薫が来店した日から三日後はアスカの定休日で、千草は車で三十分ほど掛かる巨大なシ  
ョッピングモールに足を伸ばしていた。  
 目的はほぼ1フロアを占有している、市内でも有数の品揃えを誇る巨大書店。  
 趣味で読む文庫本や雑誌くらいなら、近所にある小さな本屋で買えるけれど、やはり専  
門書の類を買いそろえるなら大型書店に足を運んだ方が効率が良いのだ。  
「……ふぅ」  
 それでも、流石にハードカバーの専門書ばかり六冊も抱え込んでいる自分に、溜息が  
出てしまうのは仕方がないことだった。  
 元々、読書自体はさほど嫌いではないけれど、千草が好んで読んでいたのは文庫本の小  
説くらいでしかなかった。  
 専門書を読むようになったのはアスカを継いでからのこと。  
 花のことで分からないことはアスカに聞けと、近隣の花屋や卸でさえ口にする程に父の  
知識は尋常でない豊富さを見せていた。  
 そんなアスカだから、玄人も裸足で逃げ出すほどに詳しい常連客が多く、再開してから  
は千草の方が教わる事の方が多いくらいなのだ。  
 そんな状況では、常連客が去っていっても文句は言えない。  
 それに、父の遺品には殆ど本がなくて、一体どこからアレだけの知識を得ていたのかと、  
訝る程で。  
「あ」  
 そんな考え事をしながら見ていた棚に、以前から気になっていた洋書『An orchid ency  
clopedia』の文字が見えて思わず手を伸ばす。  
 その瞬間。  
 ふわりと、今まで感じたことのない爽やかで甘い香りが、鼻腔をくすぐった。  
 間髪入れずぽんっと肩を叩かれて、千草はすぐに振り返る。  
「店長、休みの日まで勉強ですか? 相変わらず精が出ますね〜」  
「……あ、あの、飛鳥井さん。こんにちは」  
 背後には、ニヤニヤと笑う木船と、その腕に自身のそれを絡めている薫が立っていた。  
 木船が身につけているのは青いホットパンツに白のタンクトップ、その上から黒のデニ  
ムジャケットを羽織っていた。  
 その姿がやけに様になっていて、仕事中の少々野暮ったささえ感じさせる衣装とのギャ  
ップに内心で苦笑して、薫の方に視線を向けた。  
 白いラメ入りで肩口がひも状のキャミワンピースに、丈と袖が短い白のジャケットを付  
けている姿に、一瞬目を奪われた。  
 全くと言っていいほど日焼けをしていない薫には、白い衣服はよく似合っていて濡れ羽  
色の長い黒髪と、大きな黒目が印象的に見える。  
 脇に白杖を手挟んでいなければ、そして、木船の腕に身を任せていなければ、確実にナ  
ンパされるであろう愛らしさに、胸の奥が小さなさざめきを起こした。  
「あ、あの、飛鳥井さん?」  
 戸惑ったような薫の声に、千草ははっと我に返る。  
「あ、こんにちは、姫野木さん。今日は木船君と一緒に買い物ですか?」  
 問いかけながら、やっぱり薫と木船にはプライベートでの付き合いがあったのかと、妙  
なことを得心していた。  
 ただの常連客に対するには――いくら人当たりの良い木船にしても――なれなれしすぎ  
ると以前から思っていたのだ。  
「はい。前から欲しいと思っていた本がありましたから」  
「んで、私が薫さんの目の代わりに参上してるってわけです」  
 にかっと笑う木船の仕草は普段の仕事中にはあまり見られないモノで、それに新鮮なモ  
ノを感じながら、それでも視線はすぐに薫の方に向いてしまう。  
 なぜここまで薫に惹かれるのか自分でも分からないが、それでもこうして偶然であえた  
だけでも心弾むモノを覚えていた。  
「そうですか、それで、どのような本を探されているのですか」  
「実は買う予定の本が売り切れていたんです」  
 呟きながら、困ったような表情を浮かべる薫。  
「それ以外に欲しい本もありますけど、あまり数を買っても、翻訳して貰うのが申し訳な  
いですし」  
「翻訳、ですか?」  
 洋書でも買うつもりだったのだろうかと、そんな考えが疑問符として声に乗った。  
 それに気付いたのか。  
 ふるふると首を左右に振って、微笑みを浮かべた薫が口を開く。  
「点字に翻訳して貰わないと、私には読めませんから」  
 
「ああ、なるほど」  
 薫の声には微塵も暗さを感じなくて、だから千草も同じ様に重さを消して明るく答える。  
 薫自身が気に病んでいないことを察したつもりになって、勝手にこちらが痛さを覚える  
ことほど失礼なことはないと、千草は思っているから。  
 薫と会話を交わせることが楽しくて、更に口を開こうとした千草は、一拍ずれて木船が  
ジト目でこちらを睨んでいることに気付いた。  
「あ、どうしたんだい、木船君」  
「別に〜、お二人が楽しいんでしたら、あたしは別に構いませんから〜」  
 わざとらしく伸ばした語尾に、少しだけむっと来る。  
 確かについ、薫に注視を向けてしまったのは事実だが、それでもココまであからさまに  
不満をぶつけられるいわれはないはずだ。  
 それでも、それを表には出さずに、口を開こうとして。  
「あ、丁度よかった」  
 不意に、ぽんと手を打ち合わせる木船。  
 その変わり身の速さに訝るよりも早く、にっこりと笑ってこちらを見詰めてくる木船。  
 それが、嫌な予感を感じさせて。  
「あー、木船君?」「てんちょー、あたし用事思い出したんで、薫さん任せるっすね?」  
 千草の問いかけに、木船が笑ったまま答えを返してきた。  
 一瞬、何を言われたのか理解できなくて。  
「……は?」「え?」  
 思わず漏らした声が、薫のそれと重なった。  
「今日用事あったの、すっかり忘れてたんですよね。薫さんゴメンね?」  
「え? でも、今日は先しゅ!?」  
 いきなり、木船が薫の口元を手で塞ぐ。  
 そのあまりにも突然すぎる動作に、千草は反応することが出来ない。  
「てんちょー、ちょっと待ってて下さいっすね?」  
 ニヤニヤと笑いながら、薫の口を押さえたまま、離れたところに引っ張っていく木船。  
 その様子に唖然として。  
 周囲にいる何人かの客に胡乱気な視線を向けられていることに気付いた。  
 けれど、今はそんなことはどうでも良いこと。木船と薫が、ぼそぼそと話し合ってる様  
子に目を奪われてしまう。  
 何を考えているのか分からない木船の行動に、けれど、少しだけ期待を抱いている自分  
に気付いて千草は苦笑を浮かべた。  
 自分には急ぎの用事はない……、むしろ、叶うなら薫と少しでも同じ時間を過ごせたら  
良いなとも思っている。  
 けれど、自分から誘うわけにはいかないから。木船が、間を取り持ってくれるなら有り  
難いと、本気でそう思った。  
 そんなことを考えている間に話しが纏まったのだろう。  
 木船が薫を連れてまたこちらまで戻ってくる。  
「ってことで」  
 しゅたっと右手を挙げる木船に、文句を言おうと口を開けて。  
「あの!」  
 薫の大きな声に、そのまま言葉を失った。  
 茫漠とした視線を大体千草の顔あたりに向けてくる薫。  
 その頬が僅かに赤らんでいることに、胸の奥がまたとくんとさざめく。  
「その、ご迷惑で無ければ、一緒に見て回って頂いても、構いませんでしょうか」  
 少しづつ重ねられる言葉に、薫の緊張を感じて。  
 けれど、その顔に浮かぶ含羞(はにか)みに、薫が自分といてくれることを望んでいる  
のかもしれないと淡い期待を覚えた。  
「迷惑だなんて、そんな。それより、僕なんかでよろしいんですか?」  
「飛鳥井さんになら……」  
 そう言ってうつむく薫の姿に、浮かんだ思いをかき消す。  
 好きになったとしても、自分の気持ちを伝えられない。そう思ったから。  
「んじゃ、あたしは先に帰るっすね。お二人ともごゆっくり〜」  
 ニヤニヤと笑いながらそんなことを言って背中を向ける木船。  
 気恥ずかしさのあまり、顔が赤らんでいることを自覚しながら、それでも千草は木船を  
睨む。  
「木船君、そう言う言い方はどうかと思うよ」  
「木船さん、そのあまりそう言うことは」  
 薫と言葉が重なって、思わず言葉を失ってしまう。  
 
 その様子に、ニヤニヤと笑った木船がそのまま背中を向けて、歩いていく。  
 それ以上言葉を発することは出来なかった。  
 
 
 しばし呆然と、立ちつくす千草。  
 不意に背後から咳払いの音が聞こえて、振り返った千草は慌てて横に身を躱す。  
「すみません」  
 どことなく軽薄そうな印象を与える顔立ちの中年男性が、ちらりと、こちらとその隣に  
いる薫に視線を向けてきて、何か言いたげに唇を歪める。  
 すこしむっとしながら、それでも千草はその男性に背中を向けた。  
「姫野木さん、それじゃいきましょうか」  
 今日はこれ以上本を買う気になれなくて、そのまま薫の右手をそっと握る。  
 ぴくんっと、薫が小さく肩を揺らして。  
「あ、あの飛鳥井さん」  
「はい、なんです?」  
 少し困ったような声音に訝りながら、千草は薫に問いかける。  
 一瞬、繋いだ手に力が込められて、それからゆっくりとふりほどかれた。  
「あの、出来れば、腕を……」  
 恥ずかしげな声に、一瞬何を言われたのか分からなくなってしまう。  
 木船がしていたように腕を貸して欲しいのだと、一拍遅れて気付いた。  
「あ、その、人通りが多くて普段あまり来ないところだと、手を惹かれるだけでは不安な  
んです」  
 慌てたように言葉を放つ薫に、内心の落胆をかき消して左腕を突き出す千草。  
 そのまま、薫の右手を導いて腕を掴ませた。  
「その、ごめんなさい」  
「いえ、気にしないで下さい」  
 恐縮した様子の薫に言葉を返しながら、千草は出来るだけ平静を装いながら答えを返す。  
 ただ捕まるのではなく、そのまま手を動かして、まるで恋人同士がするように腕を絡ま  
せてくる薫。  
 しかもすり寄ってくる薫の肌の感触や、甘さと爽やかさを兼ね備えた香りに、少しだけ  
心臓が跳ねた。  
「それじゃ、行きましょうか。ここを出てから行く予定だったところはありますか?」  
「いえ、特には。……ただ、木船さんお奨めの甘味処に行ってみたいと思いましたけど」  
「甘味処……、このモールにある太平庵かな?」  
「はい、確かそんな名前でした」  
 そんな他愛もないやりとりをしながらゆっくりと歩き出す千草。  
 薫が隣にいて話しが出来る。  
 それだけでも嬉しさを感じていることに、今更ながら自分が薫に惹かれているのだと、  
千草は強く意識した。  
 
 
 
 
 太平庵で穏やかな時間を過ごした後、千草は薫と共にモール内を適当に歩いていた。  
 そのまま、一件の化粧品店の前で、薫が足を止める。  
 薫が一歩を踏み出すのに合わせて移動しながら、香水コーナーの前まで移動した。  
「……その、ごめんなさい。こんな所まで付き合わせてしまって」  
 試用の香水瓶に触れながら薫が申し訳なさそうな声音で話しかけてくる。  
 その言葉に、ただ苦笑が浮かんだ。  
「気にしなくても良いですよ。僕も特に予定はありませんでしたから」  
 それは事実で、けれど真実は半分しか含まれていない言葉。  
 確かに予定は無いけれど、こうして薫と過ごせる時間は格別の楽しさを感じさせてくれ  
る。  
 それを素直に口に出来るほど、千草は子供ではない。  
「そうなんですか?」  
 不思議そうな薫の問いかけに思わず首を傾げて、問いかけるより早く薫が少しだけ影を  
感じさせる笑顔を浮かべた。  
「飛鳥井さんなら、お付き合いされているでしょう?」  
 そのまま続いた言葉に、思わず呼吸が止まった。  
 一呼吸遅れて、何を言われたのかが理解できて。  
 
「え、あ、いや、僕にはそんな相手はいませんよ」  
「そうですか? 飛鳥井さんなら、結構女性に人気がありそうな気がしますけど」  
 不思議そうな薫の言葉に、苦笑を浮かべたまま千草は頭を振る。  
 千草自身は、女性に人気があるとは思えないのだから、それは当然のことで。  
 けれど、口にすることを忘れてしまう。  
「えと、姫野木さん。それでこちらでは何を買われるんです?」  
「あの新製品の試用コーナーまで、お願いできますか?」  
「はい」  
 薫の言葉に従って、試用コーナーまで移動する。  
 試用瓶に手を伸ばそうとする千草を遮って、薫がそっと繊手を伸ばした。  
 そのまま瓶の口にそっと触れて、けれど中の香を確認した様子も見せず、何度か頷く。  
 それをいくつかの瓶で試してから、薫が一つの瓶を指さした。  
「あの、飛鳥井さん。こちらの製品を取って頂けませんか?」  
「はい、分かりました」  
 薫の指した物と同じ商品を手に取りながら、それでも今の光景に覚えた疑問を隠すこと  
が出来なかった。  
 
 
 ……商品を購入して、化粧品店を出た後。  
 広いデパート内を歩きながら千草は思い切って口を開いた。  
「ところで」  
「はい?」  
 どことなくそわそわしている薫に内心で訝りながら、千草は問いかけをそのままぶつけ  
る。  
 下手に取り繕った方が薫を傷つけることになると思えたから。  
「さっきの店で、確認せずに商品を選ばれたみたいですけど、大丈夫なんですか?」  
「え、ああ、先ほどのあれですか?」  
 こちらの問いかけに目を伏せる薫。  
 同時に、掴まれている腕に、きゅっと力がこもった。  
 その仕草に僅かな迷いを感じて。  
「あ、ご迷惑なら」「いえ、そんなことはありません」  
 そう言ってから顔を上げた薫が、微笑みを浮かべたままこちらに顔を向ける。  
「その……、以前言いましたよね。私は音楽よりも薫りにこだわりを持ってしまうと」  
「ええ」  
 薫の真剣な声に気付いて、静かに答えを返す。  
 こちらも真剣な気持ちで聞いていることが伝わったのだろう、薫の手にこもっていた力  
が抜けた。  
「目が見えないと、他の五感が発達するとよく言うらしいですが、私の場合、嗅覚が非常  
に優れているらしいんです。きちんと比べたわけではないですけど、犬と同程度みたいで  
す」  
 その言葉があまりにもあっけらかんとしていて、だから千草はわざと笑顔を作った。  
 きっとその能力のせいで、目が見えないこと以上に厄介なことがあっただろうに、それ  
を平然と語れる薫の強さに気付いたから。  
 なのに、薫の強さに悲しさを覚えたことなど、悟られたくなかったから。  
「そうなんですか。だから、ウチの店で花の位置とかが簡単に分かるんですね?」  
「ええ、そういうことです」  
 出来るだけ明るい声音で答えを返して、薫のうなずきにも笑顔を向けた。  
 けれど、また薫がそわそわしていることに気付く。  
「えと、姫野木さん。どうかされました?」  
 薫が僅かに頬を朱に染めて、こちらに顔を向けてくる。  
「すみません……、女性の店員さんが周りにいないでしょうか?」  
「えと、ちょっと待って下さい」  
 その言葉と落ち着きのない様子で、薫がトイレに行きたがってるのだと察して。  
 そんなことを理解してしまう自分に少々恥ずかしさを覚えたまま、千草は軽く周囲を見  
渡す。  
 ちょうど、デパートの店員が歩いているのが見えて。  
「あ、そこの店員さん、ちょっとすみません」  
 薫を連れている状態で追いかけることも出来なくて、その場から声をかける。  
 周囲を歩いている人々が胡乱気な目を向けてきたが、そんなことには意を向けたりしな  
い。  
 
 ただ薫が困っていることを解決する方が、千草にとっては大事なことだから。  
「あ、はい。何か御用ですか、お客様?」  
 笑みを顔に貼り付けて、けれど目が訝るように見詰めてくる。  
 そんな店員の様子に内心で少し怒りを覚えたけれど、それを覆い隠して千草は薫の手を  
腕からそっと外した。  
「すみません。彼女が用事があるので、少しお願いします」  
 呟きながら、薫の手を女性店員に向けて伸ばす。  
 その仕草と薫が白杖を手挟んでいることで、やっと女性店員も薫が盲目なのだと気付い  
た様子を見せた。  
「お客様? 何の御用ですか?」  
 少し眉をひそめて、憐憫を顔に浮かべる女性店員。  
 それにもまた、僅かな苛立ちを覚えて。  
 けれど、薫が女性店員にだけ聞こえるような小さな声を放つのを、黙って聞いていた。  
「はい、分かりました。お連れ様、しばしお待ち頂けますか?」  
「お願いします」  
 女性店員が、不意に優しげな微笑みを浮かべてこちらを見詰めてくる。  
 そこはかとない好意らしきものを感じながらも、千草は女性店員に連れられていく薫を  
静かに見送った。  
 
 
 そして、薫と女性店員の姿が見えなくなったタイミングを見計らったように、携帯が四  
季・冬第二楽章を奏でた。  
 それは仕事関係の着メロで、だから誰がかけてきたのかは、画面を確認するまでもなく  
分かっていた。  
「で、なにか言いたいことがあるのかい、木船君?」  
『え、あははは……、いや、こっちもいろいろあったんっすよ』  
 微妙にざらついた電話音声に、僅かな苛立ちを覚えた。  
「何が色々あったのか、是非聞いてみたいんだけどね? あの状況でいきなり姫野木さん  
を置いていくなんて、一体何を考えているんだ、君は」  
 だから、声音が鋭くなるのはしょうがないこと。  
 掛かってきたタイミングでも、木船がこちらを伺っていることが理解できたから。  
『いやまあ、アレっすよ』  
 説明になっていない言葉と、くすくすとそれに続く笑い声がまた苛立ちを増幅させて。  
「何がアレなのか、きちんと説明して欲しいんだけどね。……勤務査定って言う物を考え  
た方が良いんじゃないかな?」  
『て、てんちょーの横暴ー! 私事に公事を絡めるのはどうかと思うっすー!』  
 途端に不機嫌になる木船の声。  
 不機嫌なのはこっちの方だと、声を荒らげようとして。  
『大体、けしかけたのは確かにあたしですけど、決断したのは薫さんなんですからね』  
 思ってもいない言葉に、二の句が継げなくなる。  
『強引だったって言われてもしょうがないですけど、でも、店長と一緒の時間を過ごした  
いって願ったのは、薫さんなんですよ。店長だって、嬉しかったでしょ?』  
「そ、それは……」  
『いい加減、見てるこっちがじれったいんですよ。店長も男だったらここらでびしっと決  
めちゃいましょうよ。薫さんの事、好きなんでしょ?』  
 強引な木船の決めつけに答えることが出来ずに、千草は溜息を返した。  
 薫が好きかと言われれば、好きに決まっている。  
 けれど、自分の告白はきっと薫の迷惑になるに決まっている。  
 そう思えばこそ、気持ちを伝える気持ちにはなれないだけ。  
「良いかい、木船君。今度電話をかけてきたら、本気で怒るからね」  
『あ、ちょ、てんちょー!?』  
 強引に通話を切って、ポケットに携帯を収める千草。  
 木船の行動が好意から出ていることは分かっているけれど、自分の想いをかき回された  
くない。  
 その思いだけを胸に抱いて、千草はもう一度溜息を吐いた。  
 

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