気がつくと、湯飲みの陰は机の縁まで届いていた。看板娘は最後まで絶好の聞き役であり
続け、「まあ、こんな感じかな」と、良太が締めると、小さな拍手までしてくれた。
それに若干の照れもあって、餡蜜の残りをかき込む良太に、娘は言った。
「それじゃ、お客さんのこの話も、例年通りって訳なんですね?」
「いや、違うよ」 匙を止めて、言われてみれば、と彼は思った。「そういや、この話を人にするのは
初めてかな」
「ええっ?」
「うん、確か初めて、のはず」 それから、少し唇の端を上げて、良太は言った。「ほら、何たって
俺は、雪女に他言無用と口止めされてるわけだし?」
「ううぅ……、何だか悪いことしちゃった気分です。いいんですか、そんな大事な思い出を一番に
話すのが私なんかで」
「それも、ほら。俺は一応、彼女の話を信じてる訳だから。するていと、彼女と君は同一人物に
なるはずで、問題はないんじゃないかな?」
「なるほど。そういう考え方もありますね」
ぽむ、と娘が手を打って、それから二人は大いに笑った。
その日、良太の他に同じ宿を取ったのは、老夫婦が一組だけだった。この時期にしては随分と
少ない気がしたが、何でも無い平日だと、割にそんなものだと主人は言った。
食堂で彼らと一緒の夕食を済ませ、ゆっくりと長風呂を楽しんで上がると、ちょうど八時を回った
ところだった。先程まで、ロビーのソファーで主人と歓談していた婦人は、もう部屋に引き揚げた
ようである。
玄関でしばし逡巡した後、良太は星を見ようと外へ出た。空気のきれいな高原の星空は圧巻の
一言だ。が、わざわざ湯上りに放射冷却で冷え込んだ外へ出るのは、それだけが理由でも無い。
小屋の外には、ベンチが二つ置いてあった。一つはロッジ風の雰囲気を出した木の造りで、
もう一つは錆びだらけの鉄製である。だが、良太はあえて後者を選んで腰を下ろし、ゆっくりと
空を仰ぎ見た。
十八年前と同じように。
ふと、何故自分は娘に雪女の話をしたのだろうと、良太は考えた。勿論、あの時は、それが
さも自然な流れだと思ったからなのだが、後になって考えると不思議でもある。記憶も不確かな
子供の頃の夢の話、それも大部分はきっと、後の記憶で上書きされた幻だろう。そんなものを、
酒も入らずスラスラと調子よく喋れる人間だとは、自分でも思っていなかったのだが。
いや、もしかしたら、自分はずっと話したかったのかもしれないな。そう思いつつ、良太は
ベンチの上に寝転んだ。それを今年に限って行動に移してしまった理由と言えば……。
あまりぱっとした答えは見つからなかった。強いて言えば、就職が決まって、来年からはそう
気軽に山へ来れなくなるからだろうか。彼は一人で遊びに出かける歳になってからは、毎年の
ようにこの山小屋へ足を運んできた。だが社会人になって貴重な休みを使ってまで、この巡礼を
続けるかどうかは、自分でもちょっと分からなかった。
寝転んだまま考え事をしていると、いつぞやのように再び瞼が重くなってきた。初夏とはいえ、
この山の夜はそのまま眠っていい気温では無い。だが、何となく起き上がるのが億劫で、この
物思いに一区切りつけてから、などと愚図っていると、ますます体は重くなる。
霞の掛かってきた頭の端で、良太は一つ、思いだした。そうだ、多分、就職のせいだ。
子供の頃、将来の夢は山小屋の主人になることだった。あの後、家に帰って必死に雪女の
言葉の意味を調べた自分は、結局殆ど理解できなかったけれど、とりあえず一つの結論を
得た。
あの娘は、なんだかわからないが、とてもさびしがっている。
そんな彼女に、自分が出来る事は何だろう。自分なら、さびしい時は、誰でもいいから傍に
一緒にいて欲しい。働きに出た母親の帰りを一人で待つのは、とてもとてもさびしいことだ。
そうだ、なら大きくなって、自分があの山小屋の主人になろう。そうすれば、朝から夜まで、
自分は娘と一緒にいられるし、彼女もさみしくなくなるし、こんな幸せな事は無い──
だが、そんな夢は、結局叶う事は無かった。現実的に難しい話、という以前に、彼自身が、
その志望を明らかに出来なかったのだ。母はこれといって何か言う事は無かったけれど、
彼女が山にいい感情を抱けなくなった事は、幼い良太でもはっきりと分かることだった。
"貴方は、私を赦さないでしょう?"
朦朧とした意識の中で、記憶にある雪女の声が反響する。それは、娘の難解な言葉の中で、
当時の良太でも知っていた数少ない語彙の一つだ。同時に、きちんと理解出来たのは、最も
遅い部類の言葉。
もちろん、ゆるすよ。そう、幼い良太は強く思った。だが、親の死を赦すという意味が、そう
容易く一人で出来ることでは無いことを、彼はこの十八年をかけて学んできた。
「過ちは人の常、赦すは神の業」
そんな言葉を呟いて、いっとき、彼は目を閉じる。
そこでふと、彼はいつの間にか発電機の音が止まっていることに気が付いた。慌てて首を回らす
と、小屋の電気は消えていて、辺りは真っ暗になっている。山荘の主人は、発電機を落とすのは
十時過ぎだと言っていた。すると、自分はいつの間にか眠り込んでいたのだろうか。
閉めだされたら大変だと体を起こしかけた時、玄関の扉が開く音がした。暗い中、灯りも持たずに、
誰かが良太のベンチへ向かってやってくる。
何となくそのままの体勢で待っていると、上から娘の声が降ってきた。
「発電機、今日は早めに落としたいって店長が言ってるんですけど、いいですか?」
「もう、落ちてない?」
「ええ。臼井さん、お部屋にいらっしゃらなかったのでしょう。そしたら店長、鳩羽さんご夫婦の
OKさえ貰ったら十分だって言い出して。さすがに悪いと思って私は探してたんですけど」
もう、落とされちゃったみたいですねと言って、娘はくすくすと笑った。全くあのオヤジときたら、
と良太も半笑いで身を起こし、
そして娘の姿を見て固まった。
真っ白な着物に、真っ白な帯。後ろで一つに束ねていた髪は、今はまっすぐに下ろしている。
顔は、月の光を前髪に遮られてぼんやりとしか分からない。
その身に纏う雰囲気は、記憶にあるどの看板娘とも違っている。それでも、良太にははっきりと
分かった。
これは、間違いなく、彼女だ。
「今日も良く晴れてますね。お星様は相変わらず綺麗。昔を思い出しません?」
そんな事を、本当に何気なく言って、娘は固まっている良太の隣に腰を下ろした。それから
ぽんぽんと膝を叩き、にっこり笑って彼女は言う。
「はい、どうぞ。そんな格好じゃ疲れちゃいますよ。もう前みたいに抱っこして上げるわけには
いかなそうですし、これで我慢して下さいね」
「あ……ああ」
掠れ声で返事して、良太は言われるままに頭を落とした。ほとんどフリーズした思考の中で、
これは夢か、一体何の冗談なんだ、と常識的な言葉がバラバラのまま浮き沈みしている。
だがそれも、頭が娘の柔らかい膝枕に落ち着くまでのことだった。
「首、痛くないですか?」
「いや、大丈夫」 落ち付いた声で良太は答え、そして一旦目を閉じる。頭の後ろから湧き上がる、
どうしようもない郷愁が、彼の全てを一瞬にして押し流した。瞼の内では知らぬ間に涙が溢れ
かえり、頬を伝って真っ白な布地に染みを作る。
記憶通りの満天の星、山風の音、冷たい空気に娘の肌の温かさ。それが、夢か幻か、などと
いうことは、既に良太にはどうでもよかった。懐かしさの塊を、体いっぱいにため込んで、彼は
ゆっくりと深呼吸をする。
ただいま。久し振り。どうして今まで黙ってたんだい。もしかして、今日まで忘れてた?
かける言葉が、色々と思い浮かんでは消えていく。けれど、その結果沈黙が続いても、良太は
気不味いと思わなかった。こうして静かに身を横たえていても、不思議と全然気にならない。
そうしている内に、彼の目元を、娘の袖がそっと拭いた。これには、ごめん、いいよと慌てて身を
起こしかけた良太だったが、雪女のそんな男の手を優しく制す。それでも彼がズボンのハンカチへ
手を伸ばそうとしていると、少し意地悪そうに、彼女は言った。
「だーめ、じっとしてなさい」
これには、流石に苦笑いで、良太はまいったと身を倒す。娘は、頬についた二本の水痕まで
きれいに拭ってから、はい、いいですよと肩を叩いた。
「すいませんねえ、大きくなっても御面倒かけてばっかりで」
「いえいえ、立派になられて元お姉さんはびっくりですよ。もう、普通に私が年下ですね」
結局、そんな軽口を漏らした良太に、雪女も笑顔で応じる。
「ついこないだまで、膝下に纏わりつかれてたのに。男の子は、いざとなると本当に成長が
早いです」
「いやあ、そう来るかって言いたいところだけど。き…あ…、あなたの場合はそれでいいん…」
「ほら、そんなところも。普通に君でもオマエでもあんたでもいいのに。お姉ちゃんと呼べとは、
さすがに言いませんけどね」
そう言ってころころと笑う娘。良太はいい加減、頭の後ろ辺りがむず痒くなってきて、娘の膝枕
から逃げるように体を起こした。
錆びたベンチに二人並んで、彼らはしばし、思い出話に花を咲かせた。内容は実にたわいない
ことばかりで、良太の就活の苦労話、あるいは山小屋に来る変わった客のこと等々。だが、
肝心の雪女に纏わる色々な疑問は、良太は口にしなかった。子供のころ、聞かされた分で、
何が分かったというわけでは無いが、それで十分な気がしていた。
そしてどれくらい時間がたったか、外に出た際は傾いていた月がかなり高くなった頃。不意に
会話も途切れて、二人で静かに天の川を眺めていた時、良太が出し抜けに大きなクシャミをした。
「ぶえっっくしょいっ!」
その音は、静まり返った夜の山に小さく木霊し、二人は思わず顔も見合わせて笑う。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。いいから、いいから」
良太の傍へにじりよって、再び着物の袖を上げる娘に、今度は彼も先手を取った。素早くちり紙
で洟をかむと、はい、終わりと娘の手を取り自分の膝へと押し下ろす。
後手に回った彼女は、少し悔しそうな素振りを見せた後、体をぴったりと寄せて言った。
「残念。ちょっと前なら、抱いて温めてあげるところなんですけど」
「雪女に抱き温められるってのも不思議な話だね」
「あら薄情な」咎める様に言って、彼女は良太を覗き込んだ。「ほんの二十年前の話なのに、もう
忘れちゃったんですか?」
そして男の腰に手を回すと、やや強引に抱き上げようとする。
「んん゛〜っ」
「わわ、無理だって」
やや声を上ずらせながら、良太は慌てて娘を制した。しかし、大の男を大きくぐらつかせたのは、
彼女の筋力というよりも、その柔かさの方である。
二三度、抱きついたまま身体を揺するようにして、ようやく彼女は諦めた。そこで一つ、溜息を
吐いて、良太は誤魔化す様な早口で言う。
「無茶だって。体格差考えてよ」 けれど、
「なら、あなたが抱いてみます?」
素早く言い返されて、結局彼は言葉に詰まった。
そんな彼を、拗ねたような目を作って見据えていた彼女は、やがて耐えられないというように
吹き出した。それも、いつものころころとした笑い方では無く、少し声を大仰にあげる、初めて
見た笑い方。
さすがに憮然となった良太は、一つ、深呼吸すると、素早く娘の膝に手を回した。山男の鍛え
られた両腕は、見た目通りに軽い彼女の身体をひょいと膝上に抱き上げる。しかし、良太の上で
横抱きになった彼女の両手が、ごく自然にその首へ回ると、男の二の腕も僅かに震えた。
抱きとめた柔らかい温もりへ、腕は独りでに沈み込んでいく。娘のつむじが良太のあご下に
収まると、甘い髪の匂いが彼の鼻腔をくすぐった。太股に感じる娘の弾力が、急に鮮明に
なってくる。
勢いで抱き締めたはいいが、その後の処遇にいよいよ良太が困り始めた頃。雪女はぽつりと
言った。「懐かしい熱」
「熱?」
「ええ」 聞き返す彼の胸に、娘は顔を埋めたまま答えた。「外見はとても変わったけれど、体の
芯の奥にある熱は変わらない。懐かしい」
「それは……」 数瞬迷ってから、結局良太は訊いた。「俺に、人に、固有のもの?」
「うん」 雪女は相変わらず顔を上げない。「でも、なくしてしまう人もいる。こっちが融かされる
かと思った熱が、別人かと思うほどに、ふっと消えてしまう人もいる」
その言葉をどう解釈すべきか悩んでいると、娘はますます身を寄せてきた。腰を捩じって体の
全面を良太に押し付け、さらに首も曲げてその胸板をゆるく頬擦りする。まるで、自分を溶かし
付けるかのような動きに、彼は少し鼻を掻きつつ、言った。
「ここまでされて、体の芯に余計な熱を持たない男もいないと思うけど」
「あらら」 語調を戻して、娘は言った。「大変。じゃあ雪女の芯で冷やしてみます?」
「あのね、冗談じゃなくて、ちょっと……」
「どうして、冗談だと思うの?」 ついと、娘は顔を上げた。しっかりと合わされた瞳は、しかし
今度は悪戯の色が差す気配も無い。「なぜ、そう思うの?」
上を向いた雪女の顔が、初めて月明かりにしっかりと照らされる。それは、昼間、戯れに昔話を
した山男共憧れの看板娘であり、そして同時に良太の記憶の中の初恋の娘のものでもあり。
なぜ冗談と思うかだって、と良太は心内で言った。そりゃそうだろう。突然、こんな脈絡も無い、
都合のいい状況に放り込まれて、そりゃ夢か冗談と疑うほか無いじゃないか。
やはり、これは夢なのか?
娘は相変わらずこちらを見ている。その瞳に吸い寄せられるように、良太は顔を近付けた。
「んく……」
何の予告もなしに、彼はそのまま娘の唇を奪った。しかし男の強引な接吻に、彼女は僅かな
吐息を漏らしただけで、後は何の抵抗も無く受け入れる。
「ん……んちゅ…あむ……」
何度か、啄ばむような口吸いをしてから、良太は早々に娘の唇を割った。肩を抱いていた右手を
頭に回して、その傾きを調整しながら、彼女の中に自分の舌を押し入れる。
「はっ……んん……んぶ…」
口の中で男と絡むと、娘もすぐさまそれに応えた。差し込まれた舌は迎えるように吸う。逃げる
様に引けば、自らも縋るように追いかける。そして首に回した手の片方をうなじへと擦り上げ、
自分から顔を良太の方へ押しつける。
おかげで、右手は不要になった。なので、男は掌を娘の肌に這わせつつ、再びゆっくりと下げて
いく。元いた場所まで戻ると、そのまま肩は抱かずに、脇の下に差し入れた。体を支えるという名目
のついでに、その指先が娘の右の膨らみの端を捉える。
「は…んんっ……ふ…あむ……」
乱れた吐息は、ほんの僅かだった。口付けしていなければ分からない程、小さくを息を飲んだ後、
彼女はまた何でも無いように良太の唇を求め始める。だから、彼も何も言わずに、右手を奥へと
伸ばしていく。
だが、娘を横抱きしたこの体勢では、それ以上の事は無理だった。帯を解いて、正面から抱き
直そう。そう思って、一旦口を離したとき、ふと思考が素に戻りかける。
さっきから、自分は何をしている? 誘われたのは事実だし、据え膳と言われればそれまでだ。
だが、こんな脈絡も無く成り行き任せで、思い出の女を抱く人様な間では──
だが、その感情は長続きしなかった。顔を離して、初めて合った焦点の先に、再び映し出された
娘の顔。その蠱惑的な表情が、彼を再び曖昧な興奮の沼へと引き戻す。
裏膝に回していた左手を抜いて、襟元をやや性急に寛がせる。きっちりとした見た目に反して、
娘の着物は男の手に従順に従った。女物の着付けなど門外漢もいい所の良太だが、和服って
こんなに簡単に脱がせるものだったかと、少し不思議に思いつつ帯を緩める。
やはり、ここは全てが都合のいい夢なのか。
肩を一方づつ抜いて引き下ろし、ようやく娘の乳がまろび出た。月明かりの下で初めて見た
膨らみは、良太の掌にすっぽり収まる程度で、思ったよりは豊かだ。右手で背中の地肌の
感覚を味わいつつ、彼はその美しい曲線美でしばし瞳を楽しませる。
その間、雪女は同じように、じっと男の方を見詰めている。
「ふっ……ぁ…」
やがて自由な左手が、娘の同じ側の膨らみを捉えた。良太が指を沈めると、その真っ白な
乳房は、見た目通りに慎み深い弾力を持って押し返す。そして、沈み込む指を丁寧に包む
柔肉は、やはり人肌に温かかった。
この娘が雪女だというのなら、世の女性は須らく氷女であるに相違ない。いささか火照って
きた頭の中で、良太はそんな莫迦なことを考え笑う。
「ん…っ…、楽しい?」
「もちろん。こんなきれいな子を抱いていて、楽しくない、わけがない」
答えて、良太はすぐさま娘の口を吸い上げた。そんな、彼のやや強引な誤魔化しにも、娘は
無論、素直に応じた。舌と一緒に流し込まれる男のものを、喉を小さく鳴らして飲み込んでいく。
ひとしきり楽しんだ後、良太は一旦左手を胸から離した。代わりに、肩を抱いている右手を、
先ほどと同じように脇から差し込む形にして、横に流れた膨らみをふよふよと指先で躍らせる。
ついで左手を裾から差し入れた。襟元と同様、布地は思ったより簡単に滑って、その手は
順調に娘の脚を遡って行く。膝裏、内腿と所々で遊ばせながらも、その終点にたどり着くのに、
さしたる時間はかからない。
「んちゅ…ふ……ぅあ」
脚の付け根に到着すると、流石に少し反応があった。絡んでいた舌は痙攣するように引っ込み、
首も竦んで二人の唇は久しぶりに離れる。合間に架かった水橋は、一瞬月の光に煌めいてから、
すぐに自重でぽたりと落ちた。
指を潜らすと、娘は既に十分に濡れていた。外襞を割って縦に指を滑らすと、貯まっていた蜜は
すぐに外側へ溢れだす。泥濘を手探りに進んでいくと、その源泉は簡単に見つかった。
上気した顔色で、娘がぼんやりとこちらを見ている。その瞳を見つめ返しながら、男はゆっくりと
中指を沈めた。
「ぅあ……はんっ……」
熱い泉は、きつく狭い。そのくせ、彼の侵入を拒むことも無い。潤沢な蜜に滑らされて、良太の
指は容易く中へ埋められた。入口の肉輪をくぐり抜けて、少しざらついた天井を擦ると、娘の
吐息にしっかりと色が混じって来る。
「ひゃ…ふ……あくっ…」
興が乗って、つい奥の方を引っ掛くと、まだ少し堪える声音が漏れ出した。しかし、彼女自身は
それに何の文句も言わない。良太の顔を見つめながら、彼の責めを受け入れている。
だが、良太の方はいい加減限界だった。指を戻し、敏感な実を刺激しながらも、その表情は、
彼の方がよほど余裕の無い色をしている。時折、娘が洩らす嬌声を除けば、吐息の音は男の
方が目立つくらいだ。
一度、娘の乳房に吸いついてから、良太は一旦左手を抜いた。それから力任せに娘の着物と
裾除けを払って、腰元までを完全に露わにする。月明かりに青白く浮かび上がる、ほっそりとした
両脚は、そのまま見ていた欲望と、すぐに押し開きたい欲望を、同時に良太に掻き立たせる。
だがそんな葛藤は、すぐにもっと切実な劣情に押し流された。男はベンチに深く腰掛け直すと、
すっかりいきり立ったものを、もどかしげに取り出した。そして娘に向かい合って自分の膝を
跨がせると、対面座位でやや強引に娘の中へ押し入った。
「はんっ……んああぁっ!」
元々動くのに適さない体位なので、挿入の際に娘は少し苦しげな声を上げる。だが、それに
構う余裕が良太の方には残っていなかった。何度か、腰を揺するようにして、強引に奥まで
分け入ると、娘の息が戻るのを待たずに抽送を開始する。
「あうっ……ひゃっ…やっ……あんっ」
尻と腰をがっちりと掴み、娘を腰の上で跳ねさせる。雪女の体は、想像以上に熱かった。
体勢的にきついこともあるのだろう、すぐに暑苦しさが勝って来て、良太は上着を脱ぎ捨てる。
そして、錆びかけのベンチに敷き込むと、彼女の体をその上に横たえた。
側位になると、動きは大分楽になった。体を支えていた手は自由になって、娘の膨らみや柔肌
の上を這いまわる。それは、彼女の喘ぎをより艶やかなものにもしたが、同じくらいに男の興奮を
深く煽った。体中の熱はやがて腰奥に集まって行き、彼に終わりが近い事を伝える。
娘はついてきていなかった。それは分かっていたものの、良太は本当に限界だった。一人だけ
終わるのに忸怩たるものを感じたのは後の話で、今は娘に覆いかぶさると、彼は残りの数段を
駆け上がるべく、猛然と腰を振るう。
「はあっ…やんっ……ぅう……あう゛うっ!」
古ベンチにその身体を折り畳むようにして、良太は最後に思いっきり、娘の奥に突きこんだ。
全身の硬直に一拍遅れて、彼女の体奥で男の傘が大きく開く。きつく押さえ込まれたまま、
男の熱を胎の中に注がれて、雪女は小さくその身を震わせた。
四度、五度と吐き出して、良太はようやく一息ついた。繋がったまま、再び彼女を抱き上げて
ベンチに座り、対面座位の形に戻る。娘の荒い息を、体の内と外の両方で感じながら、自分も
呼吸を整えていると、夜風で体が急に冷えて来た。
思わず、娘を抱きしめる手に力が籠る。それに、ん、と小さな声を漏らし、彼女はまだ少し赤い
顔で、良太を仰ぎ見た。そして、彼がまだ何も言わない内に、全身を良太に巻き付け直すと、
ぎゅっ、ぎゅっ、と自分から温かい女体を押し付け始める。
「湯たんぽ係が寒い思いさせちゃ、面目ないです」
「んん、十分温かいよ」 言って、良太は少し笑った。「でも何だ、君は雪女じゃなかったっけ」
「雪女が冷たいなんて、一体誰が言ったんでしょうね。本人にちゃんと聞いた人はいるのかしら」
「そんな無茶苦茶な」
「だって、私は冷たいですか?」
言って、彼女は再び息むように力を入れた。中に収めたままの男のものが、胸板同様、娘の
柔らかい熱に抱き締められる。
その刺激で、良太の熱もすぐに戻ってきてしまった。娘を腕の中に閉じ込めたまま、胸元や
秘部に手を伸ばす。先ほどは余裕が無くて出来なかった愛撫を、じっくりと施して楽しんだ。
今度は、娘もきちんと感じているようで、上目遣いに見上げる瞳が、すぐにトロンと潤んで来る。
その唇を吸いながら、ふと悪戯心を起こして、良太は胎の中のものを跳ねさせた。
「ふむぅっ!……むー。」
接吻に応じたところを邪魔されて、少し恨みがましい目をする娘。我ながらガキ臭い事をしたと
思って、良太は素直に彼女に謝った。
「ごめん」
「昼間といい、最近ちょっと意地悪なとこが出て来ましたよね。昔はあーんないい子だったのに」
痛い所を突かれて、苦笑しながら彼が言う。
「昔大人しくし過ぎてたせいで、今になって好きな娘をいじめたくなる病が出たのかな」
「なるほど」 それに、娘は柔らかい笑顔で応じた。「それじゃ、仕方ありません。存分に、いじめ
ちゃって下さいね?」
たまらず、その口を吸い上げて、良太は娘への攻めを再開させた。背中を片手で抱き締めたまま、
無理な抽送は行わずに、ゆったりと腰を上下に揺する。そして空いた手を体の間に差し込むと、
敏感な実を探って、秘所の滑りを塗りつける。
娘の息が上がってくると、唇は離して胸を吸った。荒い呼吸と、心の鼓動が、膨らみ越しでも
しっかりと分かる。たわわな裾野をきつめに吸って跡を付け、また頂きの蕾を舌先でころころと
転がすと、彼女はたまらず良太の頭を掻き抱いた。
腕の中で、軽く気をやる様子を楽しんでから、良太は再び彼女をベンチに押し倒す。そして今や
しとどに濡れそぼる娘の秘所で、ゆっくりと抽送を開始した。今回は一度、終わらせているだけ
あって、彼にも少しばかりの余裕がある。だが、劣情に突き動かされて、がむしゃらに腰を振って
いた先よりも、彼をしごく襞の蠢きまで感じられる今の方が、気持ち良さでは上だった。
腰を使うと、全身にじっとりと汗をかく。それでも、夜の山は風が吹けば身震いするほどに冷え
込んでいる。だが、娘の身体はそんなものとはどこか無縁な温かさがあった。汗が冷えて身震い
しても、雪女の肌を抱き寄せさえすれば、寒さそのものがどこかへ行った。
やがて、二度目の限界が来る。娘の息は、さっきからずっと上がったままだ。そんな彼女を、
実を弄って再び高みに押し戻すと、良太は最後に少しだけ激しく腰を使って、自分も終わりに
導いた。
「はあっんっ……ふぁっ…やっ……ふうぅうんっ……!」
二度目にしては随分と多い量が、雪女の中に流れ込む。それを一滴も漏らすまいとするように、
良太は娘をきつく抱き締めたまま身を震わせた。圧倒的な快感に、視界が少し白んでいるように
すら感じる。おまけに、普段ならそれで一区切りつく興奮の波が、今日はまるで収まる気配を
見せようとしない。事後の満足感と、事前の渇望感が、一緒くたになって、理性を溶かす。
じっとしていると、夜風が寒い。その冷気から逃げるように、良太は娘の肌に自分を埋めた。
雪女の方も、そんな彼に何も言わずに身体を合わせる。二度目を終えてほんのいくらもしない
うちに、再び彼らは動き始めた。二人の体液で溢れかえっている秘所が、すぐにくぐもった水音を
立て始める。
前から、後ろから、ベンチに寝かせて、岩に手を突かせて。様々な格好で、良太は娘を抱き
尽くした。すればするほど、快感の度合は上がっていき、そして性欲も高まっていく。初めの頃に
感じていた寒気は、もう全く気にならなくなった。娘の中はいつでも熱く、そして肌は温かい。
それから、一体どれほど交わった頃か。ちょうど、初めと同じように、対面座位で娘を抱き締め、
その奥へと存分に注ぎ込んでいる真っ最中。ふと目を開けると、うっすらと明るい視界は、何故か
白く濁っていた。先ほどまで、娘に手を突かせていた岩どころか、今座っているベンチまでもが、
ぼんやりと滲んで見える。
不思議に思って、目をこすってみても、視界は元に戻らない。やり過ぎで、とうとうおかしく
なったかと頭を振り、そして次の瞬間。それまでバラバラだった感覚の言葉が、ほんの一瞬、
意味ある文脈に整列した。
鈍る五感。歪む視界。あいまいな多幸感。ホワイトアウト。
──雪ハ、温カイ。 氷ハ、熱イ。──
反射的に、良太はズボンの外側にあるファスナー付きのポケットに手を伸ばした。そこには、
ニンニクとアルコールを合わせた気付薬が入っている。肌身離さず、いつでも手元に置いて
おく事。それは、一人で山に向かうようになった時、母親と交わした約束の一つだ。
だが、薬を手に取る事は出来なかった。彼は、とっくにズボンなど脱いでいた。伸ばした右手は
むなしく自分の太股をさすり、それから一体何してんだっけと、再び娘を抱き直した時。
「大丈夫ですよ」
腕の中の娘が、平調で言った。
「今は入山の許された夏。私が貴方を凍らせることは、どうやったって無理なんです。ちょっと、
夏風邪ぐらいは、ひいちゃったかも知れませんけど」
そこでくすりと笑うと、胎の中も微かに震える。その刺激で再び噴き出した男の精を、目を閉じて
受け止めながら、雪女は続けた。
「ん……。でも、たとえ冬でも、うまく凍らせられたかは疑問だな。やっぱり、貴方の芯は熱いです。
母君は本当に頑張られたのね。貴方は今でも、家族思いの優しい人」
いつぞやと同じ口調で、娘がとうとうと語り出す。今の良太は、それをキチンと理解するだけの
頭があるはずなのに、しかしそれを働かせてはくれなかった。娘は、力の抜けた男の手をとり、
自分の胸に導くと、上から重ねて一緒に揉んだ。たったそれだけで、良太のものは再び力を
取り戻す。
「でも、それだけ頑張れない人もいる。どんなに家族を愛していたって、人間ならちょっと気を抜く
瞬間もある。父君は、たまたま運が無かっただけのこと」
白みゆく思考の淵で、なぜ、と良太は言葉に出した。何が何故なのかは、自分でも分からない。
しかし、それでも雪女は答えた。
「約束したでしょう。父君の死の、本当の事を話すって。あの頃の貴方には、伝えきれない部分も
あったから。貴方はこれから、中々山には来れないだろうし、私もずっといられる保証は無い。
でも、それは半分。もう半分は、貴方を父無し子にしてしまったお詫びと……それから、やっぱり
捨てられちゃった事への、逆恨みかな」
最後の一言の口調だけは、悪戯っぽい看板娘のそれだと、呆けた頭の端で良太は思った。
*
ふと気が付くと、やはり視界は真っ白だった。起き上がると、体の節々がやたらと痛い。筋肉痛
にしては早過ぎるぞと思ってさすると、服はしっとりと湿っている。
あれ、と思って見回すと、きちんと彼はきちんと昨日の服を着て、錆びついたベンチの上に座って
いた。時計を見ると、朝の五時を回ったところ。
視界を曇らす正体は、すぐに分かった。朝靄だ。この季節、気温差が激しい高地の平野には、
毎朝のように霧が出る。これが濃いほど、その日は良く晴れるのだ。
しばらく呆然とベンチに座って、良太はようやく状況を理解し始めた。昨日、星を見に外へ出て、
自分はそのまま眠ってしまい、そこでやたらと不健全な夢を見た。そういうことか?
「……あっ!」
そこで、ある事に気づき、彼は慌てて下着の中を確かめた。が、幸いなことに、そしてちょっと
意外な事に、妙なものを漏らすような事はしていない。
ん? と再び思考が絡まり始めたところで、突然、鼻がムズムズとする。
「ぶえっっくしょいっ!……やべ、こんなことしてる場合じゃねえや」
言い聞かせるように独り言をつぶやいて、彼はベンチを立ちあがった。気温が余裕で一桁の
場所で、一晩ジャージで寝てしまったのだ。ちょっと無事とは考えづらい。鼻風邪で済んだら、
御の字だろう。
娘の言葉は、布団の中でじっくり考えることにして、彼は一旦、自分の客室へ引き上げた。
それから、およそ四時間後。荷物をまとめて、良太は山荘の受付に立っていた。会計を
済ませて、ついでに一番近くのバス停の時間表を譲ってもらう。
「おや、もう下りるのかい」 二十年近い付き合いの主人は、さも意外そうに、そう言った。
「山に入ったの昨日だろ。もっと向こうの方へ回るのかと思ってたけど」
「ええ。でもちょっと、都合悪くなっちまいまして」
「勿体無いねえ。ゆっくり回れるのは学生のうちだけだよ。多少の用ならこっちを優先すべき
だと思うがなあ」
「はは、まあ俺もそう思うんですけどね。実は、体調崩しちゃったみたいで」
父のこともありますし、と付け加えると、さすがに主人も少し気不味そうな顔をした。だが、
普段の良太は、わざわざそんな無遠慮なつけ足しをする人間でも無い。
主人の反応を盗み見しつつ、良太はそっと座敷の方も窺った。今日は客の入りもいいようで、
この山一の看板娘は、忙しそうに客の間を飛び回っている。
山靴を編み上げ、ザックを背負ったところで、彼は言った。
「まあ、でも何とか暇を見つけてまた来ますよ」
「そうか」
「ええ。それじゃ、"おかみさん"にも宜しく」
「ああ……っえ?」
そこで、さっと後ろを向いて、良太は玄関の外に出た。山は最後の五月晴れといった感じで、
雲一つなく真っ青に晴れ上がっている。
けれど、歩き出して早速、良太はちり紙で洟をかんだ。だから、主人が玄関を閉めつつ苦笑を
漏らしていたとしても、当然耳には入らない。
「ぶえっくしょいっ!」
下る途中、出し抜けにでかいくしゃみが出た。それが山彦になって返ってきたので、良太は
大いに笑った。