その日は近年稀に見る大型台風が県全域を覆い、この町も激しい風雨に見舞われました。
昼食後の休み時間、私はちょうど由伸様のお部屋で由伸様のお耳を掃除していました。
こうして二人きりでいるのは、私にとってとても幸せな時間だったりします。
外の風が雨戸をばしばしと叩いています。あまり快いものではありません。
「強いですね、風が」
「そうだね。希美は台風嫌い?」
「あまり好きではないです。いろんなところで被害が出ますし、お庭の手入れやお掃除も
大変になりますから」
「なるほどね。確かに大変そうだ」
「あ……申し訳ございません」
つい愚痴をこぼしてしまいました。
「いや、希美の話ならなんでも聞きたいからね。遠慮なくいろんなことを言ってくれ」
「は、はい」
と、おっしゃられても、それはなかなか難しいことなのですが。
「使用人さんたちには悪いけど、ぼくは結構好きだな」
「台風ですか?」
「うん。なんていうか、ワクワクする」
由伸様には申し訳ないですが、その感覚は私にはよくわかりません。
右耳の掃除が終わったので、今度は左耳を上に向けてくださいと頼みます。
そうすると、由伸様のお顔がちょうど私のお腹を向くことになります。当たり前のこと
ではありますが、私はどうにも慣れずに恥ずかしく思ってしまいます。
「わ、ワクワクですか?」
私はそれをごまかそうと、由伸様に尋ねました。
「うん。停電とか最高だね。ロウソク立てたり、ラジオつけたりさ」
「……」
子供みたい、と私が心中に呟くと、それに被さるように風が雨戸を強く叩きました。
「きゃ!」
つい声が出てしまいました。
「怖い?」
「え、あ、今のはその、」
「大丈夫。ぼくがついてるから」
由伸様は横になられたままそうおっしゃいました。
その体勢ではあまりカッコがつかないと思いましたが、私はちょっと嬉しくなりました。
「ありがとうございま──」
ぶつん。
唐突に部屋の電気が落ちました。
一瞬何が起きたのかわからず困惑しました。咄嗟に耳かき棒を由伸様のお耳から離します。
「停電?」
「……そのようですね。ちょっと見てきます」
緊張しながらも私は落ち着きを装って答えます。
正直暗がりは好きではありません。なんというか、気味悪く思います。
暗いのは怖いですが、これも使用人の務めです。私はベッドから立ち上がろうとしました。
しかしその瞬間、由伸様に左手を掴まれてしまいました。
「行っちゃダメ」
「え?」
「主人をほっといてどこかに行くなんて、メイド失格だよ」
「で、ですが」
「大丈夫。桜が対処してくれるよ。希美はぼくの専属メイドなんだからこっち優先」
「……」
私はしばらく黙り、それから由伸様のお手を遠慮がちに取りました。
「では、どうすれば」
「こうする」
由伸様が私の手を強く引かれました。私は真っ暗闇の部屋の中で、ベッドに倒れ込み
ました。
「よ、由伸様?」
「ちょっとだけ、ね」
そうおっしゃいますと、由伸様は私の体を抱き寄せました。
私は慌てて体を離そうとしますが、しっかりと抱き締められてそれができません。
「あ、あの、何を」
「暗闇でメイドを押し倒す……興奮するね」
貞操の危機を感じました。
「や、ダメです!」
「心配しなくても変なことはしないよ」
いや、この状況がすでに変ですが。
「君に殴られると結構首にくるからね」
「そ、それは、由伸様がセクハラをされるからじゃないですか」
「男ならみんなメイドさんにいたずらをしてみたいものなんだよ」
理解に苦しみます。
「……それって、メイドなら誰でもいいってことですか?」
「いいや、ぼくは君にしかそういうことはしたくない」
ちょっとドキリとしました。
顔が熱くなるのを感じます。真っ暗でよかったと私は思いました。
「というわけでおっぱいを」
「何が『というわけで』ですかっ!」
今日のパンチはいつもよりも手応えがありました。
本当に油断ならないお方です、私のご主人様は。