女子トイレ。  
外とは遮断された空間内に  
アヤの淫声が響き渡る。  
秘所をまさぐる指先が光る。  
極みつつある指使い。  
なにかと発情することの多いスライム使いにとっては必須のスキル。  
昔、公園で知り合ったお姉様方に教え込まされたプロの妙技であった。  
 
現在、トイレを占拠しているアヤは  
昂ぶった気持ちを鎮めようと丹念に指先を動かし、  
侵入者に対してまったく余裕がない。  
もし、いきなり人が入ってこようものなら、いったいどうるなのかと  
不安になりながらも指先を滑走させていた。  
 
先の授業ではもはや限界だった。  
限界を超えた秘所から愛液がこぼれおちたとき  
アヤはもうダメだとおもった。  
足首にまで達していた愛的。  
もし、あの時ミナヨやクラスのみんなに礼など言おうものなら  
その股間から落ちる愛液によって  
確実にクラスの全員に発情がバレてしまっていただろう。  
だからすぐさま教室を飛び出したのであった。  
やむを得なかったのである。  
「おい。  
 授業を途中放棄してトイレでオナニーとは  
 なかなか卑猥なヤツだな」  
「きゃあああああああーーーー!!!!」  
突然、ドアの上からひょっこりと顔をだした天使にアヤは面を食らった。  
 
「だ、誰のせいでこうなってると思ってるのよっ!!」  
泣きながらの抗議。  
だが、自慰をしながらの抗議では全く迫力がこもっていなかった。  
その時アヤは恐ろしいことに気づく。  
「…………ってっ。何よっ、その右手のカメラはっ…」  
「ククク……さぁな…」  
「と…撮ったの…?」  
「♪」  
「か、返しなさいっ!」  
「ムッ!」  
 
ヴィ〜〜ン!ヴィ〜〜ン!  
 
目の前の天使の残虐性  
…それはすでにいやというほど思い知らされていた。  
このまま天使に弱みを握られたままなら  
いつかきっと取り返しのつかないことになることも…  
 
(行けない…このままじゃ天使の言いなりだわ…  
 ……は、はやく…な…なんとかしないと………  
 せめて、このバイプだけでも………なんとかできれば……  
 天使のヤツは、私のアソコになんか埋め込んでるって言ってたけど…。  
 ……スライム君がいれば、なんとかなるかもしれないんだけど…  
 …スライム君…今、マヤのところにいるもんなぁ………)  
 
今は天使に体を人質にされているも同然の身。  
反撃の時がくるまで静かに待とう。  
そう自分に言い聞かせ、  
アヤは、なるべく天使の機嫌をそこわぬように振る舞って、  
やりすごすことを決めるのだった。  
 
―――。  
 
とりあえず、  
気持ちを鎮めることに成功したアヤは教室へと戻るのだった。  
だが、扉の前まで来ておきながら  
それを開けることを躊躇する。  
中はすでにとんでもない状況。  
非常に険悪な雰囲気となっていた。  
 
「ねぇ。あの転入生どうおもう?」  
「私あの子嫌い」  
「なんかムカつくよな」  
「あの乳がけしからんよ」  
「二度も笹山さんの優しさを蹴り飛ばしたしなぁ」  
「調子にのってるぜアレ」  
「シメちゃおうよ」  
「うん。賛成」  
「笹山さんがうけた屈辱を  
 俺達で何倍にもしてお返ししてやろうぜ」  
「これは遊びじゃない。戦争なんだ」  
「ウォーヽ(`Д´)ノ」  
教室内から聞こえてくる生徒達の言葉に、  
アヤは頭痛を感じるのだった。  
 
(うわぁ…なんだか大変なコトになってる…)  
 
その時、笹山ミナヨが声を発した  
「やめてみんな!  
 坂之上さんはみんながいうような悪い人じゃないわっ」  
たった一言で教室内は静まり返った。  
静かになった教室でミナヨはさらに言葉を続ける。  
「坂之上さんは、転校してきたばかりで、本当はすごく不安なんだと思う。  
 だけど、周りは知らない人ばかりだから素直になれなくて、  
 つい意地をはっちゃうんだと思うの。  
 でも、本当は彼女だって…私達と仲良くしたいと思ってるはずよ」  
生徒達はヘビに睨まれたかえるのように萎縮していた。  
「そうだよっ。ミナヨの言うとおりだっ」  
ミナヨの言葉に続いたのはシホだった。  
「だから、私達が力になってやろうぜ!!」  
「………」  
この二人を相手に逆らえるものいない。  
「う〜〜〜ん。ミナヨとシホがそうゆうなら……もうちょっとだけ様子みるけど…」  
「うん。ありがとう…みんな」  
「けどアイツがまたなんかやったら私達にも考えがあるからネ!」  
しぶしぶ了承する生徒達。  
それにミナヨは安堵の表情を浮かべて笑うのだった。  
「大丈夫よ。きっと坂之上さんもすぐに私達とも打ち解けてくれるわよ」  
(さ…笹山さん………)  
ドア越しから聞こえてくるミナヨとシホの声に  
胸がしめつけられるものを感じるアヤ。  
目をつぶれば、脳裏に二人の姿が浮かんでくる。  
優しげな面差しのミナヨと、頼りがいのあるシホの顔。  
それは古き友人達と比べても、まったく色あせぬ輝きを持っていた。  
油断ない天使の眼差しがそんなアヤを捉えて動く。  
「しかし、先ほどから見ていたが  
 あのミナヨとかいうヤツ、  
 なかなか、したたかで狡猾でヤツじゃのう」  
 
「………エッ?」  
天使の言葉にアヤは驚いた。  
「笹山さんがしたたかで狡猾って…どうゆうことよっ!」  
天使の言葉をアヤは否定せずにはいられなかった。  
あの優しいミナヨの言葉を侮辱するのは  
教室内の生徒達同様、  
アヤにとっても最早許されないことになっていたのだ。  
そんなアヤを前にして、天使はハァとため息をついた。  
「わからぬのか?  
 このままだと、キサマ…ヤツの踏み台じゃぞ」  
「………エ?」  
「………やれやれ。  
 踏み台にされている本人がこれではナ」  
天使はやれやれと首をかしげた。  
「しょうがないのぅ。  
 頭の悪いキサマのために  
 我が初めから順を追って教えてやろう!」  
 
天使は真剣な眼差しでアヤを見つめると口を動かし始めた。  
「まず、そうだナ…。  
 あの娘。笹山ミナヨが、  
 何故、教科書を一緒に見ようなどと言い出したと思う?  
 あの行動、妙に不自然だとは思わなかったのか?」  
「…えっ………それは、私が教科書もってきてないと思ったからでしょう…  
 …だからその、善意ね」  
アヤの言葉は即答だった。  
「善意だと?」  
天使の眉がピクリと動く。  
「アホかっ!  
 そんなものが有るとでも思っておるのかっ!!  
 あの時から既にミナヨの悪魔的計画的犯行は始まっていたのだぞ!!!」  
「えっ……?」  
「思い出せ。  
 あの時のことを。  
 あの時キサマは『余計なことをするな』と  
 ミナヨを跳ね除けたであろう。  
 その時、アヤツは”やけにあっさりと倒れた”とは思わんのか?」  
「そ…そういえば…」  
「何故なら”わざと”だからだ!!」  
「わ…わざとですって………」  
 
「笹山さんがあの時、ワザと倒れたって………?  
 嘘よっ!そんなこと信じられないわっ!」  
「信じる信じないわキサマの勝手よ。  
 だがこのままだと、完全にヤツの踏み台だぞ」  
「………仮にワザとだとしても  
 でも、何でそんな…」  
「簡単なこと。  
 転校生の坂之上アヤを悪役に仕立て上げるためだ」  
「!」  
今度はアヤも驚きの色を隠せなかった。  
「教科書を一緒に見ようなどと  
 いかにも善人そうなことを言いながら寄ってきて、  
 その裏ではキサマに跳ね除けられることを最初から狙っておったのだ」  
「………!」  
「きっとヤツ、笹山ミナヨは  
 キサマが教科書を持ってきたことも  
 周知の上だったに違いないわ…  
 そして倒れたときに  
 わざわざ自分の机から教科書が落ちることも計算して」  
「………………なんで…どうして…私を悪人に…?」  
「決まっておる。  
 そのほうが、ヤツにとって都合がいいからだ」  
「………都合が…いい…?」  
「そ…そんな…!」  
天使の言葉を聞いたアヤは、何か考えるように黙り込んでしまうのだった。  
 
天使はかまわず重い言葉を続けていった。  
 
「大衆たちの憎悪がキサマに向くように意図的に仕組んでおけば  
 いずれ反抗心を抱く者たちが集まり始める」  
「………」  
「そして今、  
 全員がどうやってキサマを排除しようかと悪魔会議を開いているときに  
 『だめっ!坂之上さんにそんなことするなんてひどいわっ』  
 などと、いかにも悲劇のヒロインチックであらわれ  
 愛やら友情などといった、  
 いかにも大衆共の好きそうな下らん言葉を振りまくことで  
 『あんな極悪人の坂之上アヤを庇おうとするなんて優しい人なんだ!』と、  
 そんな印象を大衆に埋め込もうという魂胆っ!  
 しかも、『こんな優しい笹山さんにひどいことする坂之上アヤはやっぱり許せねえ』という  
 二重の効果も生み出しておるわ。  
 ヤツにしてみればまさに一石二鳥!!!!!!  
 しかもこの後の展開も  
 オマエがこのまま排除されようが、笹山ミナヨに従属しようが  
 どっちに転んでも自分にとって有利になっておるに企てておるに違いないわっ!」  
「………!」  
天使の言葉にアヤの心が大きく揺れる。  
アヤとしても他人に利用され捨て駒とされる事態だけは  
なんとしても避けたいところなのだ。  
「よくわからないけど………!  
 つまり笹山さんは  
 私を陥れながら、自分の株を上げようとしているのねっ!!」  
「そうだっ!」  
言い切った。  
 
信じていたものに裏切られ、呆然自失とするアヤ。  
「………。  
 つらいか。  
 うむ、わかるぞその気持ち。  
 だが、知らなければキサマはもっと後悔していたに違いない…。  
 ヤツがこの恐るべし計画を立てるのに、どれほどの時間を費やしたかのは知らん。  
 だが、ヤツにとって最大の誤算は、この我がキサマについていたことだナ!」  
「………」  
「ククク…ヤツも愚民共を心を操る術を心得ておるようだが、  
 我の目を欺くにはまだまだ甘かったようだナ!  
 天使の目はごまかせんよ!」  
だんだんと冷徹な笹山ミナヨに対して怒りを高めていくアヤだった。  
「でも信じられないわ…  
 あの優しそうな笹山さんが  
 そんなことを考えていたなんて…」  
「だから人をみかけで判断すると騙されるのだ…。  
 ああいうやつが将来、  
 その辺の石ころを100万円のダイヤと騙して売りつけるようになるのだ」  
「許せないわっ!」  
「そう、あの善人顔など、ヤツの醜く邪悪な本性を隠すための仮面にすぎぬ。  
 ヤツの体からは邪悪な臭いがプンプンと漂っておるわっ!!!」  
アヤの顔が暗く沈んでいく。  
「でも……本当に…そうなの…?  
 笹山さん…いい人だって信じていたのに…」  
「はぁ…わからんヤツじゃのう…  
 先刻、ヤツが『黒板の問題を一緒に解こう』などと言い出したのも  
 ”わざと”黒板の問題を解かせようとしていたのも  
 キサマがバイプに苦しんでいるのを知っていのではないのか?」  
「そ…そんな!!!」  
「わかったじゃろ?ヤツはそういう人間なのじゃ…」  
アヤにもう迷いはなかった。  
 
アヤはもうこれ以上詮索するのをやめた…。  
「………うっ…。  
 どうしよう……。  
 あんな恐ろしい悪魔の頭脳の持ち主相手に…  
 わたし…どうすればいいの?」  
「勝て」  
「えっ…」  
「勝つのだ」  
今アヤが頼れるのは天使だけだ。  
天使の言葉はアヤにとっては神託だった。  
「キサマが今やるべきことは勝つことだ………!  
 勝ったらいいなではなく、勝たなければダメなのだっ!  
 いいかよく聞け。  
 歴史にでてくる英雄達は、  
 皆すべからく敵と呼ばれるモノと戦って  
 勝ったからこそ英雄と呼ばれるようになったのだ。  
 もし彼らが負けていたら…  
 これはもう言うまでもないな…。  
 アーサー王はただのおっさん。  
 徳川家康はタヌキ。  
 アムロは根暗のメカオタク。  
 プリキュアは………ザケンナーの肉便器。  
 ただただ、悲惨。  
 だからこそ、キサマは勝たねばならぬ。  
 勝て。  
 勝って勝利の栄光を  
 共にさずかろうではないか」  
「て…天使」  
天使の言葉にアヤは胸の奥に熱いものを感じるのだった。  
 
「これからも笹山ミナヨは  
 オマエになにかと世話を焼いてくるかもしれん…  
 だが…一切聞く耳をもつな。  
 キサマは我の言うことだけを聞いて従っておればよい」  
「…う…うん」  
 
キーンコーンカーンコーン  
 
「やるわっ!天使っ!私、必ず勝つわ」  
「うむっ。我も側で見守っておるからナ♪」  
 
天使の檄に決意を改めるアヤだった。  
 
 

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