七月の某日、某深夜。俺の携帯に一通のメールが着信した。  
 
『明日帰るから 迎えにきてちょ まみむめもがちょ 由美』  
 
上記のメール主は、俺の幼馴染である柏木由美(かしわぎ・ゆみ)。  
見ての通り、ジョークのセンスがまるで無い人物である。おっと、ご紹  
介が後になって申し訳ない。俺の名は、氷室瑞貴(ひむろ・みずき)。  
名前が涼しげな事意外は、何の取り柄も無い大学一年生である。  
「帰ってきやがるのか、由美のやつ」  
俺は、粗忽な由美の性格を思い出しながら、苦笑い。明日、帰郷の旨  
を告げておきながら、時間や着地の事をまるっきり記していないからだ。  
「勝手なやつ・・・」  
地元を離れる気にはなれず、実家通いが出来る大学を選んだ俺に対し、  
やつは上京して都会暮らしをチョイスした。小、中、高校と学び舎を共にし、  
互いを理解しあった仲ではあったのだが、十八歳の春に、二人は別々の  
道を選んだのである。上京する幼馴染を見送った日──ほんの数ヶ月前  
の事だが、俺にとってその日は、生涯でもっとも打ちひしがれた日であっ  
た。十八年という歳月をかけて育んできた関係が、これでついえてしまうと  
いう悲壮感に包まれていたからである。しかし、やつは──由美は、悲しみ  
をこらえる俺に向かって、こんな別れ言葉を放っていった。  
「ごめんね、瑞貴・・・コマネチ!」  
これを聞いた時は、さすがの俺も呆れた。ジョークセンスもさることなが  
ら、別れの際にコマネチ!はねえだろうと思ったのである。  
「寝よ・・・しかし、どんな顔をして会えばいいのか」  
携帯を放り出し、ベッドへ仰臥する俺。迎えに行くことは別段いいのだが、  
正直言って、どの面下げて・・・という気がしない訳でもない。  
 
その訳は、やつがどんな都会暮らしを送っているのかが気になって  
いるからである。性格に難はあるが、由美は誰からも愛されるような  
容貌を持ち、また、ノリもよろしい。実際、高校の頃なんかは、やつと  
俺との間に横恋慕をしてくる輩も大勢いたのだ。もっとも、その都度  
由美はすまし顔で、間に合っておりますと、想いを寄せてくるやつら  
をあしらっていたのだが。  
(もう、他の誰かに・・・抱かれ・・・て・・・)  
眠ろうとして目を瞑ると、由美が誰かに抱かれる妄想が頭の中に沸く。  
見覚えのある裸身が闇の中に浮かび、かつて恋人と呼んでいた女性  
が誰とも知らない男の腕の中で、低いため息を漏らす。そんな悪夢が  
脳を掠めていくのだ。  
(あさましいな・・・俺)  
瑞貴──と、やつが俺の名を呼んでいる気がする。ああ、そうだ、俺は  
まだ、由美を忘れられないのだ。  
(会いたいけど、会いたくない・・・いや、やっぱり・・・)  
煮え切らない思いが、俺の眠りを妨げる。結局、俺は悶々とし、掛け布  
団を由美に見立て、抱きしめたり足に挟んだりと、明け方近くまでうだ  
うだとしてしまった。未練がましいとは思いつつ・・・  
 
朝を迎えた俺は、眠りが浅かったためか若干お疲れ気味。とりあえずは  
顔を洗い、朝食を摂ったのだが、その間中もやつの事が頭から離れない。  
(携帯に連絡あるかな?車、洗っておこう。しまった、床屋に行っておけば  
よかった・・・随分、不精してるなあ、俺・・・んッ?)  
携帯を小脇に置いて、車の鍵をジャラジャラさせつつ、そわそわと食事を  
する俺を、母さんが呆れ顔で見ていた。こんな無作法に躾た覚えはない  
とでも言いたげに。いかん、相当舞い上がっているな、俺・・・  
 
結局、俺はやつからの連絡を待たず家を出た。東京駅から新幹線で  
一時間ちょっとの我が街に、主要駅はひとつしかない。  
(待てばいいさ。行き違いになる事もあるまい)  
車を走らせながら、俺は思った。そして、何度目かの信号待ちをしてい  
た時、俺の携帯がメールの着信を知らせた。  
 
『あと十分で着く〜』  
 
メールの主が由美である事は言うまでも無い。が、しかし・・・着駅十分  
前に連絡を寄越してくるとは、無計画にもほどがある。だが、それを知った  
俺の顔に怒りはない。身勝手で結構──多分、そんな顔をしていただろ  
うと思う。惚れた弱み・・・そう理解していただければ有難い。  
 
「あいつ、何番ホームかも知らせないで・・・はあ、はあ・・・」  
駅に着いた俺は人いきれを掻き分け、ホームへ駆け上がった。つい今しが  
た、東京発の新幹線が着駅し、乗降客をいなして大阪方面へ走って行った  
ばかりである。そうなれば、由美は間違いなくここに居る──  
「由美」  
やつを見送ったあの日から数ヶ月しか経っていないのに、俺の心は逸って  
いた。もう、何年も会っていないような気さえする。まして、今生の別れをし  
た訳でもないのに、再会がとてつもなく尊く感じるのだ。  
 
「瑞貴」  
 
やつを探す俺の背へ、聞き覚えのある声が浴びせられた。これは勿論──  
 
「由美」  
慌てて振り向いた先に、やつは居た。何やらあか抜けた服を身に  
纏い、ブランド物のバッグを肩から引っさげて。  
「お出迎え、ご苦労さん」  
そう言って、ぴょこんと首を傾げ笑う由美。笑顔だけは、変わって  
いない。さよならをした、あの日と何一つ変わっていなかった。  
「お、お帰り・・・早かったな、ははは・・・」  
「うん。さあ、送ってちょうだい。荷物は任せるわ」  
挨拶もそこそこに、由美は俺に荷物を預け、腕を軽く絡ませてくる。  
俺としては、もうちょっと感動的な再会を期待していたのだが、この  
方がやつらしいといえばらしい。だから、何も言わない。  
「行こう。車で来たんでしょ?」  
由美が俺の腕を引っ張った。まったくもって身勝手なやつ──そう  
思いはしたが、多分俺の顔は緩んでいるものと思われる。やはり、  
俺はいまだにこいつの影を引きずっているのだ。何故ならば、腕を  
組まれただけで、もうすっかり胸がときめいているのだから。  
 
「やっぱり地元暮らしだと、車とか買えるんだ。東京じゃ、よっぽど  
お金が無いと、車持てないからね」  
大学入学と同時に親から譲ってもらった俺の車を見て、由美は東京  
での生活を語りだした。と、言うか、何かにつけて、地元と都会の生活  
を比較しだした・・・と表現したほうが、正しい。  
「こっちは暑いね。蒸す感じ。東京は、案外からっとしてるのよ」  
汗でぴたりと張り付いたシャツをぱたつかせながら、由美は言う。この  
時、胸の膨らみが僅かに見て取れて、どぎまぎする俺。  
 
「相変わらず、この街は何にもないのね。東京だったら、少し歩けば  
面白い所がいくらでもあるのに」  
由美は故郷の街並みを見つめ、ため息混じりに言った。まるで毒づく  
ような態度に、俺は何も答えられないでいる。いや、答えられなかった。  
(何か・・・変わったな・・・)  
先ほど出迎えたホームで見た笑顔──それは確かに、俺の知る由美  
だった。しかし、今、語りだした彼女は俺の知らない何かを秘めている  
ように見える。そうなると勝手なもので、流行の身なりや髪型をしている  
由美が、どこか遠い存在に感じてしまうのだ。情報が発達した当節、ファ  
ッションの流行に都会も田舎も大差はないと思っていたが、どうやらそ  
れは間違いだと俺は思った。やはり、越えられない壁というものが、新幹  
線で一時間ちょっとの距離に存在するのだ。  
(心が離れている)  
由美が地元を卑下するたび、そう感じる。そして、やつを実家へ送り届け  
るまでに、俺はすっかりと無口になってしまった。だが、由美は飽きること  
無く、何かにつけ東京と地元を比べては、弁舌滑らかにまくしたてたので  
ある。  
 
「送ってくれて、ありがとう」  
やつは実家につくなり、俺に一瞥もくれず車を降りた。何かこう、過去の  
男に用は無いわ、とでも言いたげに──  
「あのさ、由美・・・今夜・・・」  
聞いてくれ、と懇願するようにやつの背へ問い掛ける俺。情けなくはあった  
が、未練もある。何より、故郷へ戻ってきたのだから、少しくらいは思い出  
話に花を咲かせてもいいじゃないかと思ったのだ。しかし・・・  
 
「ごめん、友達と会うの」  
由美は振り向きもせず、実家の門をくぐっていった。その後姿を、俺  
はただ呆然と見送る。そして、思いを断ち切るべく、車のアクセルを  
踏んだ。  
(やっぱり、終わってるんだな、俺たちは・・・)  
そう思うと、昨夜メールを貰ってからの自分の舞い上がりようが、恐ろ  
しく道化めいていて、可笑しくなってきた。何のことは無い、俺はただの  
過去の男じゃないか──そう言っては、自嘲する。だが、  
(だったら、どうしてメールなんて寄越したんだろう)  
という思いもある。みっともない話ではあるが、自嘲と未練を幾度も繰り  
返しつつ俺は帰宅し、家族の前ではいつも通りに振舞い、由美と会った  
事は隠しておいた。何も無かったんだ──自分にもそう言い聞かせて。  
 
「瑞貴、由美ちゃんが来てるわよ」  
翌朝、俺は母親からの呼びかけで目を覚ました。昨夜もあまり眠って  
いない。勿論、由美の事を思っていたからだ。  
「由美が?」  
半信半疑ではあったが、俺は転がるように玄関へ駈けていき、やつの  
存在を確かめる。すると・・・  
「おはよう、瑞貴。携帯繋がらないから、直接来たわ」  
白いノースリープに洗い流しのジーンズという姿で、由美は居た。それも、  
俺の知るまぶしい笑顔をたずさえながら。  
「ちょっと話がしたくてね。お出かけしようよ」  
昨日のつっけんどんな態度とは正反対に、今日の由美は穏やかな表情  
だった。地味ではあったが、くだけた雰囲気を見せている、俺が好きだった  
昔の由美の姿である。  
 
やつに乞われるまま俺は車を出し、家を出た。まだ、朝の九時。陽が  
高い。  
「どこに行く?」  
昨日のことがあるので、遠慮めいた口の利き方をする俺。多少、ぎこ  
ちなかったが、やむを得まい。すると、助手席に居る由美は、  
「ちょっと・・・あまり知った人がいない所がいいな」  
と、外界からなりを潜めるように、シートへ深く身を埋める。そして──  
「ラブホテルでいいわ。この時間だったら、値段も安いし」  
そう言って、車内に差し込む光を避けるように、手で額の辺りを覆った。  
「ゆ、由美・・・」  
「そんな顔をしないで・・・お互い、子供じゃないんだから」  
かつて恋人同士だった俺たちが、ホテルへ行く──それ自体には、何  
の不思議も無い・・・とは思えなかった。確かに、俺たちは体を重ねあった  
仲ではあるが、今のやつの物言いには何か含みが込められている。だが、  
「久しぶりだよね、するの・・・」  
と、由美は別段悪びれず、ふっと笑って俺を見詰めたのであった・・・・・  
 
「先にシャワー浴びてくる」  
ホテルに着くなり、由美は浴室へ入っていった。手馴れているというか、  
男慣れしているというか、やつはもう、俺の知る由美では無くなっている。  
(男か・・・やはりな)  
嫌な予感──おととい俺を悩ませた疑問が、ここで結論と化した。以前  
のやつであれば、体を重ねる際には必ずキスから入っている。それも、  
ふざけあい、じゃれあいながらの、長く甘いキス。それを省き──と言う  
よりは、キスを拒むようにして真っ先に身を清めに行く事など、俺の知る  
由美からは考えられない。いや、考えたくなかった。  
 
「お待たせ」  
俺が逡巡している間に、由美は浴室から出てきた。裸身にバスタオル  
だけを巻いた姿で。  
「じゃあ、俺もシャワーを・・」  
「あなたは別にいいわよ。男はどうせ、ここしか使わないんだし」  
浴室に向かいかけた俺の股間を指差し、笑う由美。言葉のとげとげしさ  
もそうだが、何よりやつは俺の事を、あなた──と呼んだ。これは、今ま  
でに経験が無かった事である。俺たちはいつだって、お互いをファースト  
ネームで呼び合っていたからだ。  
「早く脱いだら?時間がもったいないわ」  
愚図な男に呆れるかのような由美の微笑み。だが、俺はやつに何の反論  
も出来ないまま、いそいそと着ている物を脱いだ。まだ、この時点ではやつ  
にかつてのよすがを求め、縋るような思いがあったからだ。もっとも、この  
直後、俺はやつを拒まなかった事を、死ぬほど後悔する羽目になる。  
 
「ゴム着けてね」  
ばたんとベッドに仰向けになった由美が言った。バスタオルから伸びた足  
をだらしなく広げ、あらわとなった恥毛を隠す事すらなく。  
「来てよ、瑞貴」  
コンドームを着けるや否や、由美は両手を広げ俺を招いた。やつは前戯な  
ど要らないと言って、すぐさま挿入を促す。  
「うふっ・・・ああ、久しぶりよ、この感触・・・」  
濡れていない由美の膣は、何か俺を抗うような動きを見せた。口では愉し  
むような事を言ってはいるが、その実、俺を拒んでいるような気がする。  
 
「ううッ・・・ふんッ・・」  
俺が中に入ると、由美は眉間に皺を寄せて悶したような表情を見せた。  
無理も無い。前戯もないまま一つになっているのだ。実際、コンドーム  
に塗り込められたローションの助けが無ければ、挿入だって困難だった  
はず。正直なところ、俺も彼女の中を傷つけないように、相当気をもんで  
いるので、はっきり言って全然気持ち良くないのだ。  
「由美・・・」  
苦悶するようなかつての恋人の髪を梳き、俺は呟いた。おそらくやつも  
まったく愉しめて無いはず。しかし、由美は俺を嘲笑うかの如く、  
「もっと、腰を使ってよ・・・ん・・もう・・」  
そう言って、激しい交わりを求めるのであった。  
 
「あッ・・・あッ・・・あッ・・・」  
つがってからしばらく経つと、由美は馴染んできた俺の男を膣口で食い  
締めるようになる。やつの中も、本能的な粘液の分泌が始まってか、滑り  
が良くなっており、俺が腰を使っても大丈夫そうだった。  
「由美」  
真正直なセックスだったと思う。仰向けになったままの由美の足を割り、  
俺はただ機械的な出し入れに終始しているだけ。時折、名前を呼んでや  
ると、やつは眉目をきゅっと吊り上らせ、俺を憎むような視線を呉れた。  
そうして、交わりを持ってから十分ほども経った頃、胸へ愛撫をし始めた  
俺の耳元へ、由美は挑発的な声でこう囁いた。  
「瑞貴・・・あたしに男がいること・・気がついてるでしょ?」  
 
「ああ」  
やつの乳房に優しく触れながら、俺は答える。もう、俺は由美を親しみの  
こもった呼び方が出来そうにない。やつ──ふざけ混じりでそう呼んでは  
いたが、これからはもう、それがかなわないと思える。  
「やっぱりね。じゃあ、どうして怒らないの?あたしたち、離れはしたけれど、  
別れた訳じゃないのに」  
由美はそう言って、俺の背中に爪を立てた。彼女を寝取られた男を責めて  
いるつもりらしい。  
「それは・・・個々の取り方次第だよ。俺は、お前を見送ったあの日に、終わ  
ったと思ってる。もちろん、未練はあったけど・・・」  
「卑怯よ・・・瑞貴・・・ううん、男なんて、大嫌い!」  
俺の答えが不服だったらしく、彼女は背へ立てた爪に力を目いっぱい込め  
て、引っかいた。肌を裂く痛みがあるが、俺はお構いなしに彼女を抱く。  
「あ───ッ・・・」  
俺が前のめりになると、由美は仰け反った。今、俺の男は彼女の一番奥  
深くまで達している。他人行儀ではあるが、これからはもう、由美をやつと  
は呼ばず、彼女と呼ぶ。敬いと軽蔑をもって──  
「あ・・・あたし・・・ううッ・・地元を離れるべきじゃ・・なかった。瑞貴のそばを  
離れるべきじゃ・・・あ・・なかった」  
男を迎え入れながら、随喜とは違う涙をこぼす由美。秘めた気持ちが張り  
裂けそうなのだろう。  
「うッ・・・あたし、馬鹿だったわ・・・あんなくだらない男に騙されて・・ううッ・・」  
俺の顔から視線を背け、由美は泣く。もうこうなったら、思いのたけを放った  
方がいいと思った俺は、彼女を優しく抱きながらこう言った。  
「話せよ。聞いてやるから」  
 
「東京に出てすぐ・・・あたし、同じ学校の人と遊びに行ったの・・・  
瑞貴のこと、忘れたわけじゃなかったけど・・寂しかったから・・・  
何度か会った後、お酒を一緒に飲んで・・・気がついたら、あたし・・  
その人の部屋で・・・抱かれてた」  
ぐすんと鼻をすすりながら、由美は語りだす。俺はそれをただ、黙  
って聞いてやるだけだ。  
「それから、付き合う事になったんだけど・・・そいつ・・・浮気ぐせが  
あって・・・あたし以外にも、何人もの彼女作ってて・・・もう、嫌にな  
っちゃったの。それで、別れて・・・勝手な事言うようだけど、一人に  
なった途端、瑞貴の事・・思い出して・・・」  
「それで、帰郷と相成った訳だな」  
「ごめんなさい・・・身勝手だとは思ったんだけれど」  
もう、セックスはどうでもよくなってはいたが、俺たちは離れようとは  
しなかった。どころか、由美は俺の男をぐいぐいと引きつけては、淫  
らがましい動きに終始している。まるで、離れていた時間を埋めんと  
するかのように──  
「瑞貴なら・・・優しく受け止めてくれるって思ったの・・でも、あたし・・  
素直になれなかった・・・ホテルへ誘ったのだって、浮気された自分  
をめちゃめちゃにして貰おうと思って・・・あ、あたし・・他の男の臭い  
が染み付いちゃってるから・・瑞貴・・に・・あたし・・を・・怒って貰おう  
と・・・」  
由美の独白はそれ以上言葉にならず、ただ涙に霞むばかりだった。  
そして、大粒の涙を指ですくいつつ、俺は言う。  
「もう、いいさ」  
別に格好つけているわけでは無く、心の底から出た言葉であった。  
 
 
それから一月もしない内に、俺は気ぜわしい日々を送るようになる。  
その理由はと言うと・・・  
「瑞貴!」  
そう言って俺を呼ぶ『やつ』が、身の回りをうろつくようになったからだ。  
無論、それは言うまでも無く、由美。  
「編入できたか?予備校」  
「うん。案外すんなりと。うふふ、もう一回受験するなんて思いもしな  
かったけど、まあ、予備校生生活も瑞貴と一緒なら、悪くはないかな  
ってね」  
由美は予備校の前で待つ俺へ、ピースサインなんぞを呉れている。  
気楽なもんだ──と、俺は呆れ顔。結局、由美は東京での生活をや  
め、地元の大学を目指すべく帰ってきた。当然、この地へ骨を埋める  
つもりで。言うまでも無く、俺と一緒に・・・である。  
「乗れよ」  
「うん」  
俺の車にやつが乗った。お気づきかもしれないが、今、俺たちの関係は  
昔の恋人同士に戻っている。と言うよりは、困難を乗り越え濃密さを増し  
た、まことにしなやかな間柄という感じ。だから、俺は由美をやつ、と呼ぶ。  
「瑞貴、この後の予定は?」  
「特にない」  
「じゃッ・・・じゃあ・・・二人きりに・・なれる、とッ・・・所にでも・・行く?」  
由美は俺の予定を尋ねた後、遠まわしに愛し合おうかと提案した。いつ  
ぞやの、やけっぱちになった時とは大違いである。  
 
「そうだな」  
俺はそっとやつの手を取り、車の運転に注意を払いつつ、気持ち  
だけは恋人へと向けた。もう離さない──そんなつもりで。  
「ふふッ・・・瑞貴ったら」  
お互いの手のぬくもりが伝わって、なんだか車内がとっても甘々  
な雰囲気になったが、それもやむなき事。何せ今、二人は非常に  
ラブリーな関係にあるのだから、その辺はご容赦願いたい。  
「ああ、いい景色・・・やっぱり地元はいいわね。落ち着くわ」  
由美が車窓に流れていく景色を見詰め、そう呟いた。つい、この前  
言ってた事とは正反対の、まことにしなやかなお言葉である。  
「ねえ、瑞貴・・・あんな感じの家を建てたいわね。どう思う?」  
二人っきりになれる所へ行く途中で、センスの良い家を見るたび、  
由美はそんな事を言う。どうやら、やつの頭の中にはすでに二人の  
結婚生活までもが、描かれているらしい。  
「ああ、いいな」  
実は俺も、案外その気になっていた。あんな家で、由美と暮らせたら  
非常に楽しいのではないかと思う。とりあえず、こんなラブっぽい時期  
が落ち着いたとき、きっと俺たちは結婚するんだろう。古い馴染みなの  
で、互いの両親も反対はしないだろうから、障害は何一つ無い。  
「いっぱいキス・・・しようね」  
二人っきりになれる所を目の前にした時、やつは控え目にそう言った。  
余談だが、今の俺たちはセックスの時間よりも、キスをしている時間の  
方が長い。それも、いちゃいちゃとやってはふざけあうという生臭さ。  
そんな恥ずべき事を追記し、おしまい。  
 

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