「おかあさん!ミートボール、もっと食べていい?」
とある休日の朝9時過ぎ。大好きなテレビのヒーロー番組が終り、ふとテーブルの上を見渡す一家の末っ子。
するとまだ手がつけられていない皿に暖かいミートボールがいくつも残っているではないか。
意地汚いとは言うなかれ。成長期真っ只中の少年に、大好物の手作りミートボール5個は少なすぎるのだ。
「だ〜め。それはお姉ちゃんの分。ほら、お母さんのチーズ上げるから我慢しなさい」
「え〜?でもおねえちゃん、まだおきてこないよ。このままだとさめちゃうよ!」
食欲旺盛な子供にとって、自分のものではなくとも、目の前の大好物が冷めて美味しくなくなってしまうことは、食べられないこと以上につらいのだ。
「もう、あの子ったら、しょうがないわね……。普段から夜更かししてるから。じゃあ、お姉ちゃんを起こしてきて。そしたらミートボール一個上げる」
「ホント!?うん!いく!」
断るはずがない。ミートボールを貰えるのだ。それに、大好きな姉の部屋に入るのも、楽しみだった。
子供らしいバタバタした動きで椅子から飛び降り、階段を駆け上って奥の部屋のドアを、少し静かに開ける。(以前勢いよく開けたら怒られたのだ)
「おねえちゃん!」
雨戸が閉じて真っ暗な部屋に戸惑うが、すぐに目が慣れた。
きれいに整頓された部屋を横切り、奥のベッドのそばまで駆け寄り、声をかけた。
「……ん…」
布団に身を沈めてかすかに身じろぎをする少女。年齢こそ少年とそれほど変わらないにも関わらず、男女の違いか、かなり成熟した印象を受ける。
人によっては年齢に似合わないその肢体と綺麗に整った母親似の顔立ちに見惚れてしまうかもしれない。
だが、まだまだテレビのセクシー女優より、スーパーヒーローに夢中の少年に、そんな美など図鑑に載っているきれいな花の写真ほどの価値しかない。
「ねえ、あさだよ。おきようよ!ねえ」
とはいえ、少女の柔らかなその手触りは大好きだった。無遠慮に布団に手を突っ込んで、体を掴んでゆする。肩と胸に手が触れる。
無意識に少女の最も柔らかな部位の感触を楽しんでしまうのは、子供らしい甘えなのか、少しずつ育ちつつある男のサガか。
「ん〜、まだ、眠い〜……」
「朝ごはんミートボールだよ?冷めちゃうよ!」
「……、うるさい……」
「……」
どうしよう。これ以上無理に起こしたら怒るのではないか。姉は普段は優しいが怒るととっても怖いのだ。
しかたなくベッドの脇で姉の寝顔を眺めてみる。
「ふわあ」
あくびが出た。考えたらさっき朝ごはんを食べたばかりなのだ。鳥頭な少年にとって、一度満腹感を感じ始めればミートボール一個のことはもはや過去にすぎない。
ぼくもねよう。だってめのまえにやわらかいふとんがあるんだから。ねないとそんだよね。
布団をめくり、潜り込む。大人用のシングルのベッドは子供二人で眠るには十分な広さがあるが、少女がど真ん中に陣取っている以上、
少年がゆったり眠るだけのスペースはあまり残っていない。ならば、取りうる手段は一つだけ。
「おねえちゃん……おやすみ」
大好きな姉の体にコアラのごとく抱きつくと、たちどころに夢の世界に落ちていった。
「ん……?」
ふと目を覚ます。何かが自分のそばでごそごそやっていたような気がした。かと思うと、急にその何かが自分にしがみついてきたことを感じた。
「って、こいつか……」
なんということもない。少女の弟だ。年のわりに(それとも年相応に?)子供っぽく甘えん坊な少年。
少女の胸に顔を押し付けるようにして気持ちよさそうに寝息を立てている。
子犬のごとく懐いてきて、褒めてあげると心底うれしそうな笑顔になり、怒るとこの世の終りかのように悲しむ自分だけのペット。
少年は少女にとってそんなような存在だった。
幸せそうなその寝顔を見ているとなんとも和んでくる。
「しょうがないんだから……」
この子は自分が構ってやらないと孤独で死んでしまうのだ。そうに違いない。そっと額に口付けて、少年の首と背中に手を回し、目を閉じた。
なかなか二人とも降りてこないと思ったら、こういうことか。
仲良く抱き合って眠る二人の子供たち。
たとえ休日といえども規則正しい生活は重要なのだ。本来ならたたき起こすところなのだが。
「今日だけよ……」
なぜだろうか。二人があんまり幸せそうだったからか。あるいは、自分と夫の幼いころの姿にだぶって見えてしまったからか。
「まさか、ね」
そうだ。私たちの子供が、私たちと同じ未来を選択するとは限らない。
「でも、カエルの子はカエルっていうしねえ」
考えすぎだろう。かりにそうなったとしても、まだまだ先の話だ。今は仲良くさせてあげよう。
さて、今日は夫が出張から帰ってくる日だ。夕食は奮発しないとね。