穏やかな曲が室内に満ちて。
そのまま、窓から流れ出していく。
彼女のしなやかな指が揺れる度、グランドピアノから放たれる音を聞くだけで、背筋がゾクゾクと震えた。
前からわかっていた。
彼女の記憶力と再現力が並外れていることは。
けれど、今目の前で弾いたばかりの曲を耳コピーして、しかもアレンジまで加えている
ことが信じられなかった。
そして、最後の音を鳴らし終えて、彼女が鍵盤からこちらに顔を向けた。
視線が合わず、こちらの顔から少し外れたところに顔を向けている彼女。
けれど、口元には自信満々の笑みを浮かべて、こちらが見ていることを想像していることは理解できた。
「ふっ、これでどうよ!」
ピースサインまで向けてくる彼女に、思わず苦笑を浮かべる。
そのまま、肩を竦めて降参の意を表した後、少し遅れて口を開く。
「ああ、そっちの勝ちだよ。ったく、信じられない奴だよな」
にやにやと笑っている彼女を見ながら軽く首を振る。
「へへんっ! 目が見えない分、あたしゃ耳が良いっていつも言ってるでしょが。伊達に飛び級で音大入った訳じゃないんだからね」
「ま、耳が良いのは認めるけどな」
黙っていれば、深窓の令嬢が通用するような愛らしい顔立ちで、豪放磊落を絵に描いたような気っぷの良い表情を浮かべる彼女に、ただ苦笑が浮かぶ。
我が侭と言うよりは、ただまっすぐなだけ。
だからこそ心惹かれて、今ではこうしてともにいることが普通になっていた。
「んじゃ、罰ゲーム」
にやりと、どこか親父臭い笑みを浮かべる彼女。
椅子ごと体を回してこちらに向いてきた彼女が、胸元のタイをしゅるりと外す。
「ふふっ、いつも以上に気持ちよくしてよね」
「はいはい、お姫様には逆らいませんよ」
こちらもすぐに歩み寄って、彼女の肩に手を乗せて口づけを交わす。
焦点の合わない瞳を真正面から見つめ返しながら交わす口づけは、胸の奥にざわめきを起こす。
「ん……ふぅ」
彼女の吐息を聞きながら、柔らかな胸元に手を伸ばして、シャツの第2ボタンと第3ボタンだけを外して、ブラをあらわにしようとして思わず面食らう。
そっとキスを途切れさせて、彼女に笑いかけた。
「おいおい、ノーブラって最初からその気だったのかよ」
「ふんっ、もしあたしが負けたら、あんただってあたしとHするつもりだったんでしょ。だったら丁度良いじゃない」
「……そりゃ、確かにその通りだけどさ」
「ほら、馬鹿言ってないで、とっとと続きしなさいよ。それとも、あたしからしないとだめ?」
そんなわけ無いだろうと言う言葉を飲み込んで、もう一度キスをしながら体をまさぐり始めた。
窓からは穏やかな風が、緑の香りを伴って入ってくる。
……そんな保守日和の一日。