『メイド・小雪 9 ――メイド・菜摘――』
菜摘でございます。
当家のご長男、正之さまの担当メイドを拝命して5年。
わたくしの全ては、正之さまのためにあると申し上げてもかまわないません。
朝、正之さまをお起こし申し上げ、お支度をお手伝いし、お見送りする至福の時。
正之さまのお部屋をお片づけし、お召し物を調え、お帰りをお待ちしながらメイドの務めを果たす間の幸せ。
お帰りをお迎えしましたあと、お着替えやお風呂のお世話。
そして、お気が向けば、わたくしをベッドに呼んで抱いてくださるのです。
身も心も蕩けるようなめくるめく時間。
朝、正之さまの腕の中で目を覚まし、そっと寝顔を拝見する喜びは何にも換えられません。
時にはわたくしが抜け出そうとする気配に正之さまがお目をお覚ましになり、わたくしの腕を取ってお引き寄せ下さることもございます。
まだうとうとなさっているのに、わたくしに朝のキスをくださるのです。
それから自室に戻り、身支度を整える間もつい笑みが浮かんでしまうのでございます。
その日がお休みであれば、正之さまは前夜たっぷりとかわいがってくださった余韻の残る場所に触れてくださり、そのままもう一度、ということも少なくはございません。
昨日から、正之さまは弟さまの直之さまとご一緒に、良家の子女たちが集まる定例の交流会に一泊でお出かけになりました。
今回は主催が当家でございましたので、正之さまはお忙しい中いろいろと趣向を凝らしたものを計画なさっておいででした。
主人がお屋敷を留守にするときが、担当メイドにとっては貴重な完全休日になるのですが、わたくしにとっては正之さまにお会いできない寂しい日でしかございません。
直之さまの担当メイドである小雪が休みだというのに外出しないので、わたくしも休日をどう過ごそうかと思案した結果、正之さまのためにエステに行こうと思いつきました。
お帰りになったときに、すべすべの肌をかわいがっていただきたいのでございます。
急ではございましたが予約が取れ、マッサージやサウナですっかりリラックスいたしました。
つやつやになった全身を鏡で見て、はしたないとは思いつつも、早く抱いていただきたくてうずうずするほどでございました。
そして、翌日の午後、お屋敷にお戻りになった正之さまは、わたくしにお風呂の支度を言いつけられましたのでございます。
まだ日も高いのに、と胸を躍らせながらお支度をいたしますと、正之さまはわたくしに小さなデジカメを手渡されました。
「これをプリントしておきなさい」
かしこまりました、と受け取り、正之さまがバスルームにいらっしゃる間にお机の上にあるプリンターにカードを差し込んで、自動印刷のボタンを押します。
シュッシュッ、という静かな音と共に吐き出される用紙には、交流会でのご様子と思われる写真が何枚も印刷されておりました。
どこかにお出かけになって、そこで写真をお撮りになるというのは正之さまにとってお珍しいことでございます。
見るとはなしにそれを見ていますと、わたくしは顔色が変わっていくような感覚になりました。
写っているのはどれも、交流会に参加したおきれいなご令嬢たちだったのでございます。
お風呂から出ていらした正之さまは、何度拝見いたしましてもほれぼれするような均整の取れたお身体でございます。
お帰りになったときとはうって変わっておくつろぎになり、上半身はバスタオルを肩におかけになっておられるだけのお姿。
わたくしが揃えた写真をセンターテーブルに置きますと、その前のソファに腰をおかけになり、わたくしの手をお取りになって隣にお導きくださいます。
「見てごらん、なかなかの美女揃いだろう」
「まあ、ほんとうに」
お隣に座らせていただきまして、お答えしましたものの胸は騒いでおります。
いよいよ、そのときが参りましたのでしょうか。
覚悟していたつもりではございますが、心臓が高鳴るのがわかります。
正之さまはペンをお取りになり、写真に写っているお嬢様たちの幾人かに印をおつけになりました。
「母さまのお勧めは、このへんかな。私は」
色の違うペンで、また別のお嬢様のお姿を丸く囲われました。
「どう思う?」
正之さまが選ばれたお嬢様。
拝見したところ、まだ幼いと申し上げてもよいくらいのお年頃。
贅を競うようなお嬢様たちの中で、少しではございますが控えめなご様子です。
とは申しましても、わたくしどもからしてみますと、とても手の届かない装いではございます。
隠し撮りでしょうか、斜め後ろから少し近くで撮ったお写真も拝見しました。
アクセサリーは、小さな真珠の耳飾り。金具がチラリと見えますところ、ピアスではございません。
お顔の形がやや丸いのはお若いせいでございましょうか、黒目がちなお目元、小さなお口元などが上品でございます。
ご自分では何一つなさったことのない、白いお手でグラスを持っていらっしゃいます。
わたくしは、メイドの仕事で酷使されている自分の手を、そっと正之さまのお目に触れぬよう隠しました。
「こちらは中学高校と全寮制のお嬢様学校に通われてね。今は女子大に通っている。卒業したらすぐに結婚するつもりでお相手を探しているそうだ」
「まあ、すぐに?」
そこに生まれさえすれば、一生カクテルグラス以上のものを持たずに暮らしてゆけるお家が、ほんとうにあるのでございます。
「女性は下手に世間に出て知恵がつくと扱いにくいからね。純真無垢なうちに家に入れてしまったほうがいい。大事なのは健康で人形のようにきれいにして客に愛想よくできることだからね」
なぜでございましょう。
その正之さまのおっしゃいようが、少しだけ悲しゅうございました。
正之さまは、握り締めるように隠していたわたくしの手に、ご自分のそれを重ねられます。
「ま、ものの役には立たないだろうけど、私には菜摘がいるからね」
そっとお顔を拝見しますと、にっこり微笑んでくださいました。
「…そちらのお嬢様に、お決めになりますの」
お尋ねしますと、お写真をテーブルに放り出され、わたくしの頬にお手を当ててくださいました。
「父さまが良いとおっしゃって向こうがいやだと言わなければね」
「お人柄、ですとか」
「興味ない」
でも、と言いかけたところを唇でふさがれてしまいます。
「パーティーで連れていて見栄えがするなら、自我がなければないほどいい」
深い口付けの後で、わたくしの脚に滑らせたお手がスカートの中に入ってまいります。
「あとは、そうだな。子供は作る。一人だと何があるかわからないから、二人か三人か」
跡継ぎの責任だからね、とお笑いになりながら、わたくしのスカートをすっかりまくり上げてしまわれました。
ソファに横倒しにされ、正之さまが脚の間に入ってこられました。
「抱き心地がよければそれに越したことはないが、菜摘ほどは期待できないだろうな」
指先でそこを何度も擦りあげられ、わたくしはぞくっといたしました。
下着が下げられ、正之さまがそこに顔を近づけられます。
羞恥に頬が熱くなります。
正之さまはそれにかまわず、すでに熱を持っているそこを開いて指先でなぞってくださいます。
「結婚しても、菜摘は、私の世話だけしてくれればいい。妻には妻のメイドをつけるからね。今までどおりだ」
今までどおり。
なにが、どのように今までどおりなのでございましょう。
わたくしの弱いところを隅々までご存知の正之さまのお手が、休みなく動かれます。
「ん…」
思わず、声が漏れてしまいました。
「反応がいい。体つきも、感じ方も、中の具合もね。菜摘ほど相性のいい身体はないよ」
わざと音を立てるようにかき混ぜられて、わたくしはもう何も考えられなくなってまいりました。
ああ、でも、もし、奥様になられる方が、わたくしより相性のいいお方だったら。
正之さまは、こんなふうに。
「菜摘は、最高だよ」
身体を入れ替えた正之さまが、わたくしに熱いものを押し当てられました。
メイドの制服を着たまま、ソファで、こんなふうに性急に求められることに、わたくしは嬉しささえ覚えました。
自分が、正之さまに求められることが、幸せなのでございます。
結婚しても、今までどおり。
正之さまがそうしろとおっしゃるなら、わたくしに異存のあろうはずもございません。
わたくしは、この方に女にしていただいたのでございます。
巧みな腰使いで頂点へと運ばれながら、わたくしは声を上げてしまいます。
わたくしを感じさせることで満足されるのか、正之さまはぐったりしたわたくしの上で自由に動かれました。
上り詰めた後で激しくされることで頭が真っ白になり、気づけば準備がなかった正之さまはわたくしのお腹の上に射精なさっておいででした。
これを、身体の中に受けることができるまだ見ぬ若奥さまに、わたくしは嫉妬いたしました。
その夜は正之さまがお戻りということもあり、旦那さまと奥さまもご一緒にお夕食をなさいました。
わたくしも他のメイドたちと一緒に、厨房で夕食にいたします。
朝と昼は忙しいこともあって簡単な食事が多いのでございますが、夕食は当番のメイドがしっかりしたものを作ります。
この日はお肉のソテーと温野菜にスープ、ピラフでございました。
弟の直之さまがまだお戻りではないのに、小雪はお屋敷におり、一緒のテーブルについておりました。
小雪は担当メイドになりました後もなかなか直之さまのお手がつかず、わたくしも影ながら心配いたしましたが、どうやら今はたいそうかわいがっていただいているようでございます。
その小雪が、お食事をしながらなにやらわたくしのほうを気にしております。
なにか、用があるのでしょうか。
同席のメイドたちもおりますので、食事が終わってお皿を下げますときに、そっと小雪のスカートの裾をひっぱりました。
ぐずぐずしていると正之さまのお食事も終わってしまいます。
小雪はちょっと首を傾げました。
これはこの子のクセのようでございます。
メイドとしましては、しぐさに特徴があるのはあまりふさわしくございません。
呼び止められた小雪は、お食堂の様子を気にしながら、周りに聞こえないようにわたくしに申しました。
「あのあのあの、菜摘さんは、あの」
この口グセも、良いものではございません。
「あの。だいじょうぶ、で、ございますか」
なんのことでしょう。
聞き返そうとしたとき、自分でも予想していなかったことに驚きました。
一筋、涙がこぼれてしまいましたのでございます。
なぜでございましょう。
悲しいことなど、なにもございませんのに。
小雪は、黙ってエプロンのポケットからハンカチを出して、わたくしの目頭に当てました。
正之さまとご両親さまは、お夕食の後のお茶が長いようでございました。
なんのお話なのかは、わかるような気がいたしました。
はらはらと涙の止まらないわたくしを、食料庫の中に引っ張り込んで、小雪はずっと手を握っていてくれました。
心配ばかりかける、頼りない後輩だと思っておりましたのに。
それほど長い時間、そこにいたわけではございません。
メイドとして訓練された成果でございましょうか、ほどなく気持ちを落ち着けることができました。
なにも言わずにそばにいてくれた小雪を見ますと、にっこりしてくれました。
直之さまが、小雪をお気に召すはずでございます。
わたくしは、いつか小雪も経験するかもしれないわたくしの今日の気持ちを考えると、この小さなかわいらしいメイドが愛しくさえ思えてまいりました。
小さな手を握り返し、大丈夫であると伝えます。
メイドたちが、お食事の後片付けをする音が聞こえてまいりました。
こんなところに二人でいるところを見られると不思議がられるでしょう。
食料庫のドアを開けようとすると、小雪が心配そうに付いてまいりました。
「あの…」
「直之さまは、明日お戻りかしら。あなたも今日は早く下がって休ませていただいたらよろしいわ」
「あ、あの」
「わたくしも忙しくなります。正之さまのご婚約が決まりましたら、お支度が山のようで」
小雪が背後で息を呑むのがわかりました。
ああ、こんなことを言うなんて、わたくしはなんと意地が悪いのでしょうか。
小雪は決して頭の悪い子ではございません。
わたくしが言ったことで、今のわたくしの状況も、将来必ず自分が歩む道をも、察することができる子でございます。
いつか小雪も、主人をどなたかに奪われるのでございますから。
それは、今この時に知らなくても良いことかもしれません。
でも、わたくしは、感情をさらけだしてはいけないはずのメイドでございますのに、どうしてもこらえきれなかったのでございます。
小雪を不安にさせ、悲しませるとわかっていても。
わたくしの気持ちを、どうしても一人で抱えておくことができなかったのでございます。
お食事を終えられた正之さまをお廊下でお待ちしました。
出てこられた正之さまの後をついて、お部屋に参ります。
正之さまは、お夕食のために整えられたお召し物を少しくつろげて、お酒を召し上がりました。
先ほどしてくださったばかりなのに、またわたくしの身体に触れてくださいます。
今日の肌はひときわ滑らかだとお褒めくださり、見つめてくださるお目元の涼しげで悩ましいこと。
正之さま。わたくしの、ご主人さま。
頭脳明晰容姿端麗完全無欠。
でも、わたくしは存じ上げております。
非の打ち所のないこの方の、たった一つの欠点を。
――――ただひとつ。
この方には、女心がおわかりにならないのでございます……。
――――了――――