「今日からみんな一緒に勉強することになった  
 坂之上アヤちゃんだ」  
(………はぁはぁ…ぜぇぜぇ…し……しぬぅ…)  
今にも爆発しそうなほどに疲れきった心臓。  
長時間校舎内を走り回ったために全身疲労困憊。  
頭はぼんやりとした靄がかかったかのようで、  
少しでも気をぬけば即座に倒れてしまいそうだ。  
しかし、アヤは決してその苦しみを顔には出さず、  
いつもの営業スマイルを浮かべていた。  
 
 
★君と響きあう○○○ そのBダイジェスト  
あれからすぐに職員室に飛び込んだアヤだったが  
すでに担任の姿はそこになかった。  
担任がいなければどうしようもない。  
1時間目の授業は、あきらめかけていたアヤだったが  
そこに天使が現れると  
「もし初日から遅刻などという無様を晒そうものなら、キサマの体の無事は保障できない」  
とアヤの恥ずかしい写真をチラつかせながら脅すのだった(朝にアヤの全裸写真を撮っていた)。  
猛烈に抗議するアヤだったが、いつもの通り天使はアヤの要求には一切応えない。  
泣く泣く天使の言うことを承諾させられるアヤ。  
しかし、交換条件として  
もし1時間目の開始までに間に合えば(今はまだ朝のHR中)  
アヤの恥ずかしい写真は返してやるということになり、  
アヤは広い校舎を担任探して奮闘する。  
しかし、自分のクラスが何年何組かわからない状態。  
手当たりしだいに教師を捕まえるも全てハズレ。  
迫り来るタイムリミット。  
とうとう1時限目の始まりのチャイムが鳴り響いた。  
人生の崩壊を覚悟するアヤ。  
その時、  
「あや?君はひょっとして転校生の…?」  
「あ、あなたはっ!」  
こうして、なんとか九死に一生を得たアヤであった。  
 
 
クラスの人間は皆一様に喜びの色を浮かべていた。  
「うひょー」  
「か…かわいい」  
「何よ。男子ったら鼻の下伸ばして」  
こんな可愛い子と毎日過ごせるなんて…と、  
思春期の少年達は達は皆なにかしら  
期待をこめた視線をアヤに向けていた  
(な…なんだか……恥ずかしい……ナ)  
見知らぬ人物達に一斉に視線を向けられるには  
アヤもまだまだ慣れが必要だった。  
しかし、そんな羞恥心も  
次の瞬間に目の前にしたものの前では  
思わず吹き飛ぶのであった。  
(て…………天使っっ!!)  
思わず営業スマイルまでもが崩れる。  
「どうした?坂之上?」  
「い…いえ…なんでも…」  
アヤが動揺したのも無理はない。  
窓の向こう側では  
天使が窓にベッタリと顔を張り付かせながら  
睨みつけるような視線でじっとこちらを監視しているのだから…。  
そして、その手はいつでもバイプを発動させられるように  
リモコンにそなえられているのだった。  
 
「ほら。あいさつ」  
「は…はい…」  
アヤはなんとか心を落ち着けた。  
「坂之上アヤです。よろしく」  
アヤの一言は、たったそれだけでクラスの男共を歓喜させるものだった。  
「ウォーヽ(`Д´)ノ」  
「アヤちゃんか…」  
「へへへ…かわいいじゃねーか…」  
「か…かわいいなんてそんな……  
 わたしなんてまだまだです」  
心にも無いことをいってみた。  
「謙虚な性格もイイッ」  
アヤは………煽てられればどんどん調子にのるタイプだった。  
「出身地どこ」  
「アメリカのサンフランシスコよ(大嘘)」  
「趣味と特技」  
「趣味は裁縫。得意なものはお料理です(超嘘)」  
「アヤちゃんってよんでいい」  
「いいよ」  
「スリーサイズ教えて」  
「上から順に86/56/83よ…。  
 って何言わせんのよっ!!」  
「罵ってください」  
「このブタ野郎」  
すでに気分は有頂天のアヤ。  
「アヤちゃんは将来の夢ってある?」  
「夢はアイドルになることでーす」  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン。  
 
「んーーーっ。あふぅっ!!!」  
「んっ???」  
「あふぅ???」  
「………!」  
静まり返る室内。  
アヤは言葉を失った。  
顔から火がでるほどに恥ずかしかった。  
「…………えっ…いえっ…なにも…」  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン。  
 
「ひっ」  
振動はおさまらない。  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン  
 
それどころか、レベルが徐々に上がっていく。  
(て…天使ぃっ!こ…こんなときに、な、なにすんのよっ!!)  
「んっ…くふぅ…っ……」  
「どうしたんだい?アヤちゃん?」  
「いえっ…ですから…な…なんでも……んふっ、ふっ!あっ……やぁっ…!」  
「んふっ?」  
「ふっ?」  
「あっ?」  
「やぁっ?」  
このままではアヤの異変を生徒達に気づかれるのも時間の問題だった。  
(やっ…だめぇ…やめてぇー。  
 こ…これ以上されたら………わたし…………わたしっ……)  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン  
 
(ま…まさかっ)  
アヤは慌てて叫んだ。  
 
「うっ、あふっ…う…嘘ですぅっ…!  
 ゆ…夢は…くぅ……エ…偉い学者さんに…ふ、  
 …な、な、…なる…んっ!………こ…ことですぅっ…」  
 
ピタリ  
 
「は………はぁ…はぁ………」  
「そうか。アヤちゃんは学者になりたいのか」  
「はあ…はぁ……はー。はー。  
 ………………は、…はい…………  
 せ…先生…そ…そろそろ座っていいですか?  
 わ…私…ちょっと立ちつかれちゃって」  
「それじゃあ席は一番後ろの空いてるところでね」  
「はーい」  
先生の号令にアヤは歩き始めた。  
 
………足はもう機能不全寸前だった。  
 
ようやく腰を落ち着けることができたアヤ。  
「ふぅ…」  
とりあえず窮地は脱したものの、興奮はまだ治まってはいなかった。  
立たされている場所は薄氷。  
非常に危険な状態であることには変わりない。  
(き…気を…おちつけないと…はぁはぁ……)  
まずは気持ちを落ち着けることを最優先にする。  
このままでは、まともな会話すらもおぼつかない。  
しばらく時を稼ぎ、本調子に戻る必要があった。  
(ならべく…変なことを考えないようにしないと…)  
「アヤちゃんってホント胸大きいね」  
(だから今そうゆうこと言われるのは困るんだってばぁ)  
声をかけてきたのはアヤの席の前に座る男だった。  
「げへっ…げへへっ」  
「なっ…な………なにっ?」  
それは非常に下劣に満ちた笑い声。  
男は興奮気味に鼻息を荒げながら、  
実にいやらしい視線で机の上に乗ったアヤの胸を直視している。  
視姦だった。  
「ひっ…」  
アヤは訳もわからず恥ずかしくなると、服の上から胸を両手で隠した。  
「げヘヘヘ。どうしたのー?アヤちゃん。なんだか顔が赤いよぉ」  
「な…なんでもないわよ…はぁ………はぁ…」  
「感じてんの?」  
「ち…ちがうわよっ。ま、前向きなさいよっ!」  
「ふーん」  
アヤがいやがると男はさぞ嬉しそうに口を歪める。  
男はアヤの反応を楽しんでいたのだ。  
 
「いいなぁー。アヤちゃん、僕ちゃんのストライクゾーンど真ん中だよ」  
 
(い、いやぁ…だ、だれか助けてぇ)  
しかし、周りの人間は無言のまま、  
我関せずと言わんばかりにアヤのほうを見向きもしない。  
男の行為に気がついていないはずがないというのに…。  
それは遠目から見ても、アヤを見捨てるかのようだった。  
(どうして…?…どうして誰も助けてくれないの?)  
アヤの顔に絶望の色が強くなる。  
男はアヤの腕をがっしりと掴んだ。  
(ひっ…)  
恐怖の肉欲獣を前に怯える子羊のようなアヤ…。  
なぜ誰も助けてくれないのだろうか?  
それとも、この肉欲獣は恐るべし権力をもっており  
教師も生徒も皆黙認、  
誰一人としてこの男には逆らえないというのだろうか???  
「げへへ。それにしてもさっきの挨拶。  
 なんかバイププレイでもしてるみたいだったねぇ?」  
「………ギ、ギクゥッ!!!」  
直感的にアヤは思った。  
もしこいつに真実を知られれば、  
たちまちクラス中に広まってしまうだろう。  
そしてそれを知られるのも、このままでは時間の問題なのだ………と。  
男はアヤのアゴを掴んで顔を上げると、  
「いっただっきま〜〜す」  
急速接近してくる唇。  
「いや、いやあああーーーっ!」  
涙を浮かべながらのアヤの悲痛な叫びが響き渡ったその時。  
「こらぁ!このエロ猿がーーーっ!!」  
バキッ  
アヤを救わんとばかりに横から強烈なキックが男の顔面を直撃するのだった。  
 
「げぶぉ!」  
猛烈な勢いで壁際まで吹き飛んだ男。  
と同時に、今まで押し黙ったいた生徒達が皆クスクスと  
抑えたものを噴出すように大爆笑し始めるのだった。  
「???」  
いまいち事態がつかめないアヤ。  
「さっきから黙って聞いてりゃ、  
 転入生に淫猥なことばかり言いやがってっ!  
 テメェいったいどういう了見だ」  
叫んでいるのは先ほどアヤを救った少女。  
長身で、日に焼けた肌。  
ショートカットで凛々しい顔つきに  
乱暴な言葉使いという、とてもボーイッシュな少女だった。  
「くっ…この男女め…。  
 いつも僕ちゃんの崇高なる目的を邪魔ばかりしやがって…」  
「あははっ。エロ猿ったらまたやられてやんの」  
「アヤちゃんにセクハラをしてるからだよ」  
「う、うるせぇ」  
「アヤ!  
 あのエロ猿は女子に淫猥なことばかり行って喜ぶとんでもないやつなんだ。  
 あいつに対する苦情は私に言いなっ。  
 すぐに駆けつけてブッ殺してやるかんな」  
「は………はぁ…」  
「くそっ…この暴力女めがっ」  
「なんだって」  
ベキバキ  
ギシギシとした骨の音が響き渡っていく。  
「ぎゃああああ」  
(そうか…みんなが助けてくれなかったのって…)  
そしてアヤはようやくこれが  
このクラスにとっての日常の一コマ的扱いだと理解するのだった。  
 
「ンフフッ。ごめんね。おどろいたでしょ?」  
アヤに声をかけてきたのは  
先ほどのボーイッシュな少女とは対照的に、  
おとなしそうな眼鏡っ子だった。  
「シホは向かうところ敵なしの高校生空手チャンプなんです。  
 その辺のゴロツキだって簡単に倒しちゃうんですよ」  
「あなたは?」  
「私、笹山ミナヨといいます。  
 このクラスの委員長なんです。  
 わからないこととかあったらなんでも気軽に聞いて下さいね」  
「う…うん」  
「ふふ」  
ミナヨはアヤの机に自分の机をくっつけた。  
「?」  
「これ教科書。見せてあげるね」  
「えっ…?  
 で、でも、私。………そんなの悪いよ」  
「そんなことないわ。私、委員長だもの」  
「でも…」  
「それじゃあ友達だったらいいでしょ。  
 友達だったら助け合って当然だもんね」  
「と…友達…?」  
思いがけない言葉にアヤは言葉を失った。  
「うん。そうだよ。  
 転校してきてだれも知ってる人いないんでしょ」  
「友達………私の……友達………」  
ミナヨの言葉に傾きかけたその時。  
 
ヴィ〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン。  
 
「んふっ…やぁん!!」  
 
「んふっ!?」  
「やぁん!?」  
一斉にアヤに反応を示す生徒達。  
「はっ…!!」  
「………」  
「あ…いや…な…なんでもない…よぉ…」  
引きつった笑顔で答えるアヤ。  
(またバイプがーーーっ…)  
窓の外では、  
天使が今にも飛び込んできそうな鬼神の表情で見つめていた。  
(ま…まさか)  
瞬間、アヤの頭の中で朝の天使の言葉が繰り返される。  
 
―――周り全てが敵だと思え。  
―――何者にも心を許すな。  
―――他者を陥れてでも勝て!  
 
ヴィ〜〜〜ン。ヴィ〜〜〜ン。  
 
(だ、だめぇ…!こ…このままじゃ耐えらんないよぉ…っ)  
「ど、どうしたの?坂之上さん?」  
ミナヨが心配そうな眼差しで見つめていた。  
(さ…笹山さん……)  
アヤは残酷感を感じながらも一つの決意を固めるのだった…。  
 
「よ………余計なこと…ンふっ……しないでよ!!」  
「えっ?」  
「教科書は全部…ふっ…んっ…も…持ってきてるからっ!!」  
「えっ……?坂之上さん?」  
「だ、だからぁっ!…わ…私にぃ…構わないでよぉ」  
ドンッ!  
アヤはミナヨの机を突き放した。  
天使に仲良くしてるなど思われないために。  
「きゃあ」  
床に倒れるミナヨ。  
バサッ  
さらに衝撃で机の中からミナヨの教科書が地面に落ちた。  
「あっ」  
「きょ…教科書が」  
「………」  
「………」  
床に落ちた教科書。  
しかしアヤはそれを拾うことはできない。  
「………ふ…ふんっ」  
アヤはミナヨからそっぽ向いて顔をそらすのだった。  
それはミナヨとの友情を完全に拒絶する、冷たい態度だった。  
 
ざわざわ  
 
教室中に戦慄が走る…。  
 
「ご…ごめんね坂の上さん…余計なことして…」  
悲しげな瞳。  
教科書を拾うと、  
元の場所に移動するミナヨ。  
そして、アヤの股間を刺激するバイプもおさまるのだった。  
(うぅ………ごめんね…笹山さん………)  
罪悪感を少しでも減らそうと、心の中で謝罪するアヤだった。  
 
 
窓の外では天使がうんうんと納得気に頷いていた。  
 
 
「ぼそぼそ(ミナヨ。気にしないほうがいいよ?)」  
「ぼそぼそ(ううん。いいの。……余計なことした私が悪いから)」  
「ぼそぼそ(なんだ。あいつ)」  
「ぼそぼそ(俺達の笹山さんの好意を蹴り飛ばすなんて許せネェなぁ)」  
「ぼそぼそ(ちょっとカワイイからって調子に乗ってんじゃないの?)」  
 
注がれたのは油。  
アヤの周りには、確かに不穏な分子が生まれ始めていた。  
 
 

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