静かな図書館の一角。
今、作倉歩美の前には、東小を統率する同級生、恐るべきシバケンが座っている。
歩美の瞳は、以前の彼女とは違う、毅然とした明るい光をたたえて、彼を見つめていた。
「…色々聞いてるが、もし、俺があの西小の二人をぶっ殺すって言ったら、テメェは俺の敵か、味方か?」
歩美はここに呼び出されて初めて、静かに口を開いた。
「…敵。」
シバケンはすっ、と立ち上がり、この少女がまるで生涯の仇敵であるかのような凄みのある表情で再び尋ねた。
「…敵か?」
この凝視に耐えられる者は東小には誰一人いないだろう。
しかし歩美は、シバケンとの会話はおろか、クラス中の誰の目も見て話せなかった歩美は、真っ向からこの凶暴な男子の瞳を見据え答えた。
「そう。私の敵。」
補食獣のようなシバケンの表情が徐々に、奇妙に人を魅きつける笑顔に変わる。
「…それじゃ、俺らは同類だ。」
奇妙な論理に歩美は思わず首を傾げた。
「守りたい友達がいる。 闘いを恐れない。そして…」
思わず歩美は続く言葉を待つ。
「…弱虫だった。」
理解できず歩美はついに自ら問いを発した。
「…どういうこと?」
「つまり、俺らは友達になれるって事だ。」
歩美の脳裏に、あの日以来の釈然としない同級生の様子が蘇る。
よそよそしく遠慮がちになったいじめっ子たち。
全てがこのいじめっ子の頭領の、何らかの意図による指示だとすれば合点がいく。
そしてその意図とは、歩美の二人の友、西小の筆頭たる千晶と明に対する利害に関する事に違いない。
そうでなければ、いじめこそしないものの、まるで虫を見るように歩美を眺め続けていたシバケンの『友達になろう』の言葉はお笑い草だった。
彼女の心に怒りすら湧いてきたとき、その思いを見透かしたようにシバケンが言った。
「弱虫は怒れない。しかしもう、俺たちはそうじゃない。」
彼の支配力に対する不穏な動きは歩美の耳にも入っていた。彼はその力を保持する為、西小との窓口を欲しているのか?
再び彼は微笑んで言った。
「友達は友達に、何も強制できねえ。ただ話を聴いてもらうだけだ。その話を、別の友達に話すかは、そいつの判断だ。」
歩美の憶測は当たっているようだった。
しかし、と歩美は思う。
例え相手がこの『東小の魔王』であっても、この詭弁で、意のままに利用されるのはまっぴらだ。
安っぽい『保護』などを代償として投げられたら、席を蹴って帰ってやろうと思った。
すっ、とシバケンの手が歩美の手元に伸び、彼女がシバケンを待つ間に開いていた、表紙の黄ばんだ『銀河鉄道の夜』をたぐり寄せた。
「『カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。』」
シバケンは、その一節を諳んじると、背表紙の裏の貸出欄を開き、歩美の前に置いてこの古びた図書館から立ち去った。
貸出欄に数年前の日付で、か細く震える幼い文字で書かれた、シバケンの名前があった。
歩美はしばらくじっとその文字を見つめ、やがて立ち上がると書架に向かい、自分が読んだ本、興味を持った本全ての貸出欄を開いた。
その全部に彼の名前を見つけ、作倉歩美は、静かに最後の本を閉じた。