『メイド・小雪 11』  
 
3月の末、ぼくの家ではメイド長が退職し、千里が後任についた。  
そして、その後まもなく、執事の葛城の息子が、正式に執事見習いとしてやってきた。  
ぼくが小雪にネックレスを買った日に、庭で小雪と立ち話をしていた男だ。  
ひょろっとしたイメージだった康介は、きちんとした服装をするとすらっとしてカッコよく、メイドたちは少しはしゃいでいる。  
もちろん、兄ほど整った顔はしていないし、身長もぼくよりはいくらか低いし、ちょっと偉そうな態度にも見えるけど。  
ただ、思ったより有能なようで、すでに父は気に入っているし、葛城の仕事のいくつかは任されているようだった。  
 
もうすぐ新年度が始まるという日の夜、部屋にいるときにぼくが何気なく康介の話を向けると、小雪は使用人たちの間で広まっている話を聞かせてくれた。  
「ふうん。じゃあ、メイドたちの間でも康介は人気があるんだね」  
ちょっと意地悪く言うと、小雪は冷蔵庫から出したグレープフルーツジュースをコップに注ぎながら首をかしげた。  
「人気でございますか?それは…あの、そういえば、食料庫の棚の裏に、パスタの袋がずっと落ちたままになっておりましたのですけれども、それをあの、康介さんは腕が長いからと誰かが呼んでまいりまして、もう何ヶ月ぶりかに拾うことができましたのですけれど」  
そういうことでございますか、と真面目な顔で言う。  
「あの、で、でもでも、そのようなパスタはもちろんお食事にはお出ししないと思うのですけれど、あのっ」  
ぼくが黙っていたので、小雪は何を思ったのか慌ててそう付け足した。  
 
まったく、もう。  
 
ジュースのコップを持ってきた小雪の頭に、手を乗せた。  
カッパへの道のりは遠い、柔らかな髪の毛。  
「小雪は、康介といつもなにを話しているの」  
康介さんとはあまりお話をすることはございません、と言ってくれればよかった。  
小雪は正直に、またちょっと首をかしげた。  
「あの、実は」  
そう言って胸元を押さえる。  
「ここに、なにをつけてるのとおっしゃいまして…」  
小雪は、メイドの制服の下の見えないところに、ぼくがあげたネックレスをしている。  
それこそ、肌身離さず。  
ぼくが夜、小雪をめいっぱいかわいがるときだけ、チェーンが切れないようにはずすだけだ。  
メイドは仕事中はアクセサリーを許されないから、こっそりつけているのに、康介はなぜわかったのだろう。  
それだけ小雪を気にして見ているということか。  
「…それで、どうしたの」  
「あ、あのあの、なんでもございませんと」  
「そう」  
真面目で正直な小雪がごまかすなら、それくらいが精一杯だろう。  
「あの、い、いけなかったでございましょうか」  
小雪が嘘をつけるとは思えないし、ネックレスに気づくくらいなら小雪のしどろもどろの嘘だって簡単に見破るだろう。  
「いや、康介はそれからなにか言ったかい?」  
「い、いえ、なにもおっしゃいませんでしたのですけれども…」  
腹が立った。  
メイドが規則違反のアクセサリーをつけていたとして、それを注意するのは千里か先輩メイドの仕事だ。  
康介の出る幕じゃないだろう。  
「うん。もしこれから康介になにか言われるようなことがあったらぼくの名前を出しなさい。小雪が叱られることはないんだからね」  
「そ、そんな、あの」  
ぼくは、撫でていた小雪の頭を引き寄せて、自分の胸に押し付けた。  
「小雪は、ぼくが守る」  
ちょっとだけ、小雪が自分からぼくにくっついてきた。  
 
ところが、3年になると大学での授業もどんどん専門化して行き、早い者はもう就活を始めていたりで、ぼくの生活も忙しくなってきた。  
父親が数え切れないほどの会社を持っているグループの総裁なのだから、就活には縁がないと思われがちだが、「獅子は谷に子を落とす」とかの信念で、まず自力でどこかに就職しなさいと言われている。  
兄も今でこそグループ企業のひとつにいるが、大学卒業時は全く関係のない会社の入社試験を受けて採用され、2年近くそこに勤めたはずだ。  
うちと全くかかわりがない、つまり父の影響力のない会社を探したけど、大学の就職担当者も兄の例があるだけに、お坊ちゃんの腰掛け就職、と見てあまり相手にしてくれない。  
聡でさえ、ダメならうちの会社に入れるようにしてやると、冗談半分に言ってくる始末だ。  
改めて、うちの事業の手広さにおどろき、就活の大変さにため息が出た。  
ぼくは、どんな仕事がしたいんだろう。  
家にいても、自分の机に向かって考え込むことが多くなり、自然と小雪はぼくの邪魔をしないように無口になり、ぼくらの会話はいつのまにか減っていった。  
 
初夏、母がはりきって仕切ったぼくの21歳の誕生日パーティが終わったあとのいつもの交流会で、三条さんに嫁いだ初音が、男の子を生んだという話を聞いた。  
市武さんにそっくりで、三条さんのところではみんなが大喜びだという。  
独身者ばかりの交流会では、この一年市武さんに会うことがなかったけれど、初音はちゃんとかわいがってもらえているようだ。  
……よかった。  
 
交流会は、幼馴染の聡が欠席だったのもあり、ぼくとしてはあまり盛り上がることもなく淡々と終わった。  
時間と運転手の都合で、帰りの車は珍しく兄と一緒になる。  
今回の交流会は泊りではないから、小雪も菜摘もほぼ半日くらいしか休みをもらえなかっただろうな。  
そういえば、パーティのデザートに出たチーズケーキがおいしかった。  
小雪はチーズケーキが大好きだから、どの店のものか聞いておいたし、なんなら今から同じものを買って帰ってやろうか。  
きっと、目をまん丸にしておどろくだろうな。  
どうにかして兄と別れられないかと様子を伺うと、兄と目が合った。  
「直之」  
どうやらぼくがぼんやりしているのを見ていたらしい。  
「今日、酒井のお嬢さんがいらしてたのを見たか」  
兄が交流会に来ている令嬢の話をするなど、めずらしい。  
「酒井さんの?」  
ぼくが思い出せない顔をすると、兄が笑った。  
「白いワンピースを着ていた、髪の長い」  
…えーと。  
「近々、正式に婚約するからな」  
「えええ?!」  
驚いた。  
「だれが、いえ、兄さんがですか」  
「私でなければ、おまえか?」  
ぼくを驚かせて、満足したような顔だ。  
「…そ、そうですか」  
「酒井家は旧華族に連なるし、家柄は申し分ないからな。会社もまあ順調だし、跡取りも切れ者だ」  
酒井家のことはぼくもわかるけれど、肝心の酒井のお嬢さんって、どんな人だっただろう。  
兄好みの女性、と考えると菜摘の顔が浮かんだ。  
「おまえよりひとつ年上だから、来年大学を卒業する。結婚はその後だな」  
兄のことだ、菜摘と同じように、きっと奥さんになる酒井のお嬢さんにも、完璧な躾をするんだろう。  
……じゃあ、菜摘は?  
 
「ん?」  
兄が、ぼくを見た。  
「菜摘は、どうするんです?」  
「菜摘?」  
にっこり。  
この笑顔だ、酒井のお嬢さんがどんな人かはわからないけど、兄がその気になれば頷かない令嬢などいないだろうな。  
「いろいろ仕度があるだろうから忙しくなるだろうな。菜摘にもがんばってもらわないと」  
「そうじゃなくて、兄さんは、結婚しても…」  
菜摘と。  
「妻は自分の家からメイドの一人や二人はつれてくるかもしれないな。どっちにしても菜摘は私の担当だからね、妻には別のメイドがいるし、今までどおりだろう」  
ぼくは膝の上で手を握り締めた。  
 
「…菜摘は、それでいいんですか」  
兄が黙る。  
うつむいたぼくの横顔に、兄の視線が突き刺さった。  
「…直之。おまえもいずれ、どちらかのお嬢さんと結婚するだろうが」  
「……」  
「菜摘は、メイドだ。愛人ではないよ」  
 
愛人。  
 
その言い方にむしょうに腹が立った。  
菜摘はただのメイドだってことか。そうでなければ愛人だとでもいうのか。  
兄は、菜摘が食事を運んだり部屋の窓を拭いたりするのと同じように、自分の世話をしてると思っているんだろうか。  
きちんとアイロンのかかった真っ白いシャツを毎朝着せ掛けてくれるのは、菜摘じゃなくても平気なんだろうか。  
ぼくが黙り込むとなぜか、兄が隣でふっと笑った。  
――小雪は、メイドだよ。  
そういわれた気がして、むかむかが大きくなる。  
「北澤、駅の近くで下ろしてくれないか」  
運転手にそう言った。  
「すみません、用事を思い出しました」  
兄に断って車を降りる。  
ドアを閉めるときにも、兄が笑っているのが見えた。  
青いな、直之。  
そう言われているような気がしたけど、我慢できなかった。  
 
ぼくは人気のケーキ屋で女の子たちが行列を作っているその後ろに並び、チーズケーキを買った。  
今日の交流会を主催した家では、誰が並んだんだろう。  
誰も並ばなくても、電話一本で大量のチーズケーキを取り寄せてパーティーのテーブルにどっさり並べたんだろうか。  
西日を避けるようにしながら長く列を作っている女の子たちが、それでも一人5個しか買えないのに。  
金持ちなんか、大嫌いだ。  
その暮らしから抜け出すことなんかできもしないのに、ぼくは口の中で毒づいた。  
5個のチーズケーキと何種類かの焼き菓子を買って、保冷材を入れてもらった箱を抱えるように屋敷に戻る。  
小雪を部屋に呼んで、紅茶を入れてもらって一緒に食べようと思った。  
ところが、タクシーから降りたぼくを出迎えたのは、よりによって康介だった。  
「小雪は?」  
不機嫌に言うと、康介は姿勢を正して腰を折った。  
「申し訳ございません、お戻りの連絡が急でございましたので、今離れの方におります」  
「兄さんが先に戻っただろう」  
「はい、若さまのお出迎えはいたしましたが、坊ちゃまがいつお帰りかはわかりませんでしたので」  
康介のいやなところのひとつは、跡取りの兄は『若さま』と呼ぶのに、ぼくのことは『坊ちゃま』と子ども扱いで呼ぶところだ。  
「小雪は、離れだね」  
「あ、坊ちゃま」  
康介が呼び止める。  
「こちらに向かっていると思いますので」  
かちんとくる。  
ぼくが離れに行くのがいけないとでも言うつもりか。  
当主の息子に、屋敷の中で行ってはいけない場所があるのか。  
離れに向かってずかずかと庭を歩くと、康介がぼくを追いかけ、前に立ちはだかった。  
「どけなさい」  
「坊ちゃま」  
身長差は、さほどない。  
康介は正面からぼくを見据えた。  
「離れでは、使用人たちがお稽古をしております。主人が足を踏み入れるような場所ではございません」  
「小雪に用があるんだ」  
「小雪でしたら、今まいります。メイドたちが花を活けましたり踊りを習ったりしているところへ坊ちゃまが乗り込まれてどうなさいますか。主人たるもの、もっと立場をお考えくださいませ」  
 
腹が立った。  
使用人が、なに偉そうなことを。  
立場を考えるのは、そっちのほうだ。  
 
言い返してやろうと息を吸ったところで、小雪がぱたぱたと駆けてくるのが見えた。  
ぼくはぷいっと康介に背を向けた。  
「も、申し訳ございません!」  
小雪が追いつくのを待って、部屋に向かって歩いた。  
腹が立っていたから、早足になったかもしれない。  
小雪は小走りについてくる。  
「なにしてたんだよ。兄さんが帰ってきたんだから、すぐぼくも戻ってくるってわかってただろ」  
「は、はい、申し訳ございません」  
歩きながら、手に持っていたケーキの箱を小雪に渡す。  
「ちょっとしかないけど、みんなで食べなさい」  
「はい…?」  
「チーズケーキだよ。交流会で出たのがおいしかったから、小雪に食べさせてやろうと思って買いに行った。行列ができていて、一人5個までしか売ってくれなかったんだ」  
「え、え、え、な、直之さまが行列に並ばれましたのでございますか?チーズケーキを買いますのに?」  
ぼくがぷりぷりしているのがそのせいだと思ったのか、小雪はケーキの箱を抱えて身をすくめた。  
「申し訳ございません…、あの、おっしゃっていただければ、小雪が参りましたのに……」  
「小雪が行ったんじゃ意味ないんだよ、びっくりしないじゃないか!」  
足を止めて振り返ると、小雪がびくっとした。  
「……ごめん、大きな声をだして」  
ちょうど部屋の前に来ており、小雪が黙ってドアを開けた。  
小雪に八つ当たりをしたのは、初めてだったかもしれない。  
ジャケットを自分で脱いで小雪に渡した。  
小雪は、ぼくの機嫌をこれ以上損ねないように黙ったままだ。  
ふう、とため息が出た。  
ジャケットにブラシをかけてクローゼットのドアに吊るしている小雪に後ろから近づいて、頭に手を乗せた。  
「ごめん小雪。八つ当たりだった」  
ぼくの手が置かれた頭を支点にして、小雪が振り返る。  
「い、いえ、あの、申し訳ございません、小雪がいたりませんで」  
「違うよ、小雪は悪くないんだって」  
「でも、でも、せっかく、あの、直之さまが、あの、小雪はお出迎えに間に合いませんで、あの」  
「だから、違うよ」  
小雪の頭に乗せた手を軽く上げて、ぽんと下ろす。  
 
大学でのいろいろなことや、兄の結婚の話でモヤモヤしたのもあって、その上康介に言われたことが当たっているから、腹が立ったんだ。  
あの場で、ぼくが使用人たちの離れに行って小雪を探せば、主従の境目をうやむやにしてしまう。  
メイドを呼ぶのに自分自身で出向いていくなど、すべきことではない。  
それを言ったのが千里や葛城なら、素直に受け入れられることなんだ。  
康介に言われたと言うだけで頭に血が上って、小雪につんけんするなんて、器が小さいことこの上ない。  
「最近いろいろ忙しくてね。いやなことが重なったものだから…、悪かった」  
「い、いえ、いえあの、あの」  
ぼくはちょっと身体をかがめて、小雪の顔を覗き込んだ。  
そういえばここのところ、小雪の顔をこんな風にちゃんと見てなかった。  
 
少し前までは、セックスしてもしなくても小雪と一緒に寝ていたけれど、最近は夜遅くまで調べ物やレポートをしていることが多くて、昼間忙しい小雪ががんばって起きていてくれるのがかわいそうで、早くに部屋に下がらせて休ませていた。  
気のせいか、小雪の顔がちょっと変わったような気がする。  
子供っぽくて、いつもあたふたしていると思っていたのに、ちょっとだけ大人っぽく見える。  
「小雪は?忙しいの、最近」  
「は、はい、あの、いえ」  
まだ心配そうに、ぼくの顔を窺っている。  
ぼくはもう一度小雪の頭をぽんとして、ソファに移動して腰を下ろした。  
「あの、お茶をお入れいたしましょうか、それともあの、コーヒーか、冷たいものを」  
テーブルには、小雪が置いたケーキの箱がある。  
さっきは腹立ちまぎれに「みんなで食べなさい」と言ったけれど、うちにはメイドが何人いただろう。  
人気店の数量限定ケーキなんか休憩室に持って行ったりしたら、メイドたちはわっと集まって、小雪などは遠慮して食べることはできないだろう。  
「冷たい紅茶はあるかい」  
聞くと、小雪は冷蔵庫からティーサーバーを出し、コップに入れてくれた。  
「小雪も紅茶入れて、ここに来なさい。一緒にケーキ食べよう」  
「は…、はいっ」  
みんなで食べなさいと言ったときより10倍も嬉しそうに、小雪がお皿とアイスティーのコップを二つ載せたトレーを持ってぼくの足元に膝をついた。  
 
ケーキの箱を開けて、ほうっとため息をつく。  
「きれいでございます…、とても」  
「うん、すごくおいしかったからね。小雪も食べさせたいと思って、その家のメイドを捕まえてね、店の名前と場所を聞いたんだよ」  
そろそろとお皿にケーキを移しながら、小雪がちょっとうつむいた。  
「それはその、今日のお宅さまのメイドは、その、あの」  
チーズケーキの乗ったお皿を取り上げ、フォークで切る。  
小雪を隣に座らせて、チーズケーキを刺したフォークを口元に持っていく。  
「その家のメイドより、小雪のほうが100倍もかわいかったよ」  
言いたいことを見透かされた小雪が、ぽっと頬を赤らめた。  
「はい、あーんしなさい」  
遠慮がちに口をあけてチーズケーキを食べた小雪が、両手で頬を押さえた。  
「おいしいだろ?」  
「ひゃ、ひゃい…、あ、あの、ほっぺたが、落っこちてしまいそうでございます…」  
それは困る。  
ぼくは小雪のほっぺたがまだそこにくっついているか確かめるために、両側からつまんで引っ張ってみた。  
「ふぇ…」  
両側からほっぺたを引っ張られた小雪の顔がおかしくて、ぼくは今日初めて笑った。  
「にゃ、にゃおゆひひゃま…」  
「うん、だいじょうぶ。ほっぺたは落っこちてないよ」  
「んにゃ…」  
ぼくが手を離すと、小雪がちょっと頬を膨らませた。  
小雪なりにぼくの機嫌が良くなったのを察して甘えているんだろう。  
ぼくはまた小雪にチーズケーキを食べさせてやった。  
わざと口の横にくっつけたり、口をあけたところで引っ込めて自分で食べたり、お決まりのいたずらもしながら。  
 
残り3つになったチーズケーキの箱を、小雪が大事そうに持ち上げた。  
「あの、もしよろしければあの、こちらを…、あとでみんなでいただいても、よろしゅうございましょうか…?」  
「かまわないけど、小雪はもういいの?ちょっとしかないし、女の子はケーキなんてひとりでふたつでも三つでも食べちゃうものかと思っていたよ」  
「は、はい、いえいえ、あの、メイドはあの、いただきものをみんなで分けますことに慣れておりますから、あの、こんなにおいしいチーズケーキでしたら、みんな一口でもとても喜びますので、あの……」  
小雪が、またぼくの機嫌を損ねるのではないかという心配そうな顔をした。  
「そんなことなら、ぼくは食べなければよかったな。小雪はやさしいね」  
「いっ、いえ、あの、あのっ」  
箱を抱きかかえたまま、小雪がまた顔を真っ赤にした。  
こういう小雪を見るのもひさしぶりだな。  
ずっと、ぼくの邪魔をしないように静かに静かにしていてくれたんだ。  
小雪のこんな様子を見るためなら、ぼくは女の子の行列に混じって並ぶくらい、何度でもできそうだ。  
ぼくの許可を得て、小雪はチーズケーキと焼き菓子が残った箱を、部屋にある小さな冷蔵庫にしまった。  
そういえば、千里も初音も、ぼくが交流会やパーティーでもらってきたお土産を分けてやると、とても大事に持ち帰っていた。  
自分の部屋で食べているとばかり思っていたけど、もしかして珍しいお菓子を、メイドたちみんなでほんの少しずつ分け合っていたのかもしれない。  
食べ物も持ち物も、あふれるほど与えられているぼくには、思いつきもしなかった。  
自分の世間知らずを思い知らされる。  
さっき康介が言ったことだって、もっともなことだったんだ。  
ぼくは膝を叩いて、小雪を呼んだ。  
久しぶりに、小雪の重みを脚に感じる。  
 
兄は、どうして菜摘のことをあんなふうに言えるんだろう。  
ぼくなら絶対、小雪のことを――――。  
「…むきゅ」  
いつの間にか、小雪を強く抱きしめすぎていたようだ。  
ぼくは腕を緩めて、小雪のうなじに顔を押し付けた。  
「ねえ小雪、ぼくはここんとこ忙しかっただろ」  
「…はい」  
「だから、あんまり小雪とも話ができなかったんだけど。寂しかった?」  
小雪がぼくの膝の上で、小さくなった。  
「あ、あの、でも、な、直之さまがお忙しいのですから、あの」  
「うん。小雪は、ここんとこなにしてたの?今日も離れにいたね」  
急に、小雪がぼくの膝の上でぱたぱたした。  
「あのあのあのっ、そうでございました、あの。こ、小雪はあのっ」  
「ん?」  
小雪の話を聞きやすいように、横抱きにする。  
「お、お茶の、ぼっ、盆点のお許状をいただきまして、あのっ、は、はじめて先生に、よくできましたとお褒めいただきまして、あのっ」  
めずらしく興奮したようすで、小雪が一生懸命に話す。  
苦手な茶道で褒められたのがよほど嬉しかったのだろう。  
ぼくの機嫌さえ良ければ、話したくてしかたなかったのかもしれない。  
「すごいね、よくがんばったね、小雪」  
ぼくが褒めると、小雪は真っ赤になった。  
「お、お茶の先生にお褒めいただくより、ずうっと嬉しゅうございます……」  
それからひとしきり、小雪はここ数週間のことを話してくれた。  
やめていくメイド長が、母にもらった踊りの練習用の着物を千里に譲って行ったこととか、お使いに来た他家のメイドの制服がとても素敵だったとか、庭の池に爬虫類がいて大騒ぎになったこととか。  
 
「まだ内緒だけどね」  
小雪の話が一通り済んだところで、ぼくは前置きをしてから言った。  
「兄さんが、婚約をするよ」  
小雪が、ぴたっと動きを止めた。  
「……さようでございますか。それは、あの、おめでたいことでございます…」  
両手を、きゅっと握り締める。  
「お相手は酒井さんのお嬢さんでね。ぼくはちょっと顔を思い出せないけど、いいお家だよ。うちの会社の大口の取引先だし」  
小雪が、ぼくの胸に隠れようとする。  
「小雪?」  
くすんと鼻を鳴らした。  
「どうしたんだい、どうして小雪が泣くんだ?もしかして、兄さんのことが好きだったのかい?」  
冗談半分に言ってから、自分で冷やりとした。  
いや、まさか、そんな。  
小雪が、ぼくの腕の中でぷるぷると身体ごと横に振った。  
「そ、そのような、小雪は、そのようなことは、あのっ」  
「わかってるよ、冗談だ。びっくりしたよ…」  
本気でほっとして、ぼくは小雪をぎゅっと抱いた。  
 
菜摘は愛人じゃない、メイドだ、と言った兄の言葉を思い出した。  
ぼくは、兄とは違う。  
腕の中の小雪の頭をそっと撫でた。  
「兄さんが結婚しても、菜摘は兄さんの担当メイドを続けることになると思うよ」  
でも、もし菜摘がそれに耐えられないというなら、菜摘はうちを辞めるしかないだろう。  
「…こ」  
言いかけて、小雪はこくんと喉を鳴らした。  
「こ、小雪も、あの、な、直之さまに、お嫁さまがいらしても、あの、ずっと」  
小雪は正直だ。  
メイドとしてはここで感情を表すのは良くないことには違いないけど、ぐすんぐすんと鼻を鳴らす。  
「小雪は、小雪は…、ずっと」  
いつか、ぼくがどこかの誰かと婚約をしたら。  
小雪は、そのときのことを考えたのだろうか。  
兄のように、そろそろ交流会ででもどこでも目ぼしい令嬢を見つけておきなさいと言われる時のことを。  
素直に、顔かたちと身上書を見て、こちらのお嬢さんはいかがでしょうと言うぼくのことを。  
それで、父がいいと思えば、相手の家に仲介者を差し向けて、話をまとめてくる父のことを。  
 
小雪はエプロンのポケットからハンカチを出して、目と鼻をぬぐった。  
「あ、あの、あの、申し訳、ございません…」  
黙って頭を撫でてやる。  
小雪は菜摘を慕ってもいるし、いろいろ複雑な心境になるのかもしれない。  
「……お嫁さま……」  
「ん?」  
小雪がひとり言のように呟いたのを聞き返すと、小雪は慌てたように付け加えた。  
「あのあの、み、緑さんなのでございますけれど」  
「緑さん?」  
どこかで聞いた名前かな。  
「メ、メイドに緑さんとおっしゃる方がおいでなのですけれども、あの、一般職の」  
ああそうか。  
メイドはたくさんいるし、ぼくに関わらない仕事をしていることが多ければ、名前を言われてもぴんとこない者もいる。  
「この秋に、お辞めになるのだそうでございます。あの、ご実家の方で縁談がおありとのことで、お嫁さまにいらっしゃるのだそうでございまして、あの」  
メイドは若い女の子が多いし、全員が住み込みだから結婚することになれば退職する。  
初音のようにどこかの家の息子や孫に見初められて望まれるのは、結婚退職するメイドの数からすれば希少だ。  
たいていのメイドは、実家の方から縁談を持ちかけられたり、昔からの付き合いのある者と結婚したり、中には出会いのある仕事に転職する者もいる。  
千里のように、適齢期を過ぎるまで仕え続けてくれる者も、幾人かはいるにはいるけれど。  
「そ、それであの、緑さんはとてもお幸せそうで、あの、嬉しそうにしておいででございます…」  
 
もし、小雪が。  
聡のように他家のメイドに興味津々なヤツもいるから、なるべくパーティーや交流会には出さないようにしてるけど、それでももし誰かが小雪を見初めたら。  
もし、小雪の実家が縁談を持ってきて退職を迫ったら。  
もし、康介のような使用人の誰かが。  
小雪が誰かと結婚してしまったら。  
そんなの、いやだ。  
小雪を、誰にも渡したくない、と思った。  
それでも、今ぼくには小雪にお嫁に行っちゃいけないという権利まではない。  
 
ぼくは、小雪の小さな唇をひょいっとふさいだ。  
「むにゅっ…」  
「あ、なんか小雪にキスするのひさしぶり」  
ぷにゅっとした唇の感触。  
ぼくは、何度も何度も小雪にキスをした。  
唇を唇では挟んでは離すのを繰り返す。  
ぼくの大好きな唇。  
ぼくの大好きな、小雪。  
いっぱいいっぱいキスしてから、小雪を見ると、小雪もぼくを見上げていた。  
「ね…、小雪」  
声が少しだけかすれてしまった。  
「したくなってきた」  
小雪がぼくの腕の中で丸くなった。  
「するのも、ひさしぶりだよね。小雪は、したくない?」  
恥ずかしさに小さくなった小雪が、ぼくの胸に顔を寄せて隠れようとする。  
だから、そんなことをしても無駄なのに。  
小雪を抱いたまま立ち上がると、小雪はぼくの首に腕を回してしがみつく。  
「……まだ明るいけど…、いいかな」  
かすかに、小雪が頷く。  
 
ぼくは、小雪をそうっとベッドに下ろした。  
胸のリボンをほどくと、小雪が左の肩を浮かせ、そこに手をかけて横を向かせてから、背中のファスナーを下ろす。  
一緒にお風呂に入った時は気にならないけど、こういう場面ではメイドがずいぶんといろいろなものを身につけているのがわかる。  
ぼくはその一つ一つを楽しみながら取り除いていった。  
エプロン、ワンピース、ブリム。  
ガーターベルトにストッキング、靴。  
規定どおりの真っ白いブラとショーツ。  
結い上げた髪をほどいて、小さなネックレスをはずすと、小雪はその行方を気にするように顔を上げた。  
「ここに置くよ」  
チェーンが軽い音を立て、羽のついた小さな雪はベッドサイドの上に小さくまとまる。  
素裸になった小雪が、ぼくのシャツに手をかけた。  
「…小雪に脱がせてもらうのも、ひさしぶり…」  
小雪が赤面する。  
「ね。これも」  
最後の一枚になって手を止めた小雪におねだりする。  
「…あ、あの」  
「だって、これを脱がないと」  
身体を乗り出して、うつむいた小雪の耳にささやいた。  
「…できないよ」  
少し迷ってから、小雪がそっと下着に指をかけた。  
するっと下ろしてくれた下着を足から抜いて、ぼくは小雪を仰向けに押し倒して肩の横に両手を付いた。  
「脱がせた気分はどう?」  
真っ赤な顔の小雪が、首を横に振る。  
「そんなに恥ずかしいのに、脱がせちゃったのかい?そんなにぼくとしたい?」  
きゅうっ、と小動物のように鳴いて、小雪がぼくの腕にしがみついた。  
「や…」  
どうやら、小雪の限界までからかってしまったようだ。  
小雪の額にキスして、髪を撫でる。  
「ごめんごめん、いじめすぎたね。ほら、顔を見せて」  
涙ぐんだ目が、ぼくを見上げる。  
「怒った?」  
小雪がぷいっと横を向いた。  
時々、ほんとうに時々だけど、小雪はほんのちょっとだけぼくに反抗する。  
ものすごく、ぼくに甘えている証拠として。  
ぼくは小雪を抱き起こして、自分の脚の上に座らせた。  
小雪はまだ目をそらしている。  
 
まずい。  
これもまたひどくかわいい。  
小雪の脚がまたいでいるあたりで、何かが硬くなってくる。  
「ね、機嫌を直してくれないかな。小雪がいけないんだよ、小雪を見ているとすごく楽しくなるんだ」  
「…そ、それは、でも…、あのっ」  
「楽しくて楽しくて、いじめたくなるんだけど。それはぼくのせい?」  
そっぽを向いていた小雪が、困ったようにぼくを見た。  
「…小雪の、せいでございましょうか…?」  
「うん。でもほら、小雪はそんなふうにぼくのこと怒るけど、ぼくはなかなかに寛大な男だからね」  
「こ…、小雪は、直之さまのことを怒るだなんて、そのような、ことは…」  
「だから、小雪がどんなにいけないメイドでも」  
背中に回していた手で、小雪の胸に触れる。  
親指が乳首をかすって、小雪がぴくっとする。  
「……いっぱい、いいことしてあげるからね」  
胸の谷間に顔をうずめる。  
小雪のにおいがする。  
それからは、夢中だった。  
しばらくぶりというのもあるかもしれないけれど、小雪の反応もいい。  
触れるたびにぴくぴくと震えて、身体が熱を持ってくる。  
乳首を舐めたり吸ったりしながら、片手で脚の間を探る。  
 
「ん…、あ」  
いい声。  
乳首がつんと硬くなり、ぼくはそこにしゃぶりつく。  
「あ……!」  
すっかりぼくの愛撫に敏感になった小雪の秘所を縦になぞると、ぬるっとした。  
小雪の腰を抱えて、今度は脚の間に顔を寄せた。  
指で開き、ヒダの間も膣穴の周りも小さなクリトリスも丹念に指先でまさぐる。  
「…あ、はぁっ…」  
押し殺しきれない、小雪の声。  
中でイくことも教えたけれど、小雪はこの突起でもものすごく感じることができる。  
指を二本、浅く入れてかき回しながらクリトリスを緩急つけて吸い上げたり舌で周りを舐めたりすると、小雪は小さく叫んでぼくの頭を脚で挟み込んだ。  
真っ赤にふくれてひくひくしているそこに、もう一度軽いキスをしてから、小雪の脚をほどいた。  
横に寝て、落ち着くまで抱いてやると、小雪はぼくに抱きついてきた。  
「小雪だけイっちゃったの?」  
ぼくの躾どおりに育った小雪を、自分の上に乗せるようにして上向きに転がる。  
ぼくの胸の上で、小雪が息を整えた。  
「…ん、あ…、申し訳、ござ…」  
「うん。どうしようかな。いて」  
小雪がぼくの手をとって指先に軽く歯を当てた。  
「こら」  
別にちっとも痛くなんかないけど、ぼくは小雪の頭を後ろからぽんと叩いた。  
「…な、直之さまが、いけないのでございます…」  
おお、反抗的。  
指を口に入れたまま、小雪がぼくの胸に顔を押し付ける。  
「ぼく?」  
「…こ、小雪を、いじ…めますものです…から」  
「ぼくにいじめられて、小雪はあんなにかわいい顔でイっちゃったんだ?」  
「……っ」  
追い詰められた小雪がまた鳴いて、ぼくは小雪の口の中にある指をちょっと動かした。  
「指もいいけど、別のものも舐めてみないかい」  
ちゅぽん、と指を抜くと、小雪ははじらうようにぼくを見てから、足元に下がっていく。  
まだ硬くなりきっていないぼくのペニスに、そろそろと手を這わせる。  
いきなり握ってきたり舐めたりしないあたりの焦らしは、菜摘の指導だろうか。  
ものたりない刺激にぼくが根を上げる。  
「ごめん、ぼくが悪かった。小雪のことが好きすぎて、いじわるした」  
 
ぼんっ。  
 
小雪が、ぼくの足元に崩れた。  
その頭を、撫で撫でする。  
「だから、いじわるしないでおくれ。ね」  
ぱく。  
「…ほゆひは、ほのような…」  
咥えたまましゃべるものだから、その息遣いや舌の動きがたまらない。  
「う…」  
ぼくがうめくと、小雪は深く咥えこんで、根元をしごきながら先端を舌先で撫で回したりもする。  
「…いい、すごい」  
大きくなったペニスが、小雪の口に収まりきれなくなり、小雪は横から舐めようとする。  
吐き出す息が乱れてくるのをごまかそうと小雪の頭を手ではさんで言う。  
「いいよ、もう。出そうだ」  
その声も震えてしまうほどだ。  
「…でも」  
一箇所からしびれるほどの快感が上がってくる。  
「イくなら」  
小雪をころんと転がして、両脚を腰に回す。  
ぱっくりと開いたそこからあふれた蜜を指に絡めてくちゅっと押し込むと、小雪が震えた。  
「あっ…」  
「ね。イくなら、ここでイきたいんだ」  
 
小雪が両手で顔を覆い、少しの間をおいて準備したペニスが沈む。  
「ん…あ」  
暖かくて、締りがいい。  
上のほうをこすりつけるようにすると、絡み付いてくる。  
「はぁ…、あっ、ん…ん、あんっ!うん…」  
しばらくぶりの、小雪の中。  
抱きしめてキスしながら腰を押し付けると、小雪が舌を押し込んできた。  
ぼくが入れているものと、小雪が入れてくれるもの。  
すごく、いやらしい。  
もっと時間をかけていろいろな体位を、と思ったけど、長くは持たなかった。  
「ごめん、小雪…、気持ちよすぎて…も、だめかも」  
もう一度小雪を倒して、小雪の中でかき回すようにぐるっと動かした。  
「は、は…はい、あ、の」  
「動いていい?」  
もう、限界。  
小雪が手を伸ばしてきた。  
「こ…ゆき…も、もう」  
そんなこと言われたら、たまらないじゃないか。  
ぼくは小雪の中を何度もえぐるようにこすり、打ちつけ、突いた。  
「ん、あ、あ、…あっ、あああん!」  
小雪がのけぞって硬直し、ぼくもこらえきれずに吐き出した。  
 
避妊具の始末をしているのを、顔を枕に押し付けた小雪がちらっと見た。  
きゅっと縛ったそれを、小雪に見えるように掲げる。  
「いっぱい、出ちゃった」  
小雪がぱっと顔を枕にうずめた。  
ぼくは笑って、小雪の背中に中身の入った避妊具をたぷたぷと落とす。  
「小雪がすごくいいから、こんなに搾り取られちゃった。ね」  
「…や、…も」  
小雪の足がぱたぱたする。  
「どうも、やっぱりぼくは小雪をいじめるのが好きみたいなんだけど」  
ティッシュにくるんでゴミ箱に放り込み、上から覆いかぶさって小雪の耳元で言う。  
「ほら、好きな子ほどいじめたいものだろう?」  
ぼくの下で、小雪が鳴いた。  
「…む、きゅぅ…」  
 
 
 
まもなく、兄の婚約が正式に整った。  
すでに仕事の上でも実績を上げ、将来頼もしい跡取りだと評判の高い兄の婚約で、屋敷にはいろいろな人が出入りして引きも切らず祝いが届けられる。  
婚約でこれだから、結婚の時はどうなるかと思うほどだ。  
そして、切れ切れに聞こえてくる話からも、兄がどんなに人望にも経営の手腕にも優れているかがわかった。  
ぼくは、到底兄にはかなわない。  
執事見習いにさえ、立場にふさわしく行動しろと言われるくらいなんだ。  
 
せめて、小雪が兄と比べてぼくに愛想を尽かしたりしないようにしよう。  
ぼんやり大学に通ったり遊んだりするだけじゃなくて、次男とはいえこの家に、グループ企業総帥の息子にふさわしい男になりたい。  
初めて、ぼくはそう思った。  
 
小雪のために。  
 
――――了――――  
 

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