『メイド・小雪 7』  
 
十二月に入ると、朝の着替えのときに小雪が薄手のセーターを出してきた。  
大学はもう暖房が入っているし、ぼくはそんなに寒がりじゃない。  
だいたい、カッコ悪いじゃないか。  
「そうでございましょうか。でも、もし直之さまがお風邪などお召しになりましたら…」  
心配する小雪の頭を撫でてやる。  
「いいよ、じゃあ来週になったらセーターを着る」  
「は、はいっ」  
小雪は嬉しそうにセーターをしまい、かわりに厚地のシャツを着せ掛けた。  
まあ、このくらいは心配性の小雪に免じてよしとするか。  
「あ、あの、クリスマスパーティーのお召し物でございますけれども」  
シャツのボタンを留めながら、小雪が言う。  
「今日、出来上がってくる予定でございます」  
「ああ、そう」  
「タイとカマーバンドは、ご用意したものでよろしゅうございましょうか。あの、カフスボタンは今お持ちのもので」  
「うん、いいよ。小雪にまかせる」  
「…はい」  
小雪がぼくの担当メイドになってから、正式なパーティーに出席するのは初めてだ。  
年末は、大学のクリスマスコンパといったものから、交流会のメンバーが集まる若手のパーティー、グループ会長である父が主催する正式なものまでが立て続けにある。  
クリスマスが終わっても、小雪たち使用人は年越しと正月の準備に大忙しだ。  
やることがたくさんあって、小雪の頭は最近やや混乱状態のようだった。  
 
しばらく前に、今までのタキシードを着てみたところ、あちこち身体に合わないことがわかった。  
背が伸びたのかなと思いながら、仕立て直すことにしたのだ。  
「お背が伸びたと申しますより、お体が出来てまいりましたのですね。筋肉が増えて、たくましい大人の体型におなりです」  
たテーラーの職人がそう言っていた。  
そのタキシードが出来上がってくるのだろう。  
「お靴は、ストレートチップでよろしゅうございましょうか…」  
小雪の頭の中は、クリスマス期間にぼくが着る服のことでいっぱいのようだった。  
正式な場であればあるほど、主人の装いには担当メイドの実力が試される、と脅かされたらしい。  
ぼくは小雪の頭にもう一度、手を乗せて撫でた。  
「それでいいよ。ありがとう」  
小雪が着せてくれるのなら、ぼくはメイドの制服でだってパーティーに出る。  
 
その日の授業のあと、聡が買い物に付き合ってくれというのでぼくは一度家に帰ってから、倉橋家の車で出かけることになった。  
予定外の行動だったので、小雪はお使いででも屋敷を空けているのか、出迎えに出なかった。  
物足りない気はしたが、屋敷に入って着替えるわけでもない。  
そのまま、迎えの車に乗り換えて走り出したとき、裏玄関のほうで小雪らしいメイドの姿がちらっと見えた。  
ああ、すれ違いになったな。  
そう思ったとき、小雪が一人ではないのに気づく。  
やけにひょろっとしたその立ち話の相手は、使用人の誰かだろうか。  
主人の帰宅にも気づかないほどの、なんの用があるんだ。  
帰ったら、みっちり叱ってやろう。  
うん、ひとつ楽しみができた。  
 
で、聡がなにを買うのかと思えば、最近始めたというゴルフのウェア。  
この寒いのに、ゴルフ。  
誘わないでくれるといいな、と思っていたら、まだそんなレベルではなく、冬のうちに練習して春にコースデビューをするんだそうだ。  
「直之はどれくらい飛ばす?あ、いいパターがあれば教えてくれよ。シューズはさ…」  
などと言いながら、デパートの売り場を歩きまわり、そうそうに飽きてきたぼくはふらふらと別の売り場を見たりする。  
選び終えた聡は、それらを家に届けるよう店員に言い、ぼくを引っ張ってエスカレーターに乗る。  
 
「もう十分買ったじゃないか」  
「違うよ、本命はこっちなんだ。うちの人間は今日ぼくがここに来たのを知ってるからね、今のはカモフラージュだよ」  
そんな小細工をしてまでなにを買うつもりなんだ。  
連れて行かれたのは、アクセサリーやバッグで有名なブランドのブース。  
聡が時計好きなのは知っているから、ここでまたなにか買うのかと思うと、しきりにケースを覗いている。  
奥から飛んできた店長らしい女性が奥へと勧めるのを片手を振って断り、ぼくを手招きした。  
「これ見てくれよ。今年の新作なんだ」  
「変わった趣味だな。似合うとは思うけど」  
聡が指差したのは、クロスのモチーフに三つダイヤが光る、ネックレスだった。  
「…直之。ぼくがこんなものを付けていても、お前は友達でいてくれるのか」  
ぼくは笑いをこらえている店員の視線を感じながら、聡に向かってキッパリ言った。  
「努力するよ」  
ついに店員がこらえきれなくなり、聡も笑った。  
 
「理奈だよ。クリスマスにこれを欲しがってたんだ」  
理奈というのは、聡が夏ごろから付き合っている女子大の女の子だ。  
あいにく、交流会で会うような令嬢ではなく、父親はサラリーマンで、母親はコンビニでパート、弟は高校を中退して音楽活動、といった家柄らしい。  
グループ企業の一つを任される社長として跡取り息子に常識的な期待をしている親には、紹介できないだろう。  
店員に言ってケースから出させ、確認してからカードでなく財布から現金で払って受け取った。  
…なかなかいい値段がする。  
聡が財布から出した札の枚数を見て、ぼくはちょっと感心した。  
こういうものを、欲しいと言える理奈という女の子は、やはり聡の財布目当てで付き合っているんだろうか。  
確か、ついこの間も誕生日だとか言ってバッグを買ってあげてなかっただろうか。  
玉の輿でも狙っているんだろうか、でも聡はサラリーマンの娘とは結婚しないだろうし、などと勘ぐる。  
 
ネックレスがラッピングされている間に、ぼくは順にケースの中を覗いてみた。  
指輪やピアス、ネックレスにブレスレットといったアクセサリーが並んでいる。  
プレゼントですか、と店員が声をかけてきた。  
さっとビロード張りの台の上に幾つかの商品を並べてみせる。  
「今、このシリーズが若い女性に人気なのですよ」  
ピンクゴールドだというそのペンダントトップは、ころんとした球体に幾つかの突起があって、どの角度からもなんとなく雪の結晶のように見えるデザインで、上に小さな羽根とダイヤがついている。  
確かに、かわいい。  
ぼくがそれを見ていると、店員は手早くそのペンダントトップに細いチェーンを通して、自分の胸元に当てて見せた。  
天使の羽のついた、小さくて丸い雪の結晶。  
「…それを」  
気づいたら、言っていた。  
手の平くらいの紙袋を受け取ったぼくを、聡が笑いながら見ていた。  
「なんだよ、隅に置けないな」  
「…衝動買いだ」  
天使の結晶4つぶんくらいの値がするネックレスを買った聡が、ぼくが指先に引っかけている紙袋を覗き込む。  
「誰にだよ?」  
ぼくは、返事を濁した。  
 
 
家に帰ってから、風呂に入っている間に見つかるように、わざと上着のポケットにネックレスの紙袋を押し込んでおいた。  
しかし、主人の持ち物を勝手に見たりしない躾のいいメイドである小雪は、そのまま上着の埃を払ってクローゼットに片付けたらしかった。  
風呂から出て、少しがっかりしながらクローゼットを開けたぼくの後ろから、小雪が背伸びして髪の毛からしたたる水を拭こうとする。  
 
ぼくはポケットから紙袋を取り出すと、指一本でひっかけて、小雪の目の前にぶら下げた。  
「小雪にあげるよ」  
小雪はいつものように首をかしげた。  
「小雪に、いただけるのですか?」  
タオルと紙袋を取り替えて、ぼくは小雪の嬉しい顔を想像する。  
「うん。ほら、見てごらん」  
紙袋を開き、リボンを解いて箱を開けた小雪が、小さな悲鳴を上げた。  
「え、どうした?」  
もしかして雪の結晶が死ぬほど嫌いとか、天使の羽アレルギーとか?  
小雪は両手で箱を持ったまま、ぼくを見上げた。  
「あの、なにかお間違えではございませんでしょうか。ほんとうに、これを小雪がいただいてもよろしいのでございましょうか」  
「もちろん、そのつもりで買ったんだけど。気に入らないかい?」  
「とんでもございません!とても、とても素敵で…小雪は、驚いて」  
もう、泣いている。  
ぼくは小雪の頭のてっぺんにキスした。  
「ちょっと早いけどね。メリー・クリスマス」  
 
そういえば、小雪になにか買ってやったことなど今まで一度もなかったんだな。  
……あれ、小雪の誕生日って、いつなんだろう?  
触れることも出来ずに箱の中を見つめている小雪の後ろに回って、ネックレスをつまみ上げ、細い首に回してつけてやった。  
「うん。いいんじゃないか。そこの鏡で見てごらん」  
クローゼットのドアの内側についている鏡の前で、小雪が身動きせずに見入っている。  
「きれい……」  
「小さい雪の結晶みたいだろ?見た時すぐに小雪にぴったりだと思ってね」  
「そんな…、もったいない…」  
ぐすん、と鼻をすする。  
「泣くことないじゃないか。気に入ったんならつけてなさい。仕事中は襟の中に入れてしまえば見えないだろう?」  
鏡を見ながら、小雪がそっと指先でピンクゴールドの結晶に触れる。  
「でも、こんな素敵な…、小雪などには」  
「いいんだ。ぼくが、それを小雪につけさせたいと思ったんだ。小雪の喜ぶ顔が見たいんだよ」  
後ろから肩を抱いて、鏡の中の小雪を見る。  
「似合うじゃないか」  
そう言うと、小雪はやっとはにかんだ笑みを浮かべて、頷いた。  
「あの、あの、あ、ありがとうございます……」  
「うん」  
「あの、でも、小雪には、お礼できるようなものが」  
ぼくは小雪の頭に手を乗せて、ぽんぽんと軽く叩いた。  
「うん。お礼はね。小雪でもらうから」  
意味がわからないようにぼくを振り仰いだ小雪が、たっぷり5秒考えてからぼんっとなった。  
 
「あのあのあのっ」  
小雪が、パタパタと両手を振ってペンギンになる。  
「喜んでくれて、ぼくも嬉しい」  
小雪のこめかみの辺りを両手で挟んで、真っ赤な顔を上向かせた。  
「あ、あの、あのあの、こっ、小雪は、あの」  
「うん?」  
「小雪は、小雪のいないところで、直之さまが小雪のことを思い出してくださったのが、一番嬉しゅうございます…」  
ぼくは小雪の顔を挟んだまま、額に唇を押し付けた。  
小雪は小さいから、立ったままだとどうしてもそうなる。  
ぼくは小雪の両手を取ってソファに座った。  
小雪を見上げる。  
「ね、小雪。ちゅーして」  
「え、え、え!」  
上を向いて目を閉じる。  
「あの、あの、あの」  
「早く」  
「は、はい…」  
じっと待つ。  
「失礼いたします…」  
顔の近くで、小雪の声がした。  
 
ぷるん。  
 
小雪の唇が一瞬押し当てられ、すぐに離れた。  
目を開けると、小雪がすぐ近くでぼくを見ていた。  
「もう一回」  
言うと、また小雪の顔が近づいてくる。  
ぼくは握ったままの小雪の手をぐいと引っ張った。  
「んきゃ…!」  
腕の中に転がり込んできた小雪を受け止める。  
「あのね、小雪、このペンダントね、チェーンが別売りだったんだよ」  
「むきゅ…、しゃ、しゃようでごじゃいましゅか」  
「今のちゅーはすっごく嬉しかった」  
「きゅ…」  
「でもさ、これってチェーン分くらいかな?まだ本体の分のお礼がさ」  
「……」  
「小雪?」  
小雪がぼくの胸の中で窒息しそうになっていた。  
「小雪、小雪!」  
「むきゅ…、ひゃ、ひゃい」  
腕を緩めると、小雪がくたっとしていた。  
「ごめんごめん。悪かったよ、許しておくれ」  
「ひえ、あろ、ひょんでもござ、ございません」  
背中を丸めるようにかがんで、顔を上げた小雪の唇にキスした。  
「お詫びに」  
制服の上から、胸元をつつく。  
「いっぱい、いいことしてあげるから」  
ぼんっとなった小雪が両手で顔を覆った。  
「ふぇ…」  
ぎゅっと抱きしめると、小雪の髪から太陽の匂いがした。  
鼻を押し付けみて、ああ、小雪は今日外出してたんだな、と思う。  
ん。  
待てよ。  
 
「小雪、今日ぼくが学校から帰ってきたとき、いなかったね」  
「は、はい、申し訳ございません。ちょうど裏のお庭のほうにおりましたものですから…」  
急に言われて驚いたように、小雪が顔を上げた。  
「うん、いいんだ。車を置きに来ただけだし、すぐ出かけたからね。だけど、庭で誰かと話をしていなかったかい?」  
ぼくの腕の中で小雪が身体を立て直して、首をかしげた。  
「あの、あ、はい、お話をしておりました」  
「誰?」  
「葛城さんでございます」  
「執事の?いや、他の人と話さなかったかい」  
葛城も背は低くないが、ぼくが見たのはもっとひょろひょろした感じだったし、もっとずっと若い。  
「いえ、あの、葛城さんでございます。あの、葛城康介さんでございます」  
ちょっとわからない。  
葛城は、康介なんて名前だったっけ。  
「あのあの、申し訳ございません、あの。小雪がお話しておりましたのは、葛城さんの息子さんでございまして、あの、近々、お屋敷にお勤めなさるということでございましたのですけれども、あの」  
 
思い出した。  
そういえば、しばらく前に父が言っていたような気がする。  
葛城の息子が、執事見習いで勤めることになったと。  
あれがそうか。  
しかし、あんなもやしみたいな体格で執事の激務がこなせるんだろうか。  
父親の葛城は柔道と剣道の有段者で、いかにも頼りになりそうだけど。  
だいたい、正式に勤めてもいないうちから屋敷の庭に入り込んで、主人家族に挨拶もなしにメイドとおしゃべりとはなにごとか。  
 
「あの、あの、直之さま?」  
ぼくがぎゅっと抱きしめたまま黙ったので、小雪はソファの上で手をパタパタした。  
「なんか、やだ」  
「は、はい?」  
「いや。なんか、やだって言ったんだ」  
「あ、あの」  
「葛城の息子となにを話してたの」  
「あ、あのあの、メイドは、お休みはいつなのですとか、お仕事は何時までですとか、そのような」  
なぜ、そんなことを聞くんだ。  
小雪は、朝までぼくと一緒にいるんだ。一日の終わりなんか、ない。  
「あのあの、あの、いけませんでしたでしょうか…」  
ぎゅう。  
「むきゅ…」  
「小雪はぼくの出迎えより、葛城の息子とおしゃべりしたかったんだね」  
「ひょ、ひょんな、ひょのようなこと!」  
だんだんムカムカしてきた。  
「なんだよ、小雪のばか」  
言葉と裏腹に、ぎゅうっとする。  
「ふぇ、ええ?!」  
小雪がパタパタと暴れた。  
 
ぼくが出かければ、小雪は他のメイドと一緒に仕事をするけれど、普段ぼくが家にいる限り、小雪はぼくのそばにいる。  
つまり、ぼくは小雪が他の使用人たちとどんなふうに接しているかを見ることはない。  
今回みたいなことがないかぎり。  
もしかして今までも、小雪に色目を使ったりする奴がいたのかもしれない。  
康介みたいな若い男がこの屋敷に一緒に住めば、たくさんいるメイドの中から小雪に目をつけないとは限らないじゃないか。  
もしかして、もう目をつけたのかもしれない。  
それが、三条市武さんに感じたものとはまた違う種類の嫉妬、やきもちであることはぼくにもわかっていた。  
 
「で、なんて答えたの。お休みとか、仕事の終わる時間とか」  
小雪が苦しそうにパタパタしたので、腕を緩めて膝の上に抱きなおす。  
「あの、小雪は直之さまの担当メイドでございますから、そういうのは決まっておりませんと」  
「…ふうん。葛城の息子はなんて?」  
小雪は、ぼくの胸にほっぺたをくっつけた。  
「あの、よくはわからないのですけれど、労働基準…なんとかが、どうですとか」  
見習い未満のくせに、なまいきなことを。  
「それで?」  
小雪は、ちょっと考えた。  
「その、小雪もちょうどお使いに参るところでございましたので、そのくらいでございますが…」  
それから、小雪は心配そうにぼくを見た。  
「あの、やはり、いけませんでしたのでしょうか」  
「いけないに決まってるじゃないか」  
小雪がわけもわからず不機嫌なぼくに、当惑している。  
「申し訳ございません…」  
そんな、耳にタコができるほど聞いたセリフでは許せない。  
「だめ。小雪は、葛城の息子に話しかけられても、おしゃべりしちゃいけないよ」  
「は、はい?」  
理由なんか、うまく説明できない。  
「…なんか、やだから」  
「はい…?」  
しゅる、っと小雪の胸元のリボンをほどく。  
腰に手をかけてくるっと後ろを向かせると、背中のファスナーを下げた。  
「あ、あのあのあの」  
「お仕置き」  
「え、え、え」  
 
制服を床に落として、白い下着に包まれたお尻に手を当てた。  
「イチゴじゃないんだね」  
メイドは制服だけでなく、仕事中の下着は白と決まっているらしい。  
「あ、あのあの」  
「イチゴじゃなきゃ、だめ」  
ほんとうはそれほどイチゴにこだわるわけじゃない。  
白だろうが赤だろうが、小雪がどんなぱんつをはいてたって、かわいいに決まっている。  
ただ、ちょっと小雪を困らせたい。  
困ってぼくを見る、小雪の顔が見たい。  
「ははははははい?」  
小雪が、ぼくの望んだとおりの表情で顔を上げた。  
うん。かわいい。  
ぼくは小雪の制服のワンピースを肩の上に引き上げた。  
「ほら、部屋にお戻り」  
ファスナーを上げて言うと、小雪はびっくりした顔になる。  
「…え」  
さっと顔から血の気が引いていくのが見てわかった。  
ぼくがほんとうに怒って出て行け、と言っていると思ったのがわかる。  
みるみるうちに今にも泣き出しそうな顔になった。  
落ちそうな制服を押さえて、ふるふると震えている。  
ぼくは急いで小雪を抱きしめた。  
「違う、違うよ、ばか。部屋に戻って、イチゴのパンツを持っておいでって言ったんだよ。前に見せてくれるって言ったじゃないか」  
ぼくが、小雪のことを怒るわけがない。  
小雪だってぼくのことを怒ったことがないのに。  
「…むきゅ」  
小雪が苦しそうに鳴いた。  
「び、びっくりいたしました…、小雪は、ほんとうに、いま、ちょっと、心臓が、止まってしまいました…」  
少しだけ腕を緩めてやると、小雪は鼻をすすりながら、途切れ途切れに言った。  
「…ごめん。ほんとうに、ごめんよ」  
 
ぼくはなんて器の小さい男なんだろう。  
小雪が執事の息子とほんのちょっと立ち話をしただけで、こんなにやきもちをやくなんて。  
 
「ほら。行っておいで。急いでね、ぼくを長く一人にしないでくれるだろ?」  
ほっぺたを両手で挟んでそう言うと、小雪はやっと安心した様子を見せた。  
「……はい」  
ぼくの手の中で小雪がはにかんだように笑った。  
「小雪」  
「はい」  
手を離さないぼくに、小雪がちょっと小首をかしげた。  
どうしても、ひとつだけ聞いてみたくなった。  
「ね、小雪。ぼくのこと、好き?」  
「あ、あのあのあのあのっ」  
ぼくの大切な小さなペンギンが、パタパタした。  
「どう?」  
重ねて聞くと、小雪は湯気を上げそうになる。  
ああ、まったくもう。  
ぼくはイチゴのパンツをあきらめて、もう一度小雪を抱き寄せた。  
イチゴは逃げない。  
それに、どうせすぐに脱がせてしまうんだし。  
抱きしめて、頭を撫でる。  
「ペンギンの子供って、大きくなるとカッパになるんだよ。知ってるかい」  
「は、ははははい?」  
撫で撫で。  
「うそ」  
撫で撫で。  
「…は、はい?」  
どうしよう。  
 
小雪が、かわいい。  
 
どうしてもっと、小雪のことを大事にしなかったんだろう。  
ふらっと現れた執事見習いに嫉妬してしまうまで、自分がどれほど小雪を愛おしんでいるのか気づかなかった。  
ぼくは、小雪にしてもらうばかりで、なにもしてやったことがないんだ。  
小さな小さなネックレスひとつを、こんなに喜んでくれるのに。  
「ぼくはペンギンもカッパも大好きだから、ほんとでもいいんだけどね。でも、一番好きなのはね…」  
「……」  
「…小雪?」  
 
くったり。  
 
限界を超えた小雪が、ぼくの腕の中で真っ赤な芯のない人形のようになった。  
しかたないか。  
ぼくは一人で笑いながら、くたっとした小雪を抱きかかえた。  
 
ぼくはその夜、ぼくの大事な大事なペンギンを、将来カッパになることを心配してばかりいるペンギンを抱いて眠った。  
 
「…おゆき…さまぁ」  
小雪が、寝言でぼくを呼んだ。  
ぎゅってすると、すりよってくる。  
ことの後ではないから、小雪はぶかぶかのぼくのパジャマを着ている。  
そのパジャマの上から、小雪の背中を撫でる。  
眠ったまま、小雪が笑っている。  
どんな夢を見ているのだろう。  
「……ちゅーで…ございます…」  
起こさないように、ぼくは眠っている小雪の頭をそっと抱き寄せた。  
夢の中で、小雪はぼくにちゅーをくれたのだろうか。  
それとも、ぼくが小雪にちゅーしてるんだろうか。  
 
朝になったら、聞いてみよう。  
ねえ小雪、小雪の誕生日はいつだい?  
 
――――了――――  
 

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