「……つまり、私は貴女の身体が欲しいと、そう言っているわけですよ、奥さん」  
 
 耳を疑うというのは、そういう状況の事を言うのでしょう。  
 夫――と言っても、まだ籍を入れたばかりで、夫婦というよりは恋人同士のような感覚ですが――の  
上司とたまたま会って、夫の事で話があると言われ、近くの喫茶店に立ち寄り、コーヒーを頼み――  
そこで彼が始めた話は、私にとっては俄かに信じ難いものでした。  
 
「何を……言ってるんですか……」  
「ご理解いただけなかったかな? 私は貴女の身体を所望しているのですよ。  
 そして君は、私の意志を尊重する義務がある……"それ"がある限りね」  
 
 夫が非合法な計画に関わっていた事。  
 いえ……関わっていたどころか、その計画の主導的な立場にあったという事。  
 夫の上司が私に差し出したノートには、その事実が克明に記されていました。  
 あの人が……真面目で、一途で、いつも一生懸命なあの人が、こんな……。  
 
「そのノートはお持ちください。写しですのでね」  
「………………」  
「まあ、その計画自体は大成功を収めましてね。お陰で我が社も大きくなった。  
 とはいえ、計画の非合法性については疑いようが無い。公表すればどうなるか……お分かりでしょう?」  
「そんな事をしたら……あなた方だって……!」  
「いえいえ、ご心配には及びません。全ての責任は、前野君が取ってくれる手はずとなっておりますのでね」  
 
 夫の上司は笑う。どうしようもなく爽やかな笑顔。その奥にある嫌らしさに、私は寒気を感じた。  
 
「話を戻しますが……私は貴女の身体が欲しいのですよ。どうですか、奥さん?」  
 
 職場では、頼れる上司だ――精悍な、活力に溢れる表情は、夫のその話を裏付け、  
そして、その表情の奥にある好色さは、夫の話を裏切っていた。  
 
「……私が、貴方に……抱かれれば……?」  
「そうです。貴女を抱ければ、私はそれでいい。これを公表する必要もなくなる」  
 
 最低の、男。  
 
「………………」  
 
 ……亮一さん。  
 私の脳裏に、あの人の笑顔が浮かぶ。  
 あの人は、私を守ってくれた。例えその笑顔が虚構でも、私に見せる為に作られたものでも、  
それでも……あの人が私を守ってくれたという事実は変わらない。私は、忘れない。  
 次は――私が、あの人を守る。  
 
「………………わかり、ました」  
「ふふっ、聡明な奥さんだ。では、こちらに日程と指示を書いております。  
 幸い前野君は現在出張中で不在だ。貴方がここに書いてある通りに動いても問題は無い」  
「………………っ……これは……!?」  
 
 そこに書かれていたのは、信じ難い命令だった。  
 
「貴女がきっと受けてくれると思っていたのでね。色々と趣向を凝らしてみた」  
「……くっ」  
 
 だが、私には、それを拒否する事はできない。  
 
「……………………わかりまし、た……」  
 
 私は……ただ、耐えればいいとだけ思い、理解していなかった。する事を放棄していた。  
 これが――狂宴の始まりだという事を――  
 
 
 
 深夜。人気の無い、郊外の公園。  
 闇を街灯が丸く切り取るその中に、私は立っていた。  
 
「…………寒い、な」  
 
 羽織ったコートをかきだき、私は呟く。  
 季節はもう夏。本来なら、寒さなど感じようはずが無い気温に、  
しかし私の身体は震えていた。深夜という事もあり、気温が下がっているのも  
あるが、一番の理由は――  
 
「おや、早いですね」  
 
 夫の上司――遠藤が、姿を現した。  
 
「貴方が遅いだけです。で……どうすればいいんですか?」  
「ふふふ、もう待ちきれない、と?」  
「……そうですね。早く終わらせて欲しかったですし」  
「おぉ、強気ですね。貴女のその強い光を持った瞳が、これから快楽に歪むのかと思うと、  
 酷く興奮してしまいますね」  
「……どうすればいいんですか? 言われた通り……この格好で来ました」  
「そうですね……では、まずははだけてもらいましょうか」  
 
 ――寒さに震える、一番の理由。  
 それは、私の服にあった。  
 いや、正確に言えば――服が無かった事に、理由はあった。  
 
「……っ」  
「どうしたんですか? 貴女が私の言うことを聞かなければ……」  
「……わかっています」  
 
 周囲を見回し、辺りに誰も――遠藤以外は――いない事を確認すると、私は  
羽織ったコートの前をはだけた。  
 その下に、私は何も――下着すらも――着ていなかった。  
 あの人以外に見せたことの無い肌が、乳房が、そして……一番大事な部分が、露わになる。  
 
「おぉ」  
「………………」  
「素晴らしい。形のいい乳房に、細い腰。ある種の造形美すら感じる」  
 
 恥ずかしくて死にそうだった。  
 覚悟は、してきたはずだったのに。  
 
「しかし、潔いな、貴女は」  
「………………」  
 
 ……何が潔いだ。そうしなくてはならないように仕向けておいて。  
 
「……早く、済ませて下さい」  
 
 これから、私の身体はこの男に凌辱される。それはもう避けようが無い。  
 せめて、少しでも早く、この羞恥と屈辱から逃れたかった。  
 
「早く済ませる? そんなもったいないことはできませんよ」  
「っ……」  
「じっくり、味あわせてもらいますよ……奥さんの身体を」  
 
 本当に、最低の、男。  
 
「まずは、その茂みに隠れた部分を見せてもらいましょうか……コートを脱いで」  
 
 言われるがままに、私はコートを肩から落とし、生まれたままの姿を晒した。  
 頬がさらに熱くなるのを感じ、目を伏せる。  
 
「では、アソコを自分で開いて見せてください」  
「な……っ!?」  
「できないのですか?」  
「………………」  
 
 噛み締めた歯が、ギリギリと音を立てる。  
 
「……や、やります」  
 
 おずおずと、私は自らの秘所に手を伸ばした。  
 茂みを掻き分け、陰唇の両側を指先で押さえ、中心を曝け出す。  
 
「……っ」  
 
 そこが空気に触れる感触に、私の頬はまた赤みを増したようだった。  
 
「……ここも素晴らしい。桜色で、まるで処女のように綺麗なオマンコだ」  
「おま……」  
 
 遠藤の口から出た卑猥な言葉が、今自分がしている事を実感させる。  
 夫ではない他人に、見せてはいけない場所を見せているのだ、私は。  
 自らの指で、貝殻を開き、その全てを、余すところ無く。  
 
「前野君とは、それ程していないのかね?」  
「………………」  
「まあ、彼も忙しい人間だからね。今も海外出張中の身だ。こんな綺麗な奥さんを  
 抱く機会がなかなか無いとは、全くもってかわいそうな話だ」  
「……あの人には」  
「ん?」  
「あの人には……初めての夜、何度も抱いて貰いました。  
 私の、身も、心も、あの夜……あの夜以来、あの人の物です」  
「……ほぅ」  
「貴方が私の身体を欲しいというのなら、いくらでも抱けばいいでしょう。  
 けど、それで私が貴方の物になる事はありません!」  
「……奥さん、何か勘違いなさっているようだが」  
「え?」  
「私は、貴女を私の物にするつもりは無い。先に言った通り、私は  
 貴女が抱ければそれでいい。ただそれだけだ」  
「……だったら、早く抱いたらどうです? こんな辱めは必要ないでしょう!」  
「いや、必要だ。私は紳士なのでね。奥さんにも気持ちよくなって  
 貰わなければ意味が無い。独りよがりの性欲処理をするなら、風俗で十分だ」  
「……私は……気持ちよくなりたくなんか、ありません」  
「私は、気持ちよくさせたいのだよ、貴女を」  
 
 遠藤は、紳士然とした笑顔を浮かべる。  
 その裏にある嫌らしさが透けて見えなければ、あるいは騙されそうな程の。  
 
「……最低ですね、貴方」  
「貴女が私をどう思おうと、それは貴方の自由だ……では、次は……」  
「……まだ、何かやらせるつもりですか?」  
「無論。……そうですね、次は………………自慰でも、してもらおうか」  
「……じ、い?」  
「オナニーだよ、奥さん」  
「っ!?」  
「オナニー、おわかりかな?」  
「………………」  
「おや、おわかりでないのかな? ではお教えしよう」  
 
「まず、貴女が今広げている陰唇を、指でなぞる。中心の穴に  
 指を差し入れ、上にある豆の部分を弄り……」  
「や、やめてくださいっ!」  
「ん?」  
「知っています、その……オナ、ニーの仕方くらい……」  
「おお、それは良かった。では、お願いしよう。ああ、そうそう。  
 当然イクまでやってもらうので、手心は加えないように」  
「……本当に、最低の男ですね、貴方は」  
 
 私は、秘所を広げる手の片方を、胸へと伸ばした。  
 
「………………」  
「まずは胸を愛撫するのが貴女のやり方か。それもまたいい」  
「黙っていて、ください……」  
 
 私は、瞳を完全に閉じた。  
 瞼の裏に思い描くのは、あの人の顔。  
 この指は、あの人の指……この掌は……あの人の……。  
 
「んっ」  
 
 乳首を押しつぶすように、中心から掌全体で胸を捏ねる。  
 少し力が入った、けど、優しい愛撫。  
 
「あっ……くっ……」  
 
 秘所に残った手も、自然に蠢き始める。  
 陰唇をさするように指先が這い、唇の上端――クリトリスへと至る。  
 
「んぁっ!」  
 
 長らく刺激を受けていなかったそこは、指が触れただけで震えた。  
 その震えが全身へと伝播し、私は身体を弾ませた。  
 
「ほほぅ……オナニーは豆派ですか、奥さんは」  
「んっ……あっ、はぁ……」  
 
 遠藤の野次も、次第に耳に入らなくなっていく。  
 数度の刺激で、クリトリスは次第に勃起し、より刺激を受け取りやすい形状へと  
自らを変化させていく。私の指は、私自身が求めるがままに、勃ちあがった豆を啄ばむ。  
 
「はぁ……はっぁ! くぅん……んぁ……はっ……  
 ああっ! んぅん……んっ……あっ、んぁ……はぁっ!」  
 
 二本の指で、クリトリスを転がす。  
 ただそれだけで、私の身体は若鮎のように躍った。  
 いつの間にか、公園の石畳の上に身体を横たえ、私はさらに自らの身体へ快感を送り込む。  
 
「いっ……あっ、も、もう……ああっ……ぁ……っぁ!」  
 
 腰が、宙へと浮かぶ。  
 
「いぁ……いっ……く……いく……い、くぅぅぁあああああああ!!!!」  
 
 ――絶頂――  
 全身が震え、内側からの大きな波に、全てが真っ白に染まる。  
 その波が過ぎ去った後に残されたのは、非情な現実だった。  
 パチパチパチ――乾いた拍手の音が、響く。  
 
「素晴らしい乱れっぷりにイキっぷりだ。随分溜まってらしたのかな?」  
 
「………………あ……ああ……」  
「随分と感度がいいようだ。まさか、赤の他人の前でここまでイッてくれるとは、  
 思いもしなかったがな、私も」  
 
 全て、見られた。  
   
「ああ……うあぁあああああああ……」  
 
 覚悟の上の、決意の上での事だった。  
 だが、一瞬脳裏から消え去っていた現実が、そして絶頂と共に舞い戻ってきた現実が、  
その非情さでもって私を打ちのめす。私の心を打ちのめす。  
 涙が頬を伝い、嗚咽が喉から飛び出る。  
 
「おやおや、まだこの程度で泣いてもらっては困るんだが……  
 この後、もっともっと鳴く事になるんだからね、奥さんは」  
「うぁあああ……」  
 
 瞼の裏にいたあの人の姿が、だんだんと薄れ、消えていく。  
 まるで、涙が流し去ってしまっていくかのように。  
 
 亮一さん……私は……耐えられるんでしょうか……?  
 
 
 
 ――――――数週間後――――――  
 
「……これ、は?」  
「見ればわかるだろう。君の細君だよ、前野君」  
 
 その写真には、全身を白濁で汚され、虚ろな目で横たわっている、  
一人の女性の姿が写っていた。  
 その女性の事を……僕は、よく知っていた。  
 
「どういう……事ですかっ!?」  
「まあ、そういきり立つな……座りたまえ」  
「………………」  
「……先の計画の件を、奥さんに話したらね、喜んで私に抱かれてくれたよ」  
「なっ……!?」  
「素晴らしい身体だった。よく締る上に、感度もいい」  
「あんた……菜月を……」  
「おっと、勘違いしてもらっては困る。私は彼女を手篭めにはしていない。了承を得た上で抱いたのだからね」  
「……脅迫して、か?」  
「脅迫とは人聞きが悪い。ただ、事実を教えて差し上げただけだよ」  
「あれは……あの計画は、会社を立て直す為に、仕方なく……」  
「そうだな。その通りだ。だが……それが法に触れるやり方だったのは、紛れも無い事実だからな」  
「……あんた、最低だよ」  
「君の細君も、そう言っていたな。私の上で腰を振りながら、ね」  
「……僕に、これを見せて……一体何をさせるつもりだ?」  
「ほほぅ、察しがいい。話が早くて助かるよ。……実はだね、我が社が先日の取り引きで  
 大損害を出したのは既に承知だろう。そこで、またあの計画を君に実行してもらいたい」  
「……僕がやらないと言ったら?」  
「その時は、この写真があちこちにばら撒かれる事になる。どうだね? やるか? やらないか?  
 ……まあ、答えは決まっているとは思うが」  
「……やる、よ……やればいいんだろう!」  
「ふふふ、ありがたい事だ………………ああ、そうそう。彼女は、私に抱かれた事について、  
 君には知られたくないと言っていた。君もちゃんと知らない振りをしてあげるんだよ」  
「……本当に、最低の男だよ、あんたは」  
 
   ――――――連鎖は、止まらない。狂宴は、その始まりの鐘を鳴らしただけ――――――  
                                                            完?  
 

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