差し出された右手を、一ノ葉が掴む。  
 色白で細い手を、初馬はしっかりと握り返した。  
 
「まずは、立つことから始めるぞ」  
「あ、待て」  
 
 制止も聞かずに、一ノ葉の腕を引き上げる。腰が持ち上がったところで、素早く両手を  
腋の下に差し入れた。そのまま、腰を入れて身体を持ち上げる。  
 一ノ葉が両足で直立していた。  
 
「は、放すなよ……」  
 
 震える足に力を入れながら初馬の肩を掴み、引きつった声音で言ってくる。怯えたよう  
に下げられた尻尾。焦げ茶の瞳と狐耳を不安げに動かしていた。  
 両手に掛かる身体の重さに、初馬は口端を持ち上げる。  
 
「どうだ? 初めて二本足で立った感想は」  
「……分からぬ。視線が高くなって気持ち悪い。二本足で立つというのは、思いの外大変  
なのだな。今まで二本足で立つなんて考えたこともなかったし、足が震えて倒れそうだ。  
絶対に放すなよ……!」  
 
 泣きそうな顔で睨んでくる一ノ葉。不安を吐き出すようにまくし立てていた。初めてで  
まともに立てるわけもない。初馬が手を放せば、倒れるだろう。  
 二度ほど首を縦に動かし、初馬は呟いた。  
 
「でも、そう言われると放したくなるのが、俺の性格」  
「って!」  
 
 一ノ葉が眼を丸くする。  
 初馬は一ノ葉から手を放し、肩を掴んでいた手を振り解いていた。  
 
「待て待て、待て……うあ、ああ……!」  
 
 両手と尻尾を振り回しながら慌てる一ノ葉。支えを失い身体が傾く。反射的に傾いた先  
へと足を踏み出すが、逆に踏み出しすぎて逆方向へと傾いた。  
 
「おお、お……?」  
 
 口から漏れる気の抜けた声。重心を立て直そうとするものの、平衡感覚もままならない。  
一歩飛び跳ねてから、膝が折れる。ぴんと伸びる尻尾。  
 
「ほい」  
 
 両手を差し出し、初馬は倒れそうな身体を掴んだ。  
 慌ててしがみついてくる一ノ葉。両腕で初馬に抱きついたまま、額に怒りのマークを浮  
かべている。普通は怒るだろう。  
 
「……貴様は何を考えているんだ? ワシをからかって面白いとでもいうのか!」  
「うん」  
 
 初馬は即答した。  
 左手で一ノ葉を抱きかかえたまま、右手で頭を撫でる。  
 
「お前は反応が面白いから、からかい甲斐があるんだよ。可愛い女の子にイタズラしたい  
というのは、男の本能であるからして、どうにも自制できなくて」  
「貴様はぁ……」  
 
 口を震わせながら睨んでくる一ノ葉。  
 この反応が面白く、ついつい意地悪してしまうのだ。狐色の髪を指で梳きながら、初馬  
はほんわかとした気持ちで頷いた。  
 
「子供か、子供なのか……ひッ!」  
 
 言いかけた一ノ葉の口が止まる。  
 初馬の右手が狐耳を摘んでいた。髪の毛とは違う柔らかな獣毛に覆われた、大きめの三  
角耳。外側が狐色で内側が白、先端が黒い。  
 
「っ……ぁ……は……」  
 
 耳を弄る指の動きに合わせて、ぱくぱくと一ノ葉の口が動く。震える舌先、喉から漏れ  
るか細い呼吸、引きつったように曲がる尻尾。  
 二十秒ほど狐耳を楽しんでから、手を放した。にへらと笑いつつ、  
 
「あー、もう。癖になるなぁ、この手触りは」  
「ッ、癖になるな!」  
 
 左手で初馬に掴まったまま、右手で頬を引っ張る一ノ葉。上がった呼吸と、紅潮した頬。  
膝が笑っていて、腕にも力が入っていない。  
 初馬は一ノ葉の頭を撫でつつ、  
 
「相変わらず敏感なヤツだな。要望があれば、いつでも可愛がってやるのに」  
「セクハラも止めろ!」  
 
 犬歯を見せて威嚇しながら、一ノ葉が頬を摘む指に力を入れている。平静を装っている  
ものの、爪を立てているためさすがに痛い。  
 初馬は腕を振りほどいて、一歩後ろに下がった。一ノ葉の両二の腕を掴む。細いながら  
も引き締まった筋肉が詰まっている。  
 
「さーて、緊張も解けたところだし、歩く練習始めるか」  
「絶対本気だっただろ!」  
 
 初馬の両腕を掴みながら、一ノ葉が怒りの声を上げた。  
 実のところ、このまま押し倒してしまってもいいかな? とは思ったが、さすがに当初  
の目的から外れてしまうので自重することにする。  
 
「じゃ、まずは足踏みから。俺の真似をすればいい」  
 
 マイペースに言いながら、初馬は右足を上げて、下ろした。続けて左足を上げて、下ろ  
す。その動作を繰り返し、その場で足踏みを始めた。  
 釣られるように、一ノ葉も足踏みを始める。  
 
「うぅ、難しい……」  
 
 喉から漏れる呻き。爪先と踵を少しだけ持ち上げる、頼りない動かし方。片足を上げる  
たびにバランスが崩れ、初馬の腕に重さが掛かった。  
 ワンピースの裾と狐色の髪が不安定に揺れ、尻尾が上下に動いている。  
 立つのでさえ無理なのに、足踏みはきついだろう。  
 それでも初馬は元気よく声を上げた。  
 
「もう少し足を高くー。1、2、1、2」  
「イち、にィ、いチ、にぃ」  
 
 かけ声に釣られて数字を数える一ノ葉。怯えたような擦れ声ながらも、足が徐々に上がっ  
ていく。最初は五センチくらいだった高さが、十センチを越えていた。  
 
「その調子その調子」  
 
 初馬は励ましの声を掛ける。  
 元々一ノ葉の身体能力は非常に高く、適応も早い。  
 そのまま一分、二分と続けるたびに、不安定だった足踏みも形になってきた。最初の頃  
は足を上げるたびに左右に揺れていた身体も、しだいに安定してくる。  
 五分ほども続けると、足踏みも普通の形になっていた。  
 初馬は右手を持ち上げ、人差し指を立てる。  
 
「じゃ、このまま歩いてみるぞ」  
「待て、待て……! もう少し練習させろ」  
 
 必死に上腕を掴みながら、一ノ葉が反駁してきた。ぴんと立つ狐耳と尻尾。まだ足踏み  
を出来るようになっただけだ。歩くのは早いだろう。  
 
「お前なら大丈夫だ」  
 
 しかし、初馬は気にせず後ろに下がる。  
 まだ足踏みで精一杯の状況で、腕を引き戻すという動作ができない。一ノ葉の身体は引っ  
張られるままに、前へと傾いた。  
 
「と、っとぉ!」  
 
 咄嗟に右足を突き出し倒れるのを防ぐ。  
 
「やれば出来るじゃないか」  
「待てと言ってるだろうに! っお、ととと」  
 
 初馬は構わず後ろに歩いていた。  
 両腕を引っ張られて、半ば倒れるように前に進んでいく一ノ葉。視線が激しく動き回り、  
狐耳があちこちに向いていた。必死に周囲の状況を確認しようとしている。  
 不安げに動く尻尾。狐色の髪とワンピースの裾が揺れていた。  
 
「ええい、止まれ!」  
 
 初馬を睨み、声を上げる。  
 しかし、初馬は涼しげに言い放った。  
 
「大丈夫だろ? 一応歩けてるし」  
 
 千鳥足めいた動きながらも、一ノ葉は歩いている。引っ張られていると言っても過言で  
はないものの、前へと進んでいるのは事実だった。  
 
「というわけで、とりあえず自力で歩いてみてくれ」  
 
 言うなり、初馬は手を放して数歩後退った。  
 支えを失い、眼を見開く一ノ葉。ぴんと立った尻尾と狐耳。  
 
「ま、待て待て、待って……。お、あああっ」  
 
 ばたばたと腕を振り回して、平衡が崩れる。身体が前へと傾いていき、慌ててそちらへ  
と足を踏み出した。この動きはさきほどと同じ。  
 
「……うぐぐ」  
 
 しかし、今度はバランスを崩すことなく踏みとどまった。左手を頭上に振り上げ、右手  
を斜め後ろに向けて、尻尾を左後ろへと伸ばした姿勢。かなり滑稽な姿。  
 
「ぷ」  
「そこ、笑うな!」  
 
 思わず吹き出した初馬に、怒声が飛んでくる。  
 
「すまんすまん」  
 謝るものの、一ノ葉の注意は既に自分に戻っていた。  
 
「よし、落ち着けワシ。このまま気を付けの姿勢に――」  
 
 両腕をゆっくり脇へと下ろしながら、尻尾も下ろしていく。奇妙な体操をしているようにも見え  
るが、本人は至って大真面目なのだろう。  
 両足が並び、両手が下ろされる。尻尾も定位置へと戻った。  
 落ち着いたようなため息が吐き出される。  
 パチパチ、と。  
 初馬は思わず拍手をしていた。  
 
「おー、上出来。じゃ、歩いてみようか」  
「言われるまでもない!」  
 
 気丈に言い捨ててから、一ノ葉は左足を前に踏み出した。左足を持ち上げながら重心を  
前方へと移動させつつ、五十センチほど前に足を下ろし倒れるのを防ぐ。人間が無意識下  
で行っている極めて複雑な動作。  
 続いて右足を軽く後ろに蹴り込みながら、再び重心を前に移動させる。  
 
「あ……」  
 
 一ノ葉の顔に浮かぶ当惑。蹴り込みが強すぎたらしい。対処できない速度で重心が前へ  
と移動していく。人間なら咄嗟に歩幅で修正するのだが、そうはいかない。  
 何とか右足を踏み出してみるものの、蹴り込みの勢いを殺すには至らない。すがるよう  
な眼差しを向けてくる一ノ葉。泣き笑いのような顔。  
 
「ふべ……!」  
 
 そして、顔面から芝生に突っ込んだ。  
 両手を伸ばし、受け身も取れずうつ伏せに倒れる。  
 ぴんと伸ばされた尻尾。ふわりと跳ねたワンピースの裾が、尻尾をすり抜け背中まで捲れ  
ていた。太股からショーツ、尻尾の付け根、後ろ腰まで丸見えになっている。  
 三秒ほどしてくたりと萎れる尻尾。  
 初馬は両腕を組み、沈痛な面持ちでかぶりを振った。  
 
「痛そうだ」  
「痛いに決まってるだろうが!」  
 
 顔を跳ね上げ、一ノ葉が叫んでくる。  
 
 初馬は腕組みを解いてから、右手で顎を撫でた。  
 
「いきなり歩けと言うのも、無茶な気がする」  
「当たり前だろ」  
 
 率直な感想に、一ノ葉が率直な意見を返す。  
 尻尾を持ち上げてから、両腕を地面についた。足を引きながら上体を持ち上げ、その場  
に腰を下ろす。最初の恰好。以前なら起き上がることもできなかった。これは十分に成長  
と言えるだろう。  
 
「まったく。もう少し考えてから行動しろ」  
 
 座ったまま、睨み上げてくる一ノ葉。  
 
「そもそもワシが人間の姿でいることに、何か必要性でもあるというのか? 誰かに見せ  
るわけでもあるまい。ワシは最初から狐なんだぞ?」  
「うん。ないな……」  
 
 初馬は考えることもなく頷いた。人間の姿になった一ノ葉を式神として使うことは考え  
ていない。当然だが、本来の狐の姿が最も力を発揮できるのだ。  
 一ノ葉が目付きを険しくする。  
 
「ただの思い付きか?」  
「うむ……。お前を買い物にでも連れて行ってやろうかと考えてたんだが。キツネの姿の  
まま人前に連れ出すわけにもいかないし、ずっと家に籠もってるのも退屈だろ」  
 
 視線を逸らして初馬は答えた。  
 実家の式神は仕事の無い時、人間に化けて遊びに出掛けたりしている。しかし、一ノ葉  
は自分で化けられないし、人間の身体の動かし方も知らないので、自由に外には出歩けな  
い。ずっと家に閉じこもっているのも身体に悪い。  
 
「何を企んでおる?」  
 
 狐色の眉毛を傾け、一ノ葉が胡乱げな眼差しを向けてくる。ぴんと立てられた狐耳と、  
リズムを取るように左右に揺れる尻尾。一種の威嚇だった。  
 初馬は頭を掻きながら、苦笑する。  
 
「信用ないなぁ、俺……」  
「信用も何も――貴様がどうやってワシを式神したのか、まさか覚えていないわけではあ  
るまい? 一週間も経っていないのだからな」  
 
 一ノ葉が不敵に笑った。挑発するような獰猛な表情。  
 あの時、本気で戦っていたらもう少し素直になっていただろう。しかし、冗談のような  
罠にはまってあっさりと屈服してしまった。戦いはコミュニケーションであるという、誰  
かの言葉を思い出す。  
 
「分かったら、さっさと変化を解け」  
 
 一ノ葉の言葉に、初馬はぽりぽりと頬を掻いた。  
 ふと脳裏に閃いた思いつきにぽんと手を打つ。  
 
「そうだ、アレやってみよう」  
「……アレって何だ?」  
 
 囁くような問い。  
 初馬は数歩下がって、両手を向かい合わせた。両手で印を結んでいく。教えられてはい  
たものの、今まで一度も使う機会のなかった術。  
 
「だから、貴様は何をやろうとしている!」  
 
 声を荒げる一ノ葉。両手を地面に突いて起き上がろうとするものの、座った常態から立  
ち上がる方法が分からない。膝を動かしたり腰を持ち上げたり。  
 
「大丈夫だ。痛くはないから」  
「ええい、思いつきで変なコトするのは止めろ!」  
 
 一ノ葉が声を上げた時には、術が完成していた。  
 右手の中指と人差し指を伸ばした刀印を一ノ葉に向け、  
 
「式操りの術!」  
「ッ……」  
 
 肩が跳ねる。  
 驚いたように自分の身体を見下ろす一ノ葉。  
 
「式操りの術……?」  
 
 狼狽えた声。  
 自分の使役する式神との感覚共有を行い、自分の身体を動かすような感覚で式神を自在  
に操る術。共有の度合いによって、使い道が色々変わる。知っていても意外と使わない術  
でもあるのだが。  
 
「何をするつもりだ?」  
 
 探るように眼を細める一ノ葉に対し。  
 初馬は人差し指を立てた。  
 
「いちいち俺が教えるより、実際に歩いてみる方が手っ取り早いからな。習うよりも慣れ  
ろとも言うし。それに単純に俺もこの術に興味がある」  
 
 告げてから右手で印を結ぶ。意識を集中させると、一ノ葉の感覚が流れ込んできた。そ  
れほど強い共有ではないが、身体を動かすことはできるだろう。  
 一ノ葉がその場に両手を突いた。  
 
「ん?」  
 
 眉根を寄せる。自分の意思による動きではない。初馬が式操りの術を通して、一ノ葉の  
身体を操っていた。手を突いた感触が伝わってくる。予想はしていたが、他人の感覚は現  
実味のないものだった。  
 
「下手に逆らうと転ぶから、大人しくしてろよ」  
 
 初馬は一ノ葉を見つめた。  
 両手を突いて膝を折り、地面に足裏を付け、そのまま膝と腰を伸ばして立ち上がる。言  
われた通り抵抗はしない。転ぶのは嫌だろう。  
 
「なるほどな」  
 
 一ノ葉が頷く。不満そうに。  
 勝手に歩き出す足。右足と左足を交互に動かし、両手腕を振り、前へと進む。左右に揺  
れる尻尾。それは今までとは違う慣れた動きだった。  
 足運びの感覚と、尻尾の左右に揺れる感覚、腕を振る感覚が伝わってくる。  
 六歩進んで、初馬の前までたどり着き、一ノ葉は足を止めた。両手を下ろした緩い気を  
付けの姿勢。自分の意思ではないが。  
 
「どうだ、自分で歩く感覚ってのは? 少しは理解できたか?」  
「まあな」  
 
 一ノ葉は答えた。  
 
「実際に動いてみると分かる。重心の運びは、ワシが思っていた以上に難しい。普段気楽  
に歩いている人間も、かなり複雑な動作をしているのだな」  
 
 感心したように足を見つめてくる。  
 人間の足運びや重心移動は、それだけで論文が書けるほどの複雑さだ。人型ロボットが  
歩けるようになるまで数十年の月日を要したのは、有名な話である。現在でも軽く走った  
り、階段を昇ったりすることしか出来ていない。  
 初馬は印を解かずに左手を差し出した。  
 
「このままアパートまで帰るぞ」  
「いい加減、変化を解け。あと勝手に人の身体動かすな……」  
 
 半眼で呻く一ノ葉。他人に身体を動かされるのは気にくわないだろう。一ノ葉は他人に  
干渉されるのを嫌う。ましてや身体を支配されるのは、もっと嫌だろう。  
 しかし、初馬は気にせず言った。  
 
「アパートまでは歩いて十分くらい。お前は物覚えが早いから、歩くって感覚も理解でき  
るだろうし、俺も女の子と手を繋いで帰りたいと思ってたし」  
 
 一ノ葉の右手が上がり、初馬の左手に重なる。  
 その手を握り締め、初馬は右手の印を解いた。直接触れて居れば印を結んでいなくとも  
動かすことができる。芝生に張った結界を解いてから、並んで歩き出した。  
 
「晩飯は何にするかなぁ」  
 
 そんなことを良いながら公園を横切り、道路へと出る。  
 日没前の薄暗い道。人のいなくなる時間には早いが、幸い人はいない。一ノ葉にかけた  
隠れ蓑の術はまだ有効なので、見つかる心配はない。  
 住宅街の道を歩きながら、初馬はほんわかと笑った。  
 
「あぁ、幸せ――」  
 
 左手でしっかりと一ノ葉の手を握り締める。暖かな人のぬくもりと、細く柔らかい女の  
子の感触。足の動きに合わせて前後に動いていた。  
 呆れたような一ノ葉の呟き。  
 
「女と一緒に歩くだけで幸せになれるとは、単純な男だな」  
「可愛い女の子と手を繋ぎながら気ままに帰る――若い男として、これ以上の幸せがある  
とでもいうのか? 今感動で泣きそうだぞ、俺」  
 
 初馬は真顔で言い切った。可愛い女の子と手を繋いで帰るという漫画のような一コマ。  
このような体験を出来る人間は、それこそ一握りだろう。  
 
「貴様は……」  
 
 目蓋と尻尾を下ろし、明らかに引いている一ノ葉。  
 初馬はこほんと咳払いをして、  
 
「それより、尻尾って変な感覚なんだな」  
 
 術式を介して一ノ葉から流れ込んでくる感覚。足を進めるたびに左右に揺れる尻尾と、  
狐色の毛に覆われた芯、根本に感じる尻尾の動き。  
 どれも現実味のないものだが、奇妙なものである。  
 一ノ葉が小さく鼻を鳴らした。狐耳が跳ねる。  
 
「ワシにとっては人間の感覚全般が変なものだがな。まったく……。早く変化を解いて元  
の姿に戻せ。狐の姿が一番落ち着くのに」  
「それに胸も意外と邪魔なんだな」  
 
 初馬の呟きとともに、一ノ葉の左手が自分の胸を撫でる。そこはかとなくイヤらしい動  
き。一ノ葉がそうしているのではなく、初馬が動かしているのだが。  
 現実感がないものの、手の感覚も伝わってくる。  
 手の平に感じる生地の手触りと、柔らかく張りのある膨らみ。歩くたびに微かに揺れて  
いた。胸に重りを付けているという表現は、あながち間違いではないだろう。  
 
「……喉笛噛み千切っていいか?」  
 
 犬歯を剥いて睨んでくる一ノ葉。  
 左手が降りる。さすがにやり過ぎたらしい。  
 
「ははは」  
 
 初馬は明後日の方に向かって笑ってから、話題を変えた。  
 
「しかし、式操りの術も成功してよかった。失敗することも覚悟してたんだけど、予想よ  
りも上手くいったし、これなら色々と面白いことも出来そうだし」  
 
「何を企んでおる?」  
 
 一ノ葉が眉を寄せる。他人の身体を自由に操ること。その気になれば、色々なことがで  
きる。一ノ葉にとってそれはぞっとしない。  
 初馬は答えず、別のことを言った。  
 
「晩飯何にするかな?」  
「だから、何を企んでおる!」  
 
 一ノ葉が声を荒げた。  
 
「秘密、秘密。あとそろそろいいかな?」  
 
 初馬は頷いてから、左手を放した。  
 
「とりあえず、解除」  
「ッ!」  
 
 操作を解除され、足をもつれさせる一ノ葉。狐耳がぴんと立ち、尻尾が伸びる。多少で  
あれ歩く感覚を理解したためか、いきなり倒れることはなかった。  
 しかし、そのまま歩くことも出来ず、慌てて初馬の左腕にしがみつく。  
 
「いきなり何をする! 転ぶところだったぞ」  
「この方がいい」  
 
 左腕に掛かる一ノ葉の重さを味わいながら、初馬は答えた。手を握って歩くよりも、腕  
を組んで歩く方が嬉しい。これは個人の好みだろうが。  
 諦めの表情で歩きながら、一ノ葉が呻く。  
 
「貴様は……つくづくアホだな」  
 
 
 

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