〜コマネコ 第二話〜 (前回の続きから)  
 
『はぁっ、はぁっ、はっ…まだ、足りないです…今のじゃ、まだ…』  
・・・・  
・・・  
・・  
そうコマが言葉を発した瞬間、間髪入れずに狗牙は自らの剛直をコマの可憐な肉壷に突き・・  
 べしっ!  
『ふにゃっ!?』  
 突如、コマの頭に眼を覚ますような勢いのある衝撃が走った。  
 途端に今まで見ていた色々な『妄想』から引き離される。  
 現在、コマがいる場所。それは狗牙の部屋のベッドの上。  
『くーがさん、何するんですか!?』  
 コマが怒ったような、驚いたような口調で自分の頭を叩いた張本人に挑みかかる。  
 コマの頭を叩いた張本人であるところの狗牙は、獲物である『筒状に丸めた雑誌』を片手でポンポンと音を立てながら、コマのことを呆れたような顔で見下ろしていた。  
「さっきから人の寝床で鼻息荒げに何を書いているのかと思えば・・・」  
寝転びながら新品の手帳に熱心に物書きをしていた所のコマから、狗牙は無慈悲にもその手帳だけを奪い去る。  
「これは何だね?」  
『ついこの前のレポートです!』  
 コマがビッと起き上がり、片手を頭の横に持ってきて敬礼の真似をする。  
 あまりに潔すぎて気持ちの良い笑顔だ。  
「ほほぅ・・・」  
 べしっ!  
『ふにゃっ!?』  
 本日二度目の『丸めた雑誌スマッシュ』。  
 コマが「何で叩かれたの!?」という驚きの顔をする。  
『殴った! 二度も殴った!!』  
「真っ昼間から何でこんなものを書いているんだ、ということを訊いているんだ俺は!」  
 外はまだお日様がてっぺんまで昇っており、濡れ場を持ってくるにはまだ早いといえば早い時間である。実に不謹慎。  
『日々起きたことは事実に基づいて記録しておいたほうが何かと便利かなぁ、と・・・』  
 拗ねたような、顔色をうかがうような表情を見せつつ、苦笑いするコマ。  
 べしっ!  
 
『ふにゃっ!?』  
 本日三度目の『丸めた雑誌スマッシュ』。  
 狗牙がわなわなと体を震わせて、丸めていた雑誌をひしゃげさせる。  
「何が『事実に基づいた』だ! 7割ぐらい嘘だろうが!!」  
『な、なんてことを言うんですか、あなたは!! これは脚色であって、嘘なんかじゃないですよ!!』  
「事実以外のありもしない事を報告したら、それは嘘だろうが!!」  
 そうなのである。  
 実の所、前回までの物語の内、コマが気絶しその後、『飼い猫の首輪』をつけられ人並みの女の子程度の力になり、人間変化の副作用から発情するところまでは正しいのだが・・・。  
『良いじゃないですか、多少濡れ場があったほうが盛り上がりますよ!!』  
 コマが発情した所で、それを想定していた狗牙が『煩悩払いの鈴』をコマの首輪につけることで発情後の情事を回避したのだった。  
「報告で盛り上げる必要なぞ、なかろうが・・・」  
 狗牙がほとほと呆れて、奪った手帳をコマに投げ返す。  
 コマはそれを両手で受け止めると出会った時から着続けている着物の胸元に大事そうに仕舞い込んだ。  
「ところでお前は本当に俺の家に居座るつもりか・・・?」  
 呆れたままの口調で狗牙がコマに問いかける。  
『当然ですよぅ。元に戻してくれない限り居座り続けますよぅ。』  
 頭の上にある耳をピクピクと動かしながら、ベッドの上をコロコロと楽しそうに転がる。  
「出ていけ、と言っても本部からの通達もあるしなぁ・・・」  
 
 
 そうなのである。  
 
〜遡ること数日〜  
 実はコマの力と姿を封印した、あの日、「もう害はないな」とコマを解放して帰宅しようとした狗牙だったが、歩き始めて数十歩しないうちに  
後ろのほうでガサガサ、ドタドタと高い所から何かが転がり落ちる音と『うにゃぁぁぁっ!?』という大絶叫が聞こえ、とりあえず無視しようと  
したが、数秒しないうちに『足挫いちゃいましたぁ・・・』だの『夜目が利かなくて暗いですよぅ、光がほしいよぅ、光がほしいよぅ』とか、挙句  
の果てに『このままじゃ通りすがりの悪い人たちに輪姦(まわ)されちゃいますよぅ・・・首輪までつけて、俺らのこと誘ってんのか!? おい  
なんだこの女、鈴を外した途端、急にヨガりはじめやがったぞ! そ、そんなことっ、あんなことっ!』とか『あ、そうだ、いっそのこと通り  
すがりの人を騙して、この状況を打破する礎(いしずえ)に!』とか  
 
 放っておいたら放っておいたで色々な都市伝説的事件を巻き起こしかねない感じがしたので一時的にコマを保護し、社宅に連れ帰ったのだ。  
 社宅と言ってもそこそこのもので、10帖1LDK、風呂完備と、一人暮らしの狗牙には満足いく程度のものであった。  
 狗牙の部屋は大きなソファーと一人が寝るにはちょっと大きめのベッド、そして一人が使うには少し大きめのテーブル、その他の家具もあるのだが、  
人並みなので割愛。あまり趣味を持っていないのか、部屋には本棚ぐらいしか無く、その本棚にも「妖怪の生態」とか「2008年度 最新退魔グッズカタ  
ログ[決定版]」とか「こんな状況になったら?[大型妖怪編]」とか「妖談社文庫:女退魔師ミカサ 〜壱の巻〜」とか、今やっている仕事関係のもの  
しか興味ないです、みたいな本の並びであった。  
 部屋につくなり、コマが『おなかすいたー! おなかすいたー!』とわめき始めたのでとりあえず、帰り際に『おなかがすいて死にます・・・餓死  
したらくーがさんのことを末代まで祟ります・・・』と、コマにねだられて買った猫缶(マグロ切り身入り)を食べさせて、落ち着いたあたりで  
「さぁ、そろそろ帰れ」と声をかけたが気付けば、コマはもそもそと狗牙のベッドに潜り込み始め、それを見た狗牙は「おい、流石の俺でもそこまで  
お人好しじゃないぞ」と布団を引っ剥がそうとするのだが、布団を引っ剥される前にコマは自分の着物をポイポイと布団の外に放り出す。  
 と、まぁ、ヘタレでお人好しな狗牙が裸の女を布団から引き摺り出して、服と一緒に叩き出すなんてことは出来るはずもなく。  
どうするべきだ、と悶々悩んでいるうちにベッドの中から『すぅすぅ』と寝息が聞こえてきて・・・。  
そうなってしまうと、ヘタレでお人好しな狗牙が寝床を求めて裸の女が寝ているベッドに入り込めるわけもなく、「・・・」と無言のまま押入れから  
もう一枚、毛布を出してきて自分はソファーの上で次の日の朝を迎えるのだった。  
次の日、何だか良い匂いがして狗牙が目覚めると、顔の横、本当に数センチぐらいの位置にコマの顔があり、ぺろぺろと狗牙のほっぺたを舐めていた  
りして、狗牙が焦って飛び起きたらコマが『あ、起きましたね?ご飯出来ていますよぅ』とかちゃっかり朝ご飯を用意してくれていて、何かありがた  
いのだか、余計なお世話なのだか複雑な心境になる。  
ご飯を食べている間に狗牙がコマに「今日中に帰れよ」と言うが  
『えー、嫌ですよぅ、帰らせたいのなら、首輪外して下さいよぅ』  
と頬を膨らませて文句を言うコマ。  
「猫なのにブーブー言うな。」  
コマの文句をあしらいながら、ふと、狗牙が時計に目をやると昼を回っていた。  
「え、あれ、これって朝ご飯?」  
 狗牙は自分の目を疑いながらコマに尋ねる。  
『そうですよぅ?』  
 
 どうやら猫(コマ)の生活習慣からすると普通の起床時間だったらしいが、狗牙にしてみれば完全に遅刻の時間だった。  
『あ、そういえば何か機関の人が来ていましたよ?』  
「ん?」  
 その話を聞くと、どうやら昨日の件の報告が遅いので直接聞きに来たらしい。(第三者を通したくないので直接連絡が主流)  
 コマ曰く、その尋ねて来た人には  
『ご主人様・・あ、くーがさんなら今、熟睡していますよぅ。 え、私ですか? 私はこのたびご主人さ・・くーがさんのご奉仕係・・・ではなく、身の  
回りの世話を申し仕りました、コマと言います。 昨日のご報告ですね? えぇ、はい、物の怪の正体はなんと化け猫! ある時は妖艶な女に化け、  
ある時は見るもおぞましい化け物となり、人を化かし、時には食らうこともあったと言います。 それをご主人様は「えいや」と片手で一捻り!   
『もう人は襲いません、許して下さい』と懇願させたのです! あ、ご主人様だなんて私・・・二人きりの時だけにしろと言われていましたのに・・・、  
あ、お帰りですか? はい、詳細な報告書は後ほどお持ち致しますね、お気をつけてお帰りください。』  
 と丁寧に報告しておいたらしい。  
「何か所々に俺を陥れるためかなにかの罠が張り巡らせてある気がした。」  
 聞き終えた後、どっと疲れを見せる狗牙。  
『気のせいですよ、んふふふぅっ♪』  
 狗牙の心配をよそにどこか意地悪そうに、それでいて邪気がなく楽しそうに笑みをこぼすコマ。  
 案の定、その日の夕方に狗牙が報告書を持って本部に行くと、周りの仕事仲間からは  
「猫耳のメイドがいるんだってな」とか「夜な夜なイケない奉仕をしてもらってるんだってな」とか「あんた、自分に女っ気がないからって、  
人外に手を出すなんて・・・私には理解できないわ・・・」とか、挙句、狗牙の憧れの上司であるミカサさんにも『狗牙か、少し話がある、そこに  
座れ』とか小一時間、妖怪との性道徳について説教されたりもした。  
 色々と疑われつつも何とか報告を終えて、一部の誤解は晴らしたものの、帰宅の際にも  
「あれが噂の猫×犬の狗牙よ・・・」、「何でも、妖怪を手篭めにしたらしいわよ・・・」とか、いらぬ噂が広まっていた。  
 そのせいもあってか、狗牙は本部からコマの一時的保護を命じられる。  
 他にも色々と一悶着あるのだが、それはまた別の話。  
 
〜戻ってくること現在〜  
「うーむ・・・」  
狗牙が寝転がって背伸びをしているコマを見ながら、腕を組んで首をかしげる。  
肝心のコマはうーんと背伸びしたまま耳をぴくぴく動かし、尻尾をぽたんぽたんと右へ左へ力を抜きながら行き来させる。呑気なものだ。  
「どうしたものかねぇ・・・」  
『くーがさん?』  
コマがコロコロと寝転がりながら、くーがの顔を覗き込む。  
「ん?」  
『一つ、お願いをしても宜しいでしょうか?』  
 お願い、というものは人が真剣に悩んでいる時に寝転がりながらするものではない気がするが、コマはそんなことを気にもせず、狗牙の  
返事も待たずに喋り始めた。  
『私は「封印」を解いてもらうまでここにいるつもりですが、ただここにいるだけ、というのも迷惑になってしまうと思いますので、私に  
出来ることなら何でも精一杯お手伝いさせていただくということでここに置いて貰えないものでしょうか・・・あ、勿論、私がこれ以上悪さ  
を働かないという誠意を示す意味でもお手伝いをするってことですよ? 私の誠意が伝わり次第、封印を解いてくださるというのも一つの  
お願いになります。』  
 それだと二つのお願いのような気がするが、狗牙としてはコマにただゴロゴロされているよりもよっぽど良い案であった。  
 上手くいけば当初の目的であった『コマが悪さを働かないようにする』というのも達成される。  
「ふむ、悪くはない案だな」  
 狗牙は少し考えを巡らせた後、コマの立案にとりあえず承諾した。  
『じゃあじゃあ、ここに居ても良いんですね!?』  
 承諾された途端に目をキラキラさせながら、狗牙を見て嬉しそうにするコマ。  
「ま、まぁ、俺に誠意が伝わるぐらい働いてくれるのならな」  
 がばっ。  
 途端、狗牙の視界が何か『大きくて柔らかいもの』に遮られた。  
『わーい、くーがさんはやっぱり見立て通りヘタレで甘くて良い人ですよぅ!』  
「ふももっ、ふもっ、ふもっふ!」  
 コマが狗牙に抱きついているせいで、狗牙がくぐもった声をあげながらジタバタと体を動かす。  
『あんっ、くすぐったいですよぅ・・』  
 目を細めながら耳をピクピクッと動かし、くすぐったそうに身をよじりながらも狗牙をきゅっと抱きしめるコマ。  
 そんな状態がベッドの上でしばらく続いたが、  
「ぷはっ!」  
 狗牙がやっと状況を理解して何とかコマを引き離す。  
一方コマは離れていく狗牙を名残惜しそうに見つめる。  
 
『あぁー・・』  
「む、無闇に抱きしめるなっ!」  
『えぇー・・』  
 コマが拗ねたように唇をとがらせる。  
『だってぇ、くーがさん、気持ち良さそうだったじゃないですかぁ・・』  
「ぅ・・」  
 途端、狗牙の頭の中で柔らかいものに顔全体を包み込まれているような感じが蘇り、気持ち良かったと言えば気持ち良かったことを否定できなくなってしまう。  
『それとも、おっぱいの大きな女の子は嫌いなんですかぁ・・?』  
 急に寂しそうな顔をしながら手で胸をよせる動きをするコマ。  
「好きとか嫌いとかではなくてだな・・」  
 なんとなく悪い気がして狗牙は取り繕うように言い訳を始める。  
 途端、コマの顔がパッと明るくなる。  
『そうですよねぇ! だって、そこの本棚にもおっぱいの大きな女退魔師さんの写真が載った本がありましたしねぇ』  
 コマが部屋の本棚にあるシリーズ物の本を指差す。  
 狗牙の顔が急に赤くなり、慌てたような口調になる。  
「ば、ばかっ、ミカサさんは尊敬する上司だ!」  
 その言葉を聴いて、コマが何か思いついたようで口元で笑みを浮かべる。  
『えぇ・・・だってこの本、同じ所ばかり開かれていて、『開き癖』がついていますし・・・さぞ熱心に読み込まれているのだなぁ、と』  
 コマはひょいひょいっとベッドから降りると、『女退魔師ミカサシリーズ』の一冊を本棚から取り出し、わざとらしくページを捲って行く。  
「お、おい、返せっ」  
 狗牙が手を伸ばして本を取り返そうとするが、コマは軽い身のこなしでそれを捌く。  
 本の内容自体はやましいものでなく、狗牙の上司であるところのミカサが解決した大きな仕事の解決に至るまでの経緯を記したものである。  
 その手の職種の中では有名人であるのでこうして本が出版されているのだが、その手の職種だからこそ色々と『声を大にして言えないこと』といった目にもあっていたりする。  
 この本はそういう所の描写まで赤裸々に書かれていたりして、男である狗牙としては悶々とした部分がある本なのである。  
『お、おぉ・・』  
 あるページでコマが急に驚きの声をあげた。  
そのページを読むにつれて顔を赤らめ目を見開いて凝視を始める。  
「返さないかっ・・!」  
 コマの動きが止まったところで狗牙が本を取り上げることに成功する。  
 
『も、もうちょっとぉ・・・』  
 途中までしか読んでいなかった本を取り上げられて、名残惜しそうに手を伸ばすコマ。  
「何がもうちょっとぉ、だ。この本はそういうやましい目的であるわけじゃない」  
狗牙が少し怒った口調でコマにそう言いながら本を元の位置に戻す。  
『だってだって、捌ききれないほどの小悪魔に囲まれて抑え付けられて、自分の持ってきた道具まで奪われて逆に利用されて、良い様に弄ばれたあと、焦らし責めにあう。なんて滅多にないシチュエーションですよ!!』  
 鼻息荒げにコマが目をキラキラさせる。  
『そんな所までしっかり書き込まれているなんて、明らかに『淫ら』の極みじゃないですか!』  
「何を興奮しているんだ馬鹿者、ミカサさんはな、そういう細かい部分も後続である者に知ってもらって、自分の二の舞にならずにしっかりやってほしいと、この本を出しているんだぞ? まぁ、そりゃあ、やましい目的で購読している輩もいるみたいだがな」  
 狗牙が本を戻したそばから、コマがまた本を取り出して最初のページから読み始める。  
『へぇ〜、自分の過去の失態を晒し出すことで他の人の失敗を減らそうなんて、良い人ですねぇ・・』  
 コマも何だか感心しているようなので、今回は狗牙も手を出さない。  
『ねぇ、くーがさん? よろしければこの本、勉強のために時々読んでも良いですか?』  
 コマはページに目を落としたまま、狗牙に尋ねた。  
「ん、まぁ、別にかまわないぞ?」  
『ありがとうございます、じゃあ今からちょっと読みふけりますね?』  
 さっきまでの無邪気な表情と違い、コマが急に真剣な面持ちで立ったまま本を読み始めた。  
「何がお前をそこまで真剣にさせるか知らんが座って読んだらどうだ?」  
 その言葉に耳を揺らし、コマは黙々と本を読み続けながら本棚の前に正座をする。  
 
結局その日、コマは昼から本を読み始め、夕食まで全く動きを見せなかった。  
 
「そういえば、お前、人間の姿になっているわけだが、猫缶ひとつで夕食足りるのか?」  
夕食を終え、『手伝い』の名目で皿洗いをしているコマに狗牙が尋ねた。  
『んー・・、今まであまり考えていませんでしたけど、この姿になってみてから思うと物足りない気はしますね・・・』  
 蛇口をキュッと締めて、皿を拭きながらコマが眉を寄せる。  
『猫のときと比べて体が大きくなる分、エネルギーも使うのですかねぇ・・・』  
「ふむ、じゃあ明日からお前も普通の食事にしておくか」  
 そう言われて、コマが若干戸惑った顔をする。  
 
「どうした?」  
『い、いや、猫缶も捨て難いなぁ、と・・・』  
 コマの視線が冷蔵庫横に積んである猫缶にチラチラと動く。  
「・・・一缶いくらだと思っているんだ。高いんだぞ、それ」  
 狗牙が暗い声を出す。  
『わ、わかりますけどぉ・・ほ、ほら、くーがさんも好物の一つや二つあるじゃないですかぁ・・・?』  
 コマが心配そうに声を上げるが、狗牙はぶつぶつと考え込む。  
 しばらくして狗牙が顔を上げた。  
「あー・・・わかったわかった、毎回食わせるわけにはいかんが、お前がしっかり働いてくれれば、おやつとして時々出すよ」  
 狗牙が「仕方ないな」とため息をつくと、コマが「よかったぁ」と安堵のため息をつく。  
 その後、皿洗いの仕事を終えたコマは本の続きをベッドの上で寝転がりながら読み始め、狗牙はソファーに浅く腰掛けて、テーブルの上に広げた次の仕事の書類に目を通していた。  
 外が本格的に暗くなり、月と星の明るさよりも街灯が目立ち始めたころ。  
 時刻は夜の9時を回っただろうか。  
「さて、風呂にでも・・・」  
 狗牙が立ち上がり、一度肩を回す。  
「最近、肩凝りがひどいな・・・」  
 ふと見ると、コマはまだ本を熱心に読みふけっていた。  
「そういえば、コマ?」  
 一度呼ぶが返事がないところを見ると、完全に入り込んでいる様子。  
「コマ?」  
『あ、はいっ!』  
 二度目の呼びかけでやっと気付き、驚いたような顔で狗牙を見るコマ。  
「先に風呂へ入ってしまえ」  
『え、あ、あぁ、もう夜伽の時間ですかぁ? ちょっと早いのでは・・・』  
コマがベッドから降りて、本を本棚に戻しながらちょっと小恥ずかしいように顔を赤らめる。  
「いや、何を勘違いしているか知らないが、お前、人間形態になってから風呂に入ってないだろ」  
『なぁんだ・・・期待して損しましたよぉ・・・』  
 狗牙の呆れたような声を聞いて、残念そうな声をあげるコマ。  
『あ、そうだ! んふふぅ、良いこと思いつきましたよ』  
 急にコマが耳をぴくりと動かし、何か楽しそうな声を上げる。  
 狗牙は嫌な予感がしたので、あえて何も聞かず、持っていた資料に再度目を落とす。  
 
『く・う・が・さぁ〜ん?』  
 コマが声のリズムに合わせてぴょんぴょんと飛び跳ね、狗牙の元へ近づいていく。  
 むぎゅっ、という音が似合うだろうか、ソファーに座っている狗牙の後ろからコマが突然抱きついたのだ。  
『んふふふぅ〜、くーがさぁ〜ん・・・』  
 狗牙の耳元に生暖かい吐息が吹きかかる。  
 同時に狗牙は背中に柔らかな二つの重みを感じ、少し眩暈のようなものを感じたが何とかして平静を装う。  
『私、人間の姿になってから自分で体を洗ったことないんですよぅ〜』  
 コマが狗牙の胸元に腕を回し、顔を近づける。  
 狗牙の鼻腔にほのかな甘みのある匂いが広がった。  
「だ、だからどうした・・・」  
 平静を装っているつもりだったが、狗牙の声はしどろもどろになっている。  
『だ・か・ら・・・』  
 コマが狗牙の耳元で吐息混じりの甘ったるい囁きをする。  
『私の体、洗って下さいますか・・・?』  
 
 

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