あたしの友達に、ひとりの盲人がいる。名前は、観希[みき]。
生後間も無く、この病院付属の孤児施設に引き取られた子だ。彼女の両親は、名前と育児用具一式を彼女に携えて、この施設の玄関先に置いていってしまった。
彼女が捨てられた当時、あたしは1歳だった。
歳が近いあたしたちは、物心ついてからいつも一緒だった。
あたしは観希の目となり、観希はあたしの耳になる。耳の聞こえない(けれど声は出せた)あたしと、目の見えない観希。
互いに、必要不可欠な存在だった。
少し経って、あたしは手話を覚えた。読唇も、ある程度ならできた。
他方で観希は、点字を覚えた。その前にはあたしに向けられる言葉を文字にして書き表す事ができていたから、すぐに覚えた。
それらを覚える前まで、あたしたちは二人でひとつだった。
それらを覚えてからは、その必要性が薄れていった。
あたしたちは別な方向へと歩み出した。
あたしは聾学校へ、観希は盲学校へ、それぞれ通う事となる。
聾学校は比較的近所にあったのだが、盲学校は遠い。だから観希は寮に入らなければならなかった。
観希が寮に入った。あたしは施設から聾学校に通った。
観希と会えるのは、春・夏・秋の長期休業のとき以外にない。
それに、観希は法律の勉強をしたいということで、あまり長い休みにできないらしい。
必然的に、会う機会は減っていった。
そして今年、観希から連絡があった。
来年から、施設のあるこっちで勉強ができるようになったのだという。
あたしは心から喜んだ。
観希が帰ってきて、あたしたちはそれまでの事を――既に互いがその事を知っているが――語り合った。寂しかった数年間を埋めるように。
そして心の中にほんの少し芽生えた感情が、彼女の言葉とともに首を擡げた。
「卒業したら、普通の大学に行きたい」
それはあたしも常々思っていた事だったが、身障者用の設備を備えた学校が、日本には少ない。
それに進路がそもそも違っていた。仕方のない事だったが、それでもあたしはあきらめられなかった。
「もう、離れたくない。観希がいない生活なんて、考えられない」
ずっと一緒にいたい。それが好意(恋)だと自覚したのは、いつの事だっただろう?
あたしよりも遥かに自立した彼女が、あたしを抱きしめてくれた。
「わたしも、ひかりちゃんと離れたくない。でも……」
それ以上、彼女は言葉を紡げなかった。あたし自身が、紡がせなかった。
その夜、あたしたちは互いの体を重ね合った。
二人がひとつであった頃に戻りたくて。でもそれは、互いに自立してしまった今では不可能な事だという事も、わかっていた。
今、あたしはあの施設を離れ、地方の総合大学に通っている。あたしの進みたい道を、進んでいる。
そして――
あたしは観希と暮らしている。
観希があたしに内緒で、この大学を探し出してくれた。
互いの進路に見合う勉強ができる場所。そこを、あたしに勧めてくれた。
タイプの違う身障者が学生生活を送るには少し不便だけれども、それでも、あたしはいいと思う。
「おまたせ、ひかりちゃん」
「うん。じゃあ行こう、観希」
あたしたちはこれからも、一緒なんだから。