好き好き大好きーってなことでご主人様に仕えるメイドになって早一ヶ月、今日も私はせっせと尽くすのです。  
 なんてな感じで意気込んでみても、やることといったら掃除ぐらいのものです。何しろ洗濯や料理はご主人様のお母様が得意とすることで、尚且つお母様もそれらの仕事を好んでいるのです。  
 他の雑用はお母様に命じられたお父様やご主人様がこなすとあっては、私の仕事など微々たるもので残面無念ってな感じです。  
「・・・時々思うけど、あなたを雇ってる意味ってあるのかしら」  
 キッチンで皿洗いをなさるお母様を見つめていると、お母様は不意に私の顔を見て本気な感じで首を傾げました。  
「な、な、何たることを! 私はただでさえ可愛いのでマスコット的な役割もで十分です!」  
 そんなことを拳を握って告白すると、お母様はにっこり微笑んで眉間に皺を寄せました。  
「・・・・・・ほんと、祖父の遺言でなければ夢の島に送ってるとこだわ」  
「・・・・・・・・・にゃー」  
 意味不明な言葉でその場をやり過ごした私は、これ以上お母様の側にいると色々なことが危ないと察し、その場を離れました。  
 君子危きに近寄らず、おいおい誰でも危ないことには近寄らないっての、なんてなことを鼻歌交じりに囁きながらご主人様のお部屋へと参ります。  
 まるで私への嫌がらせかと思わせるほど広い家の長い廊下を歩いて階段を上って廊下を歩いて突き当たりの部屋がご主人様の部屋で、扉を前にすると私の純真ハートが高鳴りました。  
「ああ、ご主人様、私はあなたを心の底からお慕いしております。いっそ押し倒したいぐらいです。南無南無」  
 などと呟きながら扉をノックすると、三十八秒後に扉がゆっくりと開きました。  
 僅かに開いた扉から覗くのはご主人様の鋭い双眸で、私はその視線に射抜かれるだけで脳みそが吹っ飛びそうでした。  
「・・・何だよ」  
 ご主人様は中学生とは思えぬ力を眼に込めています。私はからから笑って意味なく何度も頷いてみます。  
「いえ、何かしら退屈なら私が体を張ってストレス解消してあげようかな、と思いまして」  
 純真たるご主人様を考慮して言葉をオブラートに包んで発してみると、ご主人様は苛々でも覚えたのか舌打ちを発しました。  
「・・・別に退屈はしてない。消えろよ」  
 
「・・・・・・にゃー」  
 心も竦む怖い言葉に意味ない言葉を発すると、ご主人様は乱暴に扉を閉めました。ばたん、と心に響く音は私を傷つけ、消沈させます。  
「ああ、酷いです、ご主人様。年頃なので色々と溜まっているのかと思い、尚且つ年頃特有のナイーヴな心を考慮して遠まわしに誘ったというのに、台無しです。勝負下着も真っ青です。はわわ」  
 まあ大半は嘘で何となく本能に従っただけなのですが、嘘は時折り美談っぽく思えるので重宝しています。  
 そんなこんなで意気消沈、とぼとぼ歩いて宛がわれている自室に戻って二十代も半ばの体にはきついメイド服なるものを脱いでパジャマに着替えます。  
 デフォルメされていない猫があちこちで飛び跳ねているパジャマは私の第一のお気に入りなのです。  
 六畳一間という苦学生かよ的なつっこみ待ち的な間取りは嫌がらせのように思えなくもないですが、その辺は気にしたら負けなので優雅に暮らしてます。  
 何せ家賃もいらない食費もいらない、掃除しているだけで生活できるという素晴らしい環境なのです。最高です。  
 そんな最高な気分を味わいながら小型冷蔵庫に入れておいたマーマレードジャムを取り出し、オーブントースターで焼いた食パンに塗りたくって食します。  
 キッチンから拝借した高そうな紅茶は香りも良くて心地良くて、食欲をそそられました。気付けば食パン二枚、マーマレードジャムを半分ほど食していて、驚愕に目を見開きます。  
「ああ、ただでさえメイド服がきつくなっているのに、やばめです。マスコット的な役割も半減です。それより虫歯が心配です」  
 エアコンの恩恵で快適な温度を保っている部屋でぶつぶつ呟いて食事を終え、歯を磨きます。ごしごし磨きます。それというのも奥歯に虫歯があるからです。もはや痛みも通り越して感触すらない歯を磨いた後、シャワーを浴びます。  
 首の骨を鳴らしながらバスルームに移動してパジャマを脱いで浴室に入り、気分も安らぐお湯で一日の疲れを落とします。  
 お湯で顔を洗って薄めの化粧を落として肩に触れるほど伸びてきた黒髪を撫でつけ、前髪を全て後ろに流します。  
 
「ふぃー、疲れたー」  
 実際のところ気楽でしたが、そこはそれ、さり気ない言葉が人生を演出します。  
 シャワーを浴びて体を洗い、髪を洗ってから浴室を出て、体を拭いてドライヤーで髪を乾かしてパジャマを着て、バスルームを出ます。  
 ああ、漸く安楽たる時間、睡眠の訪れです。  
 ベッドにダイブすると即刻、脳が眠りに就こうと勤しみました。私もやぶさかではないので眠気に任せて目を閉じます。そうすると一瞬で暗黒が訪れて、あっさりと解放感の素晴らしい眠りへと、私は落ちていきました。  
 翌日に何があるかを知ることもなく。  
 
 目覚めて通常通りに掃除に勤しむ私の前に、ご主人様が現れました。今日は祝日で学校などという極悪たるものはないのです。  
「おはようございますっ」  
 私はとびきりの笑顔、もう垂涎ものの笑みを浮かべて挨拶しましたが、ご主人様は溜息で答えました。  
「・・・ああ」  
 表情も冴えなくて、せっかくの可愛いお顔も台無しです。  
「あの、どうかなされたんですか? ご要望とあれば今すぐ寝室へ行きますよ」  
 さり気なく主張を織り交ぜた言葉を受けて、ご主人様は再び溜息を吐きました。そうして無言で私を通り過ぎます。けれど私が、はにゃー、と残念がって肩を落とした、その時でした。  
「今日、昼から友人が来るんだ。紹介したいから、部屋に来てくれ」  
 そんな声が背中に届いたのです。  
「はっ」  
 慌てて振り向いた私の視線の先には、もはやご主人様の背中しかありません。  
 しかし私は喜びもさながら、砕けた笑みを満面と浮かべます。  
「はいっ、分かりました。遂に婚約発表ですねっ」  
 ご主人様は私の言葉になど耳も貸さず姿を消してしまいました。  
 
 残された私は掃除機を手に、背中には蛍光灯を縛りつけた格好で、あれこれと想像します。  
「ああ、ご主人様の友人に紹介だなんて、これは正しく婚約ですね。人生の転機ですね。ああ、幸せすぎて目の前も霞みます」  
 私は悶々としながら、昼までの時間を過ごしました。  
 
 そうして昼を迎えた頃、私は常のメイド服でご主人様の部屋を目指しました。  
 こういう場合は普通の服の方がいいのかもしれませんが、やっぱり萌え萌えの格好の定番として受けるのはメイド服でしょう。  
 そう思ってご主人様の部屋の扉をノックすると、十二秒後にご主人様が姿を現しました。  
「・・・ああ、来たのか」  
 ご主人様はつまらなそうな顔で私を見つめます。  
「はい、無論です。もうどきどきです」  
 私は意図不明の言葉を吐きながらご主人様に案内されて部屋に足を踏み入れます。  
 広い部屋には八人ほどの友人と思しき人たちがいて、それぞれくつろいだ格好で気ままな時間を謳歌していました。  
 そんな彼ら彼女らも私の存在を見て取ると、一気に興味を向けてきました。  
 うふふ、私の儚さ可憐さ、そしてメイド服に見とれているのですね。  
 まあ実際のところ、妙齢の長身で目元の鋭い舌打ちが似合いそうな女性がふりふりのメイド服なんてものを着込んで現れれば興味を惹くのも当然です。  
 むしろ可愛げのなさ気な女の子なんかは顔を顰めて引いています。もう殺してやりたいです。こっちだって好んでこんな格好をしているわけではありません。  
 そんな心情など一切露呈することなく作り笑いで好印象を演出しつつ部屋の中心部で立ち尽くすと、後から部屋に入ってきたご主人様が顎をしゃくって私を指しました。  
「これ、うちのメイド」  
 その言葉で沈黙気味だった部屋の空気に彩りが生まれます。  
「うわ、まじかよ」「へー、メイドなんてほんとにいるんだー」「初めて見た」「・・・微妙」「なんか感動ー」  
 その他大勢の言葉など右から左です。ただ一つ無視できない言葉があったような気がしないでもないですが、ご主人様の面目を保つために笑みを心掛けます。顔は確認したので後で足でも引っ掛けます。  
 
「いつもご主人様にお世話になってます」  
 私が深々と頭を下げると、頭の悪そうな男の子数人がにやにやしたり赤面したり、それぞれ反応を見せながらご主人様に目をやりました。  
 あからさまに馬鹿っぽい女の子などはご主人様に対して好奇の視線を向けています。  
「お前、いつも何してんだよ」「やー、えっちー」「羨ましいなぁ」  
「・・・・・・・・・・・・」  
 今、隣に立つご主人様が小さく舌打ちしましたが、聞こえなかった感じでやり過ごします。  
 そうしていると、からから笑うショートカットの女の子が私の顔を見つめながら口を開きました。  
「ねえねえ、このメイドさん、何でも言うこと聞いてくれるの?」  
 私は横目でちらっとご主人様を窺います。ご主人様は小さく頷きました。その仕草に全員が歓声じみたものを上げます。  
「うわ、すげー」「やらしー」「いいなぁ」「すげー」「・・・微妙」「いーなー」「おー」「えっちくさい」  
 もう何が何やら分かりません。  
 しかし私は、心持ち熱の増した部屋に違和感を覚えつつも笑顔を絶やしません。それもこれもご主人様のため、ご主人様の面目のためです! と、意味なく私も拳を握っていると、一人の男の子がにやにや笑いながら私を見据えます。  
「なあなあ、服脱いでよ」  
「はぁ!?」  
 と、もしも部屋に私と男の子しかいなかった場合ならば喉を震わせて睨みでもきかせるのですが、ご主人様の側でそのような真似はできません。  
 喉から溢れそうになった声を抑え込んで隣のご主人様を見やり、救いを求めます。  
「なあ、いいだろ?」「わたしも見たぁい」「あたしもー」  
 十把一絡げの言葉など完全に無視です。大切なのはご主人様の言葉だけです。  
 けど、ご主人様は私をちらりと見つめ、小さく頷きました。  
「・・・脱げよ」  
 ご主人様の言葉に歓声が上がります。その歓声を聞きながら、私は呆然と目を瞬かせます。  
 そんな、ご主人様・・・ご主人様以外の凡夫に肌を見せるなんて耐えられません! 酷い仕打ちです! 絶対嫌です!  
 心の内で叫びつつ、しかし私は喉を鳴らして息を呑み、瞳に決意を漲らせます。  
 
 ご主人様の言葉は絶対、衆目の場でその掟を破るわけにはいきません。そんなことをすれば、私ではなくご主人様のお顔に傷がつきます。  
 私は私を取り囲む彼ら彼女らを見回し、その好奇の視線を受け止めます。この程度、ご主人様のためならば楽勝です!  
「・・・分かりました」  
 頷いて背中にあるジッパーに手を伸ばすと、どよめきが溢れました。まるで射抜くように向けられている視線は肌に刺さり、羞恥心が働いて頬に朱が差します。  
 ああ、ご主人様にも見せたことのない肌を、こんな糞ガキ共に晒すことになるなんて・・・ジッパーを下ろすと空気が触れ、背中が思い切り露出しているのを感じました。  
「うわ、やべー」「わー、背中きれー」  
 無邪気と言えなくもない声に耳が赤くなるのを感じます。  
「・・・・・・・・・!」  
 ああ、屈辱です! 大好きなご主人様を隣にして、興味の欠片もない第三者に肌を見せるなんて! 最低です!  
 私は年甲斐もなく泣きたくなるのを堪え、ぐっと歯を食い縛り、腕を抜きます。ワンピース型のメイド服は、腕を抜くだけで上半身を曝け出してくれやがりました。いくらブラをしているとはいっても、咄嗟に両腕で胸元を隠してしまいます。  
 同時に、正面にいる男の子と女の子が顔を赤くして目を輝かせました。  
「白だ、白」「ちっさ」  
 取り敢えず女の子の頭には使い古した茶葉でも落とすとして、今は色んな感じで一杯一杯です。  
 背中にも痛いほど視線を感じて、私の肌は見る見る間に赤く染まっていきます。顔なんか自分でもはっきり分かるほど赤く染まっていて、さながら茹蛸です。額には汗すら浮いてしまっています。  
 ああ、ご主人様。しかし私はご主人様のために脱ぎます! もう完全に!  
 ちらっと隣を見てもご主人様は素知らぬ顔で、醒めた表情を浮かべています。  
 それでも私は挫けません。  
 ぐっと意気込んで両腕を背中に回します。そうすると前の男の子女の子は口を半開きにして赤面しました。私は背後から聞こえる歓声を受けながらブラのホックを外します。  
 ブラは取っ掛かりが乏しいせいか簡単に足元へ落ちました。無論、そうなると私の上半身を隠すものはありません。  
「おおっ」「わぁ」「きゃー」  
 
 少し朱に染まっている胸に視線が収束して、歓声が上がります。その声と視線はまるで物理的な力でも持っているかのようで、胸の先が痺れました。  
 我慢、我慢です。これも全てご主人様のためなのです。  
 自分に言い聞かせて深く息を吸います。深呼吸でもして落ち着こうと思ったのですが、いざ実行してみると露になっている胸が起伏してしまい、余計に恥ずかしさを駆り立てました。  
 私は、もはや熱でくらくらしている頭に任せ、腰に引っ掛かっていた服を完全に下ろします。中腰になると下着がお尻に張り付くのを感じました。それを見て取ったのか、背後で小さな声が上がります。  
 無視、無視です。  
 家の中用の靴を脱いで服を抜き、ショーツとソックスだけという姿になった私は、真っ赤な肌を隠すことなく立ち尽くします。  
 羞恥心の限界か私の限界か、もう何も考えられません。肌は僅かに震えていて、額や腋の下、背中には気持ち悪い汗が浮き上がってきています。  
「・・・うわ、何かえろいな」「わー、色っぽい」「やらしー・・・」  
 大丈夫大丈夫、何も聞こえません。  
 歯が砕けるのではと訝るほど強く噛み締め、ショーツに手をかけます。もう、これを脱げば終わりなのです。  
 相変わらず無関心なご主人様を視界の端に捉えてから、一気にショーツを下ろします。一斉に上がった歓声は頭の中が沸騰しそうなほどで、その声を聞きながら足を抜き、ショーツを脱ぎ捨てます。  
 ソックスだけになった私の肌は、白のソックスを浮き上がらせるほど真っ赤になっていて、背中から汗が流れ落ちます。  
 そして私は一糸纏わぬ姿となりました。  
「・・・・・・うわ、すげー」「・・・うわぁ」「・・・・・・・・・」  
 先程までの歓声が白々しく思えるほど静かになった部屋には、異常な熱が立ち込めています。  
 体のあちこちに突き刺さる視線は限界突破で、自然と息は荒くなり、何かもう吐きそうです。  
「・・・・・・・・・・・・」  
 沈黙はどれほど続いたのか、時間の感覚などさっぱり消失していたので定かではありませんが、私にとっては不意に、一人の男の子が口を開きました。  
「・・・な、なぁ、触ってもいいのか?」  
 
「はぁっ!?」  
 などと下卑た言葉は吐き出しませんが、二人っきりだったら間違いなく蹴っています。体の心配で涙目になってご主人様を見やると、ご主人様は私の視線を真っ向から受け止め、そして首を横に振りました。  
「・・・それは駄目だ」  
 ああ、ご主人様! 歓喜の涙が浮かぶも、男の子の苛々を感じさせる舌打ちに掻き消されます。  
「何でだよっ?」  
 ご主人様は私を見て、溜息を吐いてから答えます。  
「・・・・・・他人に触られて・・・そんな奴がこれからも側にいるってのは、気持ち悪い」  
「・・・・・・・・・・・・」  
 それは、これからも側にいてもいいってことですねっ? 実質の婚約発表ですねっ?  
 素っ裸でどぎまぎする私の体をじろじろ見ながら、彼ら彼女らは興醒めしたかのような顔をして、各々唸ります。  
「・・・ま、なら仕方ないんじゃない?」「そだね」「あー、まあな」「うん」  
 などと適当なことを呟いていると、ご主人様が部屋の扉を開けます。ご主人様は扉を抜け、そうすると導かれるように彼ら彼女らも部屋を出て行きました。  
 私はそそくさと足元の下着や服を手に取り、胸に抱えます。  
 程なく戻ってきたご主人様は、無様な格好の私を見つめました。  
「・・・あ、よければ横になりますけど・・・」  
 私はちらっとベッドを見るも、ご主人様は醒めた態度で溜息を吐き捨てます。  
「・・・・・・前から思ってたが・・・・・・」  
「は、はいっ」  
 愛の告白ですかっ? 胸に抱える服をぎゅっと抱き締めて、その時を待ちます。  
 けど、ご主人様は溜息を吐いて私の目を見据えました。  
「・・・・・・・・・あんた、馬鹿だろ」  
「がーん!」  
 直球勝負ですか! あまりに一直線な言葉に私は涙を流し、扉に駆け寄ります。  
「うわーん!」  
 ああ、ご主人様、こんなにも好いているのに何でスルーなんですか! 放置プレイですか! そういうのも大好きです!  
 そうして私は部屋を抜け出して、自分の部屋へと逃げ込みました。  
 ご主人様、今は駄目でも、いつかきっと!  
 
 終わり。  

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