秋も深まり、冬の到来も近づいた昼下がり、譲は屋敷の軒先で空を眺めていた。
山の木々は赤く色づき、吹き抜ける風も冷たさを増すこの季節、
太陽から与えられるわずかな温もりは、ありがたさを増す一方である。
「はぁ、良い風だ」
屋敷に来てから半年も経ち、生活にも落ち着きを見出してもいるが、
実際にこうして表で太陽の光を浴びていられる時間は限られている。
原因といえば、九尾の妖孤である陽炎、その夜伽の激しさだろう。
長い時は三日三晩に渡って弄ばれ、その後は一週間に渡って立ち上がることすらできず、
文字通り精も魂も吸い上げる激しさに、譲は行為の最後まで記憶を持たせた事がない。
「平和だな、こんな日はのんびり日光浴でもして、一日を過ごすのも良いかな」
今の譲には、世間で何が起きているのかも分からないし、知りたいとも思わない。
ただ、この屋敷から逃げる勇気も無く、己の命がいつまで持つかを考えるばかり。
そんな自分の将来を考えると、身震いする。
「譲さま、お茶でございます」
「あ、ありがとう」
譲が将来を悲観していると、見知った女性が熱いお茶を持ってきてくれた。
この屋敷には、陽炎と譲以外に、お手伝いらしきこの女性の3人しか住んでいないらしい。
彼女は、優しく微笑みかけると、風のように姿を消した。何時もながら謎の多い女性だ。
「ふう、お茶がうめぇ」
「まったくじゃ、こんな日は日光浴に限るのう」
「うおっ、いつの間に」
譲の主人であり、天敵ともいえる陽炎の声に、茶碗を落としそうになるが、堪える。
だが、顔を声の主に向け、その姿を見た瞬間、茶碗を地面に落とした。
「あっ、あの、陽炎様、その姿……」
「なんじゃ、あっけに取られおって、隣に座らせてもらうぞ」
譲の隣に腰を下ろし、正座する陽炎はいつもの着物姿ではない。
上は真っ白な白衣、下は対照的に緋色の袴。俗に言う巫女装束だ。
譲にとって、この姿の陽炎を見るのは、初めてのことである。
陽炎は、驚きを隠しもしない譲を気にも留めず、己の尻尾を扇状に広げた。
巨大な尻尾の全てを広げると、その身体が何倍もの大きさに見える。
「それで、陽炎様は一体何をしてらっしゃるんですか、そんな服まで着て」
「貴様と同じ、日光浴じゃ」
「尻尾まで大きく広げて、毛並みでも良くなるんですか」
「我らは太陽の輝きから陽気を、月の煌きから陰気を得ておる、
これも立派なお勤め、正装で挑むのが当然といえよう」
年を重ねた妖艶な色気を醸し出す陽炎に、巫女装束という組み合わせはどうなのかと
心の中で失笑していたのだが、
「貴様、似合わんとか、思わなかったであろうな」
「いっ、いえいえ、まさかそんな事を」
心中を察せられ、その場での御仕置を覚悟し身を縮めたが、陽炎はお茶を啜りつつ、
何事も無かったかのような態度で譲と共に日光浴を続けている。
続けてはいるが、大きく広がった尻尾の一つが先端を譲に向けているのが気になり、
日光浴どころではなくなった譲は、その場から避難すべく腰を上げかける。
「どこへ行く」
腰を上げる動作、身体の重心を前にずらし、両の足に力を込めた瞬間に声を掛けられ、
そのまま硬直、前かがみのまま陽炎の顔を覗き見た。
「譲や、面白いものを見せてやろう、余の尻尾を見ておれ」
「尻尾?」
見慣れた尻尾に何が起きるのかと疑問を抱きつつ、言われたままに尻尾を凝視する。
すると、金色の尻尾がほんのりと赤みを帯び、オレンジ色に染まってゆく。
「うわぁ」
「太陽から陽の気を受けるとな、こうして日の色に染まってゆく、
月から陰の気を受けると、銀色に染まる事もあるのじゃぞ」
神秘的な光景に感慨の声を漏らし、まじまじ見入ると、尻尾と同様に陽炎の顔や身体も
ほんのりと赤みを帯びていくのが分かった。
「ふうっ、暑い暑い、ちぃと気を吸収しすぎたか、このままでは逆上せてしまいそうじゃ」
「陽炎様、いったい何を……」
譲の眼前で着物の襟首を大きく肌蹴ると、形の良い胸が澄みきった空気に触れ、弾む。
堅く尖った乳首を惜しげもなく晒し、譲に視線を向けると、やさしく微笑んだ。
「譲や、近う寄れ」
「いや、そんな、滅相も無い」
「近う寄れと言うに、ええい、手間のかかる奴じゃのう」
「わふっ」
大きく広がっていた尻尾の一つが譲の身体を巻き絞めると、
そのまま陽炎の身体に引き寄せ、譲は胸の谷間に顔を埋める形になった
他の尻尾たちは、陽炎と譲の身体を優しく巻き絞め、
譲の身体は顔が僅かに覗くだけとなった。
「どうじゃ、譲や、いつもの尻尾とは違う心地よさがあろう、ん?」
「は……い……」
胸に顔を埋め、尻尾に巻かれた譲は、強烈な眠気に襲われていた。
太陽の光を一杯に浴び、ほんのりと熱を帯びた尻尾は、二人を優しく巻き絞める。
これが地肌の上からだったなら、譲は体中の性感帯が刺激され、発狂するだろうが、
幸いに服の上から巻き絞められており、胸の柔らかさと尻尾の温もりだけが身体を撫でた。
「このまま眠っても良いのだぞ、じゃが、貴様の安らかな寝顔を見たら、
余は色欲を我慢できぬであろうな」
「そっ、そんなぁ」
陽炎の忠告に、両の瞼か付きそうになるのを必死に押さえる譲であるが、
オレンジ色の尻尾から伝わる温もりが、譲の眠気を増加させる。
顔を抑える胸の柔らかさも加わって、文字通り天にも昇るような心持となり、
譲の意識は白く染まってゆく。
「うぅ、くうっ、すぅー」
無論、かのような愛撫を我慢できる存在は無く、胸と尻尾の中で安らかな寝息を立てる。
陽炎はやわやわと愛撫を加えつつ、狙い通りの展開に笑みを浮かべた。
「ふふふ、眠りおったか、色欲を我慢でぬと言うたのに」
譲を包み込む尻尾は、すぐさま譲を蹂躙する事もなく、優しい温もりを与え続けるが、
安らかな寝顔を覗く陽炎の口には、じんわりと唾液があふれ出す。
「いかん、夜まで我慢するつもりが、このように油断しきった顔を見せられては……」
赤い唇が濡れ濡れと湿り気を増し、尻尾の締め付けが僅かに強まる。
譲が少しでも身悶えをしたのなら、陵辱劇が開始される一触即発の状態が続いていたが、
「おやかたさま、雪風と時雨が参っております」
「わかった、昼餉の間で待たせておけ、ふふっ、二人の驚く顔が目に浮かぶわ」
これが、その変の山にいるような妖孤であったなら我慢は効かぬところだが、
九尾を誇る陽炎ともなれば、引くべきところは引く。
己の胸で一瞬の安堵を享受する男に視線を落とし、髪を撫で摩る。
陽炎の頭に浮かぶのは、娘達の驚く顔か、今宵の男の喘ぐ顔か。
孤高の精神を持ちながら、孤独な狐の心の内を探る事は誰にもできないが、
この後に一騒動待ち受けているであろう事は、容易に想像できた。
【終】