俺の名前は河野 時雨。  
16歳。高校生。  
事情があって都内で一人暮らし。  
 
16歳の少年がたった一人で生きるのは  
いろいろ大変だったりするのだが、  
お世話してくれる暖かい人々のおかげで  
なんとか穏やかな日々を送っていた。  
 
俺は将来警察官になって、  
この街を守ると共に  
お世話になった人たちに  
恩返しをしたいと思っている。  
 
「何をブツブツ言っておるか」  
天使の視線が俺の背中から突き刺さってきた。  
鋭い目つきで、背中ごしからでもピリピリしたものが伝わってくる。  
自称、愛と平和と正義の使者マジカルメロンちゃん。  
ふざけた名前だ。  
 
…………そう、  
ある日、空から落ちてきた天使(こいつ)を拾ったのが運の尽き。  
俺の人生は崩壊の一途をたどりはじめていた。  
 
天使をつれて歩く俺。  
ふと、通りがかりの中学生がささやいた。  
「キャー。あの子なんか羽根が生えてる」  
「アクセサリーかな。カワイー」  
ブチッ!  
さっそく天使が目尻を吊り上げて怒鳴りだす。  
何が気に入らなかったのかさっぱりわからん。  
「な、何をジロジロ見ておるかっ!貴様等ーっ!!」  
「きゃあ。怒った顔もカワイー」  
和気藹々としている中学生達。  
自分が命の瀬戸際に立たされていることなど知ろうよしもない。  
「ほほぅ………これは少々口の聞き方というのを教えてやらねばならんな」  
バトンを振り上げる天使。  
俺の脳裏に恐怖がよぎった。  
 
―――大爆発させる気だっ!  
 
それは文字通り、  
この場一帯をまるでダイナマイトでも使ったかのように爆発させる破壊魔法。  
やばいっ…ここにはまだ、たくさんの人がいるというのにっ!  
「こらっ!やめろっ!!」  
俺は天使を押さえつけた。  
「な、なにをするっ!」  
体を腰でかつぐ。  
「や、やめろっ!こらっ!は、放さぬかっ!!!」  
体を腰で2つに深く折り曲げ、えびのような型でジタバタともがく天使。  
「いやぁあ!どこをさわっておるっ!!」  
しったこっちゃない。  
俺はそのまま全力でこの場から走った。  
「〜〜〜!うぬぬっ!覚えておれよ!貴様等ーーーッ!」  
 
天使とはもっと穏やかで優しい生き物だと思っていた。  
だが、こいつの印象を一言で言えば、  
核弾頭が服着て歩いているようなものだ。  
しかも、ちょっとした刺激だけで簡単に爆発してしまうので危険極まりない。  
 
最近都内で頻発している謎の大爆発の原因は全てこいつ。  
現在のところ死者はでていないようだが、それも時間の問題だと思う。  
いずれにせよ、このまま放置して置けば  
この都内が3日後にもあるという保障はないだろう。  
 
俺は人々の安全を守る為に、  
この超危険物質を保護(補完?)することにきめたのだ。  
というわけで俺は天使をつれて、家に向かっている最中だった。  
 
全力で走ること十数分。  
「ハァハァハァ…」  
膝に手をやり肩で息をする。  
ボカッ!  
「いてっ!」  
無防備な脳天に強烈な一撃が炸裂された。  
天使がバトンで殴りつけたのだ。  
なんだか大変、ご立腹な様子。  
「き、貴様っ!どうゆうつもりだっ!  
 貴様のせいであやつらを粛清しそこなったではないか!」  
「お、オマエこそどういうつもりだ!」  
「どうゆうつもりとはどうゆうつもりだっ!」  
「あんなところで爆発させたらどんな事態になるかわかってるのかと聞いてるんだっ!」  
「うるさぁいっ!人間ごときが我に指図するなど1万年早いわっ!」  
「だいたいなぁ!  
 なんですぐ、ああやって力で訴える真似をするんだっ!  
 その口は何のためについてるんだ」  
「………」  
口をつむる天使。  
しかしすぐに顔をあげる、  
「黙れっ!下等な人間と聞く口などあるかっ!」  
「………ハァ…そうですか…」  
俺はおおきくため息をついた。  
 
再び歩き始めること数分。  
 
「ええいっ!…まだ着かぬのか。我はそろそろ歩き疲れたぞ!!」  
「もうちょい。そこの角を曲がったところだから」  
「ふんっ」  
我が家が見えてきた。  
まぁ、なんの変哲もない、ごく普通のアパートです。  
扉の前までやってくる。  
「………」  
天使が立ち止まっていた。  
何か言いたげな表情だ。  
こうゆう場合、『どうした?』とでも言ってやるほうがいいのだろうが、  
まぁ、こいつのことだ。  
聞きたくなくても勝手に喋ることだろう。  
そして、その予想は的中だった。  
「よいかっ!もう一度はっきりさせておくが、  
 貴様がどうしてもと言うから行ってやるのだぞ。  
 決して我は別に行きたくて行ってるわけではないぞ」  
握り拳に怒り声。  
なんで怒るのかやっぱりわからない。  
「はいはい」  
「『はい』は一回でよい!!」  
ますます、熱くさせてしまった。  
「………はい」  
 
ガチャリ。  
ドアを開ける。  
低家賃のわりにはなかなか広い部屋だし  
配置とかも俺は気に入っている。  
「フンッ!あいからわず狭くて薄暗いところだナ」  
「ぐっ…このやろう」  
「まぁいい。ガマンしてやる」  
天使は俺より早くズカズカと家に上がると、  
キョロキョロと辺りを見回しだした。  
部屋はキレイに整っている。  
汚くしてたら、どうせまた何か言われるのは予想できていたので  
あらかじめ掃除しておいたのだ。  
天使は窓ガラスの枠を指でなぞりだした。  
「?」  
そして指についた埃に…フッ…と息を吹きかける。  
埃がゆっくりと床に落ちた。  
「汚れておるのう」  
「姑かよ」  
「こんなところにいたら三日で死んでしまうわ。  
 我はさっそく掃除を要求するぞ」  
「マジですか?」  
「当然だ。我は繊細なのだ」  
「………」  
思わず絶句。  
なるほど…こいつは自分を繊細な生き物だと思っているのか…。  
 
「いいか、やれるかではなく、やれだ」  
天使はそう言うと、勝手に座布団をとりだして、あぐらをかぎだした。  
「お茶っ!!」  
「今、掃除しろといったばかりじゃねーか」  
「掃除もしながらお茶もいれろ。  
 子供じゃないのだから1から10までいわせるな」  
「やれやれ…」  
まぁ、客がきたらお茶を出すのは流儀だ。  
間違ったことなんていっていない。  
………口調意外は。  
とりあえず俺はお茶をいれる。  
 
お茶をいれて戻ってくる。  
「あれ?あいつどこにいった?おーーい。メロン?」  
天使はテレビの近くをあさっていた。  
こっちに気づくと、とたんに激昂する。  
「おい!ゲームキューブぐらいないのかっ!!」  
また怒ってる。  
「ねえよ」  
「ちっ…退屈な家だナ!」  
「てゆうか天使なのに、よくそんなもん知ってるな…」  
「当然だ。我は○天堂の大ファンだからナ!」  
「………」  
さて…どこから突っ込めはいいものやら…。  
 
突っ込むのも面倒になってきたのでとにかくお茶を差し出した。  
「ふむっ…ごくろう」  
「………」  
『ごくろう』なんて当たり前の言葉を言われただけで  
こうも安心してしまうなんて…。  
 
正座で口に含む天使。  
優雅だ…。  
さて…俺のお茶は天使の舌にはあうのだろうか…?  
「熱っ!!」  
どうやらそれ以前の問題だったらしい。  
「し…舌が火傷してしまったではないかっ!  
 殺す気かっ!このバカッ!!!」  
また、怒りだした。  
でも瞳がちょっぴり潤んでいる。  
よほど熱かったのだろう…すまない。  
俺はあわてて冷水をもってきた。  
「大丈夫かっ!メロンっ!」  
「………ぬっ!」  
「メ…メロン?」  
視線をこちらにむけたまま、  
ギリギリと俺にまで聞こえるほどに強く歯軋りをしている。  
今度は何が気にふれたのだろうか…?  
 
天使はこっちをにらみつけたままだ。  
………怒っている。  
間違いなく怒っている。  
すさまじいまでの怒りを感じる。  
だが、この天使の沸点は俺にはとうてい理解できない。  
「………」  
「………」  
バツが悪くなってきた…。  
自分なりに何が悪かったのか模索してみる。  
瞬間、ピンッと閃いた。  
「もし、名前を間違っていたのなら謝る」  
「略すな」  
「はっ?」  
「我のことを呼ぶなら  
 『愛と正義と平和の使者マジカルメロンちゃん』と呼べ」  
「長っ!」  
「一字一句間違えるなよ。  
 ちなみに  
 『愛と』がファーストネーム。『正義と』がセカンドネーム。  
 『平和の』がサードネーム。『使者』がフォースネーム。  
 ………(略)………だ  
 後、様をつけるなら  
 『愛と正義と平和の使者マジカルメロンちゃん様』だ」  
「それよりメロン」  
「貴様、我をなめているのか?」  
「そんな長い名前は言ってられない。  
 素直にメロンでいいじゃないか。  
 よし、オマエの呼び方はメロンで決まりだ」  
「イライライライラ」  
ものすごく不服らしい…。  
その形相からだけでも不機嫌さが伝わってくる………。  
 
でも、俺だってこれからこいつとやっていくのに  
わざわざ呼ぶだけで『愛と正義と平和の使者マジカルメロンちゃん』なんて  
長ったらしい名前は言ってられない。  
 
結局呼び名に対する口論は1時間にもおよんだ。  
こっちはそろそろ疲れてきたが  
メロンのやつは逆にヒートアップしていく一方だ。  
あきらめ気味に俺がつぶやく。  
「なぁ…なんかオマエ…いつもそんなにカリカリして疲れないか?」  
「!!」  
ぐんぐん頭の温度が上がっていく。  
なんかもう噴火寸前という感じだ。  
そうか…本人にも自覚があったのか………。  
「キサマが我を怒らせるような真似ばかりするからだっ!!!  
 もうよい!寝る!!!!」  
今日一番の大声を張り裂けて、天使はソファーに寝転んだ。  
「………」  
唖然とする俺。  
天使が叫ぶ。  
「掛け布団っ!!!」  
「………やれやれ…」  
押入れから、お客用の布団をもってくる。  
ならべく綺麗なやつを。  
「フンッ」  
『ごくろう』の一言もなく、  
ふてくされたまま俺から顔を背ける天使。  
「………」  
初日からこれでは、先行き不安になってきた。  
 
「そうそう。いくら我の外見が愛くるしいからといって  
 寝込みを襲うようなら容赦せんよ」  
お茶を噴出してしまった。  
「バカな心配してないでとっとと寝ろっ!」  
「すやすや…」  
「もう寝てる…」  
こう見えて、疲れていたのだろう。  
……まだ8時だ。  
さて…俺はどうしよう。  
起こしちゃ悪いし、静かに晩飯でもくって俺もねるかな…。  
 
冷蔵庫から簡単なものをとりだして電子レンジでチンする。  
食べながらこれからどうしたものかと考える。  
俺は我慢強いほうだ。  
あいつがどんなワガママを言ってもやっていける自信はある。  
でも、他人に被害が及ぶようなら話は別だ。  
「とにかく、あの短気をなんとかしなきゃなぁ…」  
あの性格を直すには少々骨が折れそうだ。  
それに俺が何を言ったって、『人間の言うことなど聞いてられるか!』  
の一言で終わってしまいそうだ。  
いかん…犯罪者を更正させるほうがまだ幾分マシな気がしてきた。  
疲れてるな俺も………。  
「すぅ………すぅ」  
天使が寝転がってこっちに顔を向ける。  
「………」  
腐っても天使。  
こうして黙ってさえいれば、文句なしで美少女なのだが。  
こいつの性格を知っている以上、とても可愛いなどと思うことはできなかった。  
 
「さて…ホント…どうしよう…」  
「ううぅ…ううん……ぐすっ……」  
「ん?」  
「むにゃむにゃ………お兄ちゃん……………ぐすっ」  
なんだ寝言か…。  
こいつにもやっぱり家族がいるんだな。  
などと考えながら、秋刀魚をハシでつまむ。  
「うぅ……ぐすっ…」  
「えっ!?」  
よく見ると寝ながら泣いていた。  
「………お母さん…お父さん…………あいたいよぉ…」  
「………」  
ひょっとしてこいつ…天界(?)に帰りたいのか?  
 
ふと、俺は一人でこの街で住み始めたころのことを思い出していた。  
周りに知ってる人はだれもいない。  
どこに行けばいいかもわからないし。  
今となっては、余り覚えていないのだが、  
それはひたすらに寂しい日々だったと思う。  
 
―――ひょっとして、こいつも今、そんな状況なのだろうか…?  
 
………そうかもしれない。  
こいつにしてみれば人間界に堕ちて来たのはアクシデントなのだろう。  
周りは全て人間だらけ。  
仲間も友達も両親もお兄ちゃんも誰もいない。  
たった一人で孤独にこんなところに落とされてしまって………。  
 
もしかしたらこいつが素直になれないのも  
孤独に耐えるために強がってるだけなのかもしれない。  
俺も昔………そうだった気がした。  
 
「よし!」  
俺は一つの決意を固めた。  
 
誰も知り合いがいないのなら、俺が友達になってやろう。  
こいつが寂しい思いをしているのなら、俺が力になってやろう。  
それが俺が今こいつにできる唯一のことなのだろう。  
そうすればいつか、こいつも心を開いてくれるのかもしれない。  
 
「うーーーん」  
天使が苦しそうに寝返りをうつ。  
かけ布団はソファーから落ちて、  
スカートがまくりあがってヘソまで見えてしまっている。  
「まったく、寝相の悪いやつだ」  
いちおう美少女なんだから  
こうゆう恥ずかしい格好で寝るのはやめてくれ。  
こっちも困る。  
 
老婆心からしかたなく、  
俺はまくれたスカートをなおしてやろうとおもうのだった。  
 
「やれやれ」  
俺がスカートをつかんだ瞬間、天使がパッチリ目をあけた。  
「………」  
「………」  
お互いを見詰め合ったまま、動きと思考は完全に停止していた。  
 
スカートは俺の手でつままれて持ち上げられたままだ。  
「………」  
その姿が天使にはどう見えたのか。  
目をずっと丸させたまま、口パクを繰り返していた天使だったが、  
突然、顔を真っ赤にさせた後、目をつり上らせた。  
「ふ………ふ……ふ。  
 あ…あれほど警告をしておいたのに関わらず、  
 尚、我の寝込みを襲おうなどと………  
 …覚悟は、できているのだろうな!」  
血管がミシミシと浮き出していた。  
目からは溢れるほどの涙。  
俺はあくまで冷静に…  
「いや…違うぞ、  
 オマエの寝相が悪くてスカートがまくれていたから  
 俺はそれをなおしてやろうとおもっただけで…」  
しかしこの天使に言葉など通じるはずがなかった。  
「ーーーー問答無用っ!マジカルトォルー!」  
 
ドカーン!  
 
「うーん………むにゃむにゃ…  
 ……お兄ちゃん…やっぱり人間は………ケダモノだよぉ………  
 ……でも、大丈夫…だよ……貞操は守ったから…………?」  
何事もなかったかのように熟睡する天使。  
俺は壁にめりこみながら次の日の朝を迎えるのだった。  
 

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