鬼マリ。本名大西真理。小学六年生。 性格は短気で粗暴、万事に大雑把で意地悪だ。
かつてはその凶暴さで、西小女子に君臨していた彼女だったが、長い闘争の末にようやく友人となった谷川千晶の影響もあり、周囲の評価は最近少し良くなっている。あくまでも少しだったが。
細身の長身にストレートヘア。吊り上がった黒目がちな瞳に、笑うと目立つ鬼のような犬歯。千晶とはまた異なるボーイッシュさを持っている。しかし千晶と同じく、バストは見事な急成長を見せ始め、ものぐさな彼女は日常生活においての色々な不便に立腹していた。
仇名の由来でもあるその容貌は意外に魅力的だ。
その日、マリの家には両親の不在を利用しての大ゲーム大会の為、八坂明をはじめとする数人の同級生が集まる事になっていた。
下校したマリは、別に急ぐでもなく帰宅した。玄関を開け、乱暴にランドセルを投げ出すと、次々と衣服を脱ぎ散らしつつ二階に上がる。
一刻も早く、クタクタのスウェットに裸足という、自宅での定番スタイルになる為だ。
丸めた靴下を蹴飛ばし、自室にたどり着いた時はパンツ一枚になっている。
部屋に入ると三年生になる弟の慎也が、なにやら派手なカードを床いっぱいに広げ、一人で悦に入っていた。見慣れた姉のヌードには見向きもしない。
「コラ小動物!! 友達来るんだからどっか消えろ!!」
慎也は顔を上げ、不服そうに呟いた。 「…僕も友達来るんだけど。」
マリは机の上に大事なスウェットを見つけ、わざとカードを踏み荒らして取りに行く。「バカやろ!! 餓鬼は外で遊ぶんだよ!!」
罵りながらスウェットに足首を通した瞬間、慎也が叫びながら飛びついた。
「ぼ、僕の超ワザカード!!」
ちらりと足の裏に貼り付いたカードが見えたが、その時すでにマリは妙な姿勢でスウェットを足に引っ掛けたまま、思いっきり尻餅をついて天井を見上げていた。しばしの沈黙。
一瞬の後、マリはあらゆる罵詈雑言を慎也に浴びせながら、この低脳な弟を張り倒すべく飛び起きようとした。
しかし…何かがおかしかった。
仰向けのまま、上体が起こせない。
「…立て…ない!?」パニックに陥りつつ、なんとか両腕で体を起こした。
慎也は呆然とマリを見下ろしている。
「腰、抜けた…!?」マリの表情が徐々にに鬼姫のそれに変わってゆく。
「てっめえぇ…。ぶっ、殺、す!!」
慎也は後退りしつつ死相すら浮かべたが、残念ながら今のマリには毛虫も殺せない。
仕方なく声の限りに慎也を罵りながら、足首に引っ掛かったままのスウェットを穿こうと床から手を放す。
ゴン!!
支えを失った上半身は重力に従って倒れ、マリは後頭部をしたたかに床にぶつけた。
「いててててて!!」天井にチカチカと星が舞う。
悔しいが、これでは慎也に頼るしかなかった。
「おい…うすら馬鹿、とりあえず、ズボン上げてくれ。仕返しは…保留…するから。」
おそるおそる慎也は姉のスウェットに手をかけた。おどおどした目つきが癇に触る。
手際の悪さに、マリの無いに等しい堪忍袋が切れた。
「ああああっ!! どんくさいっ!!」
振り上げた踵が、慎也の鼻を直撃した。ひたすら、暴君のような姉を恐れ、理不尽な仕打ちに耐えてきた慎也が反旗を翻した。
「もう知るかぁ!! 姉ちゃんなんか、死んじゃえ!!」
涙目で慎也はスウェットを放り投げ、マリを突き飛ばして、ドタドタと出ていってしまった。
ゴン!!
また天井に星が舞った。
慎也への怒りをなんとか鎮め、ようやく思考力を取り戻したマリは考えた。
千晶達が到着するまであと約一時間。
どうやら自力での移動は無理だ。しかし千晶たちが来れば、医者へ連れて行ってくれるはずだ。
現状、最悪の事態はこのままパンツ一丁で男友達、馬鹿みたいに時間に正確な岸あたりが一番先に訪ねて来る場合だった。
願わくば、口が堅い上に同性の千晶が一番乗りであれば…。
慎也が投げたスウェット下はつま先から約30センチの位置。
あそこまでの移動は不可能だ。
上着は?… マリは苦労して背後を見た。スウェット上は、学習机から垂れ下がっている。上半身を倒せば、指先が届くかもしれない。
マリは早速実行に移した。
予想通りもう少しで届く。鉛のような下半身が少し動いてくれれば…。
両腕を精一杯使って、僅かに上方に移動する。
ずりっ。
まずい。フローリングに密着したパンツが、上方への移動でずり下がった。
さらに悪戦苦闘したが、結局スウェットに手は届かなかった。
マリは更にもがき続けたが、ついにあきらめ叫ぶ。
「ちくしょおおっ!!」
事態は尻半分悪化してしまった。
しばらく放心していると、ドドドドド!!と階段を駆け上がる音が聞こえ、バタンとドアが開いた。
「あはは。おっぱいだ。」
慎也とその友達が数人、好奇心丸出しで飛び込んでくる。
「てっめえら!! キンタマ潰すぞ!! 失せろ!!…っうか助けろ!!」
「エラそーだな。動けない癖に。」
一人が仲間に言う。「うん、エラそーだ。」
三年生達はマリの窮状を確認すると、じりじり輪になってマリを囲んだ。
何度か暇つぶしにいじめた顔ばかりだ。こいつらの秘密基地を全壊させた時の泣き顔は最高だった。「コラぁ!!話聞いてんのか!! 殺す殺す絶対殺す!!」
しかしマリの言葉が実行力を伴わない今、こんな復讐のチャンスを逃す者はいなかった。
「あ、ケツ出てる。」「乳はもう大人だな。」
めいめい勝手な寸評をしながらマリの拳の射程圏を避けて、発育中の肉体を子細に観察する。
マリの妙な羞恥心とプライドは、この馬鹿餓鬼共相手に、両手で胸を覆うというごく普通の行動を許さなかった。
たぷたぷと胸を揺らしながら、声の限り威嚇を続けたが、そろそろ声はかすれ、語彙が単調になりつつある。
…くそっ。泣き真似でもするか?…。
何年振りに弱気が顔を出し、マリが自分でも驚いた時、慎也達は何か相談して、ドタドタとまた階段を下りて行った。
…殺す。百回ずつ殺す。
怒りに震えるマリの前に、加虐の虜となった三年生達が、手に手に細長い竹竿を持ち、再びしずしずと集まってきた。
「…てめえら、それで、なにする気だ…」
出来るだけ低いドスの利いた声で牽制したが、慎也達に動揺はなかった。
マリはすでに手負いの美味しい獲物となっていたのだ。
ピシリと竿の先がマリの乳房を打つ。
「いっ!!」
上半身を支える手が疲れてガクガク震える。無防備な胸を容赦なく細い竿の先端が襲う。
腕がついに悲鳴を上げてマリは仰向けに倒れ込んだ。
「やあ…っ!!」
マリが初めて発した少女らしい悲鳴に、竹竿の動きは更に勢いを増し、ヒュンヒュンと空を切ってふとももを打ち、グリグリと乳首を押す。
「うああああっ!?」
ひときわ強烈な刺激に無理矢理頭を上げると、足元にうずくまった一人が、熟練の職人の顔つきと手つきで、マリの股間にぴたりと当てた竹竿の先を猛烈に振動させていた。
「…あ、駄目… こ、殺す、ぞ…」
「へへへ…。カンチョー!」
「違うだろ。マンチョーだろ。」
「ほぉれ、巨乳乱れ打ちじゃあ!!」
三年生達は恍惚として悶えるマリを責め続けた。
さすがの鬼マリも屈服して慈悲を請うことを考え始めたとき…
ドアの開く音と、てっきりこの拷問に参加していると思っていた慎也の高い声がした。
「おおい!『グル』借りてきたぞ!!」
「いゃああああぁ!!」
『グル』と聞いて、マリの全てが崩壊した。傲慢さをかなぐり捨て哀願する。
「いや!! いや!! 許してぇ!!」
『グル』とは近所の老人が飼っているグロテスクなチワワだ。
マリが幼少から唯一恐怖してきた存在。未だに縁側で昼寝をしている姿すら正視できない。最近では年老いて、不気味さに一層磨きがかかっていた。
復讐と、心の平安の為にそのうち暗殺してやろうと思っていた矢先だった。
「ごめんなざぁい!!たすけてぇ!! ゆるじてぇ!!」
怯えて裸身をくねらせるマリの様子に、子供なりにエロスを感じるらしく、慎也達はグルを放し、固唾を呑んでマリを見守り始めた。
グルは震えながらよたよたとマリの足元に近寄ると、マリの足をペロリと舐めた。
「ひ!!」
そして恐怖に硬直するマリの体に這い登り、涎を点々と落としながらマリの全身をクンクン嗅ぎまわる。
「か、神さま、たす、け、て…」
鬼マリの目に大粒の涙があふれた。
そしてお約束のように、マリの股間を今やわずかに隠しているパンツに目を付けたグルは、ずるずると移動し、そのまだらな頭部をぐいぐいとねじ込んでその部分の触覚及び味覚の調査を開始した。
「××!×××!!」もはやマリの声は枯れ、開いた唇からは超音波のような悲鳴が漏れるばかりだった。
ビリ、という音がグルの涎に濡れたパンツから聞こえた時、マリの意識は遠のいていった。
生まれて初めての気絶だった。
…トイレ、行きたいなぁ…。
マリはぼんやりと思った。
もう起きなきゃ…。うっすら目を開けると、途端に先刻までの悪夢を一気に思い出した。
慌てて見回したが、グルや慎也達の姿はなかった。
全てが夢だったらどんなに嬉しいだろう。
しかし残念ながら悪夢は現実であり、マリの体は相変わらず動かないままだ。
ヤバい…。
冷や汗が額を伝う。おしっこ、したい…。
終わらない責め苦にマリはすすり泣いた。星の数ほどの悪行を悔いた。
ふと見ると、パンツの残骸に包まれた股間に、古ぼけた小さなハンカチが載せてあった。
自らの所業に怯えて逃走した慎也達の置き土産だ。
…あの糞餓鬼ども…マリの怒りが再燃した時、かすかに外で、キッ!と自転車の音がした。
間違いなく千晶のブレーキ音だ。マリの全身を安堵が包んだ。
ドアが開く音に、おじゃましまーすと言う声。
ナイスだ千晶!! ナイス過ぎる!!
千晶の全てが好ましく思えた。天使のような笑顔。あぁ、千晶…。
そして階段を登る音が響き、救世主がドアを開いた。
「あああああっ!!」千晶は目を見開いた。
驚きは当然だ。美貌の級友がほぼ全裸で倒れているのだから…。
「…ボクのハンカチ!!」
予想外の言葉に、マリは愕然と股間のハンカチを見た。消えそうなマジックで書かれた、『たにがわちあき』という文字。
しげしげと眺めると、突然、忘れていた古い記憶が押し寄せた。砂だらけで泣いている小さな千晶…。
まだ二人が一年生位の頃のことだ。
校庭の砂場で遊ぶ子供の中にマリと千晶がいた。
そのハンカチが欲しかった訳ではなかったと思う。
ただ普段大人しい千晶が、あまりに必死に抵抗するので、つい意地になり、砂で目潰しを食らわせ、お下げだった頭へ丹念に砂を載せて、無理やり取り上げた。
当然大事にするわけもなく、時々家の中で見かけるたびに、あの黄色いスコップと千晶のことを考え、ほんの少し罪悪感に襲われたりしたが、そのうちすっかり忘れてしまっていた。
「返せっ!!ボクのハンカチ!!」
なんとか謝罪と、緊急事態であることを伝えようとするが、痛めた喉からは声が出なかった。
「こし…っこ…たい…!!」
マリと同様に、今や古い遺恨をはっきり思い出し、怒りが再燃した千晶は実力行使に出た。
「さあ返せ!! 今返せ!! これは、お母さんの…」
千晶の豊かな胸はマリの下腹部を強烈に圧迫し、マリの悲痛な忍耐はついに限界を超えてしまった。
「わああああっ!?」
ようやくマリの家に着いた明たちは上機嫌で自転車を降りた。
「しかし、探してみるもんだな。普通ないだろ。中古屋でも見たことないし。」意気揚々と明が言う。
「あいつら兄弟そろって、異様にモノ大事にしてるからな。。」
嬉しそうに岸が答える。
四人は遠慮もせず、両手にゲーム機器や菓子を抱えてマリの家に飛び込み、階段を駆け上がった。
「いゃっほう。見ろ!! この品揃え…」
明がマリの部屋に飛び込んだ瞬間、鮮やかに弧を描いて、暖かい飛沫が彼を直撃した。
「!?」
「わああああぁ!?」俊敏にそれを避けた千晶の悲鳴。
そして…。
飛沫の源泉を見た岸武志の両手から、ゴトン!と音を立ててゲーム機器が落ちた。
「言わないで…みんなに言わないで…」か細く懇願しながら、惨めに病院に運ばれるマリを見送って、湯上がりの匂いがする明がぼそりと言う
「…言える訳ねぇだろーが。」
彼はマリのスウェットを着ていた。
明の横で、千晶は母の匂いを思い出しながらあのハンカチを眺める。
懐かしいそれは、なぜか犬の匂いがした。