に必要な優れた資質としか思えない。  
オドオドと緩慢に、周囲に気を遣いつつやってくる冬などあるだろうか? そんなものは怠惰な南風の仕事だ…  
 
(…舞えよ我が同胞、雪の梟よ。霧を纏い、霙で全てを覆え…)  
 
人には見せぬ満足の笑みをかすかに浮かべ、『北風』は気まぐれに低空を縫って飛ぶ。未曽有の寒波に震えあがる非力な人間たちを見る為に。  
 
(…!?)  
 
堅く門を閉ざし、屋内で風の音に怯える人々の気配に満足していた彼女は突然、微弱な、しかし切実な意識の波動を感じて不快げに眉を曇らせた。  
 
(…どこ?)  
 
彼女の鋭敏な知覚はすぐ微弱な思念の発信源を察知する。小さな公園の一角、円筒形の遊具のなかだ。  
 
紛れもない、死にゆく者の発する諦めの意識。まだ若い人間のものだ。彼女は舌打ちしつつ、その公園に舞い降りる。  
 
(…今日みたいな日は一人や二人逝かせても、全く問題ないんだけど…)  
 
すでにこの旅で、彼女は何人かの無謀な雪山登山者を黄泉の国へ送っていた。  
彼女の知る人間とは、その低い知能と幾多の奇妙な習性のせいで絶えず厄介を起こす、たかだか零下の気温に耐えきれず死ぬか弱い愚かな生物だ。  
そんな生き物が何匹死んでも、冬とはそういうもの。彼女には何の感慨もない。しかし…  
 
(…お祖父様がうるさいわ。もうお年だから、そんなことが気になるのね…)  
 
祖父の叱責が怖い訳ではない。しかし自らの評価を下げてまで、わざわざ無意味に命を奪うのも愚かなことだ。  
 
(…全く、こんな温暖で豊かな土地にいて、凍死寸前なんて…)  
 
『北風』は不機嫌に眉を吊り上げ、公園の遊具へ舞い降りた…  
 
…もう寒さは感じない。冷たい鉄の円筒の中、仰向けに横たわり震える少年は、たまらない睡魔のなかではじめて迫り来る『死』を実感した。  
 
(…父ちゃん、母ちゃん、ごめんよ。でも、俺さえいなくなりゃ…)  
 
彼は朦朧とした意識のなか、秋の終わりに弱々しい産声を上げ、いまだ生死の境をさ迷っている彼の末弟、大人の掌にすっぽり収まる小さな赤ん坊を懸命に案ずる。  
 
(…俺が母ちゃんに迷惑かけてばっかりだったから… 『貰いっ子』の俺が…)  
 
ちょうど母親のお腹が目立ち始めた頃、知ってしまった驚愕の事実。  
自分が養護施設からの養子であったという衝撃は彼を変えてしまった。  
クラスでは人望あるリーダーであり、他校にもその名を轟かせていた少年は次第に、その自暴自棄な振る舞いと暴力で周囲に恐れられる存在となり、そして今日、最後まで彼の傍らにいた幼なじみの少女までが、辛そうに彼に別れを告げた。  
 
『…ごめんね。私、もう、健一が怖い…』  
 
寒々と彼を蝕む孤独。虚ろな目で辿りついた、家族の待つ病院でもまた、絶望的な現実が彼を待ち受けていた。  
 
『…母体は山を越しました。でも、新生児は…』  
 
分娩後、未だ起き上がれぬ母。いや、血の繋がらぬ彼を分け隔てなく育てた恩人。  
 
(…俺が朝礼で暴れたときも、母ちゃん薄着のままで謝りにきた…)  
 
身重の母親とお腹の弟にかけ続けた大きな負担を思うと、やはり自分は死ぬしかない、と少年は思う。  
母の乳すら吸う力のない彼の哀れな末弟を、今夜死神は無情にも連れ去るのだ。  
 
(…厄介者の俺が、父ちゃんと母ちゃんの子供を殺すんだ…)  
 
暗く寒い病院の待合室で、憔悴つつも息子たちに笑顔を見せる父と、不安のなかいつしか眠り込んだまだ幼い弟たち。  
いたたまれなくなって彼は逃げた。雪のちらつく暗い夜道をひたすら駆けて。  
しかし自責の激しい痛みはどこまでも彼に追い縋り、今、死に場所と定めた公園の冷たい遊具の中でも、彼を離そうとしなかった。  
 
 
 
「…あなたに過失はない。死ぬ必要なんかないのよ。」  
 
不意に響いた冷たい声にぼんやりと瞼を開いた少年は焦点の定まらぬ眼で、いつの間にか傍らに座り込んだ一人の少女を見上げた。  
青みがかった短い髪と少年めいた顔立ち。闇に妖しく光る双眸が、この来訪者が人外のものだと少年に告げる。  
 
(…死神か)(…綺麗なんだな…)  
 
自分の姿を見てもさして驚いた様子を見せない少年に『北風』は再びそっ気なく告げた。  
 
「…あなたが死んでも赤ちゃんの生死には関係ないの。だから、生きなさい。」  
 
しかしすでに心身ともに疲労困憊し、思考力を失いつつある少年は、興味無さげに目を閉じ答える。  
 
「…ほっといて…くれ。」  
 
人間のくせに心を読まれていることにすら全く動揺を見せぬ彼の答えに、『北風』は苛立ったが、いやしくも神族たるもの、懸命に北風としての威厳を守りつつ彼への説得を続けた。  
とりあえず今夜、ここから追い払えればいい…  
 
「…私なら、赤ちゃんを助けられるかもしれないわよ?頼んでみれば?」  
 
返事はない。冷えきった金属の床は彼の体温を着実に奪い、彼の思考もまた、吸い込まれるように虚無に堕ちてゆく。  
 
(…もう、どうでもいい…)  
 
 
『北風』は静かに舌打ちした。非論理的な彼の言動は、恐らく意識の混濁によるものに違いない。  
人間の心と体の脆さに呆れながら、少年をすっぽりと覆う、かたくなな絶望のマントを取り上げる方策を『北風』は冷静に思案する。  
 
(…『北風と太陽』、ね…)  
 
祖父から聞かされたとき、鼻で笑い飛ばした下らない人間の説話だ。しかし、試してみる価値はあるだろう。彼の体温が下がりきってしまう前に。  
それに、死と苦痛をあれほど恐れる人間が、他の個体の為に自ら死にたがる理由にも、少し気紛れな興味があった。  
 
『北風』は一瞬にして自らの体に人と同じ温もりと潤いを与える。低温と乾燥を好む彼女には少し不快だが仕方がない。  
 
『物語を額面通りにしか解釈できない。』  
 
これも祖父の彼女への苦言だ。『北風』は苦笑いしながら豊かな胸に少年を抱きしめる。いつも怯えた雪狼を宥めるときのように。  
冷え切り強張った少年の四肢に少しづつ熱が伝わると、彼の微弱な思考が『北風』の意識の中に、これまでにない鮮明さで伝わってきた。  
 
(…あったかい、おっぱい…)(母ちゃん?)(由希?)(違う…)(…死神だ…)  
 
少年の勘違いに『北風』はまた失笑する。しかし彼と体温を分かち合う今、なぜか先刻の苛立ちは嘘のように消えていた。  
 
(…死神は言った)(『助けられるかも』)(でも)(俺はまた逃げた)(眠い…)  
 
初めて触れる人間の魂は未熟で、矛盾に満ちていた。しかし葛藤のなかで自らを厳しく省みるその魂に、『北風』の表情がゆっくりと変わる。  
 
僅か百年足らずの人生を無謀に駆け抜ける単純な生物、動物と大差ないと思っていた人間の心はいま、『北風』の温もりのなかで不屈の輝きを持って躍動を始めていた。  
 
 
(…由希に見捨てられたくらいで)(ごめんよ)(由希)(たとえ夢でも)(幻でも)(俺は弟を助けるチャンスから)(自分だけ死んで逃げようとした…)  
 
瞬きに等しい寿命しか持たぬ肉体に宿る、溢れるような他者への慈しみ。  
『北風』の心に、彼女がこれまで知ろうともしなかった人というものの心が、少年の鼓動と共に波のように押し寄せる。  
それは、信じられない事に、幾千年を生きる彼女たち神族と何ら変わらぬ正しき魂だった。  
 
(…私は、何を学んできた?…)  
 
複雑な召還式より、次元構造の理解よりも、もっともっと大事なもの。  
 
…雪山で力尽きた遭難者たちは最期の瞬間、一体何と叫んでいたのか?  
彼女の耳にはその声は断末魔の獣の悲鳴としか聴こえなかった。  
 
(…違う。聴こうともしなかった。ただ『記録』と『日程』のために…)  
 
『北風』は取り返しのつかぬ悔悟に青ざめる。人間は自分たちの弟妹、いつか宇宙の秩序を共に背負う同じ形の魂だと、ようやく気づいて。  
 
 
(…まだ終わっちゃいない)(諦めちゃだめだ)(最後まで足掻いてみよう)(俺は)(俺は)(泣く子も黙る…)  
 
『北風』の裂けそうに痛む胸の下で、少年は名付けられたばかりの弟の名を叫ぶ。『ただ健やかであれ』という両親の願いを、そして、血縁を超えた絆の文字を込めた名前を。  
 
「…死神、聞いてるか!!弟を…健太を助けてくれ!! 代わりに俺が…」  
 
 
譫言のように叫ぶ少年を『北風』は強く強く抱きしめる。『北風』と少年、未熟な二人が過ちを乗り越え、新たな道のりを歩き始める為に。  
今、祖父の言葉に少年の熱い血潮が通い、『北風』を満たしてゆく。  
 
…北風とは無慈悲な災禍の疾風に非ず。厚い雪の下でもじっと春を待つ木の芽を見守り慈しむ、厳しく優しい冬の運び手たれ…  
 
「…駄目だよ。どちらも、私が死なせない。」  
 
やがて決然と顔を上げた『北風』は、輝く青い瞳を虚空に向けて呼びかけた。  
 
(…深國の姫神、豊かなる胸持つ豊穣の女神よ。『北風』が畏み畏み申し上げます…)  
 
彼女には人の死を食い止める力はない。しかし確実にその力を持つ強大な存在がこの地に鎮座することは知っていた。  
『北風』の呼びかけに少し遅れ、虚空から返る強大な思念。この地を統べる女神、『深國姫』の声が厳かに応える。  
 
(…何用か? 吹雪の姫よ?)  
 
(…はい、畏くも女神におかれては、今夜、御身の統べるこの街で、赤子が一人、母の乳も吸えぬまま哀れに息絶えんとしておるのをご存知でしょうか?)  
 
(…はて、赤子が死ぬるとな?)  
 
『北風』は恭しく頭を下げて続ける。  
 
(…不憫な赤子の親兄弟は悲嘆に暮れております。何卒御身のお力をもって…)  
 
しかし『北風』の嘆願は不機嫌に遮られた。身震いするような静かな怒りの波動が『北風』を包み込む。  
 
(…木枯らしの小娘よ、この深國はそなたの下僕かの? 北の風神どもはいつからかような事にまで采配を振るようになったのか?)  
 
厳しい叱責は当然だ。自分がこのような無謀な行為に出るなど、つい先ほどまでの『北風』には考えられないことだった。  
 
(…無礼は承知です。されどこの小さき北風の願い、何卒お聞き届けの程…)  
 
『北風』はその誇り高い頭をさらに深々と垂れる。  
少年は小さな命を『北風』に賭けたのだ。たとえこの女神の逆鱗に触れ、魂ごと灰にされようと彼の願いに応えなければ、自分は荒れ野に吹く虚ろな一陣の風に過ぎない、と彼女は思う。  
 
(…くどい。騒がしい雪狼共を連れて、早々にこの地を去るがよい。ここまでの無礼は、大目にみてやろう程に…)  
 
しかし『北風』は去り行く深國姫の意識に追い縋り、粉雪が舞う静けさに、氷柱の鋭さを秘めた声を恐れることなく送った。  
 
(…重ねてお願い申し上げます!! 御身は育む神!! 命を慈しむ神!!)  
 
 
夜の大気に恐るべき女神の力が雷撃のように充満し、『北風』は消滅を覚悟して歯を食いしばる。  
 
(…お祖父様…)  
 
耐えきれぬ長い沈黙に、『北風』が堅く閉じた瞳をおずおずと開いたとき、先刻までの猛々しさが嘘のように穏やかな深國姫の思念が優しく彼女を包んだ。  
 
(…まだ幼き北風よ、『ハウメア』の名は、妹御に譲ったのか?)  
 
悪戯っぽい響きに、『北風』は当惑しつつ答える。  
 
「…御意、幼い妹が次なるハウメアでございます。」  
 
(左様か。…その名に免じて、微力ながら力を貸すとしよう…)  
 
安堵の吐息と共に、『北風』の端正な顔に素直な笑みと涙がこぼれる。  
 
「…感謝、致します… 恵み深き深國の姫神よ。…御身におかれては、私と妹を御存じなのでしょうか?」  
 
(…いかにも。『ハウメア』とは古くは我が姉妹の名。はるか南国の、我と同じ産み育てる女神の名…)  
 
『北風』の心に届く深國姫の慈愛に満ちた思念は、微かな悲しみを帯びる。  
 
(…星となった我が姉の大切な名じゃ。その名を持ったそなたのことはよく知っておる。今日までの見事な成績も、な…)  
 
おそらく少年との一部始終をじっと見守っていたに違いない深國姫に、改めて『北風』は深々と頭を下げた。  
 
(ゆめゆめ忘れぬよう…我々もまた、無限の梯子を登るあどけない赤子に過ぎぬ事を…)  
 
冬の星座の下、遠のいてゆく女神の思念に深い感謝を贈り、『北風』は少年を抱き起こした。  
しっかりした寝息と確かな鼓動を確認し、『北風』はこの新たな兄弟に別れを告げる。  
 
「…ほら…迎えがきたよ。みんなの所へお帰り…」  
 
凍てつく闇のなか、まるで導かれるように公園へ駆け込んで来た少女に見つからぬよう、『北風』は霧に姿を変え、狼笛を短く吹いて少年の場所を彼女に教える。  
片時も少年の心から離れなかった『由希』が、泣き笑いを浮かべて少年をぎゅっと抱きしめたのを見届けてから、『北風』はこの公園から静かに飛び立った。  
 
 
「…待たれよ。北風どの。」  
 
次なる地へ飛翔を始める為、瞬く冬の星座に向け舞い上がった『北風』は、背後で響いた澄んだ声に振り返った。  
そこには古風に束ねた黒髪を両肩に垂らしたたおやかな少女が、柔和な笑みを浮かべて『北風』を見つめている。  
 
「…深國…さま?」  
 
先ほどの圧倒的な力の気配は微塵もなかった。  
 
 
「いかにも。…実は年末年始は色々と忙しゅうての…膝元の赤子のことまでつい、気が回らなんだ。許されよ…」  
 
ふわりと『北風』に寄り添った小さく愛らしい深國姫は、その不釣り合いに豊かな胸を『北風』の体に密着させ、『北風』は少年めいた顔を少し赤らめる。  
 
「…しからば詫びのしるしに、今宵はこの深國の社で休むがよい。さ、来るのじゃ。」  
 
「お、お戯れを…」  
 
慌てて辞退しようとする『北風』の懐に深國姫の小さな手がするりと滑り込み、同時に熱い唇が耳元で囁く。  
 
「…来るのじゃ。 姫はの、ずっとずっと前から、碧眼の凛々しい女子に大層興味があったのじゃ♪」  
 
 
 
「…姉…さまぁ…も、もう駄目ぇ…」  
 
膝の上で悶えるハウメアの喘ぎ声で我に返った『北風』は、懸命に姉の記憶から逃れようともがく妹の心と体を、改めてがっちりと組伏せて微笑む。  
 
「…人の話は最後まで聴くものですよ。ハウメア。」  
 
深國姫との一夜の記憶は未だ『北風』の体を疼かせる。  
あの夜、まだ未成熟だった彼女の体を、無垢な少女の姿とはうらはらに果てしなく好色な深國姫は夜明けまでたっぷりと責め苛み、『北風』は人間の天気予報を大幅に狂わせる羽目になった。  
 
「あ、ひぃ…」  
 
『北風』は深國姫の淫らな指先を、唇を丹念に回想し、悶え狂うハウメアの五感にくまなくその信じられぬ程の悦びを伝える。学校をさぼり、姉をからかったお仕置きだ。  
ハウメアは純白の乳房をあのときの『北風』と同じようにビクビクと震わせ、逃れられぬ快楽の波に溺れる。  
 
「ふぁぁぁぁぁ!!」  
 
厳格だった『北風』ですら夢中で啜った深國姫の媚薬のような母乳の味まで鮮明に舌に感じながら、ハウメアは幾度となく絶頂に達し、氷の回廊に切ない声を響かせ続けた。  
 
END  
 
 
 
登場人物紹介  
 
『北風』(先代ハウメア)  
冬をもたらす北の精霊。最年少で『北風』の称号を得た秀才。若さゆえの傲慢と未熟さをを初めての任務で自覚し、人間的(?)に成長を遂げる。  
 
→『その名を継ぐもの』  
関連→『メリークリスマス!』(名無しさんX氏)  
 
 
深國姫  
とある街に祀られる安産と授乳の神。  
戦時中郊外の山中にあった元々の祠が空襲で焼失し、近年改めて市街中央部の神社に祠が祀られた。  
『深國比売縁起』によるとかつてはその好色さで近隣の村に害を為し、危うく退治されそうになって改心したという。  
 
→『その名を継ぐもの』 『ンディラのいた夏』 『おっぱいの神様』  
 
 
健一(芝浦健一)  
東小を牛耳る初代シバケン。物心つくまえに弟の健佑と共に芝浦家の養子となる。養父母の実子、正智、健太と四人兄弟。  
→『その名を継ぐもの』  
 
由希 (槙原由希)  
健一の幼なじみの東小学校六年生  
 
→『その名を継ぐもの』  
 
 
北風(先代ハウメア)  
T169 B99(I) W59 H89  
昔はやんちゃな、現在はおとなしい性格を映した外見となっている。  
ただし、怒るとそのギャップが激しい…らしい。  
 
深國姫  
T125 B113(P) W49 H64  
やたらとプライドが高い性格の通り、ふてぶてしい外見をしている。  
安産授乳の神と言うだけあり、異常なまでに胸が大きい。  
しかし流石は神、垂れたり伸びたりはせず、何の支えがなくとも球状を保っている。  
 
健一(初代シバケン)  
T148(当時)  
グレてからも外見は変わっていないが、  
あまりの変わりように周りの者は外見も変わったように錯覚している。  
 
由希(幼馴染)  
T146 B83(D) W56 H74  
昔から活発だったシバケン一緒故か、そこそこおとなしめ、体も華奢な印象を受ける。  
 
 

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