灰色のマンションの階段を駆け降り、私は小走りで外に出た。
小雨が降っていた。ランドセルが背中に貼り付く。
ノリちゃんの事を考えないようにしながら、振り返らずに駅前まで歩いた。
コンビニに入って、雑誌を開いたが、気が付くと、ノリちゃんの事しか考えていなかった。
今頃ノリちゃんは、私を恨んでいるのだろうか?
「…友達連れてこいよ。乳のデカい奴。二人一緒なら倍額プラス一枚出すぜ。」
結局適当な事を言って無理やりノリちゃんを置き去りにして来た。私は彼女を売った。
おとなしくて人なつっこいノリちゃん。私の両親が居なくなる前からお母さんがおらず、でもちゃんと5時に帰るノリちゃん。
簡単に騙せるお婆ちゃんと暮らしはじめ、私が5年生の頃とは別人になってしまっても、ノリちゃんとの付き合いだけはそのまんまだったのに。
あの男は痛いことはしない。ただ服を脱いで触られていればいい。
それだけで欲しいものはだいたい買えた。そして、もう、欲しいものはあまり思いつかない。
だのに、何故、ノリちゃんまで連れてあのマンションへ行ったのだろう?
ほんとは触られるのは嫌いじゃなかった。裸でギュッとされるのは気持ちがよかった。
でも、もう一人じゃ行きにくくなってきて、それで、ノリちゃんを連れて行ったのかもしれない。
ソフトクリームを買ってコンビニを出た。小雨は続いていた。濡れないように駅の入り口へ向かう。ソフトクリームは食べる気が失せたので、地面に捨てた。
道にべたりと落ちたソフトは、雨に溶かされてゆっくり傾いた。やがて倒れてしまうと、水たまりに白く滲んでゆく。
私は自分を売ったお金でソフトクリームを買い、そして捨てた。
ノリちゃんを売ったお金で私は何を買い、そして捨てるのだろう?
そしてその次は何を売り、買い、捨てるのか?
雨の中、点々と滲み続ける無数のソフトがはっきりと見えた。涙が溢れた。
もう全て遅いかもしれない。でも、まだ買い戻せるものがあること祈って私は走り出した。
びしょ濡れで走りながら思った。
本当に欲しいものは買ったり、捨てたり出来ないものだった。
私のした事をどんなに叱られてもいい。それだけの為にお父さん、お母さんに逢いたかった。
それが無理なら、神さま、どうかノリちゃんを守ってください。お願いします。
灰色のマンションまで走り、息をきらせて見上げると、出し抜けに植え込みから押し殺した声がした。
「綾ちゃーん!!」
ビクッとして振り向くと、『天津甘栗』と書かれた段ボール箱をスッポリ被ったノリちゃんが植え込みに潜んでいた。
「綾ちゃん、こっちこっち!!」
涙でちゃんと謝れない私の手を引くと、ノリちゃんは箱を半分かぶせてくれて、一緒に走り出した。
「あのおじさん、いきなり胸触りに来たんだよ!! 私はあわてて逃げたけど、綾ちゃんすぐ戻ってくるって言ってたから、私だけ逃げたら綾ちゃんが危ないと思って隠れて待ってたんだ。」
神さまに感謝しながら、得意げに話すノリちゃんを抱きしめた。
「綾ちゃん、なんで泣いてるの? それからほら、ちゃんと箱かぶらないから透けてるよ。私もだけど。」
見ると雨に濡れたTシャツがピッタリと貼り付き、乳首が見えていた。恥ずかしく、なんだか嬉しくて泣きながら笑った。
「…ノリちゃん、風邪引かないように、あたしんち言って、一緒にお風呂入ろ?」
お婆ちゃんと暮らしはじめて嬉しい事は何時でも好きな時にお風呂に入れる事だった。
お風呂の中で、ノリちゃんに全て話して謝ろう。そして、ノリちゃんは、きっと許してくれると思った。
END