今ボクは、学園の寮にいます。
ええ。そこは、女子寮でございます。
事務上の手違いで女と間違われたボクはそのままなし崩し的にそこで暮らすことになりました。
実はかつて男だからという理由で退寮しようとしたことがあるのですが、ボクを除く同居人全員が、事務員のお姉さんも含めて反対したので、そのまま置いてもらっています。
学園徒歩3分、温泉付き(大浴場)のマンションが水道代込み1万五千円は確かに安い。
男子寮もあるけれど、向こうはボロなのだ。しかもこっちと違って風呂とトイレが別になっていないし。
「ふいー」
ベッドにつっぷしてTシャツ1枚だけになるボク。
今日も疲れた。
天音ちゃんに抱きつかれて薫ちゃんに助けてもらおうとしたら犯されかけて、危ないところを瀬羅先輩に助けてもらって。
お昼休憩には何人かの女友達に抱きつかれてキスされてお弁当あーんしてなんて冗談に困らされて、男子の羨望の視線にさらされて。
例のボクの能力で欲情していない時でも、たいていの女の子はボクに優しいし、甲斐甲斐しく尽くしてくれる。
何でだろう、って聞いてみると、可愛いからと答えられる。
ボクはそんなに可愛いかしら?
れっきとした男なんですけれど。
たくさんの女の子に囲まれて世話を焼かれるのははっきり言って悪い気はしないけれど、色々と複雑だ。
女の子は柔らかいし、汗をかいてもいい匂いがする。男のボクとは違う。そりゃボクだって女の子と同じくらい肌がすべすべしているし、髪の毛だってそれなりに長くてトリートメントはきっちりするけれど、やっぱり女の子とは違う。
特に瀬羅先輩は綺麗だし物腰も上品だし、なんというか、人としてあこがれてしまう。
お嬢様然としてほとんど羽目を外さない人なんだけど、ちょっと前に内緒でボクをひざ枕してくれたことがあって。
うとうととまどろみながら、「お姉ちゃん」って間違って先輩のことを呼んだら、ひどく優しい顔でボクの髪を撫でてくれた。
またしてくれないかな……。
ああ、ねむい。
ねむねむねむねむ。
ちーん。
「朝だよ、ハルカ」
「んにゅー」
至近距離から声がしたけれど、きっと気のせいだろう。
ボクはねぼけまなこを開かないまま、愛用の抱き枕をたぐりよせる。ねむいのだ。
捕まえた。
「きゃっ」
ああ。いつもの枕よりも柔らかくてふにふにしてて、抱き心地がいい。
それに心なしかいい匂いがする。
うむ……何だろう、これは。
柔らかいおまんじゅうみたいなものの頂点に、固くしこった何かがある。
それがちょうど、ボクの頬にあたっている。
あむ。
ボクは口を少しだけあけて。
頬に当たったその突起を、含んだ。
「やんっ」
ちゅうちゅう、ちゅうちゅう。
気持ちいい。
ほんのりと、ミルクの味がするような気がする。
あ、とか、はぅっ、とかなまめかしい音が聞こえる気もする。
ボクは目を覚ました。
そこには、部分的に濡れた薄手の布。その下にある、控えめな稜線。
寝ぼけた目でも、それがおっぱいだと理解するのに時間はかからなかった。
「ええっ?」
視線を、上に。
そこにはよく知っている友達の、あまり見知らない姿があった。
普段は眼鏡をかけて隠しているけれど、それをとれば誰もが振り向く美少女
の姿。
同級生の、薫ちゃんだった。
ただ、ちょっとおかしい。
目が、ぼんやりとしている。
ボクが発情させたときとはまた別な感じだ。
欲情しているわけではない。しかし、正気でもない。漫画でたまにある、
狂気にのっとられているというのともまた違う。
ただただ、虚ろだった。
「薫ちゃん?」
心配になり、僕はぺしぺしと薫ちゃんの頬をたたく。
そうするうち、だんだんと瞳に光が戻り始めた。
薫ちゃん、覚醒中。
なう、ろーでぃんぐ。
ぽく。
ぽく。
ぽく。
ちーん。
「って、え、えええええっ!? 何でハルカが私の部屋に? ちょ、しかも
私、これ……あ、あ、ああああっ、見ないで、見ちゃだめっ!」
まさに錯乱状態。
いたいいたいいたいいたい!
枕をとってバンバンと叩かれた。あっという間にグロッキーになるボク。
何がなんだか分からない。
とりあえず距離をとって薫ちゃんの方を見ないようにしながら周囲を見渡した。
うん、間違いなくここはボクの部屋、ボクの居間兼寝室。
黒無地の机の配置も、本棚にある裁縫全集や実録・男料理も見覚えがある。
ベッドから転がり落ちている超流動ウレタン製抱き枕2万円也もボクの愛用の品だ。
「ここ、ボクの部屋だよ」
「ふぇ……?」
涙目になった薫ちゃんが、やや落ち着きを取り戻してボクを見る。
うむむ。
いい。
恥じらいに顔を赤らめて、光に透けかけているノーブラのTシャツの中身を
ボクに見られまいと手で必死に隠す薫ちゃん。
すごく可愛い。
って、見たら駄目だ。だめだめだめ。薫ちゃんが困っているじゃないか。
でも普段さんざん困らされているしって、何を考えているんだ、ボクは!
「とりあえず上着貸すから!」
煩悩を振り払うために、大きな声でボク。もちろん薫ちゃんの身体を見ない
ように後ろを向いている。だってボクは紳士ですから。
「う、うん。ごめんなさい。見ないでね」
ごそごそと衣擦れの音がする。
薫ちゃんもかなり落ち着いてきて、ボクの言うことを素直に聞いてくれた。
「ハルカの匂いがする……」
「あ、ごめん。きちんと洗濯してたけど、臭うかな?」
うう、恥ずかしい。洗剤の量が足りなかったかな。
「あ、ううん、なんでもないの」
「そう……?」
首をかしげるボク。
「ごめんね。これ、洗って返すから」
「ああ、気にしなくていいから」
たわいのないやりとりをしてその後、ボクは薫ちゃんにコーヒーとトースト
を振舞う。
誰かと一緒に食べる朝ごはんも、けっこういいものだと思った朝だった。
しかし、いったい。
何で薫ちゃんが、ボクの気づかないうちに添い寝していたんだろう?