久しぶりの学校から自宅であるアパートに帰宅した西小の六年生、倉野涼を待っていたのは、附属小の制服を着た小柄な少女だった。
「…へえ、あんたでもガッコ行くのね…」
近ごろ涼には附属小の女子児童はみな同じに見える。いささか野暮ったい校則通りの三つ編みに大人びた訳知り顔。
可愛げのない優等生揃いの附属小女子にしてはまあ愛嬌があり、色白で高い鼻梁と発育のよい胸がチャーミングなこの少女はたしか…香山葵という名前だった。
地味な佇まいにもかかわらず、涼を見つめる彼女のつぶらな瞳にはどこか淫らな光が宿っている。
もっとも、同性でも思わずはっとする涼の美貌の前で大抵の女性は『目の色を変える』のだが。
涼は最近珍しく弾んでいた心が再び萎えてゆくのを感じながら、長めの毛を掻き上げて無愛想に口を開いた。
「…また来たのかよデカパイ。よっぽどモテねえんだな…」
「公立と違って色々大変なのよ…で、あんたの家、空いてるんでしょ?」
答えも待たずに長いスカートを翻し、アパートの錆びた階段を上がり始めた葵の後を追って、涼も黙って二階の自宅へ向かう。まだ昼過ぎ、弟や妹たちの帰宅にはだいぶ時間があった。
明後日は保育所に通う下の弟の運動会だ。涼はそのため何ヶ月かぶりに登校し、幼なじみの友達にビデオカメラを借り受けて、意気揚々と下校してきたのだった。
「…『貧乏子沢山』ってホントなのね…」
エナメルの通学靴をきちんと脱いで涼たちの住まいに入った葵が心ない感想を洩らす。几帳面な涼の整理整頓にもかかわらず、子供五人の暮らす狭いアパートの一室は、広い邸宅に住む葵には雑然と所帯じみて見えるのだろう。
彼女はあれこれ喋りながら涼の寝床に腰を降ろしたが、生真面目で怜悧そうな葵の風貌に煎餅布団はいささか不似合いだった。
(…岸は、いい奴だ…)
葵のお喋りを無視し、涼はカメラを貸してくれた同級生のことを考え続ける。六年生になっても去年のクラスメイトたちはみんな変わっていなかった。明に武田、高橋、それから、国東…
(…俺は、変わっちまったがな…)
母親が家を出てしまい、涼が殆ど登校しなくなってほぼ一年。
家庭を守る為、働き者だが少し頼りない父親と子供たちが相談して始めた生活、父親は単身赴任を続け、兄妹は協力して自力で生活するという暮らしは、殆ど涼ひとりの悪戦苦闘の上に成り立っていた。
掃除洗濯に育児。末っ子はしょっちゅう熱を出し、保育所から『返品』を食らう。慌てて迎えに行き小児科医に走るのは涼の役目だ。徹夜の看病も珍しくない。
当たり前の雨や曇りさえ大敵だった。狭く日当たりの悪いアパートの物干しでは洗濯物はいつまでも乾かず、着るものがなくなって仕方なく走るコインランドリーの乾燥機はまた厳しい家計を圧迫する。
そんな小学生らしからぬ辛苦の毎日を、涼は弟妹には一日たりとも学校を休ませずに、ひたすら黙々と続けていた。
『…大丈夫。みんな元気にやってるよ…』
週末しか帰宅できない父から掛かる毎晩の電話で、涼が不満や愚痴を漏らしたことは一度もない。
「…ちょっと足揉んでよ。体育で疲れちゃった。」
もの思いに耽る涼の前に、葵は行儀悪く脚を投げだして命じた。
長い制服のスカートが捲れ、白い下着が露わになったが、涼はその端正な表情を崩すことなく黙って葵の白いソックスに包まれた足を揉む。
屈辱の対価は、すぐ弟たちの新しい洋服や給食費、生活に必要な現金に変わるのだ。彼はまだこのわがままな顧客、附属小の児童たちの期待を裏切ったことはない。
はじまりは偶然の出来事だった。ある日家計のやりくりに頭を抱えながら街を歩いていた涼は、同じく俯いてとぼとぼと歩く附属小の男子児童と衝突した。
鬱屈した怒りに任せて涼が拳を振り上げる間もなく、華奢な銀縁眼鏡の相手が差し出した何枚もの紙幣。戸惑う涼に附属小の少年はオドオドと持ち掛けた。
『…も、もっとあげる、だから、手伝って欲しいことがあるんだ…』
…まずは苛められっ子の助っ人、次は悪質な暇つぶしの用心棒…附属小の裕福だが陰湿な良家の子弟たちは、西小でも指折りだった涼の腕っぷしと機転、そして…精悍で魅力的な容貌に争って高い値をつけていった…
「…もういいわ…」
従順にマッサージを続ける涼を満足げに見つめていた葵が含み笑いと共に、するりと濃紺のブレザーを脱ぎ捨てる。
附属小という礼儀正しい檻のなか、安心できる主流派の一員でいる為に、日々胸を張り、自信に満ちた微笑みで油断ならぬ級友たちと対峙している彼女。
だがたまに疲れたとき…子羊のようにか弱く無力に、羨望に満ちた視線を集める巨乳を美しい狼のなすがまま貪られたくなったとき、葵は附属小女子児童の間で密かな噂の的である涼を訪ねるのだ。
「優しくね…」
だが涼は乱暴に、葵の自慢の胸を鷲掴みにする。彼は葵の言葉とは裏腹な欲望をよく知っていた。
「…脱げ。」
葵はいそいそと白いシャツとブラジャーを脱ぎ、誇らしげに同級生の眼を釘付けにする見事なバストを突き出した。無造作な涼の指が、程よい痛みを伴って露わになった小さく桜色の乳首を抓る。
「ん…痛いよ…」
凛とした彼女の眉が頼りなげに下がり、やがて柔らかい二つの膨らみは搾り、捻るような激しい涼の愛撫に歪みながら、たちまち赤みを帯びてゆく。
「…あ、あっ…」
「…言ってみろ。どうして欲しい?」
火照り、疼く葵の胸に降る邪険な涼の台詞。抑えきれぬ欲情に瞳を潤ませた葵は、自らの言葉に興奮を倍化させながら朦朧と答える。
「す、吸って…おっぱい吸ってよぅ…」
「この、スケベ女…」
切なげに擦り寄る早熟な膨らみをかわし、組み敷くように葵を押し倒した涼の唇が彼女の耳元で囁いた。
涼を支配する複雑で激しい衝動。その怒りにも似た激情は葵をいつも虜にする。そして附属小の優等生は最後の一線を越えぬ限り、乱暴に弄ばれる歓びを満喫するのだ。
「ふぅ…ん…」
注文通り涼の唇は葵のたわわな双球に這い降り、じゅうっ、と卑猥な音を響かせて勃った先端を交互に啜る。しかし涼のいつも通り緩慢でもどかしい責めに、葵の小さな身体は切なげに悶える。
「…も、もっと、舌…」
…悪企みと意地悪ばかり詰まった悪いおっぱいを、千切れるほど思いきり懲らしめて欲しい…
「…うるせえ。噛みちぎってやろうか?」
「い、いやぁ…」
「じゃ、黙って股でもいじってろ…」
桜色の果実を無感動に頬張る涼の瞳が意地悪く葵を睨み、彼女はうっとりと甘えた声を上げた。
「…りょ、涼くんが触ってよぉ…」
涙目でもぞもぞと懇願する葵を、涼は顎に唾液を滴らせ上目遣いに嘲笑う。…まあ、偉そうに命令する女よりはマシだ。
「…気安く名前呼ぶな。毛も生えてねえ癖に…」
「ふ、ふぅん…」
しかし毒づきながら濃紺のスカートを捲り上げる涼もまた、自らの不本意な昂まりを感じていた。ときおり欲望のまま、この甘やかされた少女たちを滅茶苦茶に犯したくなる。
涼がその衝動をいつも押し留めるのは、未だ彼を友人として屈託なく接してくれる西小のクラスメイトたちの顔だった。
そういえばかつて涼のいた賑やかな教室にも、こんなお下げの模範生がいた…
(…昔、委員長がお化け屋敷でビビって、こんなふうにしがみついてきたことがあったっけ…)
涼は葵たちの派閥から附属中等部女子への『献上品』として贈られたことさえある。
しかし大人顔負けの肉体を備えた年上の少女たちの淫乱で濃厚な愛撫も、あの日受け止めた国東真琴の柔らかいふくよかな胸、暖かい日差しの匂いがした突然の抱擁の欠片ほども、涼の心を疼かせることはない。
(…委員長にこんなことしたら、きっと殺されるだろうな…)
心から遠く離れた涼の手が、猛禽の爪のように葵の下着に潜り込む。こじ開けられた太股の中心、したたかに潤って無防備に開いた部分が乱暴な指に掻き回され、泡立つ淫らな音を響かせた。
「ひいいっ!! 待…って… イっちゃうよぉ!!」
「…うるせえよ。」
無情な囁きと共に涼の責めはさらにその速度を早め、葵のもはや熱の結晶のような剥き出しの芯がはしたなく勃ち上がる。
「はひいっ!! イっ…ちゃう…
弓なりに反り返る葵の身体。高く突き出された乳房がぶるぶると揺れる。涼にしがみついて硬直した彼女の身体で唯一、粘っこく滑る柔らかな襞だけが涼の指先でびくびくと蠢き続け、葵のあっけない絶頂を告げていた。
「ああ…あ…涼くん…」
(…営業終了。)
そう心で呟き、名残惜しそうに絡みつく葵の腕を振りほどいた涼はいそいそと立って手を洗うと、教科書の入っていない傷んだランドセルから借りてきたビデオカメラを取り出した。
「…ねぇ…涼くんは出さなくっていいの?…」
「…名前で呼ぶな、っていってるだろ。」
悦に入ってカメラを撫でながら、ぶっきらぼうに涼は応える。そろそろ保育所のお迎え時間だ…
「…ふん、なによ…お小遣いここに置いとくからね!!」
唇を尖らせつつも『充電』を終えた葵の瞳には、彼女のクラスメイトがよく知る冷淡で自信に満ちた光が戻っている。派閥内の様々な問題、進行中の策謀、附属小の戦争は…エレガントなのだ。
「…そういやあんたたち、だいぶ劣勢らしいわね?」
がらりと調子の変わった葵の言葉に、涼は訝しげにカメラの取扱い説明書から顔を上げる。葵はシャツのボタンを留めながら続けた。
「…あんたたちと東小の下んない戦争よ。もうすぐ大将決戦らしいけど、ウチの連中は8:2で東小有利って読んでるよ。」
「…テキトー言ってんじゃねーよ。」
鋭く葵を睨みつつも涼の声は初めてしっかりと彼女に向いていた。最近の東西激突は夏休み前、高台での西小大勝利に終わったと聞いている。
涼は安心しつつも寂しい気持ちで、上の弟が興奮して語る明たちの武勇伝に耳を傾けたものだったが…
「…マジだって。『東小のシバケン、緑化公園を占拠』ってね…」
葵の話は第三者の視点に立った説得力に満ちていた。思えば見過ごしていた弟たちの不審な挙動とも符合する。そしてどんな窮地に立っても、涼の家庭事情を知る明たちが、自分を蚊帳の外に置くであろうことも…
「…とにかく今、あんたたちの『国境地帯』で大きな顔してるのは東小ってことよ。じゃ、またね…」
葵が去ったあと、丁寧にビデオカメラを片付けた涼は、葵の置いていった封筒に触れもせず、再び洗面所に立ちざぶざぶ顔を洗い続けた。
悲しげで端正な顔が鏡を睨む。しかしその長い睫を濡らし、頬を伝うものはただの水道水。涼はもう長い間、涙を流した記憶はなかった。
(最後に泣いたの、いつだったっけ…)
先ほどから振り払えない級友たちの顔が涼の記憶を呼び覚ます。桜並木の河原を肩を震わせ歩く自分の姿…
母が家を出てしまい、涼の家庭をいつも気にかけていてくれた五年生の担任教師までが亡くなった辛い春の記憶だ。
矢崎真教諭の告別式が終わり、嗚咽をこらえきれなくなった涼は、集まった級友と別れて独り河原を歩いていた。溢れる涙を拭いもせず、ただ喪失と離別の苦痛だけを背負って。
『…おい、涼!!』
不意に足元に転がったサッカーボールに振り向くと、そこには幼時からの友、見慣れた八坂明の姿があった。
この小柄だが親分肌の友人の眼は、悲嘆に暮れる仲間のなか、静かに歩み去った涼の軋む背中を見逃してはいなかったのだ。
「よぉ…」
そのまま口を開かない明に、涼も黙ったままボールを返し、それから二人は、やがて河原の桜並木が水銀灯に眩く照らされるまで、黙々とパスを交わし続けた。
…気がつくと涼の涙は乾き、いつの間にか現れた岸や武田たちも一緒にサッカーボールを追っていた。あの夕闇が迫る春の黄昏、高い土手に腰掛けてそれを眺めていた女子の中に、確かに国東真琴も座っていたと思う…
…濡れた前髪を掻き上げる涼の顔が、鏡の中で徐々に猛々しい精気を帯びる。稼ぎだけはいいが、このところ手応えのある相手とやり合っていない。
(…『東小のシバケン』だと? 笑わせんじゃねぇぜ…)
いつか彼の帰る大切な場所に目障りなネズミは不用だ。岸や明を煩わせるまでもないだろう。
(…でも俺が暴れると国東、やたら怒鳴るんだよな…)
久しぶりに不敵で悪戯っぽい笑みを浮かべ、涼は窓を開けて秋晴れの高い空と街を眺める。思いきり身を乗り出すと、遥かな西小学校第三校舎が少しだけ見えた。
END