『ある失恋話・後編』  
 
 
 
 その週の日曜日は快晴だった。  
 その日、三原正志(みはらまさし)は幼馴染みの天川沙織(あまかわさおり)と一緒に  
街に出かけていた。  
 四日前に二十歳になった沙織の誕生日祝いである。いっしょに遊ぼうと沙織が言った  
ので、それに応えてのことだ。  
 デートとも言う。  
 三つ上の『姉』は気立てのいい美人で、そんな彼女と一日を過ごすのはなかなか悪くない  
ものだが、今の正志には少し気まずく感じられた。  
 誕生日の夜、酔った沙織に半ば無理やり『されて』しまったから。  
 正志は無理に拒絶しなかったが、それなりにショックは大きかった。  
 沙織の洩らした深い恋慕の情を無視できるほど、正志の神経は図太くなかったし、何より  
彼女の気持ちに長い間気付かなかった自分が情けなかったのだ。  
 とはいえ、すぐに答えを返せるわけでもない。  
 それに沙織は、あの日の夜のことに一度も触れなかった。忘れてしまったかのように  
あの夜のことをスルーしていた。  
 翌日にただ一言「夕べのことは忘れて」と言っただけだった。  
 そう言われると正志も話を持ち出せなくなる。  
 なかったことにされてしまったのかもしれない。あの夜のことは無しにして、これまで  
通りの関係でいようと、そういうことなのかもしれない。  
 正志にとっては絶対に忘れられない。  
 思いがけず初体験の相手となった女の子と出かけるのだ。意識せずにはいられなかった。  
 
「正志くん」  
 大通りを並んで歩いていると、沙織が呼び掛けてきた。  
「え? は、はい!」  
 物思いに耽っていた正志はつい驚き、なぜか敬語で返してしまった。  
「? どうしたの?」  
「あ……いや、なんでもないよ。何?」  
 沙織は訝しげに眉を寄せたが、深くは突っ込んでこなかった。  
「だから、まずはどこ行こうかって」  
 訊いてくる沙織の今日の服装は白のツーピースだった。普段のラフな服装と違って新鮮に映る。  
「……沙織さんの誕生日祝いなんだから、沙織さんが行きたい所に行こうよ」  
「え? 私が決めていいの?」  
「もちろん。沙織さんのためのデートでしょ」  
「……こういうときは決断を相手に委ねずに自分でリードしないとダメだよ」  
「そうなの?」  
「そうだよ。気遣いは大事だけど、それ以上に相手を引っ張っていかなきゃ」  
「……気を付けます」  
 正志は困惑の中でそれだけ答えた。  
 戸惑いもする。こちらは努めて意識しないようにしているのに、平然と色恋事を口に出す  
沙織の神経が信じられない。  
 やっぱりあのときのことはなかったことにされてしまったのか。  
 沙織にとってはもう過去の出来事に過ぎないのだろうか。  
 それは少し淋しかった。  
「でも、やっぱり沙織さんの誕生日だし、沙織さんの好きなところに行きたいよ」  
「正志くんもなかなか頑固だね。……じゃあ、映画観よう。アクション映画」  
 そういえば、昔から彼女はアクション映画が好きだった。好きな有名人にチャック・  
ノリスを挙げるくらいだ。  
「了解」  
 今は何を上映しているのだろう。わからないが、アクション映画は多分いつでもやって  
いると思う。  
 映画館の方角に足を向けると、沙織が待って、と言った。  
 立ち止まると、沙織に左手を握られた。  
「デートでしょ? だったら女の子の手くらい握ってあげなさい」  
「……急にそんなことしたら、普通は驚くと思うけど」  
 実際驚いた。  
「もう十年以上の付き合いでしょ。手を握ったくらいじゃ驚かないよ」  
「ぼくは驚くけど」  
「度胸をつけなさい」  
 正志は苦笑すると、沙織の手を握り返した。小さな手だった。  
「よし、行こっか」  
 笑顔を浮かべる沙織に正志はうん、と頷いた。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 映画館は空いていた。  
 買ってきた飲み物を沙織に渡し、前列の席に座る。沙織は紙コップの中の紅茶を見つめ  
ながらぽつりと呟いた。  
「昔もこうして、いっしょに映画観に来たことあったよね」  
「……八年前かな?」  
 正志が小学三年生のときだった。沙織は六年生で、沙織の父に連れられて三人で映画を  
観に行ったのだ。  
 そのときも確かアクション物だった。確か。  
「あのとき正志くん寝てたでしょ」  
「……そうだったっけ?」  
「そうよ。映画の話をしたかったのに、正志くん全然中身覚えてなくて。ちょっと残念  
だったな」  
「……」  
 そういえばそうだったか。アクション物と記憶していたのは沙織が話してくれたのを  
憶えていたからだろう。  
 昔から正志は、沙織に悪いことをしている気がする。  
「あのときは、帰りにファミレスに行ったことの方が嬉しかったような」  
「あー、正志くん唐揚げセット注文したよね。私はハンバーグステーキセットだった」  
「よく憶えてるね。あんまり外食とかしなかったからね。なんか嬉しかったよ」  
「今日は寝たりしないよね?」  
「しないよ」  
 思わず苦笑する。さすがにそれはない。  
「小さい頃はじっと何かを楽しむっていうのが理解できなかったんだよ。でも本を読む  
ようになってからは映画も好きになった」  
「そうなんだ。いつから本を読むようになったの?」  
「そうだな……」  
 思い返すと案外あっさりときっかけに辿り着いた。  
 小学四年の頃に読んだ『ルドルフとイッパイアッテナ』がとてもおもしろかったのだ。  
本は気難しいもの、という固定観念が一瞬で吹き飛び、あっという間に読み切ってしまった。  
 あれは確か──  
「正志くん?」  
 沙織の呼び掛けに正志は慌てて顔を向けた。  
「あ……ごめん。よく憶えてないや」  
「ふーん。……そろそろ始まるんじゃない?」  
 沙織が言うと、直後に明かりが消えた。  
 後列から順に照明が落ちていき、やがて真っ暗になる。  
 正志は言葉を濁したことを後ろめたく思った。  
 本当は、憶えている。  
 沙織が中学に上がる際に荷物整理を手伝って、そこでもらった本が『ルドルフとイッパイ  
アッテナ』だったのだ。  
 そのことが正志の読書好きのきっかけになったことを彼女は知らないだろう。ちょっと  
気恥ずかしくて咄嗟に憶えていないと言ってしまったが、しかし、  
(……いつもぼくを助けたり、支えたりしてくれる)  
 その上で何かのきっかけをくれるのはいつも沙織だった。  
 この間告白できたのも、沙織の後押しがあったから。  
 正志は沙織に世話になりっぱなしだった。  
「……」  
 せめて今日くらいは、楽しんでもらいたいと思う。  
 答えはまだ出せないが、楽しんでもらえれば正志も嬉しい。  
 スクリーンが別の作品の予告を映している。  
 こちらに向かって明滅の光を放つ画面の眩しさに、正志は細かくまばたきをした。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 映画館の外に出た瞬間、沙織は大きく伸びをした。  
 正志も少し四肢に力を入れる。両手をぐうっと伸ばして筋肉をほぐす。  
「結構面白かったかな」  
 沙織は後ろのテールを小さく撫でながら言った。  
「でもやっぱりCGに頼りすぎるのはよくないと思うの。もっとバランスを考えてほしいわ。  
なんで格闘シーンにまでCG多用するのかしら」  
「その方がコストかからないんじゃないかな、よくわからないけど。ぼくは面白かったよ」  
「うん、だから結構面白かったって。でももう少し細部を詰めてほしいというか」  
 こだわるなあ、と内心で苦笑する。  
「ま、いいか。じゃ次行こ次」  
 切り換えて、沙織は正志の手を引く。自然と繋がれるその手に、正志はドキッとした。  
それを表には出さず、尋ねる。  
「次はどこ行きたい?」  
「もうお昼だし、食事行こうよ」  
 元気に答えるその様子は、とても楽しそうだ。  
「どこ行く?」  
「ファミレス」  
「なんで?」  
「八年前の追体験しようかな、って」  
 真面目くさって沙織は言う。  
「別にいいけど、なんでわざわざ」  
「なんとなく。なんだか懐かしいじゃない。正志くんがまだ小学生の頃だよ」  
「沙織さんも小学生だったよ」  
 沙織はにこりと笑った。  
「そう。そこが重要なの」  
「……は?」  
「その頃までじゃない。私が正志くんと遊んでたのって」  
「……」  
 それは──その通りだった。  
 沙織は笑う。寂しそうに。  
「私が中学に上がるくらいから、正志くんとあんまり会わなくなったよね。私、すごく残念  
だったんだよ。どうせなら一緒に学校通いたいなあ、って」  
「……」  
 それは正志も寂しく思った。親しい彼女と離れるのは、とても嫌だった。  
 小学生と中学生では微妙な心理の差がある。それは中学生と高校生でも変わらない。  
 三歳差とは学生にとって遥かな差なのだ。なぜなら、同じ学校生活を共有できないから。  
「正志くんの家庭教師になれて、私嬉しかった。昔に戻れた気がして」  
「……」  
「こうやって正志くんと何かを過ごせることが懐かしくて、本当に嬉しいの。正志くんは  
どう?」  
「……嬉しいよ」  
 沙織は笑った。  
「というわけで、ファミレスへゴー!」  
 何が「というわけで」なのかはわからないが、正志は素直に沙織に従った。  
 彼女は魅力的な女の子だと思う。美人で明るい、正志にとって自慢の幼馴染みだ。  
 そんな彼女とこうして並んで歩けることが、嬉しくないはずがなかった。  
 正志が沙織を想う気持ちと、沙織が正志に対して抱く気持ちとは違うかもしれない。  
それでも正志は、沙織を愛しく想っている。恋愛か親愛かはわからないが、それだけは  
確かだった。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 食事を終えた後、沙織が遊園地に行きたいと言ったので、二人は市街地の端にある  
遊園地に向かった。  
 遊園地は家族連れやカップルでごった返していた。入場券を二枚買って、二人は中へと  
入る。  
 人混みの苦手な正志は園内の賑わった様子に辟易したが、沙織は笑顔だった。  
「みんな楽しそうね」  
「沙織さんが一番楽しそうだよ」  
「楽しみに来たんだもん」  
 正志の手を引いて、沙織はまっすぐ目的のものへと向かった。  
「正志くん、あれに乗ろうよ」  
 沙織の指差した先には、轟音と共に空中を駆ける乗り物があった。  
「ジェットコースター?」  
 頷き、沙織は問い掛けてくる。  
「正志くん、ああいうの苦手?」  
「別に苦手じゃないけど……」  
「えー、小さい頃正志くん泣いてたよー」  
「幼稚園のときの話だよ! 今は平気だって」  
「三つ子の魂百までって言うじゃない。試してみようか」  
「泣かないってば」  
 行列の最後尾に二人は並ぶ。  
 十分待ちの後、順番が回ってきた。前の客と入れ替わりにコースターへと乗り込み、  
(──え?)  
 すぐ横をすれ違ったカップルに憶えがあり、正志は思わず振り返った。  
 遠ざかる後ろ姿は見知った小柄な女の子のものだった。その隣には見知らぬ長身の男の姿。  
 背中まで届く長い黒髪を見間違えるはずもなく、  
「正志くん?」  
 沙織が不審そうに正志の顔を覗き込んできた。  
 正志は慌てて顔を戻す。何を動揺しているのだろう。今のが『彼女』だったとしても、  
自分が揺らぐ必要など何もない。たとえその隣に誰がいたとしても。  
 しかも今は沙織が隣にいるのだ。なおさら動揺など見せてはならない。  
「なんでもないよ。早く乗ろう」  
 吹っ切るように正志はコースターへと進む。  
 沙織は怪訝な表情を見せたが、正志は気付かない振りをした。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 二人はいろんなアトラクションに臨んだ。  
 ジェットコースターに乗り、お化け屋敷に入り、巨大迷路を歩いた。  
 沙織は子供のように笑い、驚き、喜んだ。それを見て正志も嬉しくなった。  
 ちゃんと楽しんでもらえている。誕生日プレゼントの代わりになるか心配だったが、  
幼馴染みの華やいだ様子に正志は安心した。  
「次はあれ乗ろうよ」  
 迷路を抜けてベンチで休んでいると、沙織が遠くを指差した。  
「観覧車?」  
 ゆっくりと回転する風車のようなそれを、沙織はじっと見つめる。  
「ちょっと疲れたから休憩代わりに」  
「了解。……って、休憩ってことはまだ乗るつもり?」  
 もう四時に近い。閉園までまだ時間はあるが、残暑の厳しい日照りを受けて、正志は正直  
バテ気味だった。  
 沙織は小さくはにかむと、再び正志の手を取る。  
「もう少しだけ付き合って。今日だけだから」  
 正志は幼馴染みに微笑む。  
「今日だけなんて言わないよ。沙織さんが望むなら、いくらでも」  
 それくらいのことしか正志にはできないから。  
「ありがと。行こっか」  
 二人は並んで歩き出す。  
 観覧車は順番待ちだった。子供連れよりもカップルが多く、正志は気まずく思った。  
 しばらくして二人の番が回ってきた。宙にぶら下がった鉄の籠は二人の体を預けるには  
頼りなく見え、正志は大丈夫かと危惧したが、沙織があっさりと乗り込んだので後に続いた。  
 頼りないと思った空中密室は、特に問題もなく上へと上がっていく。  
「こっちの方が苦手?」  
 唐突に沙織が尋ねてきた。  
 一瞬何のことかわからなかったが、すぐに『三つ子の魂』のことだと気付く。  
「だから別に苦手じゃないって」  
 すると沙織は向かいのシートから立ち上がり、正志の隣に座った。  
 二人とも一方のシートに座るとバランスが悪いんじゃないかと思ったが、沙織は気にも  
せず、正志の手を当たり前のように握った。  
「温かいね、正志くんの手」  
「沙織さんも温かいよ」  
「それは私が温かい人だからだよ」  
 恥ずかしげもなく沙織は言った。  
「何? 急に」  
「お父さんが言ってたの。心が温かい人は体も温かい、って。正志くんの手も温かいから、  
正志くんも温かい人だね」  
 その言葉はきっと心底からのものなのだろう。そして、沙織は言葉通りに温かい心を  
持っているのだろうと正志は思った。  
 
 しかし、  
「……ぼくは違う」  
 正志はうつ向き、低い声で呟いた。  
 え? と沙織は戸惑いの表情を浮かべる。  
「温かくなんて、ないよ」  
「そんな事は、」  
「本当に温かい人なら、沙織さんを傷付けたりしない」  
「え……」  
「亜季ちゃんに対しても恨んだりしない。亜季ちゃんの彼氏に対しても嫉妬したりしない」  
 正志はさっきの、ジェットコースターの入口での出来事を思い返していた。  
 すれ違った小柄な女の子。田中亜季という名のその少女は、正志の失恋の相手だった。  
 彼女の隣にいたかった。彼女の笑顔が欲しかった。しかし、それはもう叶わない。  
 さっき彼女の隣には、別の男が立っていたから。  
 彼女の幸せな顔が嬉しく、また辛く響いた。  
 強烈に暗い情念が正志の胸中で渦巻いていた。こんなにも自分は嫉妬深く、醜い。  
 そんな自分が温かい人なわけがなかった。相手の幸せを心底から望めない自分は、ひどく  
冷たい人間だと思う。  
「さっきの子が、正志くんの……?」  
 困惑気味な、遠慮した声で問われる。正志は小さく頷いた。  
「……」  
 沈黙がゴンドラの中を満たした。  
 沙織は何を言えばいいのかわからないらしく、正志も何を返せばいいのかわからなかった。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 観覧車が下に着いた瞬間、正志はほっとした。  
 嫌な空気にしてしまった。それを変えるような気の利いた言葉を言えるわけもなく、  
正志はただ無言のままゴンドラから降りようとした。  
 が、  
「正志くん──」  
 沙織は立ち上がらず、正志の手を掴んだまま離さなかった。  
 バランスを崩しかけた。何とかこらえて振り向くと、沙織がじっとこちらを見つめていた。  
「もう一周……」  
「え?」  
「もう一周だけ、付き合って」  
 正志は困惑した。嫌な空気のままもう一周なんて、あまりに気まずい。  
「で、でも」  
 順番待ちは一人もいなかった。誘導係の人に目を向けると、にっこりとした笑顔で  
「続けてお乗りでしたら、どうぞそのままで」と返された。  
 正志は迷ったが、沙織が手を離しそうにないので仕方なく座り直した。  
 鍵をかけられたゴンドラが再び上昇する。正志は沙織に問い掛けた。  
「沙織さん、なんで急に」  
 すると沙織は、おもむろに正志を抱き締めてきた。  
「!?」  
 正志は突然のことに固まる。  
 優しい抱擁だった。甘い匂いと柔らかい感触が心地よく、正志は陶酔しそうだった。  
 沙織は耳元で囁く。  
「支えてあげる」  
 小さな、しかし確かな声。  
「辛いなら私が支えてあげる。甘えていいんだよ。だって、私は正志くんのお姉さんだから」  
「……」  
 泣きたくなった。沙織の温かさは嫌な気持ちを全部洗い流してくれそうだった。  
「ぼくは……いつも甘えているよ」  
「いいじゃない、それで。後ろめたく思わないで。私、正志くんにならいくらでも甘えて  
もらって平気だから」  
「……うん」  
 正志は目の前の温もりに体を預ける。  
「好きだった……本当に好きだったんだ」  
「うん」  
「でも、もう叶わないことなんだよね……」  
「……うん」  
 沙織の頷きに、心が震えた。  
 気休めの言葉を彼女は口にしなかった。叶わぬ恋。それを肯定されたことが寂しかった。  
 涙が滲むように出て、やがて止まらなくなった。観覧車が下り切るまで、その涙は続いた。  
 そのときになって、正志はようやく、一つの恋が終わったのだと感じた。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 遊園地を後にして、二人は駅までの道を歩いていた。  
 眼鏡の奥に涙の痕はまだ残っていたが、正志の心はさっぱりとしていた。沙織の温もりが  
自分の涙とともに辛い想いを拭い去ってくれたかのようで、なんだかくすぐったかった。  
「沙織さん」  
 正志が呼ぶと、隣を歩く幼馴染みは、ん? といつもの笑顔を向けてくれた。  
 正志はそんな彼女の手を取ると、そっと握った。  
 沙織は目を見開いて驚く。  
「沙織さん」  
「な、何?」  
「はっきりとは言えない。まだうまく切り替えられないから。でもちゃんと応えたいんだ」  
「え?」  
「沙織さんを好きになりたい。いいかげんな気持ちじゃなくて、ちゃんと恋人になりたい。  
まだ弱いけど、ぼくは沙織さんを好きだと思うから」  
「……え、えっと」  
 沙織は狼狽した様子でうつむいた。  
 正志はその様子に微笑み、言葉を続けた。  
「あのときの言葉は失言だったのかもしれないけど、ぼくは嬉しかった。戸惑ったけど、  
悩んだけど、すごく嬉しかった。だから、ありがとう。ぼくを好きでいてくれて」  
 あの夜のことをなかったことになんてしたくないと、正志は思う。あのときの沙織の  
言葉は確かに嬉しくて、忘れたくなんかない。  
 あるいは酔った勢いなのかもしれない。それでもかまわない。この人がいてくれるなら、  
正志はちゃんと立ち直れる。そしてきっと、想いを確かに出来る。  
 沙織は顔を上げると、不思議そうに首を傾げた。  
「何の……こと?」  
「え?」  
 沙織の反応に正志は困惑した。  
「何のこと、って……あのときの、」  
「『あのとき』って?」  
「だから、その、四日前の」  
 沙織の顔色が変わる。しかし、その次の反応は正志の意表を突いた。  
「……やっぱり私、変なこと言っちゃってた?」  
「は?」  
「だ、だって、あのとき私酔っ払ってたし、ひょっとしたら寝言で変なこと言っちゃった  
んじゃないかってずっと心配で、」  
「…………」  
「ま、正志くん?」  
「…………それ、冗談とかじゃないよね?」  
「え?」  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 結論から言うと、沙織はあの日の夜のことをまったく覚えていなかった。  
 恥ずかしいくらいにテンションが上がってしまったことはなんとなく覚えているらしいが、  
具体的な詳細はまるで記憶から抜け落ちてしまっているようで、  
「えっと、なんだかあったかいものに抱きついてた憶えはある……かな?」  
「…………」  
 四日間悩んでいたのは一体なんだったのか、正志は盛大なため息をついた。  
「……悩んでいたのはぼくだけだったと」  
「ご、ごめんなさい。まさかそんなことになってたなんて」  
 あの日のことを説明すると、沙織は茹でられたタコみたいに真っ赤になってしまった。  
本当にそんな大それたことをやってしまったのかと、何度も何度も確認してきたが、何度  
訊かれても答えは一緒だ。  
「そりゃもう、おもいっきり押し倒されたさ。なんで憶えてないのか不思議なくらいに、  
積極的だったよ」  
 正志は大仰に頭を抑えながら言った。少しくらい意地悪な言い方をしてもバチは当たら  
ないと思う。  
 沙織は縮み込む。  
「ほ、本当に私、そんなことしたの……?」  
「沙織さんのバストは88」  
 沙織の顔が強張る。  
「合ってるよね」  
「なんで知って、」  
「沙織さんが自分で言ってた」  
「あう……」  
 ますます縮み込む沙織。  
 正志はそれがおかしくて、つい笑った。  
「……いいよ、覚えてなくても。あのときの沙織さんの言葉は嘘じゃないと思うから」  
「で、でも、私正志くんにすごく嫌なことしたんじゃ」  
「嫌じゃなかったよ」  
 混乱はしたが、別に嫌じゃなかった。本当に嫌なら、無理にでもはねのけていたはずだ。  
「気にしないで。沙織さんの気持ちを聞けただけで、あの日のことは良かったと思ってるから」  
「そ、そんなのダメ!」  
 必死な声で沙織は叫んだ。  
 
「ちゃんとやり直すからっ」  
「……やり直すって」  
「正志くんはさっきちゃんと言ってくれたもの。でも先に好きになったのは私なんだから、  
改めて言わないと」  
「……」  
 沙織は深呼吸をすると、若干緊張気味な目でまっすぐ向き直った。  
「正志くん。私は、あなたが好きです」  
「……」  
「なんだかややこしいことになっちゃったけど、それだけは本当。もしよければ、私と  
付き合ってください」  
「……うん」  
 改めて言い切ると、沙織はほう、と息を吐いた。そして照れくさそうに赤く染まった頬を  
緩めて微笑んだ。  
「はあ……やっと言えたよ……」  
 沙織の呟きを聞いて正志は尋ねた。  
「ねえ。いつからぼくのこと」  
「昔からだよ。多分、小さいころからずっと」  
「てっきり姉弟みたいなものだと思ってた」  
「私も最初はそう思ってたよ。でも、中学・高校に上がってなかなか会えなくなって、  
すごく寂しかった。そのとき初めて気付いたの。私は正志くんが好きなんだ、って」  
「……」  
「高校生になった正志くんに初めて会ったとき、驚いた。私より身長高くなってたから。  
いつの間にこんなに成長したんだろうってびっくりして、すごくドキドキしたのを覚えてる。  
でも、これからまた同じ時間を過ごせるんだと思ったら、嬉しかった」  
 正志はうつむく。そんなにも想ってくれていた彼女を、正志は傷つけて、  
「あ、そんな落ち込まないで。私が一方的に想って、一方的に失恋しただけだから。それに」  
 そこで一旦沙織は言葉を切る。  
 正志が顔を上げると、沙織は後ろに手を組み、静かに微笑んでいた。  
 
 
 
「これからはずっと一緒にいてくれるんでしょ?」  
 
 
 
 夕日の中で輝くその微笑みは何よりも綺麗で、正志は呆ける程に見惚れてしまった。  
 胸が激しく鳴る。  
 そのときになって、ようやく間違いないと思った。  
 三原正志は、天川沙織に恋をしている――。  
「……うん。一緒にいるよ。沙織さんのこと、好きだから」  
「私も」  
 美人で、世話好きで、料理が得意な年上の幼馴染みは、正志の手を取り直した。  
「帰ろっか」  
 何度も感じた手の感触。だがそのときの温もりはどこか違っていて、正志は初めて心から  
沙織と繋がり合えたような気がした。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 正志の家に帰り着いてから、沙織が唐突に言った。  
「……やり直さない?」  
 ソファに座る沙織に、麦茶を淹れてやる。自身の分も用意して、正志は対面の席に座った。  
「何を?」  
「初体験」  
 正志は手に取ったグラスを落としそうになった。中の麦茶が僅かにこぼれる。  
「な、なな何を」  
「だ、だって、初体験が逆レイプなんて、正志くんだって嫌でしょ?」  
「……別に嫌ってわけじゃ」  
「それに私だって、初体験を覚えてないのはちょっと……」  
「……」  
 確かにまともな体験ではなかったし、気持ちはわからないでもないが、やり直してどうこう  
なるものでもないだろう。もう起こってしまったことなのだし。  
 ただ、  
「あー……やり直すとかじゃなくてさ、したいと思ってするのが一番いいんじゃないかな」  
「あ、えっと、……そうなのかな?」  
「沙織さんはどう思ってる? ぼくとしたい?」  
「せ、セクハラだよ」  
 沙織の言葉に正志は笑う。笑いながら自分はどうだろうと考える。  
 正志は――  
「ぼくはえっと……したい、かな」  
 素直な気持ちを吐露した。  
「……それなら」  
「待って待って。沙織さんもしたいと思ってないと……うん、意味がないと思う」  
「あう……」  
 顔を真っ赤にする沙織。年上でも、そういう純なところはかわいいと思った。  
 沙織はしばらく迷うようにちらちらと正志の顔を窺っていたが、やがて覚悟を決めたのか  
口を開いた。  
「わ、私もしたい……」  
 小声だったが。  
 正志は頷くと、立ち上がって奥の洗面所へと向かった。  
「正志くん?」  
「いや、お風呂沸かすだけだよ」  
「あ……」  
 沙織が硬い声を洩らす。緊張が高まっているようだ。もちろんそれは正志も同じだ。  
 
 洗面所から繋がっている風呂場に入って、スポンジで浴槽を軽く洗ってからお湯を張る。  
 白い湯気がもやもやと沸き上がる中、正志の頭には四日前の出来事が浮かんだ。  
 あのときとは違う。今日は、ちゃんと愛し合うのだ。  
 リビングに戻ると、沙織がソファから立ち上がって待っていた。  
「あと十分くらいかかるかな。……えと、先に沙織さんから入る?」  
 小さく頷く沙織。  
 正志の目に映る幼馴染みの姿。これまでほとんど意識したことはなかったが、改めて見ると、  
沙織の体つきはとても綺麗だ。  
 張りのある胸は服の上からでも形のよさがわかる。腰つきは細いが、華奢というより抱き  
締めやすそうな印象を受ける。スカートから覗く脚は真っ白で綺麗だった。  
 ごくりと息を呑む。  
 急速に動悸が激しくなるのを自覚して、正志は慌てて顔を逸らした。  
「へ、部屋で待ってるから」  
 踵を返して二階の部屋へと戻る。部屋に飛び込んでドアを閉めると、しん、と静寂が下り、  
鼓動の高鳴りを助長させるようだった。  
(うわぁ……)  
 凄まじく緊張する。失敗しないだろうか。どういう手順で進めればいいのか。その前に  
ここでするのか。ベッドの上。当然枕は一つ。ティッシュはある。足りないもの。経験。  
そんなのは当たり前だ。時間は? 今六時だから、両親が帰ってくるまであと三時間弱。  
足りないもの。何か必要なものがあっただろうか。避妊具。  
「……買ってこなきゃ」  
 財布を掴んで部屋を出る。一階に下りると沙織の姿はなかった。浴室から物音が聞こえて  
きたので、正志は再び洗面所へと向かう。  
 中から体をお湯で洗い流す音が聞こえる。扉越しに正志は呼びかけた。  
「沙織さん」  
「え? ……ひゃ、正志くん!?」  
 悲鳴交じりの頓狂な声が上がり、正志は慌てて抗弁した。  
「い、いや、そのままでいいからっ。えっと、ちょっと出かけてくるから、上がったらぼくの  
部屋で待ってて。すぐ戻るよ」  
「え? どこに行くの?」  
「コンビニ。ちょっと買い物に」  
「買い物?」  
 買い物の中身の見当がつかないのか、沙織は不思議そうに呟く。  
 正志は特に答えなかった。  
「とにかくそういうわけで、待っててね」  
 そのまま正志は洗面所を飛び出して、玄関へと急いだ。靴を履いて外に出ると、日が山の  
向こうに沈んでいくところだった。  
 夜を迎える。そのことが嫌でも今からやることを自覚させ、正志は心が浮つくのを抑えられ  
なかった。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 帰宅して、正志はすぐに自室へと向かった。  
 自分が住んでる家なのに、なんだか違う空間みたいだった。階段を登る足がどこか  
おぼつかない。  
 扉の前まで来て、正志は一旦立ち止まる。  
 深く息を吐いて気持ちを落ち着かせてから、正志はゆっくりドアを開いた。  
 ベッドの上に、沙織はいた。  
 ちょこん、と正座をしていた。若干不安げな目でこちらを見つめてくる。正志は近付くと、  
ベッドの縁に腰掛けた。  
「……何を買ってきたの?」  
「……コンドーム」  
 それを聞いて沙織の顔が真っ赤になった。  
「そ、そう。……ひ、必要だもんね」  
「うん」  
 沙織の緊張は簡単には解けそうにない。  
 それを見ると、逆に正志の方が落ち着けた。相手が極端に緊張しているせいか、自分の  
緊張が大したことないように思えてくる。  
「……いいかな?」  
 正志は少しだけ迷い――結局ストレートに尋ねた。  
「――――」  
 沙織は言葉を詰まらせる。  
 正志はじっと相手を見つめて、返事を待った。  
 しばらくして、ようやく沙織がひとつ頷く。  
 それを確認すると、正志は小さく微笑みかけた。  
 少しは安心してくれるだろうか。自分の微笑なんかで、彼女は落ち着いてくれるだろうか。  
 沙織は一瞬戸惑った表情になり、それから笑顔を返してくれた。  
 それがすごく嬉しくて、正志は思わず沙織を抱き締めていた。  
 お風呂上がりの、優しく甘い匂い。  
 沙織は体を強張らせたが抵抗はしなかった。おずおずと細い腕を正志の背中に回してくる。  
 正志は眼鏡を外して枕元に置くと、沙織の頬に手を添えた。  
 綺麗な唇に優しく口付けると、また沙織の体が強張った。  
 それでも抵抗はない。本当に、正志を受け入れてくれる。  
 二度、三度とキスを交わすと、少し慣れてきたのか、沙織の方からも唇を押し付けてきた。  
胸や脚も強く当たり、女の子の柔らかい感触に正志は興奮する。  
 舌を差し込む。意外にも沙織の体は硬くならなかった。あっさりと口内への侵入を受け入れ、  
逆に舌を絡めてきた。  
 唾液が口の中で混ざり合う。  
 熱が舌から舌に伝導し、液が唇をだらしなく濡らした。口同士の繋がりは呼吸を阻害して、  
体温を上昇させた。  
 
 唇を離すと、二人は荒い呼吸を繰り返した。酸素が足りず、頭がふらついた。  
「は、激しいね」  
「でも、気持ちいい」  
 沙織は躊躇する素振りを見せたが、小さく頷いた。  
 正志は沙織の脚に触れる。  
「あ」  
 スカートの内側に右手を滑り込ませる。太股の感触はひどく滑らかだ。  
「んっ」  
 さすがに沙織も身をよじるが、正志は少々強引に突破しようとした。  
 スカートを捲ると、ピンクの下着が覗いた。  
 下着に触れる。その隙間から指を滑り込ませる。  
「あっ」  
 秘所に触れた瞬間、沙織は声を上げた。  
 割れ目に沿って人差し指でゆっくりとなぞる。柔らかい。  
 強く力を入れると指が中に少しだけ沈む。  
「い……」  
 沙織が表情を歪めた。はっきりと苦痛の色を浮かべたので、正志は慌てて指を離した。  
「ごめん、痛かったよね」  
「急に力入れられたから……もう少し、優しくして」  
 再度下着の中に手を入れ、陰部に触る。言われたとおりできるだけ優しく、指の腹で  
撫で擦った。  
 最初は顔をしかめるだけだったが、次第に沙織の呼吸は荒くなっていった。  
 割れ目から徐々に液が染み出てくる。粘り気のある透明な液体は指によく絡んだ。熱を  
含んだ液体は、沙織の興奮の高まりを教えてくれるようだ。  
 正志は左手で沙織の体を抱き寄せると、背中越しに左胸を触った。  
 薄い布地の服なせいか、柔らかさはあまり阻害されていない。豊かな胸の感触はまるで  
突きたてのモチのようだ。  
 右手で下腹部を、左手で胸を愛撫する。抱きかかえるような体勢のため、互いの顔は  
すぐ触れられる程に近いが、沙織は恥ずかしいのか顔を左側に逸らしている。  
 正志は左手を胸から離すと、沙織の後頭部に支えるように添えた。そのまま反対側に  
向いている顔を自分の方へと向かせた。  
「あ……」  
 すぐそこにある、幼馴染みの瞳。  
 それを直視しながら、正志はまた唇を重ねた。  
「ん……んん……」  
 キスをしながら、右手の指を再び中に沈める。沙織の体がぴくりと震えたが、舌で口中を  
ねぶると抵抗はなくなった。  
 先程よりも緩んだ割れ目から中に侵入する。襞々に触れ、中の膣道をじわりじわりと  
押し進んでいく。  
 中に入れた指を支えに、親指で陰核に触れてみた。  
「んん!?」  
 はっきりした反応が現れた。唇を離すと沙織は声を上げて喘いだ。  
「んっ、だめっ、そこは触っちゃ……」  
「ここがいいの?」  
 小さな突起をこね回すと、目に見えて沙織は体を揺らした。  
「やっ、だめだってばぁ……」  
「でも沙織さん、気持ちよさそうだよ」  
「うう……」  
 羞恥心が強いのか、沙織はまともに言葉を返せなくなってしまう。  
 正志は沙織に微笑みかけると、頬にキスをした。  
「かわいいよ、すごく」  
 その言葉に沙織は戸惑った表情を浮かべる。  
「かわいいって……ひあっ!」  
 強めに陰核を押し潰すと、沙織は嬌声を上げてのけ反った。  
 正志は首筋に吸い付きながら、右手でひたすら秘所を弄る。染み出す液は量を増し、  
指の根本にまで垂れてきていた。  
 
 左手で胸のボタンを器用に外す。薄布が剥がされ、仰向けでも膨らみのはっきりした  
裸の乳房が現れた。  
 服の下に何も着けていなかったことに正志は驚く。  
「沙織さん?」  
「こ、この方が正志くんしやすいかなと思って、その、お風呂から上がったときに……」  
 小声で沙織が答える。  
 正志は目の前の胸の美しさに感動しながら、その先端に顔を近付けた。  
 乳首に吸い付くと、沙織が肩を震わせた。  
「正志くん、あ、あんまり強く吸わないでね。痕がついちゃう……」  
「……」  
 むしろつけたいのだが。  
 正志は答えずに左手で胸を鷲掴んだ。  
 張りのある胸から伝わる弾力は魅惑的な感触だった。ずっとこのまま揉んでいたい。そう  
思わせる魔力が、この二つの膨らみにはある。  
「んぅ、やぁん」  
 揉んで、舐めて、弄って。上も下も沙織の体は唾液や愛液でぐちゃぐちゃで、正志の  
下腹部はジーンズの中で痛いくらいに張り詰めていた。  
 下の下着も脱がす。意図を汲んだ沙織が脚を持ち上げてくれた。肉付きのいい太股から  
細い足首にショーツをずらしていく。  
 下着が脚から離れるのを確認して、沙織が上体を起こそうとした。体を離すと、沙織は  
上のブラウスを脱いでスカートだけの恰好になる。  
「正志くんも脱いで……」  
 言われて正志は服を脱いでいく。潤んだ瞳に操られるように、シャツを脱ぎ、ジーンズを  
下ろす。  
 残ったトランクスも下ろし切り、正志は全裸で沙織の眼前に膝を着いた。  
「これが、男の人の……」  
 呆然と呟く沙織。正志は苦笑する。  
「本当はもう見られてるはずなんだけどね」  
「憶えてないもん……」  
 沙織は拗ねたように唇を尖らせた。  
 正志は沙織に寄り添うと、彼女が身に付けている最後の一枚を剥いだ。  
 スカートがベッドの下に落ちる。これでもう、邪魔するものはない。  
 硬直しきった男性器に避妊具を被せると、正志は沙織に正対した。  
「いいかな」  
「……うん」  
 返事を聞くや、正志は沙織の体を優しく押し倒した。  
 
 上から沙織の体を見下ろす。  
 乳房の先端がつん、と立っている。真っ白な肌が熱で赤みを帯びている。細い腰のすぐ  
下は愛液まみれで、陰毛に絡み付く光沢がいやらしい。  
 幼馴染みの淫らな姿は正志の情欲をかき立てた。ベッドにつく両手の平にじんわり汗が  
滲み、焦りのような興奮が体中を覆っていく。  
 生唾を呑むと、正志は沙織に囁いた。  
「じゃあ、行くよ」  
 こくん、と沙織は小さく頷く。  
 薄いゴムに包まれた男性器をすぐ下にある女性器へと向ける。二つの器官が触れる。  
 ぐちゅ……  
 亀頭が陰唇の間を押し開き、中へと入っていく。きついが、進めない程ではないと思った。  
 が、  
「うっ……」  
 沙織が顔を歪めた。その表情はいかにも痛そうで、正志は慌てて進入を中断した。  
「い、痛い?」  
「……ちょっとだけ」  
 沙織は引きつった顔で答える。  
 処女を失っているとはいえまだ二回目なのだ。女陰は結構な濡れ具合を見せているが、  
痛みはやはりあるのだろう。  
 正志はそこで一つ疑問を持った。  
「あのさ、この前は痛くなかったの?」  
「え?」  
 沙織はきょとんと正志を見返す。  
「憶えてないのはわかるよ。けど、起きたときに体が痛かったりしなかったの?」  
 初体験の翌朝、下腹部の痛みはどうだったのかという話だ。酔っていても痛そうにして  
いたし、尾を引いてもおかしくないはずだが。  
「……」  
 沙織はえーと、と思い返し、  
「痛かったけど、あそこ……だけじゃなくて、なんか全身が痛かった……かな」  
 無理な性行為をしたためだろうか。  
「……変に思わなかったの?」  
 朝起きて自分の局部に痛みがあったら、普通は疑問視する。  
「あのときは、二日酔いで頭の方が痛くて……」  
「……二日酔い?」  
 思い出す。沙織はあのとき飲酒は初めてと言った。となると二日酔いも初体験なわけで。  
「お腹の下が痛かったような憶えはある……かな?」  
「頭痛の方がひどかったと」  
「だ、だってお腹は生理のときにも痛いけど、頭は普段痛くないから」  
 なるほど、と正志は納得した。考えてみれば女性は毎月血を流しているわけで、腹痛など  
茶飯事なのだろう。大変だ。  
 が、それとこれとは関係ない。挿入自体は液が潤滑油となって果たせるだろうが、無理に  
入れると沙織を痛がらせてしまう。  
 しばらく躊躇していると沙織が微笑んだ。  
「ありがとう、心配してくれて。でも……いいよ」  
「……痛いんでしょ?」  
「大丈夫……いくらでも甘えていいって言ったじゃない」  
「……」  
 正志は小さく歯噛みした。気を遣わせてどうする。  
「できるだけゆっくりするよ。痛いと思うけど……」  
「平気。耐えられない程じゃないから」  
 言葉を受けて体を奥に進める。  
 
 開通しているはずの膣道はひどく狭かった。潤滑油のおかげで進めることは進めるが、  
ゴム越しに擦れると中がひくひく動いて少し痛々しい。  
 だが、それ以上に気持ちがいい。  
 締め付けるというより閉じて進入を妨害するような感触だが、敏感な亀頭をぐいぐいと  
刺激してたまらない気持ちになる。奥へ進めば進む程それは顕著だ。  
「あ……ぐぅっ」  
 同時に沙織の顔が激しく歪む。  
 正志は一瞬怯んだ。しかし抜くこともできない。沙織が正志の肩を掴んで離さないからだ。  
 このまま押し進めるしかない。正志は一気に奥まで貫いた。  
「あああぁぁぁっ!」  
 一際高い叫び声を上げて、沙織は大きくのけ反った。両手に力がこもり、正志の肩に  
爪が深く喰い込んだ。痛みが走るが、沙織の痛みに比べたら大したことないはずだ、と  
正志は我慢する。  
 目尻に浮く涙を指ですくってやると、沙織は荒い息を吐きながらぼんやりと見つめてきた。  
「正志くん……」  
「痛い?」  
 うん、と頷く幼馴染み。  
「でも、嬉しい……」  
「ぼくも」  
「……ん」  
 沙織は目を閉じて、唇を軽く突き出してきた。  
 正志はそれに応える。口唇を交わらせると、体がより密着した。  
 温かく柔らかい感触に、正志は満たされる思いだった。  
 ほんの少し前までただ親しい人だったのに。今はこんなにも近しく、愛しい。  
 絡み合う舌を解き、ゆっくりと顔を離す。  
「動いていい?」  
「ん……」  
 沙織の小さな返事を確認して、正志は腰を動かし始めた。  
 腰を引いていくと、襞々が亀頭のエラに引っ掛かって刺激を送り込んできた。  
 今度は前に押し進める。引いた分を戻そうと、再び奥へ。  
(うわ……)  
 前回はあまりに唐突すぎて何が何やらわからないうちに終わってしまったが、こうして  
しっかりと感触を味わうと別の意味で何が何だかわからなくなってしまう。  
 異性の柔らかい秘肉が男根にみちっと絡み付く。ゴム越しでも充分気持ちいい。  
「あ……う、あん、あっ……」  
 沙織の口から洩れる喘ぎが耳をとろかす。  
 非常に緩慢な往復を繰り返していくと、次第にスムーズに動かせるようになっていった。  
 染み出る愛液が往復を助ける。膣の締め付けが柔らかくなり、進入を阻害しなくなる。  
(すご……こんなにいいんだ)  
 覚え立ての頃は病み付きになるとは聞くが、それが正に実感できる。相手が美人なら  
尚更だ。  
 前後の動きを重ねていくうちに、沙織の吐息がどこか色を帯びてきた。苦痛が和らいで  
きたような、腰の動きに合わせて洩れ出る淡い息。  
「はあ……んっ、まさ……し、くん……」  
「気持ちいいの? 沙織さん」  
「わかん、ない……でも……いやじゃ、な……あんっ」  
 艶めかしい喘ぎ声。綺麗な唇から溢れるそれは、互いを陶酔させる魔力に満ちていて、  
「ああ……わたし、へんかも……あんっ、あっ、あっ、ああっ!」  
 徐々に大きくなっていく嬌声に引っ張られるように、沙織の体はどんどん熱くなっていって、  
 正志は沙織の体を溺れそうな程に貪った。  
 腰はもう遠慮なく動いていた。沙織も痛がることなくそれを受け入れている。  
 ぱちゅ、ぱちゅん、と音が響く。淫水がシーツに滴り落ち、互いの汗が混じり合う。  
 正志は下っ腹に力を入れる。気を抜けばあっという間に達してしまいそうだ。女陰の  
与える快感は気持ちよすぎて油断ならない。  
 
 形のいい胸が揺れている。  
 正志はその両胸をおもむろに鷲掴んだ。  
「きゃあっ!」  
 驚いたような沙織の悲鳴。  
 正志は根本から絞るように揉み込んだ。沙織が上体をよじるが、もちろん逃れることなど  
できない。  
「やぁ、揉んじゃダメぇ……」  
 乳首をこね回したり、乳輪に舌を這わせたりしながら丁寧に揉んでいくと、沙織はやがて  
抵抗をやめた。  
 正志の手で自在に形を変える乳房。ぐにぐにと揉みしだくと膣がきゅうっと締まった。  
 締め付けが腰の奥まで響くようで、正志は思わず声を洩らした。  
「うっ……」  
 沙織は正志の反応に驚いて動かしていた腰を止めた。  
「正志くん?」  
「い、いや、大丈夫」  
「でも」  
「単に沙織さんがエロすぎるだけだから」  
 沙織は一瞬きょとんとなって、それから顔を真っ赤にした。  
「な、何それ」  
「いっぱい感じてるし、いっぱい締め付けてくるから」  
「感じてるなんてそんな……あんっ」  
 腰をぶつけると沙織は甘く喘いだ。正志は沙織に覆い被さると、うなじにかぶりつきながら  
両胸を激しく揉み込んだ。  
「ひゃう……あっ、んっ、んんっ、あぁんっ」  
 正志は汗でしっとりと濡れた肌を舐め回す。ほんのりと上気して桃色に染まった柔肌は  
どこもかしこも柔らかく、触れているだけで興奮を高めた。  
(沙織さん、本当にエッチだな……)  
 正志の色のこもった視線に、沙織は顔を背けた。  
「み、見ないで」  
「そんなこと言われても……」  
 目を逸らすなどできるわけがない。  
「ダメ……こんなの私……」  
「何がダメなの?」  
「……いやらしい女なんて思わないで」  
「かわいいと思うよ」  
 沙織は呆けた顔で正志を見やる。正志は苦笑した。  
「ひょっとして、嫌われるとか思ってる?」  
「……違うの?」  
「そんなわけないよ。むしろもっと好きになりそう」  
 淫らに乱れる様子は、正志の知っている天川沙織とは思えないくらいのギャップがあったが、  
少しも幻滅しない、むしろ魅力的だとさえ感じる。  
 沙織は恥ずかしそうに沈黙したが、やがて正志をじっと見つめて訊いた。  
「いいのかな……いやらしくても」  
「ぼくの前だけならね」  
 正志が冗談めかして笑うと、沙織はむっとした顔で睨んだ。  
「私、そんな軽い女じゃない」  
 そして正志の体をぎゅっと抱き締める。  
「正志くんだけなんだから」  
「……うん」  
 頷いて、またキスを送る。  
 
 正志は腰をひたすら振った。子宮にぶつけるようなイメージで自分の逸物を何度も  
突き入れる。  
 沙織も合わせるように体を動かす。正志の体に擦り付けるように腰が跳ねる。  
 腰がぶつかる度に陰嚢ごと吸い出されるような快感が正志を襲った。電流が脳を駆け巡り、  
下半身から背中に沿ってゾクゾクと震えが走る。  
「ひあっ! ゃんっ、んっ、あっ、あぁんっ!」  
 沙織の嬌声がどんどん激しくなる。長い髪を振り乱して何度も喘いだ。  
 その綺麗な色声に正志はますます興奮して、さらに行為が激しさを増した。  
「あっ、あんっ! はげし、やっ! はあ、んっ、ふあああっ!」  
 深い谷の底に落ちていきそうな、たまらない陶酔が理性を狂わせていく。  
 膣内で暴れる男性器がやがて限界を迎えた。  
「沙織さん……もう、出るっ」  
「んはぁっ! わた、わたしもっ、なんか、ああっ!」  
 腰の動きが小刻みになる。打ち込む分身が欲望の塊を放出しようとゴムの中で震える。  
「くう──」  
「あっ、あっ、いっ、あっ、やっ、ああああぁぁぁぁ────っっ!!」  
 これまでで一番の沙織の嬌声が上がると同時に、正志はゴムの中に溜まった白濁液を  
勢いよく吐き出した。  
 先端から火を吹くように熱い精液が次々と噴出する。下腹部に抜ける快感はヒリヒリと  
痛いくらいに痺れるものだった。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 すべてを吐き出し終えると、正志は荒い呼吸をしながら沙織の顔を見つめた。  
 沙織は虚ろな目でしばらく放心していたが、正志の視線に気付くと柔らかく微笑んだ。  
「どう、だった?」  
「気持ちよかった……」  
「私も」  
 正志は沙織の中から性器を引き抜いて体を離した。  
 避妊具の中はドロドロだ。正志は逸物から外して口を縛る。それをゴミ箱に捨ててから  
ティッシュを取り、汚れた部分を拭き取っていった。  
 沙織は疲れたように体を投げ出している。  
「立てない……」  
 腰が抜けてしまったのだろう。正志はティッシュを捨てると、沙織の背中に腕を回して  
抱き起こした。  
「ありがとう」  
「体はどう? 痛くない?」  
「平気。ちょっと疲れたけど」  
 沙織はふふ、と微笑むと、正志の体に身を寄せた。  
 
「あーあ、とうとう正志くんとしちゃった」  
「四日前にしてるんだけどね」  
「そんなの知らない。憶えてなーい」  
 明るい口調で返す沙織。  
 その顔は喜びに満ちていて、とても嬉しそうだった。その笑顔を見るだけで、正志も  
幸せな気持ちになってくる。  
「正志くん、やっぱり温かいよ」  
 不意に沙織が言った。  
「え?」  
「体。温かいよ。あなたが自分をどう思っていても、それは確か」  
 思い出す。観覧車内で呟いた一言を。  
 温かくなんか──  
「沙織さんの温かさが移ったのかも」  
 正志はそう言って微笑んだ。  
「……元気出た?」  
「うん、ありがとう」  
「どういたしまして」  
 沙織は笑顔で頷いた。  
 傷つけたことは確かだ。  
 でもそれを取り返せるなら、正志は全力で取り返したいと思う。  
 三原正志は、天川沙織が好きだから。  
「お風呂、また借りていい? 体ベトベトで」  
「あ、うん」  
 うまく立てない沙織の体を正志が支える。二人は部屋を出て一階へと下りた。  
 そのとき、  
「ただいまー」  
 玄関から繋がるリビングのドアが開いて、正志の母親が現れた。  
「……」  
「──」  
 二人は裸でくっついたまま固まった。  
 言い訳など不可能だ。  
 母親はんー、と首を傾げると二人に向かって言った。  
「保健体育の勉強?」  
「イヤミかよ!」  
 正志が反射的に突っ込んだ。  
「いや、最近の家庭教師は進んでるから」  
「マジボケ? 嫌がらせ?」  
 母親はクスリと笑う。  
「沙織ちゃん、とりあえずお風呂入ってきなさい。準備してあげるから」  
「もう沸いてるよ」  
「あらそう。ならごはん食べていきなさい。話はそのときに聞くから」  
「は、はい」  
「正志、沙織ちゃん連れていったらすぐにこっち手伝いなさいよ」  
「わかってるよ」  
 母親が台所に消えるのを見届けて、正志はため息をついた。  
「最悪なタイミングだ……」  
「うん。でもおばさん、あんまり怒ってなかったね」  
「怒るわけないよ。母さん、沙織さんのこと大好きだから」  
 沙織はくすぐったそうに笑う。  
「じゃあ家族公認だね」  
「それは早すぎると思う」  
「そんなことはないと思うけど。……正志くん」  
 ん? と顔を上げると、沙織がじっと見つめてきていた。  
 何、と訊く前に沙織は体を離して、正志の前に相対した。  
 
「これからもよろしくね」  
 
 嬉しげに宣言する恋人の笑顔は、何よりも魅力的だった。  
 

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