「ひあ……っ」  
 希美は急に背後から伸びてきた腕に悲鳴を上げた。  
 形のいい胸をメイド服の上から鷲掴みにされている。慌てて振り向き、  
「や、やめて下さい、由伸様」  
 腕の主は希美の主人だった。正確には希美の雇い主は由伸の父であり羽山家現当主の  
羽山悟なのだが、希美は由伸の専属メイドなので主人というのも間違いではない。  
「やだ。こんな気持ちいいこと、やめられるわけないよ」  
「気持ちいいって、私はいやですっ」  
「ちょっとしたスキンシップだよ」  
「せ、セクハラじゃないですかぁ……」  
 むにむにと揉まれる感触に震えながら、希美は身をよじった。  
「いい加減に……」  
「希美」  
 耳元で名前を呼ばれて希美は反射的に身を強張らせた。命令か何かを言いつけられる  
ときに身を正す癖がついているためだ。  
「ベッド行こうか」  
「え? ……きゃあ!」  
 急に後ろに倒されたかと思うと、希美の体は由伸の両腕に横抱きにされていた。  
 お姫様だっこだ。  
 意外とたくましい腕だ、と思う間も続かず、希美はベッドに運ばれ、押し倒された。  
「や、あの」  
「ごめんね、希美。でもこうでもしないと、君はぼくを受け入れてくれないと思って」  
「う、受け入れるって」  
 由伸は言った。  
「前にも言ったよ。ぼくの恋人になってほしいって」  
 希美は口をぱくぱくさせたが、やがて目を逸らした。  
「私は使用人です。恋人なんて……」  
「君はいつもそう言って逃げる。そんな下らない理由で」  
「く、下らなくはありません! 由伸様はもっとご自分のお立場を自覚なさるべきです」  
「下らないよ。君がぼくを受け入れたくないのなら、そんな理由は言うべきじゃないんだ」  
 由伸の顔から笑みが消えた。  
 真剣な表情に希美は息を呑む。  
「……で、では、どうお答えすればよいのですか?」  
「決まってる。はっきり拒絶の言葉を口にすればいいのさ。『あなたが嫌いです。あなたの  
ことなんてこれっぽっちも好きではありません』って」  
「……」  
 希美は口をつぐんだ。  
「君がはっきり言ってくれたらぼくはもう諦める。だから、教えてくれないか? 本当の  
君の気持ちを」  
 主人のまっすぐな目に心がぶれそうになる。  
 
 希美は躊躇い気味に口を開き、  
「……由伸様のことは、その……お慕いしています」  
「様付けは無し」  
「え?」  
「ここにいるのは、高校時代のクラスメイトだった羽山由伸と片桐希美、その二人だ。  
だから、様は無し」  
「……」  
 希美は迷いから目を泳がせた。  
 しかししばらくすると意を決して、まっすぐ由伸の顔を見返して言った。  
「好きだよ、由伸くん──」  
「……!」  
 それを聞いた由伸は、驚いたように目を見開いた。  
「どうしたの?」  
「……いや、嬉しくて」  
「言わせたのは由伸くんじゃない」  
「そうなんだけど、……ああどうしよう、すっごく嬉しい」  
 泣きそうな表情で呟く由伸を見て、希美はおかしくなった。  
(泣き顔と笑顔って、似てるんだ)  
 そんなどうでもいいことを考えてしまう。  
 彼の顔は泣きそうなくらいに嬉しげである。  
 その様子を見ていると希美まで嬉しくなってくる。  
「希美……」  
 由伸は希美の名を呟きながら、彼女を抱き締めた。  
 希美も由伸の背中に腕を回す。  
「由伸くん……」  
 やがて二人は、どちらからともなく唇を重ねた。  
 初めてのキスは温かく、少しだけぎこちなかった。  
 
 
 
 ブラウスのボタンが一つ一つ外されていく。  
 希美は顔を真っ赤にしながら呻いた。  
「は、恥ずかしいです」  
「あれ、敬語に戻ってるよ」  
 希美ははっと気付くと、ばつの悪い顔で由伸を見上げた。  
「ごめん……癖になっちゃってるみたい」  
「いいよ。希美の言いやすい方で」  
 希美は少しだけ思案して、  
「あのね」  
「うん」  
「私、メイドってそんなに嫌いじゃないの」  
「うん」  
「だからね、由伸くんがご主人様でも私は……そっちの方が、いい」  
「……うん」  
 由伸はにっこりと笑う。  
「希美はぼくの、ぼくだけのメイドだ。ぼくだけが君を好きにできるんだ」  
「由伸……様」  
 希美は言葉遣いを正した。  
「今から君の全てを貰うから。いいね」  
「……はい」  
 ここからは元の、主人とメイドの関係になる。  
 いや、元はクラスメイトだったわけで、元通りというのは変かもしれない。どっちでも  
構わないと由伸は言うだろうが。  
 
 ブラジャーを外されて、胸が露わになる。  
 反射的に隠そうとしたが、腕を掴まれ阻まれた。  
「綺麗な胸だよ」  
「やぁ……」  
 由伸の唇が先端に触れる。軽いキスから舌先の愛撫に変わり、希美は体を震わせた。  
 もにゅもにゅと二つの乳房を揉まれながら、先の方は唇と舌で丁寧に弄られる。  
 服の上から触られるのとはまったく違う刺激に、希美は酩酊しそうになる。  
「由伸……様ァ……」  
「かわいいよ、希美」  
「やぁ……」  
「もっと、声を聞かせて」  
 胸を揉まれる度に奥から熱がこみ上がってくる。  
 染み込みそうな程に乳首が唾液で濡れている。  
 自分の荒い息遣いが耳元に響くのを感じながら、希美は由伸をぼんやりと見上げた。  
「わ、私」  
「ん?」  
「変になっちゃいます……」  
 由伸は小さく笑い、  
「いいよ。変になっても」  
「でも」  
「変になっちゃう希美もかわいいよ」  
 耳元でそんなことを囁きながら、由伸は右手をスカートの中に滑り込ませた。  
「んっ」  
 希美は反射的に股を閉じようとしたが、由伸の右手はそれを許さない。  
 ショーツ越しに指の先端が秘部を捉えて、  
「もう出来上がってる?」  
「ふえ?」  
「濡れてるよ」  
「そ、そんな!」  
「……脱がすよ」  
 希美は息を呑む。  
 十秒の間の後小さく頷くと、由伸はもう我慢できないかのように一気に下着を取り去った。  
 
「よ、由伸さまぁ……」  
「力抜いて」  
 由伸が希美の両脚を開いて腰を落としてくる。希美は目を瞑り、壊れそうなくらい  
暴れている心臓を抑えようと深呼吸を繰り返した。  
 呼吸をすれば体は自然と弛緩する。緊張は拭えない。でももうお互いに先に進むしか、  
「うあ……」  
 互いの大事な部分が触れ合う感触に、希美は顔を歪めた。  
「の、希美」  
「だ、大丈夫、です。そのまま来て」  
 由伸は頷き、腰を一気に突き入れた。  
 びりびりと痛みが走る。痺れるような感覚に息が詰まった。  
「く、うぅ……」  
「だ、大丈夫?」  
「……は、い」  
 由伸は一瞬怯むような表情を見せたが、一度唾を呑み込むと、覚悟を決めたように  
動き始めた。  
 じくじくと響く痛み。希美は熱く痺れる感覚に顔を歪めた。  
 今下腹部はどうなっているのだろう。血が出たりしているのだろうか。角度的に  
見えないのでわからない。見るのはちょっと怖いが。  
 それでもしばらくするとだんだん痛みに慣れてきた。  
 由伸は夢中で腰を振っている。  
 動きに合わせて伝わってくる男根の感触に、希美はたまらず喘いだ。  
「あっ、ひあっ、だめです、ご主人様ぁ」  
 由伸はそれを見て嬉しげに笑う。  
「気持ちいいの?」  
「ち、違います。ただ、胸が、」  
「胸?」  
「繋がることができて、なんだか胸がいっぱいになって、私──」  
 希美は沸き上がる気持ちに翻弄されながら、目の前の愛しい主人を見つめる。  
「──嬉しい。きっと、私嬉しいんです」  
「──」  
 由伸は一瞬呆気にとられたように固まったが、やがてその顔を崩すと一気に動きを速めた。  
「きゃっ……あの、よ、由伸さま?」  
「ごめん。嬉しすぎて抑えが利かない」  
「あ、やぁっ、そ、そんなに、あっ、激しくしないでぇ」  
 先程よりさらに速いピストン動作に、希美は腰が砕けそうになる。  
 しかし目の前の主人がとても気持ちよさそうにしているのを見ると、少しも苦では  
なかった。  
「希美……もう出そう」  
「はい、出して……出してください、私の中にいっぱい……」  
 荒い息遣いと共に由伸の動きが小刻みになり、希美はそれを抑え込むように抱き締めた。  
「うっ」  
「んんっ」  
 一際強く突き抜かれて、希美は思わずのけ反った。膣内でぶるぶると男性器が震えるのを  
感じ取り、希美は愛する主人が絶頂を迎えたのを知った。  
「希美……」  
 深く息を吐き出すと、由伸は希美の頬に手を添えて、口付けを交わした。  
「ん……由伸様……」  
 目を閉じてキスに応えながら、希美は幸せを噛み締めていた。  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
「こんな感じになりましたが、どうですか?」  
 プリントアウトされた原稿を読みながら、ぼくは一つ頷いた。  
「うん……よくできてる、桜」  
「ありがとうございます」  
 無表情に年下のメイドは答える。  
 彼女の名前は玲瓏院桜(れいろういんさくら)。古い名家出身らしく、仰々しい苗字も  
その名残りらしい。そんな彼女がどうしてメイドをやっているかというと、本人曰く  
「おもしろそうだったから」というから世の中わからない。  
 ただ、メイドとしては実に優秀で、桜はうちに欠かせない存在になっている。彼女の  
希望から未だ要職には就いてないものの、日常の雑事から情報・スケジュールの管理、  
果ては屋敷の警護に至るまで、桜はあらゆる面で屋敷を支えている。まだ17歳というから  
恐ろしい。  
 そんな桜にはちょっとした趣味がある。  
 それは文章を書くこと。  
 小説やエッセイを書くのが好きらしい。それを聞いてぼくは冗談混じりに「じゃあ  
ぼくと希美の純愛小説を書いてよ」と言ったら、彼女はあっさり「わかりました。期限は  
いつまででしょう」と聞き返してきた。  
 そして10日後、原稿用紙換算で380枚に及ぶ小説を渡してきたのだった。  
「君は働き場所を間違えてると思うよ」  
「それはどういう意味でしょうか」  
「いや……ところでこれ、どこかに発表する気ない?」  
「いえ、特に」  
「サイトにアップしていい?」  
「どうぞ」  
 平然と答える桜。  
 正直これだけの文量を温めておくのはもったいない気がした。  
 名前と一部の地名を変えれば問題ないだろう。  
「んじゃ早速」  
「何が早速ですか!」  
 後ろからおもいっきり殴られた。この鋭角的な感触は一人しかいない。  
「何をするんだ希美。痛いじゃないか」  
「それはこちらの台詞です。何をなさるおつもりですか!」  
「桜の小説をサイトに上げようかと」  
「ダメです! それに出てくるの私なんですよ?」  
 さては立ち聞きしていたな。悪いメイドさんだ。  
「名前変えるから大丈夫大丈夫」  
「それでも恥ずかしすぎます、いくらなんでも」  
「んじゃベッドでもっと恥ずかしいことしようか」  
「どういう流れからそうなるんですか!」  
 また鋭角的に殴り抜けられる。ああ、最近頭がよくふらつくのは威力上がってるからかな。  
でも意識を途切れさせない辺りが希美のすごいところだ。  
 そのとき、視界の端に映るものに違和感を覚えた。  
 いつも無表情な桜が笑っているように見えたのだ。  
 思わず桜に目を向けるが、特に変わった様子はない。  
 そこにはいつもの無表情があるだけだ。  
(気のせい、かな?)  
 それを気にする余裕はなかった。希美の手が原稿に伸びてきたので、咄嗟にそれを払う。  
払うふりをしながら胸を鷲掴むと、再びテンプルに打撃音が響いた。  
 
 
 
 働き場所を間違えているのではないか、ですか?  
 いいえ、そんなこと一度も思ったことありません。ここは私にとっていい場所です。  
 ──とても、おもしろい職場だと思いますよ。  
 

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