性器の先端が、じんじんと痺れている。  
まだ何もしていないというのに、その感覚は既に射精が近いことを平野に知らせている。  
精神的な高揚は、物理的刺激よりもはるかに強く、平野の性欲を刺激していた。  
 
「トップグラビアアイドルに……飲ませるも、吸わせるも、自由なチケット」  
 
「マジでキモいんだけど……なんなの!?」  
平野の言葉に反応して、女が非難めいた言葉を口にした。  
挑発しているわけではないだろう。心からの嫌悪と不快感だ。  
 
びっしりと鳥肌が立った皮膚に、舌をゆっくりと這わせると  
そのたびに女は身体を痙攣させて「ひぁ」や「嫌、嫌ぁっ」と悲鳴を上げる。  
その姿が欲望を刺激しないわけがなかった。  
 
平野は、彼女の頭頂部をつかむと、女の首を90度右に曲げた。  
限界まで眉をしかめ、それでもなお美しい、女の横顔。  
僅かに紅潮した頬、やわらかな産毛、にきびや染みの無い肌。  
 
そして、気持ち悪い生き物でも見るような、強い力のある瞳。  
長い睫毛で上下を縁取られた、理想的なアーモンド型の眼。  
上唇が「何で私がこんなこと」と言わんばかりに反っていた。  
 
平野は唾液だらけの口を開いて、女の唇に吸い付いた。  
 
「むぐっ!! ぐふぁ!!」  
獣じみた声が上がった。  
 
それは平野の声ではない。  
半開きの唇に吸い付かれた女の悲鳴だった。  
彼女は掌で押さえ込まれた頭を、必死で回して逃げようとしている。  
 
「嫌ぁっ!!」と大きな声を上げる。  
女の唇とその周辺が、平野の唾液でぎらぎらと光っていた。  
 
「ベロ出せよ……ベロ」  
そう言いながら、平野は彼女の頭を両手で押さえ込む。  
「なんでもするんだろ、口開けろ、口」  
 
「やぁだ……キ」  
恐らくキモい、と言おうとしたその口に、平野はまた吸い付いた。  
堅く閉じようとする女の唇の間に、舌を捻じ込む。  
 
まるで口の中は自分の聖域であるかのように、女は頑なに抵抗した。  
その聖域を、自分の唾液まみれにしてやろうと、平野はしつこく責める。  
ジーンズの中の男性器が、窮屈そうにもがいていた。  
 
 
男の鼻息が顔にかかる。  
 
理性的に考えれば、男の舌を受け入れたほうが、むしろ事が早く済むだろう。  
しかし、あずさの女としての本能が、それを拒む。  
 
唇と、性器は、いわば「内側」なのである。  
そこは人間の肉体の中でもっとも無防備で、敏感で、弱い部分でもある。  
それを預けるには、強い信頼がなくてはならないのだ。  
 
五分ほど、攻防を繰り返す。  
「……ふ、ぐっ、ん……や」というくぐもった声が密室に響いた。  
あごの力がだんだん抜けていくのが分かる。  
 
さっきまでは抵抗を楽しんでいた素振りだった男が、  
突然、あずさの頬を親指と人差し指でつかんだ。  
そして、力の抜けた彼女の口の中に、男の舌がずるり、と侵入した。  
 
男のねっとりと粘性のある唾液が、ちろちろと動く熱を持った舌先が  
あずさの「内側」に注ぎ込まれる。  
更に荒い鼻息が、あずさの顔にかかった。  
 
 
女性と舌を絡ませる、という行為は平野にとって丸二年ぶりだった。  
今回のように、抵抗する女に無理矢理したのは初めてだったが。  
 
女から口を離すと、すぐに彼女は「べっ」と床に唾を吐いた。  
それから平野を睨みつける。  
漫画なら「きっ」と効果音が付きそうな、威圧的な視線だ。  
 
しかし、それはもう平野を怖れさせることはなかった。  
「上脱げ」と一言、彼は言った。  
 
「はあ!?」と女は言う。  
意味が分かんない、という怒りの混じった仕草ではあったが、  
それは平野の言葉の意味が分かっているからこその怒りである。  
 
「上脱いで、胸見せて。いつもカメラの前でしてるじゃないか」  
呼吸が荒くなっているのが自分でも分かる。  
女が自分の二の腕を抱くようにして、突っ立っているので、平野は急かした。  
 
「十秒以内に脱がないなら、今すぐに動画流すよ」  
そう言って、平野はドアを指差す。  
「隣の部屋にパソコンがあるから」  
 
ドアノブに手をかけた平野の背中に、  
「待って、ちょっと」という小さい声がかけられた。  
ぱさ、という布がフローリングの床に落ちる音。  
 
白のシャツを脱ぐと、女の上半身はこれまた白の下着だけになった。  
スカートとブラだけ、という姿はアンバランスで面白い、と平野は思う。  
彼女は猫背になり、両腕を交差させて胸元を隠していた。  
 
「腕が邪魔だよ」と、平野は思ったことを率直に言う。  
女は腕をゆっくりとどかすと、何故かへその上に掌を重ねるようにした。  
下着に押さえ込まれた、お椀型の綺麗な乳房が露になる。  
 
細くか弱い腰からは想像も出来ないほど、力強く突き出された膨らみ。  
コンビニの本棚を見れば、必ず見つけることの出来る、完成度の高い肢体。  
つい一時間前に、写真週刊誌のグラビアで見たばかりのその身体を目の当たりにして、  
平野の口に淡い苦笑が浮かんだ。唾液が充満していくのが分かる。  
 
「何ジロジロ見てんのよ」と言っているかのような女の視線を受けて、平野は我に返った。  
そして、当然してもらわなければならない要求を口にする。  
 
「早く上を脱ぎなよ」  
 
ためらうかと思ったが、女はすぐに両手を背中に回した。  
いつまでもぐずっていても仕方が無い、と諦めたのだろうか。  
二秒もかからずに、ホックを外すと、するりと下着を床に落とした。  
 
そして両腕を交差させて、二の腕をつかむように胸を隠す。  
 
ぐにゃり、と乳房が形を歪めているのが分かる。  
平野は口の中に充満した唾液を嚥下した。  
ぐびり、と音がする。  
 
女がまた猫背で黙って立っているので、  
平野は彼女に近づいて、屈みこんだ。  
そして無造作に、女のスカートをつまんでまくり上げた。  
 
「ん、やっ!!」  
女は大きな声を上げて、右手でスカートを押さえた。  
左腕は相変わらず胸を守っている。  
 
脚の付け根までは見えるが、ぎりぎりのところで下着は見えない。  
しかし、その官能的なラインは十分に魅力的だと平野は思う。  
彼は膝に唇を当て、そこから太股にかけてゆっくりと舌を這わせた。  
 
女の美しい脚に、まるでなめくじが通ったように光る跡がついた。  
 
「立ちっぱなしで疲れただろう、少し座りなよ」  
そう言って平野は、彼女の膝の裏を手で強く押した。  
 
がくんと姿勢を崩して、女は尻餅をついた。  
女は反射的に、胸を隠していた手で身体を支える。  
ふるん、と両乳房が揺れた。  
 
「おお、胸がデカいと乳輪も広がるのかと思ったけど、案外綺麗だね」  
冷やかすように平野は褒めた。  
 
尻餅をついた姿勢のまま、女はまた胸を隠す。  
「ガード固いなあ」と平野は呆れたような声を出した。  
 
女の表情は、さっき煙草を吸っていたときの鋭さを取り戻している。  
「確かになんでもするって言ったけど、なんでもさせるってワケじゃない」というつもりなのか、  
どことなくふてぶてしささえ浮かんでいるように平野には見えた。  
 
本来ならば怒りが湧き起こる場面なのだろうが、何故か平野の心は平静だった。  
肩をすくめて「やれやれ」と村上春樹の小説のように溜め息をつく。  
そして、彼はぽつりと独り言のように呟く。  
 
「…………らせろよ」  
 
「はい!?」とあずさは聞き返した。  
聴こえなかったふりではなく、本当に声が小さくて聴こえなかったのだ。  
 
「……じらせろよ……」  
 
男は優しく、尻餅をついたままのあずさに囁く。  
二回目は、ほとんど聴こえた。  
 
「何言ってんの!? バッカみたい」  
あずさは大声を出した。  
男の手が、また彼女のスカートに触れる。  
 
「ちょっと、や」  
あずさのかん高い批難の声を、重低音がさえぎった。  
 
「ダメだ、もう、これ以上、嫌がるなら、この取引は終了だ。  
 お前の犯罪者動画を発信するわ」  
男の眼に、決意の意思が映ったのを、あずさは察する。  
 
「待っ」  
 
「それが嫌なら……おまんこいじらせろよ……」  
今度ははっきり、そう聴こえた。  
 
平野の手がスカートをたくし上げ、太股を撫ぜながら  
脚の付け根まで滑っていく。  
そして下着越しに、女の性器に触れた。  
 
「ぅやだっ」  
今日聴いたなかで、一番弱々しい悲鳴が女の口から漏れる。  
そこには「嫌だけどどうしようもない」という諦念が強く篭もっている。  
 
「嫌じゃない、そうだろ?」  
そう言いながら、平野は女のスカートを引き摺り下ろした。  
 
それから、ふと、部屋を見渡し  
「この部屋は話し合いをするにはいいけど、運動するのには向いてないな……。  
 話し合いはもう終わったんだし、俺の部屋に行こうか」  
と言った。  
 
そう、もう話し合いは終わったのだ。  
後は約束の履行だけだ。  
 
女の衣服を床に散らばしたまま、平野は彼女の手を引いて  
部屋の外に連れ出した。  
 
 
男の部屋に入った瞬間、あずさは表情を歪めた。  
 
この夏の暑いさかりにクーラーも入っていない、オマケに換気もしていないのか  
不愉快な匂いが充満していた。  
そのうえ、部屋の中には聞き苦しい声が反響していた。  
 
「あっ、あっ、いっ、はっ、や、だぁ……うっ、やめ、て……」  
あずさとは違う、女の声だ。  
 
テレビのモニターの中には、一組の男女が居た。  
やけに睫毛の長い裸体の女が、四つん這いになっている。  
その背中の上にやせぎすの男がのしかかっていた。  
男は激しく腰を振りながら、床に向かって垂れる女の乳房を弄んでいる。  
 
「ああ、ビデオ付けっぱなしだったな」  
あずさの手を引いている男が、白々しく言った。  
 
「さっきまで見てたんだ。コレ。お気に入りでね。  
 この女が、万引きの常習犯っていう設定なんだけど」  
男が楽しそうに言う。  
 
「趣味悪いんだけど」とあずさは言った。  
不快感と同時に、どこか呆れたような気持ちがあった。  
 
「じゃあ、こっちがいいか」とそう男は言って、リモコンのボタンを押した。  
 
平野がリモコンを押して画面が変わった瞬間、女が悲鳴を上げた。  
 
「やめて!! 止めて!!」  
「いいじゃないか、誰もが通る、青春の一ページだ。  
 自分の若い頃の姿を見るのも悪くない」  
 
女が飛びつくようにして、平野の手からリモコンを奪う。  
そして停止のボタンを押した。  
 
平野は何も言わずに、ただベッドに腰掛ける。  
それから、よれよれのジーンズを脱ぎ始めた。  
黒いトランクスも投げ捨てる。  
 
平野は両肘をベッドの上について、あおむけになった。  
力を得た男性器が、天井を向く。  
 
「ああ、君がこの家に入ってきてから、ずっと堅くなったままだな」  
「良かったね」  
女は吐き捨てるように言った。  
 
「さっきの動画を全国配信、嫌なら、これを」  
平野は自分の性器の根元を握る。  
 
三日月型にいやらしく歪んだ男の眼が、ほとんど全裸に近いあずさを見ている。  
 
「嫌なら、これを舐めろ」  
 
男は、左右に自分の性器を揺すった。  
 
「ソフトクリームみたいにベロベロ舐めまわせ」  
 
あずさは「ふざけんな」と言いそうになったが、  
それよりも早く、男は言葉を続けた。  
 
「五秒で決めろ。警察のご厄介、芸能界引退。或いはおしゃぶり」  
「……いい気になって……」  
あずさはそう言いながら、男の広げた股の間に座った。  
 
「五……」  
男はカウントを始めた。  
 
しかし、目の前で揺れる男の根を見て、急激に気力が萎れる。  
どんなに覚悟をしても、どんなに腹をくくったとしても  
「ゴキブリを食べろ」と言われて食べられるだろうか?  
目の前に、てらてらと光った背羽や、ひくひく動く足を見ても。  
 
「おう……」  
平野は、意図せずに声を出した。  
 
包皮に包まれていない、性器の先端部分に、  
ざらざらとした舌が這っている。  
眉をしかめた女の表情がたまらなくセクシーで、  
平野の性器がびくん、と律動した。  
 
「もっと、ベロベロ舐めてよ……裏側のほうも」  
思わず要求の声が出る。  
女は一瞬、平野を睨みつけたが、  
性器を舐めながらの上目遣いは、むしろ平野を興奮させた。  
 
「初めて舐めるわけじゃないんだから、もっと思い切って。  
 くわえてよ、ホラ……」  
 
平野は性器の根元をつまんで、口に押し込もうとする。  
「ふぐぁ」とだらしない声と共に、女の咥内に滑り込む。  
 
「俺を早く気持ちよくさせれば、それだけ早く帰られるよ」  
 
「……イキそう……」  
男がそう言った。  
 
「早くイッちまえ」とあずさは内心毒づく。  
あごが疲れて、口を開けているのが辛かった。  
 
そんな苛々しているときに、男の手が伸びてきたので  
彼女は反射的に振り払ってしまう。  
 
「触らせてよ……」  
男はあずさの乳房をすくいあげるようにつまみ、  
それからその先端部分を人差し指でこするように撫でた。  
 
「いやらしい乳してるね……。さすがは本職。  
 こいつの上半分を見せるだけで何万って男が虜になるんだもんね」  
自分は胸を見せるだけの商売をしているわけではない、と強い怒りが生じた。  
男はおかまいなしに、くにくにと、ねちっこい動きで、あずさの胸元をまさぐる。  
 
さっさとイキなよ!! と怒鳴りたい気分になる。  
 
「あ、あー……、ねえ、どっちがいい?」と男は訊いてきた。  
 

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