「賭けをしないか、希美(のぞみ)」  
 ある日、由伸(よしのぶ)様が唐突にそんなことを仰いました。  
 今日は学校が創立記念日でお休みだそうで、由伸様はなんだかご機嫌です。私も由伸様と  
一緒の時間が増えてとても嬉しいです。  
 しかしそのご提案はあまりに急でしたので、私は思わず首を傾げました。  
「賭け……ですか?」  
「そう。ゲームをして、勝った方が負けた方の言うことを一つだけ、何でも聞くんだ」  
「……私と?」  
「うん」  
 私のご主人様は平然と微笑まれます。とても大好きな笑顔なのですが、なんだか嫌な予感が  
します。  
「あのう……『何でも』ですか?」  
「うん。『何でも』だ。ああ、ただし永久的なことは駄目だよ。『これから一生○○を  
しなさい』とかは駄目。頼み事を増やすのも駄目。つまりは一回できちんと終わるリクエスト  
なら『何でも』OKだ。まあ可能な範囲で、だけど」  
 由伸様はなんだか楽しそうです。  
「由伸様のお申し付けでしたら、賭けなどなさらなくとも何でも致しますけど……」  
「そう? 代わりに学校行ってくれ、と言ったら君はやってくれる?」  
 無茶な事を仰います。  
「『可能な範囲』ならやらせていただきます」  
「慇懃無礼だなあ。そういうところ、好きだけどね」  
 心外です。私はいつだって由伸様のことを第一に考えていますのに。  
「わかりました、お付き合い致します」  
「本当に? 嬉しいなあ。で、デートはどこに行く?」  
「何の話ですか!?」  
「ぼくと付き合ってくれるんでしょ。つまり今日から希美はぼくの恋人だ」  
「そういう意味のお付き合いではありません! 賭けの話です!」  
「そんなに力いっぱい否定されたら悲しいなあ。ぼくは希美のことが大好きなのに」  
「…………」  
 たまに、ごくたまに、このご主人様を全力で殴打したい気分に駆られます。具体的には  
こう、地面にめり込むように鋭角的に殴り抜けたいと言いますか。  
 何より腹立たしいのは、由伸様から、たとえお戯れでも「好きだ」というお言葉を  
いただけたことを、内心嬉しく思ってしまう自分の弱い心だったりします。  
 
 私はメイドであります。安らぎは受け取りません。  
「顔が赤いよ、希美」  
「で、肝心のゲームの内容は何ですか?」  
「華麗なスルーっぷりに由伸ちょっとヘコんじゃう。……ああ、そんなバールのようなものを  
おおきく振りかぶらないで。ちゃんと説明するから。希美は『ナイン』って知ってるかな?」  
「ナイン……?」  
 ゲームの名前か何かでしょうか。  
 私は首を振ります。  
「いえ、存じません」  
「麻雀漫画は読まないみたいだね。じゃあ簡単に説明するよ」  
 由伸様のご説明では、『ナイン』とはトランプや麻雀牌の1から9の数字を使って行う  
ゲームなのだそうです。  
 互いに1から9の『駒』を持ち、一回に一枚ずつ出していきます。出し合った数字の  
大きい方が、互いの数の合計点を獲得します。それを駒数分、つまり九回行い、獲得点の  
多かった方が勝ちになる、ということらしいです。  
「たとえばぼくが『9』を出して、希美が『5』を出したとするよ? そのときはぼくの  
方が数字が大きいから、ぼくが二つの数の合計14点を得ることになる。こんな感じでこれを  
九回繰り返していくわけ。数字が同じだったときは引き分け。どちらも点は得られない」  
 私は神妙に頷きました。なかなかおもしろそうなゲームです。  
「でも、私は別に欲しいものとか頼み事はないんですけど」  
「名前に反して欲がないなあ」  
「名前は関係ありません」  
「まあ、いつかそういうものができたときに権利を使えばいいよ」  
「はあ……」  
 なんだか私にあまりメリットがないような気がしますが、せっかくの申し出ですので、  
私はお受けすることにしました。  
 さっそく机と椅子、トランプの用意を致します。トランプの柄は由伸様がスペード、私が  
ダイヤです。  
「さて、暇潰しとは言っても真剣勝負だからね」  
「承知しております。由伸様はきっといやらしいご命令をなさるでしょうから」  
「なんという遠慮のない毒舌。ぼくってそんなイメージなの?」  
 由伸様に限らず、『何でも言うことを聞く』という条件から性的な考えに到らない殿方など、  
この世に存在しないと思います。  
「前に仰っていたお風呂プレイを御所望なのでは、と勘繰っています」  
「……嫌なの?」  
「ぜっっっったいにお断りです」  
 そんな恥ずかしいことできるわけないじゃないですか。  
「当方に淑女の誇りあり、です」  
「でも勝者の権利は絶対だから」  
「……負けられませんね」  
 
      ◇   ◇   ◇  
 
 私は五枚目のカードを提出しました。  
 最強の『9』です。負けは絶対にありえませんが、高得点は由伸様の数字にかかっています。  
「オープン」  
 カードがめくられます。  
 由伸様のカードは『1』。  
「う……」  
 最悪です。最も実入りの少ない勝ち方をしてしまいました。  
 獲得点は10。これで総得点は私が17点。由伸様が27点です。  
「……あれ?」  
 ひょっとしてこれは、  
「私……負けですか?」  
「そうなるのかな? 計算速いね」  
 私の残りカードは『2』『3』『7』『8』。対する由伸様は『4』『5』『8』『9』。  
これではどのような組み合わせでも由伸様の点数を逆転することはできません。  
「じゃあぼくの勝ち」  
「……」  
「希美?」  
「……」  
 私はまともに顔を上げられませんでした。  
 仕方ないじゃないですか。お風呂プレイだなんて、恥ずかしすぎますいくらなんでも。  
「さて、じゃあ命令するよ」  
 由伸様のお言葉に、私は小さく息を呑みます。  
 
「今日一日、希美はぼくの側にいること。いいね?」  
 しかし賭けは賭け。ご命令には従わないと……え?  
「……今、何と?」  
「だから、ぼくの側にいろって」  
「お風呂プレイは?」  
「そんなこと、一言も言ってないよ?」  
「……」  
 確かにそうです。しかし由伸様のことですから、必ずや変態的なことを要求されると  
思っていたのですが。  
「ずっと思い込んでたなんて、本当は希美がしたかったんじゃないの? お風呂プレイ」  
「な……そんなわけありません!」  
「冗談だよ。ぼくはただ、せっかくの休みだから希美といっしょにいたかったんだ」  
「……」  
 どうしてこのご主人様は不意を突いては私を惑わされるのでしょう。いつもはふざけて  
ばかりのお人なのに。  
「それともやっぱりお風呂プレイがよかった?」  
「何がやっぱりですか! ……わかりました。今日一日、ずっとお側にいます」  
 本当は掃除とか洗濯とかやらなければならないことがいろいろあるのですが。  
「仕事は他の者に任せればいいよ。桜なら喜んで希美の代わりになってくれるんじゃないか?」  
「……なんだか悪いです」  
「希美はいつもよく働いているじゃないか。今日くらい休んでもいい」  
 それを聞いて私は安心しました。  
 ひょっとしたらこの賭けはただのポーズで、私へのご褒美だったのかもしれません。由伸様  
なりのサービスというか、回りくどいお気遣いというか。  
 本当に、この方は……  
「希美」  
 いつの間にか由伸様は椅子からベッドの方に移動していました。  
「こっちに来て。膝枕してあげるよ」  
「ひ、膝枕ですか?」  
「君にしてもらったことは何度かあるけど、逆はないからね。一度してやりたかったんだ」  
「え、遠慮します! 申し訳ないです!」  
「嫌なの?」  
 由伸様は残念そうにお顔を曇らせます。  
「い、嫌ではありませんけど」  
「じゃあいいじゃないか。さあ早く」  
 楽しそうに由伸様は微笑まれました。私の大好きな笑顔です。  
 私はおずおずと近付き、ベッドの縁に手をかけました。覚悟を決めてえい、と由伸様のお膝に  
頭を預けます。  
「どう?」  
「は、恥ずかしいです」  
「かわいいなあ希美は」  
 そう仰りながら、由伸様は私の頭を優しく撫でられました。  
 恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、私はしばらく放心してしまいました。  
 
 
 
 隙を突かれて胸を揉みしだかれました。  
 私は跳ね起きて、すかさず鋭角的に殴り抜けました。  
 まったく油断ならないお方です。私のご主人様は。  
 

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