年が明けて最初の交流会は、持ち回りの順でうちが主催することになっていた。
参加するのは、旧華族だの財閥だの成り上がりだの、いわゆる家柄や資産のある家の年頃の若者。
若いうちから人脈を作るのが目的で、その気になれば手っ取り早く結婚相手を見つけることが出来る。
同世代が集まるから昔からの幼なじみも多く、ちょっとした社交界めいたものである。
父の代かそのちょっと後くらいまでは、南の島を貸しきってヨット遊びをしたり、ヨーロッパの別荘で狩猟をしたりという、暇とお金を使うことが上流の証拠、みたいな交流会が盛んだったらしい。
でも今は、気取った振る舞いと格式そのものを楽しむようなブルジョワな集まりは敬遠される。
で、もっぱら最近は日帰りが可能な場所かせいぜい1、2泊で、人気のマジシャンを呼んだディナーショーみたいなものや、わざと田舎風にしたガーデンパーティーや、海辺のコテージでキャンプの真似事のようなものが多い。
もっとも、それらにも正式な招待状が届くし、暗黙のルールやマナーも盛りだくさんなわけだけれど。
今月は、うちの別荘をそっくり改造してどこかのテーマパークのお化け屋敷のようにし、一晩泊まってそこを歩きまわったり所々に用意されたテーブルで軽食や会話を楽しんだり怖がったりするという、ぼくから見れば軽く悪趣味な催しになるようだ。
もちろん、それを計画したのは主催者たるぼくの兄であって、ぼくではない。
「暗闇でどこかの令嬢に抱きつかれたり、手を引いてやったりぐらいはお前でもできるだろう。明るいところでよく顔を見てかわいいのを選んでおけよ」
とは、さすがに兄らしい助言。
そう言う兄自身、そろそろと父に言われたらしく、交流会でも未来の妻を探す気になったようだった。
イベント色の強い今回は、幼稚園から大学までずっと一緒、という腐れ縁の倉橋家の長男・聡も、楽しみにしている。
「直之自慢のメイドは?会場にいるんだろう?」
「誰のことだよ」
「新しい担当メイドだよ。どんな子だ?」
「どんなって、聡の好みじゃないよ」
まったく、なぜそんなに人の家のメイドが気になるんだ。
だいたい、交流会で主人が家を空ける日は、担当メイドにとって数少ない完全休日になっている。
とはいえ、三条市武さんと結婚した初音に、元メイドだと誰かが指さすような事がなかったように、もし聡がうちのメイドの誰かを妻にしたところで、「倉橋の社長も息子には鷹揚な」で済む。
家が格式にとらわれすぎなかったり、次男か三男だったりした場合、当主の息子や孫がメイドと結婚することはあまり珍しいことではないのだ。
メイドというのは、まったくの庶民階級で育ったお嬢さんなどより、よほど上流階級のしきたりに通じているし、礼儀作法も身につけているものだ。
うちはメイドの教育には定評があるし、初音に限らず、他家に望まれるメイドも多かった。
しかし、自分の家のメイドは手を付けることがあってもあくまでメイドであって、そのまま妻にするという前例はないようだ。
兄が企画したばかばかしいような楽しいような交流会は、悪ふざけの大好きなお坊ちゃんや世間知らずのお嬢さんたちに概ね好評のうちに終わった。
交流会といえば会場の隅に陣取って入れ替わり立ち代り寄ってくるご令嬢を愛想よく、かつ適当にあしらっているだけの兄も、さすがに幹事らしくあちこち歩き回ってみんなの世話をやいていた。
ぼくは聡やほかの幼馴染たちと女っ気なしで夜通し遊び話をし、酒を飲んだ。
そのほうが、楽しかったのだ。
交流会の後、まっすぐサークルの合宿に合流し、ぼくが屋敷に帰ったのはさらに三日後だった。
さすがに疲れもあり、小雪の笑顔にに出迎えてもらうとほっとした。
交流会の話を聞きたがる小雪に、お化け屋敷の曲がり角で天井から落ちてきたシラタキのことや、廊下の床に塗られたワックスで転んだ聡がとっさにつかまったベンチからビックリ箱のようにろくろっ首が飛び出してきたことなどを、身振り手振りで大げさに小雪に話して聞かせた。
小雪は、驚いたり怖がったり、笑ったりしながらぼくの話を聞いた。
ぼくの膝の上の小雪が、たくさん笑った後で、ことんと頭を胸につけた。
「さぞかし楽しゅうございましたのでしょうね。あの、……小雪なぞには、縁のない場所でございますけれども…」
交流会の手伝いをしたメイドは一般職で、小雪や菜摘は連れて行かなかった。
「そんなに楽しいわけじゃないよ。気も使うし、仲の良い人ばかりでもないしね。ぼくは」
小雪の頭に手を回して、胸に押し付けた。
「こうして小雪といるほうが楽しいな」
「……」
「小雪?」
「……はい。小雪も、直之さまとご一緒しているときが、あの、一番楽しゅうございます」
そう言う小雪を、むきゅっとなるまで抱きしめた。
「ああ、そうだ。サークルの合宿ではね、みんなで闇鍋をしたんだよ。小雪は闇鍋を知っているかい?」
「……」
「小雪?」
「……」
抱きしめすぎて呼吸できなくなったかと腕を緩めて顔を覗き込んで、驚いた。
「小雪?どうした?お化け屋敷の話がそんなに怖かった?」
ぼくのシャツは、小雪が顔を押し付けていた部分だけ涙で色が変わっていた。
慌てて小雪の頬に手を当てる。
こらえきれないように、小雪は両手で顔を覆ってしゃくりあげ始めた。
なんだ?どうした?
ぼくといるのが楽しいと言ったばかりじゃないか。
なにを泣いているんだ?
「小雪、泣いてちゃわからないよ。なにが悲しいんだ、言ってごらん」
小雪が、息をするのも苦しそうに泣いている。
次から次へとあふれる涙が止まらない。
わけがわからず、ぼくは途方にくれた。
「小雪、言いなさい、どうした?」
小雪はただ、首を横に振り続ける。
こんな小雪を見るのは初めてだ。
「…小雪、わからないよ、なにかあったの?」
「も、も、申し上げられません…、小雪は……、口が裂けても…申し上げられません」
小雪の口が避ける前に、ぼくの心が引き裂けてしまいそうだった。
次の日、ぼくは午後から小雪に買い物を頼んで出かけさせ、その間に千里を呼んだ。
担当を外れてから4年、ぼくが自分から千里を呼びつけるのは初めてだ。
それでも千里はまるで毎日そうしていたときのように、やってきた。
千里が部屋のドアを閉めると、待ちきれずにぼくは一気に吐き出した。
「千里、ぼくはまた小雪を泣かせたよ」
千里はウエストの前で手を組み、まっすぐぼくを見上げた。
「さようでございますか」
「だけど、わけがわからないんだ。ぼくには小雪を泣かせるような事をした覚えがない」
「…わかりました。まずはおかけくださいまし。落ち着いて、ゆっくりお話を伺ってもようございますか」
千里に言われて、ぼくはどさっとソファに腰を下ろした。
「昨日だよ。帰ってきて…、交流会のこととか、合宿のこととか話してたんだ。面白いことを教えて笑わせてやりたかったのに、小雪は急に泣き出したんだ。まったくわからないよ」
部屋の隅にある冷蔵庫を開けて、千里がミネラルウォーターをコップに注いでテーブルにおいてくれた。
「小雪に理由を聞いても言わないんだ。命令だから言いなさいと言っても、口が裂けても言わないと言うんだよ」
そこまで言って、コップの水をごくごくと飲んだ。
黙って聞いていた千里が、口を開いた。
「小雪が申し上げられないと言うのなら、尋ねずにいてやってくださいませ。メイドには、メイドの守秘義務がございます。本来、秘密を持っているということを主人に悟られること自体が誉められたことではございませんが」
「秘密?」
「さようでございます。一般メイドはもちろん、担当メイドは特に、自分の主人のことを他の者に話してはいけないのでございますよ」
「……」
そこで千里は目元をやわらかくした。
「わたくしも、直之さまが小学校の3年生のとき、最後のおねしょをいたしましたことを、今まで誰にも申しておりません」
いやなことを思い出させる。
「だけど、千里は今、ぼくに言ったじゃないか。小雪はぼくの担当メイドなんだ、ぼくにはなにかを秘密にする必要なんかないだろ」
「そうでございますね」
千里はちょっと考えた。
「でもそれは、直之さまのことではないかもしれません。もしかして旦那さまか奥さまか、正之さまか…、主家のどなたかのことでしたら、小雪は例え直之さまにも申し上げることはできません」
「…なんで、小雪が、ぼくが知らないようなお父さまたちの秘密を知ってるんだよ。それに、だからってあんなに泣くことはないだろ」
「もしかして、でございます。それに、使用人たちのネットワークは直之さまが思ってらっしゃる以上に張り巡らされております」
「……」
わたくしが他言しなくとも、直之さまのご様子を見たり、リネンのお洗濯を見たりして使用人の誰かが、今日は直之さまはおねしょなさったと気づかないとも限りません。
そして、それに気づいた使用人が5人おりましたら、例えそれぞれが誰にも他言せずとも、5人は知っていることになります。そのうちの一人が小雪だということもございましょう?」
「…おねしょの例えはもういいよ」
ぼくがむすっとすると、千里はぼくの足元に膝をついた。
「直之さま。わたくしが、以前申し上げたことを覚えておいででございましょうか」
「以前?」
「はい。小雪が担当メイドになりましたばかりの頃でございます。わたくしは、直之さまに小雪は一生懸命で、良い子ですと申し上げました」
「…うん」
「わたくしは、まもなくメイド長を拝命いたします」
いきなり、話が変わった。
千里はぼくの両親や他の使用人たちの評判もいいし、今のメイド長が退職すれば次のメイド長として千里の名が上がっても不思議ではない。
「今のメイド長からは、ずいぶん前からお話がございまして心構えはしておりました。そうでなくとも、若いメイドたちの教育はわたくしたちのような齢をとりましたメイドの務めでございますから、よく観察しております」
「……まだまだ千里は若いよ、きれいだよ」
そう言うと、千里はにっこりした。
「ありがとう存じます。でも、長くお屋敷におりますから、たくさんのメイドを見てまいりました。その中でも、小雪はとりわけ良い子でございます。多少不器用なところはございますが一生懸命で、なにより」
ぼくを見上げ、膝に手を置いた。
いつも、小雪が小さなお尻を乗せてくれる膝。
「小雪は、直之さまが大好きでございます」
胸が、ぎゅっと痛くなった。
千里は黙ってしまったぼくの膝を撫で、そして屈んだまま少し下がり、立ち上がった。
「失礼してもようございましょうか?」
ぼくは、黙ったまま頷いた。
ドアが開き、閉まった。
わかってるさ。
小雪は、最初からぼくのことが大好きだった。
たぶん、4年ぼくに仕えてくれた初音より、ずっとぼくのことを大好きだ。
小雪なら、たとえ当主である父の持ってきた話でも、お嫁になんか行かない。
一般メイドでも下働きでも、この屋敷にとどまってぼくのそばにいてくれる。
初音も、ぼくのことが好きだったとは思うけど、それだからこそ離れることを選んだのだとは思うけれど。
もし、16からの担当メイドが小雪だったら、ぼくは従兄弟の涼太郎のように、離したくない、結婚したいと駄々をこねたかもしれない。
そして、それを反対されて小雪が暇を出されたら、一緒に出て行く。
裕福ではない暮らしをしたことがないから苦労するだろうけど、小雪がいてくれたら大丈夫な気がする。
涼太郎は、どうしてそうしなかったんだろう、と腹が立ってきた。
小雪が担当メイドになって1年にもならないのに、ぼくは小雪がぼくを大好きなのに負けないくらい、小雪が大好きなのに。
「あの、遅くなりまして、申し訳ございません」
小雪が頼んだ買い物を抱えて戻ってきた。
ちょうどぼくは夕食で部屋におらず、小雪は食堂の前の廊下でぼくを待っていてくれ、一緒に部屋に戻ってきた。
昨日の事については、ぼくは何も聞かず、小雪も何も言わなかった。
「あの、こちらでよろしゅうございましたでしょうか」
お使いそのものが小雪を遠ざけるためのものだったので、頼んだのはとりたてて急がないものだったけど、小雪はきちんと買って来てくれた。
「うん、ありがとう。外は寒かっただろう、大丈夫かい」
「は、はいっ、あの、あの、デ、デパートまで、北澤さんに…送っていただきました」
お使いに行くのに屋敷の運転手に車を出してもらったことに恐縮するのか、小雪が縮こまる。
「それは良かった。ぼくのお使いで風邪を引いたりしたら、大変だからね。すぐに見つかった?」
「はいっ、あの、あの、はい」
ん?
小雪の制服のスカートが変な形に膨らんでいる。
ポケットになにか入っているのだろうかと、荷物を受け取るついでに上から触ってみた。
「んにゃっ」
びっくりしたのか、小雪が変な声で叫び、両手で口を覆った。
「も、申し訳ございま、っ」
スカートの縫い目に沿って開いているポケットに手を入れると、小さな紙袋のようなものが入っている。
出してみると、今お使いに行ったデパートの包装紙。
「あのあのあのあのっ」
「小雪。これはなに?」
別に、お使いに行ったついでになにか自分の欲しいものを買ってきたりするくらい、とがめだてられるようなことではない。
それなのに小雪の慌てぶりを見ると、今のメイド長はことのほか厳しいという噂を聞いたことがあるから、もしかしていけないと言われているのかもしれない。
「あの、あのあの、申し訳ございません、あの、直之さまがお待ちくださっているのは、存じておりましたのですけれど、あの、どうしてもあの」
慌てる小雪の目の前で、包みを振ってみる。
固いものと柔らかいものが入っている。固い方には、大きさの割りに重さがある。
「見てもいい?」
小雪は涙ぐんだ目を伏せて、スカートを握り締めた。
「…は、はい」
叱るつもりはないけど、小雪がそこまでしてなにを欲しがったのかが気になる。
小雪が欲しいものなら、ぼくが買ってあげるのに。
出てきたのは、小さな液体の入ったビンと2枚の布。
なんだろう。
「これはなに?」
聞きながら、ビンの裏に書いてある説明文を読む。
「あの、あの、あの、おっ、お手入れでございます。あの、きっ、金の」
「金?」
小雪が買ってきたのは、金細工品を手入れする布と洗浄液だった。
「あの、ほんとうでしたら、直之さまのお留守のときに参りましたらよろしかったのですけれども、あの」
「今日になってどうしてもお手入れしたい金があったのかい?」
「い、いえ、あの」
予想していなかったことを尋ねられて説明に困っている。
ぼくは小雪の手を引いてソファのところへ行き、腰掛けてから膝を叩いた。
「叱っているのではないよ。さ、お座り」
小雪がぼくの膝の上にお尻を乗せ、ぼくは小雪の手に紙袋を返した。
「小雪は、まだお給料が少ないだろ?ぼくはほら、余るほど小遣いをもらっているからね。ぼくが買ってあげられるものなら、なんでも言うといいよ」
「いえいえいえ、とんでもございません、あの、小雪はあの、あ」
ぽんぽん、と背中を叩いてやると、小雪は自分を落ち着かせるように何度か大きく息をした。
「あの、おととい、直之さまがお戻りになる前の夜に、小雪はリネン室でパソコンをしておりまして」
リネン室というのは、文字通りシーツや布団などの保管庫だが、同時に部屋の半分は使用人たちの休憩室のようになっていて、最新の雑誌やちょっとしたおやつが置いてある。
何年か前にはパソコンが置かれて、なかなか外出できない使用人たちがネット通販で必要なものや欲しいものを取り寄せたりするようだった。
「ふうん、小雪もネットでなにか買ったりするんだ」
「いえいえ、あの、小雪はまだあの、カードを持っておりませんので、お買い物はいたしませんのですけれども、あの。メイドたちのおしゃべりの中で、しまっておいたアクセサリーが傷んでしまったというお話を聞きました」
「ふうん?」
「銀のものなどは、空気に触れて黒ずんでしまったりするそうなのでございます。それで、小雪はちょっと心配になりまして、パソコンで調べましたら、ピンクゴールドというのはとても繊細で、
お手入れしないとピンクがピンクではないようになってしまうということでございました」
「へえ……」
「そうしたら、もういてもたってもいられなくなりまして、あの、そのままネットでお取り寄せできればよろしゅうございましたのですけれど、なにぶんあの」
「小雪はカードを持っていないんだね?」
「…はい。あの、大事なお使いの途中で、いけないことだというのはよくわかっておりましたのですけれど」
ぼくの膝の上で、小雪が自分の胸元のリボンの辺りを握り締めた。
あ、そうか。
小雪は、ぼくがクリスマスに贈ったピンクゴールドの小さなネックレスを、肌身離さず制服の下につけている。
チェーンが千切れてしまうのを恐れて、夜だけは外しているようだが。
小雪はメイドのおしゃべりで貴金属が変質することを知って、不安になったのだ。
ぼくが初めて小雪にあげたプレゼントのネックレスが、心配で。
そして、いつともわからない次の休日まで待つことができずに、お使いにいったデパートでついつい別の売り場を覗いてしまったのだ。
ぼくは、小雪をぎゅっとした。
「ありがとう、小雪」
「…はははは、はい?」
「ぼくがあげたネックレスを、そんなに大事にしてくれてるんだね」
「あのあの、でもでもでも、それはだってあの」
言いかけて、小雪はまた自分で口元を覆った。
『だって』は禁句だよ、と言ってある。
だけど、ぼくには小雪の言いかけたことがわかる。
だって、直之さまの下さったものですから、と。
「ごめんよ」
「ははははは、はい?」
「ぼくは毎日小雪にいろんなことをいっぱいしてもらっているのに、小雪にはその小さいネックレスをひとつあげただけじゃないか」
「と、とんでもございません、そのような!」
小雪の胸元のリボンをほどき、ワンピースの前の飾りボタンを二つ開ける。
天使の羽のついた雪の結晶は、小雪の白い胸の上で光っていた。
「小雪の誕生日は、このあいだ聞いたよね」
「…は、はい」
半年も一緒にいて、ぼくはようやく小雪に小雪のことを聞いたのだ。
小雪の誕生日は、3月3日だった。
小さな小雪にぴったりの、小さなお雛さまでお祝いをする日。
「まだ先だけど、その日は大学も休みだし、二人でお祝いをしようね」
「そ、そのような、とんでもございません、こ、小雪の誕生日なぞ、そんな」
「プレゼントは、なにが欲しい?」
「い、いえいえ、そんなそんなっ」
「二人で出かけるのもいいね。小雪はどこか行きたいところがあるかい?」
「そ、そんな…」
小雪が声を詰まらせた。
「うちは女の子がいないから桃の節句のお祝いはしないんだ。お雛さまもないしね。小雪は、誕生日とお雛さまは一緒にお祝いしたの?」
なにげなく聞いたのに、小雪はぼくの膝の上できゅっと両手を握り締めて小さくなった。
「あ、あの。小雪の家は、あの、お雛さま飾りが、ございませんでしたし、あの、お誕生日も、あまりその」
「ん?」
「あの。あまり、あの、小雪の家には、余分なものがございませんでしたので」
遠まわしに、言いにくそうに、小雪が言った。
そうか。
自分の家がそうだし、周りもそういう家柄ばかりだから気がつかなかった。
使用人の実家が、裕福だとは限らない。
子供の節句や誕生日を、大々的に祝う習慣がなくても不思議ではないんだ。
「じゃあさ、小雪の誕生日には、おひな祭りをしようか」
そう言いながら、子供の頃、親戚の桃の節句に呼ばれたときはどうだったっけと考える。
部屋の壁一面に大きな雛段があって、女の子は赤い着物を着て、散らし寿司にハマグリのお吸い物、白酒に雛あられ。
雛飾りは無理かもしれないけど、小雪にも着物を着せてあげようか。
母はいつもメイドの成人式には振袖を一揃い贈ってあげる習慣だけど、ぼくにも貸衣装を着せてやるくらいはできるんじゃないだろうか。
それとも、千里の成人式の着物を借りようか。
まだ先だと思っていたけど、もう小雪の誕生日まで2ヶ月を切っている。
いろいろ計画するのに遅いことはない。
ぼくは膝の上で丸くなった小雪の頭を撫でた。
ねえ、小雪、お雛さまはさ。
そう言おうとして、ぼくはびっくりする。
ぼくの膝の上で、昨日と同じように小雪が泣いていた。
今度こそ、今度こそわけがわからない。
「小雪!」
ぼくは小雪の肩をつかんで胸から引きはがし、その顔を覗き込んだ。
「なんだよ、今度はどうしたんだ?お雛さまがいやなのかい?それとも、ぼくが小雪の家のことを聞いたのがいけなかった?」
小雪が、ほっぺたを濡らしたままぷるぷると首を横に振った。
「そうでは、そうではございませんのです…あの、こ、小雪は、あの」
また、口が裂けてもいえないようなことなのだろうか。
「小雪は…、ただの、ただのメイドでございますのに、な、直之さまに、クリスマスのプレゼントをいただいて、あの、その上、お、お誕生日まで気にしていただいて」
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「あんまり、あんまり幸せで、嬉しくて、あの」
「…ばか」
ちょっとほっとして、それから小雪をぎゅっと抱いた。
小雪の涙をぬぐってやり、頬に唇を押し付ける。
背中のファスナーに手をかけた。
…ちょっと、いきなりすぎただろうか。
泣いてる女の子を押し倒すというのは、どうなんだろう。
少し迷ってから、でも我慢できずにぼくは小雪を抱き上げて寝室へ行った。
ベッドの横に立たせて、メイドの制服を下ろす。
いつもの白い下着を、ろくに見もせず脱がせた。
今は下着姿で回らせて眺めるより、まだ目に涙を浮かべている小雪をかわいがりたい。
小雪が、ぼくのシャツのボタンに手をかける。
この辺は、躾が生きている。
ジーパンを下ろしてもらって、小雪をベッドに腰掛けさせてから自分で下着を脱いだ。
その間に、小雪がピンクゴールドのネックレスを外して、そうっとベッドサイドに置いた。
今更ながらシャワーがまだだっけと思った時、ふいに小雪が自分の目の前にあるぼくのペニスに触れた。
びく、っとしてしまった。
小雪の唇が近づいてくる。
「…こ、ゆき」
ちろちろと舌が出てきて先っぽを舐める。
したいようにさせていると、どんどん大胆に舐め、咥えこんだ。
小雪なりの感謝の気持ちなのだろうか。
血液が一箇所に集まりだしたそれを、熱心にしゃぶる。
ぼくは小雪の頭に手を置いて、息をついた。
「上手になったね、小雪。講義が役に立ってるのかな」
「んぐ…ひゃ…ひゃい」
限界まで大きくなると、小雪の口には余る。
ぼくは途中でベッドの上に移動したが、小雪はペニスを離さない。
仰向けのまま、心地よさに身を任せていると、だんだんこみ上げるような快感が強くなってきた。
頭を上げると、身体を伏せた小雪が手と口で一生懸命しごいているのが見える。
時折、おっぱいが揺れているのが見え隠れしていた。
何もせずに気持ちよくしてもらうのもいいが、小雪の身体に触りたい。
すべすべの肌を撫でたり、小さな唇にキスしたり、すぐに引っ込んでしまう舌を吸ったり、ぷりんとした乳房を揉んだり、ピンク色の乳首をいじったり。
それから、ぽつんと引っ込んだお臍に舌を入れたり、脚を広げさせて小雪の一番恥ずかしいところをじっくり眺めたり、指で広げてみたり、とにかくいろいろしたい。
ちょっと休憩、と言おうとしたところで、いきなり小雪が強く吸い上げた。
「…う」
思わず、声が出た。
小雪がじゅぼじゅぼと吸いたてる。
こんなことまで教えただろうか、という上手さ。
もう、出る。
小雪の肩を押して引き離そうとした。
「ん、あんっ」
小雪がぼくから口を離した。
「く…」
間一髪、と思ったとたん、小雪がもう一度ぼくのペニスを咥えた。
「うわ、だめだ、こ、ゆっ」
やってしまった。
ぼくはこらえきれず、小雪の口の中に出した。
「小雪!」
慌てて起き上がり、小雪の腕をつかむ。
「ん、む…」
飲み込もうとしている。
ぼくはベッドサイドのティッシュをばさばさと引き抜き、小雪の顎を両側からつかんで口を開けて吐き出させた。
「けほっ…ご…」
「ばか、なにやってるんだ!」
ごほごほと咳き込む小雪の口の中にもティッシュを突っ込んで拭く。
「んあ、も、もうひわけ、ご」
「ばか!あんなもの、飲むものじゃないだろ!」
「れ…れも」
「誰に教わったかしらないけど、いや、だいたいわかるけど!ぼくは小雪にそんなことさせたくないよ」
ぼくだって興味半分でそういうDVDを見たりしたことはあるし、それが男のロマンだと言う聡の意見にも反論したりはしなかった。
だけどそれはきっと、男のエゴだ。
小雪には、ほんのちょっとでも辛いことなんか、させたくないんだ。
「口をゆすいだほうがいいんじゃないか?まずいだろう?」
「あ、あの、いけません、でしたのでしょうか…、あの」
「まったく……びっくりさせないでおくれよ、小雪…」
もう一度口を開けさせて、自分の舌を入れる。
小雪の口の中を、舌でなぞった。
少し、変な味がする。
これが自分のものの味かと思うと、複雑な気分だった。
唇を離すと、小雪が息をついた。
「…あ、の、で、でも」
心配そうな目をしている。
「あのね、小雪。ぼくは小雪のことを舐めるけど、それはぼくがしたいからだよ。でも小雪は誰かにそうすることを聞いただけで、ぼくのを飲みたかったわけじゃないだろ?」
「そ、そのような…」
「今だって小雪はゲホゲホしちゃったし、おえってなったじゃないか」
「も、もうしわけ、あり…、で、でも、小雪は、小雪はあの」
ベッドの上に座り込んだまま、ぼくは小雪を後ろから抱きしめた。
「…ありがとう。でもいいんだ」
「で、でも、あの…」
誰に教わったかなんて聞くまでもなく、小雪の師匠は菜摘しかいないはずだ。
…そういえば、菜摘には飲んでもらったっけ。
ふと思い出して、ぼくは冷や汗をかいた。
菜摘には平気でさせたくせに、小雪にはさせたくない。
理由はわかっている。
菜摘とは、そのときそういう気分を解消したかっただけだ。
でも、小雪は違う。
小雪のことは、もっともっと大事にしたい。
ぼくは小雪を抱き寄せたまま、そっとかわいい乳房を手のひらで包み込んだ。
ぷるぷると揺らしながら、反対の手で脚の間のふわふわした毛を指に絡めた。
「小雪に舐めてもらうのもすごく気持ちいいけど、でもぼくが一番好きなのはこっちの中だから」
人差し指を押し込むようにすると、小雪はぼくの腕にしがみついた。
「ね。ここじゃないところに出しちゃうなんて、もったいないだろう」
「あ…、んっ」
前から割り入れるように指を差し込むと、クリトリスに触れた。
小雪がぴくんと背を反らせる。
いきなりで刺激が強すぎたかもしれない。
「ごめん、痛かった?」
「い、いえっ、あの、あの」
小雪が身体をよじる。
後ろからではなく、前からぎゅっとされたいらしい。
仰向けに寝かせてから、身体を密着させるように覆いかぶさると、背中に腕を回して抱きついてきた。
小雪があまりくっつきたがるので、触りたいところに触れない。
密着したまま小刻みに身体を揺する。
秘所にぼくの指を挟んだまま、小雪が潤んだ目でぼくを見た。
縦に指を滑らせると、目を閉じた。
何度もそこを往復しながら、キスをする。
小雪がいつになく積極的に舌を絡めてきた。
腰を上げてぼくの手に押し付けてくる。
中をさぐると、じんわり潤ってきている。
「…う」
落ち着きかけていたペニスが小雪の手のひらに包まれて、ぼくは声を漏らした。
ぼくらは、お互いにお互いの一番気持ちいいところを捜し求めた。
弄っているうちに柔らかくなり、二本入れた指が熱くて膨らんだその場所を見つけると、小雪の目に溜まっていた涙が一筋、耳の方に流れた。
背中に抱きついていた小雪の腕が、ぱたっとシーツの上に落ちた。
息遣いが短くなっている。
ぼくのペニスを包んでいた手にも、もう力はない。
自分の気持ちよさに、頭がぼんっとなっているのがわかる。
「…気持ちいい?手がお留守になってるよ」
耳元で言ってやると、真っ赤な顔で小雪が首を振った。
中に入れた指がくちゅくちゅと音を立てながらかき回している。
焦れたように腰が動く。
それでもぼくは、小雪の中を弄り続けた。
ぎゅっと目を閉じて、胸を上下させるように息を乱しながら、小雪が腰を揺らす。
「まだ、だめ」
もっともっと、小雪が泣きながらぼくを求めるようになるまで焦らしてやる。
それから小雪が望んでいるものを与えるんだ。
そうすると、小雪は必ずイける。
「や、あ…」
ついに、小雪が泣き声になった。
耐えかねたように、ぼくに両手を伸ばしてくる。
やっと、小雪の中に入れる。
手探りでベッドサイドから避妊具を取り出して、装着した。
小雪の腰を抱きこんで、熱くぬめったそこにペニスを当てた。
「すごい、どぶどぶだよ、小雪」
「ん、ああん…」
「いくよ」
何度も何度もしているのに、小雪のそこはたっぷり濡れているのにまだ少し固い。
少し飲み込んでから、つかえたように押し返してくる。
中のぬめりをかき出すように動いてやると、ほんとうに泣き出した。
「も、う…、んっ、いやぁ…」
上の方をこするようにすると、腰が持ち上がった。
ひくひくと痙攣するように締め付けてくる。
すごい。
速度を落として小雪の感じる場所を外さないようにじっくりと突いてやる。
「あ、んあ…、はあっ」
声を抑えようと必死になっているのに、どうしても漏れるらしい。
感じているのに恥ずかしがる、その様子がたまらない。
わざと外したり、強く突いたり、押し当てたまま動きを止めたりすると、小雪の表情が変わってくる。
だんだん早くして、激しく腰を振った。
もうそろそろ、ぼくもイきそうだ。
小雪が差し伸べてきた手を握り、小さな身体を揺さぶる。
「ん、んん!」
喉をそらして、小雪が硬直する。
そのまま叩きつけるように突き上げると、ぴんと手足を伸ばしてからがっくりと弛緩した。
「あ…ああん……」
その声を聞きながら、小雪の奥に当たるほど深くで、ぼくもイった。
すごく、気持ちよかった。
やや落ち着いてから、くったりした小雪のぐちょぐちょになったそこをぬぐってやり、髪を撫でてちょっとキスしてやる。
「すごかったね、小雪」
小雪は返事もできずに、ころんと転がってぼくにしがみついた。
「ね、よかった。小雪は?」
小雪は今更のようにぼんっとなり、いやいやをしながらぼくの腕の中に隠れる。
ぼくにすがりついたって、ぼくから逃げることにはならないのに。
それがかわいくて、小雪を抱きしめて、むきゅっと鳴かせてみる。
枕が、小雪の涙で小さな染みを作っていた。
小雪を、大事にしたい。
もう泣かせたくない。
もちろん、ベッドではもっともっと泣かせたいけど。
それは、いいよね、小雪。
――ぼくが、この頃の小雪の涙の本当の理由を知ったのは、ずっとずっと後のことだったのだ。
――――了――――