夕食の後、部屋で勉強しようとすると、小雪がミルクティーを運んできた。
メイド学校で授業があったというだけあって、小雪に限らずメイドたちの入れる紅茶は、どんな茶葉を使っているのかと思うくらいおいしい。
カップを受け取る時に、小雪の左手の人差し指に、小さな絆創膏が巻いてあるのに気づいた。
「どうしたんだ?」
聞くと、ぱっと反対の手で隠してしまった。
「お、お見苦しくて申し訳ございません」
「かまわないけど、ケガでもしたのかい?」
「はい、あの、今日はサンルームの模様替えをいたしました。カーテンを取り替えましたのですけれど、その時うっかり脚立に指を挟んでしまいました」
失敗を叱られるかのように、しゅんとうなだれる。
ぼくはカップを置いて、小雪の右手に隠された左手を取って指先を見た。
血が滲んでいるわけでもないし、たいしたことはなさそうだと安心する。
「気をつけないといけないな」
「はい…」
「しかし、脚立とは驚いたね。小雪はそんな仕事もするのか?」
「小雪は、小そうございますので…カーテンの上まで手が届きません」
いや、うち中で一番背の高い人間でも、サンルームの天井近くから下がるカーテンを脚立なしでは外せないだろう。
「でも、これからは誰か男の使用人にさせなさい。もし脚立から転がり落ちたりしたら大変じゃないか」
「…小雪は、そんなにそそっかしく見えますのでしょうか」
小雪はちょっと不満そうに唇をとがらせて、小首をかしげる。
「こら。口答えしない」
見ているうちに気になって、指先の絆創膏をはがしてしまった。
ちょっと皮膚が擦りむけた程度なのだろう、赤くなっている。
「小雪は、昼間ぼくがいない間はなにをしてるんだ?」
今まで、留守の間の担当メイドの仕事などあまり気にしたことがなかった。
家の中をきれいに保つだけなら、担当メイドじゃなくて一般職のメイドや使用人でできるだろうと思っていた。
「あの、お仕事をいたします…」
ぼくに手を取られたまま、今度はちょっと困ったように首を傾かしげる。
見慣れてはいるけど、小雪のこの癖は、ときどきものすごくかわいい。
ぼくは小雪の赤くなった指先を口に含んだ。
「あ、あああの、あのっ」
「ほら、もう絆創膏はやめなさい。このくらいなら、乾かした方が早く治る」
「は、はい…」
手を離すと、真っ赤になった顔を伏せて、身体の前で両手を組み合わせる。
ぼくは机の前の椅子をくるっと回して、小雪と向かい合った。
「で?どんな仕事をしているんだ?」
「どんな…。いろいろでございます。ほんとうに、いろいろ」
「ふうん」
いつものように、ぽん、と膝を叩いた。
「ここにおいで」
ソファではなく、勉強机の椅子に座っているので、僕の膝は少し小雪には高かったのかもしれない。
背伸びするように、小雪はぼくの膝の上に小さなお尻を乗せた。
ウエストに手を回して、落ちないように抱いてやる。
それから、耳元で言う。
「じゃあ、今日一日、なにをしたのか言ってごらん」
わずかに考えてから、小雪は口を開いた。
こんなふうに膝に座らされるのにも慣れたのか、お腹に回されたぼくの腕に、そっと手を乗せる。
「朝、直之さまをお起こしいたしまして…、お仕度のお手伝いを」
「知ってる。ぼくが出かけるところまでスキップしていいよ」
「…はい」
小雪はまたちょっと考える。
一日を報告しなさい、と言われて最初から始めたので、途中をとばすのに考えを整理したのだろう。
小雪は決して頭の回転が鈍い子ではないのだが、真面目すぎて硬いところがある。
そこがまた、かわいいんだが。
「お見送りがすみましたら、お部屋のお掃除をいたしまして、それからお洗濯をいたしました。お天気が良うございましたので、リネンなどはお外に干しまして」
「うん。ぼくは太陽の匂いのするシーツが好きだからね。ありがとう」
「そ、それからアイロンかけなどをいたしますと、お昼でございますので、みんなと一緒にサンドイッチを作っていただきました。
あの、小雪はちょっと手が遅うございますので、ほんとうはもっと早くできるのかもしれないのですけれども」
「うん。かまわないよ。それで、お昼はサンドイッチだったんだね。朝ご飯はいつ食べるんだい?」
「はい、みなさまがお朝食をなさっている合間に、厨房でおむすびをいただきます」
「それだけ?」
「で、でも、メイドはみんなそういたしますし、あの、おむすびといっても、雑穀を混ぜたカルシウム強化米というのを炊いておりますし」
ぼくはいつも、コックが栄養価を考えて作ってくれた朝食を当たり前のように食べている。
その影で、メイドたちがそそくさと雑穀のおむすびをほおばっているというのは、少しショックだった。
父や兄は、こういうことを知っているのだろうか。
「あの、コックの西嶋さんが作ってくださいますので、ほんとうにおいしゅうございます。直之さまがお口になさるようなものではございませんけれども、でも」
「…わかった。朝はおむすびで、昼はサンドイッチだね。午後からはどうするの?」
考えながら、小雪の指先が無意識にぼくの手を撫でた。
「午後は…、メイドたち何人かでサンルームの模様替えをいたしました。カーテンを替えまして、家具を動かしてカーペットも毛足の長いものにいたしまして、
あと家具のカバーや壁の絵などもお取り換えいたしました」
「重労働じゃないか」
「でも、みんなでいたしましたし…。あ、大きなものは北澤さんにもお手伝いいただきました」
「ふうん。それは、大変だったね」
「それから、ほかのメイドはお庭のお花に水をあげたり、明日は奥さまが、お客様をお招きしますので、セッティングの準備などいたしますのですけれども、
小雪は今日はお稽古でございましたので、離れのお茶屋へ参りました」
うちは、メイドといえ一通りの教養は教え込む。
確か、メイド学校で教わることのほかに、お花にお茶、舞踊といったものからマナーや政治経済の授業もあるらしい。
「へえ、今日は小雪はお茶のお稽古だったのかい。今度、小雪にお茶を点ててもらおうかな」
「と、とんでもございません!」
ぼくの膝の上で、小雪がパタパタと慌てた。
ちっちゃいペンギンのように。
「こ、小雪はほんとうにお茶が苦手でございますので、あの、いつも先生にお叱りをいただきます」
「それはいただけないな。お茶なんてメイド学校で少し習っただけだろう?忙しい仕事の合間のお稽古なのに、そんな怒りっぽい教え方は良くないだろ」
「あの、あの、そうではございませんのですけれども、一緒にお稽古するメイドはお褒めいただけるのですけれどもっ、あの、こ、小雪は」
膝の上で、小雪が大人しくなった。
声も小さくなる。
「あの小さな入り口からにじって入りまして、先生にご挨拶いたしましたり、お掛け軸など眺めましたりしておりますうちに、なんと申しますか、あの、
頭がぼんってなりまして、ご亭主なさいませと先生が申されますと、もうお柄杓を取り落としてしまいましたり、棗をひっくり返しそうになりましたり、
袱紗のたたみ方などすっかり頭が真っ白になってしまいまして、ようやくお茶にお湯を注ぎましても、かき回す手が震えて震えて」
一生懸命説明する小雪の後ろで、その姿が容易に想像できて、ぼくはぷっと吹き出した。
上手にやろう、教えられた点前のとおりにやろうとすればするほどパニックになる小雪が、見えるようだった。
「そうかそうか、いいよ。ま、うちはお母さまがお茶会なんぞ催す人でもないし、水屋を手伝えとも言われないだろうからね。
苦手ならそのうちやめられるように話してあげようか」
「い、いえいえっ、とんでもございません、お稽古をさせていただけるなんてメイドにとりまして身に余ることでございますのに、
出来ないからやめさせていただくなどっ、小雪は一生懸命お稽古いたします!
いずれ、必ず直之さまにお茶を差し上げられますように、お稽古いたしますから!」
小雪が身体をよじって後ろを向いたので、ぼくは必死に動く、その小さな唇に軽くキスをした。
「……!」
お茶の先生にご亭主なさいませ、と言われた時の小雪もこんな感じなのかと思うくらい、小雪はぼんっと真っ赤になった。
もちろん、音は僕の頭の中で聞こえたのだけど。
「それで?午後は模様替えとお稽古だったんだね?」
後ろから抱くのもいいけど、やっぱり小雪の顔を見たい。
ぼくは小雪の膝の裏に腕を入れて、横抱きにした。
小雪は身を縮ませるようにして、顔を見られないようにぼくの胸に頬を摺り寄せる。
うん、これはこれでまたいい。
「はい。あ、いえ、お茶のお稽古の後に、お着物の着付けのおさらいをしていただきまして、それからお買い物に参りました」
「へえ。なにを買ったの」
「テーブルセッティングの準備をしておりました皆さまから、ナプキンが足りないかもしれないという話がございましたので、
デパートへお電話いたしましたら、なんとか一揃い用意できそうだということでしたので、それを買いに参りました」
「ナプキンなんか、うちには山ほどあるじゃないか」
「そうなのでございますけれども、明日のお招きは正式なアフタヌーンティーでございますし、
お菓子も食器もたくさん用意しなければなりませんのですけれども、ナプキンの色を飾るお花にあわせるのに、
しまい込んであった物を出してみましたら、数が足りませんでしたので・・・」
「へえ。テーブルセッティングにもいろんな決まりがあるからね。ぼくなんぞは皿に模様があろうがなかろうが、クロスに刺繍がしてあるかどうかも気づかないけれどね」
母は、ぼくらのような学生たちの交流会の延長で、あちこちの奥さま方と集まってはやれティーパーティーだお能の鑑賞会だと出かけたり招いたりしている。
招かれては招き返すから、自然と主催者が競い合う形になるらしく、自分でそう言うことを仕切るのが苦手な母にセッティングを任されるメイド長はいつも大変らしい。
「はい。でも、奥さまのお客さまですと、そういったことに、お詳しい方ばかりですので」
語尾が、小さくなる。
「小雪はそういうの、苦手なのかい」
「苦手ともうしますか、あの、ドレスコードですとかセッティングですとはの、決まりごとが多うございますから。先日も操さんが旦那さまのお支度をなさるのに、
小雪に、シャツのカラーとフロントはどうするかわかりますかとお尋ねになって、それからベストは、お靴は、とお尋ねになりましたのですけれど、
小雪はまた頭がぼんっとなりまして、ではご一緒する奥さまのドレスはどう、ですとか、ステッキはどう、ですとか」
「まるで試験じゃないか。操も意地の悪い」
「いえいえ、そうではございませんのですけれど、操さんはそうやって若いメイドを教育してくださるのです。でも小雪はほんとうに覚えが悪くて
明日のティーもとくにヴィクトリアンで用意なさるとお教えいただきました」
「・・・ふうん。メイドも大変なんだね」
正直、ぼくは覚えが悪いと嘆く小雪の言っていることでさえ半分もわからなかった。
社交というものは、かくも様式化され、めんどうくさいものなのだ。
「でも、がんばって覚えておくれね。ぼくが外で、一人だけ違う靴を履いていたりしないように」
「もちろんでございます、小雪のせいで直之さまが恥をおかきになるなど、そんなこと!」
「うんうん。わかってるから」
ぼくは小雪の髪を撫でた。
小雪の毎日は、ぼくが思っていた以上に忙しく、大変なものらしい。
「・・・小雪は、ほんとうにまだまだいたりませんのですけれども、でも、でも一生懸命いたしますから、です、から」
急に、小雪の声が途切れた。
どうしたのかと覗き込んで見ると、まぶたが落ちそうになっている。
ぼくはそっと小雪の額に唇を押し付けた。
「今日は忙しかったね、小雪。疲れたんだね」
ぼくの腕の中で、小雪がすうっと寝息を立てた。
主人の膝の上で眠ってしまうなど、メイドとしてけしからぬことこの上ない。
目を覚ました後、自分のしたことに気づいて、またパニックになる小雪を想像すると楽しくなる。
小雪が目を覚まさないように、そっと寝室に運んでベッドに降ろし、ブランケットをかけた。
「お菓子を、どうぞ…」
勉強に戻ると、寝言が聞こえてきた。
夢の中で、お茶の稽古をしているようだった。
おやすみ、小雪。
――――――――
「きゃあああっ!」
小雪の悲鳴が朝の寝室に響いた。
日頃は、あまり寝起きのよくないぼくではあるが、さすがにこれは一気に目が覚めた。
「おはよう」
昨日、ぼくの膝の上で眠ってしまい、ベッドに寝かせた小雪は、ほっぺたをつついても、お尻を撫でても目を覚まさなかった。
どうせ翌日は土曜だし、早起きする必要もないので、ぼくは小雪をそのままにしてパジャマに着替えるとその隣に寝ることにした。
その結果が、朝のこの悲鳴である。
目を覚まし、状況を把握したらしい小雪は、主人のベッドでメイド服のまま寝ていたこと、しかも隣で主人が眠っていることでパニックになった。
しかも、ぼくが横向きで小雪の身体に腕を回しているので起き上がることもままならず、きゃあきゃあと叫んで両手で顔を覆ってしまった。
「おはようってば、小雪。よく眠れた?」
「も、申し訳ございません!とんでもない失態をっ」
「うん」
「あ、あのっ、あのっ」
小雪の身体に回した手に力をこめてぎゅうっと抱き寄せたので、小雪はパタパタと手足を動かした。
「小雪は大失態だよ。ぼくより早く寝ちゃうんだから」
「あの、あの、あの、も、申し訳ございません!!」
ようやくぼくの手を振り切ってベッドから飛び降りた小雪が、頭を床につけそうなくらい下げた。
小雪に逃げられたぼくは、布団の中から体を半分乗り出して、小雪の背中を軽く叩いた。
「小雪、小雪。頭に血が上るよ」
「ふぇ・・・」
こんな事態は予想もせず、メイド学校で対処法も習っていないだろうから、どうしていいかわからないのだろう、ぺたんと床に座り込んでしまった。
ぼくはベッドの縁に腕を乗せて、顔を出した。
「ねえ、小雪。ここにおいで」
小雪が、恐る恐る顔を上げる。
ぼくはベッドの上にあぐらをかいて、その前のシーツを叩いた。
「そちらで、ございますか…」
「ほら、口答えしない」
小雪は、しわくちゃになった制服を気にしながら、のろのろとベッドに上がり、ぼくの正面に正座した。
「ねえ小雪、今日は土曜日なんだよ」
「はい…」
「ぼくは今日、学校もないし、これといった予定もないんだ。小雪は?」
は?と言うように、小雪はやっとぼくの顔を見た。
「小雪は、今日の予定は?」
「予定、とおっしゃられましても…、直之さまがご在宅でございましたら、小雪は直之さまの担当メイドでございますから」
「うん。じゃあ、ぼくは今日は引きこもる」
「はい・・・、はい?」
ぼくは脚を崩して身体を倒し、小雪のひざに頭を乗せて横になった。
「最近は忙しかったから疲れた。ぼくは今日、小雪に世話をしてもらって一日引きこもる」
「あ、あの」
「あーあ、昨日は小雪がさっさと寝ちゃったからさ、ぼくはお風呂に入れなかったんだよ」
「あ、あのっ」
「だからさ、朝風呂がしたいんだけど」
「はい、はいっ、今すぐお支度を、あの」
ぼくの頭が膝に乗っていて動けないので、小雪が戸惑う。
もっと戸惑え、もっと困れ。
主人のベッドで一晩熟睡するようなメイドには、もっともっとお仕置きが必要なのだ。
ぼくはだんだん楽しくなってきた。
小雪の背中に腕を回して、お腹に頬ずりする。
「小雪も、お風呂しなかっただろう?一緒に入ろうか」
「ははははははははははい?!」
「洗ってくれるよね?」
ぼんっ。
結局、小雪の頭がパンクしてしまったので、ぼくは大笑いして小雪を解放してやった。
小雪は大慌てでしわくちゃのメイド服を着替えに部屋に戻り、しばらくしてからぼくの朝食をワゴンに乗せて戻ってきた。
平日は家族全員が揃わなければいけない朝食も、休日はのんびり出来ていい。
もうほとんどブランチと言っていいような時間に、ぼくはあくびとともに小雪を迎えた。
「遅くなりまして申し訳ございません、お厨房のほうが、あの、本日はアフタヌーンティーがございますのでばたばたしておりまして、もちろんお朝食は出来ておりますのですけれど、小雪がいたりませんで」
ぼくにしゃべらせまいとするように、小雪はまくしたてながらティーポットにお湯を入れて紅茶の準備をした。
ベッドに身体を起こしてヘッドボードによりかかったまま、ぼくはストレートティーのカップを受け取る。
「…小雪」
「はい」
「熱いよ。ふうふうして」
カップを差し出すと、小雪はいつものように小首をかしげた。
「そうでございますか?」
それでも、両手でカップを抱えて、ふうふうする。
「これでよろしゅうございましょうか」
「うん、ありがとう」
「お食事はみんなこちらで召し上がりますか?」
ベッドから降りようとしないぼくに、小雪がカリカリのトーストの乗った皿を持って聞いた。
「うん。はい、あーん」
「・・・あーん」
小雪は指一本動かさないぼくに、パンと卵料理とフルーツを食べさせてくれた。
うん、こういうのも悪くない。
「あ、お風呂のお支度をいたしましょうか」
皿やカップをワゴンに片付けながら、小雪が聞いた。
「まだいいよ。食べたばかりだから。はい、ここ」
隣を叩くと、小雪はぼくの首から外したナプキンをたたんでワゴンに置いてベッドに上がると、ぼくの隣にちょこんと正座した。
慣れたものだ。
「うんしょ、っと」
小雪の膝枕で横になる。
「あの・・・」
沈黙に耐えかねたのか、小雪が言う。
「なに」
「きょ、きょうは、直之さまは、あの、ずいぶんと」
「うん」
「あの、甘えんぼさんでいらっしゃいます」
思わず、ぷっと笑ってしまった。
「うん。そうかもしれないね」
「なにか、あの、ございましたのでしょうか」
「なにかないと、小雪に甘えてはいけないのか」
「そ、そんなことは、ございませんのですけれどもっ」
「じゃあ、いいんだね」
「は、はい…」
「小雪はあったかいからね。好きだよ」
ぼんっ。
目を閉じると、小雪の指がゆっくりぼくの髪をすいてくれた。
今日は、部屋から一歩も出ないでおこう。
母がアフタヌーンティーをやるから、うっかり庭に出たお客様と顔を合わせたりしないように、窓のそばにも行かない。
できればずっとベッドの上にいて、そばに小雪を、小雪だけを置いて。
小雪に髪をすいてもらっているうちに、ちょっとむずかゆくなってきた。
「小雪」
「はい」
「お風呂」
「はい」
ぼくの頭をそっと枕に下ろして、小雪はうっと声を上げた。
「小雪?」
「・・・あの、あのっ」
「どうした?」
「・・・脚が、しびれてしまいました」
笑いながら小雪の脚をつつくと、振り払うことも出来ず、また小雪はパタパタとペンギンのように手を動かして耐えた。
お風呂にお湯をはって、ぼくは小雪にパジャマを脱がせてもらった。
シャワーで流してからバスタブにつかる。
いい香りがする入浴剤を溶かしてくれたらしく、お湯はピンク色に濁っていた。
ドアのそばに控えている小雪を呼ぶと、すぐに返事をした。
「ここにきなさい」
「・・・はい?」
すりガラスのドアの向こうで、小雪が小首を傾げるのがわかる。
「口答えしてはいけない、と言ってるだろう?」
「あ。あの」
「入ってきなさい。はい、ここ」
ぱちゃぱちゃとお湯を叩く。
しばらく迷ってから、小雪は思い切ったようにドアを開けた。
「し、失礼いたします」
湯気の向こうで、小雪の顔が真っ赤だ。
「こら」
「…はい」
「ぼくは、ここに来なさいといったんだよ。服を着たままでどうするんだ」
「はい…、は、はい?!」
にっこり、笑ってみせる。
「今日のぼくは、甘えんぼさんなんだ」
なにか言いながら、小雪が後ずさってドアを閉める。
ドアの向こうの影を見ていると、しばらく迷った挙句、覚悟を決めたのかメイドの制服を脱ぎ始めた。
ぼんやりとした影が、エプロンをはずし、ワンピースを落とし、下着を取る。
再びドアが開くと、うっすらした湯気の向こうに小雪が立っていた。
「よろしゅうございましょうか・・・」
すでに、恥ずかしさのためか肌がほんのり赤い。
ぼくはわざと見ない様にして、目の前のお湯を指差した。
「はい、ここ」
小雪はそろそろとバスルームに入ってくると、シャワーのお湯を身体にかけてから、ぼくに背を向けるようにしてバスタブをまたいだ。
入浴剤が入っているから、お湯にさえ沈んでしまえば体は見えない。
小雪に正面を向かせ、ぼくの脚をまたがせると、正面から見る顔は今にも泣き出しそうだ。
お湯から出た華奢な肩を引き寄せると、小雪はびくっとしてお尻を浮かせた。
お湯の中で、なにかが小雪の下腹に当たったのだ。
ぼくは気づかなかったふりをして、お湯の中で小雪を抱きしめた。
「いい香りだね。なんていう入浴剤?」
小雪が言った複雑な名前は覚えられなかった。
お湯の中で小雪の背中を撫でる。
ものすごく、人肌が恋しい。
理由は、わかっている。
暖かいお湯の中で小雪を抱いていると、安心する。
「ね、小雪」
「…はい」
「キスしようか」
ぼんっと真っ赤になるかと思ったら、小雪はちょっとうつむいたまま小さな声で答えた。
「…はい」
小雪の顎に手をかけて、上を向かせる。
お湯と蒸気で濡れた唇に、自分のそれを重ねる。
押し開いて、舌を入れた。
「…んっ」
小雪が差し出した舌をむさぼるように絡めると、小雪がぼくの背中に腕を回してきた。
抱き寄せると、ぼくの体に小雪の胸が当たった。
お。
意外と、あるかもしれない。
服の上から触ったときより重量感がある。
にごり湯のせいで見えないのが、かえってそそられる気がした。
小雪が、より深くぼくを求めるようにお湯の中で膝立ちになって乗りかかってきた。
思いのほか積極的な行動に、ぼくはバスタブの底で尻を滑らせ、小雪に上になられたままお湯に沈んだ。
「んごぼ…」
「きゃあ、直之さま!直之さま!」
小雪に助けられるまでもなく、バスタブの縁に手をかけて身体を起こした。
「大丈夫かい、小雪?」
「申し訳ございません申し訳ございません、直之さまを溺れさせてしまうところでございましたっ!」
「まったくだ」
笑いながら体勢を立て直す。
目の前に、おっぱいがあった。
夢中で、お湯から身体が出ていることにも気づかないようだ。
「これ以上入ってたらのぼせるからね、ちょうどいい。身体を洗ってくれるんだろう?」
ぼくの視線に気づいたのか、小雪は小さく叫んで両腕で胸を覆ってしまった。
その小雪を横抱きにしてバスタブから上がる。
浮力のなくなった小雪は、それでも軽かった。
「あの、あのあのあの、あ、危のうございますからっ」
「大丈夫だよ、小雪は軽いね」
洗い場の椅子に腰掛けさせると、小雪は胸を隠したまま悲しそうな顔をした。
「…それは、小雪がぺったんこだからでございましょうか」
「ん?」
前に言ったことを気にしているらしい。
「ぺったんこかい?どれどれ?」
両の手首をつかんで開くと、小ぶりとはいえ形のいいふくらみが二つ。
薄い身体のわりには豊満といってもいい。
閉じた脚の間に、うっすらとした影がある。
これは、すばらしい。
立たせると、ウエストが高くて脚が長い。
小柄なのにバランスがいい、バービー人形のようだ。
「…ぺったんこなんかじゃないよ。小雪はとってもきれいだ」
「そ、そうでございましょうか」
「うん。さ、洗ってくれるかい」
小雪が恥ずかしそうにスポンジに泡を立てて、滑らせるようにぼくの体を洗う。
胸から上を洗うときには、少し背伸びをしなければならなかった。
泡を流す前に、今度はぼくが泡を手にとって小雪を洗った。
洗うというより、ほとんど愛撫になった。
乳首を擦るように胸を揉み、脇と背中から腰まで撫で下ろす。
太ももの内側に、手をゆっくり上下に滑らせる。
「ほら、小雪。洗い忘れてる」
洗われてうっとりしていた小雪が、はっとする。
「あ、はい。…はい?」
耳の裏から足の指まで丹念に洗ったはずのぼくに言われて、小雪が泡だらけのまま潤んだ目でぼくを見た。
「こ、こ」
指差した場所をまともに見下ろして、小雪がついにパンクした。
「あ、あの、あああああのっ」
「洗って。大事なとこだから」
主人の命令には逆らえず、小雪は恐る恐るぼくのペニスを手に取った。
「丁寧にね。裏も、下側も…、そう」
小雪の指がたどたどしく動き、心地よさが上ってきた。
「よろしゅうございましょうか…」
小雪が真っ赤な顔を伏せたまま言った。
ぼくはシャワーで自分と小雪の泡を流し、上気した小さな身体を後ろから抱いて乳房を手で愛撫しながらささやく。
「ね。セックスしようか」
小雪は、こくんとうなずいた。
体を拭くのもそこそこに、ぼくは小雪を抱き上げてベッドに転がり込んだ。
とにかく、夢中で小雪の身体をむさぼった。
最初は固く緊張していた小雪が、だんだん力を抜いていくのがわかる。
気の遠くなるほど長い時間をかけて、ぼくは小雪の身体を隅々まで愛撫した。
くっきりと浮き上がった鎖骨も、細い腕も、上を向いても流れたりしないぷりぷりしたおっぱいも、縦に刻まれた小さな臍も、
その下のふわふわとした柔らかい陰毛も、ひきしまった太ももも、柔らかな膝の裏も、すらっとしたふくらはぎも、シンデレラのように華奢な足も、その指も。
そして、初めて男を受け入れようとしている小雪の肌が熱を持ち始めた頃、ぼくはついに秘境に達した。
溝にそって縦になぞる。
小雪がびくっと震えた。
何度もゆっくりと指を動かしてから、脚を立てて開かせる。
固く閉じていたそこがかすかに水音を立てて開いた。
それが聞こえたのか、小雪が両手で顔を隠した。
指で開くと、ピンク色。
「きれいだよ、小雪」
舌先でつつくと、もう一度小雪が跳ねた。
「きゃっ…!」
舌を大きくして下から舐め上げる。
ぺちゃぺちゃと音を立てて、通りすがりに尖らせて中までえぐるようにすると、小雪の腰がうねった。
「や、あ、あの、あのあのっ、ひゃ、あ!」
皮に包まれたクリトリスを舌先で剥くように舐めると、顔を隠していた両手をベッドに落としてパタパタとシーツを叩く。
「あん、あ、あのあの、あ、あ」
「おいしいよ、小雪。かわいいね」
顔を離して、ぐったりした小雪の背中に手を回して抱き起こす。
「あ、あの、申し訳、ございま」
もう口癖になっているような謝罪を口にしながら、小雪はぼくの首に腕を回してしがみついた。
「あの、な、なおゆ、き、さま、あの」
「なに」
「こ、これは、あの、直之さまの、あの」
「うん。なに」
聞きながら、小雪の秘所に指を当てる。
未開の地を探検するように、くちゅくちゅとかきまぜた。
初音との時とは違い、今度はぼくのほうに余裕がある。
痛くないように、しなければ。
「あ、あん、あの」
「だから、なに」
「こっ、小雪は、お、お、お手、がっ」
「…ん?」
少し小雪を抱く腕を緩めて、顔を覗き込む。
その間中、中を弄られ続けているせいで、真っ赤な顔で息を乱している。
「あ、あ、んっ」
「なに?小雪はそんなにぼくのお手つきになりたかったわけ?」
「ん、あ、あのっ、でも、あの」
「なんでそんなにお手つきにこだわるわけ?」
「ん、あ、そうい、では、ござ、ません、の、ですけ、れど、もっ、あっ」
「小雪はずーっとぼくをそういう目で見てたのかい?」
「とんでもっ、ござ、あん!で、ですけれ、ど、あの、たっ、担当、メイドがっ、あっ、お、お手も、つか、な、あん!」
どうやらなにか話したいようだ。
ぼくは指を入れたままで動きを止めた。
「ん?」
「あ、あの、メ、メイドの間で、な、菜摘さんは、ご主人にとてもかわいがっていただいて、よくお仕えしてて、あのっ、でも、こっ、こゆ、き、はっ」」
「ぼくだって小雪をかわいがってるじゃないか」
「そ、そうなのでございますか?」
「うん、ほら」
「きゃっ」
指を動かすと、小雪がのけぞった。
倒れないように、抱きとめてやる。
なるほど、メイドたちの間でもいろいろあるのあろう。
小雪が一生懸命に働いていても、陰口を叩かれることはあるのかもしれない。
「で、でも、直之さまは、小雪のことを、カッパになさいますしっ、ぺ、ぺったんこだとおっしゃいますしっ」
指を伝って蜜が流れ落ちる。
「そんなことを気にしてたのかい」
中をかき混ぜながら、乳首を唇で挟んだ。
「あ、で、でも、でもっ、あっ」
「ぼくは、小雪がカッパになってもかわいいと思うし、ずっとそばにいてもらいたいよ。それに、ほら」
手を添えて、乳房に舌を這わせる。
「ちっともぺったんこじゃないよ。今まで見せてくれなかったからわからなかったんだ」
「ほ、ほんとう、で、ご、ざいますか、あっ」
小雪をそっと仰向けに倒して、脚の間に入る。
「あの、あの」
「お手つきにするよ」
「…え?」
濡れそぼったそこにペニスを擦りつけた。
「きゃ…」
「いやかい?」
「いえ、いえ、あの、そんなことはございませ、あ」
大きく開かされた脚の間で、小雪の粘膜がひくついていた。
それを見ながら、挿入の準備をする。
「ごめん、もしかして辛かったら言って」
「はい、え、あ、ああ!」
ぐっと押し当てる。
したたるほど濡れているのに、そこは固く、一度ならずぼくを押し返した。
「小雪…っ」
何度目かで、ぼくは小雪の中に入れた。
暖かく、強く締めてくるそこはとても気持ちよかった。
そのまましばらく動かず、小雪を抱きしめた。
さっきお風呂に入ったばかりなのに、肌が汗ばんでいるせいかしっとりと吸い付いてくる。
ぼくと同じボディシャンプーの匂いがした。
「大丈夫?」
「は、はい」
「これから動くけど、痛かったら」
「大丈夫でございます。あの」
小雪が、はにかんだように笑った。
「……直之さまで、ございますから」
動き始めると、小雪が抜き差しの度にわずかに顔をゆがめる。
それでも痛いとは言わないのをいいことに、ぼくは小雪の小さな身体を揺らしながら突きたてた。
片足を持ち上げて角度を変えるとそのほうが楽なようで、途中から息遣いが変わる。
「ん、は、あ…、ん」
掴む物を求めて宙を泳ぐ手を握ってやる。
後ろからもしたいような気もしたが、まだあせることはない。
小雪にとって辛い経験にならないよう、ぼくはなるべく優しく動くようにしていた。
「あ、あ、ん、な、なお、ゆきさ、ま、ああんっ」
突きながら、そっと顔を出したクリストスをこねてやる。
小雪の腰が小さく揺れ始めた。
目を閉じて口だけで呼吸しながら、腰を押し付けるようにして、ぼくの手をぎゅっと握っているその姿が愛しかった。
「いくよ…、いいかい」
「は、はい…はい?」
小雪の答えを待たずに、ぼくは速度を上げて腰を打ちつけた。
「ぁ、あ!んんん!」
波に翻弄される木の葉のように、小雪が跳ねる。
「あ、あ、あ!」
限界だ。
「う…」
ぼくは低くうめいて、小雪に締め上げられながら熱を放った。
余韻を楽しみたい気はあったが、とりあえず引き抜いて処理する。
最中は気づかなかったが、シーツに擦れたような薄赤い汚れがついていた。
思っていたより激しく動いていたのかもしれない。
ぼくは小雪の隣に横になって、まだ息を上げている小雪にブランケットをかけて、頬に手を当てた。
「大丈夫かい、小雪?」
「は、はい、あの。…はい」
頭からブランケットにくるまって身体を丸める。
すがり付いてくるのがかわいい。
「はい、ここ」
とんとんと指で胸を叩いて言うと、ちらっと顔を出す。
「そちらでございますか…?」
「うん。ここ」
小雪が上半身を起こして、ぼくの胸に頭を乗せた。
「小雪」
「はい」
「…呼んだだけ」
「…はい」
庭のほうから、かすかに人の声がする。
どれほどぼくは小雪とこうしていたんだろう。
もう、母のお客さまが来ているようだ。
小雪を抱きしめた。
なんだか少し眠い。
しばらく黙ってそうしていると、小雪がもぞもぞと動いた。
「…小雪?」
「あ、あの…ちょっと、よろしゅうございましょうか」
「なに?どうした?」
小雪は自分の身体に巻きついたぼくの腕から逃れようと、遠慮がちに手をかける。
「ああああの、あの、…あ」
ぼくの腕をほどこうとしていた小雪が、ぴたっと止まった。
「ん?」
「…ふぇ」
なんだ?
小雪の背中に回していた手をお尻まで撫で下ろすと、小雪がパタパタして逃げようとする。
「ああ、出ちゃったのかい」
言うと、小雪が顔を押し付けてきた。
「も、もう、しわけ…」
「どれ、見せてごらん」
「ふぇえ?!」
ころんと小雪を転がして、簡単に脚を開かせる。
「なななななななな、なおゆきさまっ!」
「ああ、これは気持ち悪いね」
血の混じったような蜜がとろりと流れ出ていた。
ぼくのは中に出してはいないから、これは小雪のものだろう。
舐めてやろうと顔を近づけると、恥ずかしそうに小雪が脚を閉じかける。
ぼくはベッドサイドからティッシュを引き抜いて、そっと拭いてやった。
「痛む?」
「あの、あのあのあのっ」
ブランケットをかけなおして、また抱きしめる。
「あのね、小雪」
「…はい」
「これでもう、小雪はぼくのお手つきなんだよ」
「・・・はい」
「だから、これからもずっとぼくのそばにいておくれね」
小雪の腕がぼくの首を抱いた。
「よろしいのですか?」
「…うん」
今度はぼくが小雪の小さな、でも柔らかな胸に顔を埋めた。
「しばらくこうしてるよ。ぼくは今日は甘えんぼさんなんだ」
「…存じております」
「ん?」
「あ、いえ」
小雪が、ぼくの髪を撫でた。
どうやら、ぼくをカッパにするつもりらしい。
「不思議かい?急にぼくが、こんな…まあ、こんな状態で」
小雪は、ちょっと考えた。
「いえ、あの。よくは存じませんのですけれども、あの、今日の、奥様のアフタヌーンティーでございますけれども」
「うん?」
「…三条さまの奥さまも、お招きになっているということでございました。あの、若奥さまもお披露目なさるとか」
「…うん」
「ご存知だったのでございましょう?」
知っている。
初音が、今日、この屋敷に来ている。
ぼくの担当メイドとしてではなく、三条市武の夫人として。
「ですから、あの。今日、直之さまが、甘えんぼさんでしたのは、そのせいでございましょう?」
ふうん。
なかなか、鋭いところもある。
「それで?小雪は?ぼくがそんな理由で、小雪に手をつけたのを怒ってる?」
「と、とんでもございません。あの」
ぼくの頭に直接小雪の声が響く。
なんだか、本当に眠くなってきた。
「それは、直之さまが、…三条さまの若奥さまのことで、なにかお考えだといたしましても、それは小雪などには、難しくてよくは存じ上げませんのですけれども、でも」
「…うん」
「でも、今日、甘えんぼさんの直之さまと、ずっとご一緒してますのは、小雪でございまでしょう?」
「…うん」
ぼくは、小雪を強く抱き寄せて目を閉じた。
この胸で、窒息してもいいと思った。
小雪。
かわいくて、優しくて、強い。
「…ですから、小雪は、それだけで、ほんとうに…」
小雪の声がだんだん遠くなった。
――――了――――