歴史物です。WW1中の帝政ロシアが舞台です。  
 
*  
 
婚礼の宴は終わった。  
明日、アレクサンドルは一路モスクワに向かう。  
今朝到着し、彼と久しぶりに言葉を交わしたばかりの花嫁、ナターシャは、寝室の窓から外を見てため息をついた。アレクサンドルはまだ階下にいる。  
予定では婚礼は来年のはずであった。ナターシャが女学校を卒業し、アレクサンドルが正式に家督を継いでから、というのが当初の予定であった。  
予定が変わったのは、折からの戦争の状況がどうにも芳しいものではなく、見習いの下士官でしかないアレクサンドルも前線に赴くことが決定したからである。  
結局ナターシャはこれまでアレクサンドルと三度会ったきりだ。最初に出会った時から婚約者としてナターシャの前現れた背の高い赤毛の青年、  
どうも喋り方がのんびりしていて、酒に弱くて涙もろい、頼りないアレクサンドル・ウラジミルヴィチ。  
婚礼の宴の最中、ワイン一杯で顔を赤くしたアレクサンドルは大きな声で何度もナターシャを呼び、キスをして抱きしめた。  
「美しいナターシャ!俺はお前のために絶対帰ってくる!」  
それは広間一杯に響く大声である。  
酔っ払っているアレクサンドルは力の加減がきいていない。  
日頃よく体を鍛えた大男に力一杯抱きしめられ、ナターシャは小さく非難の意味を込めて呻くと、キッとアレクサンドルをにらみつけた。  
「あまり浮かれないように」  
「浮かれてるかな」  
「ええ」  
「そうか、ごめん」  
ナターシャはアレクサンドルの腕から離れると、そのまま人気の少ないテラスに出てそこでワインを飲んだ。  
ナターシャは酒に強い。一瓶空にした。  
すっかり酔って上機嫌のアレクサンドルは、親戚や友人達から祝福の言葉を受けてすっかり浮かれている。  
 
ケタケタと大きな声で笑い、赤い鼻を擦って、また笑う。  
滑稽なものだ。  
ナターシャはため息をつく。  
――あの人はわかっているのだろうか。  
戦況は本当に悪くなっているのだ。こんな貴族階級の宴であってすら満足に酒も食事も集まらない。農奴は飢えている。兵士はみな帰ってこない。  
「ナターシャ!ナターシャ!」  
バンっと大きな音をたてて扉を開いたアレクサンドルが、転がるようにして寝室に入ってきた。  
「ナターシャ、いいものを貰った!ベルギーのチョコレートだ。さっき一個食べた。これは素晴らしく美味いぞ、君も一つ食べなさい」  
「……あとで頂きます」  
「そうか、絶対食べるべきだ、これは美味い」  
「……」  
「甘いものは嫌いかい?」  
「……いいえ」  
「じゃあきっと食べなさい。ちょっと寂しい時や元気が出ない時に食べるといい」  
にんまりとしまりのない顔で笑うと、アレクサンドルはチョコレートの入った箱をずいっとナターシャに差し出した。  
受け取ったナターシャはそれを窓際のテーブルの上に置くと再びため息をついた。  
「今日は楽しかったなあ……久しぶりにイヴァンやフェリックスにも会えたし……君も元気そうでなによりだった……」  
ベッドに腰掛け、水を飲みながらアレクサンドルはうっとりとした口調で言う。  
「みんな君の花嫁姿をすごく誉めてくれた。本当に俺にはもったいないくらいの花嫁だって言われてしまったが、俺も正直そう思う。俺には君はもったいない」  
そう言うとそのままアレクサンドルはベッドにバタリと横になった。  
じっと天井を見つめるアレクサンドルの濃い茶色の目は、奇妙な深さを持っていて瞳孔の底がしれない。  
ナターシャはベッドに腰をかけてアレクサンドルの瞳を覗き込んだ。  
「ひどく酔っているようですね」  
「……うん」  
「まだ大丈夫ですか?」  
「なにがだい?」  
 
アレクサンドルの無神経な一言にナターシャは顔をしかめた。  
「私を抱くのでしょう」  
言って再びアレクサンドルの瞳を覗き込む。茶色の目は今度はジッとナターシャの目を見つめた。  
それはひどく澄んでいて、謎めいていて、ナターシャはなぜか背筋が寒くなった。  
「俺は……」  
ポツリ、アレクサンドルが言う。  
「俺は、俺はね、ナターシャ」  
アレクサンドルが申し訳なさそうに微笑んだ。  
「この結婚を成立させたくないんだ」  
ナターシャが息を飲む。アレクサンドルはいつものようなのんびりとした喋り方で続ける。  
「正直な所、ちゃんと五体満足で帰ってこられるかわからない。  
うーん、多少怪我してようと、生きて帰ってこられたらまだマシかもしれないな。  
まず帰ってこられるか、そこがまず怪しい。これで俺が帰ってこなかったら、  
君はたった一晩の婚礼のためにあまりにもたくさんの大切なものを犠牲にしてしまうだろう」  
俺はそんなこと望んでないよ。  
そう言ってケタケタとアレクサンドルは笑った。  
「君は美しい。幸福になるべきだ。負ければロシアはろくなことにならないだろう。  
結婚するなら外国の金持ちとかがいいね。きっと君なら幸せになれると俺は信じている」  
ナターシャは開いた口が塞がらないまま、黙ってアレクサンドルを見つめていた。  
酔って赤くなった鼻を擦りながら、アレクサンドルは目をつぶる。  
どうしてこの男はいつだって検討違いの事ばかり言うのだろうか。  
「……どうして」  
そう、初めて会った時から検討違いの事ばかり言う男だった。  
「どうしてあなたは、いつも……いつもいつもいつも」  
アレクサンドルの出征の知らせを受けてからずっとナターシャはこみ上げてくる感情を抑え続けていた。  
「いつも勝手に……勝手に決めてしまって……勝手に納得して……どうして私の幸せまで勝手に決めてしまうんですか!」  
半分叫ぶようにしてそう吐き捨てると、堪えきれない涙をポロポロこぼしながらナターシャはアレクサンドルの襟首を掴んだ。  
 
「ナターシャ?」  
驚いて目を見開いたアレクサンドルにナターシャは何も言わずにキスをした。  
初めて会った時、アレクサンドルはナターシャに望遠鏡をプレゼントしてくれた。  
しかしそれを知った周りの人間が、アレクサンドルの趣味の悪さを揶揄するものだから、彼はすっかり後悔したらしく、バツが悪そうにすまないとナターシャに謝った。  
2度目に会った時、アレクサンドルはナターシャと芝居を見に出かけた。  
アレクサンドルがナターシャと似ているとしきりに誉めた女優はひどい悪女の役で、芝居の後半二人は黙り込んでしまった。  
アレクサンドルはこの時もすっかり恐縮してしまいすまないとナターシャに謝った。  
「望遠鏡、私は嬉しかったのに……芝居だって、面白い芝居でした……」  
アレクサンドルを抱きしめながらナターシャは嗚咽まじりにとにかくしゃべった。  
「いつも、勝手に結論づけてしまって…私に聞いてくれないじゃない。  
私は嬉しかったのに。ずっとずっと言いたかった。  
あの時のお礼、私は言いたかったし、もっとあなたとお話したかった。  
今日はずっと泣いてしまいたかったのよ。明日になったら……行ってしまうんだって、知らせを聞いてから今日まで、とにかく悲しくて…」  
悲しくて、と言いながらナターシャは子供のように泣き続けた。しゃっくりあげて声をあげて、体を震わせて。  
これまでこらえてきた涙を全て流してしまうくらいに泣いた。  
「はやく……言えば良かった。もっとはやく、アレクサンドル。愛していますアレクサンドル」  
アレクサンドルに再びキスを落とし、そう何度も告げた。アレクサンドルは黙ったままだ。ナターシャ纏う寝間着の中が暑くて苦しくなってきたことに気がついた。  
こんなに取り乱してしまうなんて、もしかしたら自分もひどく酔っ払っているのかもしれない。  
「なあ、ナターシャ」  
「なんですか」  
「俺は、君に謝るべきなのかな」  
「この期に及んでっまだっ……まだっ」  
「ごめんっごめんってば、そうじゃなくて……あーその、ごめんナターシャ。えーと」  
「もう何もおっしゃらないで!帰ってくるのこないの?私を抱くの抱かないの!?それだけおっしゃい!!」  
「…帰ってくるよ」  
「よろしい、で?」  
アレクサンドルはそのままナターシャを強く抱き寄せ、唇で口を塞いだ。  
 
「悪魔に魂を売っても帰ってくる。待っていてくれよ」  
抱き寄せた腕がナターシャの寝間着の中へ侵入する。  
火照った体をアレクサンドルの冷たい指がわさわさと撫でるのが心地よくて、ナターシャは小さく悲鳴をあげた。  
「君、酔ってるんだなあ」  
「あなた、ほどじゃ……ひゃんっ」  
尻をギュッと掴まれてナターシャは全身を震わせた。  
「見た目より手応えがある。いい子が産めそうだな」  
こんな時までおっとりと話すアレクサンドルをナターシャは不平不満を込めた目で睨んだ。  
「どうして欲しい?」  
「……だからお黙りになって!」  
小さく笑うと、言われた通りに黙ったアレクサンドルはナターシャの乳房にキスを落とした。  
白い乳房は少し火照り、汗ばみ、ナターシャが動くのに合わせてゆさゆさと揺れる。  
アレクサンドルはナターシャをベッドの上に横たえると、左手で左の乳房を掴み、右の乳房に丹念にキスの雨を降らせた。  
巧妙に乳房の頂上を避けて降る快感にナターシャは息を乱して声をあげる。  
やがてそろそろと突起部分をアレクサンドルの指が撫で始めると、ナターシャの本能は必死でそれを求めた。  
立ち上がった乳首をアレクサンドルが優しく甘噛みする。  
「あ……ふぅ、ぅうあ、あ、あぁ……アレク…あぁん…」  
ナターシャの頬はすっかり上気して湯気が出そうに赤い。  
目を潤ませ震えをこらえるナターシャをアレクサンドルは愛しく思った。  
ナターシャは先ほどからずっと太ももを擦り合わせ、尻をゆらゆらと動かしている。  
快感が、ナターシャの女としての最奥まできているのだろう。  
アレクサンドルはナターシャの足を持つとそれをぐいっと広げた。  
擦り合わせていた足を開かれたナターシャは「きゃっ」と短く声をあげた。  
ナターシャの茂みの中には真っ赤な花がチロチロと燃えていて、  
その花に触れるとトロリとした  
 
濃い蜜が待っていたかのように溢れ出してくる。  
「ナターシャ」  
「な、なに……うぅ…」  
「愛してる」  
言いながら指を花の中心に指し入れる。  
全身を震わせるナターシャに、アレクサンドルはなおも言った。  
「愛してる。君は美しい」  
「ひゃ……あぁ……」  
花弁を指先で丁寧にそっと撫でて、トロトロとした愛液を塗りたくる。  
侵入したナターシャの中は普段の彼女の様子と違い子猫の様に熱かった。  
「アレクぅっ……あ、アレク…サンドル…ねぇ、すき……あ、ふぁ…」  
「俺も愛してる」  
ナターシャの体から指を引き抜く。いかにも切なく蠢動する彼女の体をもう一度アレクサンドルは抱きしめた。  
「君は俺のものだ」  
 
 
夜が明けた。  
ナターシャは泣き止まぬままにアレクサンドルを求め、その行為の最後に果てたまま眠り込んでいる。  
アレクサンドルはその寝顔をしばらく見つめていた。  
内心驚いている。ナターシャは非常に自尊心の強い女性だ。  
あんなに感情を表にして男性を求めるとは思わなかった。  
あの冷徹な無感動の中に、彼女があれほどの情熱を秘めていたのだ。  
その奇妙なほど幼く見える少女のような寝顔にキスをして、アレクサンドルは立ち上がった。  
 
彼は今日、モスクワに向かう。  
 
 
fin  
 

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