『メイド・小雪 13』  
 
ぼくは、夏の暑さは嫌いではない。  
 
家も学校も車も、冷房が効いているからだろうと言われればそれまでだけど、冷えた空気の中からむっとした熱と湿度の中へ出た瞬間、回りが顔をしかめている時に、ぼくはその暑さを心地よく感じてしまうのだ。  
「そうでございますか?小雪なぞはもう、お庭を歩いているだけでふうふうしてしまいますのですけれども」  
夏になると、シャワーの前はあまりぎゅうっとされたがらない小雪が、困ったように言った。  
仕事をしていれば暑くなってきたからといって、すぐに家の中に入ることができるとは限らないだろう。  
なるほど、気づかなかった甘えを指摘されたことになる。  
確かにこれからの盛夏、炎天下を電車と徒歩で移動する就職活動は厳しそうだ。  
「でしたら、替えのシャツなどもご用意した方がよろしゅうございましょうか」  
「そうだね。様子を見て、必要だったら頼むよ。洗濯物が増えて悪いけど」  
「い、いえいえ、そのようなこと、小雪は直之さまのシャツにアイロンをかけるのが大好きでございます」  
「うん、ぼくも小雪がアイロンかけてくれたシャツが好き」  
小雪が嬉しそうに笑った。  
確かに小雪は夏の暑さが苦手なようで、毎年少し夏バテしたりする。  
夜も冷房をつけっぱなしと寒いが、切ると寝苦しそうだ。  
昨夜も眠りが浅かったようで、夜中にころころと寝返りを打っていて、ぼくに背中を向けて片手でぱたぱたとシーツを探っていた。  
そこにぼくがいないとわかって、またころんと転がってこっちに向く。  
抱き寄せて、ここにいるよとささやくと、ぼくの胸の中にすっぽりおさまって安心したように眠ったままにこっとした。  
撫でてみると、もともと小柄な小雪の背中の肉がちょっと薄くなったかもしれない。  
「今日は学校から説明会の方に回るんだけど、なにか食べたいものがあったら買ってこれるよ」  
そう言うと、小雪はぷるぷると首を横に振った。  
「い、いえ、とんでもございません、お忙しゅうございますのに、そのような」  
「だけど小雪、ちゃんとご飯食べてる?昨夜抱いたらちょっとやせてたよ」  
「え、そうでございますか?」  
驚いたように、小雪が自分の胸を押さえる。  
その仕草がおかしくて、ぼくはちょっと笑ってしまった。  
「そっちじゃないよ。おっぱいはだいじょうぶだったよ」  
指でつつくと、小雪がぱっと耳まで赤くなる。  
「でも、ぺったんこになってしまうと困る。もちろん小雪がぺったんこでもぼくは小雪が好きだけど、でもちょっと寂しいからね。なにかおいしそうなお菓子でも探してこようね」  
胸を押さえた小雪が、ちょっと頬を膨らませた。  
「な、直之さまはすぐそのように、こ、小雪をおからかいになります……」  
「ん?いけなかったかい?」  
「い、いけませんっ」  
お。新しい反応だ。  
「でも、小雪をからかえなくなったら、家に帰る楽しみがないよ」  
「そ、それがいけませんのです、あの、こ、小雪もいつまでもご主人さまにからかわれてばかりいると、後輩に知れますと、あの、し、しっかりした先輩になれませんのですっ」  
顔を真っ赤にしたまま、両手をぱたぱたしながら言っても説得力がない。  
どの家でもそうだろうが、若いメイドは入れ代わりが多い。  
小雪は新人のときにぼくの担当メイドになったけれど、そのあとも毎年メイド学校を卒業した後輩たちが何人か入ってきている。  
どうやら、小雪は先輩らしいふるまいをして、後輩に頼られたいらしい。  
「いいんじゃない?千里も小雪のことは褒めてたし、ぼくだって周りに人がいれば小雪をからかって後輩の前で恥をかかせたりしてないだろ?」  
小雪の頭に手を乗せて、撫でた。  
カッパになるのを怖がる小さなペンギンは、ぼくの部屋限定で存在する。  
「そうでございますけれども、あの」  
「なに」  
「な、直之さまは、あの、いろいろとお勉強なさって、旦那さまも葛城さんも、とてもお褒めになってらして、ですのに小雪がいつまでもいたりませんのでは、あの」  
「誰が小雪のことをいたらないメイドだって言った?小雪は、いいメイドだ。ぼくには小雪じゃなきゃだめだよ」  
小雪がそっと顔を上げる。  
「そ、そうでございましょうか……」  
「うん。小雪はとっても立派な、自慢のメイドだよ。だからぼくも小雪に負けないように、がんばってる」  
頭に乗せた手を持ち上げて、軽くぽんぽんと叩いた。  
後輩のメイドにはりきって仕事を教える小雪の姿を想像したら、顔がにやけてしまった。  
「うん。だから、今日はお土産を楽しみにしておいでね」  
今度は小雪が、はにかんだ表情を隠すように両手を頬にあてた。  
 
朝食の後、康介が裏門のほうに車を回してくれて、ぼくは小雪に見送られて乗り込んだ。  
就職活動のあいだは電車移動が多くなるので、康介に送ってもらうよう頼んだのだ。  
門を出るときに、車寄せに入っていく兄の車が見えた。  
そういえば。  
「康介、菜摘はどうしてる?どこか勤め先が決まったんだっけ」  
そう聞くと康介は左右を確認しながら、それが…、と言った。  
「実は……、まだ葛城の家におります。祖母が気に入りまして、ずっと世話を頼んでおりまして」  
菜摘はメイドの経験が長いしすぐに勤め先が見つかるだろうと思ったけれど、案外年齢を重ねた分が不利だったりするのだろうか。それとも。  
「……菜摘がいいというなら、しばらく葛城にいてもらってもよいかと。まあ、父もそのように申しましたし」  
康介にしてはめずらしく歯切れが悪い。  
バックミラー越しに表情を見ようとしたけれどうまくいかない。  
「そういえば、康介は最近、ちゃんと休みをとっているようだね」  
「……は」  
勤め始めてしばらくは、住み込みということもあって康介は休みらしい休みを取っていなかった。  
「ちょくちょく、実家に戻っているようだし」  
「……は」  
おもしろい。兄とはまた違ったタイプの優秀さで評価の高いこの執事見習いが、冷や汗をかいている。  
なるほど、そういうことか?  
「菜摘は元気?夏バテなんかしてない?」  
「はい、暑さには強いようでございます。寒い方が苦手なのですとか」  
「……へえ、いろいろ話をしているようだね」  
うちにいた頃と違って他の使用人もいないし、親しい会話もしやすいのだろう。  
菜摘は長男の担当メイドに選ばれるだけあって、真面目で勤勉だし、性質も優しくてよく気が利く。  
身近にいることが多ければ、康介だって魅かれても不思議じゃない。  
バックミラーの中で、康介は口が滑ったというような顔をしている。  
ぼくは、頭の中で康介と菜摘を並べてみた。  
ふたりともすらりとした美男美女で、意外と似合っているかもしれない。  
康介は菜摘が気に入っているのだろうか。  
菜摘は、どう思っているんだろうか。  
「康介の好みって、そうなんだ。へえ」  
後ろから見える康介の耳が赤くなった。ますますもってめずらしい。  
「……坊ちゃまは、意外にお人が悪うございますね」  
「うん。小雪にもよく言われる」  
「坊ちゃまは、その、小雪がお好きですか」  
康介の、精一杯の反撃のようだ。  
「うん」  
あっさり肯定されて、康介は次の手がないようだ。  
どうも、ぼくは好意を持っている相手をいじめてしまうクセがあるらしい。  
小雪はかわいく拗ねるだけだが、康介が本気で腹を立てるタイプだと困る。  
「うまくいくといいなと思ってるよ。康介はもちろん、菜摘もさ」  
「……いえ、ですからあの」  
康介がなにか言いかけて、それがため息になる。  
「恐れ入ります…」  
菜摘が、早く康介の気持に気づくといい。  
そして、康介に向き合ってくれればいい。  
「手ごわいけどさ。きっと通じるよ」  
きっと菜摘の心の中に、深く根を下ろしているだろう兄への想い。  
康介はいつか、それに勝てるだろうか。  
「……は」  
それ以上康介は口を滑らさず、ぼくも黙った。  
「お互い、がんばらないとな」  
車から降りるとき、それまで目を通していた説明会の資料を鞄にしまいながらそう言うと、康介はあきらめたように笑った。  
 
そして、小雪の苦手な暑さがやわらぎ秋が深まる頃、ぼくは就職の内定をもらった。  
家に帰って一番先に小雪に知らせると、小雪はものすごく泣いた。  
「なっ、直之さまが、とてもとても、がんばっていらっしゃるのを、こっ、小雪は、ほんとうに、ほんとうによく存じておりますので、あのっ」  
大学の友人たちの中には、とっくに内定をもらった者もけっこういて、ぼくは正直あせっていた。  
授業や卒論の合間に、毎日企業訪問だ説明会だ面接だと歩き回ったのだ。  
小雪の用意してくれた靴は、2足履き潰した。  
顔をぐしゃぐしゃにして泣いている小雪を見ていると、思わずもらい泣きしてしまいそうだった。  
ほんとうに、こんな試練は生まれて初めてだった。  
何不自由なくぬくぬくと育ったぼくが、初めて触れた世間の厳しさだったのだ。  
なんとか内定をもらえたのは、決して大企業でも有名企業でもなかったけれど、試験や面接のたびに、ぼくよりも緊張してシャツやスーツを調えてくれた小雪にしても感無量のようだ。  
ぼくは、小雪をぎゅっと抱きしめた。  
「小雪のおかげだよ。ありがとう」  
「そ、そんな、とんでもございません、小雪などは、なにも」  
違うよ、小雪がいなきゃだめだったよ、とぼくは何度も何度も小雪に言った。  
一人前の男に、一歩近づけた気がした。  
 
驚いたことに、内定をもらってようやくほっとできると思ったら、そうはいかなかった。  
夕食の後で父と母がぼくを呼び、親の力を借りずに就職を決めたことを褒め、それでこそ息子だと満足げに言った。  
いつも、優秀な兄の影で目立たなかったぼくは褒められ慣れておらず、返事も気の抜けたものになる。  
次いで母が出してきたのは、写真の束。  
「なまじお父さまのお名前がある分、就職を決めるのは大変でございましたでしょう。いろいろなお家の奥さまも、お宅さまには立派なご子息が二人もいらして頼もしい、うらやましいと口々におっしゃいます」  
広げられた写真は、若い女の子の振袖姿やスナップ写真。  
「お写真とお釣り書きが、たくさん届いておりますの」  
……見合い?  
「もちろん、お仕事はこれからですし、すぐに正式にとは申しませんけれど。お年頃のお嬢さまをお心に留めておくくらいはよろしいのではないかと」  
はあ、と、また間の抜けた返事になる。  
兄が結婚したばかりだし、齢も5つ離れているので、まさか卒業前にそんな話が持ち込まれてくるとは予想していなかった。  
「それだけ周囲がお前に期待しているということだよ、直之」  
父が満足そうに言い、ぼくは写真の束を抱えて部屋を出た。  
廊下で待っていた小雪が、後ろからついてくる。  
ちらっと見ると、にこにこしていた。  
菜摘のことがあって以来、どことなく悲しそうだった小雪の、久々に見る満面の笑顔。  
この笑顔のために、ぼくはがんばってこれたんだ。  
 
……もっと、父に自分の考えを言ったほうが良かったのだろうか。  
両親がめずらしくご機嫌なので、かえって言いにくかった。  
部屋に戻ってテーブルに写真を置くと、小雪が気にしてちらっと見ている。  
堅苦しい台紙のものも、小さなアルバムタイプのものもあるけど、だいたい察しがつくだろう。  
「こっちにおいで」  
ソファに座り、膝ではなく隣を叩くと、小雪はぼくの横に座った。  
「見るかい?内定が決まったら、あちこちからお嬢さんの写真が届いたらしいんだ」  
「…さようでございますか」  
小雪は手を出そうとしない。  
膝の上で組んだ手に、ぎゅっと力をこめている。  
「就職したって、まだ何年か働いてからこっち戻ってこないといけないのにね。気が早いと思わない?」  
ぼくが聞くと、小雪はうつむいた。  
「あの」  
「うん?」  
「こ、康介さんが、どこかのお屋敷にお使いに参りましたときに、そちらの執事からも、直之さまのことをお尋ねがあったと申しました」  
「…康介か」  
康介は恐らく、よその家の使用人にも評判がいいだろう。  
 
「小雪は、康介をどう思う?」  
「…はい?」  
小雪が顔を上げた。  
くるんとした目が、ぼくを見ていた。  
「ほら、康介はよく気がつくだろ?」  
「は、はい」  
きょとんとした顔で小首をかしげる。  
「菜摘もまだ葛城の実家にいるんだ。康介のお母さんやお祖母さんとも仲良くやってるらしいし、康介も様子を見に行ってくれてる」  
「そうでございますか…、あの、ようございました。菜摘さんはおやさしゅうございますし、お気に召していただけます……」  
「うん。きっとそうだと思う。それに、康介も菜摘のことが気にいったんじゃないかと思うんだ」  
小雪がまん丸くした目でぼくを見上げた。  
「あの、康介さんが、でございますか」  
「うん。康介にはね、将来もっとぼくを助けてもらおうと思ってる。その康介を、菜摘が助けてくれたらいいなと思うんだよ。ま、これはぼくの勝手な希望だけどね」  
小雪は膝の上に置いた手をもじもじとして、ぼくの視線から逃れるように目をそらした。  
「……あの、こ、小雪にはよくわかりませんのですけれど、もし、菜摘さんが、それでお幸せでございましたら」  
小雪の視線を追うと、テーブルの上に放り出した写真に向けられていた。  
「菜摘は康介のことを好きになってくれないかな。どう思う?」  
あれほど兄を思っていた菜摘だ。  
すぐには気持を切り替えられないかもしれないけど。  
小雪は写真を見つめたまま、くすん、と鼻をすすった。  
「こ…、小雪にはよくわかりま…、あの、でも」  
「でも?」  
「な、菜摘さんは、あの、若旦那さまのメイドでございましたし、そんな…、他の殿方には、あの、すぐ」  
菜摘を自分に重ねて涙ぐんでいる小雪がいじらしくて、ぼくは小雪の手をとって引き寄せた。  
「ごめん、この話はおしまいにしよう」  
小雪がぼくを見上げてくる。  
「ね、ちゅーして」  
「…は、はい?」  
「就職のお祝い。ちゅーして」  
小雪が素直に、背中を反らすようにして伸び上がった。  
もう少しで届かない、というところで、ぼくは身体を伏せて小雪にキスした。  
あ、しまった。  
待ちきれなかった。  
「……ん…」  
深く口付けてから離すと、小雪が息をつく。  
「小雪。もっと…」  
もう一度キスをせがむと、小雪はちょっと頬を赤らめてぼくから離れた。  
「…お、お風呂を…、お仕度いたします」  
 
少しぬるめのお湯で、小雪に洗ってもらったり小雪を隅々まで洗ったりしてるうちに、勃ってしまった。  
ほら、と見せると、小雪が耳まで真っ赤になる。  
「就活の疲れとか内定の安堵感とか、あるのかな」  
我ながら、ちょっと言い訳くさい。  
小雪は真っ赤になったまま、心配そうにぼくを見た。  
「まあ…、お疲れが溜まっておいでですのに、あの、小雪はちっともいたりませんで」  
そんなことはない。  
小雪は毎日、歩き疲れたぼくにマッサージをしてくれたし、入浴剤やアロマまで気を使ってリラックスさせてくれた。  
 
「だったら、またマッサージしてくれるかい?」  
そう言うと、小雪は素直に頷く。  
「はい、かしこまりました、…あの」  
立ち上がろうとした腕をつかまれて、小雪が首をかしげた。  
ちっとも変わらない、小雪のクセ。  
「どこへ行くんだい?マッサージしてくれるんじゃないのかい」  
「…はい……?」  
股間を指差すと、小雪がぼんっとなった。  
お、ひさしぶりだ。  
「ほら」  
シャワーのお湯をかけて、少し残っていた泡を流すと、小雪は観念したように洗い場に座り込んだ。  
椅子に腰掛けたぼくの正面で、うらめしそうに見上げてくる。  
毎回ではないけど、舐めてくれることには慣れたのかと思っていたけれど、やはりこういうのは恥ずかしいのだろうか。  
ぼくは小雪の頭に手を乗せて撫でた。  
「ん、いいよ。やめようか」  
やめる、というのはその場所へのマッサージのつもりだったけど、小雪はそれだけだと思わなかったのかもしれない。  
ぷるぷるっと首を横に振り、ぼくの膝に手をかけて脚の間に入り込んだ。  
指先だけでペニスをつまんで、そっとなぞってきた。  
手のひらを添えて、人差し指の先でつっと撫でる。  
裏も、先も。  
触れる面が少ないだけに、伝わってくる感覚が敏感になる。  
目を上げて、ぼくの様子を伺いながら、小雪はあむっとペニスを咥えた。  
小雪の口の中でぴくぴくしているのがわかる。  
「んは、む、んっ」  
逃がさないように、一生懸命舐めてくれる小雪の顔を見ていると、腰がむずむずしてきた。  
情けないことに、何度か声が出てしまう。  
もういいよ、と言う意味で小雪の背中を撫でた。  
「ん、…いい、すごくよかった…」  
出そうになる少し前で、小雪が口を離した。  
先走りが口の中に入ったのだろう、ちょっとむせていた。  
脇に手を入れて膝立ちにさせる。  
「出ちゃった?大丈夫かい?」  
「ん、は、はい…」  
「ありがとう、疲れが取れた」  
「そ、そうでございますか、あの」  
「おかえし」  
小雪にキスしながら、乳房をくるくると回すようにマッサージした。  
「ん、あん」  
さっきより乳首が固くなっている。  
「小雪、舐めながら感じちゃった?」  
ちょんとつつくと、小雪が前のめりになる。  
「やん、あ、あの…あん」  
バスルームの壁に両手を付かせて、腰を抱えると、小雪が不安そうに振り向いた。  
「もう、ちょっと我慢できないから…」  
「え、え、え、あ、あのっ」  
「大丈夫だから」  
立たせたまま、後ろからペニスを当てると、小雪がわずかに逃げる。  
それを押さえて、ぐっと腰を押し付けた。  
「ん、んっ」  
半分ほどで、小雪の腰が砕ける。  
お腹に腕を回して抱きかかえて、根元まで突き立てると、ぎゅっと締め付けてくる。  
こういうのもいい。  
小雪を抱きかかえるようにして、動いた。  
ベッドではないというだけで不安定で、ぼくが動いているのか小雪が動いているのかわからなくなってくる。  
「あんっ、あ、あのっ、こ、こんなとこ、ろ、あんっ、で…っ、あっ」  
壁に身体を押し付けるようにされながら、小雪がいつになく声を上げる。  
それがバスルームに反響するのが、とても卑猥に聞こえた。  
後ろもいいけど、やっぱり小雪の顔が見たい。  
 
「いや、あぁん」  
一度抜くと、小雪が腕を伸ばしてくる。  
「今度、こっちでね」  
その腕を取って、バスルームの床に座って小雪を抱き寄せる。  
そっと座らせて入れようとすると、つるんと滑った。  
「小雪がぬるぬるだから、滑っちゃったよ?」  
「…あ、あの」  
手を添えて開かせるようにして、もう一度沈めた。  
「入ったよ…」  
小雪がぼくの首に抱きついた。  
下から腰を動かすと、小雪がまた声を上げた。  
「ん、あっ!」  
そのまま小雪の中をかきまぜて、それから小雪を仰向けに倒して速度を上げた。  
熱い粘膜がぼくを包み込み、往復する度に締め上げてくる。  
「う、すごい、くる…」  
「あ、あ、あんっ、あ!」  
小雪がのけぞった。  
床に頭をぶつけないように、手を握る。  
空中で揺さぶられながら、もうイきそうになっている。  
「んっ、んっ、あ、ああん!!」  
ぼくの手を強く握って、小雪が硬直した。  
同時に、中もぎゅっと締まる。  
引き抜くと、ペニスがぷるっと震えて間一髪で小雪の太ももに射精してしまった。  
「…っ、はあ…、ごめん、小雪、大丈夫?」  
抱き起こして、まだ小さく痙攣している小雪をぎゅっとする。  
「あ…、あの、申し、わ、あ…」  
「ん?どうしたの?」  
小雪が落ち着くのを待って、抱き寄せた頭を撫でた。  
ぼくの脚の上で、小雪がちょっとぱたぱたした。  
「あ、あの、直之さま、床が痛くはございませんか、あの」  
「うん、大丈夫だよ。小雪は軽いし、小雪の中があんまり気持ちよくて気にならなかった」  
「……!」  
小雪が恥ずかしそうにぼくの胸に隠れた。  
「小雪があんまり上手にマッサージしてくれるから、ベッドに行くまで我慢できなかったんだよ?」  
「そ、それは、で、でも、あの」  
ぼくは笑って小雪を立たせ、手を引いてもらって立ち上がった。  
二人で一緒にシャワーを浴びて、もう一度ちょっと小雪をくすぐったりして、ぼくらはバスルームを出た。  
 
小雪はまたメイド服に着替えて、ぼくは少しだらしない格好のまま水を飲んだ。  
小雪が、冷蔵庫で冷えたものと常温のものを混ぜて、ぼく好みの温度にしてくれた水。  
「うん、おいしい。小雪はよく気が利くよね。いいお嫁さんになるよ」  
つい、ぽろっと言ってしまった。  
ひやりとして小雪を見ると、小雪は困ったように笑った。  
テーブルの隅に押しやった写真の束を両手で整えて、ぽつんと呟く。  
「…直之さまのお嫁さまになる方は…きっと、お幸せでございましょう」  
こんなふうに、小雪が寂しそうに笑うのを見るのは初めてじゃない。  
でも、小雪は泣かなかった。  
ぼくの視線をそらすようにして、唇を噛んでいる。  
いつの間に小雪は、こんなふうに我慢することを覚えたのだろう。  
どうしてぼくは、小雪にこんな思いをさせてしまうのだろう。  
 
ぼくは立ち上がると、小雪を後ろから抱きしめた。  
 
「じゃあ、小雪がぼくのお嫁さんになるかい?」  
 
「ふゃ、ふゃいっ?!」  
いきなりぼくの腕の中で、小雪がぼんっとなった。  
あ、連続。  
ものすごく大事なことを言ったのに、ぼくは変に冷静に考えていた。  
「だって、ぼくのお嫁さんは幸せなんだろ?だったら、小雪がお嫁さんになる?」  
「…あ、あの、あのっ」  
小雪がぱたぱたした。  
少しの間呼吸するのを忘れていたようで、けほけほっと咳き込んだ。  
後ろから腕を回したぼくにも小雪の心臓のドキドキが伝わってきて、ぼくもつられてドキドキしてきた。  
だって、ぼくは今、勢いとはいえ小雪にプロポーズしたんだから。  
小雪の背中をさすってやり、ソファに座らせる。  
ぼくは、座った小雪の前に膝をついて小雪を見上げた。  
いつもと場所が逆になり、慌てて降りようとする小雪の手をとって押しとどめる。  
小雪は居場所がないようにもじもししていた。  
「あ、あの…」  
「ずっと考えてたんだ。今すぐってわけにはいかないけど、ぼくが働くようになって、一人前だと認められるようになったら、小雪はぼくのお嫁さんになってくれるかい?」  
ついに、小雪がぼろぼろと泣き出した。  
「こんな写真が届いても困るし、これからはお父さまにお許しをもらってお断りしてもらおう。ね」  
小雪の手を握ってそう言うと、小雪は弱々しく首を横に振った。  
 
……え?  
「小雪……?」  
ぼろぼろと涙をこぼしながら、小雪は首を横に振り続ける。  
「ね、小雪、ぼくのお嫁さんになってくれるだろ?ね?」  
小雪が、しゃくりあげる。  
「そ、そ、そのよう、な、こと…」  
「いいと言ってくれるよね?いやなのか?」  
菜摘のことがなくても、ぼくはいずれ必ず小雪をお嫁さんにしようと決めていた。  
ずっと前から、決めていたんだ。  
まぬけなことに、小雪が断る、という選択肢をまったく考えていなかった。  
だって、小雪はぼくが大好きなはずじゃなかったのか?  
「いや、あの、あいにくぼくは次男だから、母さまや義姉さんのように、かしずかれて暮らすってわけにはいかないかもしれないけど、小さい家を建ててメイドの一人か二人くらい置いてさ…」  
「い、いえ…いえ、あの」  
小雪はぼくが好きではなかったんだろうか。  
かたくなに首を横に振り続ける小雪に、ぼくは呆然とした。  
ついさっきまでぼくに抱かれていた小雪が、これ以上ないほどうれしそうに笑っていてくれた小雪が、ぼくを拒む。  
もしかして、同じ当主の息子なら、次男よりどこかの長男のほうがいいとか、酒井から嫁いで来た義姉のように暮らしたいとか…。  
いや、小雪がそんな計算をするわけはない。  
それとも。  
「ほら、まあ、新婚のうちは二人きりでもいいかな。小雪は大変かもしれないけど、マンションでも借りるなら部屋もこじんまりしてて気楽だし、メイドがいなくても大丈夫かもしれないよね」  
断られる理由を、必死で探す。  
「あの、あの……」  
だんだん冷や汗をかいてきた。  
どうしたら、小雪はうんと言ってくれるのだろう。  
「あ、そうか、じゃあこのままこの家にいてもいいと思うよ。ここなら使用人もいっぱいいるし、小雪はもうなにもしなくていいし」  
「そ、そうではございませんのですけれども!」  
小雪は、ついにぼくを遮るように強く言った。  
メイドが主人の言葉を遮るなんて、あってはいけないことなのに。  
小雪はソファからずり落ちるように降りて、ぼくの前にぺたんと座り込んだ。  
「あの、あ、あの、こ、小雪は…あの」  
ぼくは指先で小雪のほっぺたの涙をぬぐった。  
小雪が呼吸を整える。  
小雪の言いたい事を聞かなくては、と思いながら、自分の心がはやるのが押さえきれない。  
「まさか、ぼくのお嫁さんになるのがいやなのかい?違うよね、ぼくのお嫁さんは幸せだって、言ったろ?言ったよね?」  
 
「あの、あの、お、お言葉、ではございますのですけれど」  
ぼくは小雪の頭に手を乗せた。  
「ん?」  
小雪が小さく息をつく。  
「あの、小雪は、メイドでございます…」  
「知ってるよ」  
「…そうでございましたら、あの」  
「でも、メイドをお嫁さんにしてはいけないという事はないだろ?」  
「…ございます」  
小雪の頭を、くしゃっと撫でた。  
毎日のように撫でているけど、小雪の髪はまだふさふさだ。  
そのふさふさの髪を、ぼくは少し乱暴に撫でる。  
「できるよ。小雪だって知ってるだろ、三条さんの若奥さまはうちのメイドだったじゃないか」  
驚いたことに、今度は小雪はきっぱりと首を横に振った。  
「存じております。…でも、直之さまは、いけませんのです。……小雪は、お屋敷のメイドでございますから」  
確かに、自分の家のメイドを妻にすることは慣例にない。  
メイドと結婚するといっても、あくまでも他家に仕えるメイドをなにかの機会に見初める、という例しかない。  
ぼくは、目の前に座り込んだ小雪をぎゅうっと抱きしめた。  
ぼくと同じシャンプーと、同じボディソープの香り。  
ずっとずっと、同じ香りでいたい。  
「ですから、あの、こ、小雪はちゃん、と、直之さまのメイドで、ずっと、ずっとお仕えいたしますか、ら、あの…」  
その言葉が、胸を突く。  
「も、もし、ほんとうに、小雪がお邪魔になりましても、あの、小雪は、どなたにも」  
小雪が、ぼくの腕の中で震えている。  
「そんなこと心配しなくていいんだよ、だか」  
だから、と言おうとしたところで、小雪が僕の腕を振り払った。  
今までにないことで、ぼくは驚いて小雪を見た。  
「っ、おゆきさまはっ、ごっ、ご、ごじっ、ご自覚が、足りませんのですっ」  
言われたことがとっさに理解できずに、ぼくはぽかんとした。  
「ご、ご次男でございますことを、どっ、どのようにお考えでございますかは存じませんのですけれどもっ、それでも、ご当家の大切なご子息でございますしっ」  
言いながら興奮してきたのか、小雪はぼろぼろと涙をこぼしながら、ぬぐおうともしない。  
「ご将来は、必ずお家にも会社にも重要な人材となられますのに、そうでなければなりませんのに、そうなるために努力なさっておいでですのにっ」  
あごを伝って落ちる涙が胸元を濡らす。  
ぬぐおうとして伸ばした手まで拒まれて、ぼくは呆然としながらもだんだん冷静になってくるのがわかった。  
小雪が、主人であるぼくにここまで逆らうことはなかった。  
何を言っても何をしても、従順だった。  
それはメイドとしてふさわしい行動で、ぼくもそれが当たり前になっていたのだ。  
でも、言い換えれば小雪は僕との間の主従の壁を決して乗り越えようとしていなかったことになる。  
ぼくが小雪を、使用人以上に考えているのとは反対に。  
だから、突然涙があふれるほど気持がいっぱいになるまで、小雪は何も言えないでいたのか。  
ぼくは、小雪の本音を聞いたことがあったのだろうか。  
 
「で、ですから、直之さまはっ、メ、メイドなどにかまけていては、いけないのでございます。い、今は、一生懸命、お仕事をなさって、それで、そのうちに、大事なおつきあいが、増えますでしょうからっ」  
「……小雪」  
「ですから、あのっ、そういうお家の、ちゃんとした、お嬢さまを、お迎えしないと、いけませんのですっ」  
「……」  
「ありきたりなこと言うんだね」  
やっとのことで言いたいことを全部言った小雪が、ぐしゃぐしゃに濡れた顔を上げた。  
「そういうことを、小雪は今考えたのか?ずーっと、考えてた?もしかして、兄さんの結婚を見ててそう思った?菜摘を見て?」  
「……あ、あのっ、あの」  
「ぼくが、今小雪が言ったようなことも考えないようなお坊ちゃまだと思ってたのかい?考えたよ。考えて、それでも小雪をお嫁さんにしたいと思ったんだよ。小雪じゃなきゃいやなんだ」  
手のひらで、小雪の頬を包むようにして涙を拭いた。  
今度は、拒まれなかった。  
「大事なことを、聞くのを忘れてたのは謝る。今、聞いてもいいかい?」  
「……は、はい…?」  
「小雪。ぼくが好き?お嫁さんになってもいいくらい、ぼくのことが好き?」  
小雪は少しうつむいた。  
 
いつもはすぐに返事をしなさいと命じてあるのに、黙っている。  
その小さな反抗が、小雪が壁を乗り越えようとしているように思えて、ぼくはじっと待った。  
沈黙が、とても長く感じた。  
ぼくの心臓の音が、小雪に聞こえるのではないかと思うくらいだ。  
きっと、小雪の心臓も小雪の小さな胸から飛び出しかけているに違いない。  
がんばれ。  
がんばってくれ。  
自分ではどうすることもできない、ただ小雪を待つことしかできない。  
小雪の唇が、小刻みに震えながらかすかに開く。  
がんばれ!  
「……小雪は」  
がんばれ!  
「こ、小雪は、こ、このお屋敷にお勤めすることに、なりまして、初めて、お廊下で」  
そこで、一度言葉を詰まらせる。  
「……な、直之さまを、お見上げしました、日の、ことを、覚えております」  
それは、いつなのだろう。  
「し、四月の、十日でございました。濃紺色のスーツをお召しで、シャツはボタンダウンで、ネクタイはブルーのドットでございました」  
どこかへ出かけるところだったのかな。覚えていない。  
「あんまり、素敵でしたので、ぼうっといたしまして、お仕事を教えてくださっていた栞さんに叱られました。直之さまの後ろに、初音さんが付いておられて、小雪ににっこりしてくださいました」  
「……うん」  
「直之さまは、小雪になぞお気が付かれませんでしたけれども、でも、でも」  
「……うん」  
小雪が、壁の上から顔を出した。  
「……その日から、小雪は、直之さまのことが…、大好きでございます」  
よく来たね。  
壁を乗り越えることに精一杯で、その壁の上から転げ落ちそうなくらい震えている小雪を抱きとめる。  
「…ありがとう」  
小雪は、ぼくよりずっと強い。  
 
ぼくは、やっとぼくの腕の中に飛び込んできてくれた、大好きな小雪を抱きしめた。  
「…だからね」  
そう、さっき言いかけていた。  
小雪が遮らなかったので、今度は言えた。  
「…あのね。抜け道はあるんだよ」  
床に座り込んで抱きしめたままそう言うと、小雪は顔を上げた。  
紅潮した頬と、潤んだ瞳。  
「あのね、小雪が一度うちを辞めるんだ。それで、どこかうちの知り合いに頼んで、そこに少しの間勤める。で、ぼくがその家に、お宅の小雪をくださいって申し入れるんだよ」  
それは、ずっとずっと考えていた。  
自分の家のメイドを妻にする方法。  
いろいろな家の、記録や伝聞を調べつくして、出合った方法。  
手伝ってくれたのは、やっぱり康介だった。  
ぼくの未来の有能な執事らしく、役に立ってくれた。  
「そ、そんなことを、あの」  
「形式的なことだけど、大事なことだからね。小雪はちょっと大変だけど、我慢してくれるかい?だって、ぼくは小雪とずっと一緒にいたいんだ。メイドじゃなくてお嫁さんにしたいんだよ」  
「でも、でも」  
ぼくはちょっとため息をついた。  
「でも?まだ、でもがあるのかい?そんなに理由をつけて断りたいほど、小雪はぼくのお嫁さんになるのがいやなのかい?」  
小雪は、今度は声を上げて泣き出した。  
「こ、小雪、は、ずっと、ずっと、そんなことは、夢のまた夢、で、かっ、考えてはいけないと、ずっと…」  
「…ごめん。自分だけで考えてないで、もっと早く小雪に言えば良かったんだよね」  
そうしてれば、小雪にこんな思いをさせなくてすんだのに。  
「そ、そのよ、な、あ、あの、ほ、ほん、とう、に、あの」  
小雪の涙が、また次から次へと頬を濡らしていく。  
 
ああ、今日は何回小雪を泣かせてしまったのだろう。  
 
ぼくは小雪が泣きやむまで、ずっと小雪を抱きしめて頭を撫で続けた。  
この頭をかわいいカッパにするまで、手放したりできるわけがない。  
ぼくは、今度はしっかり心を落ち着けてから、小雪の顔を覗き込んだ。  
やや卑怯ではあるけれど、ぼくは最後の手段に出た。  
今はまだ表向き主人とメイドであるがゆえに有効な、小雪にはいと言わせるためのちょっとずるい最終兵器。  
 
「小雪。命令だよ。ぼくの、お嫁さんになりなさい」  
 
小雪は、ぼくにぎゅっと抱きついた。  
ぼくが、むきゅっと鳴きたくなるほどに。  
そのあと、小雪が耳元でささやいてくれた言葉を、ぼくは一生忘れないだろう。  
 
「あ、あの。……かしこまりました」  
 
 
――――完――――  
 
 

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