「へっ? お風呂壊れたの?」  
日も沈んだ夜、彼女相田姫葉はタオルを持ったまま。  
母の言葉に呆然としてしまった。  
「なんで?」  
「なんでって」母はにっこり微笑み「間違って空炊きしちゃったの、エヘッ」  
コツンと頭に手を当て失敗失敗と笑う母だったが。  
(――冗談でしょ)  
「ガス屋さんが言うには今週中には直るそうだから」  
「まさか、その間お風呂入れないのっ?」  
ゆゆしき問題だ、年頃の――11才の乙女としては。  
まるで喧嘩でも売るように母に掴みかかったが、母はあっさりそれを回避し。  
「お金あげるから、銭湯で我慢してね」  
「……嘘でしょ、もぉ」  
 
「って、パパと入るの?」  
「いつも入ってるだろ」  
銭湯へ行く。  
そう言ってから母はなかなか動き出そうとしないので、薄々イヤな予感はしていた。  
(だけどまさか、ホントに……)  
「……はぁ」  
「そんなにイヤなのか?」  
父が姫葉の事を覗き込むと、姫葉は鋭く目を細め。  
「イヤに決まってるわよっ、というかパパはイヤじゃないの? 私の裸、他人に見られて」  
そう言うと父はいつもだらしなく浮かんでいる笑顔を引き締め、真顔になると。  
「おまえの場合、男に見間違わ――」  
父を拳で沈めたモノの、姫葉は父と銭湯へ行くことになってしまった。  
 
いや、確かに短い髪は手入れしてないからバサバサだし。  
顔つきも凛々しくて男の子っぽいとは良く言われるけど……  
「おあ? どうした? 早く脱げ、先入っちまうぞ?」  
父はそう言って軽く笑ったが。  
姫葉はジーパンと靴下を脱ぎ、Tシャツを脱ごうとしたところで動きを止めていた。  
「……ねぇ、やっぱり私女湯に入ったら――」  
「ダーメ」  
父は姫葉のTシャツに手をかけると、手慣れた様子で脱がしていく。  
姫葉は抵抗しようとしたが、人目があることを思い出してやめた。  
「なんで?」  
スポーツブラに包まれた乳房が露わになり、姫葉は頬を膨らませたが。  
お構いなしに背中に手を廻され、あっと言う間にブラも外さすと、父は真顔で。  
「小学校まではパパの背中、毎日流すって。約束したろ?」  
「そうだけど――って、パンツは自分で脱ぐからっ」  
「なら早くしろ、もう入るからな」  
そう言って父は風呂道具の入ったかごを手に持ち、浴場へと向かう。  
「ちょっ……」  
姫葉は慌ててパンツを脱ぐと、腰にタオルを巻き。  
「待ってよ」  
 
中に入ると客は少なく、姫葉の祖父くらいのお年寄りしか居なかった為。  
姫葉は心の底で安堵した。  
「なっ、言ったろ?」  
「うん」  
姫葉は笑って頷くと  
「あれ、あの奥のドアって……」  
「お、露天風呂か」  
ペタペタと姫葉はドアへと向かうと、ドアはガラス戸の為外の様子が見えた。  
「わあ……」  
そこには打たせ湯と、広い浴槽があり。  
浴槽はごつごつとした岩で作られていて、まるで本物の自然の様だ。  
姫葉は入ろうとドアノブに手をかけ……  
「先に股洗ってから入るもんだ」  
父は洗い場の一つを示しそう言った。  
混んでは居ないものの露天風呂付近は先客があるようで、父が示した場所は露天風呂から一番離れていた。  
姫葉は大人しく父に従い、前と後ろをちゃっちゃっと洗うと  
「これで良いんでしょ」  
そう言ってタオルも持たず、露天風呂へ向かった。  
父は姫葉のそんな姿を見て苦笑すると  
「ったく、ガキだな」  
そう呟いていた。  
 
 
「……ふぅ」  
姫葉は人の居ない露天風呂で泳いだり、打たせ湯で僧の如く修行ごっこをしたり、鼻歌を歌ったりすると。  
満足したのか大きく息を吐いた。  
「こういうのもたまには良いかも」  
そう言って軽く笑い、露天風呂から洗い場へと戻ると。  
 
「あ……嘘……」  
先ほどまで空いていた洗い場は芋洗い状態になっていた。  
ドアが閉まった音で近くに居た男が振り返り、姫葉を脚先から見て、視線を上げていき。  
一瞬止まると、姫葉の顔を見て。  
何事も無かった様に顔を元の位置に戻した。  
姫葉は男が見たように視線を動かしていき、赤面した。  
(う、うあっ……見られた見られた、こんな近くで、知らない人に見られちゃった)  
俯くと丁度視線の先に、父の以外見た事の無かった陰茎があり、それが今まさに勃っていく。  
姫葉は一歩あとずさると、男の後頭部越し、鏡に映った男の顔を見ると。  
男の視線は鏡の先にある姫葉の身体にそそがれていて。  
姫葉はドンと派手な音をあげ背中をドアに打ちつけ、あたりを見回した。  
すると男達の視線が姫葉を見。  
あるものは申し訳なさげに直ぐ目を逸らし。  
あるものは興味もなさげに目を逸らし。  
一部は視線を逸らさず姫葉を直視、極一部は一瞬下卑た視線で姫葉の身体を舐め廻した。  
姫葉居ても立っても居られず。  
洗い場をずんずんと進んでいく。  
小さな尻は左右に揺れ。  
平均より少し大きい程度の胸は微かに上下する。  
(駄目だ駄目だ駄目だ、早く出ないと早く、早く――え)  
「へっ?あわっ!?」  
 
姫葉の不注意と言えばそうだとしか言えない。  
しかしまさか床に小さな石鹸が落ちているなんて、姫葉には予測できる訳も無く。  
姫葉は真後ろに転んだものの、なんとか頭は打たずにすんだが。  
驚きの性で瞑った瞼を開けると  
「大丈夫か? 嬢ちゃん」  
姫葉が目を開くと、姫葉の周りを十数人の男が囲んでいた。  
その顔は一様に心配そうで、姫葉微かに微笑むと。  
「あっ、大丈夫です」  
しかしそう言った直後、顔は凍り付いた。  
転んだ拍子で姫葉は蛙の様なポーズで、大股開きでソコを晒してしまっていた。  
姫葉は真っ白な頭で、しかしなんとか脚を閉じようとしたが誰かの脚が邪魔いて、閉じられなかった。  
男達の中には心配気に姫葉を覗き込む良識者が大半かも知れない。  
けれど、姫葉の股側に立つ大半の男達は。  
姫葉の顔を覗き込まず、無毛の恥体を直視していた。  
「あの、大丈夫ですから……」  
そう言って立ち上がろうとしたら、「優しい」何人かの男は、姫葉の身体に手を廻し、それを手伝ってくれた。  
自然な風に胸や尻、内股に手を置いて。  
「有り難う御座いました」  
姫葉は立ち上がると男達の手から直ぐ逃れ、頭を下げると。  
父が居るはずの場所へと向かう。  
 
父は確かにそこに居て、姫葉の顔を見ると。  
「露天風呂どうだった?」  
とのんきに訊いてきたが、姫葉は男達の視線を感じつつも父の隣に座り。  
できるだけ小さな声で  
「もうあがろうよ」  
「あ? どうした?」  
父がキョトンとした顔で言う。  
しかし、裸を見られるのがイヤ、という理由が通じないのは先刻承知だ。  
なら  
「お腹減ったの」  
言うと、父は呆れたように肩を竦め。  
「仕方ないな」  
姫葉の顔に笑みが浮かぶ  
「でも身体と髪洗ってからな、パパは露天風呂入ってるから」  
「えっ!? じゃあ私も」  
「駄目だって身体洗わせないとパパが怒られる」  
「なら背中流すから」  
「もう洗っちまったよ、姫葉が長湯なせいで」  
父はそう言うと、あっさり立ち上がり、露天へ向かってしまった。  
姫葉は呆然としてしまいそうになったが、直ぐ我を取り戻して、身体を洗いに取り組んだ。  
スポンジにボディソープを垂らし、泡立て。  
ゴシゴシと腕から洗い始める、視線は感じたが無視する事にした。  
腕を洗うと肩から首、背中を洗い、わき腹を通って円を描くように丁寧に胸を洗う。  
そこでもう一回ボディソープをスポンジに垂らし、次は脚を洗う。  
 
太股の裏から外、前を洗い少しだけ股を開いて内股を洗う。  
一瞬躊躇ったが、指先に泡をつけ軽く、秘部を洗った。  
正直、スポンジでゴシゴシとはできない気分だった。  
(ていうか濡れて……いや考えないようにしよ)  
洗い終わり、泡だらけの身体をそそぐと。  
丁度良いタイミングで父が現れ、ようやく姫葉は男達の視線から解放された  
 
 
……かにみえた。  
 
洗い場から出ると、姫葉は前から走ってきた誰かにぶつかり、尻餅をついてしまった。  
「……あいたたた……」  
姫葉が痛がっていると。  
「あ? 相田?」  
ぶつかった相手は少年で、顔をみて直ぐ理解できた。  
姫葉は直ぐ胸を腕で隠し、股を閉じたが。  
それはこの状況を打開する策では無く……  
「なんでおまえ、男湯に……?」  
クラスメイトの良く知る顔がそこにあった。  
見られたことより、その後一ヶ月の姫葉のあだ名が「おかま」となった事のが、姫葉自身ショックな事であった……  
 
〜完〜  
 
 

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